最近多くの記事が配信をされ、消されていく。魚拓という方法もあるのだが、気がつくと消されている場合もある。
記事を長く残そうとする気が新聞社にはないようだ。
不可能覆し青いバラ 最先端バイオで実現、新たな一ページ
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20091028dde012040006000c.html
この世に存在しなかった「青いバラ」が最先端のバイオ技術で開発され、来月3日から生花店に並ぶ。英語で「ブルー・ローズ」は「不可能」を意味する。自然界にない色だからこそ、人間は作りたがるのか。【鈴木梢】
トラックの花売りが青いバラを荷台に積む。東京・銀座の夜の街角。真っ青なインクを吸わせた人工着色だが、仮初めの恋のイメージからか、酒場に欠かせないという。
バラの品種がいくつあるのか、誰にも分からない。2万5000超とする専門書もあるが、世界で次々に新品種が誕生して把握しきれない。
青いバラは、古くはギリシャ神話に登場する。「千一夜物語」では夢見る恋人の持つ花として用いられ、禁断のイメージを持つ。夢の花を現実に咲かせる試みは、1944年に青系品種「グレイパール」が発表されて熱を帯びた。戦後、青いバラの交配ブームがあり、「開発者のロマン」として全世界が挑んだ。青い色素がないバラは、赤い色素を極限まで薄めるしかない。そのため、どの花も藤色やラベンダー色と表現された。
約30年前に確立した遺伝子操作技術が、新たな可能性を開いた。各国のベンチャー企業などは一獲千金のためこぞって開発競争に参入した。世界初の青いバラを誕生させたのはサントリーだ。90年から遺伝子組み換えの特許を多く有する豪企業と共同で開発してきた。パンジーの青い色素の遺伝子をバラに組み入れ、04年に開発に成功、5年かけて国の承認を得て販売にこぎつけた。
サントリーはキクとカーネーションを青くする事業にも成功している。サントリー植物科学研究所の田中良和所長は「なぜかバラだけが騒がれる」と話す。田中所長は約20年研究を続けた原動力を、「だれもやれなかったことを成し遂げたい」という科学者の気概だという。首元で結んだ青い小バラ模様のネクタイが誇らしさを物語る。
秋はバラの季節でもある。千葉県佐倉市の「草ぶえの丘バラ園」は、現代バラの起源となる原種の保存に力を注ぐ。園内を歩くと品種改良の系譜が分かる。高貴な花とばかり思っていたが、一重咲きもある野生種の素朴さに驚かされた。現代のバラは人間が品種改良を繰り返し、洗練させたものだった。
そもそも、花びらが色鮮やかなのは、花粉を運ぶ虫を引き寄せるためで、人間の観賞眼に応えるためではない。バラに青がないのは、「必要がない」からではないか--。
「花が色素を作るのは、虫に見えやすくするため。鳥の目には赤がよく見える一方、ハチやハナアブには青や白が見えやすい。バラは虫にアピールするため、何らかの理由で白の色素を作るのに全力を尽くしたということでしょう」。バラ園を案内してくれた千葉県立中央博物館でバラ専門の上席研究員の御巫(みかなぎ)由紀さんが、滑らかに説明してくれた。
バラと言えば深紅、という印象が付きまとう。だが、御巫さんは「本来、野生の赤いバラは多くはない。交通信号でも分かるように、人間は赤に反応しやすい。人間が育種して、赤いバラを集めた結果です。イネのように風が花粉を運ぶ風媒花や、虫媒花という言葉がありますが、バラは『人媒花』ともいわれる。人間はバラを求め、バラは人間を必要としてきた」という。
確かに、バラと人間の付き合いは深く長い。栽培の始まりは紀元前とされ、古代エジプトの女王クレオパトラは寝室の床一面にバラを敷き詰めた逸話を残す。
「羽衣」「万葉」など品種を集めた庭が見えた。「ミスター・ローズ」とたたえられた育種家、故・鈴木省三さんの作品という。バラを愛好した鳩山一郎元首相とも交友があり、元首相の妻の名にちなんで「薫子」という品種を生み出した。「青空」というほのかな紫色の品種は、鈴木さんも青いバラを狙っていたことを示している。
青--。群青、エメラルドブルー、濃紺、淡い水色、と思い浮かぶ色は一様ではない。文星芸術大学の小町谷朝生教授(色彩学)は、江戸時代に藍(あい)染めの「ジャパン・ブルー」を世界で流行させた日本は、色の濃淡を味わう豊かな色彩文化があるという。さらに、「海に囲まれた島国の日本は海洋民族で、基底には水の文化がある」と青に親しむ地理的な条件を挙げ、「外国人の青い目に比べ、日本人の茶色の目は青に対して感度が高く、細かく識別できる」と感受性の強さを指摘する。
サントリーは世界で初めて、青い色素デルフィニジンをバラに取り入れることに成功した。しかし見た目は、青みを帯びた薄紫色。花弁の青い色素は95%に達したが、含有率が高いから濃い青になるとは限らないのが生物の神秘だ。御巫さんは「自然界では絶対に起き得ないことを可能にし、どんなにほめても足りない。ただ、まだ美しさで評価できるレベルではない。青色色素が入った可能性を広げ、未来につなげてほしい」と期待を寄せる。
一方、小町谷教授は異議を唱える。「白と黒ほどではないにしても、このバラと青はそれに匹敵するほど違う。海や空の青ができたら、素晴らしいでしょう」
小町谷教授はさらに、人が赤いバラを集めてきた理由を時代と重ね合わせる。「我々は温血動物なので、血の赤を温かいと感じる。赤は太陽の光の領域で活動的、青は陰の領域で非生産的です。赤が注目されたのは18世紀からで、現代の都市生活は赤に傾いていった。人間だけ集めて社会という集団を作っているためで、この現象は先進国ほど顕著です」
「青いバラ」という本がある。ノンフィクションライターの最相葉月さんが世界の育種家の壮大なドラマを01年にまとめた。最相さんが取材を始めた97年、クローン羊のドリーや遺伝子組み換え食品が世間を騒がせており、「時代の転換期、青いバラは象徴的な存在だと思った」と振り返る。最相さんは今、発売を前に感慨を深める。「作り手にとっては、果てしない旅での大きな一歩です。受け止める側には、その時間と途方もなさを知っておいてほしい」
加速度的に進む遺伝子研究。佐倉のバラ園を開いたバラ文化研究所の前原克彦理事長は「青いバラを作った技術に敬意を表しますが、神の領域を侵しているとは思う。医療分野と違い、バラは命にかかわるものではない。だからこそ普通の人間の感覚が問われるのではないか」。世に出る花の真価を問うのは、人間の美意識にほかならない。
「バラ色の人生」。その色を「青」と連想する人はいないだろう。だからこそ人間は不可能に挑み、ロマンを追い求める。
◇理想はヒマラヤの青いケシ
あなたは世界初の「青いバラ」を見て、どんな色を思い浮かべますか。バラにゆかりのある人たちは、「ヒマラヤの青いケシ」が理想と口をそろえる。「幻の花」とされ、花びらは透けるように薄く、澄み切ったブルーは海や空を思わせる。サントリーの「青いバラ」は薄青紫色。香りは花の女王らしく優雅で華やか、緑のすがすがしさが鼻腔(びこう)に残る。価格は1本2000~3000円。青を極める研究は続く。