2009年8月12日水曜日

【道州制】 地方分権

慶応義塾大学 片山善博教授
核心インタビュー
「エセ地方分権的“道州制”では、日本は変わらない!」

衆議院選が迫り、各党のマニフェスト(政権公約)も出揃った中、地方分権への議論が活発化している。特に、各党と知事会による道州制の議論は注目の的だ。地方分権の要として重要視されている道州制は、本当に地方分権を実現できる手段なのだろうか。そして、自民党、または民主党が政権を獲得した場合、地方分権政策はどのように進むのだろうか。鳥取県知事時代に「改革派」として絶大な支持率を誇った慶応義塾大学・片山善博教授に、総選挙後の道州制の行方から地方自治のあるべき姿までを語ってもらった。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 林 恭子)

霞が関主導の“道州制”なら地方分権は後退する
http://diamond.jp/series/dol_report/10014/

――究極の地方分権の形として“道州制”が提案されているのは、なぜか?
 中央政府は本来、外交や防衛、マクロ経済、金融などに専念すべきだ。しかし、現在は市町村がやるべきことまで中央政府が引き受けているため、我が国の中央集権体制は手詰まりになり、純化・解体再編が必要視されている。

 そこで解体再編を行なうとなれば、膨大な事務と権限が放出されるため、それをどこで処理するかが問題となる。それを現在の47都道府県で行なうことは難しいため、「受け皿として、広域で強力な権限や力量を持った道や州を作るべきだ」というのが、本来あるべき「分権型の道州制論」だ。

 ところが、そういう問題意識を持たないまま道州制を唱えている人たちがいる。

 特に霞が関の人々は、多少の手直しをするにしても、基本的な構造を変るつもりはない。地方を47ブロックから10~11ブロックに再編して、チープガバメント(政府支出を必要最小限に抑えた政府)を作る「行政整理型」の“道州制”を考えているようだ。

 つまり、“道州制”といってもタイプが2通りあり、それが混同されたまま道州制が議論されている。そんな状況のまま道州制の是非を問うことは、非常に問題だ。

――政権公約によると、「自民党は民主党よりも道州制に積極的」というイメージが強いが、「分権型」と「行政整理型」のどちらの道州制を考えているのか。

道州制という文言をつきつめなければ、「自民党は民主党よりも先行して推進しようとしている」と言えるだろう。しかし、自民党の道州制は、とにかく区域を拡大するだけのものであり、それが中央政府の解体再編の延長線上にあるとは言えない。

 なぜならば、自民党の政権公約を見ると、「道州制推進のために法案を作る」と書いている一方で、その先行モデルとして挙げているのが、北海道道州制特区だからだ。

 実は北海道道州制特区は、何のインパクトもなく、何も変化しない、ごくシャビーな権限委譲に留まっているケースだ。ということは、今の北海道が何も変わらないように、「ただ区域が広がり、国のあり方も新しい道や州の権能・権限も変わらない」ことになる。これは地方分権にはつながらない「行政整理型」の“道州制”だ。

 道州制の議論をすること自体は、今の日本の状況に適っているため、大いに意味がある。ところが、最初の問題意識がないままだと、単に区域が広大化するだけで、周辺部の住民にとってはむしろ不便になってしまう。これまでの市町村合併の延長になるだけだ。

 実際、市町村合併で一極集中が加速し、周辺部の過疎化や行政サービスの劣化が起きている。「行政整理型」の道州制が導入されれば、これが一層加速するだろう。

 今でさえ住民にとって縁遠い自治体が、さらに縁遠くなる。そのような道州制なら、むしろ何もしない方がよい。

 仮に自民党政権になったとしても、今までとほとんど変化はないだろう。政権公約に「新地方分権一括法案や道州制基本法の制定を目指す」と書いているが、それは規定路線に過ぎない。結局は、「『安心してください、何も変わりませんから』と言っているだけ」という印象だろうか。

 つまり、“道州制”という文言が入っているだけで、地方分権につながるというイメージを持ってはいけないのだ。

民主党は“中央集権的エセ地方分権”から“草の根型地方分権”へ

―― 一方の民主党は、地方分権改革についてどのように考えているのか?

 今の自民党と同様に、従来民主党は、「自治体を300にする」といった『上から目線』の手法による自治体再編・権限委譲を発想していた。

 ところが、今回の選挙からその考え方を転換している。『インデックス2009』という政権公約では、「自治体が自発的・自主的に成長するのを支援し、自然に規模が大きくなる際に、その延長として道州制も考えたらいいのではないか」という意図を読み取ることができる。

 これは、上から強引に再編の音頭をとるのではなく、草の根から自治体を支え、自治体が自立的に成長するよう支援する、「本来の地方自治や地方分権」に根ざした発想だ。

たとえば、「住民投票法の制定」だ。これは、議会がもっと機能するよう、定数などを自由に決められ、柔軟で多様な選択肢のある議会制度を目指すものだ。地味だが、「草の根から地方自治を発展させよう」とする姿勢がみられる。

 民主党は、“中央集権的エセ地方分権”から“草の根型地方分権”へ転換したと言ってもよい。

 彼らのマニフェストに「道州制や自治体再編という文言が入っていないから評価できない」という人がいれば、「地方分権を理解していない」と言わざるを得ないだろう。

 未知数ではあるが、民主党政権が成立すれば、場合によっては地方自治のあり方が大きく変化するかもしれない。民主党は霞が関改革を謳っており、それが実現できれば、国と地方の関係も変化する。

 そうなれば、国が上から自治体を再編しようとするのではなく、住民が自発的に自治を行なう地方分権スタイルになるのではないか。

 本当の地方自治というのは、「必要なものを自分たちで日々選択して行くこと」である。そういう選択ができる仕組みを整備していくのが、真の地方分権改革と言えよう。

「道州制導入」は知事会の総意ではない

――現在の知事会は、道州制に対してどういう認識なのか。

 実は、知事会の道州制への認識は一枚岩ではない。

 本当に中央政府の純化・解体再編から発想して、「その受け皿として道州制が必要だ」と考えている人もいないわけではないが、必ずしも多くはないようだ。

 むしろ、「大くくりにして強力な権限を持った“道”や“州”を作って、できれば自分のところに道都や州都を……」という思惑の人も多い。

 こういった首長は、政令指定都市を持つ都道府県に多く見られる。我田引水的で、非常に軽薄な道州制推進論者だと思う。

 一方で、兵庫、福井、富山、滋賀の知事など、反対派の知事も多い。今のまま道州制を進めたら、きっと霞が関の官僚たちにとって都合のよい、「霞が関流の道州制」になるに違いないと懸念し、反対しているのではないだろうか。私も、これを懸念している。

 本来、道州制は霞が関を解体再編することから始めるべきなのに、終わってみたら「霞が関は無傷で、地方だけが大くくりになって自治が後退した」などという、分権とは対極の状況になってしまう恐れさえあるのだ。
「住民自治」を無視した知事会の意向は
住民の意思ではない

――道州制以外で、地方分権の仕組みとして考えられるものはあるのか?

 現在の47都道府県・約1700の市町村を前提としても、地方分権を行なうことはできる。

 究極の地方分権とは、住民の政治参加機会の拡大、つまり住民の意向・意識ができるだけ自治体行政に反映される仕組み作りであり、再編をすることではないからだ。それを実現させるためのポイントが2つある。

 1つは、自治体へ権限を委譲し、霞が関の関与を廃止することだ。遥か遠方の霞が関に権限があるよりは、自治体にあったほうが住民の意向は反映し易い。

 もう1つは、住民にとって意向が反映され易い体質の自治体にすることだ。国と自治体との関係だけでなく、自治体内部の問題としてもそういう仕組みが必要である。

 たとえば、巨額の資金を使ったハコモノ建設は住民投票で決めるようにするなど、議会や首長を正し、場合によっては引きずり下ろせる仕組みだ。

 1点目の権限委譲を「団体自治」、2点目の住民の意思を反映し易くすることを「住民自治」という。その2つを進めるのは、今でも可能である。

 しかし、今知事会が騒いでいる“地方分権”とは、前者の「団体自治」だけだ。要するに、国と自治体との関係だけで「自治体を自由にせよ、権限と金をよこせ」というのが「知事会的な地方分権」だ。

 ということは、団体自治の根本がずれていたら、住民にとってはなんの意味もない。だからこそ、自治体を正せる住民投票や、議会へのチェック能力を高めるような改革が必要であろう。その両方があって、初めて地方分権と言える。

 道州制や地方分権の議論について、「知事会の言っていることが“是”であり、住民の総意だ」という印象を与える報道も多い。しかし前述のように、それは間違いであり、「住民に誤解を与えるのではないか」と懸念している。

 というのも、知事会の一番の悲願は、「消費税の税率を上げ、その分け前である地方消費税をもらうこと」だからだ。それは住民にとってありがたいことだろうか。「そんな増税をするくらいなら、もっと無駄をなくして身軽になり、行革をしろ」というのが、住民のホンネだろう。

 現在、知事会は各党のマニフェストを採点しているが、それは決して国民のためではなく、彼らのための採点基準に過ぎないのだ。増税論などをはじめ、知事会の地方分権は、住民と利害がバッティングすることが多い。名付けて「知事会の知事会による知事会のための地方分権」と言えるだろう。

――では、本当の地方自治とは、どういうものか?

 地方自治とは、本来非効率なものである。安上がりにしようと思ったら、地方自治などやめた方がよい。全国一律にすれば、それが一番安上がりだが、それでは住民の満足度は、低くなってしまう。だから、多少非効率でも、「自分たちのことは自分たちで決められる満足度の高い状態を」作ることこそ、地方自治の原理なのだ。

 しかし、小さければ小さい方がよいというわけでもない。ある程度のまとまりがなければ本当に非効率になってしまい、質の高い行政ができない。だから、ある程度の規模もなければいけない。その兼ね合いをどこにするかを決めるのも、地方自治と言えるだろう。

松沢
http://member.diamond.jp/series/dol_report/10012/?page=2
7月2日、私は経済三団体を回り、道州制実現をマニフェストに盛り込むよう政党に対して働き掛けをするよう要請した。これを受けて7月6日には、経団連が各政党に対して道州制を含む政策の実現をマニフェストに盛り込むよう求める提言を発表した。これは経団連としては初めてのことであるという。

この提言を各政党は重く受け止めるべきである。
 7月14日、三重県で開催された全国知事会議において、全国の知事にも「地方からの共同行動」を呼び掛けた。賛否両論、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が1時間以上にわたって繰り広げられた。知事会では久々の激論であった。その結果、北海道から沖縄県までの13人の知事が私の提案に共鳴し、7月16日には、自民、民主、公明の各党に対して「提案」活動を行った。

地方分権改革への本気度を各党に問う
地方分権委員会の審議を踏まえ、すみやかに実行すべきだ
2009年8月11日
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090811/173802/

全国知事会は8日、自民、公明、民主3党の総選挙マニフェスト(政権公約)のうち地方分権にかかわる政策を採点し、その結果を発表した。合計点は、公明党が66.2点、自民党が60.6点、民主党が58.3点となった(採点結果http://www.nga.gr.jp/news/saisyuu090808.pdf)。

 こうした結果の発表に至るまで、僕はテレビ番組や全国知事会主催の公開討論会で地方分権の議論に参加した。それらをとおして感じたのは、分権改革の中身が問われているにもかかわらず、本質をわかっていない議論が多すぎるということである。

地方分権改革と道州制の議論を混同するな

 最近とくに目につくのは、分権改革と道州制を混同した議論だ。自民党が「道州制基本法を早期に制定し、2017年までに移行」とマニフェストに入れたことをきっかけに、道州制が分権改革と関連づけられるようになっている。

 しかし、霞が関の権限や財源を地方に移すのが分権で、道州制という「入れ物」ばかりを強調すれば、国の出先機関がそのまま道州組織になるだけだ。出先機関を温存した国主導の行政体制になる危険性が高い。

 僕は2日の「サンデープロジェクト」(テレビ朝日系列)に出張先の静岡県浜松市から中継で出演し、道州制論議の危うさを指摘しておいた。同番組では、橋下徹・大阪府知事、中田宏・横浜市長、河村たかし・名古屋市長、そして司会の田原総一朗氏とともに、「地方分権で日本を変える!」をテーマに議論を交わした。
田原氏 猪瀬さん、地方分権にはどういうメリットがあるんですか。

猪瀬 
霞が関の権限が地方に移ると、財源も移ります。そうすると、自治体が経営体として自主性をもつことができるようになる。そこが一番大事だと思うんですね。小泉内閣では道路公団の民営化をやりました。株式会社にしたら決算が重視されますから、そこでガバナンスが働きます。それから郵政を民営化して、60万人いた国家公務員を33万人に減らした。27万人は、株式会社のガバナンスの世界に移ったわけです。残る33万人のうち21万人が国の出先機関という形で地方にいる。県や市と二重行政になっているこの21万人を、税財源と一緒に地方に移せば、地方がひとつの経営体としてガバナンスが働くことになります。

田原氏 
橋下さん、大阪は地方分権はいいんだけど、大阪府と大阪市は仲が良くない。

橋下知事 
今まではそうでした。これからは道州制を目指しますので、10年後に大阪府を解消するというビジョンでいまどんどん整理をしています。

中田市長 
道州制の前に、基礎自治体に権限を移していった方がいいと思うんですね。一番国民に近いのは基礎自治体ですから。

猪瀬 
まず、霞が関の権限を都道府県に移し、都道府県の権限を市町村に移すことです。いきなり道州にして移すと、道州が国の出先機関になって終わってしまう。地道に具体的に権限を移していくことが大切です。最近の議論はどうしても道州に偏りすぎている。地方分権改革推進委員会の具体的な権限移譲の項目をまず片づけてから、道州制の話をしないとだめですよ。

政党との公開討論会で政策の中身を見極める

 地方分権改革は、道州制のような「入れ物」ではなく、具体的な権限移譲が盛り込まれているかどうかが重要だ。ただ、マニフェストに書かれている抽象的な内容だけでは、その点を評価することは難しい。公開討論会で各党に直接疑問点をぶつけることで、政策の中身が具体的に見えてくる。

 7日には、東京・永田町の憲政記念館で、全国知事会主催の「地方分権改革に関する公開討論会」が開かれた。自民党、民主党、公明党のマニフェストを採点するために、各党の代表者、知事、市長など、総勢200人以上が出席した。報道関係者も多数訪れた。

 壇上には、各党から、菅義偉・自民党選挙対策副委員長、山口那津男・公明党政務調査会長、玄葉光一郎・民主党分権調査会長、知事会の政権公約評価特別委員会から、古川康・佐賀県知事、山田啓二・京都府知事、橋下徹・大阪府知事、さらに、全国知事会会長の麻生渡・福岡県知事、全国市長会会長の森民夫・長岡市長がならんだ。

民主党は地方分権委員会の審議を踏まえてやってほしい

 まず壇上の出席者との間で討論が行われたあと、フロアにいる知事、市長から各党に対して質疑が行われた。フロアからはトップバッターとして僕が立ち、次のような議論を交わした。

猪瀬 
地方分権改革推進委員会で勧告したことについて、きちんとやっていただければ問題はないんです。そこで、少し自民党の菅さんには反省してもらいたい。勧告で明記した3万5000人の出先機関の削減がまったく進まず、工程表に載せられなかった。今回はどうするのか、明らかにしてほしい。

菅・自民党選挙対策副委員長 
今回は正式にマニフェストに書いた。たとえば、義務づけ・枠づけの見直しについても、勧告に沿った4076項目という数字を具体的に入れている。地方分権一括法を2009年度中に国会に提出し、成立するとまで書いています。すべてそこはしっかりやらせてもらう。

猪瀬 
玄葉さん、民主党は「行政刷新会議」をつくると書いていますが、地方分権改革推進委員会は2年間いろいろと審議して、80回250時間くらいやっている。そういうものをきちっと踏まえてもらえば、問題の解決の仕方はあるんです。その蓄積をどういうふうに判断してもらえるのかお聞きしたい。

玄葉・民主党分権調査会長 
地方分権改革推進委員会の勧告以上のことをやりたいと思っています。地方分権改革推進委員会の方々には、本当に心から敬意を表したいですが、いろんな抵抗があって後退しているんじゃないかというのが基本的な私の認識です。いままでの議論の蓄積はさまざまな形で生かしますし、義務づけ・枠づけの見直しのように象徴的な事例については、政権獲得後速やかに勧告を待たずにやりたいとすら思っています。ただ、地方分権改革推進委員会をそのままの形で残していくのが、さらに深堀りしたい私たちにとって本当に良いかどうかは考えなければならない。決して地方分権改革推進委員会の議論をおろそかにするという意味ではないが、より政治主導の体制をつくりあげなければならないと考えています。

猪瀬 
地方分権改革推進委員会の委員は国会同意人事で、民主党も賛成して決まっています。地方分権改革推進委員会の審議を踏まえてやってほしい。それから、遅くなるのだけは困るんです。新しく見直したりして、いろいろやっていくうちに来年再来年にならないようにしてもらいたい。少なくとも地方分権一括法は、来年3月までに成立させることになっている。その締め切りが遅れていくようなことになれば、結局喜ぶのは霞が関の官僚ですよ。

「行政刷新会議」をつくれば改革が進むというのは幻想だ

 自民党はマニフェストで権限財源の移譲を書いているけれども、実際の自公政権では、国道河川の移管はほとんど「ゼロ回答」で進まなかった。政権与党として、菅さんから反省の言葉は聞かれなかった。反省なくして、本当の地方分権はありえない。

 一方の民主党は、マニフェストに「出先機関全廃」などと簡単に書いているが、地方分権改革推進委員会の勧告を実現する方が先だ。「行政刷新会議」や「国家戦略局」という組織をつくれば改革が進むというのは幻想である。マジックのように出先機関が消えるわけではないのだから、地方分権改革推進委員会と霞が関との真剣勝負の議論を踏まえてほしい。

 総選挙では、本当に分権改革が実現できるか、その本気度が問われている。知事会によるマニフェスト採点結果に甘んずることなく、各党には地方分権政策をブラッシュアップしてもらいたい。空疎な言葉だけで、信用しない。

第2名神の「凍結解除」はちょっと待った
直轄負担金が生じないから「つくってくれ」では安易すぎる
2009年4月28日
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090428/149767/

大阪府の橋下徹知事が、「猪瀬さんを論破してこい」と府の職員を送り込んできた。道路公団改革で実現した第2名神高速道路の凍結区間について、大阪府は凍結解除を要求している。

「猪瀬が反対しているからつくれない」

 第2名神高速道路は、三重・四日市市と神戸市を結ぶ高速道路である。凍結区間は、大津JCT(滋賀県大津市)~城陽JCT(京都府城陽市)の25キロと、八幡JCT(京都府八幡市)~高槻JCT(大阪府高槻市)の10キロの、あわせて35キロとなっている。

 なお、城陽JCT~八幡JCTの4キロについては、京奈和自動車道と第2京阪道路をつなぐ道路ということで、建設は凍結されていない。

凍結区間と並行して、名神高速道路の瀬田東ICから大山崎JCTまで、京滋バイパスという有料の国道が通っている。この京滋バイパスが、実質的な「第2名神」だ。「第3名神は要らない」と僕が言ったら、建設推進派は「新名神」なんて名をつけた。

 4月20日、橋下知事は「新名神」の凍結区間について、金子一義国土交通相に早期着工を陳情した。21日には、大阪府都市整備部の技監や交通道路室道路整備課長ら4人の職員が、僕のもとを訪れた。

説明は受けたが、太田房江前知事の頃から大阪府は「つくれつくれ」と言ってきた。今回も同じ話の繰り返しである。
 太田前知事は「猪瀬さんが凍結だと言っているが、あれは勝手な言い分」と言っていた。橋下知事も「猪瀬さんの主張を封じ込めるように頑張っていきたい」と同じ言い方をしている。

 大阪府の職員から「猪瀬が勝手に反対しているからつくれない」と吹き込まれているのではないか。第2名神高速道路の凍結区間が決められた経緯を知らない橋下知事が、それを信じてしまった可能性もある。
国交省から引き出した「着工しない」という文言

 1987年に国会の全会一致で決められた高速道路の最終的な予定路線は1万1520キロである。3~4年ごとに開かれる国幹会議(国土開発幹線自動車道建設会議)で、高速道路の目標値は、1万1520キロを目指して段階的に引き上げられてきた。高速道路の区間、工事費用、車線数、設計速度などは、国幹会議で決められる。

 1999年には、目標値が9342キロになった。また、9342キロのうち未開通の2000キロを作るのには、20兆円かかるとされていた。第2名神高速道路の凍結区間35キロの建設費は、この時点で1兆600億円だった。
 道路公団改革は、費用対効果の観点から高速道路計画を見直し、コストをできるだけ削減して、無駄な道路はつくらないことを目指していた。

 2003年12月に、政府与党枠組み合意によって、高速道路の「抜本的見直し区間」が設定された。小泉首相は「9342キロ全部はつくらない」ということを繰り返し発言した。

 道路1本1本についてコスト計算をして、無駄をなくし、20兆円の建設費を10.5兆円にまで削減することができた。また、第2名神高速道路の35キロについては、36%のコストカットをして、建設費が6800億円になった。これは改革の成果である。

 ただ、コストカットをしても、そもそも必要のない道路をつくるわけにはいかない。35キロの凍結は、2006年2月7日に開かれた国幹会議で決定された。「主要な周辺ネットワークの供用後における交通状況等を見て、改めて事業の着工について判断することとし、それまでは着工しない」という文言を国交省から引き出した。

 役所が決めた仕事で「着工しない」という文言が出たのは初めてのことである。留保条件をつけてあっても、結論に「着工しない」という文言が入っていることが重要だ。そういう文言が入っていれば、諫早湾の干拓事業だって、あのように無理矢理実施されることはなかった。

 にもかかわらず、国幹会議の翌朝の新聞は、「民営化骨抜き」(朝日新聞)「道路公団改革骨抜き」(読売新聞)「改革形骸化」(日経新聞)「改革、中途半端」(毎日新聞)と、型通りの見出しが打たれた。全国紙にとっては、地方の高速道路は所詮他人事だから、言葉が軽いのである。

 一方、ひとつひとつの情報が生活とかかわり合う地元紙は、正確に伝えようとしていた。本当に第2名神高速道路がつくられるのか、つくられないのか、見きわめる情報が地元では求められる。京都新聞は、「第2名神判断先送り」「猪瀬氏 造らないと解釈」「京滋の知事『残念』」と、いく通りも見出しを打って、実像に迫ろうとしていた。

実際に車で走って、混雑していないことを確かめた

 第2名神高速道路の全面着工を望む関西経済界からは、「猪瀬さんは現場を見ていない」(当時の秋山喜久・関西経済連合会会長)と言われた。当時の太田知事も、高槻JCTの東側にある天王山トンネルについて「混み合っちゃう」と指摘して、「京滋バイパスも満杯なんです」と言っていた。地元自治体も、天王山トンネルを渋滞の名所として挙げていた。

 そこで、僕はテレビ局と協力して、実際に高速道路を走って交通量の調査を行った。2006年4月29日の読売テレビ「ウェークアップ」で、その模様が放映された。この番組のビデオを、先日、副知事室を訪問した大阪府の職員にも見せた。

 番組では、水曜日の昼過ぎに、高槻JCTから天王山トンネル、大山崎JCT、そして京滋バイパスを実際に走ってみた。

 まず、天王山トンネルでは、当日は雨が降っていたにもかかわらず、渋滞は発生していなかった。上下8車線になっているので、非常にスムーズに流れている。日本の高速道路でも、ここが一番広い区間である。

 総工費130億円の大山崎JCTは、実際に走ってみるとその巨大さはまるでSF映画のセットのように空中に孤を描いており、圧倒される。ここまで大げさにつくる必要はない。明らかにお金をかけすぎている。こういうところにも、コスト意識のなさが表れている。

 京滋バイパスもガラガラだった。スタジオでも、「京滋バイパスは盆・正月の一番混んでいるときでも空いている」という話が出ていた。大阪府知事も関西経済界も、ここをちゃんと走って確かめたのだろうか。

 建設推進派は、瀬田東ICから草津JCTのあいだも渋滞するから、第2名神高速道路が必要だと主張する。しかし、片側5車線になっていて、その区間もボトルネックにはならない。

住民は借金の早期返済と料金値下げを期待している

 2010年3月には、京滋バイパスから枝分かれして大阪・神戸方面へ抜ける、上下6車線の第2京阪が開通する。さらにネットワークはスムーズになる。

 これだけスムーズに流れているところへ第2名神高速道路をつくっても、交通量が増えるとは思えない。大阪府職員は「費用対効果が高く、つくる価値がある」と主張するが、京滋バイパスや第2京阪がある以上、もう1本つくることによる便益はほとんどないとしか考えられない。

 第2名神高速道路は民間会社(西日本高速道路株式会社)の事業なので、直轄負担金は発生しない。高速道路の利用者からの料金収入で、建設費をまかなっていくことになる。

 高速道路には直轄負担金が発生しないから、第2名神高速道路をつくってくれと言っているのだとしたら、あまりにも安易である。そういう安易な発想で、これまでも腕力の強い有力政治家の地元に高速道路がたくさんつくられてきた。四国と本州を結ぶ橋が3本もあるのもそのためだ。

 現在、直轄負担金を廃止すべきだという流れが強まっている。たしかに直轄負担金に明細がないのは問題だが、直轄負担金があることで、道路をつくる場合に自己責任原則が働いてきた側面もある。

 地元の自民党議員、民主党議員、府知事、関西経済界は、第2名神高速道路の全面着工を要求してきた。しかし、彼らは住民目線ではない。声なき声は、新たな投資よりも借金の早期返済と料金値下げを期待している。

 無理に着工せず、浮いた6800億円を借金返済や料金値下げに回せばいい。利用者である国民が得をすることが最大の便益なのだ。この場合は、直轄負担金があるかないかではなく、費用対効果を考えて判断したほうがわかりやすい。