2009年2月3日火曜日

【日米同盟】 海賊対策(特措法の制定?)

日本海新聞一刀両断 小林節

護衛艦を保安庁へ移籍すればよい

2009/02/03の紙面より

 アフリカ・ソマリア沖(インド洋)の海賊対策に海上自衛隊を派遣するかどうかが問題になっている。

 まず前提として言葉を整理しておくが、世界の基準に従えば、海上自衛隊は海軍つまり海の軍隊であるが、海上保安隊は海の警察、他国の沿岸警備隊である。また、海賊行為はいわば海の強盗つまり犯罪で、むしろ、警察、海上保安庁の管轄である。

 だから、わが国の領海に続く排他的経済水域に続く公海上で、わが国に籍のある船舶が海賊(強盗)に襲われた場合に、それに対処することは海上保安庁の仕事である。また、公海上の外国籍船でも、日本の会社がそれを運航している場合や日本人や日本人の財産がそこで襲われている場合には、日本国にも保護責任とその権利がある。

 だから今、世界の無法地帯になってしまった観のあるソマリア沖に、わが国は海上保安隊を派遣すべきである。また、それは、世界中の諸国との交易で繁栄してきたわが国の、国際社会に対する責任でもある。

 ところが、実際には、ソマリア沖の海賊は、その装備や行動様式がいわばけちな泥棒のそれではなく、むしろ、私的な海軍化しており、わが国の海上保安隊では対応できない(つまり負けてしまう)危険性がある。

 そこで、外国の海軍との戦闘を想定した装備と訓練を得ている海上自衛隊を派遣すべきだとの意見が出て来るが、それはまた別の問題を惹起してしまう。

 第二次世界大戦の敗戦国として再出発したわが国は、憲法九条の下で、間違っても再度「侵略」国にならないために、海外では武力行使をしない…という条件を自ら自衛隊に課して来た。

 もちろん、ソマリア沖の海賊は、外国の軍隊でも外国の反乱軍(つまり分裂した国家)でもない。だから、海上自衛隊がソマリア沖で海賊と交戦したとしても、それは、もとより、憲法解釈上禁じられている、他国侵略に発展しかねない海外における自衛隊の武力行使ではない。

 しかし、いずれにせよこのような懸念を回避・解消できる方法がある。それは、装備と訓練の十分な海上自衛隊の一個部隊を防衛省から海上保安庁へ移籍し(出向させ)それをソマリア沖へ派遣することである。シーレーン(海上輸送路)はわが国の生命線でありその確保は急務である。

(慶大教授・弁護士)
ソマリア沖の海賊と自衛隊  2008年12月8日

国連安保理は6月8日、国連憲章第7 章に基づいて海賊対策を可能にする決議を行っている(決議1816号)。10月9日も同様の決議を行った(決議1838号)。だが、これには重大な問題がある。海賊行為は組織犯罪であり、国家による侵略などとは異なる。それを「国際の平和及び安全の維持」を拡張解釈して、ソマリアの領海(12海里)内における各国艦艇の活動を認めた安保理決議は、「国際法の空洞化に一層寄与するもの」と批判される所以である(Claudia Haydt, Maritimes Säbelrasseln, in: junge Welt vom 5.12.2008)。海洋法条約105 条も海賊対処は公海上であり、当該国の主権に属する領海には及ばない。これを領海で認めた1816号決議は、国際法の歴史のなかでまったく新しい事実とされる(N.Peach教授 T.Pflüger, Gefährliche Gewässer, in: junge Welt vom 23.10)。この決議は米国とフランスの主導で安保理で採択されたもので、ソマリアの主権を領海12海里について無にする代物だった。

  実は、ソマリア沖の海賊問題は、この海域をめぐる国際政治的な利害対立の焦点ともいえる。そもそも艦艇をどんなに出しても、海賊をなくすことは困難である。現地の状況をよく知るフランス海軍G.Valin 中将によれば、通常型のフリゲート艦は時速30マイルだから、15分で8マイル程度しか進まない。ソマリア海賊は、軍艦が水平線に見えないときは、何でもできることを知っているという。軍艦が見えたときは、巧みな航行技術を駆使して高速で逃げてしまうわけである。中将によれば、軍艦はソマリア沖の2 %程度しか確保し得ていないという(Der Spigel, a.a.O.)。海域を通るタンカーや輸送船をすべて護衛することは不可能である。これは軍艦だけでなく、巡視船の場合も同じである。

  ドイツも日本も海上における軍艦のプレゼンスを、国際政治の道具として利用する傾きにある。ソマリア沖海賊対策への自衛艦の参加問題も、実際の海賊対策というよりも、こうした国際的な活動への参加に重点があるようである。

  「対テロ戦争」(OEF)との関係も曖昧である。ソマリア海賊は、アルカイーダとの関係は不明である。にもかかわらず、OEFに参加しているタスク・フォース150も海賊対策に参加するなど、海賊対策という目的との関係で疑問が多い。さらに、米軍では、海上での海賊対処のほかに、海賊の地上基地を攻撃するという主張も出ているようである。ここまでくると、もはや海賊対策に名を借りた「対テロ戦争」の戦線拡大にほかならない。オバマ政権がイラク撤退の一方で、「対テロ戦争」の強化をはかる可能性があるなか、この動きは軽視できない。

  そもそも、海上交通路を確保するため、海賊対策に日本も参加するという議論だけでことを進めるのは一面的ではないか。この海域でなぜ海賊が出てくるのか、もっと背景を考える必要がある。この点で、チュービンゲン軍事化情報センターのClaudia Haydt の議論は興味深い。彼女がいうように、ソマリアの海賊問題には、以下のような構造的問題があることに注意すべきである。以下、その議論をまとめてみよう(Claudia Haydt, a. a. O.)。


  1991年にソマリア中央政府が崩壊して以来、ソマリア沿岸警備隊は消滅した。ヨーロッパの漁獲船団は、沿岸警備隊なきソマリアの海で、乱獲を行ってきた。2006年、国際環境保護団体グリーンピースは、ソマリアや他の地域での違法操業により、世界で最も貧しい人々に、年間数十億ドル単位の喪失が生じている問題を注目させようとした。夜、ソマリアの海は、たくさんの漁船団の灯火によって「マンハッタンの夜景のように見える」とは、ソマリアの漁業専門家の言葉である。これらの船団の国旗は、EU諸国と米国、日本のものだ。こうした形で魚の略奪と環境破壊が行われたことを、グリーンピースは海賊行為と呼んだ。そして、EUに対して明確な経済的・法的措置をとるよう求めたが、今日までほとんど行われなかった。このような状況のもとでEUが海賊対処のための艦艇を派遣すれば、結果的に、違法な漁獲船団は利益を得ることになる。

  違法操業と並んで「アフリカの角」海域の安全を脅かすのは、違法な廃棄物処理である。国連のソマリア特別大使は、08年6 月に、化学物質や放射能廃棄物まで捨てられていると述べた。また、国連環境プログラム(UNEP)のスポークスマンは、違法な廃棄物処理の経済的意義について語り、ヨーロッパでの廃棄物処理には1 トンあたり1000ドルかかるのに対して、「アフリカの角」に海洋投棄すればトンあたり2.5 ドルですむので、欧州企業にとっては大変安上がりであるとしている。

  ソマリアの海賊は海のプロで、漁師もいれば、元沿岸警備隊員もいる。90年代からのこうした状況への怒りが、海賊という形であらわれた側面は無視できない。今も海賊の一部は、「ソマリア海軍」や「国民ボランティア沿岸警備隊」を名乗っている。乗っ取った舶の身代金の相場は上昇していて、2007年は船一隻あたり10万ユーロだったが、今年は100万ユーロの単位になっている。

  海賊は組織犯罪だが、国家的にアレンジされたものではなく、海賊は戦争をやっているわけではない。マフィア的な構造を破壊するためには、軍艦や哨戒機は役立たない。効果的な軍事的解決というものは存在しえない。短期的にも軍事介入は非常に金がかかる。「アフリカの角」海域を通る船をすべて効果的に保護しようとしたら、全世界のすべての軍隊を動員しても足りない。

  インド洋における平和プロセスは、政治的・経済的展望が海賊の危険を大規模に低下させうることを示している。ソマリアの政治的解決のためには、すべての政治勢力が関わらねばならない。先進国は、自国の船団の違法操業や海洋投棄を取り締まることで、海洋の安全に大いに貢献できる。武器輸出をストップすることも重要である。


  以上、Claudia Haydtの議論を言葉を補って紹介した。そこから見えてくるのは、ソマリア海賊の問題は、実は、「グローバル格差社会」の集中的表現ともいえる。海賊たちは、日本を含む先進国がそれまで乱獲してきた漁業資源の代金回収と、廃棄物投棄の迷惑料を暴力的な方法でやっているともいえる。海賊行為は犯罪である。ソマリアの海賊は取り締まられねばならない。しかし、それは各国が海軍艦艇を派遣してすむ問題ではない。この問題の解決のために、日本ができることはほかにある。

  すでに、ブラックウォーターなどの米国の民間軍事会社(PMC) がタンカーや輸送船などの警備を請け負いはじめた。海賊との見えざる「連携」で手を組めば、この海域で新しい「市場」が生まれる。この地域の構造的問題の広がりと奥行きはかなりのものである。

  というわけで、まずは「海賊対策に自衛艦派遣を」「そのための特措法の制定を」という議論に乗らないこと。まずここから、まともな思考は始まる。