2009年10月2日金曜日

【財政再建】 日経(見逃されている巨額の財源)

1 官から民への資金の流れは止められない

 現在、日本の家計部門のネットの金融資産は、ほぼ全てが国に吸い上げられています。それが政官の無駄な経費や、費用対効果の小さい公共事業などに使われてきた結果、過去長期にわたって国内総生産(GDP)や家計部門の金融資産が増えないことにつながりました。これに対し民間企業は、いかに効率的に資金を使うかというROE(自己資本利益率)など指標の良しあしで世界の投資家から評価を受けています。民間のお金を民間に回すことは、限られた資金を国全体で効率的に運用することになります。

 すなわち、家計部門の金融資産を官から民へ誘導することが、経済の活性化に大きな役割を果たすことは明らかです。

 ところで、約1400兆円の家計部門の金融資産のうち、公的部門が預かっているお金だけを取り出しても、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に約122兆円、ゆうちょ銀行(郵便貯金)に約180兆円、かんぽ生命は102兆円(出所:2009年日本郵政グループディスクロージャー誌)と、合計で約400兆円以上にのぼります。では400兆円をどう運用しているかを見ると、GPIFでは財政投融資を合わせて86兆円を国債をはじめとする国内債券、ゆうちょ銀行は162兆円を国債・地方債、かんぽ生命は74兆円を国債・地方債で運用しています。合計で80%以上に相当する約322兆円を国債・地方債で運用しているのです。さらに民間とはいえ公的色彩が強い企業年金にも100兆円預けていますが、これも50~60%が国債で運用されていると考えられます。こうした公的部門は、国民の金融資産を吸収して、国債・地方債を消化する機関になってしまった感があります。こうして資金を得た国が、先述のような非効率な運用を続けた結果がここ10年の低成長経済でした。

 いわゆる小泉改革には賛否両論があると思います。特に郵政民営化についての再検証は必要でしょうが、少なくとも民営化によって郵便貯金や簡易保険で集めたお金を民間に返すという視点に限っては、極めて正しいと考えてます。この流れを加速し、公的年金や企業年金の運用も民間企業への還元に回るようにすることこそ、今の日本に最も必要なことだと思います。民主党は政官のもたれ合いによる無駄を省くとの視点を持っているようですが、そうであれば、貴重な国民の金融資産が、国債・地方債を通して安易に無駄な支出に充当されないようにして、国の非効率な予算の膨張を止めることから始めるべきです。

民主党政権になった今こそ、金融経済対策と国民の生活再建のために直ちに見直されて良いものだと考えています。

 厚生労働省の09年度の公的年金の財政検証では、名目運用利回りの目標は4.1%となっています。その前提となる経済状況は物価上昇率1.0%、名目賃金上昇率2.5%となっており、それで現役時代の所得の50%を達成(所得代替率50%)するとしています。目先の経済状況はデフレを脱し切れていないため、これらの前提は保守的なものに見えますので、この経済環境なら4.1%の運用利回りを守る必要はないとの議論もあり得ますが、国債の大量発行が続き、長期的なインフレ懸念が強い中、長期的に見た場合、財政検証の数値が誤りだとは言えません。したがって4.1%という目標は最低限守るべき水準と考えられます。ちなみに前提条件はやや違いますが、日本と同様に成熟社会である欧米諸国でも名目運用利回りの目標値は日本よりはるかに高く設定しています。例えば米国は5.7%(07年信託基金報告書)、カナダは6.8%(04年第21回レポート)、英国では6.0%(00年国民保険基金長期財政見通し)です。日本は06年まで3.2%が目標で、現在は4.1%ですので、これらの諸国より相当に低い運用が許されてきたといえそうです。

 この目標利回りが長期的に達成できない場合、他の条件が一定ならば、当然所得代替率50%は維持できません。長期の話ですので、単年度でこの目標利回りを達成しなければならないということではありません。事実、公的年金の市場運用は07年度が約5兆8000億円、08年度が約9兆7000億円の巨額の赤字となり、今年度第1四半期は株式市場の上昇によって4兆5000億円の黒字に転じました。しかし、収益の絶対額だけではなく、この振れ幅(ボラティリティー)自体もコントロールしていかなければなりません。公的年金運用手法の改善は国民の老後の生活を考えた場合に、一刻を争う課題となっています。

(2)公的年金運用の状況

 現状、公的年金の運用比率は下記の通りです。

・国内債券 70.72%(市場運用51.10%+財投債19.62%)
・国内株式 11.28%
・外国債券  8.35%
・外国株式  8.76%
※09年度第1四半期運用状況より

 GPIFの資産規模は世界の年金基金の中でも圧倒的に大きいことから、マーケット規模の大きい国債での運用が多くなることはある程度自然であると思います。しかし、国債が大量に発行されている中、国債などの債券の価格も将来の(下落方向への)変動が懸念されており、その状況によっては他の運用にも制約をき来たすことになります。そもそも、低利回りの資産を長期に運用する状態が継続すれば、目標運用利回りとの比較で恒常的な逆ザヤになりかねません。

(3)公的年金の運用をPEファンドに向けることの意義

 公的部門が預かる家計部門の巨額の資金を国が吸い上げて非効率な支出に充当されていることがそもそもの構造的な問題です。その典型例が公的年金の運用状況だと考えます。 国内産業の視点に立つと、現状の公的年金の運用では肝心の国内企業に資金が回っていません。すなわち、国内株式での運用は全体のわずか11%程度に過ぎず、後は国と海外企業に資金を回しているのです。

 さらに国内企業にカネが回っている部分についても、年金には自ら企業価値を向上させる機能はないため、せっかくの資金に規律が効かない形になっています。これに対しPEファンドは「ハンズオン」と呼ばれる積極的な経営関与によって、企業価値向上、ひいては経済社会の効率化や活性化、イノベーション(技術革新)の創出といった効果をもたらすことが知られています。仮に年金資金がPEファンドに流入し、PEファンドが企業に投資する形態を取れば、規律が効いた形で企業の再生や価値向上を図り、結果的に日本経済全体に好影響が出てくるでしょう。

 米国においては、年金基金からPEファンドへの投資は極めて活発であり、PEファンドにとり最大の出資者層となっています。米国では1990年代以降のIT(情報技術)革命にPEファンドの一形態であるベンチャーキャピタル(VC)が大きな役割を果たしたことに疑問の余地はありません。米国ベンチャーキャピタル協会の資料によれば、08年時点で上場している企業のうち、過去にVCに支えられた企業から以下の事実が見受けられます。

・米国での雇用規模が延べ1100万人にのぼる
・総売り上げ規模は2.9兆ドルにおよぶ
・売り上げ総額は米GDPの21%に相当する
米国Private Equity Councilによれば、2000年代の産業再編を先導したPEファンドは、企業経営の効率化を達成しながらも全体として雇用を増加させています。つまり以下のようなことが言えます。

・10社のうち8社のPEポートフォリオ会社においてPE投資後に雇用が維持あるいは創出されている
・米国のPEファンドが取り組んだ大型案件において、米国内での雇用が02年から05年に掛けて13%伸びた。同時期の全ての米国大企業の雇用増加は3%程度であったことを勘案すると、PE傘下の大企業の雇用増加率は突出している
・投資時点から2年の間に、投資対象となったそれぞれの業界平均を6%上回る雇用創出実績を残している

 この10年の日本は、GDPも家計部門の金融資産もほとんど増えていません。国が家計部門の金融資産を吸い上げて非効率な支出に回してきたためです。この資金の一部でもPEファンドに回し、企業経営を効率化するとともに、雇用創出を伴う経済活性化に役立てることが非常に重要です。また、目先の経済環境に鑑みれば、PEファンドが経営不振企業の再生や再編を担っていくことこそ、何よりも必要な政策のはずです。

3 PEファンドへの投資は高リスク運用か

 ここまで読んで、公的年金の運用方針を改善し、PEファンドに資金を振り向けることの重要性はご理解いただけたものと思いますが、実現に向けては、まだ大きなハードルが残っています。それはPEファンドに対する誤解です。

 政官の両方に大きな誤解があると思うのは「国民の大事な資産をPEファンドのような高リスクの運用に回すなどとんでもない」「PEファンドなんて敵対的な連中やハゲタカであって、けしからん」といった類(たぐい)の議論です。後者の議論は種類の違う各種投資ファンドの混同によって生じているものです。残念ですが、連載第1回に戻って理解を得ていく必要がありそうです。

 ここでは「果たしてPEファンドへの投資は高リスクで低リターン、すなわち回避すべき運用方法なのかどうか」を検証します。

 当社では公的年金が運用対象としている4資産(国内債券・国内株式・海外債券・海外株式)について、その5年、10年の運用利回りとリスク(変動率=ボラティリティー)を分析し、それとPEファンド(バイアウトファンド)の運用利回り・リスクとを比較してみました。

 図1は株式についてです。日本株の場合、09年3月までの5年間・10年間の日経平均株価のリターン(株価上昇率と配当を合わせたトータルリターン)はいずれもマイナス5%程度と、非常に不振でした。また、米国株も日本円換算では5年保有でマイナス5%、10年保有でもマイナス2%と不振でした。すなわち「株式は長期保有すればリターンが上がる」というのは、日米両国で既に当てはまらなくなりつつあります。リスクも総じて20%以上と高く、割に合わない投資といっても過言ではありません。

日本国債の場合は過去5年、10年ともおおむね2%台、米国債(日本円換算)もともに5%前後のリターンとなっており、リスクも低いことが分かります。しかしGPIFのポートフォリオの大半を占める日本国債は、その運用目標利回りである4.1%を大きく下回っています。

米国のバイアウトファンドのパフォーマンスです。5年保有で14%、10年保有で12%と高いリターンを上げています。リスクも20%程度と小さくはありませんが、株式よりは低い傾向にあります。一般に日本でも当社を含め、ある程度投資実績のあるPEファンドのリターン目標は年率20%程度ですので、このデータは皮膚感覚に合っているように思います。

これらから言えるのはPEファンドへの投資を「高リスク投資だ」と決め付ける風潮は全くの誤りということです。

 なお、専門的になりますので簡潔に補足したい重要な点は、PEファンドとその他資産との相関の低さです。「相関」とは簡単に言えば「1つの資産への投資リターンに対し、もう1つの資産への投資リターンがどれだけ引きずられるか」という指標です。この数値が1であれば「完全に同じ動き」、0であれば「全く関係を受けない」ということですので、低ければ低いほど「リスク分散が効いている」ことになるのです。PEファンドの場合、株式との相関が0.5~0.6、債券とはほとんど相関関係がないとされています。これは同じオルタナティブ(代替資産)投資でも、ヘッジファンドと株式との相関が0.8と高いことと比べても、PEファンドの優位性を如実に示すものです。主要4資産にPEファンドを加えることで運用資産(ポートフォリオ)全体のリスクが大幅に低下する、すなわち「損益の振れが小さくなる」ことを意味しますので、国民の大事な資産を預かる機関こそ、運用リスク回避のためにPEファンドへの投資を行なうことが重要なのです。

4 終わりに

 以上のように、公的年金などによるPEファンドへの投資は家計部門の金融資産を安定的に増大させ、老後の心配を減らす上で避けては通れない重要な手法であるばかりでなく、企業経営・経済の活性化のためにも必要な社会インフラの整備とも位置付けられます。

 連載第23回でも書いたように、世界の主要な公的年金はその資産の10~15%程度をPEファンドに投資しています。典型例として、カリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)は最近、PEファンドへの資産配分比率を14.3%に引き上げると発表ました。

 これにならい、仮に公的年金122兆円の14.3%が振り向けられれば、17兆5000億円がPEファンドを経由して企業に流入することになります。それも単なる受け身の株式投資と違い、企業経営に積極的に参画することで企業を活性化し、産業再編を推進し、新産業を育成するための資金流入で、経済の活性化や企業価値向上を通した株式市場の活性化に大いに役立つはずです。

 公的部門全体が預かる資産400兆円、これに企業年金を加えて約500兆円もの家計部門の資産の14.3%がPEファンドに流入すれば、70兆円以上もの生きた資金が企業に流入することになります。現在の日本の独立系PEファンドの資金規模が全体で2兆円にも満たないのと比べると、劇的な変化です。

 これは荒唐無稽(こうとうむけい)な話でしょうか。日本以外の主要各国のPEファンドへの年間資金流入額をGDP比で見ると以下のようになります。

・米国 3.5%
・英国 1.7%
・スウェーデン 1.3%  (2007年 IFSL Research)

 日本のGDPが約500兆円なので、仮に日本が米国並みの資金流入を目指すとすれば、年間16兆5000億円の資金流入が必要です。今から始めれば5年後には残高が70兆円になっても何ら不思議ではありません。「日本にはまだ実績を重ねたファンドが少ない」など、色々な反論はあるでしょうが、当社を含めある程度の実績がある独立系PEファンド運営チームは何社か存在します。できない理由を並べ立てる前に「まずはやってみる」という政治的な判断が必要だと思います。

 民主党政権になった今こそ、公的部門に滞留し、国が吸い上げて非効率な投資に充当してきた資金の一部を日本の独立系PEファンドへの投資に回し、経済を活性化することが期待されます(余談ながら、独立系ではなく、銀行・証券系のPEファンドは、国民の資産を預ける以上、利益相反の観点から極めて慎重に検討されるべきものだと考えます)。

 「公的年金やその他公的機関の運用資産配分を少し変えるだけで、国債発行も増税もなく、10兆円単位の経済政策の財源が出る」という事実に、もっと政治や国民の目が向けられていいはずだと筆者は思います。


安東泰志
http://bizplus.nikkei.co.jp/manda/ando.cfm?i=20090929mi000mi&p=1