2009年9月22日火曜日

【新聞記事】 産経(新・民主党解剖)

【新・民主党解剖】第1部海図なき船出


16日に発足する鳩山内閣と民主党は、日本をどこに導くのか。国民の期待に応えられるのか、期待外れに終わるのか。内外の注目が集まる中、「スタートラインについたばかり」(鳩山氏)の民主党の「いま」と「これから」を追う。

 ■無人の野行く小沢氏

 8月30日の衆院選大勝利の後、民主党は新政権発足に向け、生みの苦しみを強いられてきた。政権交代を果たしても、大海へと乗り出す「鳩山丸」の船乗りたちは、初心者が多くまだ練達していない。今後も、大波や突風に揺さぶられる試練が待っている。

 「挙党一致態勢、さあこれからだ。そんな決意で党運営は小沢一郎代表代行に仕切っていただき、政府の方は鳩山由紀夫代表に、国民の期待に応えていただく。その確認ができた両院議員総会だった」

 新政権発足を翌日に控えた15日夕の両院議員総会で、小沢氏に近い輿石(こしいし)東(あずま)参院議員会長はこう言い切った。まるで、鳩山、小沢両氏による「二重権力構造」が正式に決定したかのような言い回しだった。

 衆院選で民主党が圧勝し、新人が大量当選した結果、新人の面倒を見た小沢氏を中心とする議員グループは、約50人から150人規模へと膨れあがった。

 小沢氏の影響力はそれまでも党内で突出していた上、鳩山氏が首相、菅直人代表代行が国家戦略局担当相、岡田克也幹事長が外相となりそれぞれ政府に入る。今や党内は、小沢氏がひとり無人の野を行くような様相となった。

 国民に開かれた政党を標榜(ひょうぼう)し、鳩山氏らが平成10年に結成した新「民主党」。非自民の細川連立政権に参加した社会、さきがけ、新進各党など雑多な出自の議員を執行部の強権でまとめる手法は取らず、名の通り民主的な党運営を自任してきた。

 だが、その体質は15年に合流し、この5月まで党代表を務めた小沢氏の下で徐々に変貌(へんぼう)を遂げる。

■明確な力関係

 今回の人事でも、当初は「一人で一気に決める」としていた鳩山氏は党人事は小沢氏に一任し、閣僚人事も14日に小沢氏と会談してわざわざ了承をとった。鳩山氏周辺は「小沢氏に異議はなかったと聞く」と安堵(あんど)するが、小沢氏に批判的な党中堅は「小沢さんが『ノー』といった閣僚人事は決まらないということだ」(中堅議員)と指摘する。

 赤松広隆選対委員長の入閣が決まったのも、小沢氏周辺は「小沢氏が推薦したからだ」と証言する。
 鳩山氏は新政権発足後、党の重要方針を決める「三役懇談会」から岡田氏を外し、小沢氏側近の山岡賢次国対委員長を新たに加えた「党首脳会議」(仮称)を新設する考えだ。

 ここでも小沢氏側に最大限の配慮をした形で、政府の意思決定を内閣に一元化するとした衆院選マニフェスト(政権公約)との整合性が問われるところだ。

 また、鳩山氏は新政権の人事で、小沢氏の幹事長起用をいの一番に決めたが、この場面でも両氏の力関係は明確に表れた。

 鳩山氏が小沢氏に幹事長就任を要請した3日夜、「小沢氏を呼ぶ」と記者団に宣言してから、鳩山氏は小沢氏が到着するまで約2時間も待たされた。周辺は「たまたま連絡が悪かったというのではなく、鳩山氏は選挙後、小沢氏に連絡がとれない状態だった。意思疎通がうまくできていない時期だった」と明かす。

 鳩山氏がはれ物に触るように小沢氏に接するのはなぜか。これより前、小沢氏に近い党幹部は鳩山氏に「議長や閣僚は誰だっていい。だが、(小沢氏以外)幹事長は代わりはいない」と暗に小沢氏の幹事長への起用を強く求めていた。

■前途多難

 鳩山氏は首相就任を翌日に控えた15日、にこやかな笑顔の一方で、どこか苦悩を堪え忍ぶようなこわばった表情も見せた。脳裏には、どんな思いが去来していたのか。

 この日午前、民主党本部で開かれた常任幹事会。鳩山氏は、新首相として直面するさまざまな困難を予期するように、幹部議員らにこう呼びかけた。

 「これから国民が中心となる政治をつくり出していく作業は、大変、前途多難だ。試行錯誤の部分も多いかと思う。苦しいときも一つになって頑張ろう」

 同日夕、都内のホテルで開催された両院議員総会。鳩山氏は、400人超に膨れあがった衆参の所属議員が埋め尽くした会場を見渡して「壮観だ」と述べたが、こうも戒めた。

 「民主党が国民の期待に応えていかなければ、しっぺ返しをくらい、失望感がこの国を覆えば、取り返しのつかないことになる。喜んでいる場合ではない」

 14日に国会内で「敗軍の将」である麻生太郎首相と会談した際も同じだった。「内政、外交、難問山積だと思う。アドバイスがあればたまわりたい」。辞を低くして助言を乞いもした。

 鳩山の双肩には、308議席分の国民の期待と、首相となるプレッシャーが重くのしかかっている。

 ■試金石

 世論調査を見る限り、国民が民主党に求める政策は「脱官僚」と「財政のムダ遣い見直し」であることがはっきりと表れている。

 産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が今月5、6両日に行った合同世論調査で「民主党が実現すべき政策」を聞いたところ、2つの選択肢を選ぶ回答が突出して多かった。

 「政治と官僚の関係の見直し」(87.5%)と「予算の編成や執行の見直し」(87.4%)がそれだ。

 国民の財布に直接響く「子ども手当」が58%、「高速道路の原則無料化」が26・1%にとどまったのと比べると、国民の関心がいかに高いかが分かる。

 「脱官僚依存の政治を興すんだと、みなさんと力強く訴え続けてきた。その言葉を、ただ言葉だけに終わらせてはならない」

 鳩山氏自身、15日の両院議員総会でこう訴えた。立ち止まったり、後退した印象を与えると、国民の期待は反発へと転じかねない。

 党最高顧問の藤井裕久氏は、政権交代の意義についてこう述べている。

 「民主党が政権を取ったら特別会計をやめ、公益法人を整理し、国のムダを省いて財政を再建する。それができなければ政権交代は必要がない」

 鳩山氏自身が強調するように、前途は楽観できない。党内には、自治労など官公労を支持基盤とする議員も少なくなく「脱官僚」や「ムダ見直し」の行方も未知数だ。だが、船はこぎ出すしかない。

 ■人事転々

 閣僚人事では、ドタバタ劇や当てはずれもあった。鳩山氏は閣僚内定者に「外に漏れたら(ポストが)変わるかもしれない」と箝口令を敷いたが、威令は効を表さなかったようだ。

 党内の主流・反主流のバランスをとった陣容も、「サプライズがなく鳩山氏はやはり人事下手」(党関係者)と評価は高くない。

 民主党の仙谷由人元政調会長は15日夜のメールマガジンで、「ただ今、吉報が入りました」と入閣を報告し、直後のメールで「準備中のものが誤って流れた」と訂正する場面もあった。

 「国民新党にとってはパーフェクトの人事をやってもらった。素晴らしい。(私を)郵政見直しの専任の大臣にしたということは、並々ならぬ意気込みを示されたことだ」

 一方、国民新党の亀井静香代表は15日の記者会見でこう語り、自身の郵政問題・金融担当相への起用を歓迎した。郵政民営化に反対して自民党を離党した亀井氏にとって4年ぶりに「リベンジ」というわけだ。

 亀井氏の人事は迷走もみせた。鳩山氏が打診した2種類のポストのうち、防衛相情報だけが独り歩きしたため、防衛省も鳩山氏周辺も国民新党の他議員も、直前まで亀井氏は防衛相と思い込んでいたのだ。
 「みんな悪いなあ。後で慰労するよ」

 亀井氏は15日午後、記者団にこう語り、最後まで自身のポストが定まらなかったことをわびた。

 少子化・男女共同参画担当相などに起用される社民党の福島瑞穂党首は同日午後、「土井ママ」と呼ぶ土井たか子元衆院議長から電話を受けた。

 福島氏「体を張って頑張ります」

 土井氏「体なんか張ったらダメよ。体を大事にして頑張って」

 鳩山連立政権の実像と方向性が、徐々に明らかになってきた。

■縄張り争い

 16日午後6時すぎ、首相官邸。無数のシャッター音が激しい雨音のように降り注ぐ記者会見場に現れた鳩山由紀夫首相は、こう語り始めた。

 「日本の歴史が変わるという身震いするような感激と大変重い責任を負った」

 「鳩山丸」は出航の時を迎えた。だが、新内閣の屋台骨とされ、予算の骨格など政府の基本方針を決める国家戦略局や、国の行政全般を見直す行政刷新会議の実態はどうか。方針が二転三転したり、そもそも定まっていなかったりで正体不明の印象はぬぐえない。

 「個別の予算編成は財務相の専権だと思う」

 藤井裕久財務相は16日朝、予算編成における財務省と国家戦略局の役割分担について、記者団にこう強調した。菅直人副総理・国家戦略局担当相が、平成21年度補正予算の事業執行停止に言及していることを牽制(けんせい)したとも受けとれる。

 戦略局構想は当初、外交ビジョン策定なども行う予定だった。このためか、岡田克也外相も11日の記者会見で次のように指摘し、国家戦略局に枠をはめた。

 「すべてを神のごとく決定していくことはできない。それぞれの役所の所掌事項まで国家戦略局で議論するということではない」

 “見切り発車”感が漂う中、平野博文官房長官は16日の記者会見で「菅氏には起案・企画のスタッフ機能と(各省庁間の)調整機能を持ってもらう」と述べた。だが、これらの調整は本来官房長官の役割だ。

 一方、仙谷由人行政刷新担当相は記者団にこうぼやいてみせた。

 「大臣以外は事務局もなければ部屋もない。自動車もない、秘書官もない。『ないない尽くし』だ」

 ■ブートキャンプ

 16日午後。首相指名を受けた鳩山首相が晴れやかな表情で各党にあいさつ回りをしていたころ、小沢一郎幹事長は党本部の大ホールで険しい表情で新人議員と向き合っていた。

 「1年生の仕事は次の選挙に勝つことだ。政権交代は成し遂げたが、自民党はいずれ復活してくる。とにかく地元活動をやれ!」

 小沢氏がこう一喝すると、初登院の興奮冷めやらぬ約140人の新人議員はいきなり冷水を浴びせかけられ、押し黙った。

 この会合はマスコミを完全にシャットアウト。小選挙区での当選者と、比例代表での復活当選者は完全分離して会合を開き、「小選挙区で勝てない議員は一人前ではない」との「小沢イズム」を徹底させた。

 小沢氏の念頭には、もはや来夏の参院選、そしてその先の衆院選しかない。新人教育にかけるその執念は徹底しており、今後は新人議員を15の班に分け、火曜から金曜までの毎朝、先輩議員が選挙活動や国会運営についてみっちり「指導」する手はずを整えている。

「小泉チルドレン」に振り回された自民党の二の舞を演じたくないとの思いもあるのだろう。民主党では「イチローズ・ブートキャンプ(新兵訓練基地)」とささやかれている。

 ■閣僚も選挙シフト

 民主党の「選挙シフト」は、閣僚人事にもはっきりと表れている。

 平野官房長官、川端達夫文部科学相らは有力労組出身。赤松広隆農水相も労組と縁が深い。旧社会党系議員の優遇も目立つ。社民党の福島瑞穂党首を含め、参院議員4人を登用したのも参院補選や参院選をにらんでの布陣といえる。

 「旧社会党系、旧民社党系がこれだけ入り、組合員はますますやる気になる。参院選を最優先に打ち出したことが分かる布陣だ」

 日本労働組合総連合会(連合)幹部は諸手を挙げてこう歓迎する。

 原口一博氏の総務相起用は、橋下徹・大阪府知事とのパイプや地方票の集票を意識したといわれる。

 政府の政策に労組色が強まることは確実だが、鳩山首相の本意なのだろうか。

 首相はかつて「労組の歴史と役割は否定しないが、政治に対する好ましくない干渉もある。我々自身の中にある労組依存症の体質を改めたい」(平成14年9月11日付読売新聞のインタビュー)と述べていた。すべてにおいて選挙を優先させる「小沢流」が首相に乗り移ってしまったようだ。

 また、今回の組閣は「代表選で岡田氏を支持した人はおおむね外された。論功行賞人事だ」(中堅)という側面もあった。水面下では自民党政権と変わらぬ猟官運動が繰り広げられた。見事に閣僚の座を射止めたある議員は先週周囲にこう公言していた。

 「これでもし入閣がなかったら他の役職なんか就かない。一議員にさせてもらい、何もしない」

  ■お手並み拝見

 「脱官僚依存」と「政治主導」を掲げる割には、ちぐはぐな印象が否めない閣僚人事もあった。

 16日午前、赤松広隆農水相の国会議員会館内の事務所に農政関係議員が呼ばれた。それまで、ほとんど農政畑と縁のなかった赤松氏はこう尋ねたという。

 「自分は党の農水の勉強会(部会)にどんなメンバーがいるのかよく知らないので、どんな人が来ているのか教えてくれ」

 仙谷氏と長妻昭厚生労働相のポストは15日夜に入れ替わった。鳩山由紀夫首相が長妻氏の「どうしても年金問題をやりたい」との意向を汲んだからだ。その結果、自治労の組織内候補である仙谷氏が公務員制度改革を担当するというすっきりしない形になった。

 鳩山首相は平成14年9月の党代表就任時、旧民社グループの中野寛成副代表を幹事長に抜擢(ばつてき)し、「露骨な論功行賞だ」との猛反発を買い、代表辞任に追い込まれた。小沢一郎幹事長の周辺は「鳩山さんは相変わらず人事が分かっていない」と語り、こう言い放つ。

 「小沢さんから見れば『お手並み拝見内閣』だ。どうせ、来年の参院選までの内閣なのだから…。本格政権はそれからだ」

■水面下の策動

 「きょうが政治と行政の仕組みを根本的に変えるスタートの日。後世の歴史家が『素晴らしい日だった』という一日にするために、これから積極的に働こう」

 鳩山首相は16日午前、国会内で開かれた参院議員総会でこう呼びかけた。
 だが、実際には鳩山首相の意向とは関係なく、正式な政権発足前から、それぞれの思惑に基づく動きが活発化している。

 「新政権発足後、できるだけ早く皇位継承の問題があることを伝え、対処していただく必要がある」

 宮内庁の羽毛田信吾長官は10日、記者会見でこう語った。皇位継承権者を男系の男子皇族に限定している、現行の皇室典範改正への取り組みを要請する考えを示したものだ。

 民主党の川上義博参院議員は11日、党本部で小沢氏と面会し、「政権与党になったのだから」と永住外国人への地方参政権付与の推進を要請した。在日本大韓民国民団(民団)のメンバーが同席する中、小沢氏はこう同調したという。

 「自分はもともと賛成であるので、ぜひ、来年の通常国会では何とか方針を決めようじゃないか」

 ともに衆院選マニフェスト(政権公約)にはない課題だ。鳩山首相は16日の記者会見で「国民は政権にさまざまなモノを言ってもらいたい」と呼びかけた。今後は党内外から寄せられる意見や批判だけではなく、様々な要請をうまくさばく手腕も試される。

 ■公務員に争議権

 政権発足から一夜明けた17日、鳩山由紀夫首相が首相官邸に招いた最初の客は民主党最大の支持団体、日本労働組合総連合会(連合)の幹部だった。

 鳩山首相は満面の笑みを浮かべて、高木剛会長、古賀伸明事務局長らと握手を交わし、「最も力強く支援してもらった方々にお越しいただいた」と衆院選での支援に礼を述べた。そして、こう続けた。

 「政権与党となったので、連合の提言や政策にこれまで以上に応えられる」

 同じころ、日本商工会議所は都内のホテルで総会を開催していた。だが、来賓として招待されていた鳩山首相は足を運ばず、メッセージを送っただけだった。

 もともと連合内部では、衆院選までは民主党政権への積極関与論と慎重論とで意見が割れていた。だが、民主党が大勝すると、以後は新政権に対する基本原則がまとまり始めた。

 それは、「(参院選を指揮する)小沢一郎幹事長の支援」、政府・党に対する「人事不介入」、政策には「是々非々」で臨む-の3点。組織決定されたわけではないが、連合幹部らの暗黙の合意として浮かんだ。

 ただ、見返りなしの支援などありえない。連合内では、これまで長年、自民党政権に求めてきたが果たせなかった政策要求の実現に期待が高まっている。

 特に、民主党が衆院選マニフェスト(政権公約)に掲げた公務員の労働基本権回復は連合傘下の自治労の悲願だ。これにより、公務員も民間人と同様に団体交渉権、争議権などを獲得できるからだ。

■どうなる竹島記述

 政権交代を見越して、霞が関の官僚が結論を先送りしてきた案件の一つに「竹島記述問題」がある。

 「ゆとり教育」を全面的に見直す新学習指導要領は、高校では平成25年度から実施される予定だ。ところが、その指導内容の詳細を定めた地理歴史の解説書に関しては「政治問題が含まれるので、策定作業を衆院選後に延ばした」(文科省幹部)というのだ。

 現行の高校地理歴史の解説書は、領土問題について「北方領土などを的確に扱う」と記述するのみで、韓国に不法占拠されている竹島に触れていない。

 一方、昨年7月に公表した中学校解説書は、竹島の記述を盛り込んだが、韓国の強い反発に配慮。「韓国との間に主張に相違があることなどにも触れ…」と煮え切らない表現となった経緯がある。

 当時、鳩山首相は「(竹島の)明記は当然だ」とする一方、小沢一郎幹事長は「(政府が)日本の領土だと言うのなら、日韓で(話し合いを)やるべきだ」と慎重な姿勢で、党内の見解はまとまっていなかった。

 中学校解説書で竹島に言及して高校解説書では触れないというのでは、整合性がとれないが…。

 「文科省だけでは済まず、外務省、官邸も巻き込んだ政治判断になる。対応を間違えれば、新政権の爆弾になるかもしれない」

 関係者はこう予想する。鳩山政権は領土教育にどう取り組むか。「友愛外交」の本質が問われる場面だ。

■飛び出す左派法案

 自民党政権でも検討されたが、「人権侵害の定義があいまい」「救済機関の権限が強大すぎる」などと反対論が強く、提案が見送られてきた「人権擁護法案」が、政権交代で日の目を見る可能性が出てきた。

 民間の言論への公権力の恣意(しい)的介入を許し、表現の自由が制限されると指摘されるが、千葉景子法相は17日未明の記者会見で、こう意欲を表明した。

 「(鳩山首相から)マニフェストの具体化という指示をもらった。人権侵害救済機関の設置の問題で、国際的にみても当たり前の機関だ。ぜひ実現に向けて早急に取り組みたい」

 ただ、民間の保守系シンクタンク、日本政策研究センターの伊藤哲夫代表によると、この民主党版人権擁護法案は「旧政府案よりもっと根本的な問題をはらんでいる」という。

 民主党案は、(1)救済機関は法務省ではなく各省庁ににらみをきかす内閣府の外局とする(2)救済機関は中央だけでなく各都道府県にも設置-など、支持団体である部落解放同盟の主張をストレートに取り入れたもので、旧政府案よりはるかに強力だからだ。

 マニフェストにはないが、結党以来の基本政策である永住外国人地方参政権付与法案や鳩山首相肝いりの旧日本軍の加害行為を調査する国立国会図書館法改正も控えている。今後、さまざまな左派・リベラル法案の“封印”が解かれそうだ。

  
戦略局は手探りで

 鳩山政権が掲げる「政治主導」の成否のカギを握る2つの組織が18日、いよいよ立ち上がった。

 首相直属で予算の骨格を決める国家戦略局の前身「国家戦略室」と、行政の無駄遣いを洗い出す「行政刷新会議」。両組織が入居する内閣府本庁2階ではこの日午後、それぞれのトップの菅直人副総理・国家戦略担当相と仙谷由人行政刷新担当相が、鳩山由紀夫首相とともに感慨深げな表情で看板の除幕式に臨んだ。

 「国家戦略局は財務省より強いんだろ?」。今月上旬、担当相に内定していた菅氏に、与党幹部からこんな問い合わせがあった。菅氏はこう率直に答えた。

 「よく分からないんだ。あれもやりたいし、これもやりたい。手探りでやっていくしかない」
 鳩山首相が戦略局構想を打ち出したのは今年5月の党代表選時だった。だが、その後具体像をまとめないまま衆院選に突入し、組織づくりはこれからなのだ。

 菅氏は17日、首相官邸の副総理室に、側近で政策に明るい加藤公一衆院議員や大塚耕平参院議員らを集め、戦略局の組織づくりについて協議した。だが、両氏は18日、それぞれ所管の異なる副大臣に就任した。

 この協議に出席者した一人は「戦略局に、もっと官僚と対決できる人材がいないとだめだ」とぼやく。

 菅氏は内閣府に属する経済財政担当相も兼務しており、現状は、戦略室の部屋も人員も経済財政担当相の「枠」の再利用だ。戦略局は10月中下旬の臨時国会での法改正を経て正式に発足するが、当面は「暗夜行路」が続きそうだ。

政府VS与党

 鳩山首相は、首相官邸と各省庁との政策調整を戦略相に委ね、従来は省庁との調整窓口だった官房長官は国会対策などに専念させる方針を示している。

 官房長官が各省庁を抑える力を持てたのは、実は各省庁の幹部人事を掌握していたからだ。局長級以上の人事には、官房長官を中心とする官邸の人事検討会議の了承が必要とされる。

 一方、戦略相は人事権という官僚への「切り札」を持っていない。どこまで政策調整で力を発揮できるかは、まだ未知数だ。

 各省庁にとって、国会運営方針を決定し、提出法案を成立させるかたなざらしにするかの生殺与奪権(せいさつよだつ)を握る与党の幹事長の存在は大きい。小沢一郎幹事長は「政府の意思決定に基本的にはかかわらない」としているが、菅氏と小沢氏の意見が食い違った場合、どちらを重視するか。

 「麻生太郎前首相は(大臣を務めた)総務省では人気があるんですよね」。かつて党関係者からこう水を向けられた小沢氏は、即座にこう答えた。

 「そんなもん、カネでも配っているんだろ。オレが(自民党)幹事長のときには、機密費を役所に配って味方につけるのが大変だったんだ」

 冗談めかした発言ではあったが、今回の小沢氏の幹事長就任を聞いて、この関係者は、「小沢氏は鳩山政権でも機密費を握るのだろう」とつぶやいた。

小田原評定

 「あまり(間口を)広げて、小田原評定ということになってもいけない。行政刷新会議(の役割)は監視、調査であり、そこでの再構築の提案だ」

 仙谷氏は18日の記者会見で、刷新会議構成メンバーに各省副大臣を入れるとした鳩山首相の構想に“反旗”を翻した。発言からは、刷新会議を少数精鋭で大胆に大ナタをふるう会議としたい思惑が浮かぶ。

 一方で仙谷氏は、自らの手足やブレーンとなって働く秘書官については大量確保を目指してもいる。

 「3人の事務秘書官を置いてほしい」

 仙谷氏は17日、内閣府のスタッフに対し、こう求めた。麻生政権で仙谷氏と役割が重なる閣僚は、甘利明前行政改革担当相だが、事務秘書官は総務省出身の1人。内閣府は新たに経済官庁出身者から秘書官2人を置く方向で選定に入った。

 仙谷氏は、党政調会長も務め、「切れ者」として首相も一目置くベテラン議員だ。戦略局と同様、これから制度設計を進めなければならない刷新会議を仙谷氏がどうまとめるかで、政府内での政策調整の仕組みも大きく変わる。

 鳩山政権の浮沈を左右する重要ポストに就いた仙谷氏だが、行革や公務員制度改革を担当することに対しては、支持団体の影響を危(き)惧(ぐ)する声も出ている。

 仙谷氏は地方公務員労組で構成される自治労の「協力国会議員」で、全面支援を受けている。自治労関係者は歓迎してみせた。

 「仙谷氏は公務員労組のマインドも理解しているので、やりやすい」

■官僚コントロール

 平成21年度補正予算の一部執行停止方針を決めた18日の閣議。閣僚の一人が「削減だけが表に出ると、経済にマイナスだ」と慎重論を唱えたが、藤井裕久財務相は「削った予算をもっと経済効果があるものに振り向ける。だから削減ではない」と一喝。それ以上の異論は出なかった。

 組閣前、鳩山由紀夫首相は亀井静香郵政改革・金融相(国民新党代表)からこんな忠告を受けていた。

 「財務官僚にこっちを向かせないといけない。財務官僚が『カネがない』と言ったら記者はこぞってそう書く。そうしたら政府は負ける。官僚にそっぽを向かれたら政権は動かない」

 「脱官僚」を掲げて民主党は衆院選に大勝したが、選挙で掲げた政策を実現するには、国の財布を握る財務省とうまくやる必要がある。そう考えた首相は財務省を掌握するため、同省大物OBを大臣に起用する政権絵図を頭に描いた。そして白羽の矢を立てたのが旧大蔵省出身で、細川、羽田両内閣で蔵相を務めた党最高顧問、藤井氏だった。

 首相は7月、政界引退を表明していた藤井氏に会い、「(議員)バッジを着く付けておく意味もある」と説得し、引退を撤回させた。藤井氏も「自由人となるつもりだった自分を衆院単独比例名簿に載せるということはそういうこと(財務相起用)だ」と受け止めた。

 ■面従腹背?

 新政権発足に先立つ今月7日、政権初の予算となる平成22年度予算編成をめぐり、直嶋正行政調会長(当時)と財務省の丹呉泰健事務次官が国会内で会談した。

 丹呉氏「できるだけ早く新政権としての考え方を示していただかないと(年内編成は)日程的に苦しくなります」

 直嶋氏「かなり考え方が違うよね」

 タイムスケジュールを掲げ、予算編成基準を早く出すように促す丹呉氏。牽制(けんせい)する直嶋氏。予算に関する主導権をめぐる心理戦はこの時点から始まっていた。

 「君は小泉純一郎元首相の秘書官だったね。職務命令で務めただけならいい。だが、小泉構造改革を支持してやったのならば次官を辞めてくれ」

 組閣前、藤井氏はあいさつに訪れた丹呉氏にこう迫った。丹呉氏は「職責を務めただけで(小泉構造改革の是非は)関係ありません」とかわした。

 財務官僚は、ときの権力中枢と密接な関係を築くことにたけている。ある官庁の元幹部は20年近く前のある光景を今も鮮明に覚えている。

 上司の急な呼び出しを受け、深夜に都内のホテルの一室に入ると、待っていたのは当時は自民党幹部の小沢一郎民主党幹事長だった。

 「野党対策で、おたくの省の予算を1000億円削ることになった。明日までに案を持って来てくれ」

 小沢氏の背後では、顔見知りの大蔵(現財務)官僚たちがワインを片手に談笑していた。この幹部は役所に飛んで帰ると翌朝までに削減案をまとめた。

 ■小沢シフト

 政権与党の経験がない民主党にあって、小沢氏は財務省を熟知する数少ない議員の一人だ。自民党を飛び出して樹立した細川連立政権で、小沢氏は大蔵省の斎藤次郎事務次官(当時)と組み、武村正義官房長官(同)の頭越しに税率7%の「国民福祉税」構想を推進した。小沢氏は当時、連立8党派の一つにすぎない新生党の代表幹事だったが、大蔵省は「真の権力者」を的確に見抜いていたのだ。

 財務省は今夏の人事で、竹下内閣で小沢官房副長官の秘書官を務めた香川俊介前主計局次長を経済対策を扱う総括審議官に起用、政権交代前から万全の「小沢シフト」を敷いた。

 こんなエピソードもある。7月初旬、民主党の幹部会合。「子ども手当」の実施時期をめぐり、当初案通り平成24年度実施を主張する岡田克也幹事長(当時)と、来夏の参院選を考慮し、1年前倒しを求める鳩山代表らの間で議論は平行線をたどった。

 だが、最後は小沢氏の一言でケリがついた。「財源は、政権を取ったら出てくるもんだ」。この言葉の裏側には、財務省を手兵にできるという自信があるとみるべきだろう。

 鳩山政権は、新設する首相直属の「国家戦略局」で予算の骨格を決める方針だが、予算編成権を手放したくない財務省は「骨抜き」に動く公算が大きい。財務省をどう手なずけ、政治主導を実現するのか。間合いを間違えば、「脱官僚」が看板倒れに終わりかねない。=おわり

                  ◇

 この連載は阿比留瑠比、赤地真志帆、加納宏幸、比護義則、酒井充、宮下日出男、小田博士が担当しました。