2010年2月28日日曜日

【新聞記事】 産経新聞(高橋昌之の小沢一郎論)

産経新聞・高橋昌之

 最近、いろんな方から「民主党の小沢一郎幹事長が夏の参院選までに幹事長を辞めるかどうか」ということをよく聞かれますし、マスコミでも話題となっているので、今回はそれをテーマに書きたいと思います。私の結論を先に言えば、「辞めない」と思います。これは私の願望ではなく、取材に基づいた見通しですので、あしからず。
小沢氏の進退問題をめぐっては、いわゆる反小沢グループとされる前原誠司国土交通相や渡部恒三前衆院副議長らが、夏の参院選までに幹事長を辞めるべきだという趣旨の発言をしているのに対し、鳩山由紀夫首相は幹事長続投で参院選に臨む考えを示し、民主党内ではこの問題がくすぶり続けています。これを受けて、マスコミや国民の間でも「参院選までに小沢氏が幹事長を辞めるかどうか」が話題になっているわけです。
 「参院選までに辞めるのではないか」とみている方の根拠は大体、次の通りでしょう。小沢氏は資金管理団体の政治資金規正法違反事件で、不起訴となったものの、報道機関の世論調査では「小沢氏は幹事長を辞めるべきだ」との意見が、おおむね7割を超えています。また、これと連動するように鳩山内閣の支持率も下落しています。このため、小沢氏は参院選への影響を避けるため、辞めるだろうということです。
 また、小沢氏は昨年5月、やはり西松建設の違法献金事件後、「衆院選で政権交代を果たすため」という理由で、党代表を電撃辞任しており、今度の参院選に向けても、選挙で勝つためだったら辞めるのではないかとの見方もあります。
 しかし、先ほど述べたように、私が小沢氏周辺を取材した結論は「辞めない」ということです。まず、第1に小沢氏は事件について、自らの潔白を主張していますが、幹事長を辞めると「やましいところがあるからだ」と必ず言われます。この観点からも「辞めない」と思います。
 第2に参院選に向けて小沢氏がどう考えているかです。ある小沢氏周辺は「鳩山内閣の支持率下落は小沢氏の問題だけではなく、鳩山由紀夫首相の偽装献金事件や政権の迷走ぶりも影響している。大体、小沢氏の問題をめぐっては事実無根であっても、あれほど『不正なカネをもらった』という報道がされれば、世論調査で厳しい結果が出るのは仕方がない。世論は今が最悪の状態で、今後は国民の理解も進んでいくだろう」と、逆風は参院選までに改善されるとの見方を示しています。
 小沢氏も22日の記者会見で、長崎県知事選敗北について「私自身の不徳の致すところで、それ(事件)が決してプラスの要因に働いたはずはない」と事件の影響を認めながらも、「自民党に勝つようになるには、個々の議員は有権者との信頼関係を一層強め、どのような状況下でも、有権者の支持を得られる民主党にならなくてはいけない」と述べました。
 これらを考えると、小沢氏は事件の影響は参院選までに沈静化するとみていて、さらに影響をなくすべく参院選対策に全力を挙げる考えとみられ、そのためにも幹事長を続投すると思います。
 第3に、昨年5月の党代表辞任と今回は、同様には考えられないということです。小沢氏は昨年の西松事件の際に自らの進退については、「党代表、総理といったポストには何の関心もない。ただ、衆院選で勝てるかどうかを物差しにして判断したい」として、事件の責任うんぬんではなく、衆院選を判断基準とする考えを表明、その後、まさにその理由で辞任しました。
 党代表や首相というポストに何の関心もないというのは、小沢氏の本音で、そういうポストはどちらかといえばやりたくないのではないかと思います。ただ、選挙の指揮は、自民党田中派時代から選挙の実務をこなし、精通してきた自分にしかできないと考えているでしょう。その証拠に昨年5月に党代表を辞任した後は、選挙担当の代表代行に就任して、選挙対策に専念しました。今回はまさに選挙の指揮をとる立場の幹事長というポストです。それを投げ出すことはしないと思います。
 第4に、小沢氏が辞任すれば、同様に「政治とカネ」の問題で追及されている鳩山由紀夫首相の立場はどうなるか、ということがあります。小沢氏が辞めれば、「小沢氏は辞めたのに、鳩山首相は辞めないのか」という声が必ず上がってくるでしょう。そうなれば鳩山首相を余計、厳しい立場に追い込むことになり、それこそまさに参院選に悪影響を与えてしまいます。そのことも小沢氏の念頭にはあると思います。
 第5に、小沢氏の政治目標は何かということです。小沢氏は常々、「政権獲得はあくまで手段。その後にどういう政治をやるかが目的だ」と語ってきました。参院選で民主党が単独過半数を獲得すれば、衆参両院を単独で制する「本格政権」になります。その後こそ、小沢氏が自らが信じる政策を断行できる、つまり政治目標を達成できる態勢ができるわけです。
 小沢氏は現在、鳩山政権発足時に鳩山首相との間で「政府は鳩山、党は小沢」という仕切りに応じ、「政府の政策には口を出さない」ことにしています。私はそもそも議院内閣制において、与党の幹事長が「政府の政策に口を出さない」というのはおかしなことだと思いますが、小沢氏としては参院選までは選挙対策に専念したいという思いもあり、そういう仕切りに応じたのでしょう。
 ただ、参院選の結果、本格政権になれば話は別です。小沢氏は与党の幹事長として、政府の政策にも積極的に関与していくだろうと思います。小沢氏には何としてもやり遂げたいと思っている政策があるからです。代表的なものは次の3つです。

 ひとつは納税者番号制度の導入による所得、格差の是正。さらに医療、年金制度を確立したうえで、消費税を廃止し、社会福祉目的を創設して、将来不安をなくすとともに公平な税制を確立することです。これらは直接税中心という国際的にはいびつな日本の税制を見直すことになり、将来的には日本経済の安定、回復、財政再建につながるものです。

 小沢氏は平成6年の細川護煕政権時に、「国民福祉税」導入を目指しましたが、連立を組んでいた社会党などの反発にあい、挫折しました。今もこの社会福祉目的税導入による社会福祉制度の確立は、何としても成し遂げたいと考えていると思います。

 2つ目は外交・安全保障政策の確立で、小沢氏の持論は「自立した外交」、「世界平和に貢献する安全保障」です。「日米中は正三角形であるべきだ」というのは一種の比喩(ひゆ)で、米国とも中国とも日本が「自立した国」として付き合うべきだということで、何も中国重視、米国軽視というわけではなく、そうならないと米中間さらには世界の中で日本の外交的価値がなくなってしまうと考えているのだと思います。

 安全保障については、凝縮すると現在の憲法9条の解釈を見直して、自衛隊を海外に派遣するための一般法を制定することです。自衛隊の海外派遣は国連平和維持活動(PKO)以外は、インド洋、イラク派遣がそうだったように、時限立法の特別措置法で行われてきました。これらは現在の憲法解釈を見直さないという範囲内でやむをえず行われてきたものですが、小沢氏は「場当たり的だ」と批判してきました。

 小沢氏は、国際的な平和活動、いわゆる集団安全保障については憲法9条は否定していないとして、新たな解釈を行い、自衛隊を海外に派遣するための原理原則、たとえば国連決議があることや、国会での議決などの手続きなどを一般法として定め、積極的に国際貢献をしていく態勢を作りたいと考ええているようです。

 3つ目は官僚政治を打破して真の政治主導を確立すること、そしてさらに政権交代可能な政治システムを構築することです。鳩山政権発足以降、事業仕分けなど政治主導の試みが始まっていますが、まだ形式的で内容を伴っているとは言い難い面があり、これを本格的なものにしたいと考えていると思います。

 また、政権交代可能なシステムというのは、仮に民主党政権が本格政権になったら、自らの政権党という立場を失いやすくするものですが、小沢氏が掲げてきた「政権交代可能な政治」とは、政治には常に国民が求めれば政権交代が起きるという緊張感が必要だという主張に基づくものです。

 政権が長期化すれば腐敗しやすいものです。私も自民党政権がそうだったように、民主党政権が半永久的政権になってしまう政治システムのままだと、やはり腐敗、堕落する可能性があると思います。政権交代可能な政治にするためには、衆院は選挙区中心として比例代表を廃止または縮小する、参院は「良識の府」として都道府県代表と有識者、専門家で構成されるように衆参両院の選挙制度を改めることなどが考えられます。

 この3つ以外にも、小沢氏がやりたいと考えている政策には、長期的には憲法改正、道州制導入といった抜本的な地方分権などもあるでしょう。これらについても道筋をつけたいというのが、小沢氏の「政治目標」で、夏の参院選はそのための「政治決戦」と位置づけていると思います。

 こうしたことを考えてくると、私の結論は「小沢氏が幹事長を辞めることはない」となります。最初に書いたように前半の「幹事長を辞めない理由」は、私の「願望」ではなく、「取材に基づいた分析」です。ただ、後半の「参院選で本格政権になったら、小沢氏は何をやろうとしているのか」という部分は、小沢氏に批判的な方々からすると、「小沢氏を持ちあげすぎではないか」と思われるかもしれません。

 確かに後半部分は「民主党政権が本格政権になったら、小沢氏にやってほしいこと」という私の「願望」が入ってしまいました。ご了承ください。ただ、小沢氏が何としても参院選で勝って本格政権を作り、自らが信じる政策を断行したいと考えていることは、間違いありません。

 小沢氏はマスコミでも「鳩山政権の最高実力者」と書かれるように、民主党の中心的存在であることは否定しがたい事実です。私は昨年の衆院選前のコラムで「衆院選は小沢氏に政権を任せるかどうかの選挙」と書きましたが、その意味で夏の参院選は「本格的に小沢氏に政権、つまり国民生活を任せるかどうかの選挙」になります。それだけにムードに流されることなく、小沢氏の理念、政策をよく見極めて判断してほしいと思います。

2010年2月24日水曜日

【企業・団体献金】 田中良紹(政治とカネ)

 企業献金は「悪」だと言う・・・こうした考えは「民主主義の根本」を犯す事になりかねない。世界の民主主義国でこんな事を言う国はない。

民主主義政治は「正しい」政策を選ぶ政治ではない。みんなで話し合ってみんなで「妥協」する政治である

ところがこの国には「政治献金は金持ちを有利にする」と不満を言う人・・不満だけを言う身勝手な人間が多い。そういう人間に限って、他人が献金するのを妬ましく思うのか、妨害する。それが民主主義を妨害しているとは思わない。

企業の利益を代表する政治家が「企業献金」を受けて、企業の利益を図るのは別に問題ではない。問題となるのは、その企業の利益と公共の利益が相反し、にも拘らず公共の利益にならない事を権力を持つ政治家がやった場合である。それは贈収賄と言う犯罪に当たるから捜査機関が摘発すればよい。しかし一般的な企業献金まで「悪」だとする考えは民主主義政治を否定する考えだ

企業が政治団体を作ればその献金は認められるという、「まやかし」と言うしかない制度が作られた・・・企業は駄目で政治団体なら良いという不思議な仕組みの中に官僚支配のからくりがある

官僚が国民を支配する要諦は「守る事が難しい法律」を作る事である・・・
スピード違反だけの話ではない。公職選挙法も「厳格に守った人間は必ず落選する」と言われるほど「守る事が難しい法律」である。「お目こぼし」と「摘発」は警察の思いのままだ。税金も「何が脱税」で「何が節税」かの区別は難しい。政治資金規正法も「守るのが難しい」法律である。みんなで同じ事をやっていても、取り締まる方が目をつけた相手は「摘発」され、同じ事をやっているその他は「お目こぼし」になる。これで政治家はみな官僚に逆らえなくなる
・・・政治資金規正法を厳しくすると、最も喜ぶのは官僚である。これで政治が官僚より優位に立つのを抑える事が出来る

「政治は汚い」と国民に思わせるように官僚は仕組んできた、それに応えてメディアは「政治批判」をする事が「権力批判」だとばかりに、口を極めて政治を罵倒し、官僚と言う「真の権力」にゴマをすってきた。国民はこの国の権力の本当の姿を見せられないまま、政治に絶望してきた。

政治献金は透明性が大事であって、裏金は問題にすべきだが、表に出ている政治資金で捜査機関が政治の世界に介入する事は民主主義国では許されない。そして金額の多少を問題にする国も民主主義国家ではない。それを問題と考えるのは、政治に力がつくと困る「官僚の論理」である

眉間にしわ寄せキャスターの番組は、昔から「もっともらしい嘘」を振りまくのが得意なのに何故か「報道番組」と称している・・・、「政治に金がかかるのが問題だ。政治家はお金を使わずに節約をして生活することが出来ないのか」・・・これでは日本の政治は救われない

政治家の仕事は「国民の財産と安全を守る」ことである。日本人の財産を狙い、安全を脅かす他国から日本人を守るのが仕事だ。オバマ、プーチン、胡錦涛、金正日らと互角に渡り合って日本を守らなければならない。庶民のような生活を心がけるのも結構だが、そんなことを政治家に期待する感覚を他国の人間は持っているだろうか

よく「選挙に金がかかりすぎる」と言う人がいる。そう言う人がいるために日本の選挙は民意を反映されない形になった。「金がかかりすぎるから」と言う理由で選挙期間は短くなり、お祭り騒ぎをやめさせられ、戸別訪問は禁止され、選挙カーで名前を連呼するだけの選挙になった。名前を連呼されて候補者の何が分かるのか。何も分からない。要するに「金がかかりすぎる」を口実に、国民に判断をさせない選挙になった。現職議員にとってその方が再選される可能性が高まるからだ。

学者などがよく言う「金のかからない選挙」とはイギリス型の選挙である。これは日本の選挙と全然違う
・・・・候補者は政党から選挙区を指定され、自分の名前ではなく政党のマニフェストを売り込む。戸別訪問で政党の政策を説明して歩く。「候補者は人間でなく豚でも良い」と言われるほど候補者は重視されない。だからお金はかからない。と言うか、すべてを党で面倒見る。日本共産党や公明党のやっている選挙がこれに近い。

日本でやっている選挙はアメリカ型だ。アメリカ型はマニフェスト選挙ではない。候補者同士が競い合う。アメリカでは「選挙区のために働きます」と言って支持を訴える。支持者から献金を集め、多く集めた方が当選する。だから選挙は金集めの競争である
・・・資金集めとスキャンダル攻撃をどう乗り切るかの対応力でリーダーの素質を見分ける

官僚が最も嫌がるのは政治が力を持つことだ。そのため力の源泉になりかねない要素をことごとく封じ込めた。
 メディアと野党を使って「政治が汚れている」キャンペーンを張り、自民党の力ある政治家を次々「摘発」した。今では自民党も官僚の言うことを何でも聞く「おとなしい子羊」になった。官僚の言うことを聞かない政治家を許さない。それが霞ヶ関の本音である

政治資金規正法と公職選挙法は警察と検察がいつでも気に入らない政治家を「摘発」出来る道具である。政治とカネの関係を見誤ると日本の政治は何時までも混迷を続けることになる

「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介・・・「金権スキャンダル」の噂が絶えなかったにもかかわらず、一度も逮捕されなかった。岸は「政治資金は濾過器を通せばきれいになる」と語っていた。「濾過器」とは何か。官僚支配のこの国では官僚機構が関与した政治資金は「きれいになる」と言うのである

ロッキード事件は全日空が購入したトライスターと防衛庁が導入した対潜哨戒機P3Cの選定を巡って海外から日本の政界に55億円の賄賂が流れたが、摘発されたのは民間の部分だけで防衛庁が絡む疑惑には一切手がつけられなかった。政治家では田中角栄だけが5億円の収賄容疑で逮捕され、50億円の行き先は解明されなかった。

田中角栄・・・本人はロッキード事件で逮捕された後も金権批判を全く意に介していなかった。それどころか「俺は自分でカネを作った。だからひも付きでない。財界にも官僚にも借りはない」と胸を張っていた。しかし「濾過器」を通さなかった事で田中は「金権政治家」のレッテルを貼られた。

官僚が国民を支配するノウハウ・・・「すべての施策を官僚が行い、民間にはやらせない」というのもある。そのため民間人が資金力を持ち、その金で社会活動を行うことを官僚は極度に嫌う。要するに「寄付」行為を認めない。

欧米では税金も寄付もどちらも国民が社会に対して行う貢献である。社会にお世話になり、社会から利益を受けている以上、自分の収入に見合って社会を維持するコストを払う。税金と寄付との間に差はない。だから税金で貢献するか寄付で貢献するかを国民は選択できる。寄付をすればその分税金は控除される。金持ちは税金を払うより自分の名前を冠した劇場を寄付したり、公園を寄付したりする。つまり個人が自分の金で社会的施策を行う

ところがこれは著しく官僚支配を弱める。人々が国家より金持ちを頼るようになる。官僚国家の日本では「寄付」は「邪悪な考えの金持ちが私欲のために行う」と考えられ、好ましくないとされる。だから寄付をすると同じ金額の税金を取られる制度が作られ、日本に「寄付」の習慣がなくなった。その考えがそのまま政治の分野にも適用され、「政治献金」は「悪」だとする風潮が生まれた。

政治家が企業から献金を受けるのは大変だった。・・・ そうした時に頼りになるのが官僚組織である。民間企業の許認可権を持つ役所が口を利けば、企業は直ちに献金してくれる。議員が大臣になりたがるのは、大臣になればそれ以降は役所がずっと面倒を見てくれるからだ。献金も集めやすくなる。選挙の票も集めてくれる。そして情報も教えてくれる。これが官僚組織が政治家をコントロールする手口である。こうして族議員が生まれてくる。

三木内閣は「クリーン」を売り物に、世界の民主主義国がやらない金額の「規制」に踏み込んだ。これは政治の力を弱めたい官僚には都合が良かった。

金額を「規制」した結果、政治資金は次第に闇に潜るようになり、暴力団の世界と結びつくようになった。バブル期に日本の銀行が軒並みヤクザに絡め取られ、不良債権を累積させたように、政治の世界にもヤクザの資金が入るようになった。恐ろしい話である。それなのに何か不祥事が起きるたびに「もっと規制を強めろ」と言う声が上がるばかりで、「透明化が大事だ」と言う声は聞かれない。政治とカネの関係は国民の見えないところで地下経済と結びついている

2010年2月22日月曜日

【新聞記事】 東京新聞(私説・論説室から)

 歴史に耐えられるか
2010年2月22日


 小沢一郎氏のカネの収支は異常だが、検察のやり方もおかしい-。「政治とカネ」の問題はいまだくすぶっているが、今回は検察と報道批判も少なくない。よく引き合いに出されるのが「帝人事件」だ。

 一九三四(昭和九)年四月、斎藤実内閣の時、帝人会社の株式をめぐる「時事新報」の疑獄報道をきっかけに、検察が動きだし政官財の十六人が起訴された。この間、国会は汚職追及だけ、報道も加わり、文相の鳩山一郎が辞任するなど屋台骨を揺すぶられ、斎藤内閣は七月に総辞職する。

 この内閣は挙国一致内閣として農村救済に力を入れ景気も回復の兆しを見せていた。また斎藤は海軍出身だが、国防予算抑制をもくろむなど軍の専横にブレーキをかけようとしたが、すべて中途で終わった。少しでもましな政治を求める努力は水泡に帰す。二年後の二・二六事件で内相だった斎藤は暗殺された。

 ところが、その翌年十二月に出た判決では、帝人事件は「まったく犯罪の事実が存在しない」と判断され全員無罪。政敵の攻撃や一層の国粋主義を進めようとする政治家、軍部の動きに「社会を大掃除したい」と意気込む検察が乗ったといわれる。しかし、時間を取り戻せるわけもなく、この国は一気に戦争へ。

 思い込みや政治的思惑による“正義”は世の中を過つ。大きな教訓だ。今回の騒ぎは歴史の審判に耐えられるか。 (小林 一博) 論説委員

部分的単式簿記

細野祐二氏のインタビューである。
現在の政治資金収支報告書の問題点と小沢問題にみる記帳に問題があったものなのかをインタビューの中で答えている。

実際に、会社なるものを自分でも30年以上経営をしていて資金繰りや経理と言うものを自然に覚えるなかで、今回の収支報告書からみえてくるのは、単に資金繰りの範囲の問題でしかないように思えてならない。

細野氏は単式簿記であるがゆえに今回の問題が起きた。とも言っているような気がしてならない。そもそも数千万・数億・数十億動く政治家の収支報告がお小遣い帳と同レベルの記載方法でいいという話そのものがおかしい。


小沢氏の政治資金報告書を会計士が見ると・・・

2010年2月18日木曜日

【公共工事】 胆沢ダム

「胆沢ダム工事の怪・談合」

 小沢事務所の政治資金収支報告書については会計専門の方々が色々検討されているが、もう一方の「胆沢ダム斡旋収賄問題」について私なりの考えを述べてみたい。

また、前原国土交通大臣が国会で入札に関し、疑問を呈していたのだが、明らかに誘導に乗ったものと思われる。前原は、うかつな性格なのであろう。何しろ、当時与党である自民党から自民党から野党であった小沢氏へ対しての入札への関与の疑惑であり、与党と官僚がしらべ「シロ」となったものが、与党になった民主党への野党からの質問に対し疑問を呈すこと自体ある意味では異様だと言える。

 まず胆沢ダムとは何か。
『事業計画資料などによると、岩手県奥州市に建設中の胆沢ダムは、岩石や土砂を積み上げて造る国内最大級の「ロックフィルダム」。国土交通省が昭和63年、水害軽減や農業用水供給などを目的に事業を開始し、平成25年の完成を目指している。総事業費は約2440億円にのぼる。』・・産経ニュース2009.3.14
 そうコンクリートダムではない。土砂や砕石を縦の層状に積み上げて造るいわば「土堰堤」の大きなものだ。

 問題となった2004年度は次のような工事が行われている。
『胆沢ダム本体工事は03年1月から五つの工事に分離発注され、鹿島、清水建設などの共同企業体(JV)が04年10月に193億円で落札。原石山材料採取工事を大成建設、熊谷組などのJVが05年3月、151億円で落札しました。下請けにはいずれも、小沢氏側に2回にわたって計1億円を提供したと元幹部が供述している水谷建設などのJVが受注しています。』・・2010年1月30日(土)「しんぶん赤旗」

 さらに
『捜査関係者によると、同ダムの工事は一般競争入札で行われるケースが多かったが、大型工事すべての入札で、大手ゼネコンが「仕切り役」となり、事前にゼネコン間の受注調整が行われていたとみられる。談合で、「チャンピオン」と呼ばれる落札予定の企業や共同企業体(JV)が決まると、大久保容疑者が仕切り役から結果を聞き、これを了承していた疑いがある。』・・産経ニュース2009.3.14
 文中の談合云々は後で述べるが、要するにこれらの工事は「一般競争入札」で行われた事に注目されたい。

 「一般競争入札」は談合を防ぐために、「指名競争入札」と違って業者の選抜をしない。指名競争では施工能力を勘案して業者を選び出し札を入れさせる。しかし業者を選ぶ段階で恣意が入りやすいし、選ばれた少数の業者間で談合も容易だ。
 ところが一般競争入札では参加業者がどれだけになるか分からないし、「思わぬ奴」に餌をさらわれる恐れが十分にある。議員とツーカーの業者がはたしてうまく落札できるだろうか。受注できれば万々歳なのだが。

 とはいえ100億円クラスの工事であれば施工可能な業者も絞られようから、談合をできないことはない。たとえば次の新聞記事はいかがだろう。
 『 民主党の小沢一郎幹事長の地元、岩手県の胆沢ダムの本体工事について、前原誠司・国土交通相は17日、衆院の予算委員会で、入札直前に国交省に談合情報が寄せられていたことを明らかにした。分割発注された2工事で、いずれも談合情報通りの共同企業体(JV)が落札したという。
 ・・・・・・・
 前原国交相の答弁などによると、談合情報が寄せられたのは平成16、17年に入札が行われた「堤体盛立(第1期)工事」と「原石山材料採取(第1期)工事」で、前者は鹿島などのJVが193億8千万円(落札率93・97%)、後者は大成建設などのJVが151億5千万円(同94・42%)で落札した。いずれも談合情報通りで、水谷建設が後者工事の下請けに入ることも事前に指摘されていたという。』・・産経新聞2010.2.18

 この記事の中に「分割発注」という言葉がある。これは1件の工事を2つに分ける事を意味する。先にこのダムは「ロックフィルダム」だと述べた。だとすれば提体に盛り土をする工事が、材料を採取する工事よりも先に発注されたということも変だが、そもそも2つに分ける必要があったのか。材料採取と転圧工事は一体ではないのか。材料が到着しなければ、盛り土はできまいに。

 「工事費が多すぎる」だから2つに分けた、というのがおそらく説明であろう。「より多くの業者に取らせたい」これが発注者(国)の本音だろう。担当者にすれば2件の工事より1件のほうが、設計書作成の手間も竣工検査の回数も半分で済むのだ。たぶん上部の政治的判断が働いたのだと思う。

 これら2件の工事はいずれも2004年度発注工事である。10月とぎりぎりの3月であるから、金額から見て2005年度までまたいだ工事であることは予想が付く。2件とも「落札率」が大きい。一般に95%付近以上であれば十分に談合が疑える。「談合情報」は本当かもしれない。しかし次の話はどうだろう。

 『談合情報を受け、国交省は当時、公正入札調査委員会を開き、業者への事情聴取などをしたが、談合を裏付けられなかったといい、前原国交相は「入札制度改革に向け、胆沢ダムの問題も含め、しっかりと検証したい」と述べた。』・・朝日新聞2010.2.18
 結局当時は、談合の存在を確認できなかったそうだ。時の政権党が、業者の間で「小沢ダム」と呼ばれているのを知らなかったのだろうか? そこで談合が行われていると情報が入ったとき、小躍りして捜査させなかったのだろうか?

 『両工事の下請けに参入した水谷建設(三重県桑名市)の前社長らは「受注目的に04年10月と05年4月、小沢氏秘書に5千万円ずつ計1億円を渡した」と供述。』・・長崎新聞01月30日のニュース
 あれちょっと遅いんじゃない。 >『いずれも談合情報通りで、水谷建設が後者工事(05年3月受注)の下請けに入ることも事前に指摘されていたという。』
入札前の情報ですでに「水谷建設」は確定していたんじゃないのか。後払いだったのか?

 こんなのもある。
『小沢氏側が「天の声」を出す仕組みはこうです。
(1)ゼネコン側が小沢事務所に陳情
(2)小沢事務所の了承が得られたら談合の仕切り役に連絡
(3)仕切り役が小沢事務所に「天の声」を確認する―というもの。』・・2010年1月30日(土)「しんぶん赤旗」
 しかし小沢事務所が「天の声」を発したからといってどうなるのか。野党の議員が一言言えば大ゼネコンたちが「はい」と言って従うのが分からない。国家公務員が仕切る入札業務に四の五の口を挟めた身分ではあるまいに、「天の声」に従わないとどのような妨害を食らったのかゼネコンにぜひ聞いてみたいものだ。「談合をバラすぞ」と凄んだのか?

 私の結論としては「談合」は多分あった。しかしその談合情報は歓迎されざるものであった。問題は政権が変わった今になって、なぜこの情報が蒸し返されたかだ。

 談合は業者のみでもできるのに、なぜ小沢事務所の「天の声」が必要だったのだろう? 「天の声」とは業者達にとってみれば煩いものでしかない。「天の声」があったにしても、談合情報がタレこまれたのだ。こうした情報を発信するのは、たいてい談合で弾かれた「不満分子」なのだ。
 


「胆沢ダム工事の怪2・平成20年度12月入札工事」

 今度は平成16年度工事(16年10月に193億円で落札、17年3月に151億円で落札)の続きの話。

 堤体盛土と材料採取工事はこのダムのメインであるから、平成20年度に両方の第2期工事が発注されている。それが以下のとおり。

[胆沢ダム工事平成20年度12月入札]・・東北地方整備局 建設工事の入札結果データ(平成20年12月分)

①工事名  胆沢ダム堤体盛立(第2期)工事
 入札年月日 2008/11/28
 契約年月日 2008/12/5
 工種区分  一般土木工事
 入札方式  随意契約
 入札業者名 胆沢ダム堤体盛立工事鹿島・清水・大本特定建設工事共同企業体
 予定価格  14,731,480,000円(税抜き)
 見積金額  14,700,000,000円(税抜き)
 落札率 99.79%

②工事名  胆沢ダム原石山材料採取(第2期)工事
 入札年月日 2008/11/28
 契約年月日 2008/12/8
 工種区分  一般土木工事
 入札方式  随意契約
 入札業者名 胆沢ダム原石山材料採取工事大成・熊谷・間特定建設工事共同企業体
 予定価格  8,668,840,000円(税抜き)
 見積金額  8,660,000,000円(税抜き)
 落札率 99.9%

 ①と②で注意すべきことは、同日に入札が行われているということである。これならば第1期工事のような不自然さはない。降雪期に向かうのになぜこの時期に、とは言うまい。

 次に注意すべきことは「入札方式」である。第1期工事は「一般競争入札」で行っていた。今度は「随意契約」である。随意契約に参加する業者は1社のみで競争相手はいない。「予定価格」より下回った「見積金額」を提示した段階で、入札は終わりとなる。

 なんで4年も経っているのに一般競争入札にしなかったんだという意見もあろうが、引き続き同じ業者にやらせたかったんであろう。深くは詮索すまい。

 最後に「落札率」を見よう。異常に高い。これは随意契約では起こりうることなのだが、最初予定価格よりちょっと高い価格から始まって、少しずつ金額を下げていけば御覧のような高率で落札も可能である。逆に6割7割などというダンピングはまず起こらない。

 問題はそのような危険性のある入札方式を、なぜ採用したのかだ。東北地方整備局平成20年度建設工事全部を見ても、ダム関連では上記2件を除いては次の2件しかない。
 石淵ダム堤体災害緊急復旧工事(6月発注)
 森吉山ダム旧電力施設撤去工事(3月発注)
随意契約は極力回避するのが昨今の入札だ。それを同月に2件続けてやっている。

 第2期工事で競争入札の結果業者が代わっても、同じ品質で造らせればよいだけのことで、発注者は第1期工事が完了した時点で検査をし構造物を一度引き取っているはずだ。

 なぜ同じ業者が揃いも揃って随意契約で高落札率の工事を取れたのか? 偶然か、そうでなければ公務員のかなり上層部の関与が疑われる。しかし公務員は危ない橋を渡ったところでさして得にはならないと思うのだが。
 


「胆沢ダム工事の怪3・随意契約」
 前回の「胆沢ダム工事の怪2・平成20年度12月入札工事」で、2つのJVが第2期工事も随意契約で続けて手に入れたと述べた。これを表すと次のようになる。

《平成16年度・一般競争入札》 数字は『産経新聞2010.2.18』より
・胆沢ダム堤体盛立(第1期)工事・19,380,000,000円(税抜き)
・胆沢ダム原石山材料採取(第1期)工事・15,150,000,000円(税抜き)

《平成20年度・随意契約》 数字は『随意契約結果及び契約の内容』より
・胆沢ダム堤体盛立(第2期)工事・14,700,000,000円(税抜き)
・胆沢ダム原石山材料採取(第2期)工事・8,660,000,000円(税抜き)


 これにより2つのJVは次の金額を手にすることになった。

・鹿島・清水・大本特定建設工事共同企業体→19,380,000,000円+14,700,000,000円
 計 340億8千万円
・大成・熊谷・間特定建設工事共同企体→15,150,000,000円+8,660,000,000円
 計 238億1千万円


 さらに表現を変えれば
『《胆沢ダム概要》より
  総事業費         2,440億円
  平成15年度まで       759億円 進捗率31.1%』

193億8千万円+151億5千万円=345億3千万円←平成16年度第1期工事2件
147億円+86億6千万円=233億6千万円   ←平成20年度の第2期工事2件
 計   578億9千万円 ←胆沢ダム総事業費の23.7%

となり、これはおいしい話ではなかろうか。総事業費の4分の1弱を2つの共同企業体が手に入れたことになるのだ。共同企業体とはいっても、大ゼネコン同士が力を併せて施工しあうわけではない。実質は共同企業体の中の1社が工事を指揮することになる。他の企業は一種の保険だ。だから工事費はたぶん山分けとはならない。


 水谷建設の下請け談合云々よりも、はるかに興味がわいてくる。しかも次の文書を御覧いただきたい。
 
(随 意 契 約 理 由 書・件名 胆沢ダム堤体盛立(第2期)工事)
『本工事は、胆沢ダム堤体盛立( 第1 期)工事において当該工事の受注者と随意契約を行う旨の公告がなされているものである。
また、第1期工事においては適切な施工が行われているところである。』

(随 意 契 約 理 由 書・件名 胆沢ダム原石山材料採取(第2期)工事)
『本工事は、胆沢ダム原石山材料採取(第1期)工事において、当該工事の受注者と随意契約を行う旨の公告がなされているものである。
また、第1期工事においては適切な施工が行われているところである。』


 平成16年度の第1期工事落札時に、第2期工事は「随意契約」で自動的に同企業体が取るものと決まっていたのだ。こんなあきれた契約案にはんこを押したのは誰だ、と調べてみると

・13.4.26~18.9.26   小泉純一郎(首相)
・15.9.22~16.9.27   石原伸晃 (国土交通大臣)
・16.9.27~18.9.26   北側一雄 (国土交通大臣)


 北側一雄氏は公明党だ。この時から国土交通大臣は2代続けて公明党から出ている。まさか経世会まがいのことを公明党がするだろうか。ましてや野党の代表代行ごときが国土交通省を動かせるものだろうか。そこで次の表を見ていただきたい。

《胆沢ダム建設事業の概要》・・記者発表参考資料・平成16年3月より
Ⅰ.事業の歩み
 昭和44年 4月 予備調査開始
 昭和58年 4月 実施計画調査開始l (調査事務所設置)
 昭和63年 4月 建設事業着手(エ事事務所設置、新石淵ダムを胆沢ダムに名称変更)
 平成元年 9月 環境影響評価縦覧
 平成 2年 5月 胆沢ダムの建設に関する基本計画告示
 平成 4年 2月 補償基準調印
 平成 5年 3月 水源地域対策特別措置法に基づく整備計画告示
 平成 7年 3月 付替国道工事着手
 平成11年 2月 転流エ工事着手
 平成12年 6月 胆沢ダムの建設に関する基本計画(変更)告示
 平成13年 3月 水源地域対策特別措置法に基づく整備計画(変更)告示
 平成15年 1月 本体工事着手(基礎掘削工事、 原石山準備エ事等)
 平成15年 5月 付替国道第一次供用区間、上・下流迂回路供用開始
 率度15年10月 胆沢ダム本体工事着工式、転流エエ事完成.転流式


 これを見ると、平成15年10月には本体工事が着工している。従って平成16年4月には16年度の発注計画もできているはずである。ではそのときの大臣は? 自由民主党の石原伸晃氏である。今回はここまで。
 

「胆沢ダム工事の怪4・国土交通大臣」

前回の「胆沢ダム工事の怪・3」で述べた平成16年度発注の「おいしい工事」は、たとえ第1期工事で叩き合いをやった末に受注しても、後の第2期工事で自社の随意契約と約束されているのだから大損はしない。当然第1期工事獲得に各社血眼になるはずである。たとえば津軽ダムの平成20年度発注工事で見てみると

東北地方整備局入札監視委員会(第一部会第4回定例会議)審議概要
審 議 対 象 期 間:平成20年10月1日 ~ 平成20年12月31日
 1 一般競争方式(WTO対象)
   [津軽ダム本体建設(第1期)工事] 契約金額:13,038,900千円 5社参加
  質 問:落札率が約70%と低くなった理由は何か。
  回 答:あくまでも推測ですが、大規模工事案件でもあり、応札業者の受注意欲の結
      果かと思われます。

と発注者は答えている。それでは胆沢ダム平成16年度発注ではどうだったのか。

①工事名  胆沢ダム堤体盛立(第1期)工事
 落札率   94.42%
②工事名  胆沢ダム原石山材料採取(第1期)工事
 落札率   94.42%

という高い落札率であるからおかしいのだ。80%台に落ちても不思議ではないのに。ほかのダム事務所の数値は、まさにこのレベルなのである。地方公共団体発注の工事などは、まさに「最低制限価格」に張り付いている。その価格を割ってしまうとアウトだから。

 だから上記2件に関しては「談合情報」が寄せられなくても十分グレーだ。まさか1企業体しか入札に参加しなかったんじゃあるまいな?


 さて国土交通大臣の話に入ろう。石原伸晃氏は大臣就任時には大盤振る舞いが好きだったようだ。次の2つのダムを見てみよう。

『質問主意書(平成十六年三月五日提出 質問第三〇号)
 [ 奈良県大滝ダムの「基本計画変更」に関する質問主意書 ]
 国土交通省が奈良県に建設中の多目的ダム・大滝ダムは、これまでに三,二一〇億円の膨大な費用を投入し、二〇〇二年度末を事業完了としていた。ところが、二〇〇三年四月に、川上村白屋地区で地すべり現象が発生した。
 ・・・・・・・・・・
 石原伸晃国土交通大臣は、平成一六年二月四日付で、「大滝ダムの基本計画第五回変更」として、約二七〇億円の事業費追加と工期を平成二一年度まで延長することをダム使用権者に通知した。』


『[ 八ッ場ダムの事業規模を引き上げたのは石原伸晃国土交通大臣 ]
 2003年に石原伸晃国土交通大臣(当時)が八ッ場ダムの事業規模を2,110億円から4,600億円に引き上げました。ダム最大の受益者である東京都と都知事は御存じ石原慎太郎です。国税分とは別に東京都として1,280億円の負担をしております。』・・Hatena:Diary 2009-11-10

 簡単に言うと石原伸晃国土交通大臣は
大滝ダムで総事業費を   3,210億円 → 3,480億円
八ッ場ダムで総事業費を  2,110億円 → 4,600億円 に引き上げる事に判子を押したということだ。


だがダム工事では驚くにはあたらない。当初計画の総事業費で完成できると思うのが間違っている。2倍3倍は普通のことだ。最初の計画時には100%の精度では調査しない。「100%の精度」とはそのまま発注できるぐらいの精密さを言うが、まず必要なのは国と地元に説明できる工法と金だ。後は採択になってからじっくり調査をすればよい。
 そして工事が進むにつれ、あれよあれよという間に事業費は増大する。そしてそれは業者の懐も副次的に潤す。


 次に国は落札率85%未満の工事を「低入札工事」と呼んでいる。その推移を見てみると

 (中部地方整備局における低入札工事の経緯)
  H11 -  0.54%
  H12 -  0.54%
  H13 -  0.82%  (平均落札率:70%)
  H14 -  1.26%  (平均落札率:69%)
  H15 -  1.73%  (平均落札率:74%)
  H16 -  1.35%  (平均落札率:68%)
  H17 -  5.08%  (平均落札率:69%)

 平成16年度までは低く、平成17年度になって跳ね上がっている。みんな真面目に競争するようになったということか。低入札工事とは問題点も多いのだが。
 これの原因かどうかは分からぬが、平成16年9月に国土交通大臣が自由民主党から公明党に交代している・・。


 いったい政権党が大きな利権を生むことが可能なダム工事を、一野党議員の好き勝手にさせておくことをよしとするだろうか。自分の庭を荒らしまわる野良犬を黙って見ていられるものだろうか。六十余年も政権について全国隅々まで集金システムを張り巡らした自民党が、そんなことをするはずはないだろうと私は考えるのだが。

国交相「胆沢ダム談合情報あった」
2010.2.18 01:23

 民主党の小沢一郎幹事長の地元、岩手県の胆沢ダムの本体工事について、前原誠司・国土交通相は17日、衆院の予算委員会で、入札直前に国交省に談合情報が寄せられていたことを明らかにした。分割発注された2工事で、いずれも談合情報通りの共同企業体(JV)が落札したという。

 同工事をめぐっては、下請け受注した水谷建設(三重県)の元幹部らが東京地検特捜部の調べに対し、小沢氏側に「計1億円を渡した」などと供述しており、質問した笠井亮議員(共産)は「談合による不正な利益が小沢氏側に還流されていた疑いがある」と指摘した。

 前原国交相の答弁などによると、談合情報が寄せられたのは平成16、17年に入札が行われた「堤体盛立(第1期)工事」と「原石山材料採取(第1期)工事」で、前者は鹿島などのJVが193億8千万円(落札率93・97%)、後者は大成建設などのJVが151億5千万円(同94・42%)で落札した。いずれも談合情報通りで、水谷建設が後者工事の下請けに入ることも事前に指摘されていたという。

 笠井議員は、胆沢ダムの本体工事を受注した17社から5年間で、献金やパーティー券の購入費として計約3千万円が小沢氏側に提供されていることを挙げ、裏献金疑惑も含め「小沢氏側への還流ではないか」と指摘。前原国交相は「(還流は)類推の域を出ない」としながらも、「公共事業の受注企業から多額の献金を受けることはいかがかと思う」と答えた。

 談合情報を受け、国交省は当時、公正入札調査委員会を開き、業者への事情聴取などをしたが、談合を裏付けられなかったといい、前原国交相は「入札制度改革に向け、胆沢ダムの問題も含め、しっかりと検証したい」と述べた。

 

【グアム移転】 伊波洋一(宜野湾市長)


平成22年2月18日、衆議院第1議員会館において、与党国会議員に対して宜野湾市長による下記の内容の説明を行いましたので、その内容を掲載します。

このページの末尾に配布レジュメ及びプレゼンテーション資料のPDFデータを貼りつけています。

平和フォーラム・ヒアリング 2010/02/18

 「 普天間ヘリ部隊のグアム移転の検証について」

 伊波洋一(宜野湾市長)


1.海兵遠征部隊31MEUが沖縄に駐留していないと台湾や韓国に1日で展開できないので抑止力の致命傷になると主張する学者や評論家、政治家がいるが、素人の国民をだます真っ赤な嘘。

● 31MEUは、1年の半分は沖縄におらず、佐世保の強襲揚陸艦エセックス等に載って西太平洋の同盟国での演習に参加している。

● 2006年の普天間飛行場ヘリ部隊の海外派遣資料によると、1月から5月の5ヶ月で約3ケ月は、グアム、フィリピン、韓国、タイの海外演習・訓練に出ていた。さらに、9月下旬から11月下旬まで米比合同訓練のためエセックスに載ってフィリピンに出ていた。(添付資料1)参照

● 31MEUの重要な役割は、佐世保の強襲揚陸艦エセックスなどの海兵隊艦船と、西太平洋での米国の同盟国(韓国、フィリピン、タイ、オーストラリア)との安全保障条約を実証するために、毎年定期的に同盟国を訪れて合同演習や合同訓練を実施することである。

 フィリピン・・・バリタカン (対テロ訓練)     第3海兵遠征旅団

         タロンビジョン(米比合同演習)  第3海兵遠征旅団

水陸両用上陸演習

 タ   イ・・・コブラゴールド(米タイ合同訓練) 第3海兵機動展開部隊

 オーストラリア ・・フリーダム・バーナー・クロコダイル(米豪合同訓練) 第3海兵遠征旅団

         タリスマンセーバー(米豪合同訓練)第3海兵機動展開部隊

 韓   国・・・フォールイーグル(米韓合同訓練) 第3海兵機動展開部隊


演習から帰還の車両陸揚げ公開/沖縄の米海兵隊(2009/08/12 四国新聞社)                 在沖縄米海兵隊の第31海兵遠征部隊(31MEU)が12日、オーストラリア軍との合同演習を終えて米海軍ホワイトビーチ(沖縄県うるま市)に帰還し、水陸両用艇で軍用車両を陸揚げする作業を共同通信に公開した。

31MEUは、在日米軍再編で沖縄の海兵隊員約8千人がグアムへ移転後も、沖縄に残る部隊。隊員約2200人は7月にオーストラリアで合同軍事演習「タリスマン・セーバー」に参加し、上陸作戦や市街地戦闘の訓練を実施した後、米海軍佐世保基地(長崎県)を母港とする強襲揚陸艦エセックスや揚陸艦デンバーで帰還した。エセックス搭載のホーバークラフト型揚陸艇(LCAC)3隻が、水しぶきを上げながらホワイトビーチに上陸。

沖合に停泊するエセックスから載せてきた、迷彩色の装甲車などを、次々に陸地に揚げた。揚陸艦に搭載され演習に同行したヘリコプターも、物資搬送に飛び交った。

 海兵隊によると、31MEUは例年、韓国やフィリピン、タイなどの各軍との演習や訓練にも参加。隊員たちは佐世保配備の揚陸艦に乗り、1年の半分程度は沖縄を離れて活動しているという。

● 西太平洋の同盟国演習への出発地は、2014年に沖縄からグアムに代わる。

  2010年のQDR(4年毎の国防見直し)は、グアムを西太平洋地域における  安全保障活動のハブとする、としている。

2.普天間飛行場のヘリ部隊がグアムに移転することを示す証拠が幾つもある。

証拠その1. 

 2006年7月の「グアム統合軍事開発計画」で「海兵隊航空部隊と伴に移転してくる最大67機の回転翼機と9機の特別作戦機CV-22航空機用格納庫の建設、ヘリコプターのランプスペースと離着陸用パットの建設」を記述。

証拠その2. 

 2007年7月に沖縄本島中部の10市町村長でグアム調査し、アンダーセン空軍基地副司令官に沖縄の海兵隊航空部隊の施設建設予定地を案内され「65機から70機の海兵隊航空機が来ることになっているが、機数については動いていて確定していない。海兵隊航空戦闘部隊1500人がアンダーセン基地に来る予定」との説明を受けた。

証拠その3. 

 2008年9月15日付で海軍長官が米国下院軍事委員会議長へ提出した国防総省グアム軍事計画報告書に沖縄からグアムへ移転する部隊名が示された。列挙された11の普天間基地に関連する海兵隊部隊の中に海兵隊中型ヘリ中隊が入っている (中型ヘリは普天間基地にしか所属部隊はなく、31MEUの主要構成部隊) 。

証拠その4. 

 2009年11月20日に公表された「沖縄からグアムおよび北マリアナ・テニアンへの海兵隊移転の環境影響評価/海外環境影響評価書ドラフト」によるとグアムのアンダーセン航空基地のノースランプ地区に海兵隊回転翼部隊としてMV-22オスプレイ2個中隊24機を含めCH53E大型ヘリ4機、AH-1小型攻撃ヘリ4機、UH-1小型多目的ヘリ3機の合計37機が配備される。うちひとつのMV-22オスプレイ中隊がMEU構成と予想される。MEU構成の中型ヘリ中隊にはCH53E、AH1、UH1が追加される。ちなみに、現在、普天間基地にはヘリ36機が駐留している。

  環境影響評価/海外環境影響評価書ドラフトの騒音評価で回転翼機の飛行訓練として常駐のMV-22オスプレイ中隊12機とCH53E大型ヘリ4機、AH-1小型攻撃ヘリ4機、UH-1小型多目的ヘリ3機が年間19,255回の飛行回数を増やすとされている。

 このオスプレイ中隊は、Assault Transport(強襲輸送)とされており、MEUの乗り込む強襲揚陸艦エセックス(USS Essex)をAmphibious Assault Shipと呼ぶのでMEU構成中隊と予想できる。

証拠その5. 

 2007年7月に沖縄本島中部の10市町村長でグアム調査し、グアム州政府から説明された資料に、移転を想定している海兵隊部隊として31st Marine Expeditionary Unit ・第31海兵遠征部隊2000人があった。同資料では、アプラ港に接岸桟橋を建設する強襲揚陸USS Essexやドック型揚陸USS Juneau、USS Germantown、USS Fort McHenry などの海兵隊戦艦が海兵遠征部隊31MEU と共に来ることが説明されている。

 このことから、グアムに来る37機の回転翼機には、31MEUのヘリ部隊である普天間の海兵航空ヘリ部隊が含まれると推察できる。

証拠その6. 

 2006年5月の「再編実施のための日米のロードマップ」で、

「約8000名の第3海兵機動展開部隊の要員と、その家族約9000名は、部隊の一体性を維持するような形で2014年までに沖縄からグアムに移転する。」とされた。沖縄の海兵隊の家族数が9000人を超えたことは、1972年の沖縄返還後38年間で4年間しかなく、9000人はこれまでの海兵隊家族数の最大の時の人数であり、現状は8000人に満たない。家族を伴う常駐部隊はすべてグアムに移転すると考えられる。普天間の中型ヘリ部隊は家族を伴う常駐部隊であるから、グアムに移転すると考えるのが妥当。


証拠その7.

 2009年11月20日の「沖縄からグアムおよび北マリアナ・テニアンへの海兵隊移転の環境影響評価/海外環境影響評価書ドラフト」は、2002年からの地球規模で海外米軍基地を削減する基地見直しにより、太平洋地域の米軍再配置で国防総省は沖縄の海兵隊の適切な移設先をグアムとしたことを明らかにしている。

そして2010QDR(4年毎の国防見直し)は、おける安全保障に係る活動のハブにする、としている。すなわち、2014年以降は、グアムが西太平洋での海兵隊の拠点になり、当然、西太平洋の米同盟国との合同演習に参加する現在の普 天間海兵航空基地の役割もアンダーセン基地のノースランプに移っていく。

証拠その8. 

 2009年6月4日付の米海兵隊総司令官から米上院軍事委員会への報告書は、約8000人の海兵隊員の沖縄からグアムへの移転は、沖縄の海兵隊が直面している民間地域の基地への侵害(Encroachment)を解決するためとしている。普天間基地こそ真っ先に解決すべき場所。

3. 2006年5月の「再編実施のための日米のロードマップ」合意で、沖縄の海兵隊の部隊は、ヘリ部隊を含めて、ほとんどがグアムに移転する。

 沖縄の海兵隊兵力12,402人(2008年9月末)から10,600人がグアムに移転。

● 2006年5月のロードマップは、「約8000名の第3海兵機動展開部隊の要員と、その家族約9000名は、部隊の一体性を維持するような形で2014年までに沖縄からグアムに移転する」とした。

● 2006年7月の「グアム統合軍事開発計画」は、グアムの海兵隊兵力について、常駐配備7200人とUDP配備2500人の計9700人としている。うち、海兵航空部隊関連は、2400人。

● 2008年9月15日付で海軍長官が米下院軍事委員会へ提出した国防総省グアム軍事計画報告書では、海兵隊兵力について、常駐配備8550人とUDP配備2000人の計10550人としている。うち、海兵航空部隊関連は、常駐配備1850人。

● 2009年11月20日に公表された「沖縄からグアムおよび北マリアナ・テニアンへの海兵隊移転の環境影響評価/海外環境影響評価書ドラフト」は、海兵隊兵力について、常駐配備8600人とUDP配備2000人の計10600人。うち、海兵航空部隊関連は、常駐配備1856人とUDP配備250人の2106人。

● 2008年9月15日付で海軍長官が米下院軍事委員会へ提出した国防総省グアム軍事計画報告書に沖縄からグアムへ移転する部隊名が示された。

主要な部隊の多くがグアムに移転することがわかる。

4. 米国は、グアムを含むマリアナ諸島全域を沖縄に代わる広大な軍事拠点とするために「マリアナ諸島複合訓練場計画 MARIANA ISLANDS RANG COMPLEX 」を進めている。

● 「マリアナ諸島複合訓練場計画」は、グアムを中心に、サイパン、テニアンなどの島々の訓練施設や広大な訓練空域や制限海域、射爆撃場、戦闘訓練場、ライフル射撃場、弾薬貯蔵施設、等を含む。

● 沖縄からグアムへの海兵隊移転で、一番重要視されているのが、グアムやマリアナ諸島での訓練場や射撃場の確保であり、グアム移転の前提、必須条件とされている。特に高度な統合訓練場の確保が求められており、テニアンで計画されている訓練施設は大隊部隊上陸や大規模機動訓練など戦術的シナリオ訓練を可能にする、としている。

● グアム移転で繰り返し強調されているのが、アメリカ領土での多国籍軍事訓練の実施であり、そのための「マリアナ諸島複合訓練場計画」は、2014年までに実施されていくと思われる。

● 2009年6月4日付の米海兵隊総司令官ジェームズ・コンウェイ大将の米上院軍事委員会への報告書は、訓練や施設の要件を調整し、適切に計画・実施されれば、グアムへの移転は即応能力のある前方態勢を備えた海兵隊戦力を実現し、今後50年間にわたって太平洋における米国の国益に貢献する、としている。

5. 沖縄の代替施設完成後、グアム移転部隊を移す第3海兵遠征軍の資料

第3海兵遠征軍の司令部資料によると、ロードマップ合意のグアム移転部隊

 である第1海兵航空団司令部等を沖縄に戻すことが考えられている。

以下、資料。






 ※平成21年11月26日に使用した資料
 ※平成21年12月11日に使用した資料

2010年2月14日日曜日

【小沢一郎論】 佐藤優

内在的否定者
 こうして過去一六年間で小沢の政策の変わった部分と変わらなかった部分を検証してみると、おぼろげながらの特質が浮かび上がってくる。それはたぶん五五年体制下の保守政治家の範疇からはみ出してしまうものだ。

 例えば、小沢には岸信介—福田赳夫といった清和会系の政治家が持つ反共イデオロギーへの執着がない。彼は権力奪取のためならブレア政権の政策を採り入れるのを躊躇しないし、日本共産党とも手を結ぶことができる。

 かといって池田勇人—前尾繁三郎—宮沢喜一など護憲志向の元官僚が集った宏池会系の政治家とも違う。

小沢の父・佐重喜は岩手県水沢市(現・奥州市)を地盤とした生粋の党人派政治家で弁護士だった。一郎は日大大学院で司法試験勉強中の一九六八年(昭和四三年)に佐重喜が急死したため、翌年後継者として政界にデビューした。

 小沢はイデオロギー色が希薄で、党人派を代表する田中角栄の派閥に入った。田中は公共事業による所得の再分配を通じてゼネコン関連企業や地元住民の票を吸い上げ、勢力を拡大してきた政治家であり、官僚政治の枠内での利害調整のエキスパートだった。

 西松建設献金事件[注5]でクローズアップされた小沢の集金・集票システムは明らかに田中派の系譜に連なるものだ。だが、小沢の政治行動には、田中と違い、官僚主体の統治システムそのものを破壊しようとする強い衝動がある。
[注5]
西松建設からの寄付を、政治団体からのものと偽って政治資金報告書に記載したなどとして、東京地検特捜部が二〇〇九年三月に小沢氏の公設秘書・大久保隆規氏を逮捕。小沢氏は検察を批判し、代表を辞任するつもりはないとしたが、党内にも辞任を求める声があり、五月に代表を辞任した

 その点で朝日新聞の政治記者・早野透が『小沢一郎探検』(朝日新聞社・九一年刊)のなかで、小沢を田中の「内在的否定者」と評したのは的確だったと思う。しかし、ならば、なぜ田中派は小沢という「内在的否定者」を生んだのか。小沢のラディカル(根源的)な改造計画の行き着く先はどこか。

 私は元外務省国際情報局主任分析官の佐藤優を訪ねた。彼ほど政治家の実像を知り、その内在論理を分析できる人はいない。佐藤に聞けば小沢思想の核心に突き当たるのではないか。

「普通」の保守政治家?
 東京・赤坂のANAインターコンチネンタルホテルの喫茶室で私はこう切り出した。

「私には小沢氏が戦後の政治風土の中で非常に異質な存在に見えるんです。彼には、例えば安倍晋三元首相のように天皇を軸にした復古的な価値観がない。といって、田中角栄や野中広務氏とも違う。田中には郷里・新潟をはじめとした『裏日本』の近代化・地方への所得再分配というビジョンがあった。野中氏は部落差別の壁を乗りこえることを生涯のテーマとしてきた。でも、小沢氏の言動からは自らの出自や被抑圧体験と密接に結びついた理念やテーマが見えてこないんです」

 佐藤からは意外な答えが戻ってきた。
「うん。小沢さんには田中さんのように高等小学校卒で、学歴が極端に低いといった点もありませんね。ただ、裏返して考えると天下の副総裁、金丸信さんと小沢さんは(似てませんか)? 私は自分が身近に接触した政治家が鈴木宗男さんをはじめほとんど経世会だった。そのせいで経世会的なものを空気のように感じるんですね。その私から見ると小沢さんはごく普通の経世会的な政治家ですね」

 金丸信は山梨県の裕福な造り酒屋に生まれ、東京農大卒。中曽根内閣で自民党幹事長をつとめ、その後、党副総裁になり「政界のドン」と言われた。八九年(平成元年)には前首相・竹下登の反対を押し切って四七歳の小沢を党幹事長に起用した。小沢が政界の実力者として注目されるのはそれからである。

 小沢を「普通の経世会的な政治家」という佐藤の言葉に私ははじめ戸惑った。すでに触れたように私は小沢に経世会の系譜と断絶したものを感じていたからだ。だが、佐藤の解説をよく聞くと、それは私が経世会を単なる利権追求集団としか見ていなかったためだったことが後で分かってくる。
 
—どういう意味で普通なんですか?
佐藤 そこそこ頭がよく、イデオロギー先行でない。戦後民主主義の落とし子である。しかし反戦平和とか護憲とかいう方向にいかない。もう一つは土建屋型の再分配政治の中心にガチッと絡んでいる。だから例えば村岡兼造さんとか、事件に巻き込まれる前の鈴木宗男さんとか、ごく平均的な、権力の論理を良く知ってる保守政治家という認識なんですけどね。
 
—ふーん、なるほど。
佐藤 だから例えば九三年の『日本改造計画』は、著者の名を小沢一郎から橋本龍太郎や小泉純一郎に変えても不自然じゃないでしょ。あの当時の東西冷戦構造が終わった時点で、それまでの共産主義革命を阻止するために、過剰な形での労働運動への配慮、国民への配慮をやめて、新自由主義的な政策をもたらすという流れですよね。だから『改造計画』の時点では新自由主義政策で自己責任を強化することによって日本の経済を強化して、結果として税収が上がり、国家が強化される。(小沢は)常に主語は国家ですから、所与の条件の下で国家の財政を極大化するという命題には忠実ですね。その時に新自由主義政策をとるか、社民主義政策をとるかってことは道具に過ぎないです。だから九三年時点で新自由主義を言うのは国益のためには正しい。ところが〇九年において新自由主義を言うのは国を誤らせる。こういうことでしょうね。

—それは、そうかもしれません。
佐藤 ただ小沢さんを理解するうえで重要なところは、人間関係を非常に大切にすることです。しかも彼は自分に対する全面的な忠誠は求めない。例えば官僚でも、藪中三十二さんという外務省の事務次官が新政権でも生き残っている。それはなぜかというと、少なくとも積極的に野党時代の小沢さんを撃つことをしなかったからです。自分の敵以外は味方であるという考え方が平気でできる、数少ない政治家です。

 だから人材を活用できるプールが、彼は意外に広いんですよ。官僚の側から見ると、小沢さんはゲームのルールがわかっている。何かあっても彼に直接敵対しなければ、能力本位で人を活用する。

経世会のプラグマティズム

—でも、かつて小沢氏周辺にいた政治家は野中広務、船田元など枚挙に暇がないほど離れて行くか、切られたりしていますね。
佐藤 離れていった人はどこかの時点で反小沢の明示的な行動を取った人なんです。平野さんのように敵対行為を一度もしたことがない人は最後まで残っている。小沢さんの場合、人間関係を大事にするが人間関係の見直しはないんです。自分に敵対したり、自分の勢力圏に侵入したりするのを一度でもやった者は許さない。だから小沢さんのゲームのルールは非常に厳しいけれどわかりやすい。

「ごく普通の経世会的な政治家」という小沢評を聞きながら、私は田原総一朗の『日本の政治 田中角栄・角栄以後』(講談社・〇二年刊)の一節をふと思い出した。それによると、七二年の田中内閣の成立は日本の権力構造に革命的な変化をもたらした。

 戦後の吉田茂以来の歴代首相は、二ヵ月間だけその座にあった石橋湛山を除いて、すべて東大、京大を卒業し、高級官僚を経て政治家となったエリートばかりだった。官界や財界も旧帝国大学出身者が仕切っていたから、彼らはその学閥によって政官財界の頂点に君臨した。帝大出身の政治家を帝大出身の官僚が支え、経団連に集う帝大出身の財界人たちが政治資金を供給する。それが従来の五五年体制だった。

 ところが、この体制は牛馬商の息子で高等小学校卒の田中による政権奪取でひっくり返った。田中は首相を辞めた後も、最大派閥の力で政界に君臨した。田中引退後も竹下、金丸、小沢から梶山静六、野中広務に至るまで、旧帝大とは無縁の旧田中派の政治家たちが政治の主導権を握り続けた。

 しかも彼らは、小沢ら二世議員を除けば、みな地方出身のたたき上げである。極端な言い方をすれば、田中政権以来、日本の政治は平等志向を内包した非エスタブリッシュメント出身者による「土着的社会主義」の色合いを持つようになった。マスコミが強調する経世会の金権体質はその一側面にすぎない。
 
—経世会思想の本質は何なのでしょう。
佐藤 徹底したプラグマティズム(実用主義・道具主義)。現実に役に立って、結果を出すものが正しいという思想ですね。正しいものは必ず勝つ。しかし、今までのプラグマティストというのは、(足し算やかけ算の)四則演算しかできないんです。ところが小沢さんは(もっと高度な)偏微分ができて権力の文法が分かっている。だから一見不規則なことが生じてきても、それを文法に則して再整理できる力がある。つまり時代の変化に対応する能力がある。往々にして経世会の政治家にはそれがない。だから途中で沈んでいくわけです。私は鈴木宗男さんを横で見てきたからわかるけど、小沢・鈴木の二人は非常によく似ていますね。

—時代の匂いに敏感という点で?
佐藤 この先どう変化するかという見通しがきいて、その変化に合わせて身を処すことができる。おそらく現役の政治家ではこの二人しかいないと思うけれど、二人には内閣官房副長官と、自民党の総務局長の両方をやったという共通点がある。官房副長官というのは、政治の表の世界で、比較的若い世代の政治家の位置から全体像が見える。官房機密費[注6]を含めて、表の裏世界もわかる。それに対して、自民党の総務局長は、選挙区調整と自民党の裏金まき、あるいは公明党対策をやる。これはほんとうの裏世界です。その二つをやった経験がある、類い希な政治家なんですよ、あの二人は。

[注6]
内閣官房機密費として、官房長官の判断で支出される。その使途については、国政運営上の機密を守るという理由から公表の必要がない。機密費の存在自体は公のものだが、使途が不明なことから「表の裏金」的性質を持つ
 
—つまり政治の表の裏と裏の裏を……。
佐藤 その両方を見てる。じゃ二人がどうしてその役に就けたかというと、さっき言ったように、時代の変化に対応して身をかわすことができる、類い希なプラグマティストだからですよ。そしてものすごく醒めていて、権力闘争に非常に敏感だからです。食うか食われるかしかない世界では食う側に回らなくても、食われないためには権力を持たないといけない。政治は怖くないといけないということを良くわかってる人たちなんです。

 ただし、その表面だけ見ると、単なるマキャベリズムのようなんだけど、そうじゃなくて、彼らのプラグマティズムには天がある(魚住注・『天』とはキリスト教における神、あるいはその人間の行動を規制する、超越的な原理を指している)。思想がある。だから何か自分では言葉にはできないけど、正しいものをつかむ力がある。その力の源泉を突き詰めていくと、鈴木宗男にせよ、小沢一郎にせよ、共同体の生き残り(を目指すこと)なんです。

アソシエーション
—その共同体とは、彼らの郷里・地盤である北海道や岩手県のレベルの話ですか、それとも日本国という意味も含めてですか。
佐藤 国家という意味も含めてです。彼らの観念の中にある国家というのは、我々が日常的に使っている社会という言葉に近い。それは民族共同体よりも、もう少し乾いていて、排外主義的な要素があまりない。小沢さんは在日外国人の地方参政権に対し抵抗感がないでしょう。(小沢にとっては)日本人の血が問題なのではなくて、日本の国のために一生懸命やるのが日本人です。もっと言えば、小沢さんの発想の根底にある共同体はアソシエーション(自覚的共同体)。結社みたいなものです。だから日本を巨大な結社と見ると、それは自己責任論とは、比較的合わさるんです。何もやらないのに、共同体にいるからといって、タダ乗りはダメだよ、少なくとも一生懸命やらないといけませんよ、という発想になる。

 プロテスタントで神学者である佐藤の言葉は、私のように宗教とは無縁の世界に生きている者にはなかなか分かりづらい。佐藤の考え方にはキリスト教の神のように、人知を超える超越的な存在を自明のものとする前提があるが、私にはそれがないからだ。ただ、こういうふうに理解したらどうだろう。我々はふだん行動するとき、その場その場で無原則に、あるいは単に快か不快か、得か損かといった感情や打算、習慣に動かされているように思っている。

だが、もう少し踏み込んで自らの言動の背後にあるものを探ると、そこに見えざる至上原理や思想が潜んでいる。

 私の場合、行動の原理となっているのは家族である。家族という共同体の生き残りのために何をなすべきかという判断が私のすべての行動を規制している。佐藤によれば、小沢や鈴木の政治行動は、もっと広い範囲の自覚的な共同体の生き残りのために何をなすべきかという目的意識に貫かれている。しかもその共同体の統合原理は血縁でも民族でも、後で触れるが、天皇制でもないらしい。

佐藤 その共同体の生き残りという超越的なもの、至上命題を持っているが故に、政治資金はたくさん集めても、小沢さんにしても鈴木さんにしても、自己の生活は非常に禁欲的です。浪費の傾向がない。私も二人をそれぞれモスクワでアテンドした時思ったんだけど、鈴木さんと小沢さんに共通するのは、レジャーという発想がないこと。二四時間仕事、寝る時間以外は仕事している。それ故に鈴木、小沢の側に来る、例えば東大法学部卒のエリート官僚たちは、彼らの引力圏にすぐ吸い込まれてしまう。こういう人が世の中にいるのか、自分たちの周辺で見たことがないと。

 それから、彼らは政党に対する態度も、ものすごいプラグマティックですね。党は国家が生き残るために使えばいい。党のために殉じるっていう発想がない。特に小沢さんは自民党に対する愛着も、自分が作った新進党に対する愛着も、そしてそれを純化して作った自由党に対する愛着も、何もない。

 〇〇年に小渕首相と小沢さんとの会談を最後に自由党が与党から離脱し、小渕さんが脳梗塞で倒れた[注7]。そのきっかけになったのも自民党の看板を下ろせ、下ろさないの話だったでしょう。小渕さんには自民党へのこだわりがあったけど、小沢さんにはそれがまるでない。

[注7]
一九九九年一月に連立参加。同年一〇月に公明党が加わり自自公政権が誕生すると、自由党の主張が連立内で通りにくくなり、二〇〇〇年四月一日に連立から離脱。自由党は分裂し、連立残留組は保守党を結成した。小渕首相は自由党の連立離脱の翌日に脳梗塞で緊急入院し、翌月亡くなった
 
—『改造計画』を読むと、二大政党制を実現するための選挙制度改革や官僚答弁禁止による国会活性化、内閣・与党の一体化などシステム変革への異様な執念を感じます。でもその変革の原動力となる理念や情念といった中身が見えてこない。二大政党制にはこだわるが、その政党間の理念、中身の差異にはもともと関心がないのではないでしょうか。

天皇と東大
佐藤 私は、それはちょっと違う視点から見ているんです。立花隆さんの『天皇と東大』(文藝春秋・〇五年刊。天皇と東大という二つの視点から日本の近現代思想史を描いた)を合わせて読むと良くわかると思うんですが、立花さんの発想は根本においては官僚支持なんですよ。日本の政治はどうしようもないから、これは天皇の官吏群によって維持しないといけない。そこが日本を守っていく一つのポイントなんだと。だから立花さんの関心が教養に向かったのは、官僚やそれを支える東大生の能力低下を何とかしないといけないと思ったからです。国家を維持するのは官僚である。国民を代表するのは、能力のあるエリートたちであるという発想です。

 それに対して小沢さんの発想は官僚なんて信じない。二大政党制という形にして、政治家に下手を打つと野党に権力を持って行かれるという緊張感を持たせる。与野党が切磋琢磨して、政治家の基礎体力を強化する。そうすることによって、事実上、戦前の天皇の官吏と同じように現在も国家権力を簒奪している官僚群から権力を取り戻す。その意味では小泉さんがスローガンだけ掲げた反官僚という権力闘争を、小沢さんは実体的にやってるんだと思うんです。
 
—その説明は腹にすとんと落ちますね。
佐藤 だから彼の原点は、自民党幹事長時代に遭遇した湾岸戦争で自衛隊を海外派兵しようとした時に、内閣法制局長官の答弁で待ったをかけられた[注8]ということですよ。

[注8]
一九九〇年一〇月一九日の衆院予算委員会で、工藤敦夫・内閣法制局長官が「国連軍ができた場合、自衛隊は参加できるのか」という質問に対して、「任務が我が国を防衛するものとは言えない国連軍に、自衛隊を参加させることは憲法上問題が残る」と答弁している

 戦前と同じように官僚たちがデケエ面をしている。検察もそうだ。検事長以上が親任官であることに、検察官達があれだけ重きを置くのは、最終的には天皇の官吏であるとの意識があるからです。小沢さんの権力闘争はそれに対する戦いですよ。彼が制度をいじる時のいじり方は、常に官僚の力が弱まる方向になっている。反官僚なんです。その点では小沢一郎というのはデモクラシーの子なんです。彼が今後一番ぶつかるのは天皇ですよ。

—それは私も、小沢氏や彼の「知恵袋」である平野氏の著書を読んで感じました。東北人である小沢氏は、自己のアイデンティティを天皇家の支配が始まる前の縄文時代の日本人に求めていて、自分を「原日本人」とか「縄文人」とか言っています。これは過去の保守政治家や右翼が天皇家とのつながりにアイデンティティを求める発想とかなり違う。

佐藤 今までは、ある意味では日本全体が総官僚だったわけですよ。自民党は投票によって選ばれる官僚。公務員は試験によって選ばれる官僚と、その二種類の官僚が棲み分けて権力を持っていた。これじゃ日本国家が生き残れない、日本社会は生き残れない、小沢さんはそういう感覚なんでしょうね。
 
—その感覚が生じる契機になったのが、冷戦構造の崩壊だったのでしょうか?
佐藤 冷戦構造の崩壊後、日本国家はどうやって生き残っていくか。冷戦構造の下では日米安保条約が日本の国体になった。国体を護持するために日米安保条約を護持する。そして日米安保を護持する官僚達が権力を持っていた。この体制を変えないといけないということでしょう。
 
—安保と象徴天皇が国家統合の原理になり、それを官僚が支えてきたという意味ですね。小沢氏の発想の根底にあるのは反・日米安保体制なんですか。
佐藤 反・日米安保ではなく、日米安保体制、日米同盟の見直しですね。だから「第七艦隊だけで十分日本の安全保障は担保できる」なんていう彼の発言[注9]は案外本音だと思う。米国とはプラグマティックに役に立つ範囲でお付き合いするが、その先は知りませんと。

[注9]
二〇〇九年二月、在日米軍の再編問題についての発言。「今の時代、前線に部隊を置いておく意味が米国にもない。軍事戦略的に言うと(米海軍)第七艦隊がいるから、それで米国の極東におけるプレゼンスは十分」として、海軍以外の在日米軍は不要とする趣旨で受け止められた。

積極的平和主義
 
—日米安保の見直しも含め、小沢氏の反官僚的姿勢はなぜ生まれたんですか。
佐藤 経験則だと思う。彼は田中角栄や金丸信のケースを見て、官僚が政治家たちをどういうふうに使うか横で見ていた。そして政治家を切り捨てる時にどういうふうに切り捨てるか、政治家は結局官僚によって使われてるんだということをずっと見てきた。
 
—そうか、田中はロッキード事件で、金丸は脱税で官僚から切り捨てられた。
佐藤 そう。ロッキード事件までに田中をさんざんヤバイことで使っておいて、事件が起きた時には全員手のひらを

返した。金丸についても同じです。小沢さんは検察というのは霞が関の官僚群を凝縮したものであるという正しい認識をしているんですよ。だから彼は、検察だけを潰すことはしない。検察だけを潰せないこと もわかってる。霞が関の全体構造を崩す結果として検察が崩れる。

もう一つのポイントは内閣法制局です。彼は宣戦布告をちゃんとしているんです。不意打ちはしない。法制局をや

るぞと。法制局がやられるのは司法全体が揺るがされるってことなんですよ。

—我々はふだん法制局と最高裁を別物だと考えているけれど、そうではなく、法制局と最高裁の憲法解釈は連動

していて、司法の要になっているという意味ですね。それにしても「憲法の番人」である法制局長官の答弁を禁止するのは、いくらなんでも乱暴すぎると思いましたけど、佐藤さんは?
佐藤 私は非常に結構なことだと思う。これによって憲法改正が遠のいたからです。
 
—法制局を排除すると海外派兵のため憲法改正をする必要がなくなり、全部解釈改憲で済ませられるからということですか?
佐藤 そう。全部、解釈改憲でいく。ただし解釈改憲だと限界があるんです。これで勇ましい憲法ができない。象徴天皇も崩れない。集団的自衛権を解禁すれば日本のやりたいことは全部できるから九条を変える必要もない。
 
—では、その関連で、彼が一貫して唱えている国連中心主義の内実は何なんですか。
佐藤 小沢さんの言う国連とは、東西冷戦構造が終わった後の列強による権力の分配機関としての国連なんです。小沢さんの発想は元外交官で日本国際フォーラムの主宰者・伊藤憲一さんが言ってる積極的平和主義と同じですよ。どういう内容かというと、いま世界で違法行為を犯すのは、国際テロリストと、それを支持する ならず者国家、それから国家として体を成していない破産国家。この三つだけなんです。この連中に対しては国連のアンブレラで警察活動を行う。これは軍隊を使っていても警察活動だから戦争ではない。ならず者を放置しておいていいという話にはならないから国際法上の、交戦国の捕虜の地位を与える必要はないんです。そうい うならず者に対してアメリカが行う、国連のアンブレラの下での制裁措置に、積極的に加わっていくことを積極的平和主義と定義しているんです。

これからの平和主義は自衛隊を動かすことで実現される。これが積極的平和主義だ。悪事には関わらないという消極的平和主義の時代は終わった。戦争はこの世の中からなくなった。あるのは国連による警察活動だけという考えです。小沢さんの考えもこれです。

帝国主義
 
—ふーん。その本音は何なんですか。
佐藤 日本は列強だ。列強だから、この中に加わって、うまそうな利権の切り身をちゃんと日本も取るということですよ。だから湾岸戦争だって自衛隊が出動しておかなければ石油利権に手を付けられないじゃないか。つまり(小沢氏の発想は)帝国主義者そのものです。(米国の一極支配が終わり)もう時代は帝国主義にな っているんですから、日本にはどういう帝国主義かという選択しかありません。麻生(太郎)前首相がやろうとしたような頭の少し足りない帝国主義か、鳩山(由紀夫)首相がやるような、勢力均衡論に基づいた数学的発想の、乾いた帝国主義か。その選択でしょ。小沢さんはその帝国主義を支えるドクトリンを『改造計画』のころ から持っているわけです。かつてソ連が国際連盟を資本家達の合議組織・調整組織と呼んだ。その後の国際連合はまさに社会主義体制がなくなることによって、帝国主義のセンターとしての国際連合になるんです。小沢さんのはそういう国連中心主義です。
 
 佐藤は小沢に限らず、誰が指導者になっても日本が他国を食い荒らす帝国主義化は避けられないという冷徹な認識をしている。資本が高度に蓄積・集中化されると、余剰資本は新たな市場や投資先を求めて他国に向かう。その援軍としての海外派兵は歴史的必然というわけだ。ただし佐藤はそれを是認しているわけではない 。事態をきちんと理解し、そのうえで現実に影響を与える抵抗運動の必要性を佐藤は誰よりも強く感じている。
 
佐藤 だから国連に金もたくさん拠出してるから安保理の常任理事国になって、国連のアンブレラの下で積極的に海外派兵を行って帝国主義国としての正しい分け前を取る。これは、やっぱり小沢、鳩山さんの発想ですよね。
 
—その分け前とは石油利権であり、レアメタルであり、穀物であり……。
佐藤 はい。我が日本国家と日本民族が生き残るために、生存権を確保するために必要なものを取るということです。
 
—資本を海外に投下し、工場をつくったりして現地住民から搾取もする。
佐藤 そうそう。それで雇用が生じるわけだから、現地の住民は幸せなんだという考え方です。
 
—しかし、小沢さんご本人はそういうことを明確に意識して言っているんですか。
佐藤 わからないでやってるんです。
 
—えーっ(笑)。
佐藤 わからないで、フワーッとしてやってるわけです。それを理論化するのが我々のような周辺にいる人間の仕事でね。「先生がやっておられるのは、こういうことですね」「大体そんなところだろう」と。資本の蓄積を十分に遂げた、

強い国家が普通の頭で生き残りを考えると、本能的に自分の分け前を増やす行動をとる ものなのです。それが(『改造計画』の)普通の国ということです。だから普通の国になれというのは帝国主義国になれってことなんです。第二次世界大戦後のアメリカの対日占領政策の目的は、日本を再び帝国主義国として立ち上がらせないということでしたね。今後、日本が露骨な帝国主義的行動をとると、当然それとは抵触す るんです。
 
—小沢氏らの無意識がそうさせている?
佐藤 無意識です。ただ小沢さんの優れた才能はプラグマティストであること。プラグマティストが勝利する要因は、

国民の中にある集合的無意識を抽出する能力なんですよ。

たしかに小沢は自由党末期の〇三年ごろから小泉構造改革路線の行き着く先や、格差拡大・地方切り捨てに

よって国民の間にひろがっていた不安や危機感を察知し、その対応策を考えている。山口が指摘したように〇五年に民主党代表となった前原が「自民党と改革競争をする」と口走っていたのとは、政治センスにおいて雲泥の差がある。
  
資本主義の宿痾
 
—ただ、〇七年一一月に読売グループの渡邉恒雄会長らが裏で画策した大連立騒動がありましたね。あの時は

言ってみれば、いつでも海外派兵できる安全保障の恒久法を作るのが狙いだったと思うんですが、その恒久法をち

らつかされたとたん小沢さんはパクッと食いつき、党内の反対を受けて取りやめたという経緯があった。手練れの小沢氏にしては理解不能な行動だという感じがするのですが。

佐藤 あの当時は焦りがあったと思いますよ。自民党の権力はそう簡単に崩れないだろうし、民主党が権力を取るには党内左派のみならず社民党にも依存しないといけない。つまり自分がやりたい、根本的な安全保障政策はできなくなるのではないかという焦りですね。だから、私は今後の小沢さんの戦略としては来年の参院選でガチッと勝つ。そうなれば小沢総裁の目も出てきますからね。

 その時に安全保障政策で党内左派や社民党が協力しなくてもいい。ただ左派も社民党も与党から出ていかないから日干しにするんです。それで自民党の方から流れ込んだ連中を含めた形で、この『改造計画』で言っている流れで帝国主義国としての再編をしていくというところかなと、僕は見てるんですよ。

だから彼の軸は冷戦後の帝国主義国家としての日本、列強の一つとしての日本というところでは全くブレてない。それは小沢さん個人がやっているんじゃなく、日本という国家が主語になっている。資本主義体制下でこれだけの経済力があって、なおかつこれだけの人口がある国家は帝国主義的再編をしないと生き残っていくことはできないという国家意識なんです。
 
—それは小沢さん一人が考えていることではなくて、外務省もそうであり……。
佐藤 要するに平均的な官僚、平均的な政治エリートが考えていることです。私が官僚だった時期に自らを置い

てみると、小沢さんの論理が良くわかるのです。あるいは私がいま政治家だったら、外交でどうやれと言われたら、確実に小沢さんのようにする。所与の条件で安全保障の文法だったら、当面それしかない。マルクス経済学の立場からしても資本主義は必然的に帝国主義になる。それ以外のオプションはない。人が金によって支配されるという資本主義のメカニズムの枠から抜けることはできない。でも、十把一絡げで帝国主義だからダメなんだ、資本主義

だから全部ダメなんだという形では括れない。やはり、よりましな帝国主義、よりましな 資本主義はある。だから我々は(他国に)どれぐらいの害悪を与えて、悪事を行う力があるのかということの認識をしていた方が、その悪事を極小化することには役に立つと思う。

我々は資本主義の宿痾から逃れられない。帝国主義国である日本は他国を踏み台にしないと生きていくことはできない。

 そういう構造の中に組み込まれていると認識することと、それを是認するということはちょっと違うんですよね。ただし中長期的なレンジでは、おそらく帝国主義を超えられる何らかのものがあると思う。問題は、小沢さんがそれを持っているかどうかですね。
 
—その通りですね。
佐藤 現時点で小沢さんが帝国主義を超える理念を持っているかどうかはわからない。ただプラグマティズムは、さっき言ったように現実の政争のマキャベリズムを超える何かがある。彼の原体験というか、根底にあるものは何か。

それはあれではない、これでもないという、否定神学的な言い方しかできないけど、それでも 残る超越的なものは何か。それを分かりやすく言うと、共同体の「生き残り」だと思うんですね。

—日本は九条の制限があるから湾岸戦争では巨費を投じた。アフガン戦争では海上無料ガソリンスタンドを作った。そういう選択肢はこれからの国際社会ではあり得ない?

佐藤 日本の規模になっちゃうと、あり得ない。どっかで血を流さないとダメ。少なくとも血を流す覚悟を示さないと。

帝国主義戦争の中で、うちはお金だけ出しますから、みんなは鉄砲玉を送ってください。この理屈は、非常に通りにくい。ただし、それはあくまで国家の論理なんです。社会の側、国民の側として付き合う必要はない。ただ付き合う必要はないけれども、最終的には、それで押し切られるわけなんですよね。阻止できない。ただその時に付き合う必要はないという形で、どういう論理を構築して、大衆運動を組み立てるかでコミットメントの度合いは変わる。 



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