2010年2月28日日曜日

【新聞記事】 産経新聞(高橋昌之の小沢一郎論)

産経新聞・高橋昌之

 最近、いろんな方から「民主党の小沢一郎幹事長が夏の参院選までに幹事長を辞めるかどうか」ということをよく聞かれますし、マスコミでも話題となっているので、今回はそれをテーマに書きたいと思います。私の結論を先に言えば、「辞めない」と思います。これは私の願望ではなく、取材に基づいた見通しですので、あしからず。
小沢氏の進退問題をめぐっては、いわゆる反小沢グループとされる前原誠司国土交通相や渡部恒三前衆院副議長らが、夏の参院選までに幹事長を辞めるべきだという趣旨の発言をしているのに対し、鳩山由紀夫首相は幹事長続投で参院選に臨む考えを示し、民主党内ではこの問題がくすぶり続けています。これを受けて、マスコミや国民の間でも「参院選までに小沢氏が幹事長を辞めるかどうか」が話題になっているわけです。
 「参院選までに辞めるのではないか」とみている方の根拠は大体、次の通りでしょう。小沢氏は資金管理団体の政治資金規正法違反事件で、不起訴となったものの、報道機関の世論調査では「小沢氏は幹事長を辞めるべきだ」との意見が、おおむね7割を超えています。また、これと連動するように鳩山内閣の支持率も下落しています。このため、小沢氏は参院選への影響を避けるため、辞めるだろうということです。
 また、小沢氏は昨年5月、やはり西松建設の違法献金事件後、「衆院選で政権交代を果たすため」という理由で、党代表を電撃辞任しており、今度の参院選に向けても、選挙で勝つためだったら辞めるのではないかとの見方もあります。
 しかし、先ほど述べたように、私が小沢氏周辺を取材した結論は「辞めない」ということです。まず、第1に小沢氏は事件について、自らの潔白を主張していますが、幹事長を辞めると「やましいところがあるからだ」と必ず言われます。この観点からも「辞めない」と思います。
 第2に参院選に向けて小沢氏がどう考えているかです。ある小沢氏周辺は「鳩山内閣の支持率下落は小沢氏の問題だけではなく、鳩山由紀夫首相の偽装献金事件や政権の迷走ぶりも影響している。大体、小沢氏の問題をめぐっては事実無根であっても、あれほど『不正なカネをもらった』という報道がされれば、世論調査で厳しい結果が出るのは仕方がない。世論は今が最悪の状態で、今後は国民の理解も進んでいくだろう」と、逆風は参院選までに改善されるとの見方を示しています。
 小沢氏も22日の記者会見で、長崎県知事選敗北について「私自身の不徳の致すところで、それ(事件)が決してプラスの要因に働いたはずはない」と事件の影響を認めながらも、「自民党に勝つようになるには、個々の議員は有権者との信頼関係を一層強め、どのような状況下でも、有権者の支持を得られる民主党にならなくてはいけない」と述べました。
 これらを考えると、小沢氏は事件の影響は参院選までに沈静化するとみていて、さらに影響をなくすべく参院選対策に全力を挙げる考えとみられ、そのためにも幹事長を続投すると思います。
 第3に、昨年5月の党代表辞任と今回は、同様には考えられないということです。小沢氏は昨年の西松事件の際に自らの進退については、「党代表、総理といったポストには何の関心もない。ただ、衆院選で勝てるかどうかを物差しにして判断したい」として、事件の責任うんぬんではなく、衆院選を判断基準とする考えを表明、その後、まさにその理由で辞任しました。
 党代表や首相というポストに何の関心もないというのは、小沢氏の本音で、そういうポストはどちらかといえばやりたくないのではないかと思います。ただ、選挙の指揮は、自民党田中派時代から選挙の実務をこなし、精通してきた自分にしかできないと考えているでしょう。その証拠に昨年5月に党代表を辞任した後は、選挙担当の代表代行に就任して、選挙対策に専念しました。今回はまさに選挙の指揮をとる立場の幹事長というポストです。それを投げ出すことはしないと思います。
 第4に、小沢氏が辞任すれば、同様に「政治とカネ」の問題で追及されている鳩山由紀夫首相の立場はどうなるか、ということがあります。小沢氏が辞めれば、「小沢氏は辞めたのに、鳩山首相は辞めないのか」という声が必ず上がってくるでしょう。そうなれば鳩山首相を余計、厳しい立場に追い込むことになり、それこそまさに参院選に悪影響を与えてしまいます。そのことも小沢氏の念頭にはあると思います。
 第5に、小沢氏の政治目標は何かということです。小沢氏は常々、「政権獲得はあくまで手段。その後にどういう政治をやるかが目的だ」と語ってきました。参院選で民主党が単独過半数を獲得すれば、衆参両院を単独で制する「本格政権」になります。その後こそ、小沢氏が自らが信じる政策を断行できる、つまり政治目標を達成できる態勢ができるわけです。
 小沢氏は現在、鳩山政権発足時に鳩山首相との間で「政府は鳩山、党は小沢」という仕切りに応じ、「政府の政策には口を出さない」ことにしています。私はそもそも議院内閣制において、与党の幹事長が「政府の政策に口を出さない」というのはおかしなことだと思いますが、小沢氏としては参院選までは選挙対策に専念したいという思いもあり、そういう仕切りに応じたのでしょう。
 ただ、参院選の結果、本格政権になれば話は別です。小沢氏は与党の幹事長として、政府の政策にも積極的に関与していくだろうと思います。小沢氏には何としてもやり遂げたいと思っている政策があるからです。代表的なものは次の3つです。

 ひとつは納税者番号制度の導入による所得、格差の是正。さらに医療、年金制度を確立したうえで、消費税を廃止し、社会福祉目的を創設して、将来不安をなくすとともに公平な税制を確立することです。これらは直接税中心という国際的にはいびつな日本の税制を見直すことになり、将来的には日本経済の安定、回復、財政再建につながるものです。

 小沢氏は平成6年の細川護煕政権時に、「国民福祉税」導入を目指しましたが、連立を組んでいた社会党などの反発にあい、挫折しました。今もこの社会福祉目的税導入による社会福祉制度の確立は、何としても成し遂げたいと考えていると思います。

 2つ目は外交・安全保障政策の確立で、小沢氏の持論は「自立した外交」、「世界平和に貢献する安全保障」です。「日米中は正三角形であるべきだ」というのは一種の比喩(ひゆ)で、米国とも中国とも日本が「自立した国」として付き合うべきだということで、何も中国重視、米国軽視というわけではなく、そうならないと米中間さらには世界の中で日本の外交的価値がなくなってしまうと考えているのだと思います。

 安全保障については、凝縮すると現在の憲法9条の解釈を見直して、自衛隊を海外に派遣するための一般法を制定することです。自衛隊の海外派遣は国連平和維持活動(PKO)以外は、インド洋、イラク派遣がそうだったように、時限立法の特別措置法で行われてきました。これらは現在の憲法解釈を見直さないという範囲内でやむをえず行われてきたものですが、小沢氏は「場当たり的だ」と批判してきました。

 小沢氏は、国際的な平和活動、いわゆる集団安全保障については憲法9条は否定していないとして、新たな解釈を行い、自衛隊を海外に派遣するための原理原則、たとえば国連決議があることや、国会での議決などの手続きなどを一般法として定め、積極的に国際貢献をしていく態勢を作りたいと考ええているようです。

 3つ目は官僚政治を打破して真の政治主導を確立すること、そしてさらに政権交代可能な政治システムを構築することです。鳩山政権発足以降、事業仕分けなど政治主導の試みが始まっていますが、まだ形式的で内容を伴っているとは言い難い面があり、これを本格的なものにしたいと考えていると思います。

 また、政権交代可能なシステムというのは、仮に民主党政権が本格政権になったら、自らの政権党という立場を失いやすくするものですが、小沢氏が掲げてきた「政権交代可能な政治」とは、政治には常に国民が求めれば政権交代が起きるという緊張感が必要だという主張に基づくものです。

 政権が長期化すれば腐敗しやすいものです。私も自民党政権がそうだったように、民主党政権が半永久的政権になってしまう政治システムのままだと、やはり腐敗、堕落する可能性があると思います。政権交代可能な政治にするためには、衆院は選挙区中心として比例代表を廃止または縮小する、参院は「良識の府」として都道府県代表と有識者、専門家で構成されるように衆参両院の選挙制度を改めることなどが考えられます。

 この3つ以外にも、小沢氏がやりたいと考えている政策には、長期的には憲法改正、道州制導入といった抜本的な地方分権などもあるでしょう。これらについても道筋をつけたいというのが、小沢氏の「政治目標」で、夏の参院選はそのための「政治決戦」と位置づけていると思います。

 こうしたことを考えてくると、私の結論は「小沢氏が幹事長を辞めることはない」となります。最初に書いたように前半の「幹事長を辞めない理由」は、私の「願望」ではなく、「取材に基づいた分析」です。ただ、後半の「参院選で本格政権になったら、小沢氏は何をやろうとしているのか」という部分は、小沢氏に批判的な方々からすると、「小沢氏を持ちあげすぎではないか」と思われるかもしれません。

 確かに後半部分は「民主党政権が本格政権になったら、小沢氏にやってほしいこと」という私の「願望」が入ってしまいました。ご了承ください。ただ、小沢氏が何としても参院選で勝って本格政権を作り、自らが信じる政策を断行したいと考えていることは、間違いありません。

 小沢氏はマスコミでも「鳩山政権の最高実力者」と書かれるように、民主党の中心的存在であることは否定しがたい事実です。私は昨年の衆院選前のコラムで「衆院選は小沢氏に政権を任せるかどうかの選挙」と書きましたが、その意味で夏の参院選は「本格的に小沢氏に政権、つまり国民生活を任せるかどうかの選挙」になります。それだけにムードに流されることなく、小沢氏の理念、政策をよく見極めて判断してほしいと思います。