志位和夫氏が述べているのは、もともとは、後者の側面に関するものです。日本国憲法第4条第1項の「国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」という文言解釈に関わる問題です。
前者の問題が後者の問題に関わりを持ってくるのは、後者の問題で一定の立場に立った場合(こういう検討順序になるのは、憲法の明文規定が後者について存在しながら、前者については直接には存しないからです)、天皇に与えられた禁止規範を厳格に貫く必要が生じるからです。
例えば、天皇が憲法上それ「のみを行」うことが許されている「国事行為」の解釈について拡張解釈を認めず(全国植樹祭への参加は第7条第十号の「儀式を行ふ」には該らないとするなど)、しかも、一般私人がなしうるところでない「公的行為」の存在を一切認めない見解に立てば、国事行為以外で何らかの政治性をもつ行為を行うことは、およそ天皇には憲法上許容されない、という結論になります。
こうした立場に立てば、習近平副主席の接受など政治外交上の意味が濃厚な行為を行うことは、もともと天皇が憲法上なしえないことなのだから、「内閣の助言と承認」がいくらあったとしても、時の内閣がそれを天皇に行わせることも憲法上許されず、したがって、内閣として「許されない天皇の政治利用」であることになります。
これに対して、「天皇は憲法第1条で象徴としての地位を認められているのだから、その象徴たる地位にふさわしい行為(象徴行為)は当然に憲法上なしうる」(象徴行為説)、または「天皇は国及び国民統合の象徴として国事行為をなすという『公人』の地位を憲法上認められているのだから、そのような公人たる地位にふさわしい行為を行うことは、憲法も容認している」(公人行為説)と考えれば、これに「国事行為に関する内閣の助言と承認」と同じ内閣の関与行為・国会に対する連帯責任を要求する解釈をとったとしても(この見解が現在の憲法学界の多数説ではないかと推測されます)、今回の天皇の接受行為が、直ちに「天皇が憲法上なしえない『国政に関する権能』行使」になるかは不分明になってきます。
この点、象徴行為説や公人行為説に立つ論者も、憲法の明文規定にないこの種の天皇の行為が「政治的性格」を帯びることに警戒的な態度を示しつつも、象徴天皇制という妥協的制度の現実からやむをえない現実的必要性を認めて、さらに何らかの細目規準を挙げながら、一定範囲でのみ「象徴行為」「公的行為」を認めているのですが、侵略戦争をしかけた相手国の次期国家主席候補者という接遇相手の地位から見て、おそらく習副主席の接受を「憲法上なしえない」とは言わないでしょう。
ところで、少し視点を変えて見ると、この種の行為が憲法解釈論上の問題となるのは、まさにそれらが、何らかの政治的性格を帯びているからです。象徴行為説や公人行為説が如何にその点に警戒心を隠さなかったとしても、このこと自体は避けられません。
つまり、何らかの「政治的性格」をもつことが不可避な「天皇が象徴ないし公人として行うことが許される行為」を認める以上、その行為を時の内閣が行わせること自体が、「天皇の政治利用となる」として必ず非難されることにはならないのです。おそらく、せいぜい「天皇のその種の行為の具体的内容が、政治的に見て不適当である」という批判を内閣が受けるだけであろう、と考えられます。これが、この種の見解が意図する「内閣の連帯責任」の中身であろうと思われるのです。
天皇が、個別具体的な行為において内閣の政治方針と異なる行動をとった場合には、天皇自身が憲法に反して政治的権能を行使したこととなると同時に、それを行わせた内閣に(国民及び国会に対する)政治的責任が生じる、ということになります。他方、天皇が時の内閣の政治方針に従って具体的に行動すれば、天皇の行為が「象徴ないし公人行為」として容認されるものであった限り、その具体的行動内容の当否について内閣のみに責任が生じるわけです。
日本共産党の志位委員長の見解は、ご引用部分によると、「公的行為」の存在を認める口ぶりでありながら、憲法上、「公的行為に政治的性格を与えてはならない」という禁止規範があると解釈して、今回の天皇の行為自体を「憲法上許されない」と結論づけるもののようですね。これは、最近の憲法解釈学界に出てきた学説なのかも知れませんが、あまり聞きません。
もともと、「国事行為」でもないし、私人がなしうると同等の「私的行為」(例:散歩・相撲見物―但し特別席の使用は問題・全国植樹祭への参加― 但しそこで「お言葉」を述べる行為は若干問題)でもない、「公的行為」という、憲法の明文にないカテゴリーを承認する解釈学上の意味は、まさに、「『一般私人が到底なしうるところにない政治的性格を帯びた行為』(例:外国からの要人の接受)を一定の範囲で憲法上容認する」という点にこそあったのでした。
志位氏の解釈は、こうした解釈学上の「問題の由来」をあまり考えない、その意味で拙劣な憲法論であるように思います。
もし、「国事行為の多くは純粋に形式的・儀礼的な行為だから(例外は衆議院の解散など)、公的行為もそれに準じて形式的・儀礼的な行為でなければならない」と言いたいのであれば、それは「国事行為に準ずる行為のみが許されうる」という「準国事行為説」であって、「公的行為肯定説」ではありません。そして、志位氏の結論を主張するのであれば、「憲法が定める国事行為に該当しない上に、私人と同等の私的行為でもない『外国要人の接遇』などは、憲法上許されるものではない。そのような行為は、当然に何らかの政治的性格を帯び、『国政に関する権能行使』に繋がるからだ」と端的に言うべきで、「公的行為」など持ち出すべきではありませんでした(この見解は、「二分説」と呼ばれて、少ないですが論者は居るようです)。
しかも、おかしなことに、一般の議論では、「外国要人の接受」は、かなり形式的・儀礼的行為に近いものとして語られているのです(準国事行為説でも肯定しています)。したがって、今回の行為が「政治的性格」を与えられたというのも、一般の議論からは離れているのです。
さらにまた、今回の具体的な天皇の接受行為について、憲法上禁じられている「国政に関する権能の行使」に該るような言動があったとも聞いていません。したがって、天皇が内閣の方針通りに行動した以上、当不当の問題は生じえても違憲の問題は生じえないはずです。これを、「憲法の原則に関わる大きな問題が問われている」というのならば、現在の議論に即して、自己の立場を鮮明にする必要がありました。
ところで、いま検討してきたような理屈は、あくまで日本国憲法が規定する天皇制、議院内閣制という構造から出てくる論理であって、宮内庁長官が、天皇の個別的行為の当否に関して時の内閣の方針を批判する、ということは、それらとは次元が異なる問題です。
宮内庁といえども、「行政権は、内閣に属する」とする憲法第65条の下で、その「外交関係を処理する」(第73条第二号)内閣の権限に基づき発せられる行政上の指揮命令に従うべき、一行政機関に過ぎません。したがって、宮内庁長官が内閣からの指示を公然と批判する行為は、これに反していると言ってよいでしょう。
ここで、いわゆる「30日ルール」が、天皇が行うべき行為の「内容」に関するルールではなく、「手続」のルールであることにも着目できるように思います。
いかに、「天皇の行為の政治性をチェックするための検討期間である」という高邁な理屈を持ち出したとしても、そのようなルールが明確に規定されているわけではない以上、当不当の問題は生じえても、違法違憲の問題は生じえない、というのが筋だと思います。
結局、今回の問題を「天皇の政治的利用」の「可否」という切り口から論じるのは不適当であるように、私は考えています。
その意味では、たしか小澤氏が同趣旨のことを述べていたように思いますが、この件に関する限り、(好きでも支持してもいませんが)小澤氏は真っ当な議論をしているように思います。(以上)
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平成7年3月13日
天皇皇后両陛下謁見願の取扱いについて
貴省から当庁に対する外国要人(離任する駐日大使を含む)の天皇皇后両陛下への謁見の正式願い出は、謁見希望日の真近に行われる場合が多々あり、そのこと自体好ましくないのみならず、御日程調整にも支障を来しています。ついては平成7年度から、外国要人の謁見願いについては、原則として謁見希望日の一か月以前に要請をされるよう願いたく在外公館など関係方面にもこの趣旨が徹底されるようおとり計らいください。
平成16年2月3日(外務省小田野)←(宮内庁川島)
天皇皇后両陛下謁見願の取扱いについて(依頼)
標記について平成7年3月13日付け宮内庁式発題403号をもって外国要人(離任する駐日大使を含む)の天皇皇后両陛下への謁見の正式願い出は、原則として謁見希望日の一か月以前に要請願いたい旨(いわゆる「一か月ルール)を通知し、その後も暫(?)時貴省にお願いしてきたところです。
しかるに当庁から再三の申し入れに拘わらず貴省から当庁に対する外国要人の謁見願い出は、今なおこのルールに則らないものが相次いでおり、当庁としては必要に応じ謁見実現にむけて努めているものの、意に反して謁見に応えできない事例があるばかりか、御日程全体に支障を来す事態が生じていることは、まことに遺憾であります。
貴官におかれては、本件ルールの趣旨を再度確認を願うとともに、在外公館など関係方面にも改めてこの趣旨を然るべく周知徹底いただき、本件につき講じた措置について当方へ報告願います。
やむお得ず一か月ルールに抵触をする願い出条件については、儀典総括官から式武官(外事担当)へ可及的速やかに通報の上、その取り扱いにつき貴官の意見を添えた文書を持って打診願います。