2009年7月31日金曜日

【反貧困】 反貧困ネット

 7月31日、お茶の水の総評会館で反貧困ネット主催の「選挙目前!私たちが望むこと」の集会があった。


午後7時開会で開場が6時半。参加者の出足がよく、6時40分に会場に着いたが、すでにほとんどの席が埋まっている盛況ぶりだった。参加者の数は350名。壇上の左手前方に各党の政治家が並び、その奥に主催者の宇都宮健児と河添誠が座っていた。湯浅誠は総合司会役で、マイクのある会場左袖で起立したままだった。雨宮処凜が来てないな思っていたら、集会が終って会場を出たときにロビーで顔を合わせた。

雨宮処凜とはよくこういう状況で鉢合わせになる。
1月15日の派遣法改正集会のときもそうだった。顔を揃えた野党の政治家は、菅直人(民主党)、大門実紀史(共産党)、亀井郁夫(国民新党)、保坂展人(社民党)。

この種の集会のレギュラーである私の論争相手の彼女は今回欠席していて、やはりいるべき人間の顔がないと物足りなさを感じる。その代わり、今回は菅直人の隣に別の女性が座っていて、彼女の登壇が昨夜の集会のハイライトだった。
自民党の森雅子、44歳。太田光のお笑い政治番組に出演したらしいが、私には記憶がない。反貧困なり派遣法改正の集会で自民党の国会議員を見たのは初めてである。驚かされた。

森雅子は菅直人と一緒に会場に入って来て、菅直人の前に挨拶をして、菅直人が挨拶した後に二人で一緒に会場を出た。私は彼女が自民党の議員だとは知らなかったから、菅直人が選挙の新人候補を連れてきて紹介するのかと思っていた。

森雅子は、短いスピーチの中で、自分の家も多重債務で苦しんだこと、中学を出た後に働いて高校と大学に進学したこと、東北大学は月2400円の学生寮があったから助かったことなどを自己紹介した。さらに、反貧困には党派の壁はないと言い、貸金業法規制の国会審議では、むしろ民主党の議員の方がグレーゾーン金利の規制に消極的だったと暴露、前原誠司を名指しして、金利を引き下げるのではなく引き上げる方向に動いていると痛罵した。

この告発は満席の観衆をどよめかせたが、私も気になったので帰宅後にネットで検索エンジンを回して調査した。すると、彼女の証言を裏付けると思われる情報があった。

前原誠司のサイトの中に今年の元旦に上げられた「直球勝負(64)-なぜ政権交代が必要なのか」の記事があり、その最後の方に、「官製不況をもたらしている、建築基準法・金融商品取引法・貸金業法を見直します」とある。

今後、国会の委員会質問で前原誠司がどのような発言を残しているか精査する必要があるが、この政策文言だけ見ても、趣旨が金利の規制緩和にあり、サラ金の利用者ではなく業者に有利な方向に法改正をしようとしている姿勢が看取される。

「政権交代」に憑かれているブログ左翼の一部では、勘違いして前原誠司は新自由主義者ではないなどと擁護論を吐く者もいるが、貸金業法改正で金利の上限規制に反対しているのは、あの新自由主義の天部衆である木村剛と竹中平蔵ではないか。

この記事で並べている前原誠司の政策主張はどれも凄まじい。
(ア) 官製不況をもたらしている、建築基準法・金融商品取引法・貸金業法を見直します。
(イ) 極めて低い水準にある、海外からの日本への投資を増やします。
(ウ) 羽田空港の24時間国際空港化を目指します。
(エ) 出来るだけ早い時期に、海外からの観光客2000万人を達成させます。
これだけを見ると、中川秀直か世耕弘成の政策目録かと見まごうほどである。
ピカピカの新自由主義政治家のマニフェストだ。

森雅子のスピーチに対しては、会場からは拍手と同時に罵声を含んだ野次も飛び、私は呆気に取られたままだった。この反貧困集会の会場で、まさか初見参の森雅子が民主党批判の舌鋒をふるうなど夢にも思わなかったのか、菅直人も不意を衝かれた感じで、自分の出番までの間ずっと他の講演者の話も聞かずに隣の森雅子に小言を言い続けていた。鮮烈なデビューを飾った森雅子。サイトにも「格差解消」や「弱者救済の市民派弁護士の志」の言葉があって興味を惹く。だが、サイトやネットの中を見ると、丸山和也や与謝野馨との親密ぶりなど、とても彼女を信用できない情報ばかりが溢れている。

森雅子が反貧困の集会に出席した事情や背景が気になってさらに調べると、岩波から出ている一冊の本(横田一著『クレジット・サラ金列島で闘う人びと』)が見つかった。著者の横田一がこう書いている。「莫大な利益を稼ぎ出していたクレジット・サラ金業界に闘いを挑んだ人たちは、挫折を乗り 越えて社会正義の実現に奔走するようになった人生遍歴がありました。弁護士から金融庁 職員を経て参院議員となった森雅子さんは、中学生の時に一家が破産、借金取りに恫喝される絶望的な日々を経て、金利規制強化の最前線に立つことになりました。

サラ金問題の第一人者として金利引き下げ運動をリードした宇都宮健児弁護士も、若き イソ弁時代に二度の弁護士事務所追放を経験していました」。どうやら、サラ金問題での宇都宮健児との関係が接点だと推測できる。だが、貧困な家庭や境遇から這い上がった人たちが全て反貧困になるとは限らない。典型的なのが折口雅博で、逆に弱者を残酷に収奪する側に回ったり、弱者の側につく素振りをしながら自分の出世のために騙して利用するだけの人間も少なくない。

森雅子はどうだろうか。この集会の参加者で挨拶もした大門実紀史は、「国会にも超党派で多重債務問題対策議員連盟というのができまして、自民党の森雅子さんが大変尽力されて、超党派でできました」と言い、森雅子を高く評価している。この議員連盟の民主党代表が枝野幸男で、東北大学法学部で森雅子と同期である。いろいろと関係の糸が繋がって面白い。

今回の集会の最大のニュースは、菅直人の挨拶の発言であり、政権獲得後の民主党政府で貧困問題の調査を必ず実行すると約束したことだろう。実は、この公約は民主党のマニフェストに盛り込まれていた。私は、前々回の記事で民主党のマニフェストの中に「貧困」の言葉がないと書いたが、「格差」の文字は一度も出ないけれど、「貧困」の文字は一度だけ小さく出てくる。21ページの「最低賃金を引き上げる」の項目の中に「貧困の実態調査を行い、対策を講じる」とある。表記は小さいが、具体的にマニフェストに入れた点が大きいのだと菅直人は言いたかったのだろう。

貧困の実態調査は、湯浅誠が政治に訴え続けてきた要求で、岩波新書の『反貧困』でも特に強調されている。どうやら、湯浅誠は、貧困の実態調査を選挙で政党に要求する政策課題として狙いを定めていた様子で、6/26の「朝まで生テレビ」の討論会でも、(1)貧困の実態把握と(2)貧困率引き下げの目標設定の2点をマニフェストで公約するよう番組に出席した政党代表者に迫っていた。このうち、(1)は民主党の公約の中に入った。(2)については民主党は何も触れていない。そして、昨夜の集会で決議採択した宣言文には、次期首相が施政方針演説で貧困調査の実行と貧困率削減目標を立てることを宣言するよう求めた。

これに対して、菅直人は挨拶の中で、「私が総理大臣になれば施政方針演説の中に入れるけれど」と濁し、この集会宣言の要求の実行については確約を避けた。

湯浅誠は、選挙後の新政権が公約に従って貧困の実態調査に踏み切り、貧困率の現実を認めるだろうと確信しているかも知れない。だが、私は疑っている。民主党は貧困の実態調査をして対策を行うと言っているが、実態調査の中身や時期については不明であり、厚労省の従来の姿勢をどれほど転換させられるか不安が拭えない。

調査をやるとなれば、結果は事前に明白だから、その後の貧困率低減のための対策も抜本的にならざるを得ない。予算や法令も小手先の対応では済まないだろう。私が不安を覚えるのは、そのプロセスを国会で監視する野党勢力がないことだ。全てが民主党政権のフリーハンドに委ねられる。

誰が厚労大臣になるかで政策は大きく左右されるし、仮に新自由主義系の右派が労働行政を差配すれば、昨夜の集会宣言が要求した政策の内実とは似ても似つかぬ「貧困実態調査」や「対策」になることは目に見えている。骨抜きされる。湯浅誠は、宣言文の中で「政府は1965年以来、貧困率の測定を行っていません。つまり私たちが求めているのは半世紀ぶりの政策転換です」と言って実態調査の意義を強調しているけれど、あの橋本龍太郎の1府12省庁の行政改革でさえ、最初は明治以来の大革命だと大騒ぎして宣伝された。実態調査と対策が先送りにされたとき、あるいは骨抜きにされたとき、湯浅誠たちはどうするのだろうか。野党となった自民党に頼んで、次の選挙のマニフェストに入れてもらうのだろうか。

ここに陥穽がある。盲点があると思う。7/18号の週刊ポストに寄せた回答にあるように、湯浅誠は「政権交代」に期待し、「政権交代」によって貧困問題が解決に向かうことを展望しているが、民主党政権が公約を裏切った場合はどうなるのか。「政権交代」に全幅の信頼を置けるのか。民主党が反貧困ネットの期待どおりに政策を遂行すると信じるのは、あまりに政治的に素朴に過ぎないか。それと、私が気になるのは、今回の集会のマスコミの報道である。テレビカメラが入っていたが、放送されたニュースの映像を見ていない。集会後、数名の新聞記者が湯浅誠を取り囲んで取材するのを見たが、記事になって出ているものは決して多くない。東京、共同、朝日、時事、毎日。半年前の派遣村の頃は読売や産経や日経も湯浅誠に密着して動きを取り上げていて、一つの出来事(発表や会見)で複数の記事が上がっていた。今回、記者が読者に知らせなくてはいけないこと(バリュー)は、自民党の国会議員が反貧困集会に出席した事実と、民主党がマニフェストで貧困実態調査を公約し、菅直人が挨拶で公約を確認したことだが、記事がそこにフォーカスされておらず、政治としてのこの集会のメッセージが有効に一般読者に届いていない。


350名の参加者数など、選挙の時期の集会としてはむしろ少ない方で、情報のインパクトとして強くない。また全般に、記事が社会部の記事になっていて、貧困問題の集会として書かれていて、政治の記事になっていないことがある。本当は、政治部の記者を呼んで記事にさせないといけない。政界面の選挙報道の関心の角度から発信させなくてはいけなかった。

それと最後に、反貧困運動も政治に働きかけるのであれば、数と勢いを積極的に追求する必要があり、もう少しネットを活用することを考えるべきだろう。集会の事前告知や結果報告にネットを活用するべきだ。採択された宣言文だけでなく、ペーパーで提出された17項目の要求(反貧困ネットの選挙マニフェスト)や当日の報告者の資料はネットに掲示して公開すべきだ。