2008年9月9日火曜日

【沖縄密約】 沖縄密約裁判 国賠訴訟 2008

2008年09月09日13時53分
 「沖縄密約」国賠訴訟 最高裁が上告棄却、西山氏の敗訴確定 新証拠の判断を回避 


  1970年代の沖縄返還・日米交渉での「密約」を報じ、国家公務員法違反(秘密漏洩の教唆)に問われた西山太吉氏(元毎日新聞記者)が「不当な逮捕、起訴で名誉を傷つけられた」として国に謝罪と3300万円の慰謝料請求を求める訴訟を提起したのは2005年4月25日。西山氏が提訴に踏み切ったのは、2000年と02年の米外交文書公開で「密約の存在」が明らかになり、さらに06年の吉野文六・元外務省アメリカ局長発言が動かぬ〝証拠〟として浮上したからだ。

 その後の裁判経過は周知のことなので詳述は避けるが、東京地裁・高裁の一、二審とも「不法行為から20年過ぎれば損害賠償請求の権利が消滅するという『除斥期間』」を適用して訴えを棄却した。西山氏側はそれを不服として08年4月最高裁に上告したが、最高裁第三小法廷は9月2日、実質審理に入らぬまま一、二審と同様の理由で上告棄却を決定し、原告らに通告した。
 まるで〝意表を衝く〟ように「西山氏敗訴」が確定してしまった。国民が最も知りたい「密約の存在」には一切触れず、「上告理由に当たらない」との冷徹きわまる判決文だった。

 晦渋な法律用語のため、一片の「判決骨子」が新聞等に報じられただけなので、参考資料として「最高裁決定」の原文をそっくり紹介しておく。

         決    定
   北九州市小倉北区神岳1丁目1-19-711号
   上告人兼申立人    西山 太吉
   同訴訟代理人弁護士  藤森 克美
   被上告人兼相手方   国
   同代表者法務大臣   保岡 興治
   同指定代理人     五十嵐 徹

 上記当事者間の東京高等裁判所平成19年第2494号謝罪文交付等請求事件について、同裁判所が平成20年2月20日に言い渡した判決に対し上告人兼申立人から上告及び上告受理の申立てがあった。よって、当裁判所は、次のとおり決定する。

      主    文
    本件上告を棄却する。
    本件を上告審として受理しない。
    上告費用及び申立費用は上告人兼申立人の負担とする。

      理    由

1 上告について
民事事件について最高裁判所に上告することが許されるのは、民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ、本件上告理由は、違憲及び理由の不備・食違いをいうが、その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって、明らかに上記各項に認定する事由に該当しない。
2 上告受理申立について
本件申立ての理由によれば、本件は、民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない。よって、裁判官全員一致の意見で、主文の通り決定する。

平成20年9月2日
         最高裁判所第三小法廷
           裁判長裁判官   藤田 宙靖
              裁判官   那須 弘平
              裁判官   田原 睦夫
              裁判官   近藤 崇晴

▼注=民訟法第312条は[上告の理由]、同318条は[上告受理の申立て]を規定した条文。

▽最高裁決定〝抜き打ち的〟な通告

 この「最高裁決定」が示された9月2日は、「沖縄返還に伴う日米の合意文書・情報公開請求の会」(共同代表・奥平康弘東大名教授ら)が、外務・財務両省に密約文書の開示を要求する日だった。「情報公開請求の会」メンバーが会議を開いていた席に、「最高裁上告棄却」の一報が突然もたらされたので、最高裁が〝抜き打ち的決定〟を下したと勘繰られている。この点につき某弁護士ブログがリアルに分析しており、核心を衝いていると思われる内容の一部を紹介しておきたい。

 「いやぁ、挑戦状を叩きつけるつもりが見事に先制攻撃されちまった。9月2日、沖縄返還の際日本が米国に裏金を払うという密約の存在を裏付ける合意文書の公開請求を行った。ところが、当日の午後1時、密約情報を入手した元毎日新聞西山記者のもとへ、西山さんが起こした損害賠償訴訟の上告が棄却されたとの知らせが届いた。(私たちが)沖縄密約についての文書提示を求める直前に、最高裁が上告を棄却したことは偶然とはとうてい思えない。
 奥平教授らが『午後2時弁護士会集合、午後2時15分外務省に情報開示請求書提出』という情報を数日前からマスメディアに配布していた。最高裁は、その2時集合をあざ笑うかのように、午後1時に上告棄却を伝えてきたのだ。そのタイミングの良さは、東京地裁・高裁の裁判官に『いいか、密約文書について訴訟になっても最高裁は動じない。これまでどおり無視しろ』というメッセージを伝えるためのものとしか思えない」。

▽「除斥期間」を防波堤に、「密約」を隠蔽

 「沖縄密約」は30数年前の事件だが、1998年以降の資料発掘によって真相の核心に迫る証拠が洗い出されてきた。2000年5月と02年6月に発掘された米外交文書によって、「密約の存在」が交渉相手国の米外交文書に記載されていることが確認された。次いで06年2月には、「密約の日本側サインのイニシャルは自分だ」という「吉野証言」が明るみに出るなど、原告・西山氏側の主張を裏付ける新証拠発掘が続いた。
 これに対して、歴代自民党政府や外務省・財務省は一貫して「密約はなかった」との主張を繰り返し、すべてをベール奥深くに隠蔽したままだ。

 「機密漏洩」刑事裁判で有罪が確定した西山氏が、民事の「国家賠償請求訴訟」を決意した背景には、密約資料の発掘に刺激され「国家的犯罪を許せない」との公憤が倍加したからに違いない。ところが、法の番人である司法が、下級審から上級審に至るまで「除斥期間」をタテに〝門前払い判決〟で幕引きし、結果的に政治権力に寄り添う判断を示したことに、〝司法の崩壊〟を痛感させられた。

 いずれにせよ、「除斥期間」を隠れ蓑に、「密約の存在」論議に一歩も踏み込まなかった司法判断に、在野法律家から批判と失望の声が上がっている。

 「除斥期間」は、民法はもとより、その他の法律にも明文規定のない制度で、「法令用語辞典」(学陽書房)には「権利関係を確定することを目的として一定の期間内に権利を行使しなければ、その権利が消滅することを法が定めている場合に、その期間を『除斥期間』という」と記されていた。

 除斥期間というハードルのあることは分かるが、「沖縄密約」裁判のケースに、安易に適用すべきでなかったと思う。それは、2000年を挟んで続々発掘された新資料によって、事実認定の根拠が変わってきたのに、日本の司法は条文解釈にすがるのみで、「真相に迫る」意気込みが欠落しているからだ。過去の最高裁判例に当たったところ、「除斥期間の起算点をずらした判例」もあり、「除斥期間」に固執した最高裁決定は、新資料についての公正な判断を回避したと思えるのだ。

 西山氏は、敗訴確定の一報を受けた直後の9月2日、「行政と司法はこの問題に関する限り一体化している。極めて高度な政治的決定だ。(密約を認めることは)国家権力にとって存在基盤を揺るがしかねないという認識を持っているからだ。密約は米公文書で明らかになり、当時の交渉責任者の吉野文六・元外務省アメリカ局長も語った。それでも政府が嘘をつくのは政治犯罪だ。それを司法が擁護するのは自らの権威を壊すことだ。日米同盟が重要ならば、実相を国民に知らせ、理解と協力を得なければならない」と記者団に語った。
「敗訴」の無念は残るが、西山氏が投じた一石はズシリと重い。

▽有識者が結束、政府に「情報公開」を迫る

 「沖縄返還に伴う日米の秘密合意文書・情報公開請求の会」は9月2日午後、外務省と財務省への情報公開請求に踏み切った。請求した文書は、①1969年12月2日付で柏木雄介大蔵省財務官とアンソニー・ジューリック財務省特別補佐官が交わした「秘密合意議事録」 ②1971年6月12日付で吉野文六外務省アメリカ局長とスナイダー駐日アメリカ公使との「400万㌦(軍用地復元補償)に関する秘密合意書簡」 ③1971年6月11日付で吉野、スナイダー両氏が交わした「1800万ドル在沖縄VОA施設海外移転費用の秘密合意文書」の3通。
 原則として30日以内に回答があるはずだが、「文書不存在」との回答が予想されるため、請求者らは、行政処分取り消しを求めて東京地裁への提訴も視野に入れているようだ。

 請求者の共同代表は奥平康弘・東大名誉教授、原寿雄氏(ジャーナリスト)筑紫哲也氏(同)の3人で、有識者60人が名を連ねている。奥平氏は9月2日の記者会見で「情報公開請求は、日本の民主主義の根幹を問うものであり、政府が『不存在』という回答をしても、追及の手を緩めてはならない」と強調、原氏も「日本のジャーナリズムとして放置できない問題だ。新しい戦い方として情報公開請求した」と決意を語っていた。

 「沖縄密約」追及にこれだけ多彩な有識者が同調して、市民組織を立ち上げた意義は大きく、同調者名を紹介しておく(50音順)。
   飯室勝彦、池田恵美子、石塚聡、岩崎貞明、植村俊和、魚住昭、江川紹子、大田昌秀、大谷昭宏、大橋真司、岡本厚、桂敬一、加藤剛、加藤義春、金平茂紀、我部政明、苅田實、北岡和義、清田義昭、小中陽太郎、是枝裕和、斉藤貴男、佐野真一、澤地久枝、篠田博之、柴田鉄治、神保哲生、臺宏士、高村薫、竹田昌弘、田島泰彦、辻一郎、土江真樹子、堂面雅量、仲宗根悟、仲本和彦、新崎盛暉、西村秀樹、西山太吉、春名幹男、藤田博司、藤田文知、松田浩、松元剛、丸山昇、三木健、水島朝穂、宮里邦雄、宮里政玄、宮台真司、元木昌彦、森潤、森広泰平、山口二郎、由井晶子、吉原功、米倉外昭、米田綱路、利元克巳 綿井健陽

 情報公開請求と同時に、「密約文書不存在」の回答に備えて清水英夫・青山学院大名誉教授を団長とする弁護団が結成された。弁護団には清水氏、梓澤和幸、飯田正剛、紀藤正樹、木村晋介、日隅一雄氏ら32人の弁護士が代理人登録している。

 最後に、目に止まった新聞4紙の論説から一部を抜粋、参考に供したい。

[北海道新聞9・5社説=沖縄密約訴訟 歴史の『真実』を葬るな]
 「訴訟は西山氏にとって単なる名誉回復の戦いではない。本当の狙いは法廷で密約の存在を証明することにあった。だが最高裁も密約問題には踏み込まなかった。完全な門前払いである。極めて残念な結果だ。
 当時の佐藤栄作首相は沖縄返還に政治生命を懸けた。『沖縄の祖国復帰が実現しない限り、戦後は終わっていない』という言葉は有名だ。その実現に際し、軍用地の復元費用以外でも『核の再持ち込み』などさまざまな内密の約束をしていたと研究者たちは指摘している。…西山氏の敗訴が決まった日、ジャーナリストや学者のグループが関連の文書を公にするよう外務省と財務省に情報公開請求した。
 政府はこれ以上、国民の『知る権利』を侵してはならない。民主主義の根幹にかかわる問題である。一日も早い公開を強く求めたい」。

[朝日新聞9・5社説=沖縄密約 政府は文書を公開せよ]
 「密約を明かせば、これまで国民に嘘をついていたと認めなければならない。だから、どんな証拠が出ようと無理を承知でシラを切り続ける。そうだとすれば、国民の知る権利を政府自らが侵害していることになる。
 30年以上も前のことだ。関係者はみな退職したり亡くなったりしているから、重大な責任問題にはなるまい。なのに政府がこうまで頑ななのは、ほかにも密約があるからだろう。日本への核持ち込みや朝鮮半島有事の際の在日米軍基地からの出撃などに関して、もっと重大な密約があることが、公開された米外交文書で明らかになっている。それも認めなければならなくなる、というわけだ。
 しかし、この国の主人公は国民であり、公文書は国民のものである。機微に触れる外交交渉の記録でも、後に公開されるという原則が守られてこそ、政治に緊張と責任感が生まれる。透明性は民主主義の根幹にかかわるのだ。今回請求された外交文書3点はすべて米側で公表されている。存在しないという回答は通用しない」。

[琉球新報9・4社説=密約の上告棄却 敗訴でも事実は消せない]
 「上告不受理は、国民が期待する司法の在り方とは懸け離れている。除斥期間を採用したとしても、司法として密約の事実関係を判断することは十分可能である。それを避けたということは、西山さんが言うように『行政と司法は完全に一体化している』ことの表れである。
 …罪を問われるべきは西山さんではなく、政府の側である。事実を隠蔽することは、国民への裏切り行為である。その自覚が政府にない。密約は存在しないとしてきた政府が公開に応じる可能性は低い。事実を隠蔽する政府が国民から信頼されることはあり得ない。公開請求への政府回答は、その最後の分岐点になる」。

[沖縄タイムス9・4社説=密約裁判棄却 歴史に虚偽は許されず]
 「これだけの状況証拠と証人の声にも耳を傾けず、司法が果たすべき役割に背を向け、実質的な真理を怠ったことは、西山さんの言葉を借りれば『行政と司法が一体化した高度な政治判断で、司法の自滅』である。密約を裏付ける文書が見つかったのもここ10年に満たない。原告が求めた除斥期間に当たらないとする主張にこそ説得力がある。
 …過去に誠実に向き合い、同じ過ちを防がねばならない。歴史に『虚偽』があってはならない。それが次世代へのわれわれの務めでもある。米軍基地をめぐる『密約』は枚挙にいとまがない。政府の外交に対する国民の目線はすでに『疑念』を通り越している。
 …ジャーナリストら有志が、密約訴訟に関する文書の開示を求めた。西山さんらの問題提起は終わったわけではない。私たちはその本質をしっかりと問い続けなければならない」。

2008年05月03日10時58分掲載  
沖縄密約

「西山・国賠訴訟」最高裁へ上告 沖縄返還をめぐる「密約」を争点に 


  沖縄返還〝密約〟をめぐる「西山太吉・国家賠償訴訟」は、いよいよ最高裁へ舞台を移すことになった。2008年2月20日の東京高裁判決は、東京地裁判決に続き「除斥期間」を盾に、密約への判断を示さぬ〝門前払い〟。アメリカ外交文書公開、吉野文六発言などで明らかになってきた「密約の存在」をあくまで否定し、本格論議を避け続ける歴代内閣と司法の姿勢は許し難い。
 原告の西山太吉氏と代理人・藤森克美弁護士は2月27日付で「上告状」と「上告受理申立書」を提出。最高裁の受理を経て、4月16日付で正式な上告手続きを行なった。

 一過性のマスコミ報道では、「西山・国賠訴訟」の重大性や政治的背景が分かりにくいため、これまでも裁判の節目々々にリポートしてきたが、最高裁への上告を機に、「上告理由」の重要部分をピックアップして紹介、今裁判の意義を考える資料を提供したい。
 沖縄返還交渉の実務を担当した吉野文六・元外務省アメリカ局長の〝爆弾発言〟(2006年2月)の衝撃は大きく、その信憑性は極めて高い。既に各種メディアがインタビューを掲載・放映してきたが、事件の本質を率直に語ったナマの言葉を改めて提示し、事実関係再検証の素材を整理してみた。(外務事務官の佐藤優氏が、2時間半にわたるインタビューで引き出した『吉野発言』=月刊現代06・11号=から引用)

▽吉野文六・元外務省アメリカ局長の核心に迫る告白

 「西山事件が起きたために、米軍が使用していた土地の復元費用を肩代わりする『400万ドル』の密約だけが大写しになりましたが、これは機密のごく一部にすぎない。問題なのは、沖縄返還に当たって3億2000万ドルという、国際法上、初めは日本が払わなくてもいいと思っていた巨額が協定に載るような結果になったということです(沖縄返還協定第7条に明記)。その内訳は大蔵省が先方の担当官と交渉した結果ではあるけれども、一つ一つ積み上げて精査されたような額ではありません。要するに、400万ドルの復元費用の肩代わりは機密のごく一部に過ぎない。
 公表されていない沖縄返還交渉の内容の中には、もっと重要で、もっとカネのかかった問題がたくさんあっただろうと僕は思っています。例えば、アメリカの政府系ラジオ局「ボイス・オブ・アメリカ」(ⅤOA)の移転については、僕にとっては土地の復元交渉よりも、ずっと大きな交渉でした。沖縄は主権国家の一部になったんだから、5年間のうちにⅤOAをどこかに移転してくれ、と要求しました。しかし、あちらは、まず第一にカネがない、第二にどこに移転させるんだ、第三に、沖縄に中継地を置いておくことが地理的に都合がいい、とさまざまな言い分を言ってきました。
 結局アメリカは移転を承諾しましたが、他国へ移転するための費用は日本が持てということになった。しかし、この負担額については協定に書かれていません」。

 「もう一つ、大きな問題があります。それは3億2000万ドルの内訳に明記されていた『核の撤去費用』です。本当はカネを出す必要なんてないですよ。アメリカの武器なんですから…。けれども、核を撤去したというカネが協定上に出てくれば、野党を黙らせることができる。米国側が費用を請求したらしいから、それはいいと考えたのでしょう」。

 「沖縄協定は氷山の一角で、外務省にはまだ公表していない、あるいは公表すると差し支えあると思うような、協定がほかにもあるでしょう。外務省がアメリカ式に30年ごとに公表することができないセット・アップであるならば、現段階では僕はそれでいい、仕方がないないことだと思います。しかし、いずれは日本も30年とはいわないまでも、40年、50年を経た文書は公表されていくだろうと思っていますがね。歴史の真実を伝えるためにそういうことをしていかなければならないだろうと、僕は思うんです」。

 以上引用した「吉野発言」に、沖縄密約の核心部分が含まれており、これを予備知識として以下の「上告理由書」を精読すれば、原告側の主張に理があることは明らかである。

                ――■――

最高裁判所 御中
                  2008年4月16日
上告理由書(要旨)

           上告人代理人  弁護士 藤森 克美

[事案の概要]
 本件は、日米間の沖縄返還交渉に係る秘密文書の漏示をそそのかしたとして国家公務員法違反の罪により有罪判決を受けた上告人が、米国公文書の公開等により数々の密約の存在が明確になったこと、有罪判決の決め手となった当時外務省アメリカ局長の吉野文六証言が偽証であったとする2002年2月以降の吉野告白によって、上告人を有罪とした刑事事件判決が誤判であったことは今や公知の事実であるなどとし、検察官の公訴提起その他の刑事手続上の行為、検察官が再審請求をしない不作為、密約の存在を否定する政府高官の発言などが不法行為に当たると主張して、被上告人に対し、国家賠償法に基づき、謝罪文の交付並びに損害賠償として慰謝料3000万円、弁護士費用300万円の合計3300万円及びこれに対する1972年4月15日(上記刑事事件の起訴日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

[上告理由]
1.密約の存在、佐藤栄作政権の権力犯罪、1034号電信文が法の保護に値しない違憲違法秘密であったので上告人は無罪であるべきだったこと、検察官が佐藤政権の権力犯罪を隠蔽するために上告人を起訴し、外務省と共謀して吉野文六・井川克二の偽証を法廷で引き出し、真実(密約の存在)を隠して公訴追行して有罪確定に追い込んだことは、数々の米公文書の発掘や吉野文六告白によって今や公知の事実である。

(1)上告人は原審の2007年7月19日付準備書面添付の「請求原因骨子のチャート」で整理したものを本書面にも添付するが、請求原因の骨子は、
▼ア.1969年11月の柏木雄介・ジューリック間の財政取り決め5億2000万ドルで主要アイテムは全部合意した。
イ.上記に加算されたのが、復元補償の400万ドルとVOA移転費の1600万ドル計2000万ドルで、協定化の作業を大蔵省が外務省へ押し付けた。
▼上記数々の密約の存在は、佐藤政権の権力犯罪であり、違憲行為であり、佐藤政権は権力犯罪(虚偽公文書作成・同行使、偽計業務妨害、詐欺ないし背任)を犯した。
▼本件1034号電信文は権力犯罪の証拠そのものであり、本件刑事最高裁決定に則すれば、法の保護に値しない文書であり、構成要件該当性がなく、又は違法性が阻却されるので上告人は無実、無罪であるべきだった。
▼イ.検察官は、上記チャートの事実を知っていたか、知るべきであるにも拘らず真実義務を果さず上告人を逮捕起訴し、嘘の主張・立証をなし、真実を法廷に顕出することなく隠蔽して高裁判決、最高裁決定の誤判を導いた。
ロ.検察官は佐藤政権の権力犯罪を見て見ぬ振りをして放置し、巨悪の訴追を放棄免責し、上告人が辿り着いた権力犯罪追及の芽を摘んだ(ジャーナリストとしての真実追及を妨害)ばかりでなく、
ハ.権力犯罪を隠蔽するために無実の上告人に罪をかぶせて起訴するという公務員職権濫用の犯罪を犯した。
ニ.検察官は、吉野文六、井川克二が法廷で偽証することを知りながら、偽証を引き出した(偽証の共同正犯)。
ホ.上告人の起訴に当って、起訴状に男女スキャンダルを表現して上告人の名誉を毀損した。
▼検察官が違法行為を重ねた下では除斥期間適用の抗弁は著しく正義と公平に反し許されない。
▼検察官の先行違法行為によって無実・無罪となるべき上告人を有罪確定に追いやった責任があるのであり、検察官の再審申立権限の不行使は違法である。
▼ア.上記チャートの事実は検察官のみならず、総理大臣、外務省高官・外務大臣、政府高官は皆知っていることである。
イ.沖縄密約は「外務省機密漏洩」にすりかえることによって、上告人を有罪確定に追い込んだものであるが、機密漏洩イコール西山太吉の犯罪と沖縄密約イコール佐藤政権の犯罪は表裏一体の関係にある。2000年以降、裏面(沖縄密約イコール佐藤政権の犯罪)に数々の証拠の発掘という光が当てられ、表面にあった国家機密なるものは、佐藤政権の権力犯罪を隠蔽するまやかしで、1034号電信文は犯罪の証拠であることが明らかとなり、上告人の冤罪性が明らかとなった。
ウ.従って、「密約はない」とする小泉純一郎首相以下の発言は、表面である「西山は機密漏洩した」というのと世間的社会的には同意語であり、原判決のいうような、「行政活動に関する一般的なものにすぎず」という判断は、失当である。
▼上告人の請求原因は、尽きるところ密約の存在と内容に帰結する。除斥期間の抗弁に対する再抗弁にしても、検察官の再審申立権限の不行使の違法性の根拠となる検察官の先行違法行為も、密約の存在と内容に収斂されていくものであり、密約の存在と内容の判断をしなかった原判決は判断の遺漏があったことは明白である。

(2)河野洋平外相の吉野文六への口止め工作が奏功したことによる吉野の密約否定発言が、その後の政府の密約否定の唯一の根拠であるが、吉野告白によって2006年2月翻えされた以上、一連の政府の「否定」はウソであることが完全に立証された。
今や米公文書の密約の存在と内容を否定する日本の政治家、官僚、ジャーナリスト、研究者は誰一人いない。また、吉野告白は嘘であると否定する政治家、官僚・ジャーナリスト・研究者も誰一人いない。退職した国家公務員も守秘義務を負っているが、吉野を告訴・告発したり、摘発する動きは政府、外務省、検察庁から一切ない。
尚且つ、被上告人は1・2審を通して、上告人の言う数々の密約の存在を否定していないのである。また、吉野告白の内容も否定していないのである。ということは弁論の全趣旨からして被上告人は数々の密約の存在と内容及び吉野の刑事公判廷における偽証を認めているということに外ならない。よって、今となっては、数々の密約の存在と吉野偽証、1034号電信文の記載内容は総額3億2000万ドル(対米支払い)及び400万ドル(原状回復補償費)問題がほとんどで、これらが全て密約の所産である以上、保護に値しない違法秘密であることは明らかである(文中の「せっかくの320がうまくいかず316という端数となっては対外説明が難しくなる」という部分は、権力犯罪の証拠そのものである)。被上告人の冤罪性は公知の事実であるといって過言ではなく、被上告人も弁論の全趣旨上、争わず認めているということになる。

(3)数々の密約の存在と内容が公知の事実であることになれば、偽証と河野外相の口止め工作を認めた吉野告白と相俟って、1034号電信文は法の保護に値せず、逆に権力犯罪の証拠であることは即導かれることであり、本件起訴は佐藤政権の犯罪を隠蔽するための起訴であったことが一気に認定できる。

(4)日本人記者によって首相の権力犯罪が発見されたことは、日本の歴史上初のことである。国民や納税者にとって本件事件のもっている憲法上の意義は、本件訴訟は「主権在民か主権在官か」、「日本は民主主義を建前としている国か官治主義の国なのか」、「裁判所は行政権力の違憲違法をチェックする機関なのか行政追随し行政の救済機関に堕すのか」が正に問われる歴史的重大事件である。佐藤栄作首相とそれを取り巻く権力中枢と政府高官の権力犯罪の成否、その権力犯罪を隠蔽するために検察官が上告人を起訴有罪確定に陥しめた本件で、まず裁判所が果たすべき役割は、憲法上の意義すなわち憲法を根拠とする法の支配を問われる裁判なのであるから瑣末な法技術である除斥期間から判断に入るのではなく、核心部分である「密約の存否」の判断から入るのが憲法解釈上当然の判断プロセスというべきであり、その判断から逃げた原審も又、一審同様憲法解釈を誤り、かつ「判断の遺漏」を犯したものであって、民事訴訟法312条2項6号の理由不備の違法があることは明らかである。

(5)上告人は控訴理由においても一審判決の「判断の遺漏」を一番強く主張した。しかるに、原判決も同じ誤りを犯した。原審裁判官も、佐藤政権と密約の存在を否定して来た歴代の政権を庇い、刑事高裁判決と最高裁決定の誤判の認定を回避することによって司法の権威を取り繕おうとし、堀籠現最高裁判事の調査官「解説」に水を差すこともせずに済み、上告人を起訴し公判追行した検察庁の権力犯罪も庇うことのできる判決として、除斥期間を適用し、「検察官が再審請求しないというだけで、有罪の言渡しを受けた者の法的保護に値する利害は侵害されない」という論理を持ち出して来たりしているのである。
裁判長はじめ陪席裁判官は、本件が歴史上初の首相の権力犯罪とそれを隠蔽するために検察官が権力犯罪を犯したという、日本史上初の巨大な権力犯罪という歴史認識には立たず、逆に権力犯罪との対峙から逃げ出し見て見ぬ振りをし、また「憲法機構を瓦解ないし崩潰させる」重大事件という認識を持たず、請求原因の中核たる密約の存否の判断から逃げ、除斥期間という小手先の法技術を駆使して門前払いをしたのであり、憲法を根源とする法の支配を問うている本訴裁判の本質への無理解、目先の利害にとらわれ、子孫に恥ずかしくない立派な判決を遺すという歴史認識の欠如、社会通念を欠く判断遺漏は明らかであり、破棄を免れない。

(6)尚、2008年2月23日(朝刊)の朝日新聞は社説で「日米密約裁判 政府のウソはそのままか」というタイトルで取上げ、「今回の裁判でも除斥期間を適用せず、密約がなかったのかどうかを正面から判断すべきであった」「東京高裁は政府側の証人調べも拒んだ。これでは真相解明から逃げていると批判されても仕方あるまい」「政府がいつまでもウソを言い続けていいわけがない」「政府が間違ったことをすれば、それを正すのが裁判所の役目だ」と厳しく批判している。最高裁はこの批判に向き合い、正しく受け止めるべきである。

[違法行為に関する原判決の判断の誤りと審議不尽]

(1)原判決は違法行為に関する判断で、河野外相からの吉野への“口止め”について、「政府の公式見解に沿って、外務省OBである吉野に対し、『密約はない』という政府の公式見解に沿って、報道に対応してほしいという働きかけをしたものに過ぎないことは明らかであり、(この働きかけが控訴人のことを念頭においてなされたものであったとは考え難い。)、これが控訴人の名誉回復の機会を奪うことを積極的に企図して、あるいはそういう結果が生ずることを認識して故意にされたものであるとは認め難いものである」と判示している。

(2)しかしながら、甲7号証の朝日新聞2000年5月29日付朝刊の1,2,3面に及ぶ記事を素直に読解しておれば、このような誤った認定はあり得ない。
原審裁判官は、ほとんどあの記事の重点がどこにあったかを理解していなかった。甲7の朝日新聞1面トップには“6段のタテ見出し”で「外務相否定の原状回復補償費も」とあり、それに並べてやはり“5段タテ見出し”で「米公文書密約裏付け」とある。つまりこの記事の中心は、それまで上告人以外誰1人のジャーナリストも提起しなかった400万ドル問題についての外務省のウソでありそれが実に“タテ6段”、“タテ5段”の並列というセンセーショナルな形で報道されているのである。新聞で6段,5段の“タテ見出し”を並べて1面トップで報道する例はあまり見当たらないといってよい。いわば土地原状回復費の肩代わりの“密約”がこの記事の中心テーマになっているのである。
先にも述べたように、それまでの経過からこの問題を提起したのは上告人以外の何者でもなく、刑事裁判でもこれが秘密問題の核心を成していた。だからこそ朝日新聞も一面トップ記事の「本文」の中で「毎日新聞記者」という文言を2度も記し、「原状回復の密約は『外務相公電漏洩事件』のきっかけとなり、外務省は国会や法廷で密約の存在を否定してきた。今回の文書に盛られた事実は外務省の見解と大きく食い違い、国会答弁や証言の信憑性が崩れることになった」と記述した。つまり、上告人が追及した事実は米公文書によって立証され、外務省の偽証の疑いが濃くなったという趣旨が記述されているのである。ということは、上告人の冤罪性も色濃く示唆しているのである。
そして朝日の記事の中に吉野のイニシャル(スナイダーとの)の入った「秘密書簡」も出ていた関連上、外務当局の要請に応じて河野外相があわてて吉野に“口止め”を依頼したわけである。
さらに朝日は次ページで上告人の刑事裁判を取り扱った沢地久枝(「密約」の著者)の批評文をくわしく掲載しているが、この点でも同紙の重点、狙い所が、外務省が国会や法廷でウソをつき通したことと、上告人の冤罪性にあったかがよく分かる。つまり口止め工作の狙いの一つには上告人の冤罪性への世論の波及を避けたいという意図があったことは明らかである。然るに原審は「この(河野外相による)働きかけが控訴人のことを特に念頭においてなされたものであったとは考え難い」という全く誤った認定を下しているのである。
朝日の報道の重点と狙いが叙上のものであった以上、河野の“口止め”工作は上告人の問題を意識して行われたといても過言ではない。吉野が北海道新聞に告白した2006年2月以降“密約”について上告人の刑事事件と直結する形で吉野が論評を続けているのも数々の提出証拠によって明らかである。
したがって河野外相・外務省職員の吉野への口止め工作は、上告人の名誉回復の機会を故意又は過失により奪ったことは明らかであり、上告人への名誉毀損となると云うべきである。その点に関し原審は経験則ないし採証法則を誤ったものとして上告理由に該る。

3.仮に上記の主張が認容されないとしても、原審で控訴人は吉野文六と河野洋平を人証申出しているにも拘らず、その採用をせず、上記誤判を犯しており、審理不尽であることは明らかであって、破棄を免れない。
                              (2008・5・1 記)

008年03月06日15時24分掲載  
沖縄密約

「沖縄返還密約」への判断を示さず 西山・国賠訴訟控訴審、またも門前払い 


  沖縄返還交渉〝密約問題〟に端を発した「西山太吉・国家賠償訴訟」控訴審は2008年2月20日東京高裁で開かれ、大坪丘裁判長から判決が言い渡された。
 判決主文「1、本件控訴を棄却する。2、控訴費用は控訴人の負担とする」

 午後4時開廷、2分間の報道写真撮影のあと、わずか10秒足らずで閉廷。争点の「沖縄返還密約」への判断を一切示すことなく、一審(東京地裁)に続いて、木で鼻をくくったような〝門前払い〟判決だ。報道陣を含め50人余の傍聴人は一様に息を呑み、国家権力の厚い壁と司法の弱さに思いをめぐらすばかりだった。

 米国の公文書公開や元外務省アメリカ局長・吉野文六証言などで、「密約」を裏づける新証拠が次々明らかになってきたのに、日本政府は終始「密約はなかった」と主張し続けるばかり。その強大な政治権力の下で、司法(一審と控訴審)は明確な判断を回避し、幕を引いてしまった。「法治国家とは…、司法の独立とは…」を問い続けなければならないテーマであり、西山氏が最高裁への上告を決意したのは当然である。

 佐藤栄作政権が命運をかけた「沖縄返還協定」は1971年6月17日調印されたが、その中に「米国側が負担すべき軍用地復元補償費400万ドルを日本側が肩代わりする」との「密約」があったことを西山氏(当時、毎日新聞記者)が暴露したことが事件の発端。政府側は、西山氏が外務省職員を通じて「極秘電信文」を入手したとして「国家公務員法違反」で立件。西山氏は一審無罪判決のあと、二審、最高裁判決で逆転有罪となった事件である。
 西山氏が2000年以降の新証拠に基づき、「違法な起訴や政府高官の密約否定発言で名誉を傷つけられた」として、国に3300万円の賠償を求めたのが、「西山・国家賠償訴訟」一連の経緯である。

▽「密約を交わし、履行した権力犯罪」

 控訴審判決に当たって東京高裁が公表した「事実及び理由」を参照し、その一部を引用して今回の判決の問題点を探っていきたい。『控訴人の主張』に論点が要約されていると思われるので、忠実に紹介しておく。

 「昭和44(1969)年11月の日米共同声明において、沖縄返還交渉の主要アイテムは全部合意に達しており、共同声明発表の1週間前には、柏木雄介大蔵省財務官とジューリック財務長官特別補佐官との間において5億2000万ドル弱の日本の支払は全部決まっていた。しかし、これを共同声明に盛り込むと総選挙を目の前にして困るとの佐藤政権の思惑から、絶対に隠してくれと米国に懇請して日米共同声明8項には嘘を書いてもらったものである。そして、後記の柏木・ジューリック秘密覚書に加算されたのが復元補償400万ドルとⅤОAの移転費1600万ドルの計2000万ドルであり、この総額の中味を国内で説明できるように、編成し直した上で、協定化する作業が、大蔵省から外務省に押し付けられ、昭和45(1970)年から46年前半にかけて行われたものである」。

 「沖縄返還交渉で、佐藤政権は、数々の密約を交わし、その履行をした。これは権力犯罪であり、違法行為である。本件第1034号電信文案(注=西山氏入手の機密電文)は、上記違憲行為の証拠であり、本件刑事最高裁決定に従えば、法の保護に値しない。したがって、控訴人の行為は、構成要件該当性がなく、又は違法性が阻却され、無罪であるべきであった」。

 「検察官は上記の事実を知っていたが、又は知るべきであったにもかかわらず、真実義務を果たさず控訴人を逮捕、起訴し、嘘の主張立証をなして、刑事高裁判決及び最高裁決定の誤判を招いた。すなわち、検察官は、柏木・ジューリック間で交わされた秘密覚書(沖縄返還協定に明記された対米支払額3億2000万ドルに含まれる民生用・共同使用資産買取費1億7500万ドル以外に基地移転費等の名目で2億㌦を米側に提供することや、社会保障費として3000万ドル、通貨交換に伴う最低6000万ドルの25年間無利子預金についての合意が明記されており、総額4億6500万ドルを米側が受け取ることについて記載がされている。)、吉野とスナイダー駐日米公使との会談の議事要旨が記載された秘密書簡(吉野が、沖縄返還協定4条3項では米側が『自主的に支払う』となっていた返還土地の原状回復補償費400万ドルを日本政府が『確保する』と明言し、外国政府から受け取った資金を国務長官の権限で支出できるという米信託基金法を使い、日本政府が拠出する仕組みとすることが記載されている。)及び5本の密約の存在とそれらの内容を知りながら、若しくは当然に知り得る立場にあったにもかかわらず、捜査せずに見て見ぬ振りをした」。

 「検察官のみならず、総理大臣、外務大臣及び外務省高官等は、みな沖縄密約の存在を知っていた。しかし、検察官は、沖縄密約を『外務省機密漏洩』問題にすりかえことによって、控訴人を有罪確定に追い込んだのである
 このように、機密漏洩イコール控訴人の犯罪と、沖縄密約イコール佐藤政権の犯罪とは、表裏一体の関係にあったのである。平成12(2000)年以降、この裏面(沖縄密約イコール佐藤政権の犯罪)に数々の証拠の発掘という光が当てられ、表面にあった国家機密なるものは、佐藤政権の権力犯罪を隠蔽するまやかしでしかなく、本件1034号電信文案が犯罪の証拠であることは明らかとなり、控訴人の冤罪性が明らかになったのである。『密約はない』とする小泉純一郎総理以下の発言は、控訴人が機密漏洩したということを言っていることと同じであって、控訴人に向けられたものなのである。密約にたどり着いたジャーナリストは控訴人のみであり、控訴人の功績である。これを国務大臣らは、密約はないと切り捨てたのであるから、控訴人の社会的評価を公然と否定したことになる。
 平成18(2006)年2月24日、麻生外務大臣は、密約の存在を否定するとともに、河野洋平外務大臣が吉野への密約否定を要請した事実をも否定したことにより、真実義務に違反して、控訴人の名誉を毀損したものである」。

▽「刑事再審で争うべき事案」と高裁が言及…

 この『控訴人の主張』は、公開された米公文書など発掘資料をもとに、「沖縄返還密約」の経過と問題点を指摘していると思われるが、東京高裁は控訴人が求めた吉野氏や河野元外相、当時の検察官らの書面尋問も行わず、「密約」の存在を審理の対象としなかった。そして、賠償請求権が消滅する民法の除斥期間(不法行為から20年)を適用して、損害賠償の訴えを退けたのである。
 除斥期間についても、控訴人側は「本件において控訴人の権利行使が事実上可能な状況になった時点は、沖縄返還協定発効後の昭和47(1972)年6月に作成された米公文書が発掘され、控訴人がTBSワシントン支局からその写しを入手できた平成14(2002)年6月というべきである」と主張しているが、見向きもされなかった。

 高裁が〝門前払い〟した根拠は「除斥期間」にあったが、その点を強調した「判決理由」末尾で、「仮に、控訴人が国家賠償請求の行使が平成14年ころまでにおよそ不可能であったとしても、本件訴えが提起されたのは、それから2年以上が経過した平成17(2005)年4月25日であるから、権利行使の不可能な状況が解消された後速やかに権利を行使したともいえないというべきである。なお、控訴人の主張に従えば、本件は、本来、刑事確定判決に対して再審請求をして争うべき事案でもあるということになる。そして、刑事確定判決に対する再審請求については、期間の制限はない。」と述べている。

 さらに高裁側は「控訴人は、朝日新聞の米公文書発見報道に対して、外務省職員と河野外務大臣は、平成12(2000)年5月24日ごろ、吉野に電話して『(報道の問い合わせに対して)〝密約はない〟と否定してほしい。』と懇願し、控訴人の名誉回復の機会を奪ったが、これは控訴人に対する不法行為を構成すると主張する。しかしながら、仮に河野外務大臣らが吉野にそのような要請をしたとしても、それは、外務省のОBである吉野に対し、上記のような政府の公式見解に沿って対応してほしいという働きかけをしたものに過ぎないことが明らかであり(この働きかけが控訴人のことを念頭においてなされたものであったとは考え難い。)これが控訴人の名誉回復の機会を奪うことを積極的に企図して、あるいはそういう結果が生ずることを故意になされたものであるとは認め難いのである。」と、牽強付会な論理を展開している。

 要するに、本件控訴のいずれにも理由がないから「棄却する」ということだ。ただ、「民事裁判ではなく、刑事確定判決に対する再審請求で争うべき事案だ」と言及したのは、「刑事再審を提起したら…」という、被告人へのせめてもの〝気配り〟なのだろうか。

▽三権分立――司法への信頼を落とす

 控訴審判決後、記者会見に臨んだ西山太吉氏は「政府が密約はなかったとするのは、吉野氏の当初の証言だけの薄っぺらな根拠だ。今では、吉野氏が密約の存在を認めているのに…。組織をあげて違法秘密を守ろうとしている国が、(司法の場では)除斥期間を使って守ろうとした。密約の存否について、今の裁判所が判断を示せないだろうと思っていたが、案の定その通りだった。裁判の土台そのものが崩れている」と、厳しく批判した。

 また、藤森克美弁護士は「司法への期待、信頼をまたも裏切る不当判決だ。密約の存否についての判断を避けては、違法行為の判断、除斥期間の適用の是非や、法的評価などできるはずもない。今回の高裁判決は、公正な判断と到底いえないので、西山さんの名誉回復のため最高裁に上告して闘いたい」と、コメントした。

 「権力犯罪」の厚い壁とその罪深さを痛感するばかりだが、総じてメディアの取り上げ方に問題意識の欠如を感じた。「西山氏敗訴」を伝えた2・21朝刊を点検すると、社会面で相応の扱い(3段見出し)をしていたのは、朝日・毎日・東京の在京3紙と沖縄県2紙。社説で判決の意味を論じたのが朝日と沖縄2紙だった点に、権力を監視する言論機関の無気力を反映しているように思えてならない。

 「確かに西山氏が訴えた部分に時効が付いてまわるのはわかる。しかし、国民が知りたいのは、西山氏の裁判を通して政府に『協定の偽造』がなかったかどうかである。つまり、国の調印の在り方に違法性はなかったかどうかということである。もしあるとしたら、一審、二審の判決は違法性に目を閉ざし、結果として政府の罪を黙認したことになる。言うまでもないが、二国間の問題であれ法的に関連があれば司法として法的立場から毅然と判定しなければならない。それが民主主義国家の三権分立の在り方であり、責任だろう。国民を欺いてきた事実が当事者の証言や公文書で明白なのに、司法がそれを無視するのは責任の回避と言わざるを得ず、司法への信頼を落とす」(沖縄タイムス2・21社説)との分析は、的を射ている。

 「司法は、行政の前にひざまずいている。そんな姿が、沖縄返還密約訴訟控訴審で浮き彫りになった。日本はもはや法治国家たり得ないのか。名ばかりの『三権分立』の前に、国民の権利と人権が危機にさらされている。……30年の時を超え、国民の知る権利と名誉回復、国家賠償を求める訴訟は、最高裁で争われる。引き続き司法判断を注視したい」(琉球新報2・22社説)という指摘も評価したい。

 朝日2・23社説は「政府のウソはそのままか」と、沖縄2紙と同様厳しい筆致だったが、特に除斥期間につき「たしかに西山さんが控訴した時点で、起訴や刑事裁判での政府側の証言からすでに20年が過ぎていた。しかし、そうした公務員の行為に除斥期間を適用すべきなのだろうか。最高裁は昨年、自治体が在外被爆者に健康管理手当を支給しないのは違法と認定した。その際、『行政が国民の権利の行使を違法に妨げた場合には、時効を主張できない』との判断を示した。法令を守るべき公務員が不法行為をしたときは、時効や除斥期間で責任を逃れることはできないということだろう。この考え方でいけば、今回の裁判でも除斥期間を適用せず、密約がなかったのかどうかを正面から判断すべきだった」と、問題提起した点に注目した。

 この「在外被爆者訴訟」の最高裁判決は2007年2月6日。時効を理由に健康管理手当支給を拒否されたブラジル在住の日本人被爆者3人が広島県に未受給分約290万円の支払いを求めた訴訟で、最高裁は上告を棄却。「被爆者が訴訟提起などの権利を容易に行使できたような場合を除けば、行政による信義則に反して許されない」との初判断を示し、原告勝訴が確定した。同手当の受給権について厚生省は1974年通達で、海外に移住すると失権扱いにしていた。しかし、その後訴訟が相次ぎ、2003年に通達は廃止。ところが、広島県側が過去未払い分の給付を求める権利は5年で消滅時効が成立するとの地方自治法を盾に5年分しか払わず、時効の扱いで争っていた。
 明らかに違法な通達を出しながら「時効だから支払わない」と主張した行政の非情さに、司法がはっきりと「ノー」を突きつけた判決で、当日の夕刊各紙は1面トップで「時効認めず、救済拡大」と、大きく報じていた。

 西山・国賠訴訟とは異なる事案ではあるが、朝日の指摘は今回の控訴審判決に疑念の一石を投じたものと言えよう。「除斥期間」を盾にして、控訴側の証人調べなどをすべて拒絶した東京高裁の姿勢には、釈然としない感慨を抱く国民は少なくあるまい。

▽刑事裁判一審で「無罪判決」を下した元裁判長の弁

 控訴審判決につき考察してきたが、朝日2・19夕刊3版の一部に掲載された記事が興味深い内容だったので、紹介しておきたい。当日の夕刊作業時にイージス艦と漁船衝突事故発生のあおりで、収容スペースがなく最終版に掲載されなかったが、西山・刑事裁判一審裁判長の貴重な〝証言〟との印象を受けた。
 刑事裁判一審を担当した山本卓・元東京地裁裁判長(現在は高知市で弁護士)にインタビューして構成した記事で、「あす控訴審判決」の見出しで第二社会面に掲載されていた。

 <自分が担当と知って、あぜんとしました。国家機密と報道の自由が問われる初のケース。前例がなかったですから』。――証人の外務官僚たちはかたくなだった。交渉経過について『証言には上司の許可が必要』と拒み、『覚えていない』とかわす。……1974年1月、701号法廷。山本さんは、西山さんを無罪としたうえで『(密約が成立したことを)日本国民の目から隠そうと日本側交渉担当者が考慮していたという合理的疑惑が存在』すると厳しく批判した。外務省アメリカ局長だった吉野文六氏は『密約はない』と証言していたが、『合理性を欠く部分が随所に存在する』と退けた。だが、無罪判決はその後、東京高裁で覆され、最高裁で確定。いずれも密約については、ほとんど触れられなかった。吉野氏が、実は密約は存在したと朝日新聞の取材に明かしたのは2006年。『国会でも法廷でも忘れたという以上、忘れなきゃいかん。意識的に記憶から消そうとしてきた』と述べた。
山本さんは信じられぬ思いだ。『まさか偽証とは。真実を語っていれば、その後の判決は違ったかもしれないのに』。密約を裏付ける米公文書も見つかり、かつて指摘した『合理的疑惑』は、いまや疑惑でなくなった。だが、一つだけ疑問が残っている。『なぜ政府はいまだに密約はないと言うのか。その理由は、誰にもわからん』>

 無念の思いを込めて語った82歳の硬骨弁護士の言葉はズシリと重い。

▽米国並みの情報公開と政府の説明責任

 「日本政府はなお密約を否定し、今回の判決で司法も密約の有無に触れなかった。一つ密約を認めれば、日米安保体制構築にまつわる他の多くの秘密交渉プロセスも連鎖的に露見し、信頼性が揺らぎかねない。それが、否定を続ける国側の事情だ。……吉野元局長は『密約は当時政府全体の方針だった。西山さんが真実と名誉のため裁判を闘う姿勢は尊敬するが、国が隠そうとする姿勢にも真理がある。日米以外にも、日ソも日韓も、外交交渉には表に出せないプロセスがたくさんあるからだ』と語る。だが、外交には世論の理解と支持も欠かせない。機密の名の下に国民の知る権利をどこまで制約され得るのか。日本の外交文書は30年経過後に公開を原則としているが、『判断は外務省ОBと現職幹部が秘密裏に行い、根拠はかなり恣意的なのが実態』(大使の1人)という。司法の場で賠償請求が棄却されても、政府が説明責任を免れるわけではない」と、毎日2・21朝刊が指摘していたが、米国などの情報公開に比べ、日本の情報公開が不十分なことが隠蔽体質を温存し、〝機密保持〟の名の下に権力乱用につながっていくのだ。

 沖縄返還密約裁判の経緯を検証してみて、40年前の日米交渉の不手際が尾を引いていることが分かる。なお未解決の沖縄基地問題が示すように、日米軍事同盟強化の行方は波高しだ。普天間基地移転、海兵隊のグアム移転などの裏にも不透明な駆け引きがつきまとっており、メディアの権力監視がますます重要な時代になってきた。  (2008・3・5記)