2008年12月17日水曜日

【危険な話】 馬毛島(米軍基地候補地)

 この馬毛島を基地へ転用・転売という話は、かなり前からあるのだが、非常に怪しい紳士たちが、そのたびに蠢く。

 1999年末、隣接する種子島に使用済み核燃料中間貯蔵施設を誘致する動きがあるという情報が伝わって以来、屋久島の南北二つの町(上屋久町&屋久町)ではそれぞれ住民有志が集まり、対策を探ってきました。

 中間貯蔵施設とは、各原発のプールに保管している使用済み核燃料が満杯に近づいているにもかかわらず、受け入れ予定の青森県六ヶ所村・再処理工場の建設が滞り、再処理後のプルトニウムを使った高速増殖炉計画も「もんじゅ」事故でストップしているための苦肉の策で、1999年6月成立の「原子炉等規制法」改正により使用済み燃料を原発敷地外に持ち出して一時保管できると決めたもの。政府は2000年度中に全国2か所の立地点を確定し、2006年着工、2010年完成・使用開始をめざしています。

 そのうち種子島で誘致話が持ち上がったのはもっとも早く、1999年春に一部住民への働きかけがはじまって、夏以降、漁業関係者を中心に東京電力・福島第一原発へ「備蓄燃料見学会」と称した無料ツアーが波状的に行われ、1999年末までに合計約400人が参加したと言われます。東京観光などを含む招待旅行の費用4000万円あまりは、東京在住の種子島出身者が地域浮揚のために負担したことになっていますが、金の出所や裏で糸を引くと噂される某代議士などについて不明な点がたくさんあります。

 しかし、立地の鍵となる漁業者をターゲットにした招待ツアーといい、不況下に似つかわしくない多額の金の動きといい、本格的な立地工作の兆しと考えられます。また、電力業界紙『電力時事通信』11月1日付け記事も、「鹿児島県の離島(無人島)」と名指しして候補地の筆頭に挙げています。

 「無人島」は西之表市の沖合に浮かぶ馬毛島(まげしま)で、80年代はじめに住民が離島して現在はニホンジカの貴重な亜種マゲシカが繁殖しています。かつて石油備蓄基地や核燃料サイクル基地が誘致されようとした複雑な歴史をもつこの島は、近年、土地の98%を所有する立石建設(本社東京・住友系)が目論む採石事業と、西之表市と鹿児島県が誘致をめざす日本版スペースシャトルHOPEの着陸場計画とがバッティングしていましたが、そこへ降って湧いたように中間貯蔵施設の立地話が割り込んできた格好です。いまのところ、枕崎出身の立石社長は核燃施設に土地を売る気はないと明言しており、近々採石事業に対する鹿児島県の許可がおりる予定です。しかし、バックがJCOと同じ住友らしいこと、計画に採石場らしからぬ1000mの飛行場が含まれていることなどから、中間貯蔵へのダミー事業になりかねないと危惧する声もあります。

 もう一か所誘致が取り沙汰されるのは東海岸の増田(中種子町)で、候補地に挙がった共用林地権者の中には歓迎の声もあり、音頭を取る地元建設会社が馬毛島との誘致合戦をしかけている気配です。

 こうした状況のもと、計画を憂慮する種子・屋久両島の住民有志は、まず多くの人たちに中間貯蔵と日本の原子力事情について知ってもらおうと、2月2日(種子島)と3日(屋久島)の両日にわたり、慶応大学の藤田祐幸助教授を招いた講演会を企画・開催しました。このかん、西之表市では1月23日に元市長や新旧市議多数を含む「核施設をつくらせない市民の会」が発足しました。

 講演会は種子島で400人、屋久島で300人を集める大成功でした。二つの町の実行委員会が共催した屋久島では、両町役場の後援のほか、屋久町漁協、屋久島観光協会、屋久町商工会、屋久町青年団、屋久町職員組合という幅広い協賛を取りつけ、会場の安房総合センターへ二つの町の送迎バスが走るユニークなものになりました。漁師の大漁旗に囲まれた会場は熱心な島民で埋まり、藤田先生が「18年にわたり上関原発立地を阻止してきた山口県・祝島漁協の海の男たちの熱い想いがここに受け継がれたようだ!」と感激するほどでした。

 講演会の成功を受けて、両町では3月議会で中間貯蔵施設への反対決議をし、関係各方面へ建設反対の意見書を提出する取り組みに移りました。上屋久町では2月26日に「核施設はいらない島民の会・上屋久町」が発足する予定です。ここからは主に私たち屋久町の動きを報告します。

 その前に、もう少し中間貯蔵施設について――
 使用済み核燃料といっても、燃えるウランの3分の1は残っていて、そのうえ核分裂反応で生成したプルトニウムなど20種類以上の高レベル放射性物質が含まれ、薪ならまだくすぶっている状態。放射能の強さは、遮蔽物なしに近づけば即死するほどです。弱い核反応が続くため冷やさなければならず、冷却に失敗したり燃料棒どうしを近づけすぎたりすると臨界事故が起こります。冷却方法としては、原発内の保管プールのように水で冷やす湿式と、ガスで冷やす乾式があり、種子島からの見学ツアーが福島第一原発に行ったのは、国内ではまだ珍しい乾式貯蔵の実験施設があるからです。乾式施設は、フランスやイギリスから高レベル放射性廃棄物を運んだ金属製キャスクに似た巨大な鋼鉄容器です。

 種子島に中間貯蔵施設ができたとすると、西日本の各原発から年間500トン、合計5000トンの使用済み核燃料が専用船で運び込まれます。5000トンの使用済み燃料の中には、広島の原爆から放出された量の15万倍以上の放射性物質(死の灰)が含まれます。これを、計画では数十年保管することになっていますが、もし日本の原子力利用がうまくいけば、2095年すぎまで、出入りはあってもつねに5000トンが保管されるため、実質的な貯蔵期間は100年近くになります。かたや、内外の多くの専門家が認めるとおり日本の原子力計画が予定どおり進まない場合は、そのまま高レベル核廃棄物の最終処分地になる可能性も否定できません。

 危険性としては、予想外の事故や故障で放射能が漏れ出さないか、核ジャックに狙われたり、天災や戦争で施設が壊れたりしないか、核燃料の輸送中に船の事故が起こらないかなど、施設周辺と輸送ルートでの環境汚染や住民の被曝が心配です。また、この施設の運営は国や電力会社ではなく、倉庫業者のような民間にもまかせられることになったため、長期間の責任や管理能力が、JCO事故で明るみに出たとおり採算や効率の犠牲になりやすい危険性も考えられます。万一、なし崩しで最終処分地になってしまったら、プルトニウムの半減期2万4000年(放射能が無害といえるレベルになるにはその10倍)という人類史的な長い時間にわたって正しく管理できるかどうか――自信をもってYESと答えられる人はいないでしょう。

 こんな核施設ができたら、種子島現地はもとより、一衣帯水の屋久島でも住民生活と産業(漁業・農業・観光 etc.)はあらゆる面で重大な影響を受けます。使用済み核燃料の取り扱いはきわめて難しい問題ですが、原則的になるべく動かさず、回収できない地下などに埋めず、衆人環視のもとに置いておくべきだと言われます。何が起こっても人目につかないうえ、台風や津波などの被害を受けやすい離島(とくに無人島)は、本来最悪の選択なのです。それなのに、全国に先がけて種子島に誘致の動きが起こったのはなぜでしょうか。ここで海に流れ出した汚染は、黒潮本流に乗って日本列島の沿岸に広がります。

 私たちは、一つの生態系に根ざして生きる人間としてごく自然な気持ちから(これを「地域エゴ」などと呼ぶのは不都合なものを押しつける側の理屈でしょう)、種子・屋久地域に暮らしや生命と両立しない核施設をつくらせたくないと思います。しかし同時に、ほかのどこにもつくらせてはならないと思います。末期症状を呈したプルトニウム利用計画という国策のツケを、原発の電気を使ったこともない僻地の住民に押しつけることなど、もう許される時代ではありません。お金や非民主的な上意に屈して中間貯蔵施設を引き受ける市町村がなければ、原発の増設や延命は不可能になります。核廃棄物が手に負えないとしたら、まず日夜それを生産する原子力発電を縮小・廃止しなければなりません。そのうえで、すでに抱え込んでしまった放射性廃棄物という膨大な負の遺産をどうしたらいいか、衆智を尽くして考えるべきなのです。

 《核廃棄物の中間貯蔵施設をつくらせない市町村議員・住民連絡会》屋久町事務局は、こうした想いを込めて2000年2月14日に発足しました。藤田祐幸講演会の企画・開催を通じて私たちが見聞きしてきたかぎり、圧倒的大多数の屋久島民は中間貯蔵施設を絶対につくらせたくないと願っており、この願いは自治体を構成する住民・議会・行政を通じて共有されています。ですから会の名称に、議員と住民が手をたずさえてこの問題に取り組む決意を表明し、同時に今後誘致問題が起こってくるであろうすべての市町村の心ある議員や住民とも連携・協力していく意思を示しました。

 当面の課題として、2月28日を第一次集約日に、「種子島の核施設誘致に反対する屋久町民署名」をはじめました。とくに、共通の海を仕事の場とする漁師たちが危機感をつのらせています。2月29日には署名や講演会でのアンケート結果を添えて、前述のとおり3月町議会に反対決議と関係各方面への反対意見書送付を求める陳情を提出します。またそれと並行して、種子・屋久両島1市4町の議員・住民との情報交換や連帯を図る努力をしていくつもりです。観光客へのアンケート調査、ポスター、小冊子、ホームページ、ネット上の反対投票、国際キャンペーンなど、種子島での情勢をにらみながら内外にこの問題を知らせる創意工夫も凝らしていきたいと思います。

 会の名称からもわかるとおり、従来型の硬い運動体ではなく、参加者一人ひとりの本音と自由意志を尊重する柔軟なネットワーク組織です。島外からの応援やアイデアも大歓迎です。また、自分の地域や周辺自治体で中間貯蔵施設誘致の動きがあったら、ぜひ知らせてください。私たちが手探りで集めた情報や資料があります。このプレス/ネットリリースは引用・転載自由です。

事務局連絡先:Tel/Fax: 09974-8-2861(羽生)
Tel/Fax: 09974-7-2898(星川)
Email: stariver@ruby.ocn.ne.jp



熊毛地区への使用済み核燃料中間貯蔵施設誘致に反対する決議および意見書の提出を求める陳情書

屋久町議会議長殿

平成12年2月29日
核廃棄物の中間貯蔵施設をつくらせない市町村議員住民連絡会・屋久町事務局

陳情趣旨

 昨年来、隣の種子島で原子力発電所から出る使用済み核燃料中間貯蔵施設の誘致が取り沙汰されています。当初、半信半疑だった新聞報道も、本格的取材とともにさまざまな事実を掘り出しつつあります。私たちが2月3日の藤田祐幸講演会実行委員会と、それに続く「核廃棄物の中間貯蔵施設をつくらせない市町村議員住民連絡会」の活動の中で学び、独自に調査してきたところでも、同施設の種子島誘致は“噂”の域をはるかに超えた現実味を帯びています。

もしこの計画が実現して、年間500トン、合計5000トンとも言われる大量の高レベル放射性物質が西日本各地の原発から日常的に種子島へ輸送され、先の見えない長期間にわたって保管されることになれば、熊毛地域のあらゆる産業と住民生活を脅かします。また万一放射能が漏れ出したり、臨界事故が起こったりした場合、種子・屋久両島は子々孫々におよぶ壊滅的打撃を受ける可能性があります(詳しくは添付資料参照のこと)。
 私たちはこれらの危険と悪影響を強く危惧し、「種子島の核施設誘致に反対する屋久町民署名」第1次集約(2月15日~28日)    人分を添えて、屋久町議会に次のような決議と、別紙により関係行政庁へ意見書の提出を求めます。


「非核宣言を掲げる屋久町議会は、恵み豊かな自然と住民の暮らしを末永く守っていくため、事故が起これば大きな影響があり、また事故がなくても半永久的な管理を必要とする使用済み核燃料を、熊毛地区に持ち込み貯蔵するすべての計画に、現在も将来にわたっても断固反対します。」


意見書

わが屋久町議会はこのたび、隣接の種子島に昨年来誘致が取り沙汰されている使用済み核燃料中間貯蔵施設(平成11年6月成立の原子炉等規制法改正第4章の2に定められたもの)に対して、町民多数の反対署名ならびに陳情を受け次のように決議しました。

「非核宣言を掲げる屋久町議会は、恵み豊かな自然と住民の暮らしを末永く守っていくため、事故が起これば大きな影響があり、また事故がなくても半永久的な管理を必要とする使用済み核燃料を、熊毛地区に持ち込み貯蔵するすべての計画に、現在も将来にわたっても断固反対します。」

 同施設の立地については、いまのところ鹿児島県にも候補地とされる二つの自治体にも公式な打診等ないと聞いていますが、水面下の動きは1年あまり前からあり、種子・屋久両島の住民のあいだに不安や懸念が広がっているのは確かです。屋久町議会は、本町の住民生活と産業を脅かすのみならず、国立公園および世界自然遺産の価値を著しく損なう恐れのある核施設立地が現実化した場合には断固その計画に反対し、鹿児島県知事、立地自治体の首長ならびに漁業組合長には計画への不同意を、関係行政庁には計画の見直しを求める所存です。

 電力安定供給の立場から、現在まで原子力発電が一定の役割を果たしてきたことは認めます。しかし、ここへ来て高速増殖炉原型炉「もんじゅ」のナトリウム火災事故(平成7年12月)から東海再処理工場アスファルト固化施設火災事故(平成9年3月)を経て、東海村JCO臨界事故(平成11年9月)にいたる経緯を見つめ、また先端技術の粋を集めたはずのH2ロケットとM5ロケットが県下で相次ぎ打ち上げに失敗した事実を直視するならば、安全神話の崩れた日本の原子力政策が大きな転機にさしかかっていることは明らかです。そうした原子力政策の行き詰まりから来る使用済み核燃料中間貯蔵によって、放射能の危険と汚染が、原子力発電の直接の恩恵など受けたこともない離島や遠隔地へ広がることには疑問を呈さざるをえません。

 議会での反対決議を求めた町民の陳情母体が「使用済み核燃料の中間貯蔵施設をつくらせない市町村議員住民連絡会」となっているように、本町の住民も議員も、ただ種子島への立地がなければ事足れりとは考えません。これまで縁の薄かった核廃棄物問題について、国民全体を巻き込んだ広範な議論に加わり、最善の解決法を探る一翼を積極的に担いたいと思います。21世紀の地域振興とエネルギー政策を見据える立脚点として、種子島・屋久島を含む熊毛地区はけっして的外れな場所ではないのですから。

 以上、屋久町民の付託を受けた議会として、種子島への中間貯蔵施設立地にあらかじめ断固反対の意思を表明するものです。


 意見書提出先

 使用済み核燃料中間貯蔵所轄
 1. 内閣総理大臣
 2. 通商産業省大臣

 国立公園・世界遺産所轄
 3. 外務大臣
 4. 環境庁長官
 5. 林野庁長官
 6. 文化庁長官

以上


種子島ネットワーキング報告 (2000.2.19現地調査)

1. 立地話の信憑性
●Y代議士からの働きかけ
1999年1月2日、船祝いの席で浜脇氏(種子島漁協組合長・中種子町議)が「馬毛島への核施設立地話があり、県知事も知っている」と発言。同席した西之表市議会議長と議員3名が驚いて、新年早々全員協議会召集。13日に市長と助役が確認のため県知事に面会。知事は「浜脇と面識はあるが、馬毛島は宇宙往還機の予定地であり、話したのは採石事業のこと」と回答。

3月、祝迫(いわさこ)鹿児島県議、野口西之表市議、徳永中種子町議が浜脇氏と面会、浜脇氏は「Y代議士から千載一遇のチャンスだと勧められた」と言明。現在、Y代議士も浜脇氏も表向きは関与を否定し、「共産党のデマ」と非難。

◎現鹿児島県知事の須賀氏は、98年に総合エネルギー調査会原子力部会で中間貯蔵問題を議論した委員の一人。前々知事の金丸氏は回顧録で、現在六ヶ所村にある核燃基地を馬毛島に誘致しようとしたが敗れたと語る。浜脇氏は有力なY氏支持者。

●電力業界誌『電力時事通信』99年11月1日付記事
中間貯蔵施設候補として「鹿児島県の離島(無人島)」を名指しし、「九州電力を中心に立地の可能性について検討に入る」と報道。

●東京電力・福島第一原発への「備蓄燃料見学会」
招待旅行はこれまで全国各地の例から原発など核施設立地の第一段階で、すでに参加した400人近い島民の費用は4000万円以上。ツアーは近く再開される模様。西之表市長と助役は1月に公費で福島原発と六ヶ所村を視察、近日中に議会特別委員会も視察予定。

★このほか、九電の非公式説明会、地元に出回る科学技術庁の交付金試算、建設業の組織的な誘致活動など数多くの状況証拠から、種子島では信憑性を疑う人は少ない。

2. 種子島での反対運動
●西之表市(候補地馬毛島)市議20名のうち17名が誘致に反対を表明。住民サイドでは1月に「核施設をつくらせない市民の会」発足、現職議員17名のほか元市長や元市議16名など多数参加。これと別に、社民系・平和センターでも反対運動を立ち上げ。3月から統一署名運動をはじめて6月議会で反対決議の予定。

●中種子町(候補地増田)町議17人のうち12人が誘致に反対で、2月中に幅広い住民を巻き込んだ組織を立ち上げ予定。農業委員会、区長会、青年団、校長会など、地域に密着した反対意思の結集を行ない、6月議会で反対決議の運び。候補地である増田共有林の地権者のあいだで、立地歓迎の意向は終息気味か。

★いずれも議員・住民の反対合意を広く浸透させることにより、議会での決議に実効性をもたせ、市長・町長に立地拒否を表明させやすくする、現地にふさわしい手堅い戦略。近いうちに南種子町でも反対運動発足の動きがあり、それを受けて種子島全体の連絡会をつくる予定。屋久島で一足早く3月議会で反対決議がなされることは、種子島の運動にとって大きな励みになるとのこと。

3. 馬毛島の開発状況
 反対運動の浸透は心強いが、そのいっぽう馬毛島で立石建設による採石事業が着工しそうなことは気になる。
●立石建設の裏は住友
 立石建設の現地法人である馬毛島開発は、全国にゴルフ場や霊園を展開する太平洋クラブが大株主。同クラブは住友系で、歴代国会議員が多数加盟。JCO事故でわかるとおり、住友と原子力産業とのかかわりは深い。

●立石建設の採石事業に近く県の認可
 2年前、種子島漁協に否決された事業内容を変更し、首都圏などからの建設残土を持ち込まず、採石した石も島外に持ち出さない不可解な計画で申請中。県は採石事業として不備がなければ許可することになっており、再度漁協の議決にかけられる見込み。馬毛島ではすでに重機が動き出しているとの報告も。

●民有地問題
 立石建設は島の98%以上を取得済みだが、残る地権者の一部と係争中。3月にも和解決着の見込みで、土地は立石側に渡る公算が強い。あとは、5つの浦に漁協名義の土地が少しずつと、名士一族の所有地若干、そして小中学校跡の市有地(4~5000坪)がある。西之表市は立石に学校跡地を売らないと決議済み。市関係者は、万一中間貯蔵施設立地が現実化しても、この土地が歯止めになると考えている。しかし・・・

●276億をどう取り戻す?
 立石建設≒太平洋クラブは馬毛島の土地取得にこれまで276億円という巨額の金を使った(裁判証言)。申請中の計画では、“持ち出さない採石事業”(?!)と羊の放牧(過去に島民が失敗)を行うとされるが、276億の資金を回収できるとは思えない。

 いっぽう、浜脇漁協長が「馬毛島でやる事業にかかる金」として県漁連に語った。 試算700億は、中間貯蔵施設の概算予算と符合する。今日、276億もの資金を注ぎ込んでペイするのは核関連事業ぐらいか?
(注:馬毛島には県と西之表市が日本版スペースシャトル発着場を誘致しようとしてきたが、発射場は位置的に有利な赤道クリスマス島が最有力視され、馬毛島誘致は現実味が薄れた。ただし西之表市は、中間貯蔵施設立地の歯止めとして宇宙往還機誘致の旗をおろさない意向。科学技術庁と県と市の表向きの合意でも、馬毛島はいぜんとして往還機基地候補であり、立石建設も往還機基地立地が確定すれば土地を売却すると約束している。)

★総合的に見て馬毛島が最有力候補と思われ、1000mの空港を含む立石建設の採石事業計画が、使用済み核燃料中間貯蔵施設の予備工事となる可能性は見逃せない。

4. 推進派の動き
 ●建設業者
 平成11年度末(3月いっぱい)が誘致に名乗りを挙げる締め切りと言われ、その条件と見られる2400人(人口の1割?)分の署名集めを行っている模様。3月はじめには、2~3000人規模の誘致促進集会を開く予定。現在、全国で10数か所の自治体が誘致に名乗りを挙げており、Y代議士の関与否定発言や、種子・屋久両島における反対運動の強さなどと併せ、このままでは立地話が立ち消えになりかねないとのあせりがあると考えられる。
●種子島漁協・組合長改選
 誘致の旗振り役である浜脇氏が5月の改選で再選されるかどうかが鍵。


続・種子島ネットワーキング報告(2000年2月22~23日)

2月22日 ㈱馬毛島開発・種子島事務所

「相談役」で実質的な所長と思われる後庵(ごあん)氏と、「所長代理」の徳浦氏が対応。「これまでだれも直接話を聞きにきてくれなかった」と喜んだ様子で、かなり突っ込んだ話をしてくれた。以下、額面どおり受け取るか否かは別として、馬毛島開発・種子島事務所の主張を要約する。

●後庵氏は校長を3期勤めた教育者で、立石社長は水産高校(枕崎市)の教え子。
●浜脇漁協長の誘致話浮上初期の言動
―1998年末、漁協理事会で中間貯蔵関係のカラー刷りパンフレットをまわし、25億の交付金がおりると説明。そのさい参事には席をはずさせ、理事たちには口止めする。
―1999年正月、船祝の席でみずから公言。漁協理事らは、「自分で口外するなと言っておいてなんだ」と鼻白む。(この場に西之表市議会関係者が数人いて、後日、全員協議会が召集され、市長・助役が事実関係を確認に県庁へ出向いたのは前回の報告どおり。)
―1月4日、浜脇漁協長、後庵氏と会い、「交付金は30億、馬毛島開発は(中間貯蔵の)倉庫業で2000億の仕事になるから協力しろ」と語る。
―2月、原幸一氏(のち見学ツアーに出資したとされる若狭会代表)リムジンで立石社長を訪れ、「エネルギーとゴミは国家事業だから」と、右翼の影をちらつかせながら土地の売却を促す。そのさい「全国に16か所候補地がある」と語った。原氏は昭和30年、九州電力勤務の父親の転勤で南種子町・広田へ。後庵氏が教師をしていた学校に転入。
―3月19日、立石社長、須賀鹿児島県知事と面会。知事は「中間貯蔵の計画推進しない」と約束。
●このかん、種子島漁協は馬毛島開発の採石事業計画に一貫して不同意。浜脇漁協長は、水路開設のための岩礁破砕に対する補償条件を漁協組合員に伝えないなどして妨害工作を続ける。(馬毛島開発の事業を断念させ、中間貯蔵計画に土地を売却させる目的か?)
●6月、馬毛島開発の事業に対する漁協承認問題で、浜脇組合長がアンケート調査を実施。そのうち第2問は「国・県が馬毛島を買い取り事業を行うこと」への賛否を問うもので、漁師たちはこれを県と西之表市が誘致運動していた宇宙往還機基地と解釈し、大多数が賛意を記した。のちに浜脇氏は、この結果をもって「漁業者は中間貯蔵に合意済み」と県に説明。6月25日、馬毛島開発はこの設問に抗議。
●7月8日、西之表市議会全員協議会で立石社長が「核燃施設に土地を売却しない」と約束。
●7月末、福島原発への見学ツアー開始。最初は建設業者、次はその夫人、中小事業主と広がり、9月ぐらいから漁協組合員、漁協婦人会、船主会なども参加。ツアー途中の食事会で若狭会事務局長(原幸一氏?)は参加者に、「2年前、馬毛島の購入を(立石社長に)頼んだが断られた。増田(中種子町)も検討しているが、敷地と海とのあいだに道路(県道)があるので難しい。理想は(種子島北端の)国頭(くにがみ)のゴルフ場予定地。全国に候補地が16か所ある。どうしても種子島ということではないが、地元から要望があれば立地できる」などと説明した。
●馬毛島の買い取りにさいして立石社長が住友銀行に支払った金額は5億円で、裁判証言での276億円ではない。
●採石事業は馬毛島の40分の1ぐらいの面積で数十年間は続けられるため、宇宙往還機の発着場ができる場合にも採石跡地が差し障ることはない。馬毛島の地質は砂岩で、コンクリート骨材か崩して砂として売る。1立米(?)あたり10円の利益があれば十分で、堅実に息長く経営したい。石材を運び出したあとには首都圏からの建設残土を持ち込んで覆土する予定。

 このほか、原発見学ツアーを運営し資金提供したという若狭会・原幸一氏の上部組織についても言及があり、現在主要メディアが調査中。その中には自民党K代議士の名も挙がっており、キーパーソンらしき代議士秘書経験者S氏の名前は、原子力資料情報室が掴んでいたものと合致。「馬毛島開発も浜脇漁協長による中間貯蔵施設誘致の動きで大変な迷惑をこうむっている」という後庵氏らの主張が、まったくの作り話ではないことをうかがわせる。ただし、住友の影が濃い立石建設/馬毛島開発の採石事業が途中で中間貯蔵施設に化けないかどうか、確証は得られていない。
 いっぽう、26日の上屋久町「核施設はいらない島民の会」に出席した西之表市「核施設をつくらせない市民の会」副会長・日高氏は、「馬毛島開発が近く閉鎖される」という噂を紹介(出席した当事務局・羽生町議の談)。


2月23日 馬毛島開発との電話によるやりとり

 翌日、馬毛島開発・後庵氏から事務局・星川宅へ電話(出張中のため夫人が応対)、
「推進派がまた動き出しています。止まっていたツアーがはじまり、こんどは西之表の一般主婦を対象にした女性ツアーのようで、27日(日)に出発するそうです」とのこと。こんな情報を伝えてくるのを不思議に感じたものの、「昨日は主人がお話をうかったようですが、まだ帰宅しておりませんので内容を聞いていません。重なるところがあるかとは思いますが、私の疑問とする点について少しお聞かせ願えませんか」と話しかける。

――立石社長が離島としては超破格の276億円で馬毛島を取得したと伝え聞きましたが、本当でしょうか。

後庵(以下G)
 そんなことはないのです。立石社長は5億円(種子島の反対運動関係者からは15億という情報が入っている)で購入した。276億というのは昔の石油備蓄基地誘致で平和相互銀行(のちに住友に吸収。住友はJCOと同じ原子力関係の系列)が志布志湾のほうと競ったときに使った金の額で、そういう話が流布することが困るんです。どこから伝わってきたんですか?

――それはお話しできません。5億円で購入して本当に採石事業をはじめるのですか?

G 前々からすぐにはじめたかったが、(中間貯蔵施設誘致)推進派の浜脇(種子島)漁協長がわれわれの建設に関するさまざまな説明を漁協の中に流さずにストップさせ、邪魔をしているのでことが進まずに本当に困っている。会社としては日一日と高額の金利がかかるわけで、この状態は非常に大変なことなんです。

――採石の開発予定に飛行場があるのはなぜですか?

G それは立石社長が枕崎の出身で友人がたくさんおり、枕崎から直接馬毛島に来れるよう、飛行場建設を予定しているんです(枕崎には地方空港がある)。

――馬毛島は長年、京都大学などがマゲシカの生態調査を進めていて、自然淘汰された群れの生態は世界の中でも珍しく、ほかにも植生や鳥、爬虫類などの研究にも着手しており貴重な島なので、研究者はもちろん私たちもなんとかこのまま「馬毛鹿サンクチュアリ(生態保護区)」として残し、子どもたちの勉強の場にもできないものかという願いをもっています。この件について立石社長にナショナル・トラスト化の可能性を問い合わせてみたいと思いますので、連絡先を教えてもらえませんか?

G いやいや、いまはそういう話を社長にしたくないし、できる状態ではない。トラストについては私もロンドンにいたし、いま娘がロンドンにおり、あちらの公園などいまあるところはトラスト運動の結果だということはよく知っています。社長も私も水産系の人間なんで、そのへんのことはよくわかっていますよ。その件についてはかならず時期を見て社長に話をしますが、いまはとにかくとてもその話をできるときでない。会社として金利に追われて大変なときですから。(南日本新聞は以前、若狭会の原氏の取材をしたとき同時に立石社長にも取材を申し入れたが、断られたという。)

――そのように金利で大変ということは、たとえば核施設推進の側から売ってほしいという話はないのですか? 新聞では立石社長が脅迫されているというお話も出ていましたが……。

G 去年、社長のところへ種子島出身の原という男がリムジンで乗りつけて売れと言ってきたことは聞いているが、そのほかにはないと思う。馬毛島については表土が薄く痩せたところで、前にも羊を飼ったことがあるようだが、ひどいダニが湧いてだめになったし、いまだって鹿もようやく生きてるんで、なんでもかんでも食べてツワなんか見当たらなくなっている状態だから……(裁判記録の中では立石氏が採石計画に付随して羊を飼う牧場を経営すると証言)。もう家内に「会社をやめなさい」とゆうべも言われた。直接だれも聞いてこないのに、悪い噂だけが取り沙汰されて迷惑して困っている。この女性ツアーの話もゆうべ家内が聞いてきたんですよ。

後庵氏は立石氏の恩師で、馬毛島開発の種子島事務所所長にあたる立場だが、より具体的な動きはあまりフォローしていないような印象だった。[聞き取り:星川加代子]

2月24日、宇宙往還機(HOPE)実験機の着陸場がクリスマス島に決定したとの発表を受けて、西之表市と鹿児島県、および熊毛地区協議会(1市4町の首長と県議で構成)は引き続き馬毛島に実用機の着陸場を誘致することを確認。これには、中間貯蔵施設誘致に対する間接的歯止めの意味もあると見られる。中種子町の「核施設をつくらせない町民の会」は3月3日に結成予定。



 在日米軍再編に絡み、政府は米軍厚木基地の空母艦載機離着陸訓練場として西之表市の馬毛島を候補地の一つとして検討している。同島は現在、ほぼ全域を馬毛島開発(本社・東京)が所有。昨年から空港建設の設計測量のための伐採を進めている。今後の構想などを同社の立石勲社長(73)に聞いた。
(種子島支局・三島盛義)


空港計画も推進

 -訓練場候補地の打診はあったのか。
 「政府からの打診はなく、報道陣に取材され知った。われわれも情報を聞きたいぐらいだ」
 -候補地として名前が挙がったが地権者としてどう考えるか。
 「一つの地域浮揚策としてあってもいい。県など地元から要請があれば、ビジネスチャンスととらえ前向きに検討したい。厚木基地を見に行ったが、周囲は住宅地で騒音も少ない。馬毛島と西之表市は13キロ離れており問題はない」
 -島は国に売却するのか。
 「馬毛島は15年かかって買った場所。土地は売らない。PFI(民間資金活用による社会資本整備)でやる」
 -貨物専用飛行場の建設計画はどうなるのか。
 「欧米から中国、インド向けの貨物仕分け空港を考えていた。しかし、既に上海に貨物空港ができ、チャンスを逃してしまった」
 -空港建設計画は中止するのか。
 「用途は別にして空港はつくる。(グループ主企業の)立石建設では出雲、新潟、羽田で空港建設の実績やノウハウがある。滑走路は南北方向4000メートル幅60メートル、東西方向2100メートル幅45メートルの2本。総工費は500-600億円」
 -具体的な建設計画は。
 「馬毛島に従業員が22人いる。2階建ての従業員宿舎を4月には完成させ、6月には6階建ての事務所ビルを建てる。学校用地も確保している。測量を行うための伐採は71ヘクタールが終了。今後90ヘクタールの伐採と測量を1年かけて行う」
 -馬毛島にはマゲジカなど希少動物もいるが。
 「シカにも生きる権利があり共生を考えていく。西海岸の約66ヘクタールを公園として残す計画だ」

 たていし・いさお氏  1933年、枕崎市出身。52年鹿児島水産高卒後、マグロ遠洋漁船に乗り組む。2級建築士資格などを取得後、58年に立石建設(東京)を設立。馬毛島開発社長。


日米両政府が在日米軍再編最終報告に2006年に合意して、5月1日で3年を迎える。馬毛島(西之表市)が候補地となった米空母艦載機の訓練施設の選定や、海上自衛隊鹿屋航空基地(鹿屋市)での空中給油機訓練計画で、目に見える動きはない。しかし、鹿屋基地で08年11月に初の日米共同訓練があり、県内各地で米軍機の往来が目撃されるなど、米軍との“垣根”は低くなりつつある。
(米軍再編取材班)

「本当に米軍は来るのか」。西之表市の無職男性は悩んでいる。男性は市内に土地・建物を所有。その物件をIターン希望者が購入したいと伝えてきた。
 西之表市の沖12キロにある馬毛島は、米軍機訓練施設の候補地。このことを知ったIターン希望者は突然、「米軍施設ができて、飛行機の騒音があるところに移住したくない」と言い出した。景気が悪い中、まとまった現金収入を期待していた男性だが、契約はまとまらなかった。
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 最終報告は、米空母艦載機が現在の厚木基地(神奈川県)から岩国基地(山口県)へ移駐するのに伴い、「恒常的な離発着訓練施設を09年7月、またはその後のできるだけ早い時期に選定する」とした。訓練はタッチ・アンド・ゴーと呼ばれ、着陸と同時に急上昇する飛行を繰り返す。
 日米合意後、馬毛島が訓練候補地の一つに浮上。07年12月には、馬毛島のほとんどを所有する民間会社・馬毛島開発が西之表市議会の特別委員会で「夜間離発着訓練を誘致する」と明かし、一気に注目を集めた。
 いまだ政府の公式見解はないが、今年3月30日、ジェームズ・ケリー在日米海軍司令官(神奈川県横須賀市)が司令部での会見で艦載機移駐に言及。「日本政府と協議し、岩国基地周辺の空海域に訓練スペースを見つけることについて、非常にうまく進んでいる」と発言したため、訓練地が岩国周辺で決まるのではないか、との憶測を呼んだ。
 これを受け、西之表市議会は4月3日に馬毛島対策特別委員会を緊急開催。情報収集に当たったが、米軍の真意は分からなかった。
 防衛省は取材に対し「司令官は岩国の現在の訓練空域について述べただけ。艦載機移駐による新たな訓練地は日米で調整中」とし、「岩国案」を否定。同司令官は既に退任し、両政府に翻弄される西之表市の姿が浮き彫りとなった。
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 防衛省は、現在離発着訓練が行われている硫黄島(東京都小笠原村、滑走路3000メートル)と同規模施設を建設できる場所を選定中。これまで馬毛島を含め、全国で350カ所を候補地とした。しかし、米軍から具体的な訓練計画が示されず、絞り込みは進まないという。
 最終報告の「今年7月」という期限が迫るが、衆院選の時期も絡み、同省は「選挙の争点になるのは避けたい。日米協議を踏まえ、状況を見て対応したい」と慎重姿勢を崩さない。選定日時があいまいになっているのも「訓練場所の決定は難しいとの認識が日米双方にあるため」と説明、協議が難航する可能性を示唆する。

 昨年11月、鹿屋市の海上自衛隊鹿屋航空基地を初めて使い、日米共同訓練が行われた。鹿屋基地には米海軍のP3Cと支援要員ら約55人が滞在。大きな混乱もなく、7日間の日程を終えた。多くの鹿屋市民にとって、このときが初めて米軍を間近に感じたときだったといえる。
 同市の飲食店主は「最初は米兵が来るのは怖かった。『米軍お断り』の店もあった」と話す。しかし、トラブルはなく、売り上げも上がったため、イメージが変わったという。「常駐しないのなら受け入れていい。商店街は潤うし、国の補助金も出る」と期待する。
 一方、別の飲食店主は「今回は階級が高く教養もあった」と指摘する。全国で相次ぐ米兵の犯罪を踏まえ、「鹿屋に来る隊員がどのような人か想像できない。市民の安全が保証されないと飲み屋街の客足は遠のく」と慎重姿勢。米軍をめぐり、市民の見方は割れたままだ。
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 最終報告で、沖縄県の普天間飛行場から岩国基地(山口県)に移駐し、鹿屋基地とグアムで訓練すると明記された給油機部隊。日米合意から3年たつが、「訓練回数や離発着回数など、具体的内容が米側から示されない」のを理由に、国から説明はない。鹿屋市も「騒音などの影響や基地の使用根拠について質問しているが、具体的な回答はない。詳細な説明があった段階で、地元への影響を検証し、鹿屋・大隅地域の総意を集約したい」とする。
 ただ、水面下では動きがあるようだ。政府関係者によると、普天間の給油機部隊が昨年、大幅に入れ替わり、「鹿屋を視察したい」と申し入れてきた。しかし、日本側が昨年11月の日米共同訓練を考慮し、地元を刺激するのを避けるため、視察を延期するよう求めたことがあったという。
 来年2月に任期満了を迎える鹿屋市長の選挙も、地元説明の時期に影響しているようだ。防衛省は「選挙に影響がないよう、タイミングを見計らっている。来年4月以降の早い時期に具体的な説明ができれば」としており、市長選が終わるのを待って本格協議に入る構えだ。

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 そんな中、県内各地では米軍機の往来が頻繁に目撃されている。2006年には給油機の同型機とみられる航空機が相次いで目撃され、今年4月には日置市上空を飛行する米空軍嘉手納基地(沖縄県)所属の特殊作戦機が確認された。県民には「米軍再編への地ならしでは」という見方も多い。
 また、昨年11月の鹿屋基地を拠点とした日米共同訓練は、潜水艦への対処が主目的だった。まったく同じ日程で、南西諸島周辺では米原子力空母ジョージ・ワシントンと海上自衛隊が対潜水艦訓練を実施した。

 この2つの訓練が連動しているかは不明だが、鹿屋の周辺で自衛隊と米軍の一体化が進んでいるのは間違いなさそうだ。