2012年4月8日日曜日

民主党政権

最近、一部マスコミの中で民主党政権への批判が見られる。しかしマスコミの本質は変わってはいない。
ようは、自分たち(マスコミ)が可愛いだけで「良心の呵責に苛まれ」民主党政権を批判をしているわけではあるまい。

民主党政権 失敗の本質(朝日新聞連載1~4)

脱官僚の裏で財務省と握手〈民主党政権 失敗の本質〉(朝日新聞デジタル版から)

野田政権を取り巻く「財務省網」
 「脱官僚」をうたう民主党は政権交代前夜、二つに割れていた。財務省は無駄遣いをなくす「味方」なのか、官僚の既得権益を擁護する「敵」なのか。

 2009年6月、のちに民主党の初代首相となる鳩山由紀夫と2代目首相の菅直人は、みんなの党結成に動いていた渡辺喜美、江田憲司と極秘で会った。旧通商産業省OBの江田が「霞が関の本丸は財務省だ」と言うと、菅は「わかっている。官僚主導の打破に協力して欲しい」と応じた。

 だが、渡辺は民主党の「脱官僚」を疑っていた。野田佳彦や前原誠司ら民主党の中堅議員を交えた当時の会合で、次のような会話を耳にしたからだ。「国土交通省や農林水産省などのできの悪い官僚はたたく。財務省とは握るけどね」

 政権交代から2年半。3代目首相の野田は今、消費増税法案の成立に「政治生命をかける」と明言する。

 民主党の事前審査がこじれていた3月25日夜、野田は旧大蔵省OBで党税調会長の藤井裕久に「絶対ぶれるな」と励まされ、大きくうなずいた。79歳の藤井は民主党の初代財務相で、野田を財務副大臣に引っ張った「恩人」だ。野田は野党時代の著書「民主の敵」で無駄遣いの削減や天下り根絶を訴える一方、消費増税には触れていない。それが財務副大臣になると、一転して前向きになった。

 民主党は「4年間は消費増税しない」と宣言し、09年総選挙に勝った。消費増税に「命をかける」という首相の登場を、担当記者の私はまったく予想しなかった。だが、鳩山は総選挙直前、実は財務省の事務次官だった丹呉泰健や、主計局長だった勝栄二郎らとひそかに接触を重ねていた。無駄遣いをなくし、子ども手当など看板政策の財源をつくる必要があったからだ。

 鳩山は今、「歳出を減らしてくれるのなら、財務省と協力してもいいと判断した。財務省の最大の使命は歳出削減だと見誤った」と後悔する。財務省の本性は官僚機構の守護神で、最大の狙いは自らの権益を拡大するための消費増税にあったというのだ。

 民主党と財務省の歩み 「脱官僚」を掲げた民主党政権で、なぜ財務省は強大になったのか。  民主党は2009年総選挙の前、すでに財務省ににじり寄っていた。まずは財務省と組んで無駄遣いをなくす。財務省に切り込むのはその後だ。そんな「脱官僚」の二段階論が広がっていた。私は当時、鳩山由紀夫に近い議員から「財務省とはケンカしないよ」という言葉をよく聞いた。

 鳩山の父・威一郎は旧大蔵省の事務次官だった。鳩山が初代財務相に指名したのは、父が政治家としての資質を見込み、政界への進出を促した旧大蔵省OBの藤井裕久だった。
 
   ◇  

 民主党がマニフェストで示した「脱官僚」の決め手は、財務省から予算編成権を奪い、首相官邸直属に新設する国家戦略局に移すことにあった。それが崩れた瞬間を、内閣府政務官(国家戦略担当)だった津村啓介はよく覚えている。

 政権交代直後の09年9月末、国家戦略相の菅直人はいらだっていた。マニフェストを実行するための財源確保にメドが立たず、予算の基本方針の作成が大幅に遅れそうだった。  
 そこへ、財務省主計局長の勝栄二郎が現れた。菅が「いつまでに基本方針をまとめれば、年内に予算編成できるのか」と尋ねると、勝は「民主党にはマニフェストという立派なものがあります。これに沿って予算を作れ、という紙を一枚出していただければ、やりますよ」とささやいた。菅はほっとした表情を浮かべて、「だったら早いじゃないか」と応じた。  
 こうして民主党による初の予算編成の責任者は、国家戦略相の菅ではなく、財務相の藤井となった。
 
 藤井は「政治家が予算の細部を正しく判断できるのか。大蔵省には百数十年の歴史がある。政治家に求められるのは決断を下すことだ」と強調する。  一方、かつて小泉内閣の閣僚として財務省と予算編成の主導権を争った竹中平蔵は「大きな財布の中でカネを配ることが財務省の権力の源泉」という。歳出削減よりも増税で予算規模を膨らませ、それを配分する実権を握ることに財務省の省益があるとの見立てだ。

 実際、民主党政権で事業仕分けなどの歳出削減は進まず、これまで3回の当初予算は事実上、史上空前の規模に膨れあがった。その一方で、消費増税だけは着実に進んでいった。  
 2代目財務相の菅は首相就任後、10年の参院選で消費増税を唐突に打ち上げた。野田佳彦は菅内閣で3代目財務相に昇格すると、財務官僚の仲介で自民党の財務相経験者と会合を重ねて政界屈指の「財務族」となり、11年の党代表選で消費増税に言及して勝利。今年3月、党内の反発を振り切って、ついに消費増税法案の提出に踏み切った。
 
 その野田が昨年秋、4代目財務相に閣僚経験のない安住淳を指名したのは政界を驚かせた。だが、財務省は、政権交代前から国会対策で頭角をあらわしていた安住に目をつけ、親交のある同省主計官の岡本薫明を講師役にした政策勉強会を定期的に開いていた。
 
 岡本は今、秘書課長として安住を支える。与野党を超え、有力議員に早くから官僚を張り付けて取り込んでいくのが、財務省流だ。

 その財務省が予算編成権と並んで死守したのが、官僚の人事権だった。

 「政権をとったら、事務次官、局長以上にはいったん辞表を出してもらい、民主党政権の方針に従ったものだけを政治任用する」  鳩山や菅は野党時代、そう公言してきた。大統領が交代すれば政府高官がごっそり入れかわる米国ほどではないにしても、各省の事務次官から人事権を奪って、官僚を民主党政権に従わせる狙いがあった。

 だが、民主党は政権交代直前に「政治任用」を撤回した。表向きの理由は「公務員の身分保障」。その結果、ほとんどの官僚は今も、首相や大臣より事務次官に忠実だ。その姿は自民党時代と変わらない。

 なかでも財務省は影響力を広げている。

 勝は自民党政権で官房長、主計局長の「次官コース」を歩き、民主党政権で順当に事務次官になった。野田内閣になると、旧内務省系の指定席の官房副長官(事務)に、東大在学中から勝の友人である前国交事務次官の竹歳誠が就任。消費増税と社会保障改革をまとめる内閣府の事務次官には、財務省で勝の1期後輩の松元崇が就いた。いずれも異例の人事で、野田内閣は「財務省支配」と揶揄(やゆ)されるようになった。

 消費増税法案の鍵を握る自民党総裁の谷垣禎一も元財務相だ。政界では、今年2月の野田と谷垣の極秘会談に財務省がかかわったとの見方もくすぶる。

 消費増税に慎重な民主党の馬淵澄夫は最近、財務省が水面下で自民党に法案成立を働きかけていると指摘し、「増税には内閣の一つや二つ吹っ飛ぶくらいは覚悟しなければならない、とうそぶいた大物財務官僚の言葉を今もハッキリと覚えている」とブログに書いた( http://mabuti-sumio.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-c334.html )。消費増税を巡る党内抗争の根底には、財務省とどう向き合うかという統治観の対立がある。

 野田内閣は3日、13年4月1日付で新規採用する国家公務員を政権交代前の09年度に比べて56%減らすと発表した。なかでも財務省の削減率は60.8%で、いちばん多かった。消費増税法案を成立させるため、「財務省支配」という党内外の批判をかわす狙いがにじむ。=敬称略(村松真次)