2010年5月17日月曜日

【司法】 最高裁の人事統制のカラクリ

ヒラメ裁判官を生む人事統制のカラクリ
2010 年 5 月 17 日 魚住 昭
http://uonome.jp/read/940

先日、拙宅に分厚い資料が届いた。元大阪高裁判事の生田暉雄弁護士(香川県弁護士会所属)から送られてきたもので、こんな手紙が添えられていた。

「最高裁の人事統制がおかしな裁判、不当判決の原因で、怨嗟の的になっています。最高裁はこの統制で浮いた金をウラ金にしています。この不正義を正していただきたく、失礼を省みず、書面をお送りする次第です」
 裁判と縁のない読者には何のことだかさっぱり分からない話かもしれない。だが、司法を取材してきた私にとってこんなに嬉しい便りはない。同じ問題を追及する元裁判官がいたんだと躍り上がりたい気分になった。

 経歴を調べると、生田さんは一九七〇年に裁判官になり、九二年に退官。各地の教科書裁判などに関わりながら、最高裁の人事統制のカラクリを解き明かそうと孤軍奮闘してきたのだという。

 なぜ最高裁の人事統制に生田さんがこだわるかというと、そこに日本の司法を歪める根本原因があるからだ。例えば刑事裁判の有罪率99・9パーセントという数字を見ていただきたい。これは検察庁に起訴されたら、奇跡でも起きない限り有罪になることを意味している。

 裁判所は被告に有罪の烙印を押すベルトコンベア装置に成り下がっている。足利事件の菅家利和さんのように冤罪で人生を台無しにされた人や、死刑になった人は数知れないだろう。

 それも裁判官が真実を見ようとせず検察や最高裁の鼻息ばかりうかがっているからだ。
 裁判官は良心に基づいて行動できるよう憲法で手厚く身分を保証されている。その彼らがなぜヒラメ(上ばかり見る)裁判官になってしまうのか。

 生田さんは自らの経験をもとに、その原因は「月給(報酬)」と「転勤」をエサにした人事統制にあると断言する。

「裁判官の報酬は、ある時期から急上昇する者と、停滞したままの者に分かれ、65歳の定年までに『億』単位の差ができます。また『陽の当たる場所』にばかり転勤する者と『ドサ回り』の者とに分かれます。この二つの操作によって正義とは無縁の裁判がまかり通るのです」

 もう少し詳しく言うと、判事の報酬には1~8号の区分がある。8号から4号までは誰もがほぼ平等に昇給する。問題はその先だ。任官後20年を経たころに3号以上に上がっていく者と、4号のまま据え置かれる者とがふるい分けられる。

 4号で地方都市勤務者の年収は1382万円。1号で大都市勤務者は2164万円。その差は800万円近くで、これが10年以上続くと1億円の開きになり、退職時の報酬をもとに算定される退職金や恩給も加えたら莫大な差ができる。

 裁判官にとっては転勤も重大事だ。東京勤務のまま最高裁事務総局・最高裁調査官・司法研修所教官を歴任(三冠王と言われる)して1号に駆け上る者があるかと思えば、地方支部を転々として、子供の進学等のため単身赴任を余儀なくされる者もある。それもすべて最高裁の胸三寸で決まるから、ゴマスリ判決が横行するようになる。

 問題は、こうした裁判官の昇給や転勤を誰がどのような基準で決めるのか、一切明らかにされていないことだ。そのため疑心暗鬼が生まれ、裁判官は余計に保身に走ることになる。

 そのうえで生田さんはさらに重大な指摘をする。

「裁判官を4号から3号に昇給させるための予算配布を受けながら、一部の昇給を遅らせると予算が余る。たぶんそれは年間数億円の裏金になり、学者連中が最高裁批判をしないようにするための工作費になっている」
 この推測は的を射ていると思う。最高裁は日本の伏魔殿である。生田さんの情報開示請求の成果で、その扉が少しずつ開かれようとしている。

 私も微力ながら生田さんのお手伝いがしたい。情報をお持ちの読者がおられたら、是非ご連絡を!(了)
(これは週刊現代5月22日号『ジャーナリストの目』の再録です。一部修正してあります) 

(追記)池田弁護士からの手紙
▼バックナンバー 一覧2010 年 6 月 25 日 魚の目編集部
初めてお目にかかります。弁護士の池田眞規(まさのり)です。
 
「ジャーナリストの目」第21回「日本の伏魔殿最高裁判所人事のカラクリ」を拝読し、早速ご連絡したいと思いながら、遅れてしまって申し訳ありません。

実は、同様な事実を知って、日本の司法の堕落と言いましょうか、後進性と言いましょうか、最高裁の人事権を利用した実に巧妙な全国の裁判官の思想的独裁支配体制に危惧している者として、賛同する趣旨でご連絡を致します。

私が担当した憲法9条関係の自衛隊違憲訴訟である百里基地訴訟、長沼ナイキ基地訴訟、90億ドル戦費支出違憲訴訟などの明らかな憲法違反事件において,長沼ナイキ訴訟の第一審札幌地裁での福島判決を除いて、すべて敗訴し続けた苦い経験を持っています。

この信じられない露骨な許し難い下級審裁判所裁判官の支配体制、つまり憲法9条の適用を拒否する政治的な判決を人事権を利用して強要する支配体制の根本原因を確認出たのは、1980年代にギリシャを訪問し、裁判官を紹介してもらった場所が裁判所内の「裁判官組合」の事務所だったのです。
 
日本の司法の実情からは想像も出来ない裁判官組合とは、私にとって衝撃的でした。私が「裁判官組合の目的は何か」と尋ねたところ、その返事は「司法の独立を守るためだ。

司法の独立は裁判官個人では守れないのだ」と平然と答えられたのには驚きました。彼らに日本の実情を紹介すると「信じられない」という返事。「日本の裁判官は基本的人権はないのか」と不思議そうに尋ねられる始末。

「自分の基本的人権も守れなくて、どうして国民の人権を守れるのか?」というのです。その後、私は、法律家の国際会議でフランス、ドイツ、オランダ、北欧三国の裁判官の実情を知る機会があり、そこで認識できたことは、これらのヨーロッパの主な国の裁判官は「裁判官組合」は常識なのでした。

フランスに至っては、左翼系、右翼系、中立系の3つの裁判官組合があるというのです。その左翼系裁判官組合の役員に最高裁の裁判官がいるのです。ギリシャでは、裁判官の9割は裁判官組合に属しており、「司法の独がを侵害された場合にはどうするか」という私の問いに「ストライキ以外の闘争手段がいろいろある。団体交渉や最近ではデモ行進などがある」というのです。

だから、最高裁が人事権を利用して、3年に一度の全国の裁判官の「人事異動を指示」する制度が固定化して、最高裁の意向に沿わない裁判官、典型的なケースは憲法9条違反の政府の行為に対し違憲判決を出すような裁判官(典型的な例は福島裁判官、伊達裁判官、安倍裁判官)は、容赦なく行政事件や刑事事件担当から外して「地方の家庭裁判所」(いわゆる「ドサ回り」)に配転するという懲罰人事を強行する。

他の裁判官への「見せしめ」なのです。裁判官にとっての最大の関心事は「自分の人事そのもの」です。話せば切りがありません。私は折にふれては在野の法曹に呼び掛けていますが、余り効果はありません。

現在の最高裁の強力な支配体制を崩すには国民的な支持がない限り、困難という現実があります。日本の司法の現状は後進国並みのレベルの低さであることに認識をどう克服するか、という問題であります。魚住さんの問題提起は非常に重要です。日本の司法の堕落は人権救済の貧困に直結しています。
 
 魚住さんの「ジャーナリストの目」でようやく、マスコミに登場してこれたことに感謝します。
私の自己紹介は、インターネットで検索してください。年齢81歳、憲法9条裁判を主に担当、反核法律家協会、国際法律家協会、民主法律家協会、原爆症認定集団訴訟弁護団など。実務はそろそろ引退です。