2010年1月14日木曜日

【西松事件】 金澤敬(報道メモ)

 消されないように証拠として残しておこうと思う


自民党、小沢氏追及勉強会を開催
2010年1月14日12時11分
http://www.asahi.com/politics/update/0114/TKY201001140209.html?ref=rss4&ref=tv_asahi

ウェブ魚拓:http://megalodon.jp/2010-0114-1256-48/www.asahi.com/politics/update/0114/TKY201001140209.html?ref=rss4&ref=tv_asahi

 自民党は14日、「小沢幹事長政治資金問題勉強会」を党本部で開き、昨年3月の小沢氏の資金管理団体への強制捜査の直前に証拠資料を隠したと月刊誌に実名告白した石川知裕・民主党衆院議員の元秘書らから話を聞いた。元秘書は「石川氏が『小沢先生から何かまずいものがあれば隠せと指示された』と話していた」などと証言した。

<「独裁者」の肖像>西松事件 元秘書の告発/消えた五箱の段ボール(「文藝春秋」2月号)

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「石川議員に頼まれ証拠隠した」 元秘書が自民勉強会で告白
2010.1.14 12:06
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100114/stt1001141117001-n1.htm

 民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入問題で、自民党は14日午前、東京地検特捜部に家宅捜索を受けた小沢氏の元秘書の石川知裕民主党衆院議員の秘書だった金沢敬氏を招き、一連の疑惑に関する勉強会を開いた。金沢氏は「昨年特捜部が陸山会の事務所を家宅捜索する際、石川氏に頼まれ証拠資料を隠すのを手伝った」と証言した。金沢氏は18日召集の通常国会に参考人として出席する考えも示した。

 金沢氏によると、特捜部が陸山会事務所を捜索した昨年3月3日、石川氏から「小沢氏から『チュリス(陸山会事務所が入る都内のマンション)でまずいものを隠せ』と指示があった。手伝ってほしい」と電話を受け、勤務先の札幌市から上京し、同日夜に石川氏と合流した。

 石川氏は「隠せるものは隠したが、自分の衆院議員会館事務所も捜索が入るかもしれない」と話し、翌4日に石川氏の事務所に出向き、鹿島や西松建設などゼネコン関係の名刺や資料を黒いナイロン製のボストンバッグに詰め込んだという。バッグは一度松木謙公民主党衆院議員の事務所に預けたことも明らかにした。

 金沢氏は当時小沢氏の秘書だった樋高剛民主党衆院議員から「陸山会事務所の証拠隠滅工作に加わった」と聞いたことも暴露。樋高氏は「資料が押収されていたら小沢氏を含め全員逮捕だった」と話したという。
 金沢氏は「小沢氏が記者会見で『国策捜査』と訴えられたのは、証拠資料を隠すことができたから。石川、樋高両氏もそう話していた」と述べた。

 金沢氏は今月8日、松木氏から電話で「石川も議員をやっているから」などと証言を自粛するよう要請を受けたことも証言。また勉強会後記者団に対し、石川氏と事件をめぐり電話でやりとりした録音テープを特捜部に提出したことも明らかにした。

 金沢氏は平成20年9月から21年7月まで、石川氏の私設秘書を務めていた


某新聞社記者のブログからの転載

いやあ、昨日、自民党で開かれた民主党の小沢一郎幹事長の政治資金をめぐる勉強会での、小沢氏の元秘書である石川知裕衆院議員の元秘書、金沢敬氏の証言は衝撃的でしたね。月刊文藝春秋の記事も読みましたが、実に生々しい。現時点では、すべてを事実であると鵜呑みにするわけにはいかないかもしれませんが、金沢氏は同様の内容の上申書と証拠テープを東京地検に提出しているそうですし、国会での参考人招致にも応じるといいますから、信憑性は高いのではないかと思います。そこまでやって「嘘でした。間違っていました」では、罪に問われるのは金沢氏の方になってしまいますからね。

 で、この金沢氏の勉強会での証言内容は、今朝の産経の1面(土地問題 隠蔽「小沢氏の指示」 昨年の捜索時 石川議員元秘書が証言)、3面(小沢氏らとのやりとり生々しく 資料出ていたら全員逮捕 地検見逃し礼言うべき=発言要旨)、5面(金沢元秘書が証言 秘書給与ピンハネ疑惑も)と、3つの面にわたって詳細に掲載しています。

 今朝の産経は1面トップでも、旧自由党が政治資金収支報告書上は藤井裕久前財務相に支出したことになっている15億円余の党費が、実際には小沢氏の関係政治団体の「改革フォーラム21」に流れていたという記事を世に問うており、手前味噌ながら読み応えがありました。昨日の自民党勉強会では、ジャーナリストの松田賢也氏は、小沢氏は50億円ぐらいのカネを持っているかもしれないと指摘していたようですが、「小沢ダム」がいま、決壊しつつあるのかもしれません
 そこで本日は、この勉強会後の、金沢氏と記者団のやりとりを紹介します。内容的には、勉強会で話したものの域を出ないものですが、まあ、何かの補足か参考になればと。それは以下のようでした。

記者 自民党の勉強会で証言したが。
金沢氏 勉強会で発言した通り、私が石川氏の方から「小沢先生から指示があり『これから(小沢氏の資金管理団体「陸山会」がある)チュリスに行って、何かまずいものがあったら隠すように』といわれた」と電話があった。間違いない事実だ。
記者 石川氏も小沢幹事長も「法に触れるようなことはしていない」と発言している。
金沢氏 ご自身でやられていることは分かっているので、当然マスコミ対策向けと思わざるをえない。
記者 来週(18日)から通常国会が始まる。自民党からは参考人招致の要求もあるが。
金沢氏 私は要請があればいつでも参ります。石川氏や小沢氏のやっていることを国民の前に説明するのが私の義務だと思っている。
記者 あなたは鹿島についても言及した。小沢氏と鹿島の関係は。
金沢氏 私が石川氏から聞いているのは、西松事件の時、「西松は金額がたいしたことない。何で西松だけ捜索が入るのか」と。折しも昨日捜査が入った。地検は適正な捜査をしていると思う。
記者 それは誰と誰の会話か。
金沢氏 樋高(剛衆院議員、元小沢氏秘書)氏、私、石川氏の会話だ。証拠を隠す車中で、世間話をしていた。その時の会話だ。「こんな西松でやられて、もっと金額の大きい鹿島はやられていないから、そっちはどうなっているんだ」と。「資料を隠せて良かった」という会話も車中であった。その時に鹿島の名前ははっきりでている。
記者 今回は小沢氏の関連団体にも捜査が入っている。
金沢氏 前回は証拠を隠したのだから、今回はきちんとした証拠が出てきて、地検もきちんとした捜査ができると期待している。
記者 一連の動きをちょっとおさらいしてほしい。
金沢氏 昨年3月3日夜(大久保被告の逮捕当日)、私が東京に出てきて石川氏と打ち合わせを行い、翌4日からある程度証拠を隠す行為に及んだ。4日は朝1番で石川氏の議員会館事務所に行き、鹿島の名刺、西松の名刺、西松の政治団体の名刺、ファイルを隠し、(小沢氏に近い)松木謙公衆院議員の事務所に一度預けてから、タクシーでチュリスに行き、そこで段ボールも合わせ、弁護士の南裕史さん(元小沢氏秘書)のところに持って行った。
記者 ファイルには鹿島の名前があったのか。
金沢氏 石川事務所にはあった。チュリスから持ち出したのは分からないが、石川事務所にはあった。
記者 胆沢ダムのファイルもか。
金沢氏 それもあった。完成予想図もあった。
記者 勉強会の中で、松木議員から1月8日に電話(「石川も議員をやっていくんだから、金沢君、この辺でやめておいてくれないか」)があったと話していた。証言を止めさせようという意図を感じたか。
金沢氏 それはそうだ。松木さんからすれば石川はかわいいと思う。やはり賭け麻雀仲間でもある。毎日赤坂の雀荘で賭け麻雀をやっている。メンバーが欠けたら困るということで、私の方にも電話いただいたこともある。松木の電話では恐怖感はないが、民主党がどのような対応に出ても、私の方で引くつもりはない。徹底してこういうとんでもない政権とは戦っていきたい。
記者 小沢氏からの指示とは
金沢氏 小沢代表(当時)から石川氏と樋高氏の携帯電話に電話があった。「まずいものがあったら隠すように」と指示があったということは聞いている。
記者 この内容は録音テープなどないか。
金沢氏 石川氏と私が会話をしている録音テープがあり、それは地検特捜に提出している。手元にない。いろいろ公認する、しないを含め、石川氏と7月10日に2時間くらい私の札幌事務所で話した録音テープがある。ICレコーダーに入っている。
記者 (西松事件などの)証拠隠滅する経緯が触れられているのか。
金沢氏 少し入っている。
記者 どういう話か。
金沢氏 「証拠を隠す場面も立ち会ったのに、公認できないのはおかしいじゃないか」と私が話している。石川氏は「すいません、すいませんと。自分はできるかできないか分からないが、参院が無理なら衆院の方でもう1度小沢さんに話してみます」と話している。私は「そんないろいろやっているんだから、小沢さんにそういうところも含めて押して下さいよ」と。
記者 石川議員が隠滅に触れた箇所は。
金沢氏 多少ある。「金沢さんが言う通り、小沢さんには押します。なかなか小沢先生も手強いので公認が取れるか分からない」と話している。折りをみてテープも全部公表したい。国会で証言を求められたとき、テープを公開するのもいい。地検には、領収書のコピーや石川の行動経緯書などを出している。(了)

 …政界では、よく「秘書とケンカしてはいけない」と言いますが、本当ですね。金沢氏は小沢氏本人ではなく、あくまで石川氏の、それも地元秘書だったわけですから、事件の全体図などは知り得る立場にないでしょうが、こうした部分的な体験談だけでも十分、興味深いものがありますね。フジテレビと産経新聞の次回世論調査は18日に発表されますが、この事件の動向がどう影響してくるのか、あまりしないのか。そして民主党内ではどんな動きが出てくるのか。非常に気になるところです。

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昨日自民党本部で、金沢なる者が石川知裕代議士のことで話をしているが、陳腐なことである。

 私も金沢なる者を知っている。石川代議士の私設秘書と言うが、後援者の一人で、石川事務所の手が足りないものだから、会合等に代理出席していた程度の人物だ。何か仰々(ぎょうぎょう)しく側近と言うべき様な人物ではない。

 おまけにこの金沢氏と石川代議士とは直接のパイプがあった訳ではない。元々は当時の公設第二秘書の江藤氏との人間関係で、江藤氏が金沢氏に「東京に行ってくれ」と頼み、上京したのである。

 石川代議士に東京に呼ばれたと言っているが、石川代議士は呼んではいない。この点でも、石川代議士に呼ばれたと言った金沢氏の発言はウソであると江藤氏は話している。

 おまけに江藤氏は、金沢氏の発言は8割方事実でないと言っていた。ボストンバッグは石川氏の洗濯物を入れていたものだそうである。

 この様な人物が検察に上申書を出しているそうだが、漫画チックな話ではないか。金沢氏がいかなる人物か、時が解決することだろう。

 中傷、風聞で人を貶(おとし)めては、人間として失格である。金沢氏はテレビに出て少々舞い上がっている様な感じだったが、冷静に事態を見つめていきたい。

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全てが明らかになった時に、上の記事に虚偽があった場合には、それなりの法的な処罰は受けなければならない。

2010年1月13日水曜日

【西松事件】 第二回公判

2政治団体「ダミーと思わず」西松元幹部が証言
(2010年1月13日21時23分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100113-OYT1T01250.htm

 準大手ゼネコン「西松建設」から小沢一郎・民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」などへの違法献金事件で、政治資金規正法違反(虚偽記入など)に問われた小沢氏の公設第1秘書で同会の元会計責任者・大久保隆規被告(48)の第2回公判は13日午後も、岡崎彰文・元同社取締役総務部長(68)の証人尋問が行われた。

 岡崎元部長は、同社OBを代表とした二つの政治団体について、「西松建設のダミーだとは思っていなかった」と証言した。

 公判では、大久保被告が両団体を同社のダミーと認識していたかどうかが争点で、審理に影響が出そうだ。

 岡崎元部長は、裁判官の尋問に対し、「二つの団体については、対外的に『西松建設の友好団体』と言っていた。事務所も会社とは別で、家賃や職員への給料も団体側が支払っていた」と説明。前任者に引き継ぎを受けた際にも、「ちゃんとした団体で、問題はないと言われていた」と答えた。

 昨年12月の初公判で、検察側は、同社が信用できる社員を政治団体の会員に選び、会員から集めた会費を献金の原資にしていたと指摘したが、岡崎元部長は「入会は自分の意志だと思う。私自身は、社員に入会を強要したことはない」と述べた。


民主・小沢幹事長の公設第1秘書第2回公判 西松建設元部長「大久保被告と献金方法相談」
(01/14 01:17)
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00169939.html

政治資金規正法違反の罪に問われている民主党の小沢幹事長の公設第1秘書・大久保 隆規被告の第2回公判が、東京地方裁判所で開かれ、西松建設の元総務部長が出廷し、「大久保被告と献金の方法を相談していた」と証言した。

民主党の小沢幹事長の公設第1秘書・大久保 隆規被告は、2つの団体から受けたあわせて3,500万円の献金について、収支報告書にうその記載をした政治資金規正法違反の罪に問われていて、2つの団体が西松建設のダミーと認識していたかが争点になっている。

13日の公判には、西松建設の元総務部長が証人として出廷し、「西松建設本社1階の応接室で、大久保被告が持参した2つのダミー団体の、前年度の献金の実績表をもとに相談し、その後、小沢事務所から請求書が送られてきた」とし、献金額については、国沢幹雄元社長の了承を受けていたと証言した。

また、大久保被告が政治団体をダミーと認識していたかに関する質問では、「記憶にない。わからない」などと話した。
次の公判は1月26日で、大久保被告本人への被告人質問が予定されている。


西松違法献金裁判:窓口役の部長が証言 来月26日結審へ
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100114k0000m040078000c.html

 西松建設の違法献金事件で、政治資金規正法違反(虚偽記載など)に問われた小沢一郎民主党幹事長の公設第1秘書、大久保隆規被告(48)の第2回公判が13日、東京地裁(登石郁朗裁判長)で開かれ、献金の窓口役だったとされる同社元総務部長(68)が証言した。今月26日の第3回公判で被告人質問を行うが、これで実質的な審理は終了し、2月26日の公判で結審する公算が大きくなった。

 公判で元部長は「西松本社に大久保被告が前年の実績を示す表を持ってきて、小沢氏側のどの団体に献金するか割り振りを決め、国沢幹雄元社長に承諾をもらった」と語った。

 大久保被告が担当する前の00年までは、小沢氏側の窓口は、当時小沢氏の秘書だった民主党の樋高剛衆院議員(44)=神奈川18区=だったとも述べた。

 一方で元部長は、検察が西松のダミーと主張する二つの政治団体について「外部の政治団体という認識でダミーとは思っていない」と証言。大久保被告が2団体をダミーと認識していたかは主な争点の一つで、大久保被告は初公判で「あくまで政治団体からの寄付で西松からとは思っていなかった」と起訴内容を否認している。【安高晋】

2団体「対外的には独立」=西松元総務部長の証言続く-小沢氏秘書第2回公判・東京
(2010/01/13-18:21)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2010011300809

 西松建設の偽装献金事件で、政治資金規正法違反罪に問われた小沢一郎民主党幹事長の公設第1秘書大久保隆規被告(48)の公判は13日午後も、東京地裁(登石郁朗裁判長)で続いた。西松側の献金担当者だった同社元総務部長(68)は、献金元の二つの政治団体について「対外的には西松建設と独立していた」などと証言した。

 次回期日は26日で被告人質問が行われる。
 この2団体は、新政治問題研究会と未来産業研究会。元部長は「対外的には西松OBによる友好団体。政治団体として届け出をし、政治資金収支報告書も出していた」と説明した。

 一方、社内的にどうだったか問われると、「事務所も別に借り、給料も別だった。引き継いだときには問題ないということだった」と話した。

 検察官が2団体をダミーと言わないのは株主代表訴訟を恐れているからかなどと聞くと、「ダミーとは思っていなかった。質問は何が言いたいのか理解に苦しむ」と声を強める場面もあった。


西松元総務部長「大久保被告と献金決定」
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20100113-OHT1T00189.htm

 西松建設の巨額献金事件で、政治資金規正法違反の罪に問われた小沢一郎民主党幹事長の公設第1秘書大久保隆規被告(48)の第2回公判が13日、東京地裁(登石郁朗裁判長)で開かれ、西松の岡崎彰文元総務部長(68)が証人尋問で、自身と被告が西松献金の窓口だったと認めた。

 元総務部長は検察側の主尋問で「被告が前年の献金実績表を西松本社に持ってきて、2人で献金額の増減や受け皿の割り振り方を決めた」とし、その上で上司だった国沢幹雄元社長(71)=規正法違反の罪などで有罪確定=らから承認を得た、と証言した。

 一方で献金元の政治団体について「(献金していた)当時は、(西松の)ダミーとは全く思っていなかった」とも証言。

 検察側は、政治団体の会員だった社員の賞与に上乗せ支給する手法で実際には西松が会費を負担していたのではないかと聞いたが、元総務部長は「知らない」と述べた。

 この日の公判では「政治団体は西松のダミーで、原資は西松の資金だった」とする政治団体元代表の供述調書が証拠採用された。26日の第3回公判は被告人質問の予定。

 元総務部長は元社長とともに逮捕されたが、処分保留で釈放され起訴猶予処分となった。

 起訴状では、小沢氏の資金管理団体「陸山会」の会計責任者だった大久保被告は2006年までの4年間、西松からの献金を政治団体からの献金と偽って収支報告書に記入した、などとしている。被告側は「違法な企業献金との認識はなかった」と無罪を主張。

 被告は、陸山会の土地購入をめぐり簿外の資金移動に関与した疑いが持たれ、東京地検特捜部が規正法違反の罪での刑事処分を検討している


大久保被告が献金「実績表」、西松元部長が証言
(2010年1月13日12時22分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100113-OYT1T00631.htm

 準大手ゼネコン「西松建設」から小沢一郎・民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」などへの違法献金事件で、政治資金規正法違反(虚偽記入など)に問われた小沢氏の公設第1秘書で同会の元会計責任者・大久保隆規被告(48)の第2回公判が13日、東京地裁で開かれた。


 検察側証人として、同社で小沢氏側との交渉窓口になっていた岡崎彰文・元取締役総務部長(68)が出廷し、献金を巡る大久保被告とのやりとりを具体的に証言した。

 公判では、陸山会などへ献金していた西松建設OBが代表を務める政治団体「新政治問題研究会」と「未来産業研究会」を、大久保被告が「西松建設のダミー」と認識していたかどうかが最大の争点となっている。

 岡崎元部長は検察側の尋問に、毎年、東京都港区の本社1階の応接室で大久保被告に対応していたと証言。二つの団体から小沢氏側の政治団体への献金の割り振りを記した「実績表」を大久保被告が持参し、それをもとにその年の献金額を決めていたと述べた。

 そのうえで岡崎元部長が「社内で調整します」と言い、後日、社内での検討結果を大久保被告に連絡すると、大久保被告から献金の請求書が送られてきたという。

 大久保被告は2003年~06年、西松建設から陸山会などに計3500万円の献金を受けながら、収支報告書には寄付者を2団体とする虚偽の記載をしたなどとして同法違反に問われている。

 大久保被告は陸山会の土地購入を巡る問題でも同法違反容疑で告発され、今月5日、東京地検特捜部から事情を聞かれている。

「小沢氏秘書と額調整」 献金事件公判、西松元部長が証言
(16:00)
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20100113ATDG1301213012010.html

 西松建設の巨額献金事件で、政治資金規正法違反(虚偽記載など)の罪に問われた、小沢一郎・民主党幹事長の公設第1秘書、大久保隆規被告(48)の第2回公判が13日、東京地裁(登石郁朗裁判長)であり、同社の献金担当だった元総務部長(68)の証人尋問が行われた。

 元総務部長は検察側の尋問に対し「2000年ころに大久保秘書が小沢氏側への献金の窓口になった」と証言。「西松本社で大久保秘書と会い、前年分の献金実績を基に、小沢氏側のどの団体にいくら献金するかを調整していた」とした。その上で献金額などについて、当時上司だった元社長=有罪確定=からの了承を得ていたとした。

 検察側の冒頭陳述によると、大久保秘書は遅くとも02年ころから、元部長に対し、ダミーとされる2つの政治団体名義を含め年間1500万円の献金を依頼していたという。


大久保被告と献金割り振り=西松元総務部長が証言-小沢氏秘書第2回公判・東京地裁
(2010/01/13-12:23)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&rel=j7&k=2010011300048

 西松建設の偽装献金事件で、政治資金規正法違反罪に問われた小沢一郎民主党幹事長の公設第1秘書大久保隆規被告(48)の第2回公判が13日、東京地裁(登石郁朗裁判長)で開かれた。西松側の献金担当者だった同社元総務部長(68)の証人尋問が行われ、献金について「大久保被告が前年の実績表を持参し、割り振りをどうするか打ち合わせた」と述べた。

 元部長によると、献金の打ち合わせは西松建設本社応接室で行われた。大久保被告が持参した実績表には、小沢氏側の献金の受け皿団体と西松側の支出元の一覧が書かれ、内訳をどうするか相談した。

 割り振り案が固まると、元部長は「社内で調整します」と同被告に告げ、上司だった国沢幹雄元社長(71)=有罪確定=らの了承を得た。大久保被告に伝えると、献金の請求書が届いたという。

 小沢氏側の献金の受け皿団体が一つだったのが、小沢氏の資金管理団体「陸山会」など三つに増えたことについて、「先方の要望だったと思う」と話した。

 検察側冒頭陳述などによると、西松建設から小沢氏側へはダミーの政治団体名義などで1997年から2004年まで毎年1500万円の献金が行われた。その後、額を縮小し06年まで続いた。


西松事件公判 『大久保被告と献金調整』 元部長証言
2010年1月13日 夕刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2010011302000219.html

西松建設の巨額献金事件の第2回公判で東京地裁に入る大久保隆規被告=13日午前9時29分

 準大手ゼネコン「西松建設」(東京都港区)がダミーの政治団体を使って民主党の小沢一郎幹事長側に三千五百万円の企業献金をしたとされる事件で、政治資金規正法違反(虚偽記載など)の罪に問われた小沢氏の公設第一秘書大久保隆規被告(48)の第二回公判が十三日、東京地裁(登石郁朗裁判長)で開かれた。西松建設の元総務部長岡崎彰文氏(68)が検察側の証人として出廷し、「大久保被告が献金の窓口だった」と証言した。

 岡崎氏は、政治団体が小沢氏側に献金していた年間千五百万円について「大久保被告と西松本社一階の応接室で献金の割り振り方を打ち合わせ、『案を社内で調整します』と話した」と述べ、事実上、西松側の献金であることを伝えていたことを認めた。

 打ち合わせにあたっては、大久保被告が前年の献金実績表を用意して、西松側の支出団体と小沢氏側の受け皿の割り振り案を決定していたという。岡崎氏は、この案について「上司だった元社長らの承認をもらっていた」と話した。

 また、二〇〇〇年に大久保被告が西松からの献金の窓口となる以前の担当者を問われ、「(小沢氏の元秘書で民主党の)樋高剛衆院議員(神奈川18区)だったと思う」と述べた。

 起訴状によると、大久保被告は二〇〇三~〇六年、小沢氏の資金管理団体「陸山会」と民主党岩手県第4区総支部が西松から受けた計三千五百万円の企業献金を、同社のダミーの政治団体「新政治問題研究会」「未来産業研究会」からの献金と偽って政治資金収支報告書に記載したなどとされる。

 大久保被告は昨年十二月十八日の初公判で起訴内容を否認し、無罪を主張。公判では大久保被告が西松の献金だと認識していたかどうかが最大の争点となっている。献金した側の西松元社長(71)は、政治資金規正法違反罪(他人名義の寄付)などで禁固一年四月、執行猶予三年の判決が確定している。

 一方、陸山会の土地購入をめぐる政治資金収支報告書の虚偽記載問題で、東京地検特捜部は今月五日、大久保被告から任意で事情聴取した。

 岡崎氏の証言について、樋高議員の事務所は本紙の取材に「本人と連絡がつかない」とした。


献金「大久保秘書と決定」 西松建設公判、元部長が証言
2010/01/13 13:00 【共同通信
http://www.47news.jp/CN/201001/CN2010011301000235.html

 西松建設の巨額献金事件で、政治資金規正法違反(虚偽記載、第三者名義の寄付受領など)の罪に問われた小沢一郎民主党幹事長の公設第1秘書大久保隆規被告(48)の第2回公判が13日、東京地裁(登石郁朗裁判長)で開かれ、被告と献金交渉したと検察側が指摘している西松の岡崎彰文元総務部長(68)の証人尋問があった。

 元総務部長は検察側の主尋問に対し、自身と大久保被告が西松献金の窓口だったことを認め「大久保被告が前年の献金実績表を西松本社に持ってきて、2人で献金額の増減や受け皿の割り振り方を決めた」と証言。こうした取り決めについて上司だった国沢幹雄元社長(71)=規正法違反の罪などで有罪確定=らから承認を得た、と述べた。

 弁護側の反対尋問では、献金元を装ったと検察側が指摘している政治団体の収支は詳しく把握していなかったとして「団体側に(献金可能な額を)確認していた」と答えた。

 被告側は「違法な企業献金との認識はなかった」と無罪主張している。

 元総務部長は元社長とともに逮捕されたが、処分保留で釈放され起訴猶予処分となった。

小沢氏秘書、大久保被告の第2回公判
http://www.mbs.jp/news/jnn_4330225_zen.shtml

 西松建設を巡る違法献金事件の裁判で、西松建設の元幹部が「寄付の金額は西松建設元社長に相談して承諾を得ていた」などと証言しました。

 民主党・小沢一郎幹事長の公設第一秘書、大久保隆規被告(48)は、西松建設から違法な献金を受け取り、小沢幹事長の資金管理団体・陸山会の収支報告書に、あわせて3500万円のウソの記載をしたとして、政治資金規制法違反の罪に問われています。

 東京地裁で開かれた2度目の公判で、西松建設の元総務部長(68)への証人尋問が行われ、元総務部長は小沢事務所側への献金について、大久保被告と西松建設本社で打ち合わせを行っていたなどと述べました。

 また「寄付の金額について国沢元社長らに相談し、承諾を得ていた」とも述べ、ダミーの政治団体を使った西松建設からの献金だった実態を証言しました。(13日11:22)

2010年1月12日火曜日

【日米安保】 -INSIDER 1996年12月1日号

 過去(1970~80年代)に、米国政府高官もしくは米軍高官が「駐留なき安保」を口にしたことがある。そのレポートが誰であったのか思い出せないでいる。永井陽之助が「日米同盟を有事駐留」に切り替えていくという構想であり、松下圭一へとつながる時代でもあったと記憶をしている。ちょうどその時代に、米国政府(もしくは軍)関係者が「駐留無き安保」が可能だという記事(レポート)には、驚いたし喜びさえ感じた。
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 96年4月に橋本・クリントンによる「日米安保再確認」宣言があって、それに対する異論というかオルタナティブとして同年9月旧民主党による「常時駐留なき安保」論の大胆な提起があった。それは突拍子もないことでも何でもなくて、米国の国防政策中枢においても"ポスト冷戦"の時代状況への適合と沖縄少女暴行事件の悲惨に象徴される沖縄での過大な基地負担への対応を計ろうとするそれなりに真剣な努力が始まっていた。

 しかしその米国側の動きは、東アジアにおける「勢力均衡=抑止力」という19世紀的な旧思考に足をとられた不徹底なものに留まっていて、沖縄県の「基地返還プログラム」やそれに学んだ旧民主党の「常時駐留なき安保」論は、まさにそこに切り込んでいって、日米が共に"脱冷戦"を果たすよう、日本のイニシアティブで米国を積極的に導いていくことを狙いとしたものだった。

 その意味で、「常時駐留なき安保」論が、ちょっとした思い付きというようなものでなく、96年当時の戦略的思考の磁場の中で思い切って前に出ようとする意欲的な問題提起だったことが理解されなければならない。そのことを示す当時の2つのINSIDER記事を以下に再録する。分量があるが、この問題に真面目に取り組みたい向きには我慢強く読んで頂きたい。

 大事なポイントは、アーミテージが言ったように「朝鮮半島情勢が緩和すれば在沖海兵隊は撤退すべきである」ということで、当時はまだその条件は熟していなかったが、今日ではまさにそれが可能になりつつあるという点である。「常時駐留なき安保」論は今こそ有効で、それこそが鳩山政権の普天間問題の日米再交渉の基礎でなければならない。

米側から沖縄海兵隊撤退説も

 対日安保政策について米政府に大きな影響力を持つリチャード・アーミテージ元米国防次官補が、朝日新聞のインタビューに答えて「沖縄の米海兵隊は朝鮮半島情勢が変化すれば、少数の基幹要員を残して撤退すべきで、日本など西太平洋での米海空戦力の増強でそれを補える。撤退はまだ先でも、その計画作成から実施までは年月がかかるため、その再編成計画にいま取り掛かるべきだ」と、条件付きながらも"常時駐留なき安保"の方向を積極的に推進する考えを明らかにした(96年11月14日付)。<中略>

■アーミテージの提案

 アーミテージは、11月6日にワシントンで開かれた戦略国際問題研究所(CSIS)の「パシフィック・フォーラム」で沖縄海兵隊の撤退計画の作成に着手すべきだと講演した。そのフォーラムは非公開だったが、のちに朝日新聞がインタビューしてその内容を聞き出した。彼は上の引用に続いてさらに次のように述べた。

「単にすぐに撤退せよとは言わない。朝鮮半島問題が解決すれば沖縄の海兵隊はほぼ撤退できる。小規模な中核となる部隊は残るだろう。普天間飛行場の代わりに海上の飛行場を造れば、人員も少なくなる」

「(72年の)沖縄返還後、米当局者が近視眼的で、沖縄では本土の基地ほど騒音問題や地元民との関係に配慮せず、日本政府も関心が薄かった。多数の米兵が沖縄に集中するのは問題であることに同意する」

 ここでは、沖縄海兵隊だけに限定してのことではあるけれども、従ってまた「日本(本土)など西太平洋での米海空戦力」はかえって強化されるような言い方にはなっているものの、沖縄県民にとって圧倒的に大きな比重を占める悩みの種である海兵隊を、一部だけを残して撤退させ必要に応じて再展開させる、まさに"常時駐留なき海兵隊"に転換する方向が明確に指摘されている。

 それだけでも基地問題は大きく前進するが、しかし米政府が一旦、重要部隊の常時駐留なしでも米軍のアジア防衛態勢に支障はないという論理に踏み込んでしまえば、日本側としては、本土も含む他の基地についても1つ1つ、本当に常時駐留が必要なのかを俎上に乗せて交渉していくことに道が開かれる。

 在日米軍基地は、(1)北を向いた対旧ソ連の海洋核戦力の支援機能の名残、
(2)朝鮮半島を向いた大規模地域紛争への前線配備、
(3)アラスカから中東までユーラシア大陸南辺のどこにでも対応する主として海空兵力の戦略投入のための拠点、
(4)日本が侵略された場合の対応----などのいろいろな機能が混然となっているが、このうち(1)はすでに事実上無用となっており、(2)は朝鮮半島情勢が緩和されれば必要がなくなる。

 沖縄海兵隊は日本側としては、主として(2)に対応し、同時に(4)にも対応していると受け止めていたが、アーミテージは(4)については全く考慮していない様子で(それはそうで、今どき日本に大規模上陸侵攻を企てる者があるとはどんな軍事専門家も想定していない)、朝鮮半島の緩和が進めば海兵隊は引けると判断している。(3)については、一定の機能が相当長期にわたって残ることが予測される。

■再確認と再定義

 アーミテージの発言は今のところ個人的なもので、米政府がそのような認識で固まっているとは言えないが、しかしいずれ米側からこのあたりに踏み込んでくることはだいぶ前から予想されたことであった。

 本誌はNo.347(95年10月1日号)でナイ・イニシアティブのスタッフの1人であるマイケル・グリーン防衛分析研究所研究員とのワシントンでの対話の様子を紹介しつつ要旨次のように書いていた。なお当時はクリントン訪日による安保再確認宣言は11月に予定されていたが、のちに延期されて96年4月に実現した。

▼ナイは毎日新聞のインタビューに答えて「日米安保体制を堅持しながら中国や韓国、他の諸国も含めた信頼醸成の場としての多国間協議体を発展させていきたい」と語っていた。そうだとすると11月に予定された日米安保"再確認"宣言は、単に再確認に止まっていいはずがない。冷戦後の東アジアの軍事情勢をどう捉えるか、とりわけ中国の脅威なるものをどこまで実体を伴ったものと見るのか、というところから始まって、中長期的に見た米軍のアジアにおける配置、日本自衛隊の防衛構想の再検討と縮小・再編の方策、そして彼の言う地域的な集団的安全保障の機構についての構想と手順など、広範な問題が検討に上らなければならない。

▼マイケル・グリーンは8月にワシントンで意見交換した際に、ナイ・イニシアティブはその点が曖昧だと私が指摘すると、「11月までが第1段階で、まず安保維持を再確認する。しかしそれは第2段階の始まりであって、そこでは今あなたが言ったような広範囲の問題を"再定義"することが検討されることになろう」と、ナイが二段構えで物事を考えていると語った。

▼しかし日本の政府・外務省はそのようにナイの真意を理解しているとは思えず、単に今まで通りに安保は続けなくてはいけないという後ろ向きの発想しか持っていないのではないか、そうだとすると11月の宣言は何の意味もないではないか、と指摘すると、グリーンは確かに日本の外務省を見るとそういう危険があるが、政治家にはもう少しちゃんと理解している人もいるはずだと期待感を表した......。<中略>

■外務省の迷妄

 ところが当時、日本の外務省は、沖縄の少女暴行事件をきっかけに安保見直しの議論が高まっていることを危惧して「再定義という言葉は安保見直しと受け取られかねない」と、これを再確認のレベルに止めることに躍起となった。その結果、4月の橋本・クリントン会談における日米安保再確認は、何十年も前から言われ続けてきた日米安保の片務性----米国は日本を守るが、日本は米国を守らないどころか、極東での米作戦に協力もしない----を若干改善して、例えば朝鮮有事の際に日本自衛隊が一定限度の支援を行うという、過去へ向かって安保を強化するだけのものとなり終わった。

 本来ここで外務省がやらなければならなかったのは----

(1)直前の米韓首脳会談で提唱された、朝鮮半島の休戦協定を和平協定に格上げするための南北米中の4者会談の枠組みを、次のステップとして日露を加えた6者に拡大させ、さらにそれを北東アジアの包括的な信頼醸成型の多国間安保対話のシステムへと発展させていく展望を示して米国に対して知的イニシアティブを発揮する、

(2)北朝鮮に戦争をやる気を起こさせないための努力を米国任せにしないで、日本としても独自にコメ支援や日朝国交交渉の再開はじめ半島の緊張緩和に役割を求めていく決意を明らかにする、

(3)そうした朝鮮半島の緩和の進展に応じて、日米安保体制とその下での在日基地のありかたの再検討についてこちらからメニューを提示してナイ・イニシアティブの第2段階に積極的に対応する、

(4)その中で特に沖縄については、沖縄県当局が発表している2015年までにすべての基地の返還を実現する「基地返還アクション・プログラム」をカードの1つとして、思い切った対策を要求する......

 といったことであったはずだが、そういった発想のかけらもないままに後ろ向きの再確認と付け足しのような普天間返還でこと足れりとしたのである。

 そのあたりの外務省の思考様式を典型的に表したのが、ナイ・イニシアティブおよび沖縄基地問題の日本側担当者となった田中均=北米局審議官が『中央公論』11月号に寄せた「新時代の日米安保体制を考える」である。

■対米追従の尻尾

 田中は冒頭で、「冷戦思考に基づく安保思考はこのさい捨て去ることがなにをおいても必要」とか「安保体制は未来永劫同一であるといったことはあり得るはずもない」とか、ポスト冷戦への適合の必要性を盛んに主張しているが、実際には彼の情勢認識は冷戦思考を引きずっている。

 彼は「アジア太平洋においても安全保障課題は構造的な変化を遂げている」として「地球規模の戦争の脅威はほとんど存在しない」と指摘しながら、「と同時に、地球規模の戦争の引き金となる恐怖により抑止されてきた局地的紛争の芽は依然として存在するばかりか、むしろこれが顕在化する危険は増えた」と、毎度お馴染みの、ソ連の脅威はなくなったが朝鮮や中国が危ないという"脅威の横滑り"論を展開する。

 これについては本誌はさんざん書いてきているから多くを繰り返さないが、第1に、冷戦時代に旧ソ連が日本に対して直接侵略する危険(それが本当にあったかどうかも実は疑問なのだが)と、朝鮮半島や台湾海峡で内戦が起こった場合に日本が間接的に受ける影響の問題を同レベルで論じるのはデマゴギーにすぎない。後者は基本的に(米国はいざ知らず)日本が軍事力を用いて対処する事柄ではありえない。よく言われる邦人救護やシーレーンへの脅威排除も、日本としては武力を用いて解決する方策を採らないという節度を保たなければならないし、まして難民救援は自衛隊の仕事ではない。

 第2に、局地紛争が顕在化する危険は増えたというのは間違いで、冷戦中も冷戦後もしょっちゅう世界中で行われていた内戦が、米ソが介入しなくなっただけ減って、米ソが管理しなくなっただけ増えているという程度の話で、冷戦後に特に増えたという訳ではない。湾岸戦争は、イラク側から見れば自分の領土であると主張するクウェートに対して行われた作戦であり、それに対して米ブッシュ政権が、サウジアラビアの石油を失うという恐怖心に加えて、ソ連という敵がなくなって困っていたところに都合よく出てきたフセインを"ヒトラーより悪辣な独裁者"に仕立て上げて国威発揚と選挙での再選を狙うという冷戦後遺症的な過剰反応を示したのでおおごとになってしまっただけで、本質的に"最後の冷戦"だった。クリントン政権も含めて米国もまた冷戦時代のマッチョ的な武力信仰から卒業し切れていないために起きている事象を捉えて、冷戦後は紛争が増えるなどと言うのは錯乱である。

 第3に、もっと直接的には田中は、朝鮮半島有事を頭に描いているようだが、それについては同じ『中央公論』のすぐ前に置かれた毎日新聞論説委員の重村智計の「"北"兵士侵入事件の正しい見方」および彼が同誌7月号に書いた「朝鮮半島"有事"はない」が正しくて、「米国はいまや北朝鮮と意思疎通ができる唯一の超大国」として、いかにして戦争を起こさせずに金正日体制を軟着陸させるかを戦略的に追求している。もちろん米国としては、その努力が破綻した場合の軍事的備えをするのは当然で、特にペンタゴンはその万が一の部分を受け持たざるをえないし、その場合に日本を適度に脅してこれまで以上の対米協力約束を引き出せればこんな有り難い話はないと考えるだろう。米国とすれば、北朝鮮との対話ルートを独占して米大企業の北への進出の実績を積み上げる一方で、日本や韓国の頭は抑えて抜け駆けをさせないという二重戦略を採るのが賢明なやり方で、外務省はまんまとそれに乗せられて、極東有事への日本の協力を求められて名誉なことだなどと考えているのである。

 日本としては、そのような米国の対日マインド・コントロールに引っかからずに、特に外務省としては外交面で朝鮮有事を起こさせないような北東アジアの環境を主体的に作り上げていくためのイニシアティブを採らなければならないが、田中の論文にその一番肝心なことは触れられていない。もちろん彼は、多国間の信頼醸成努力は大事だとは言っているが、それも、日米・日豪の2国間安保を基軸にアジア・太平洋における覇権を確保した上で、その補完的な手段として地域安保対話も認めるという米国の認識の枠組みを一歩も出るものではない。

 このような対米追随こそ冷戦思考の尻尾なのである。

■有事駐留はダメ?

 田中は、そのように安保堅持がいかに重要かを述べた後、結論部分では"常時駐留なき安保"を否定して次のように言っている。

「安保環境の一層本質的な整備と日本が米国とのきちんとした役割分担に基づく防衛協力を行い得る体制整備を行わずして、沖縄における海兵隊は不要であるとか、有事駐留がよいといった議論には、日本の安全保障という観点から見れば多くの問題がある」

「その最大の問題点は、合理的根拠がない米軍の撤退は抑止力の低下に繋がることである」

 また有事になれば戻ってくればいいという議論は非現実的で、普段から地形や基地に習熟し訓練を通じて即応能力を高めておかないと、突然本国から派遣しても役に立たないというのである。

 彼が一番言いたかったのはこの部分だろうが、しかしアーミテージが言うように、朝鮮半島危機が緩和されれば沖縄海兵隊は撤退する"合理的根拠"を得るのである。田中が書いているそばから、日本が頼りにしている対米パイプの要人からこういう発言が出てくるというところに、日本の哀れがある。

 朝日新聞96年11月12日付の連載「新政権への視点(下)」は「脱追従外交」と題して次のように述べている。

「日米安保再定義の作業は、日本が米国の要望にいかに沿うかを、外務・防衛官僚のペースで進めただけだった。日本の国益は何か、米国の国益とどこが一致するのか、日米安保は冷戦後も必要かどうかを見直し、日本の役割について『戦略的選択』を行う責任を、政治家が放棄してしまった」

 つまりここでも、従来の発想の延長でしか物事を考えられない"官主導"の外交・安保政策を、世の中の常識によって支配する方向へ転換するという課題が浮かび上がっている。朝日の記事は、「しかし、国会には新しい流れも生まれ始めている」として、"常時駐留なき安保"を選択肢の1つにすることを公約に掲げた民主党の鳩山代表の「米国の発想についていけばいいというのでは、米国から安心されるかもしれないが、それでは尊敬され信頼される国にならないのではないか」という発言を紹介している。

 その通りで、必要なのは、ワシントンと東京を共に不安に陥れた沖縄の大田昌秀知事のように、的確な情報に基づいて大胆に将来を見越した変革プランを提示して、21世紀への知的・政策的イニシアティブを発揮することである。▲


2005年に沖縄海兵隊撤退か----朝鮮半島の緩和が前提

 前号で、日米安保・沖縄協議の陰のキーマンであるアーミテージ元国防次官補の「朝鮮半島情勢が変化すれば、沖縄海兵隊は少数の基幹要員を残して撤退すべきだ」という発言の意味を解析したが、その後も米側重要人物たちによる「朝鮮危機回避=沖縄海兵隊撤退」論が相次いでいる。ワシントンですでに1つのトレンドとなりつつあるこの論調は、決着が迫られている沖縄・普天間基地の代替ヘリポート問題に直接関わりがあるのはもちろんのこと、広く21世紀のアジアの安全保障システムをどう構想するかにも大いに影響がある。

●朝鮮統一は近いかも?

 まずそれぞれの発言とそれをめぐる報道を日付順に列記しよう。

(1)船橋洋一=朝日新聞北米総局長は11月19日付同紙に「日米双方に"海兵隊お荷物"感/海上へリポート案浮上の背景」と題した長いレポートで要旨次のように書いた。

▼普天間返還が難航すると、米軍の日本におけるプレゼンスのあり方への疑問を強めることになりかねない。米国は、日本国内における「米海兵隊をみんなで足蹴にする政治ゲーム」の登場に不安感を募らせた。

▼日米安保堅持派は「駐留海兵隊の数を減らさないことには安保が持たない」と主張し、"駐留なき安保"派は「駐留撤廃の第一歩」との期待を強め、安保破棄勢力は「海兵隊嫌いの感情を利用する安保空洞化」を仕掛け始め、"普通の国"志向の人々は「日本が米軍の肩代わりをする方向に持っていく好機」ととらえた。少なくとも米国の目にはそう映った。

▼自民党、外務省の中にさえ「基地縮小から米プレゼンスの縮小」を求める声が出始め、米国は、日本政府がそれに対し、説得力ある国民教育をしないだけでなく、むしろそれを放置しているのではないかと不安を強めた。

▼が、海兵隊の規模縮小をはじめとするプレゼンスの"合理化"を求める声は米側、それも日米安保を堅持しようとする立場の専門家からも聞こえ始めた。海上へリポート案の源流をつくったウィリアム・オーウェンズ退役海軍大将にしても、それを普天間基地代替案として強く進めたリチャード・アーミテージ元国防次官補にしても、いずれも将来の海兵隊のプレゼンスを考え直さざるを得ない、との点では意見が一致している。「朝鮮半島が統一したとき、いまのままの米軍プレゼンスを維持できるとは思わない。しかし、何らかの形でのプレゼンスを考えたとき、海上へリポートは1つの案として考えられると思う」 (オーウェンズ氏)

▼この間一貫して、米国の究極の関心は米国のプレゼンスのすごみ、ひいては米国の威信の確保にあった。ただ、それは同時に、日本での米軍のプレゼンスと日米安保が、長期的には海兵隊抜きの海軍と空軍主体の兵力構造へと徐々に進化していくことを図らずも指し示しているのかもしれない。もう1つ、沖縄の海兵隊の主たる駐留存在理由である"朝鮮半島有事"シナリオも南北統一の展開次第では、根本的に揺らぐ。沖縄基地問題に携わってきた米政府高官はヘリポートの"寿命"との関連で「朝鮮半島の統一は意外と近いかもしれない」とつぶやいたが、ヘリポートはそれまでの緊急避難措置だ、と聞こえた......

 この最後の部分は1つのポイントで、普天間代替基地の県内建設に難色を示してきた沖縄県の大田昌秀知事が11月23日、「一時的に県内に移設するものの、期限を切って撤去させる方法が可能かどうか検討する必要がある」と語ったのは、沖縄海兵隊撤退が意外に早いかもしれないことを考慮に入れての発言であることは言うまでもない。大田の知恵袋の吉元政矩副知事は8月上旬に本誌のインタビューに答えて「北朝鮮は、5年と言わずもっと早くカタがついて、米海兵隊は2000年までにいなくなると見ている。そんなに早くては我々の(経済自立)計画が追いつかないので、むしろ危機感を抱いている」と、3カ月後の米側からの撤退論の噴出を見越した発言をしていた。当時、外務省の関係者にその見解をぶつけたら「そんな馬鹿な」と言っていたが、情報収集と先の見通しについて外務省より沖縄県のほうがよほど上であることが実証されたことになる。

●元司令官の撤退論

 もちろん、現役のペンタゴン高官の発言は慎重で、軽々に撤退論など口にするはずがない。ジョン・ホワイト米国防副長官は21日、久間章生長官ら防衛庁首脳と東京で会談し、米国が来年取りまとめる4年ごとの国防政策見直しの中で「米軍兵力の近代化や兵力構成について、財政面を含め検討している」と説明し、しかし「日本やアジア・太平洋政策の変更は予想されていない」と強調した。しかし同じ日、米空軍は「地球規模の関与----21世紀の空軍ビジョン」と題した報告書を発表し「2025年までには紛争地帯への空軍力投入は主として米本土から行われるようになり、海外での空軍配備は削減されるだろうとの見通しを明らかにした。これに関連して、ウィドノール米空軍長官は25日、ワシントンで講演し「沖縄の嘉手納基地を含む海外の主要な米空軍基地の閉鎖は短期的には予想されない」と語った(21日および25日ワシントン発時事電)。

 逆に言えば、中長期的には予想されるということで、海兵隊に限らず海外駐留の米軍全体の思い切った本土撤退のシナリオが検討にのぼっていることを示唆している。

 次に注目すべきは朝日の軍事記者=田岡俊次の原稿である。

(2)田岡俊次=朝日新聞編集委員は、23日付同紙のシリーズ「漂う基地」第5回で「撤退論、海兵隊内部にも」と、次のように書いている。

▼クリントン大統領は再選直後から、最優先課題として"均衡予算"を掲げており、国防費の一層の削減が不可避となりそうだ。一方、海兵隊は今後装備の近代化に巨額の予算を必要とする。対艦ミサイルの発達で揚陸艦が陸岸に接近するのが危険となった今日、海兵隊は約90キロの沖合からの発進を可能とする特殊な近代装備を持たないと存在価値を失う。海兵隊司令部は予算増大に期待をつなぐが、沖縄の第3海兵師団参謀もつとめた軍事記者は「海兵隊は一応17万人の維持を言うが、内心では90年初期に一度言われた15万9000人以下まで後退することを覚悟している気配だ」と言う。若手の将校や退役将校の間では作戦や訓練の効率などの観点から、沖縄撤退論を唱える人も少なくない。

▼現海兵隊司令官チャールズ・クルーラック大将の父親、ビクター・クルーラック退役中将(元太平洋艦隊海兵隊司令官)もその1人だ。9月に全米で約60の新聞に載った同中将の論文は海兵将校たちを驚かせた。沖縄は悪天候に強い泊地が乏しく、訓練場も狭い。戦略上もベトナムのカムラン湾かオーストラリアに移る方が良い、との論だ。

▼米海兵隊機関誌「マリンコー・ガゼット」の編集長ジョン・グリンウッド退役大佐は「私も沖縄撤退論者だが少数派。当然多くの将校は現状維持派だ。いまの状況では急激な変化が来年決まる公算は小さいが、見直しの進展次第では、いま考えにくいことが起こるかもしれない」と見ている......。

 さすがに軍事記者は面白いところに目を付けていて、技術的な発展に応じて海兵隊に思い切った予算を付けて最新装備を充実させるか、逆に用済みとして撤退・縮小を進めるかの選択を余儀なくさせていることを指摘している。これに関連して、国防副長官も言及した来年の兵力構成見直しについて田岡は、「5月末までに国防総省による戦略や兵力の見直しが行われると同時に、議会が任命する9人の専門家による再評価も行われ、11月までに最終報告の予定だ」と述べ、その焦点は「従来通り中東と朝鮮半島で同時に大規模地域紛争の起きる場合に備える兵力を保持すべきか否か、だと米国防当局者たちは言う」と書いている。

 推測すれば、来年春までに朝鮮半島の危機回避の枠組みが確立しているとは考えにくく。そうだとすると来年の兵力見直しでは、直ちに沖縄海兵隊撤退の方針が盛り込まれることはない。しかし、逆にその4年後の2001年の見直しの時には、朝鮮の潜在危機が今のまま続いているとは極めて考えにくい。2000年前後に撤退が現実のこととなるという吉元の見通しは、いい線を突いていることになるのではないか。

●2人の大物の発言

(3)マイケル・アマコスト前駐日大使は22日ワシントンで、毎日新聞のインタビューに答えて次のように語った。

▼(4万7000人の在日米軍が将来削減される可能性について)数字自体に特別な意味はなく、安全保障は兵力規模に依拠するわけでもない。調整は可能だ。地域の状況によりけりで、北朝鮮をめぐる問題が解決すれば事態は変わる。

▼それでも東アジアでは日本ほど重要な同盟国はない。特に沖縄県のように大規模な兵力を前進配備する際は、その国や地域の政治的支持に配慮する必要がある。沖縄県民の痛みを除きつつ米国の安保機能の信頼性を保つという2つの課題を両立する必要がある......。

 ここでも、海兵隊を含む在日米軍の削減は朝鮮半島緩和の従属変数であるとの認識がはっきりと語られている。前大使はまた、日米防衛協力ガイドラインの見直しに関連して、「米国は日本が海外で軍事的役割を果たすことなど求めていない。米軍にとっては平時の後方支援が関心事だろう」と述べ、さらに朝鮮有事に当たっても「非武装地帯で軍事衝突が起きるか、大量難民が発生するかなど、危機の種類によって対応は異なる。が、米国民は同盟国に負担を求めるものだ。断定的に言えないが、後方支援分野の貢献が主になろう」と述べている。

(4)ジョゼフ・ナイ前米国防次官補は朝日新聞主催のシンポジウム「21世紀におけるアジアとの共生」に出席し、次のように語った(24日付同紙)。

▼2005年ごろ朝鮮半島から紛争がなくなる。朝鮮半島に米軍が残っているか否かは韓国政府の要請による。朝鮮半島は日本、中国という大国に挟まれている。大国の隣に住む小国は隣国に近づくのを望まず、ほかの大国に頼る。韓国は米国に何らかの形の同盟関係を保険として求めるが(米軍が撤退するかどうかは韓国がその後も)目先の脅威を感じるか、一般的な保険として期待するかによる......。

 このあと、出席者の1人であるリー・クアンユー元シンガポール首相が、米軍を「撤退させるのは、簡単に侵略できるという誤解を招く」として慎重さを要望し、さらに司会の船橋洋一が「米国のプレゼンスが陸から海に出ていく感じがする。普天間基地の代替地も海上ヘリポートになりそうだ」と発言したのに対し、ナイはこう述べた。

▼技術革新が非常に大きな要素となっている。兵員を長距離に展開することは可能になったと一般的にいえる。問題は心理的に安心できるかどうかということだ。これがリーさんの言ったジレンマだと思う。前進基地には2つの役割がある。戦う能力と、戦いを発展させないよう防止するという心理的な安心を与えることだ......。

●台湾海峡の緊張は?

 船橋はシンポの後の印象記で「朝鮮半島の緊張が『来世紀初頭には片付く』(ナイ氏)との見方が支配的になるにつれ、長期的には台湾海峡、つまり中国と台湾の間のアイデンティティと主権をめぐる葛藤が日中、米中、さらにはこの地域全体の緊張要因となるとの予感が広がっている」と述べた。

 問題は2つあって、1つは、確かに朝鮮半島危機は数年中に除去されるという見方は支配的になりつつあるが、それをどう確実にしていくかについての手順と枠組みを米中南北それに日露の間で確定することである。民主党の鳩山由紀夫代表は『文芸春秋』11月号の論文で次のように提唱している。

「まずいわゆる"極東有事"が発生しない北東アジア情勢を作り出していく。それが、沖縄はじめ本土も含めた米軍基地を縮小し、なくしていくための環境づくりとなる。私はそのような条件は次第に生まれつつあると考えている。すでに米韓両国からは、南北と米中の4者会談が呼びかけられている。その会談が成功を収めた後には、さらにそれをロシアと日本を加えた"6者協議"の枠組みへと発展させ、米中露日が見守る中で南北が相互理解と経済交流の促進と将来の統一をめざして対話を継続するよう促すのが現実的である。そして、その6者とは実は、日本海を囲む北東アジアの関係国すべてであり、朝鮮半島の問題だけでなくこの地域の紛争問題や資源の共同管理、多角的な経済交流などを話し合っていく場ともなりうるだろう」

 もう1つは、朝鮮半島が片付いたとしても、まだ台湾海峡が危ないから米軍撤退は時期尚早だという主張が米日にまたがって必ず出てくるだろうが、それをどう見ればいいかである。ナイはシンポの中で「わたしの提案は『台湾は独立を宣言しない』だけだ。そうすれば北京も台湾が国際的な場に出ることを容認できるだろう」と端的に述べている。これは全く正しくて、台湾が独立を強行したときだけ中国は武力を行使するだろう。だからまずそれをさせないことである。それ以外に、今年春のように中国が演習などの名目で軍事挑発を弄び、それが突発的な事態に結びつかないとは言えないが、いずれにしても国際社会は「台湾問題は中国の内政問題である」という原則に立って、徒にこれに軍事介入すべきではない。中国脅威論を過大に騒ぎ立て、米日がそれに軍事力を用いて対処しなければならないかの幻想は早めに除去しておく必要がある。

●戦略欠如の日本

 第2期クリントン政権がこれまで以上に中国に対して"積極的関与"政策を採ることは疑いがない。その関与の意味が、一方では米国が中国と地域安保面まで含めた政治的対話を重視し、さらに中国の軍事建設にも支援の手を差しのべて敵対性を除去していきながら、他方では特にコンピュータ、情報通信をはじめとしたハイテク市場としての中国の潜在性に着目して、対中貿易赤字を解消していこうとするところにあることは、マニラでのAPEC総会で明らかになった。米国の対北朝鮮政策も、そのような対中国戦略とパラレルなもので、米中韓で北を包み込むようにして軟着陸させることをすべてに優先している。そのこともまたマニラでの米韓首脳会談で明らかになった。

 他方、中国はAPEC直後に江沢民主席を初めてインドに送り、国境停戦ラインでの信頼醸成措置の強化について合意を達成した。中国は今年4月には、ロシアはじめ旧ソ連の中央アジア3国との間でも画期的と言っていい信頼醸成協定を結んでいる。他方、ロシアは先のプリマコフ外相の来日を通じて、北方4島の共同開発方式を提唱し、膠着している領土紛争へのバイパスを敷設する努力を見せた。

 北朝鮮も、図們江開発の推進に加えて、最近は、10月28日インドのニューデリーで開かれた国連アジア太平洋経済社会理事会(ESCAP)閣僚会議で決議された、釜山~ソウル~北朝鮮・羅津~シベリア鉄道~欧州と、同じく釜山~ソウル~北朝鮮・新義州~中国~モンゴル~ロシア~欧州という2つの汎ユーラシア横断鉄道の復元構想に事実上同意した。また、韓国の週刊誌が伝えるところでは、9月22日から3日間北京で開かれた「第2回東北アジア天然ガス・パイプライン国際会議」に出席した北代表は、ロシア・イルクーツクのガス田を中心とするシベリアの天然ガスを日本まで運ぶパイプライン計画について、初めて積極関与を表明し、パイプラインを中国経由、北朝鮮から板門店を通って韓国へ抜けるルートで建設するよう強く提案したという。

 東北アジアを1つの面と捉えて、多国間の安保対話機構と経済協力の枠組みを作る条件は熟しているのに日本にその戦略が不在である。▲

2009年12月19日土曜日

【西松事件】 初公判

小沢氏秘書 初公判
2009.12.18 14:13
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/091218/trl0912181415017-n1.htm

 《小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」などの政治資金規正法違反事件で、同法違反(虚偽記載など)罪に問われた陸山会の元会計責任者で小沢氏の公設第1秘書、大久保隆規被告(48)の初公判が18日午後、東京地裁(登石郁朗裁判長)で始まった。西松建設からの企業献金を隠すため、ダミー団体を通して受け取っていたとして起訴された大久保被告。公判前から「やましいことをした覚えはない」などと主張しており、公判では検察側と弁護側が全面対決することになる》

 《大久保被告は今年3月、東京地検特捜部に逮捕・起訴された。当時同党代表だった小沢氏は代表辞任に追い込まれたが、当時野党だった民主党の政権交代の機運が高まっていた時期だったことなどから、同党側や一部マスコミが「国策捜査だ」などと猛反発。小沢氏も「一点のやましいところもない」などと述べている》

 《献金した西松側の公判は、すでに終わっており、国沢幹雄元社長に同法違反罪で禁固1年4月、執行猶予3年の有罪判決が出るなどし、全員の判決が確定。残る大久保被告の公判の行方が注目される》

 《午後1時28分。東京地裁104号法廷には、登石裁判長らと検察官、弁護人双方がそろっている。大久保被告が入廷してくる。濃いグレーのスーツに、ストライプのネクタイ。眼鏡をしている。固い表情で、まっすぐ証言台へ向かい、裁判長の方を見据えて立つ。それを確認して、登石裁判長が開廷を宣言する》

 裁判長「それでは開廷します。名前を確認しますので、名前を言ってください」
 被告「大久保隆規です」
 裁判長「職業はありますか」
 被告「国家公務員です」

《大久保被告ははっきりとした口調で答える。職業は「国家公務員」。衆院議員の公設秘書は国家公務員だ》

 裁判長「では検察官は起訴状を朗読してください」

 《検察官の1人が立ち上がる》

 検察官「被告人、大久保隆規は第1に…」

 《起訴状などでは、大久保被告は平成15~18年、陸山会と民主党岩手県第4区総支部(4区支部)などが、西松から受けた3500万円の献金を、ダミー政治団体から受けたと政治資金収支報告書に虚偽記載したとされる。このうち、平成18年10月ごろ、陸山会で受けた100万円は「政治家個人への企業献金受領」、4区支部で受けた200万円は「第三者名義寄付の受領」に当たるとされる》

 検察官「第2に…」

 《検察官は、第1と第2の2つに分けて起訴内容を朗読していく》

 《これまでの検察側の主張では、西松の不正献金は9年ごろから、岩手県と秋田県の公共工事受注で小沢事務所から「天の声」を得るため行われており、大久保被告は12年ごろから関与したとされる。このうち、虚偽記載罪の公訴時効5年にかからない平成15年以降の3500万円分が起訴された。「政治家個人への企業献金受領」「第三者名義寄付の受領」は公訴時効3年のため、18年10月分だけが起訴されている》

 《公判の争点は、(1)本当に献金を行ったのは西松建設で、「新政治問題研究会」(新政研)と未来産業研究会(未来研)という2つの団体はダミー団体だったのか(2)大久保被告は、それを認識していたのか(3)過去の政治資金規正法違反事件に比べて、悪質性が低いのに起訴している「公訴権の乱用」にあたらないのか-という3点》

 《検察官の起訴状の朗読が終わる》

 裁判官「いま読み上げられた起訴状の内容について、あなたとしてはどうですか」

 被告「事実の第1、第2についても…」

 《大久保被告はここで言葉を飲み込み、黙り込んだ。30秒近い長い沈黙。それからまた口を開いた》

 被告「新政治問題研究会についても、未来産業研究会についても、寄付を受けて、その通りに政治資金収支報告書に記載したものです。検察官は『西松建設から寄付を受けたと知っていた』といいますが、私は、政治団体の寄付で西松建設の寄付とは思っていませんでした。政治資金規正法に違反するとはまったく考えておりませんでした」

 《大久保被告は、はっきりと起訴内容を否認した》

 《大久保隆規被告(48)の罪状認否に続き、弁護人はあくまで政治団体「新政治問題研究会」(新政研)と「未来産業研究会」(未来研)は、西松建設とは別の団体だと主張。「大久保被告が意図的に虚偽記載を行った事実はなかった」という点を強調した》

 《裁判長に促され、大久保被告は被告人席に着席した。続いて検察側による冒頭陳述の朗読が始まった。大久保被告は体の前で軽く手を組み、検察官をにらみつけるようにじっと冒頭陳述の朗読を聞いている。検察官は目を合わせることなく、大久保被告の身上経歴に続き、2つの政治団体が、西松建設のダミーであるとする根拠を指摘していった》

 検察官「新政研と未来研はいずれも政治団体としての実体はなく、西松建設の意思に基づいていた」
 検察官「いずれの団体も平成7年の政治資金規正法の改正により、企業献金に関する規制が強化されるとともに公表基準が厳格化された後も、その名を伏せて政治献金を行うことが目的で設立されたものだ」

 《続いて、検察側は2団体による献金は、西松建設の資金から拠出でされたとの説明を始めた》

 検察官「西松建設は会員名を公表する必要のない会費名目で新政研・未来研名義の献金の原資を調達することとし、幹部従業員のうち口が堅く信用できる者を選んで会員とした」

 「西松建設は政治資金パーティーの対価支払いの名目でも資金を捻出していた。2団体の献金はすべて西松建設が決定し、金額などを指示して振り込み手続きをさせていた。当時、代表取締役であった国沢幹雄らの指示・了承の下で行われていた」

 《西松建設の国沢幹雄元社長(71)は政治資金規正法違反罪などで禁固1年4月、執行猶予3年のすでに有罪判決が確定している。検察側の冒頭陳述は、国沢元社長の初公判で行われた冒頭陳述の内容とほぼ重なっているようだ》

 《続いて検察側は民主党の小沢一郎幹事長側の献金受領の経緯に進んでいった》

 検察官「本件(起訴事実)を含め、平成7年以降に西松建設からの寄付を受けた小沢議員側の政治団体は5団体あった。衆議院議員会館の事務所や赤坂事務所、岩手県内の水沢事務所などの拠点を有していた」

 「赤坂事務所は(小沢氏の資金管理団体である)陸山会のほか、いずれも大久保被告が代表を務める政治団体の主たる事務所であった。赤坂事務所は、小沢事務所の政治献金受け入れ事務のほとんどを取り扱っていた。大久保被告が上司としてこれらの事務を統括していた」

 《大久保被告は、献金の受け皿となる陸山会の「金庫番」だけでなく、岩手県で地盤を守り選挙を取り仕切る「地元秘書」、複数の関連団体のトップという3つの“顔”を持っていたとされ、検察側は民主党の小沢一郎幹事長をめぐる「利権」のキーマンとみている。秘書仲間から「小沢秘書軍団の要」「お目付役」とも評されていた所以(ゆえん)でもある。続いて検察側は、西松が違法献金を始めるようになった過去の経緯を説明していく》

 検察官「小沢事務所は公共工事における決定的な影響力を背景に、ゼネコンに要求して選挙の際の支援や多額の献金をさせていた。岩手県内の公共工事では、昭和50年代終わりころから小沢事務所の意向が、(受注)業者選定に決定的な影響力を及ぼすようになった」

 「小沢事務所はゼネコン各社から陳情を受けて、特定のゼネコンに工事受注の了解を与え、ゼネコンがこれに従って談合をとりまとめるのが常となっていった」

 「ゼネコン業界では、小沢事務所の工事受注の了解が、本命業者を決定するいわゆる『天の声』とされていた」

 《こうした現実があったことから、西松建設は7年、小沢氏側への献金の増額を決定、新政研名義などで計1019万円の寄付を行った-。その結果、さらに岩手県発注のトンネル工事を受注できたため、8年には寄付の額を計2812万円に増やした-。淡々と説明していく検察側。国沢元社長の公判と同様に、献金が「賄賂」に近い性格だったと強調した》

 《続いて検察側は、「天の声」がどのようにして出されていたかの説明に移っていった。大久保被告はここまで、身じろぎ一つせず、検察官から目をそらすことはなかった》

 《検察側の冒頭陳述が続く。小沢(一郎民主党幹事長)事務所が影響力を使って公共工事の受注会社を決める『天の声』を出していたという過去の経緯を説明していく。被告席の大久保隆規被告(47)は、じっと聞いているが、時折、口をすぼめるようなしぐさを見せる》

 検察官「小沢事務所は西松建設側から多額の献金を受ける一方で『天の声』を与え、談合の仕切り役である大手ゼネコンA(公判では実名)に談合をまとめさせ、同社をスポンサーとするJVに工事を落札させていた」

 《検察側は実際に大久保被告が「天の声」を出すようになった経緯を説明していく》

 検察官「大久保被告は平成11年に小沢氏の私設秘書となったが、12年の衆院選で、ゼネコンに工事受注の了解を与える一方、選挙協力や多額の献金を要求する役割を担っていた○○(小沢氏の元秘書)が(衆院議員に)当選したことなどから、後任として役割を継いだ」

 「13年ごろ、大久保被告は年間2千万円程度の献金を小沢氏側に行っていた大手ゼネコンB(公判では実名)から、岩手県立病院工事の受注の了解を得たいと陳情を受けた際、『私が○○さんとチェンジすることになった』と了解を出す役割を継いだことを説明。同社を筆頭にしたJVが約56億円で工事を受注した」

《さらに、検察側は、大久保被告がどのように受注業者に影響力を発揮していたのか、説明していく》

 検察官「16年ごろ、小沢氏側への『献金額を大幅に減らしたい』と申し入れた同社担当者に、大久保被告は『何だと、急に手のひらを返すのか』と怒鳴りつけて拒否した」

 「14年ごろには小沢氏側に年間500万円程度の献金をしていた大手ゼネコンC(公判では実名)に、同社が施工した東京都内のビルの1フロアを『小沢事務所が購入したい』と申し入れたが断られたことから、同社に『この件ではもうだめです。奥座敷には入れさせません』と言った。同社に工事受注の了解を与えない旨を言い渡し、実際、同社は同年中の岩手県発注の工事を受注できなかった」

 「その後、15年に同社に『担当者が代わったわけだし、関係修復を図りたい』『年間2千万くらいお願いしたいのですが』『協力してくれれば、また土俵に上がっていただこうと思います』などと言って、献金額を年間2千万円に増額するよう要求した」

 「同社は、この要求を受け入れざるを得ないと判断して献金を増額。その後、(岩手)県発注のトンネル工事を受注希望した同社に了解を与えた」

 《検察側が立て続けに説明したゼネコンとの具体的なやり取り。しかし、2社だけの話に終わらず、この後もさらに他の業者への“圧力”も明かされた。その上で、西松建設が小沢事務所の「天の声」で工事を受注していく経緯が明かされる》

 検察官「大久保被告は西松建設から陳情を受け、(岩手)県発注のトンネル工事について了解を与えた。同社担当者は、談合の仕切り役だった大手ゼネコンAの元東北支店次長(公判では実名)にその旨を伝え、同社を本命業者とする談合を取りまとめ、同社をスポンサーとしたJVが工事を受注した」

 「その後、大久保被告は同社から(岩手)県発注の遠野第2ダム工事について、受注の了解を得たい旨の陳情を受け、17年ごろ、『よし分かった。西松にしてやる』と了解した」

 《さらに、虚偽記載を行った経緯も説明される》

 検察官「大久保被告が小沢氏の私設秘書となった11年当時、西松建設側からの献金窓口は別の私設秘書が務めていたが、遅くても14年ごろには大久保被告が窓口の役割を引き継いだ」

 「そのころから毎年、大久保被告は西松建設側に年間1500万円の寄付を依頼。どの(政治献金の)受け皿団体に、同社側から新政治問題研究会(新政研)や未来産業研究会(未来研)の名義などでどれだけの金額で寄付を受けるか、元総務部長兼経営企画部長(公判では実名)と打ち合わせていた。(そして)その結果通りに(ダミーの)請求書を作成し、寄付を受けていた」

 《新政研などが実際は、西松だということが、小沢事務所では周知の事実だったということも強調される》

 検察官「12年から13年冬ごろまで、大久保被告の統括のもと、新政研・未来研名義の寄付の受け入れなどの事務に従事していた私設秘書は、政治団体としての実態はなく、実際は西松建設による寄付であることを同僚の秘書に伝えていた」

 「これを聞いたこの秘書は、業務用ノートに『党本部経由寄付(1)西松1500』と記載するなどしていた」

 《検察官は、再度、要点を強調し、虚偽記載を行った動機を説明する》

 「大久保被告は西松建設を含むゼネコンに工事受注の了解を与える一方、影響力を背景に選挙協力や多額の献金を行わせていた。同社は企業利益を得るために新政研・未来研名義の寄付をし、大久保被告は寄付の主体が西松建設であることを認識していた」

 「しかし、収支報告書に真実の記載をして、小沢氏側が特定のゼネコンからの資金提供が問題とされた際、小沢氏や秘書は癒着(ゆちゃく)を強く否定してきた。大久保被告もその経緯を承知していた。新政研・未来研からの寄付として受け入れた上、(小沢氏の資金管理団体の)陸山会などの収支報告書上も、西松建設の名前を一切明らかにせず、虚偽の記載をするしかないと考えた」

 《抑揚のない声で淡々と冒頭陳述書を読み上げる検察官。西松建設が献金を減らし、やめていった経緯を説明する。大久保隆規被告(48)は固い表情のまま、身じろぎもせず検察官を見据えている》

 検察官「平成17年、被告は西松建設本社に西松建設の元総務部長兼経営企画部長(公判では実名)を訪ね、寄付を依頼したが、『うちも厳しいんで今までみたいな金額では対応できなくなりました。ついては金額を減らしてもらえませんか』などと、業績悪化を理由に、新政研・未来研(新政治問題研究会と未来産業研究会)名義による寄付を減額されて欲しい旨の申し入れを受けた」

 「これに対し、被告は『まあ、おたくが厳しいのはそうでしょう。でも急に言われても困ったな』などと難色を示したものの…」 

《検察側は、大久保被告が減額自体を了承したが、減額幅の“歩み寄り”を求めたと指摘する》

 検察官「(被告人は)『急にそこまで減らされるのは困るな。もう少し何とかなりませんか』などと言って譲歩を求め、結局、同年の寄付総額を1300万円とすることで決着し、陸山会、(岩手)第4区総支部及び県連において、西松建設から新政研・未来研名義で合計1300万円の寄付を受けた」

 《平成17年末にゼネコンが「脱談合宣言」をしたことをきっかけに、西松建設が18年で新政研・未来研名義での『献金スキーム』を終了することにしたと指摘。献金終了について大久保被告に連絡をとり、西松建設本社で話し合いが持たれた時のことを説明していく》

 検察官「被告は、元総務部長兼経営企画部長から『うちも金がなくて、いよいよ厳しくなったんでゼロってことでどうですか。申し訳ないんですが、本当にうちも金がなくて厳しいんですよ』などと業績悪化を理由に、新政研・未来研名義の寄付を打ち切らせて欲しい旨の申し入れを受けた」

 《さらに、大久保被告は「いきなり今年で止められるのは困るな」と難色を示し、「今年は500(万円)で」「これを最後ということでお願いします」などと頼み込んだという経緯も、検察側は明らかにしていく。大久保被告は、そのうえで最終的に献金中止を了承したという》

 検察官「このようにして、平成18年は陸山会、第4区総支部及び県連において、西松建設から新政研・未来研名義で合計500万円の寄付を受けた」

 《最後に、検察側は陸山会や民主党岩手県第4区総支部の収支報告書虚偽記入の状況などについて説明。大久保被告は厳しい表情を変えず、検察官をまっすぐ見据えてた》

 《検察側は、大久保被告が元総務部長兼経営企画部長と打ち合わせ、陸山会名義の銀行口座に、ダミー団体の新政研・未来研名義で寄付を振り込ませ、収支報告書にも虚偽記載をしたなどと指摘。第4区総支部でも、同様に収支報告書が作成され、虚偽記載が行われたとした》

 検察官「以上です」

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 《続いて、弁護側の冒頭陳述が始まる。弁護人はときおり傍聴席に目をやりながら、法廷によく通る声で読み上げを始めた》

 弁護人「弁護側が申し述べるのは全部で5点です」

 《弁護側は大久保被告への起訴が無効だと主張する「1番目の理由」として、新政研や未来研名義の献金額が、他の団体への寄付額と比較して、大きくないことを挙げる》

 弁護人「検察官は新政研および未来研が陸山会に対して行った寄付および岩手県連に対して行った寄付が金額という点で突出していると主張するが…」

 「起訴の対象である平成15年から18年までの4年間に新政研および未来研が陸山会などに対して行った寄付金額は合計3500万円であるところ、同じ期間に他の政治団体等が受け取った寄付等の合計金額は約7860万円であって、本件各寄付および岩手県連に対する寄付の金額が突出しているとは決していえない」

 《2番目の理由として、弁護側は、過去の同様事件と今回の事件を比較する》

 弁護人「従前、政治資金収支報告書虚偽の記入をしたとして虚偽記入で公訴提起された裏献金事案は、弁護人の知る限り、ほとんどが1億円を超える事案である」

 《それに対し、弁護側はこれまでの裏献金の事案とは性質がまったく違うなどと主張した》

弁護人「3番目の理由。検察官の本件取り扱いは著しく不平等であって、違法であることです」

 「被告人は本年3月3日の出頭直後に逮捕、勾留され、任意の事情聴取が行われることなく拘束され、捜査差し押さえという強制捜査によって早期に証拠保全が図られた」

 「一方で、新政研および未来研が寄付などを行った他の政治団体などはそもそも捜査対象とされず、不問に付されたままである…」

 《大久保被告の表情は硬いまま。椅子に深くこしかけ、まっすぐと前を見据えたまま身を固めている》

 弁護人「次に、4番目の理由です。検察官が主張する本件の『悪質性』なるものは一切存在しないこと」

 「(検察側は)東北地方には昭和50年代から談合組織が存在し、平成12年6月までは小沢議員の元秘書が、それ以降は被告が、岩手県や秋田県の公共工事に関して、談合組織における受注者の決定権限を有しており、被告はこれを秘匿するために新政研および未来研の名で本件各寄付を行わせた、とのことである」

 「しかしながら、後に述べるように、かかる事実は存在せず、検察官の主張は失当である」

 《弁護側の冒頭陳述が続く。弁護人は時折、左の腰に手を当てながら、廷内によく通る声で読み上げていく。検察官は手元の書類をじっと見つめている。大久保隆規被告(48)は背筋を伸ばし、まっすぐに前を見据えたまま。表情はほとんど変わらない》

 《弁護側は検察が主張する「事件の悪質性」を否定するための具体的な事実を列挙していく。まずは、週刊誌の報道などを挙げ、15年ほど前に検察がこれらの事件の捜査の端緒をつかみながらも、放置していたことを指摘する》

 弁護人「今から15年ほど前、一部週刊誌が検察側が本件の背景事情として主張するような談合への関与や建設会社との癒着(ゆちゃく)について述べる記事を掲載したことがあった」

 「小沢一郎(民主党現幹事長)の元秘書は、事実無根として出版社に抗議文を送付し、謝罪広告請求を求め、地検に告訴した」

 《ただその後、ほとんど捜査が行われた形跡がないことを指摘。弁護側は本件がすでに“終わった事件”との印象を強めていく狙いもあるようだ》

 「本件で検察官が最も重きを置く『悪質性』なるものの事情につき、遅くとも約15年前までに捜査の端緒を得ていたにもかかわらず、一切捜査を行わないか、途中で打ち切っていたものと考えられる」

 《傍聴席の方に顔を向ける弁護人。力をこめて訴えかける》

 弁護側「本件公訴提起が極めて恣意(しい)的であって、公正かつ公平な訴追裁量権の行使とは決して言えないことを端的に示している。平等や公平の理念に反し、また憲法14条1項の精神にも反するのであって、検察官に合理的に認められる範囲を著しく逸脱したものであり、極めて不当であって、検察官が訴追裁量権を逸脱し、乱用して行った起訴であり、無効である」

 《冒頭陳述は、西松建設が違法献金のために設立したダミーの政治団体「新政治問題研究会」(新政研)と「未来産業研究会」(未来研)の問題に移る》

 《新政研は平成7年11月、企業献金のダミーにするために設立。11年6月には未来研を総務省に届け出たとされる》

 《両団体の代表者には、退職した西松の元営業管理部長2人がそれぞれ就任しており、検察側は一貫して活動実体のないダミー団体と主張している。弁護側は、「活動実体のある政治団体だった」と真っ向から対立する主張を展開していく》

 弁護人「新政研と未来研は、西松建設の資金とは区別して管理されていた」

 《弁護側は、すべての出入金を示す銀行簿や経費の支出を示す詳細な帳簿が作られていたことを指摘。これらの帳簿は各団体の代表者が、団体の事務所で記録していたことを明らかにしていく。具体的な活動金額も触れられた》

 弁護人「新政研は平成7年から18年の12年間にわたり、合計7378万6559円。平均して1年当たり600万円以上の人件費、光熱水費、備品・消耗品費、事務所費からなる経費を支出し、この額は毎年の支出の約1割から2割に相当した。未来研も平均して1年当たり370万円以上の経常経費を支出しており、この額は毎年の未来研の支出の約3割から4割を占めていた」

 《弁護側はさらに、両団体が東京都内で政治資金パーティーを複数主催していたことを指摘。「7年~10年間にわたり、政治活動を継続して行っていた」と主張し、検察側の「ダミー団体」との主張を崩しにかかる》

 弁護人「以上の事実から、新政研および未来研は、(政治資金)規正法に従って設立され、運営されていた政治団体であり、これを政治団体としての実体がなかったとすることは明らかに事実に反する」

 《ここでいったん間をおいた弁護人。再び左手を腰にあてながら冒頭陳述を読み上げ始めた》

 《弁護側が次に明らかにするのは、新政研と未来研の資金の出所だ。西松建設の資金を移し替えたものではないことを主張していく》

 弁護人「新政研および未来研の会費については、西松建設が直接に支払ったことはなく、必ず個々の会員の会費支払い行為が介在した」

 「個々の会員による自己資金に基づく会費支払い行為があるのに、会員による会費支払いを西松建設への資金の『移動』と評価することはできない」

 《弁護側は、西松建設社員の新政研と未来研への加入が業務命令に基づくものではなく、任意の加入であることを述べていく。「業務命令ではないのだから、西松との関係はない」という理論を展開するようだ》

 弁護人「平成17年度の会費支払い状況を見ても、検察官が主張する(本来の)『会費』に満たない額しか払っていない者が存在する上、帳簿上1円の支払いも確認できない者、また、検察官主張の金額より多く支払っている者がいる」

 《「新政治問題研究会(新政研)」と「未来産業研究会(未来研)」はダミー団体だとする検察側主張に対し、弁護側の反論が続いている。西松建設が、両団体の会費を社員のボーナス(賞与)に上乗せして、補填(ほてん)していたとする検察側の主張を取り上げる。大久保隆規被告(48)は、背筋を伸ばして黙って座っている》

 弁護人「(両団体の会費は)いったん会員の個人資金に混入した上で支払われている以上、会員個人の資金の拠出で、西松建設の資金とはいえない。特に、上乗せ賞与額よりも支払った会費が多い会員がいたとすれば、その差が個人負担であることは明らかである」

 「(西松建設は)新政研および未来研の会費に比して倍にもなろうとする金額を上乗せ賞与とするなど、およそ営利を目的とする株式会社としては考えられない行為である」

 《弁護士は右手に資料を持ち、早口で読み上げていく。次に、両団体が開催したとされる「政治資金パーティー」に触れた》

 弁護人「新政研および未来研では、政治資金パーティーのために現実に費用を支出してホテルの会議室を借り、案内状を印刷業者に依頼し、表示札も依頼したうえ、関係者が時間を割いて集まり、会食をした」

 《ここで弁護士が、ちらりと法廷の後ろ側の時計に目をやった。時間配分が気になるのだろうか》

 弁護人「パーティー券の収入には、西松建設とは別の会社が支払ったものが含まれる。平成15年から18年の間において、西松建設とは別の会社が、その資金で、少なくとも新政研に対し390万円、未来研に450万円を支払った」

 「これらの会社は西松建設の子会社であって、資本関係があったとしても、西松建設とは別個の独立した法的存在である以上、西松建設と同視することができないことは、いうまでもない」

 《ここで、大久保被告がのどの具合を気にするように、口元を手でぬぐった》

 弁護人「以上、要するに、各研究会に投入された資金のほとんどすべてが個人の資金および西松建設以外の会社の資金であるというほかはなく、各研究会の資金が西松建設の資金そのものであるとの検察官の主張は、とうてい、認められない」

 《次に弁護人は、両団体が「独自の意思決定を行っていた」との主張を始めた。医師会に対する医師連など、業界団体には、それに対応する政治団体があることを、団体の名を一つひとつ挙げて説明した》

 弁護士「業界団体が、政治団体の決定に事実上の支配力を及ぼしていたとしても、あくまでも意思決定の主体は政治団体と考えられている。すなわち新政研および未来研が、寄付などを行うにあたり、会員や西松建設側の意向に従っていたとしても、それは当然であり、それによって、意思決定の主体であることが否定されることにはならないのである」

 《弁護人は次に、「大久保被告が東北の公共事業に対して影響力を及ぼしていた」とする検察側主張への反論を始める。まず、言葉の使い方に注文を付けた》

 弁護士「検察官は『天の声』という表現を用いるが、本来『天の声』とは、『公共工事の発注権者が受注者を決める』という文脈で使用される俗語であり、日本語の使用方法として間違っている」

 《さらに弁護人は、岩手県には、当時政権政党だった自民党の国会議員らが存在したことなどを挙げ、大久保被告側に公共工事の決定権などはなかったと主張。そして、大久保被告の秘書としての前任者だった、元衆院議員の元秘書についての陳述が始まった》

 弁護人「○○(元秘書の実名)氏は平成12年6月に衆院議員に選出されて以降、小沢議員とは一線を画すようになり、15年に議員を失職する際には完全に決別し、その後、自民党に所属した。このようなことから、被告が○○氏の地位をそのまま引き継ぐことは、結局のところなく、また○○氏の公共事業に関する行動については、被告にも小沢事務所にも分からない部分が多く、弁護人らにも不明です」

 「そもそも○○氏が受注者を決定していた事実は存在しないところ、さらに、被告がその役割を引き継ぐことは、およそなかった」

 《次いで弁護士は、元秘書が、どのように陳情を処理していたか、大久保被告の時代になり、どう変化していったかの説明を始めた。大久保被告は相変わらず、背筋を伸ばして聞いている。眼鏡の向こうの表情は伺えない》

 《弁護人は、大久保隆規被告(48)が公共工事で「天の声」を出す役割を、小沢一郎民主党幹事長の元秘書から引き継いだとする検察側の主張に対して、反論を展開。元秘書と大久保被告の“引き継ぎ”の実態について、弁護人が詳しく説明していく》

 「平成12年6月に行われた衆院選で○○氏(元秘書の実名)が当選したこともあり、被告は12年7月ごろ、小沢議員の公設第2秘書となり、陸山会の会計責任者に就任した。これにより、建設会社からの寄付を含め、寄付に関する小沢議員の窓口は、表向きは被告となった…」

 《平成12年6月に◯◯氏が衆院議員に当選後、◯◯氏から被告人が陸山会の会計責任者を引き継いだ経緯を説明する弁護人。しかし、引き継いだのは形式上で、実際は引き継ぎも行われていなかったことを明かした》

 「被告は、ようやくこのころ(平成15年6月)には小沢議員の公設第2秘書として建設会社などからの陳情の窓口と認識されるようになったものの、例えば公共工事受注への力添えなどを依頼されても、実際に何かすることができるわけではなかった」

 《大久保被告が受注業者決定を左右する権力はなかったと主張する弁護人》

 「一般的に政治家やその関係者に対して行われる多種多様な陳情の受付と同様に、『陳情は陳情として承った』という意味であって、検察官が主張するような『了解』を与えたことはない」

 《弁護人は、大久保被告が岩手県発注の遠野第2ダム建設などで『天の声』を出したとする、検察側の主張を強く否定する。西松建設関係者から、「これら工事の受注について力添えをして欲しい」という陳情を受けたことは認めたものの、「天の声」を出したという意味ではないと強調した》

 《次に、弁護人は、ダミー団体といわれる新政治問題研究会(新政研)と未来産業研究会(未来研)から小沢氏の資金管理団体「陸山会」に渡った献金が、受注決定の対価ではないことを強調する》

 「検察官の主張によれば、平成11年から13年の間、そして9年や16年も、西松建設は一度も岩手県や秋田県で公共工事を受注していない」

 《さらに、一連の寄付(企業献金)は西松建設による公共工事受注(の有無)に関わらず継続的に行われたと結論づけた》

 「新政研および未来研が設立され、寄付などを行っていた一方で、西松建設は並行して、4年間、平成11年まで、毎年、継続的に小沢議員に関連する政治団体に西松建設名義で寄付を行っていた」

 「西松建設と小沢事務所の間に、検察官が主張するような、毎年一定額を寄付する旨の取り決めなど存在しなかった」

 《さらに、弁護人は、「大久保被告が新政研と未来研の資金が西松建設から出されていたことを知らなかった」と強調していく》

 弁護人「政治活動に関する寄付(政治献金)は、何ら義務に基づかない任意や好意による行為だ。寄付をしてくれる団体がどのような活動を行っているか、資金集めの方法は通常、詮索(せんさく)しないし、相手方が説明する通りに収支報告書にも記載する」

 「被告人は、寄付者は西松建設とは別個の新政研、未来研であると理解し、収支報告書に記載した」

 《続いて弁護側は、一連の献金で、西松建設元総務部長兼経営企画部長が果たしていた役割について強調し始めた》

 弁護人「西松建設や関連する会社から受領するする寄付についての請求書は、すべて元部長に一括送付していた。また元部長は、西松建設の下請け企業からなる『松和会』に関しても会員会社をとりまとめていた」

 「元部長は、例えば名称や宛先が記載された名簿を作成して小沢一郎事務所に渡したり、変更があった場合に小沢事務所へ連絡していた。寄付が前年より減額になり、終了することを被告人に告げたのも元部長であり、会員会社が被告に連絡することもなかった」

 《弁護側は「献金の窓口となっていたのは元部長で、大久保被告はその説明を信じ込み、収支報告書に記載しただけだ」と訴えたいようだ。続いて、元部長との「共謀性」について言及を始めた》

 弁護人「被告は、新政研、未来研との関係で、元部長を通じて前年の実績に基づいて寄付を依頼、お願いしていた(だけな)のであり、判断はもっぱら新政研・未来研、西松建設関連会社の一存で行われていたのである」
 「本件の寄付金額や寄付者、受け入れ先などの最終決定に、被告がいかなる形であれ関与した事実はなく、その立場にもなかった」

 《さらに弁護人は西松建設側からの寄付・献金について、大久保被告があくまで新政研と未来研からのものと信じていたと強調した》

 弁護人「被告にとって、民主党岩手県第4区総支部などが、新政研、未来研から寄付を受領することは、法律に従って正規に届けられた『ちゃんとした』政治団体からの寄付の受領であり、寄付者が西松建設と評価されるような寄付であるとは全く考えていなかった」

 「寄付の原資が西松建設の資金であるとも全く認識しておらず、政治団体としての実体がないという認識も一切なかった」

 《弁護人は「政治家秘書」の役割についても言及した》

 弁護人「被告は衆院議員の秘書である以上、常日頃、いろいろな立場の会社や団体に所属する人物に会い、西松建設からの陳情を含め、様々な陳情を受けていた。陳情に対し、実際にはできないことでも誠意を持って対応する姿勢を示すことは当然の事であった」

 「寄付は基本的には政治家の政治姿勢や政策に対する応援といった意味を持ったものであり、被告も『寄付は小沢議員の政治姿勢に対する応援である』と確信していたのである。『適正な』公共工事の実施への期待であろうと認識していたのである」

 《西松建設による献金と公共工事受注の関連について、検察側は「賄賂」に近い性格だったことを指摘していた。弁護側は、これを真っ向から否定した形だ。しかし「適正な公共工事の実施への期待」が具体的に何を示しているのかは不明だ》

 《弁護側は最後に、大久保被告が検察側の取り調べに対し1度は、2団体からの献金について「実質的に西松側からと知っていた」と認める供述をした経緯を説明した。大久保被告は再度、否認に転じたていたといわれている。検察側は西松建設の国沢幹雄前社長の公判でも、大久保被告の「自白調書」を朗読。重要な証拠の1つとみているようだ》

 弁護人「被告が逮捕・勾留された20年3月は、政権交代が近づいている時期でもありました。被告は政治的影響を最小限にとどめたいと思った」

 「特捜部の考えに基づいて書類が作られ、強制力を持った検察と対(峙)すると、第3者が事情聴取の対象となる可能性もあり、マスメディアの報道も加熱する。そういうことはあってはならないと考えた結果でした」

 《明言こそしなかったものの、弁護側は大久保被告が一時的にせよ容疑を認めたことについて、自白の任意性を争う姿勢のようだ。ここで約11分間の休廷に入った》

 《約15分間の休廷をはさみ、公判が再開。検察側の証拠調べが始まった。「ダミーの政治団体を通じた違法献金だったことを認識していなかった」とする大久保隆規被告(47)側の言い分を否定するような関係者の供述調書が読み上げられた》

 《まずは献金をした側である西松建設の国沢幹雄元社長の調書が読み上げられる》

 検察官「新政治問題研究会(新政研)と未来産業研究会(未来研)は政治団体としての実体はなかった」

 《続いて読み上げられた新政研代表の調書では、「私は届け出上の代表者だったが、献金額の決定などには一切関与しなかった」とされている》

 《さらに、西松建設従業員の調書が読み上げられる》

 検察官「西松建設から指示を受け、献金として新政研などの口座に振り込んでいた。○○(西松建設元総務部長兼経営企画部長の実名)に手渡ししたこともあった。『献金した金は、賞与に上乗せする形で戻ってくる』と会社から説明を受けていた」

 《続いて小沢一郎民主党幹事長の関連団体が受けた献金額に関する報告書が読み上げられる》

 「民主党岩手県第4区総支部の平成15~19年の政治資金収支報告書を分析すると、多くは企業献金だったことが明らかになった。献金の多くは『小沢一郎政経塾』(という団体)に入っていた。それらの78%の額が寄付として陸山会に行っており、それらの金が陸山会の主な収入となっていた」

 《検察官は「小沢一郎政経塾」といっているが、実在する「小沢一郎政治塾」のことをいっているようだ。検察側は各ゼネコンの献金額を説明。どの社も年間数百万~2千万円前後であることが多いが、西松建設など数社は「12年に合計9000万~1億2000万円だった」とした》

 《ここで検察側は東北地方の談合の仕切り役だった大手ゼネコンAの元東北支店次長(公判では実名)の供述調書を読み始めた。10年以降の談合のキーマンであり、その内容に注目が集まる》

 検察官「岩手県では昭和50年代以降、小沢氏の『天の声』が機能し始め、逆らえなくなった。小沢事務所は東北地方の県知事選に自分の派閥の候補者を立て、当選させるなどして影響力の拡大を図り、公共工事を牛耳るようになった。本来、業者間だけで受注調整をしていたが、小沢事務所が関与するようになった」

 「業者が小沢事務所に公共工事の受注を陳情し、本命業者としての了解を得ると、その業者は談合の仕切り役であるうちの会社にアピールをしてくる。そして本当に小沢事務所が了解をしたのかどうかを事務所に私が確認した上で、その内容に従った」

 《東北地方における談合の構図で、どのように小沢事務所が影響力を持つようになったのか-。調書は、その姿を浮き彫りにしていく》

 検察官「平成15年の簗川ダム(岩手県)工事のときは、西松建設からアピールがあったので、大久保被告に『西松建設でよろしいですか』と聞いたら、『そういうことで結構です』と答えたので、西松建設を本命業者にした」

 《続いて読み上げられたゼネコン関係者の供述調書》

 検察官「当時、小沢事務所からの『天の声』を得るため、下請けを使って多額の献金を捻出(ねんしゅつ)した。選挙の時には(選挙運動に協力する)人出しや(集票のための)名簿出しをした」

 《ここで検察側は、再び国沢元社長の供述調書を読み上げる》

 検察官「かつて西松建設は談合受注は故金丸信元衆院議員にお願いしていた。しかし、汚職事件が発覚してそれができなくなると、工事を受注しにくくなった」

 「そのとき、東北支店長から『小沢事務所が強大な影響力を誇っている』と報告があった。実際に小沢事務所から『西松建設に仕事を回すな』といわれ、工事を受注できなくなったこともあった。東北支店長から『多額の献金をする必要がある』といわれた。小沢事務所からは名義を分けて1000万円の寄付をするよう求められた」

 《大久保被告は検察官を見つめたままだ》

 《検察側が読み上げる関係者の供述調書を、大久保隆規被告(48)は、うつむき気味で聞き入っている。大久保被告に政治献金の減額や中止を求めた西松建設の元総務部長兼経営企画部長の調書を、検察官が読み上げる》

 検察官「私は、西松建設の経営状況がいよいよ厳しくなって、悪化していることを伝えました。すると、大久保さんは『お宅が厳しいのはよく分かっている』といわれ、『申し訳ない』と何度も繰り返したのですが、なかなか納得してくれませんでした」

 《さらに、検察側は、大久保被告が、公共工事受注への影響力をちらつかせながら西松建設にたびたび献金の要求を繰り返したと主張。それを裏付けるものとして、西松建設関係者の証言を再びとりあげた》

 検察官「17年ごろ、(岩手県の遠野第2ダム建設工事の受注について)私がお願いすると、大久保さんは『よし、わかった。西松にしてやろう』と話していました…」

 《しかし、平成17年末にゼネコンが「脱談合宣言」を行ったことで、工事入札は厳しい「たたき合い」となり、西松建設は受注できなかった》

 検察官「その後、大久保さんから電話があって、『うちの(関連)業者に下請けさせてほしい』と話されました。しかし、私が西松が受注できなかったことを説明すると、大久保さんは『そうだったけ。間違った』と電話を切りました」

 《さらに、小沢氏と袂(たもと)を分かった元衆院議員の元秘書について、大久保被告が激しい怒りをあらわにしたことも明らかにされる。再び、西松建設の元東北支店長の証言が読み上げられる》

 検察官「平成16年の参議院選挙のときでした。○○さん(元秘書の実名)が、小沢先生の対立候補を応援したとき、大久保さんは『○○の野郎。(小沢)先生の恩を忘れやがって。絶対に許さねえ。お前は○○側につくようなことはないな』と言われました」

 《続いて、検察側は、小沢事務所の捜査で押収された書類の中身を説明し、事務所に勤務していた職員らの供述調書を読み上げる》

 検察官「政治団体とは名ばかりで、新政研(新政治問題研究会)にも、未来研(未来産業研究会)にも、実体はありませんでした。(西松からの直接的な)寄付そのものだと思い、(関係者に)『これは西松建設の献金です』と答えたこともあります」

 《新政研・未来研について、こんな風に語られた供述調書も読み上げられた》

 「小沢議員の財布のひとつに過ぎなかった」

 《大久保被告は、それをじっと聞きながら、肩を上下に揺らし、深呼吸した。検察官はさらに、別の事務所関係者の証言も読み上げていく》

 検察官「寄付について、大久保さんと○○(西松建設の元総務部長兼経営企画部長の実名)が、どこにいくら振り分けるか決めていました…」

 《検察側の証拠書類の読み上げが続いている。公判開始から2時間半。途中休憩を挟んだせいか、大久保隆規被告(48)に疲れた様子はまだ見えない。変わらず背筋を伸ばし、検察側の方をしっかり見据えている》

 《小沢一郎民主党幹事長の事務所関係者、政策秘書、不正献金のためのダミー団体とされる「新政治問題研究会」(新政研)と「未来産業研究会」(未来研)の「従業員」とされる人物の供述調書などが読み上げられていく。検察側は、さらに西松建設の献金先では小沢氏の資金管理団体「陸山会」が突出していたことも指摘。東京・赤坂の小沢事務所から押収した資料も多数証拠として提出したことを明らかにした》

 検察官「乙1号証から乙13号証は、被告人の供述調書です」

 《検察官は、大久保被告が逮捕され、保釈されるまでの間にとられた本人の供述調書を読み上げ始める。新政研など2団体からの献金は、実質的に西松建設からの企業献金で、2団体はダミーと認めた「自白調書」だ》

 検察官「新政研も未来研も、政治資金規正法にもとづいた政治団体を装っているが、真実は西松側からのものと認識していました」

 「西松建設がわざわざ自社からの代表を(2団体に)すえてやっていることが分かりました」

 《調書では、不正献金の理由として、企業献金規制が、政治資金規正法改正で強化されたことなどにも触れている。さらに「自白調書」の読み上げが続く》

 検察官「(新政研と未来研の2団体は)表面上は健全を装っていますが、トップかどうかは分からないですけれど、西松の意思に基づき、献金が行われていることは分かっていました。2団体の代表が出てこないこともあり、実体のない(団体)ことにはうすうす察しがついていました」

 「法律の網の目をくぐったダミー団体で、形式上あるだけ。政治活動の実体がない『トンネル(団体)』に過ぎないと思ったのです」

 「私は(新政研と未来研の)関係者にお礼を述べたことも、会ったこともありません。献金のための『トンネル(団体)』ですから、お礼やあいさつをする必要はないと思っていました」

 《さらに、大久保被告は調書の中で、政治資金収支報告書に虚偽記載した動機も語っている》

 検察官「西松建設からの献金は、金額が多く目立つので、あれこれせんさくされるのを避けたかった」

 「献金は、資料を用意して、西松建設の○○部長(公判では実名)に修正してもらい、最終的な割り振りを決めていた」

 《新政研などの献金が止まったことについても、調書では大久保被告の感想が述べられている》

 検察官「新政研、未来研の名義の献金が、実際には西松建設の献金であると知っていたので、西松の経営悪化で(献金)減額になったと分かり、やむを得ないと考えました」

 《大久保被告の「自白調書」読み上げが終わる。大久保被告は、この調書に署名した後、再び、容疑・起訴内容の否認に転じている》

 《続いて、弁護側の証拠書類が読み上げられた。事件を受けて、西松建設が行った内部調査報告書や、小沢氏の元秘書を誹謗(ひぼう)したとされる新聞記事のコピー、それに対する告訴状などだ。弁護人は淡々と内容を説明し、「以上です」と結んだ》

 裁判長「それでは、本日の予定は終了です。次回期日は…」

 《登石郁朗裁判長が閉廷を告げると、大久保被告は立ち上がって大きく一礼。少し緊張がゆるんだような表情で、弁護人と言葉を交わした。だが、報道陣や傍聴人の視線が自分に注がれているのを思いだしたように、再び口元を引き締め、堅い表情に。被告人席に腰掛けたまま、傍聴人が全員、退廷するまで、表情を崩さなかった》
 《次回期日は来年1月13日で証人尋問が行われる予定。献金の実務を取り仕切っていたとされる西松建設の元総務部長兼経営企画部長らが、証言台に立つ見通しだ》 =(完)

2009年12月14日月曜日

【皇室問題】 天皇陛下謁見

 「天皇を政治利用してはならない」という問題と、「天皇は政治的発言をしてはならない」という問題とが、同一の平面で論じられているように思います。しかし、主語(前者には主語はない)の違いから明らかなように、分析的に見れば、この両者はまったく別問題です。

 志位和夫氏が述べているのは、もともとは、後者の側面に関するものです。日本国憲法第4条第1項の「国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」という文言解釈に関わる問題です。

 前者の問題が後者の問題に関わりを持ってくるのは、後者の問題で一定の立場に立った場合(こういう検討順序になるのは、憲法の明文規定が後者について存在しながら、前者については直接には存しないからです)、天皇に与えられた禁止規範を厳格に貫く必要が生じるからです。

 例えば、天皇が憲法上それ「のみを行」うことが許されている「国事行為」の解釈について拡張解釈を認めず(全国植樹祭への参加は第7条第十号の「儀式を行ふ」には該らないとするなど)、しかも、一般私人がなしうるところでない「公的行為」の存在を一切認めない見解に立てば、国事行為以外で何らかの政治性をもつ行為を行うことは、およそ天皇には憲法上許容されない、という結論になります。

 こうした立場に立てば、習近平副主席の接受など政治外交上の意味が濃厚な行為を行うことは、もともと天皇が憲法上なしえないことなのだから、「内閣の助言と承認」がいくらあったとしても、時の内閣がそれを天皇に行わせることも憲法上許されず、したがって、内閣として「許されない天皇の政治利用」であることになります。

 これに対して、「天皇は憲法第1条で象徴としての地位を認められているのだから、その象徴たる地位にふさわしい行為(象徴行為)は当然に憲法上なしうる」(象徴行為説)、または「天皇は国及び国民統合の象徴として国事行為をなすという『公人』の地位を憲法上認められているのだから、そのような公人たる地位にふさわしい行為を行うことは、憲法も容認している」(公人行為説)と考えれば、これに「国事行為に関する内閣の助言と承認」と同じ内閣の関与行為・国会に対する連帯責任を要求する解釈をとったとしても(この見解が現在の憲法学界の多数説ではないかと推測されます)、今回の天皇の接受行為が、直ちに「天皇が憲法上なしえない『国政に関する権能』行使」になるかは不分明になってきます。

 この点、象徴行為説や公人行為説に立つ論者も、憲法の明文規定にないこの種の天皇の行為が「政治的性格」を帯びることに警戒的な態度を示しつつも、象徴天皇制という妥協的制度の現実からやむをえない現実的必要性を認めて、さらに何らかの細目規準を挙げながら、一定範囲でのみ「象徴行為」「公的行為」を認めているのですが、侵略戦争をしかけた相手国の次期国家主席候補者という接遇相手の地位から見て、おそらく習副主席の接受を「憲法上なしえない」とは言わないでしょう。

 ところで、少し視点を変えて見ると、この種の行為が憲法解釈論上の問題となるのは、まさにそれらが、何らかの政治的性格を帯びているからです。象徴行為説や公人行為説が如何にその点に警戒心を隠さなかったとしても、このこと自体は避けられません。

 つまり、何らかの「政治的性格」をもつことが不可避な「天皇が象徴ないし公人として行うことが許される行為」を認める以上、その行為を時の内閣が行わせること自体が、「天皇の政治利用となる」として必ず非難されることにはならないのです。おそらく、せいぜい「天皇のその種の行為の具体的内容が、政治的に見て不適当である」という批判を内閣が受けるだけであろう、と考えられます。これが、この種の見解が意図する「内閣の連帯責任」の中身であろうと思われるのです。

 天皇が、個別具体的な行為において内閣の政治方針と異なる行動をとった場合には、天皇自身が憲法に反して政治的権能を行使したこととなると同時に、それを行わせた内閣に(国民及び国会に対する)政治的責任が生じる、ということになります。他方、天皇が時の内閣の政治方針に従って具体的に行動すれば、天皇の行為が「象徴ないし公人行為」として容認されるものであった限り、その具体的行動内容の当否について内閣のみに責任が生じるわけです。

 日本共産党の志位委員長の見解は、ご引用部分によると、「公的行為」の存在を認める口ぶりでありながら、憲法上、「公的行為に政治的性格を与えてはならない」という禁止規範があると解釈して、今回の天皇の行為自体を「憲法上許されない」と結論づけるもののようですね。これは、最近の憲法解釈学界に出てきた学説なのかも知れませんが、あまり聞きません。

 もともと、「国事行為」でもないし、私人がなしうると同等の「私的行為」(例:散歩・相撲見物―但し特別席の使用は問題・全国植樹祭への参加― 但しそこで「お言葉」を述べる行為は若干問題)でもない、「公的行為」という、憲法の明文にないカテゴリーを承認する解釈学上の意味は、まさに、「『一般私人が到底なしうるところにない政治的性格を帯びた行為』(例:外国からの要人の接受)を一定の範囲で憲法上容認する」という点にこそあったのでした。

 志位氏の解釈は、こうした解釈学上の「問題の由来」をあまり考えない、その意味で拙劣な憲法論であるように思います。

 もし、「国事行為の多くは純粋に形式的・儀礼的な行為だから(例外は衆議院の解散など)、公的行為もそれに準じて形式的・儀礼的な行為でなければならない」と言いたいのであれば、それは「国事行為に準ずる行為のみが許されうる」という「準国事行為説」であって、「公的行為肯定説」ではありません。そして、志位氏の結論を主張するのであれば、「憲法が定める国事行為に該当しない上に、私人と同等の私的行為でもない『外国要人の接遇』などは、憲法上許されるものではない。そのような行為は、当然に何らかの政治的性格を帯び、『国政に関する権能行使』に繋がるからだ」と端的に言うべきで、「公的行為」など持ち出すべきではありませんでした(この見解は、「二分説」と呼ばれて、少ないですが論者は居るようです)。

 しかも、おかしなことに、一般の議論では、「外国要人の接受」は、かなり形式的・儀礼的行為に近いものとして語られているのです(準国事行為説でも肯定しています)。したがって、今回の行為が「政治的性格」を与えられたというのも、一般の議論からは離れているのです。

 さらにまた、今回の具体的な天皇の接受行為について、憲法上禁じられている「国政に関する権能の行使」に該るような言動があったとも聞いていません。したがって、天皇が内閣の方針通りに行動した以上、当不当の問題は生じえても違憲の問題は生じえないはずです。これを、「憲法の原則に関わる大きな問題が問われている」というのならば、現在の議論に即して、自己の立場を鮮明にする必要がありました。


 ところで、いま検討してきたような理屈は、あくまで日本国憲法が規定する天皇制、議院内閣制という構造から出てくる論理であって、宮内庁長官が、天皇の個別的行為の当否に関して時の内閣の方針を批判する、ということは、それらとは次元が異なる問題です。

 宮内庁といえども、「行政権は、内閣に属する」とする憲法第65条の下で、その「外交関係を処理する」(第73条第二号)内閣の権限に基づき発せられる行政上の指揮命令に従うべき、一行政機関に過ぎません。したがって、宮内庁長官が内閣からの指示を公然と批判する行為は、これに反していると言ってよいでしょう。
 ここで、いわゆる「30日ルール」が、天皇が行うべき行為の「内容」に関するルールではなく、「手続」のルールであることにも着目できるように思います。

 いかに、「天皇の行為の政治性をチェックするための検討期間である」という高邁な理屈を持ち出したとしても、そのようなルールが明確に規定されているわけではない以上、当不当の問題は生じえても、違法違憲の問題は生じえない、というのが筋だと思います。

 結局、今回の問題を「天皇の政治的利用」の「可否」という切り口から論じるのは不適当であるように、私は考えています。

 その意味では、たしか小澤氏が同趣旨のことを述べていたように思いますが、この件に関する限り、(好きでも支持してもいませんが)小澤氏は真っ当な議論をしているように思います。(以上)

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平成7年3月13日

天皇皇后両陛下謁見願の取扱いについて

貴省から当庁に対する外国要人(離任する駐日大使を含む)の天皇皇后両陛下への謁見の正式願い出は、謁見希望日の真近に行われる場合が多々あり、そのこと自体好ましくないのみならず、御日程調整にも支障を来しています。ついては平成7年度から、外国要人の謁見願いについては、原則として謁見希望日の一か月以前に要請をされるよう願いたく在外公館など関係方面にもこの趣旨が徹底されるようおとり計らいください。

平成16年2月3日(外務省小田野)←(宮内庁川島)

天皇皇后両陛下謁見願の取扱いについて(依頼)
標記について平成7年3月13日付け宮内庁式発題403号をもって外国要人(離任する駐日大使を含む)の天皇皇后両陛下への謁見の正式願い出は、原則として謁見希望日の一か月以前に要請願いたい旨(いわゆる「一か月ルール)を通知し、その後も暫(?)時貴省にお願いしてきたところです。

 しかるに当庁から再三の申し入れに拘わらず貴省から当庁に対する外国要人の謁見願い出は、今なおこのルールに則らないものが相次いでおり、当庁としては必要に応じ謁見実現にむけて努めているものの、意に反して謁見に応えできない事例があるばかりか、御日程全体に支障を来す事態が生じていることは、まことに遺憾であります。

 貴官におかれては、本件ルールの趣旨を再度確認を願うとともに、在外公館など関係方面にも改めてこの趣旨を然るべく周知徹底いただき、本件につき講じた措置について当方へ報告願います。

やむお得ず一か月ルールに抵触をする願い出条件については、儀典総括官から式武官(外事担当)へ可及的速やかに通報の上、その取り扱いにつき貴官の意見を添えた文書を持って打診願います。

2009年12月12日土曜日

小沢一郎 韓国国民大学講演

小沢氏が韓国国民大学での講演
元東大名誉教授であった江上波夫教授の話を引用し、日本の成り立ちを朝鮮半島からの騎馬民族説を語っている。

この講演を、右翼(主にネット右翼といわれている方々)の方々には面白く無いようで非難を浴びたのであるが、この動画全部を見る限りでは、江上教授の騎馬民族説を取り上げているだけの話でしかない。

故江上教授の説を小沢氏が聞き、そして話したという程度のもので、日本国内でも江上教授の唱えた騎馬民族征服王朝説にロマンを感じた方も多いと思う。

この騎馬民族征服王朝説も佐原真氏の「騎馬民族は来なかった」などの反論に会い、 この学説は忘れられつつあったように思う。そんな中で小沢氏はこの学説をロマンを持って韓国国民大学の講演の題材に用いたのであって何ら違和感を持つ必要はない。

何よりも佐原真氏の「騎馬民族は来なかった」の中では、馬の血の話がどうしたの去勢がどうしたの類の話ばかりで、 江上教授のロマンに満ちた学説とは対照的で無味乾燥した話にしか思えなかった。

江上教授のロマンにあふれた学説と佐原真氏の学説では佐原真氏の学説の方が、反論のための屁理屈にさえ思え非常につまらないものと自分には写ったのも事実である。

そんなロマンのある江上説を語る小沢氏を韓国に対して”ゴマをすっている”だの”小沢は韓国人”だのと非難をすること自体、発想(ロマン)の乏しい人間に見えてしまう。

蛇足として「騎馬民族征服王朝説」の概要を書き出すと

①前期古墳文化と後期古墳文化は、根本的に異質である。

②その部分の変化が急激で、その間の自然な推移を認めがたい。

③農耕民族は一般的には、自己の伝統的な文化に固執する性向が強い。ゆえに、 急激に他国・他民族の文化を受け入れて自己の伝統的な文化の性格を変容させる傾向はほとんど見られず農耕民であった倭人の場合でも同様の性向であったと思われる。

④国内にみる、後期古墳文化における大陸北方系騎馬民族文化複合体は、大陸及び朝鮮半島におけるものと共通し、その複合体のあろものが部分的もしくは選択的に日本で受け入れられたとは認められない。 すなわち大陸北方系騎馬民族文化複合体が、一体としてそっくりそのまま日本に持ち込これたものであろうと推測できる。

⑤弥生式文化および前期古墳文化時代に、牛馬の数が少なかった日本において、後期古墳文化時代に入り急激に多数の牛馬の飼育するようになった。
この点においても牛馬のみが大陸から渡来し、人の渡来しなかったとの解釈は無理があり、騎馬を常習とした民族が馬を伴って、多数の渡来人が大陸や半島から日本へ渡来したと考えるほうが自然である。

⑥後期古墳文化が王侯貴族的・騎馬民族的な文化であり、その弘布の仕方が武力による日本の征服・支配を暗示させる。

⑦後期古墳の濃厚な分布地域が軍事的要地と認められる所に多い。

⑧アラブ・ノルマン・蒙古などを例にとるまでもなく一般に騎馬民族は陸上のみの征服活動だけで満足をするわけでなく、海上を渡っての征服欲も満足せしめようとする傾向にある。 したがって南朝鮮まで騎馬民族の征服活動がおよんだ場合には、日本への侵入も十分あり得る。


ここで気をつけたいのは「騎馬民族征服王朝説」と「日ユ同祖論」と非常によく似た説であることにだけは気をつけるべきであろう。なんせ、伊瀬神宮の石灯籠に描かれた「六芒星」をもってして欧米とのつながりまで関連つけたという事実まである日本という国である。その部分は注意が必要な気がする。

江上教授の説は、天皇制の遠い起源が北方ユーラシアのステップ地帯にあると考え、 ここから満州・朝鮮を南下した扶余族系の騎馬民族が、ひとまず任那に「辰王国」を建てた後、 九州に上陸してその後、紀伊半島の和歌山県・三重県までずうっと海岸伝いに来て、今の奈良県に入り、奈良盆地で政権を樹立した大和へ東征し、日本国家の基礎をつくったと想定したというもの。古事記の神武東征の話である。

小沢氏は、この説を支持しているに過ぎない

そもそも、このビデオ自体が特定の意図を持って見る人に先入観を与えるような文章も付いて無く、たまたま取材した講演をインターネットに載せただけというもので、特定の人間から攻撃を受けるようなものでもないはずである。

2本目のビデオの8分の発言は非常に重要であろう。これを伝えたマスコミが過去にあっただろうか。
日本の天皇もあいさつで言ったことでありますけども、平城京、京都、平安京を作った桓武天皇、794年、西暦794年に京都の都が出来たんですが、その桓武天皇の生母は百済の王女様だったと天皇陛下自身が認めておられます。と。

この陛下の発言は、2002年の日韓ワールドカップを前にした記者会見でのもので、陛下は次のような発言をなさった。「私自身としては、桓武天皇の生母(高野新笠)が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています。」と。

 桓武天皇の生母が渡来系の子孫であることは、中学教の科書にも書いてあるはずであるが、韓国人へ差別感を持っている日本人が少なからずいると思うのだが、その方たちは「天皇家に百済人の血が混じっていることを知らないのだろうか」と思うと・・・。

どちらにしても、平城京でも渡来人が多く住んでいたようで、羽田氏は京都の秦氏と同根であるし、松尾大社、そして伏見稲荷も秦氏の創建とされているのである。

参考資料として





小沢一郎 國民大 講演 (1)
http://www.youtube.com/watch?v=CbJnAW6eCSM


小沢一郎 國民大 講演 (2)
http://www.youtube.com/watch?v=hR5TF83kGK8



小沢一郎 國民大 講演 (3)
http://www.youtube.com/watch?v=WsOwC13DVVw



小沢一郎 國民大 講演 (4)
http://www.youtube.com/watch?v=vTiu5wtdBUU



小沢一郎 國民大 講演 (5)
http://www.youtube.com/watch?v=mQtHln8204Q

どうでも良いことなのだが、嫌韓や反中の方々の気持ちもわからないではないが、大陸とのつながりは昔からのものであるし、今更嫌いだの何だのと言うほうがおかしいし・・・・。

追記(2011年1月26日)
古くから朝貢外交をしてきた日本が、貢先をアメリカに変えただけでしかなく、それを今更、中国が脅威だの韓国が嫌いだのと言っても始まらないし、何よりも先日のウィキリークスでの小沢・鳩山潰しの外電が韓国から発せられたものである以上、嫌韓でいることに何のメリットがあるのだろうか?

2009年12月7日月曜日

【鳩山政権】 岡田克也

 岡田克也は、この日を境に評価に値しない男になった


岡田外相>まあ実質的には戦後初めてと言ってもいいと思いますが、政権交代が見事に実現をして、鳩山政権のもとで私が外務大臣を務めることになりました。あれから2カ月以上経ちますけれども、この間、懸命に頑張ってきたつもりでございます。

 今日はその中でもですね、沖縄に関わる問題を中心に、ぜひ皆さまの率直なご意見を聞かせていただきたい。この前も沖縄に来たんですけども、どうしてもですね、知事さん、市長さん、町長さん、あるいは県議会の先生方のお話しを聞く機会があったんですけども、一人ひとりの市民、県民の皆さまのお声を聞く機会がなくて、今日は玉城さんにお願いをしてこういう機会を設けていただいたわけでございます。

さて、少し最初に私からお話しした方がいいと思いますけども、沖縄の基地の問題、あるいは米軍再編の問題、このことについて、私たちも選挙において、民主党のマニュフェストでは、沖縄基地の問題、米軍再編の問題について、見直しの方向で臨むというふうに書かせていただきました。

 この中には例えば普天間とか、県外ということが含まれておりませんでしたけれども、それは私の中でもいろいろ考えて、そういう表現はあえて避けたわけでありますから、しかし、そうは言ってもですね、思いの中にやはり沖縄の基地の負担をなんとかして減らしたい。今こういうふうに沖縄の基地と言った時に、普天間ということが念頭にあるということは、これは事実としてあります。これは鳩山代表も沖縄に来られてですね、色んな条件を付けながらとはいえ、県外にということも言われたわけであります。

 そして、政権を取ってですね、マニュフェストに書いたこと、あるいは皆さまへ言ったことについて、これをどういうふうに実現していくかということで、私も外務大臣としてこの2ヶ月余り、必至になって取り組んでまいりました。これ以上言うと、…(一部不明)…いきますので、またあとで詳しく説明させていきますが、現実にアメリカとの話し合いをこの2ヶ月やってまいりましたけれども、彼らの方から言うと日米両政府間に合意があると、その合意を受けてやってもらいたいと、そういう話であります。

 我々は政権が変わったと、条件はどうしてもですね、玉城さんはじめ四つの議席みんな我々の側が、与党の側が、政権交代を実現した側が取ったんだと。こういう大きな成果があったんだ、ということも申し上げ、そして政権が変わったという中で、従来の政府間の合意というのもそのままではなくて、ここでもう一回ですね、きちんと検証すべきではないか、なぜ今の案になったか検証すべきではないか、こういうことを申し上げて、様々な議論をこの2カ月間続けてきたところでございます。

 しかし、アメリカの側が、検証はいいけれども、しかし、日米で合意した案というのは、これは変えられないんだ、ということをずっと繰り返してまいりまして、2カ月間色んな議論をしてまいりましたが、このアメリカの主張は変わらないと。もし、ここは地元でありますが、普天間を辺野古に移すということと、そして、8000人の海兵隊がグアムに行くということと、グアムに行った結果、空いた基地を日本に、沖縄に返すということと、これは事実上一つの、セットになった話であると。従って、8000人の海兵隊のグアムへの移転とか、基地を返すということは、それは辺野古への移転が実現して初めて可能になることなんだと。こういう論理展開で、もちろんこういうことはきちんとそれぞれ条件があってのことになるんですが、理屈上こういう話であるということをアメリカ側としては、一貫して主張してきたわけで、その中でなんとか我々の思い、つまり沖縄の負担を少しでも減らすと、そういう思いが実現できないかどうかということを、この2ヶ月余りアメリカ側と交渉してきたということでございます。

 最近になってちょっと大きな変化があったのは、社民党の党首選挙がありまして、福島さんが再選されたわけですけれども、その過程で、やはり社民党にとってはこの問題は非常に重要な問題だと。したがって政権離脱もあると、そういう話がありまして、ある意味ではそういうこともあってですね、この話は煮詰まった話であるということでございます。ま、こういう不確かなことは…(一部不明)…ちょっと…(一部不明)…たいと思いますが、こういう中でいま、もちろん私も、民主党も日米同盟というのは非常に大事であると。日本の安全のためになくちゃあならないものだという前提で議論していますから、その日米同盟をしっかりと持続していく。あるいはより強くしていくということと、そして、基地の問題をどうするかという、あるいは日米の合意をどうするかという、そのジレンマの中で、我々はいま選択を迫られていると、こういう状況にございます。


 どうぞぜひ皆さんから率直なご意見をいただければ有り難いと思いますので、よろしくお願い申し上げます。

司会(玉城デニー議員)>有り難うございました。以上でマスコミの皆さんには館外にですね、どうぞまた出ていただきたいと思います。よろしくお願いします。時間の関係があります。どうぞ速やかな行動をご協力お願いします。

 会場の皆さん、今のうちにですね、携帯をマナーモードにしていただければ有り難いと思いますので、よろしくお願いします。それから、申し訳ありません、少し皆さまにはご迷惑をおかけいたします。これだけのメディアの方々がいらっしゃって、実はですね、メディアの皆さんのワイヤレスマイクの電波と会場のワイヤレスマイクの電波が混信しています。先ほどからずっとスピーカーから流れてきておりまして、他のマイクの本数の切り盛りができないためにですね、会場の皆さんの方に予定をしておりましたワイヤレスマイクを回すことができません。申し訳ありませんが、この会場、これだけの人数ですので、できるだけ静粛にしていただきたいということも含めて、ぜひ地声で話を頑張っていただいて、ご協力をたまわりたいと思いますので、よろしくお願いします。

 なお、本日はあらかじめお断りををさせていただきたいと思います。実は外務大臣にですね、要請という形で各方面の皆さんから要請文が届いておりますが、今日は先ほどもお話がありました、衆議院議員として私たちの話を伺いたいということもございまして、この要請文は私がお預かりをしております。後ほど私の方から大臣に後日、整理させていただいてですね、しっかり届けますので、その点をお約束させていただきたいと思いますので、よろしくお願いします。

 すみません、メディアの皆さん、有り難うございます。なお、会場でのビデオカメラの撮影もお断りさせていただいております。後援会の皆さん、申し訳ございません。カメラのビデオのスイッチもお切りくださいますよう、ご協力お願いいたします。ここからユーチューブに載ったら大変なことになりますので、ご了承お願いします。

 それではですね、二、三質疑応答を、皆さんにご自由に話していただきたいと思います。限られた時間ではありますが、約30分、40分くらいですね。はい、では手を挙げられた方。

我喜屋宗弘>えー、岡田大臣、ようこそ名護市へ、と言うべきなんですが、私たちの名護市は今、ほんとに混迷をいたしておりまして、このまま歓迎のあいさつをすること…(一部不明)たいと思います。私は去った衆院選挙に玉城デニー氏の…(一部不明)…をつとめた我喜屋宗弘と。

 私たち沖縄県は、去る第二次大戦の時に、地上戦があって20万人という大先輩を失った県民でありますし、…(一部不明)…非常にシビアで、非常に惨状が今でも残っています。その中で、私たちの辺野古に普天間の基地を移転するということが議論されてから、もう久しくなりますが、その中で行われた去った国政選挙で、玉城デニー氏…(一部不明)…強く反自公、いわゆる県内移設として基地をまとめることはまかりならん、という点でまとまっているところであります。そして、応援に来た岡田大臣も、それから鳩山総理、マニュフェストにはなかったにしても、答弁としては、県外を、国外をということを言ってます。

 あ、すみません、失礼しました。各応援団体の決意を受けてもらった時に、沖縄県民、名護市民ひとりとして、その言葉を、県外ですね、国外ですね、と確認をしながら私たちも選挙を進めてまいりました。そして、選挙ですでに、私たちとしては県内移設はありませんよ、というふうな集約をされたのが名護市の民意であり、沖縄県民の民意であります。

 したがって、今日私たちにお話をしたという意味から、それははっきりとした私たちの意思でありました。その点については、岡田外務大臣と政府が、私たちから見れば、アメリカのやれという恫喝に脅かされているような雰囲気に見えます。従って、独立国家としてここはきれいに整理をしていただければ大変有り難いと思います。ご意見をお聞きいたします。


西川征夫>私は今まさに海上ヘリ基地が造られようとしている辺野古から来ました。辺野古の住民は私ひとりしかここに入れませんでした。本来ならば、辺野古の住民の前でですね、岡田さんがやってることを説得すべきではないかと、私はそういうふうに希望しているものでございます。

 1996年、当時の橋本総理とモンデールさんが、5年ないし7年の間に普天間基地は移動するというふうに申されてからですね、もうすでに13年なります。県民の頭越しにはしない、というふうに言いながらですね、まったく当時の状況を無視し、色々なアメやムチを用いてですね、わが辺野古に迫ってきております。私たちもですね、本当に民主党には、このヘリ基地問題を解決していただくためにですね、ほとんどの地域の住民が民主党に入れているはずなんです。

 しかし、選挙からすでに3カ月になるんですが、いっこうにそのヘリ基地が動こうという気配が感じられない。われわれ地域住民の中ではですね、反対派や賛成派の中でごちゃごちゃになってしまいましてですね。そうして13年の間に「命を守る会」という住民運動体が結成され、最初の私はその住民運動体「命を守る会」の代表として、現在まで来ておりますけれども、その間、4人の代表に代わりました。そして、守る会の幹部には60代手前にしてストレスから3名が命を失っております。73歳で最後の「守る会」の代表が3年前にお亡くなりになりました。

 それを考えればですね、それは政府としてはですね、速やかに結論を出さないとですね、今後われわれ地域に、辺野古区民がですね、大変なことになる、ということで修復しようにも修復できないいま状況あるわけです。

 先ほど、私はあえて外務大臣とは申し上げませんでした。それはなぜかというと、本来ならば期待を持って大臣にお願いするつもりでございましたけども、今日は民主党の議員ということでですね、そういうふうに申されて、本当にこの問題は通じるかどうか、不安でございます。

 ぜひ、もう一度、時間があるならば、あのきれいな海の前でですね、住民に、われわれ辺野古の住民と一緒になってですね、ほんとにそこの場所にですね、あの巨大なヘリ基地が造られていいものかどうなのかをね、岡田さん自身で確認していただいて、速やかに結論を出していただきたい。そういうふうに願ってお願いいたします。

東恩納琢磨>こんにちは。今日は大臣にですね、プレゼントがありますので、私が撮ったですね、ジュゴンを撮影した写真がありますので、あとでお渡ししたいと思いますので、よろしくお願いします。

 私は基地埋め立て予定地の隣に住んでおります名護市会議員、東恩納琢磨と申します。アメリカでジュゴン訴訟の原告の一人でもあります。…(一部不明)…お願いをしたいと思ってます。もうご存知と思いますけど、2000年にIUC国際自然保護団体でジュゴンを守れという考えの勧告が日本に出されています。あれから3度も出されて、2008年にはですね、アメリカと共同で環境アセスをやれという勧告も出されていると思います。そして、アメリカの裁判では、アメリカの国内法にその埋め立ては違反しているという判決も出ています。

 そういうことからすると、アメリカもやっぱり環境を壊して、そこに造るというのは、環境面から壊して造るというのは懸念を持っていると思います。そして、それを報告としてですね、実は12月2日にハワイでですね、NEC海洋哺乳類学会がありました。その中でも、2002年に哺乳類学会というか、アメリカでですね、日本のアセスは不備な点があるということを指摘しています。そして、当然アセスの狙いということを、そのNECというのはアメリカの政府機関、その政府機関がアメリカ政府にそういうことを言うわけですね。今回の学会にも同様のことを言うということです。

 そういう面からすると、環境の面からすると造るべきでないというのが、大多数の世界の世論であります。どうしてそれを犯してまで、そこを埋め立ててですね、ジュゴンが棲めなくなるようなことになってしまえば、これはアメリカにとっても、日本にとっても、国益を損なうんではないかなと僕は思っています。それよりもあそこは日米両政府がですね、協力してジュゴンの保護区を作る、それが先進国としての役割だと思うし、世界からもその方が信頼される国になるのではないかなというふうに僕は思ってます。こういう観点からアメリカにですね、物を申してほしいなと思います。

 先ほど大臣は合意を取り消すとか、これまでの合意があるからやり直すことが難しいと仰ってましたが、アメリカのオバマ大統領はご存じだと思いますが、ポーランドの協定は見直しています、すでに。ご存じだと思います。ですから、それはやる気だと思うんですね。そういうやる気があるかないかがいま、問われていると思ってます。

 もう一つ、日本の環境アセスにおいては、ご存じだと思いますけど、アワセメント(初めに結果ありきで、それに調査を合わせていく)です。結局、造るためのアセスです。国際常識、国際基準からいえば、アセスをしてゼロオプション、見直すというのも本来のアセスなんです。それをやってないという国。それはヨーロッパやアメリカの人たちもそのことをよく知ってて、だから日本のアセスはよく思ってないというか、信用できないということですね。

 その証拠にオスプレイ(V-22)の配備が明記されていません。もうご存じだと思います。アメリカはすでに、外務大臣は知ってると思うんですけど、オスプレイの配備は踏まえた、と言ってます。そして、そのことを日本政府に伝えています。それを示す書類がアメリカの裁判の中で出てきています。それを日本国民には伏せてます。そういう情報公開をしないままアセスを進めていることが分かった以上、今回やってきたアセスはもう…(一部不明)…合わせにしかすぎないと思ってますし、国外でもこの裁判が伝えています。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-131398-storytopic-3.html

 ぜひ大臣、そういうことを鑑みてですね、もう一度この環境を守るという意味で、ジュゴンを守るという意味で、決意されていただきたいなと思います。ということで、この先もお聞きしますのでよろしくお願いします。

司会>はい、有り難うございました。では、ご三方に対してよろしくお願いします。

岡田外相>はい、有り難うございました。この問題を考える際に、白紙でわれわれが最初から議論に参加をして考えられるのなら色んなことが、私も言いたいことはたくさんあります。あの辺野古の海は非常に美しいですね。そこに巨大な構造物を造るということに、私も抵抗感があります。それから、海兵隊というものが沖縄に本当に必要なのかどうかと、あるいは米軍再編とはいったいどういう位置づけの問題なのかと、いうようなことを、きちんと議論をして積み上げていって、そして日米の結論に達するというのが本来だと思います。

 ただ、極めて不幸なことですが、2005年の時点であれば、そういうことも可能だったと思いますが、日米で一定の合意に達したあとにわれわれは政権与党の座についたということであります。いやオバマ大統領だってポーランドのMDについてですね、キャンセルしたじゃないかと、そういう言い方はありますけれでも、われわれもそういう主張はもちろんしたわけですけれども、しかし、日米合意というのは交渉を積み重ねて積み重ねて合意に至ったものですから、政権が変わったからといって簡単にキャンセルできるものじゃない。

 最初に私がヒラリー・クリントン長官とニューヨークで話をした時に、われわれは実質的に50年ぶりの政権交代であると。従って、色んなことが変わることは当然あるし、あるいは時間ももらいたいし、そういうことはきちんと分かってもらいたい、というふうに言いました。クリントン長官も、政権が変わるというのは大きなことなので、そのことは理解している。

 そういう中で実は、日米合意についての検証作業、なんで今の案になったのか、つまり普天間を辺野古に持ってくるという案になったのかという検証作業は、やりましょう、という合意になって、以来対応してきたところです。最初は日米それぞれでやってきたわけですけれども、この前のオバマ大統領が訪日される少し前に私とクリントン長官、ルース大使との間の合意で日米共通してワーキンググループを作って…(一部不明)…で検証作業をしていく。で、その検証作業をいまやっているという状況です。

 ですから彼らがこの間ゆずらなかったのは、白紙にするんじゃないよと。いまの案を前提にして、なぜいまの案になったのかという検証ならいいけれども、それを白紙にしてゼロから議論するというのはアメリカは呑めないよと。そういう中で、妥協案がいまの検証作業なんですね。そのことについてはあえて触れず、とにかくなぜなったのかということを検証すると、そういう位置づけの中で様々なことを議論してまいりました。

 まー2ヶ月間やって、日米同盟を非常に重要視する立場の人たちからは、日米同盟が極めて危険な状況に今なってると、日本政府はいったい何してるんだと、こういうご批判もいただいております。私は多少こう揺れがあることが、政権が変わった以上やむを得ないことだと思って、かなりやってはいましたけれども、時間もずいぶん経っている。そういう中でですね、来年度の予算案、アメリカの予算案を決めなきゃいけない。政府の案というのはかなり削られた状態になっていましたけれども、それをどうするのかという、そのぎりぎりのタイミングにいま来てると、いう中で日本はどうするんですかと、いうことを突きつけられていると、いうことであります。

 社民党が政権離脱を言いましたので、年内がかなり厳しくなってきました、結論を出すということについてはですね。それに対しても昨日(4日)、日米間で議論した時に、私は年内にできるだけ結論を出したいと思うが、客観的状況は非常に厳しい。北沢大臣も年内は事実上難しくなってきたというふうに言いました。ただし、アメリカ側からは、それで日米合意したことが守られないということなれば、これは重大なことになると、こういう話であります。

 少なくとも言えることは、8000人のグアムへの移転と、その結果としての基地の返還という話は決まりまして、それだけではなくて日米、例えば普天間協議とオバマ大統領との間の非常に高い信頼関係、議会の対応についてですけど、それも、非常に、その信頼感というのは損なわれますよと、いうことも含めてですね、かなりな反応が返ってきているわけで、そういう中で日米同盟というものを、きちんと持続していかなきゃいけない。北朝鮮の問題もあります。いろんな…(一部不明)…の問題もあるでしょう。そういう中で、日米同盟をきちんと持続していく、あるいは強化していくという立場からすると、私はその立場ですが、非常に厳しい状況にいまなってると、いうことであります。

 少なくともこういうことで結論がずっと出ないということになると、あるいはこれから新しい所を探すということになると時間がかかりますから、その間普天間のいまの状況が続くかもしれない。元々はこの普天間の危険な状況をなんとか除去したいということからスタートしたことから考えると、結局、本所がこれからまた続いていくと。そういうことで果たしていいんだろうかと、こういう問題もあるわけであります。いまこういう状況の中で色んな手を尽くして、どうするか、総理ともよく、意見調整をいま、させていただいているところですが、非常に苦しい、厳しい状況だということであります。

司会>はい、有り難うございました。

大城敬人>私は名護の市議会議員で8期31年、もう議会で粗大ゴミになってます(笑)。あなた方が無血クーデターで政権交代されたんで、非常に期待しておる。期待してまいりましたが、先ほどからありますように、今日、普天間に対する岡田外務大臣の無礼を感じまして、これは大変だと思いましてですね、今日はどうしてもきっちりさせておかなければならない。二、三ですね、ぜひご検証をいただきたいと思うんです。

 一つは、私がいつも考えていることはですね、どうして日本人1億3000万人の安保を沖縄県民130万人が担わなければいけないのか、というのを常に私は疑問なんですよね。というのは、64年前に戦争に負けて、27年間われわれは本土から離れて、われわれは異民族の支配で、軍事優先で、辛苦をなめてきました。この思いは、岡田大臣は重々承知していると思いますが、岡田大臣は三重県の出身です。基地がないですね。私は伊勢の志摩のですね生牡蠣、とても美味しくてですね、向こうに行って食べたことがあるんですよ。ああいう美しい自然にですね、普天間の移設をしたらどうか、というようなことを考えられたことがあるのかなと。ときどき思ったりするんですよ。

 そう申しますのはですね、この間キャンベルとお会いしたでしょう、私は2005年の2月3日に当時CSIS(戦略国際問題研究所)の副所長時代にキャンベルさんに会ってですね、1500メートル(滑走路)の移設問題に私は名護市から反対の議員としてまいりましたということでお会いしました。その時に彼が言ったのは三つだったんですよ。環境問題と住民運動とコストが高い。だから大城議員、8月には断念です。それに大変期待して帰ってきたんです。

 ところが今、岡田大臣が言われましたように、この検証していただきたいのは、なぜ1500メートルが今の案になったか、というところですよね。ここはですね、非常に曖昧です。いわゆる1500メートル断念と言いませんでした。2005年の10月29日にですね、米軍再編ロードマップの中間報告ということでね。

 橋本さんが来てモンデールとできたと、あれはぬか喜びですよね。ところがですね、お訊きしたいのは、その中間報告があった10月29日の2日後の10月31日にですね、辺野古区の最高決議機関である行政委員会がですね、4つの項目で全会一致で反対決議をしてるんですよ、地元が。これをですね、ずっと無視された。名護市民はご承知のように1997年の市民投票を無視された。こういった点で民主主義の手法からすればですね、当然のこととして地元が最高決議機関で反対している。名護市も反対している。であるならば、当然これはですね、ルールとしてはそれを尊重すべきだと思うんですが、今日までこれはまったく無視されてきています。

 そのことについてですね、岡田大臣は承知されたのどうかということと、それからですね、私は岡田大臣がどういう信仰を持っているか知りませんが、実はこれはですね、今度のアセスで出たですね、後出しジャンケンのですね、アセスなんですよ。なかったことを全部出してきましたね。ここに何があるかというと、辺野古川の入口のここですね、私の信仰のメッカなんです。沖縄は祖先崇拝なんです。1990年の…(一部不明)…にですね、私は12月に栗原セイジロウさん、あの当時の副官房長官、彼に総理官邸でこれをお見せしてるんですね。これは私の祖先のお墓なんです。ここはシーミーと言ってですね、沖縄の行事で祖先崇拝します。そこにこういう安眠妨害する基地を造るということは、命をかけて反対しますよ。沖縄県民はニライカナイという信仰的なものもあるし、こういう沖縄の幸せを奪うのであれば、県民全部たたかいすよということを13年前に申し上げたんですよ。

 ところが、私どもはこういうことでね、大事にする祖先のお墓の上をですね、こういう人殺しのヘリコプターが飛ぶというこは許されない。こういうことをあえてやるのかという問題があります。

 それからですね、今日はパネルもいっぱい持ってきたんですけど、実は今日ですね、入場制限がされておりまして、(会場内には)辺野古の人は一人ですが、外の方に86歳のひめゆりの生き残りの宮城清子先生や、糸満で戦禍にあって火傷している島袋文子さんとか、入口でずっと待っておられるんですよ。大臣に会いたい見たいし、話しもしたいと。入れなかったんです。それで私は代わってこうしてですね、申し上げてるんですが、そういう意味からしまして、この前県知事が鳩山大臣に出したように、いま辺野古の部落は四面楚歌ですよ。実弾射撃演習場、エセックスが来て(ヘリが)飛び交う。一昨日の夜、午後11時まで無灯火で国立高専のすぐ後ろ側で離着陸をやってるんです。

 それだけではありません。廃弾処理でですね、ここに来られている人は、はい分かります、廃弾処理で民家にひびが入って、いまだにそれが回復されない。とにかく、辺野古の周辺は朝4時からの早朝からの実弾射撃演習やですね、ヘリコプターは騒音が深夜まで。そういう環境の中でさらにですね、今回こういう基地ができたらどうなるか。生活環境が全部破壊されますよ。現在(辺野古の住民が)1500人に対して6400人の米兵が来る。キャンプ・シュワブの人口がそうなる。大変なことになりますね。殺人事件も起こってますよ。

 これはですね岡田大臣、やっぱしですね、時間がないとかこういう問題じゃないんですよ。アメリカでは市民投票で反対決議をしたらストップしたじゃないですか。そういう例から見ればですね、日本国の大臣としてですね、やっぱし国民の問題を大事にしていただきたい。アメリカとの問題で独立国としての主張をしっかりしていただきたい。そうじゃないとですね、…(一部不明)…と思うんですよね。先程来からのお話を伺うとですね、なにか…(一部不明)…があるとかですね、そういう問題じゃないですよ、われわれは。64年間、苦しみに苦しんでるんですよ。県民は基地の重圧で苦しんでるんですよ。

 そういうことをですね、岡田大臣どこまでほんとに…(一部不明)…てるのかですね、非常に私、疑問なんです。ぜひお答えいただきたい。われわれの思いは通じてるのかなと。年寄りを排除してですね、入れないということは、こういう思いがあるんですよ。入って来れないで寒い中で待ってるんですよ。

渡久地知佳子>すみません、名護市の渡久地と申します。私たち家族ずっと12年間反対運動してるんですけど、その12年前の市民投票の時にこの子が生まれました。こんなに大きくなってます、もう12年経ってますので。ずっと私たちの反対運動に一緒に連れて歩いてます。なぜならば、この子たちの未来がかかったことなので、私はすべてを見せてきました。今日は岡田外務大臣に会いに行くよ、と言ったら、僕も言いたいことがあるというので連れてきました。ぜひ聞いてもらえますか、お願いします。
(拍手)

渡久地武龍>僕は名護市立小学校6年の渡久地武龍です。僕が生まれた年に行われた市民投票で、基地は造らないと約束されました。これはとても大切な約束です。岡田外務大臣、約束は必ず守ってください。大浦湾や辺野古の海は僕たちにとって大切な海です。僕たちの海や僕たちの未来を絶対壊さないでください。よろしくお願いします。
(拍手)

渡久地武清>あのー嬉しいです。ほんと今日嬉しいんですよ、岡田さんここに来てくれて、話し聞いてくれるんだなーと。私、いま仕事の合間抜けて来ました。見てください、この子がこんなことを言うために、私は育てたんじゃない。あの、ほんとに家族らしく、年から年中このことばっかしですよ私は、頭の中が。普天間の人がどうなったか分からないからここに移す、これは…(一部不明)…ですよ。私たちもここに住んでるんですよ。これから一生住まないと、おじいちゃん、おばあちゃん、移させた人も、これからここで、環境、色んなもうすごいですよ。こういうとこで、この子は育てていこうと思ってます。これからも、家族。

 で、いま部落でも二分されて、もう顔も見ないぐらいですよ、目も見ない。それで話し合うんですよ、部落の行事なると。西川さんがこう言いました。辺野古だけじゃない、この地域まっぷたつ、宜野座、もう点々と、基地のある所どこでもそう起きてます。

 私はだから、これから先、子ども育てていかなきゃならないし、生活もあります。この基地の問題が起きてから、私どこで仕事してると思いますか。まあ、これはちょっと言いますけど、こういう関係してるから、土建業の仕事もらってるんですよ。んだ、干されて仕事もらえない。どこで仕事するかといったら、名前も顔も売れてない所ですよ。でも子どもを守るために顔を出さなければならない。なんとか、こんな中でも一生懸命やって、命あってこそ仕事できるんだということがねー、分かりよったわけです。家族で育って、今日もぜひやってくれと、デニーさんにお願いして。いまも…(一部不明)…んですよ。この間も伊是名まで行ってきました。こういう所まで仕事をしながら生活をしています。単価も下ろして。

 絶対私はここに基地造らしたら、…(一部不明)…一生恨みます。この子にも継いでもらいます。この基地を絶対に許すなと。この子どもたちよ、絶対に許すなと。そういうふうに私は覚悟を作ります。私はそういう気持ちでいまも、運動ではない、生活するための術だと思って、私は頑張ってます。反対運動じゃありません。命を守るためです。

 だからいま、岡田さんも来てくれたんですから、せっかく、こういった生の声を聞いてください。皆さんもねー、ほんと私ぐらいですかね…(一部不明)…、そういった人たちも呼んでですね。傷つけられて痛い人たちもいると思います。この人たちの話を聞いてもいいんでないですかね。こういった話がどうなるかというのをね、ちょっと考えてもらって、ぜひともこっちに造らさないで、できたらもうアメリカ。さっきから言ってました、ほんとに。時間なんてどうだっていいんです、13年間わったーこっちで生活してきたんです。造らないでくださいと。明日、明後日のことは待ちます。決は出さずに、こういった人たち、私たちみたいな話を聞いて、ちゃんと、造らさないでよかったという、気持ちになってください。お願いします。ぜひとも。
(大きな拍手)

司会>では、お二人にお答えしたいというふうに。


岡田外相>まー、あのー、沖縄は本島部分では二割が基地ということで、それはもう日本の中でも他にないことですね。そのことは、われわれも十分分かっています。私は外務大臣になる直前に『世界』という雑誌にインタビューを受けて、その時に申し上げたんですが、うーん、やはりそれは沖縄の地が戦場になりね、そして、占領されたということがなければこういうふうにはなってないわけですから、まー、そういう戦後の沖縄の悲惨な歴史の延長線上でいまも、基地がこれだけある沖縄というのが存在していると、いうことですね。それは分かってるつもりです。

 でー、そしてこういう状況がほんとにいつまで続けられるのかと。私は最初に外務大臣になった時に、クリントンさんに言ったんですけども、やはり30年、40年、いまの日米同盟というものをより強くして、持続可能なものにしたいと、それは私の信念です。しかし、そのためにはですね、基地の問題を、負担の問題もしっかり議論していかなきゃ、そういうことにはならないと、いうことも申し上げたところであります。

 えー、実際、いま日米間で様々な議論をしてるんですが、例えば地位協定をこれからどうしていくかとか、ま、これも簡単な話じゃないんですけども。あるいは日本に返還される予定の米軍基地について、どういうタイミングで返すのかと。あるいは嘉手納、普天間の騒音の問題、あるいは訓練について、なるべく負担を減らすためにはどうしたらいいのかと。そういうことをいま真剣に議論しているところであります。

 ま、今度政権が代わったから、そういうふうに変わったんだと。いままでそんなこと、あんまり真面目に真剣に議論してきたって話はあまり聞きませんので、それは政権が変わったから、そういうこともあり得るということで。

 ただ、いまのお話を聞いておりまして、ほんとにこのー、普天間の基地の辺野古への移設の問題に、ずいぶん長い間、地元で反対してこられた方から見ると、大変な思いがあると。ただ、少し負担を減らしてやると、やはり、日米安保、日米同盟を前提にするとどっかに基地は必要だと、いうふうに私は思います。もちろん、その基地がいざ来るとになった所に、負担が過重にかからないようにしなければいけないと、いうふうに思いますけども、しかし、日本に基地が必要だという前提になれば、どっかがそれを引き受けなければいけない、という問題。それは率直に言ってですね、避けられない問題であるというふうに思います。

 もちろん、その当事者になったら、とんでもないと、なんでここなんだと、ま、そういうふうになるとは思いますが。ま、そういう中で、色んな話し合いを経てですね、そして日米間でよく…(一部不明)…ができたということであります。それをどこまで考えるかということをいま議論しているわけですが、なかなかその余地というのはそう大きくないというのが今日の…(一部不明)…までの結論でございます。もちろん、いますぐ、じゃあ合意だからといって、日米両国政府でこうしましょうと、そう簡単に決められない問題であることも分かっていますけども、実は沖縄の皆さんのご意見を聞かせていただきまして、まーしかし、なかなかそれに代わるですね、答えがいま見つかってないと、結局はそうです。

岸本洋平>こんにちは。地元の名護市議会議員をしている岸本です。先ほど日米同盟の話もありましたけども、シャルル・ドゴールフランス大統領が、超大国に共に歩む国の将来の危うさということを話していて、そういうこともしっかり心に置きながらというか、勉強しているところですが、1月には首都圏の方に行きますので、ぜひ…(一部不明)…。それからあの、先ほどV事案の検証をしてきたということでしたけど、L字からV字になった経緯について、どのような見解なのかお訊きしたい。

浦島悦子>私は基地が予定されています大浦湾沿いに住んでます住民で作ってる「ヘリ基地いらない二見以北十区の会」の浦島悦子と申します。先ほどから色々お話がありましたが、私たち13年間ほんとに苦しい思いをしてきました。

 なぜ地域のお年寄りが基地はいやだって言うかというと、沖縄戦の体験の中から、あのような苦しい思いを二度と子や孫に味わわせたくないという強い思いと、それから、焼け野原になって何も食べ物がない時に、夫を亡くした女性が海の物を採って子どもを育てられた。命の恩人である海を基地に売ったらばちが当たると口癖のように仰るんですけど、そのような思いで13年間反対してきてるわけですね。

 しかも、その中で自公政権による様々な脅しとか、お金とか色々な形で地域がずたずたにされてきました。ほんとに来て生活していただいたら分かると思うんですけど、過疎地です、私たちの所。過疎地でいままで声を上げても、どんな生活の不便を声を上げても、全然改善されなかったのが、基地問題が起こってから、防衛庁あるいは防衛省に頼めばなんでもやってくれるという、物凄くおかしないびつな構造があるんですね。そのために当初は地域一帯となって反対していた、地域のリーダーの方々を中心にして条件付き賛成というふうになっていって、そして、そのために地域の住民が物を言えないっていう状況にさせられてきた。

 でも、ほんとはみんな基地は造ってほしくないし、もし来たらほんとにこの地域にこれ以上住めるんだろうかという不安を抱えながら、毎日生活してます。その中でほんとに、民主党政権が誕生した時に、これで私たち救われると思ったんです。これまでの苦しい思いを、民主党政権が私たちの上に重くのしかかっている暗雲を取り除いてくれる。特に岡田さんの発言は、私たちにとって物凄い力になるものでした。それがいま、このようにして辺野古しかないって、私は実はこの集まりも、結局は辺野古に持っていくよという結論を出すためのアリバイづくりに私たちは利用されているだけかなと、はっきり失礼ですけど、そういうふうにも思ってました、一部では。

 でも、もしかしたら私たちの思いを受け止めて、そうでない道を探してくださるかもしれない、13年間の思いに比べれば、私たちはほんとにさっき渡久地さんたちも言いましたけど、待ちます。何年でもって、とにかく13年間はかからないと思います、結論出るのにですね。早急に結論は出してほしくないです。

 もう一つ私不思議なのは、県外・国外って仰っていたからには、何か根拠があったんだろう、どこかそういうことを検証されていたんじゃないかというのがあったんですけど、それが一つもなされていない。県外の例えばこういうところが候補地として上げられてると。でも、ここはこういうことがあってなかなか難しいとか、そういうお話がいっさいありません。そこが不思議でならないんです。だからたんなる県外・国外というのは、選挙のためのリップサービスにすぎなかったのかという、非常にがっかりした思いをいま抱いてます。

 ここに来ている皆さんは、みんな同じ思いだと思うんですね。なぜ…(一部不明)…だけがそういう思いをしなければいけないのか。私たちよりアメリカの方が大事なんですか。私たちは同じ日本国民です。どうかその辺を考えていただいて、ぜひ辺野古には決めないでください。お願いします。
(拍手)

司会>では時間の関係上、岡田衆議委員からの発言にしたいと思いますが…、あ、おひとりだけ、短めに。

稲嶺進>稲嶺進と言います。これまで多くの方々が、思いをいっぱい出して訴えました。この名護市は97年の市民投票以来、13年も…(一部不明)…あったような状況を、これまでずっと基地問題に翻弄される中で生きて、生活をしてまいりました。このことは名護市の色んな行政面に、非常に大きな影を落としてですね、街づくりが非常にいびつな形で進められるという状況にもなっています。

 この市民投票で出された結果と同じように、最近のマスコミの評価でもですね、7割以上の皆さんが、県外移設という新聞での報道もなされました。このことは、先ほどから皆さん仰ってるように、まさしくこれこそ名護市、あるいは沖縄県の皆さんの民意でありますので、ぜひそのことを真摯に受け取っていただきたいと思っております。

 辺野古の海には新しい基地はいりません、というのがいまの皆さんの思いであります。名護市にはもうこれ以上の基地は、もういらないんです。命よりまさるものはないという、これ以上いらないということが、先ほどからの皆さんの意見で、そのことをしっかりと受け止めていただいてですね、皆さんの意思に答えるような結論を出していただきたい。

 先ほど来年1月の市長選挙もありましたが、今回もまた基地問題が争点になります。いつまでこのようなことが続けばいいんでしょうか。もうこれだけにしたい、もう終わりにしたい、それが本音であります。(拍手)

 この辺野古への基地建設はですね、もうぴったりと最後にするということをですね、しっかりと政府の方で、県民に、国民に対して明言をしていただきたい、とこう思います。実は、今日、多くの皆さんの意見、思いなどもですね、実はここに現状、苦悩、思いなどをしたためた物を持ってきたわけですが、そのことをここでは沢山は申し上げられませんので、あとでこれをお渡しをしたいと思いますけれども、ぜひ今日ここに来られてる皆さんの思いを受け止めていただきたい、というふうに思います。

 最後に、どうぞ辺野古には基地を造りません、というお言葉をいただきたいと思います。よろしくお願いします。
(大きな拍手)

司会>それではよろしくお願いします。

岡田外相>まずあのー、先ほどのお話に出ましたけれども、本来、基地を造るかどうかという話、あるいは日米同盟という話は、国の話なんですね。ですから国が決める話を、名護市の市民の皆さんが長きに渡ってですね、…(一部不明)…分断を強いる形になっていたことは、ほんとに申し訳ないことだというふうに思います。これは本来国が責任を持ってやらなければいけない話だと思います。

 そして、先ほど7割が県外というふうに世論調査の話がありました。私もそのアンケートは何回か目にいたしました。それはその通りであります。しかし、それはあの県外か県内かと言われれば、多くの方が県外を選ばれるのは当然だというふうに思います。しかし、もう少し現実にやる…(一部不明)…していくと、県外ということは、もちろんわれわれも様々な検証はいまやりつつありますが、しかし、すぐですね、えー、…(一部不明)…滑走路がすでにあって、しかも民間では使わないというようなものは、それは…(一部不明)…しかありませんからね、現実に県外といってもですね、それは時間がかかることは間違いない。地元の説得も必要になってきます。それだけに沖縄の…(一部不明)…それは今の普天間の状況がその間、いまのまま続くということでもあります。 そのことについて…
(会場内騒然として聞き取れず)

ヤジ>(普天間の)地元の皆さんは名護に反対してますから。

岡田外相>地元の皆さんがどうなのかという話……

(ヤジで聞き取れず)

岡田外相>ですから、単純に県外がいいかどうかという質問の立て方ではなくて、そういった普天間もその間、固定化しますと。あるいは7000人、8000人の海兵隊の海外への移転というのは、まさにアメリカもこれ、簡単には認めないとなるでしょう。そういうことも含めて判断した時に、どうなのかと訊けば、それが7割になるかどうかというのは議論になると思います。

ヤジ>いやもう、県民を恫喝してるだけですよ。

ヤジ>辺野古なら簡単にできるんですか?

ヤジ>辺野古ならいいんですか?

岡田外相>そういうことを言ってるわけはないです。

ヤジ>そういうふうに聞こえるんですよね。

岡田外相>7割の理由について言ってるんです。

ヤジ>いや、だからそういうふうに聞こえました。

岡田外相>そういう中で、妥当的な判断をしていかなければいけない問題だということを、ここはぜひ…(ヤジで聞き取れず)、…分かっていただきたいということで、だいたいそういう考え方でいま議論しているということであります。

ヤジ>どこにでも造ってはいけない。

ヤジ:大臣が分かってないんだよ。

岡田外相>もちろん、地元の反対をしてこられた皆さんの(ヤジが飛ぶ)気持ちは納得されないというのは分かりますけど。

ヤジ>県民いじめですよ、いや、反対でない、県民ですよ、県民、命ですよ。

ヤジ>あと20年かかってもできませんよ、辺野古では。

ヤジ>できないね。

ヤジ>普天間の人は、伊波さんもですね、名護市にやってくれとは言ってませんから。

岡田外相>大前提として、いや、あの、普天間潰せばいいと、いう話はわれわれはこれ前提には立たないと、これははっきり申し上げておきます。日米合意は重要であると。そして、普天間の機能はどこかに必要である。それは我々の議論の前提ですから。そういう議論の前提のところで違いが分からないと…(ヤジが相次ぐ)。

ヤジ>日米合意がなぜ重要なのか…


ヤジ>ちょっと大臣、伊波市長は名護市に反対してますよ…

司会。えー、時間が来てますので…(会場が騒然として聞き取れず)、…これは…(一部不明)…ということでの、市民集会ですので、それでは閉会の…(一部不明)…まとめさせていただきます…(会場内騒然)。

ヤジ>今日の集会が…(一部不明)…アリバイになったら困りますよ。われわれをアリバイに利用したら困りますよ。

ヤジ>うんそうだよ。

ヤジ>時間かけて検討せー。

(ヤジで会場内騒然)

ヤジ>何言ってるか(怒声)。

ヤジ>鳩山総理大臣がやってきたんですよ…

司会>えー申し訳ありません。今回は時間の制約もあってですね、自由な意見とか色々あるということも分かりますけど…(ヤジで一部不明)…かなり、いまの状況の説明はある程度、すみません、できたと…(マイクが割れて聞き取れず)…、伝えたいと思いますので、ぜひそのことを確認させていただきたいと思います。

ヤジ>普天間が…(一部不明)…と声高に言うのはね、脅しになりますよ、県民に対する。

岡田外相>いえ、私は脅しと感じておりませんから。

司会>今日はどうも有り難うございました。

岡田外相>皆さんの貴重なご意見をいただいて、そのことは大変、私にとりましても非常に勉強させていただいたと、いうふうに思っております。ただ、私は日本の外務大臣として、日本全体の安全ということを…

ヤジ>沖縄を犠牲にしてもいいのか。沖縄は。

岡田外相>もちろん、もちろん、沖縄のことも考えているからこそこれだけ、われわれ苦しんでいるんであって…

ヤジ>当然ですよ、当然ですよ。

岡田外相>ですからそういうことをね、ご理解いただき、これからわれわれが結論をどうするかということは、いまの時点では決めておりませんけれども、沖縄の皆さんの声、今日お聞かせていただいた声を、そういった声も、十分に念頭に置かせていただきながら、決して容易な決断ではないですけれども、最後は、わたくし外務大臣、そして鳩山総理、それぞれの責任で決断をさせていただきたいというふうに思います。もちろん、…(一部不明)…そういう決断になるということではなくて、皆さまの様々な声を聞かせていただいた、その結果としての決断を…(一部不明)…しなければいけないということも、ぜひご理解をいただきたいというふうに思っております。本日はどうも有り難うございました、ご意見いただきまして。

ヤジ>岡田さん、沖縄だけ犠牲にしないで下さい。

(会場内騒然)

司会>恐れ入りますが時間が時間を過ぎておりますので、この場での交流集会は閉じてきたいと、時間の都合上…(騒がしくて聞き取れず)…、こういうふうにさせていただいたのも、できるだけ多くの人の皆さんに、市民の方も…(一部不明)…方もいるわけですから、そういう状況の中でさせていただいたということ。また、…(かなり不明)…、こういう機会があればぜひ…

ヤジ>何回でも来てください、大臣。何回でも来て。

司会>よろしくお願いします、はい。有り難うございました。どうも拍手でお送りください。有り難うございます。

(拍手およびヤジ)

ヤジ>大臣、大臣…(騒がしくて聞き取れず)…違うルートからの情報も聞いて判断してください。偏った情報だけを聞いてるんじゃないですか、大臣は。

騒然とした中、岡田外相と市民との「対話集会」終了


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テープを文字に起こされた方の感想です。

 5日に行われた岡田外相と「市民との対話集会」の録音テープを起こしてブログに載せたら、かなりのアクセスがあった。多くの人がこの「対話集会」に関心を持っていたことを認識させられた。

 テープを起こしながら感じたことを少し書いておきたい。

 発言の中に「…(一部不明)…」とあるが、大半は時間にして1~2、3秒、単語にして1~数語レベルである。最後の7でヤジが乱れ飛んで会場が騒然としたところでは、司会の発言が数秒ほど聞き取れないところがあった。それ以外は(一部不明)といってもごく短いものである。岡田外相をはじめ参加者の発言を誤って記述しないように注意を払い、私なりに正確に聞き取れた範囲内ですべて文字化したつもりである。もし実際の発言と違いがあれば、私の聞き取りミスである。

 後半、岡田外相の発言で「…(一部不明)…」が増えるのは、音声が小さくなって前半より聞き取りづらくなったためである。マイクを使っていない参加者の発言の方が、岡田氏より聞き取りやすくなっている。これは私の想像だが、外部に音声が漏れないように、岡田外相の使っているマイクの音量が途中から絞られたのではないか。実際に会場内にいたわけではないので断定はできないが、録音テープを聴いている限り、冒頭のマスコミ取材を許可した部分と、後半の岡田外相の発言には、音量にかなりの差がある。参加者の発言と比べても、これは録音状態の問題ではない。

 それと併せて疑問に感じるのは、参加者の発言にマイクを使用させなかったことだ。マスコミのマイクと混信するから、という理由は本当だろうか。地声でも聞こえるように静粛にしてほしいと司会が発言しているが、これも参加者の発言が外部に漏れないようにという考えから、意図的にマイクを使わせなかったのではないか。民主党県連・3区支部はあらぬ憶測だと否定するだろうが、会場を密室化した対応を見ると、そのように疑ってしまうのだ。

 ヤジについては、それも参加者の大切な発言だと考え、聞き取れたものはできるだけ載せることにした。声が錯綜して聞き取れないものが多く、実際のヤジの数は載せた数の比ではない。会場の騒然とした様子を聞きながら、民主党県連はそれを予想し、見せない、聞かせない、という方針で「対話集会」を取り仕切ったのだろうと思った。しかし、それは狙いとは逆の結果をもたらしただろう。

 政治家が市民と「対話集会」を持つことは大切なことであり、積極的に行われるべきだ。今回の「対話集会」にしても、もっと広い会場で市民に自由に参加してもらい、マスコミにも公開していたら、アリバイづくりという批判はあったにしても、「対話集会」自体を評価する声はもっと大きくなったはずだ。情報公開を主張してきた民主党が、このように非公開の密室化した「対話集会」を行うことにより、むしろ不信感と反発を増幅させたのである。その結果として岡田外相や民主党への評価を下げたことは、明らかに判断ミスであった。

 「市民との対話集会」全面公開1~7を読めば、名護市民一人ひとりの発言から13年間の切実な思いが伝わってくると思う。実際に声として発言を聞くと、その切実さは文字化されたそれよりずっと強く伝わってくる。司会の玉城デニー議員は〈ユーチューブに載ったら大変なことになる〉と発言しているが、そんなに市民の生の声を封じたかったのか。

 しかし、岡田外相は自らの耳で、限られた数とはいえ名護市民の声を聞いた。その声の背後にはさらに何十万という沖縄県民の声がある。それを踏みにじって、日米同盟強化のために、辺野古への新基地建設を強行するつもりだろうか。

 今日の最新ニュースでは、鳩山首相と岡田外相、北沢防衛相、前原国交・沖縄相が話し合いを持ち、鳩山首相は今月18日までに政府方針を出す意向という。沖縄に負担と犠牲を押しつけて「日米同盟」が維持・強化されると考えるなら、大きな間違いだということを、鳩山首相や岡田外相ほかの閣僚は肝に銘じておくことだ。

外相の県民対話 危機煽るだけでは情けない琉球新報社説
2009年12月7日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-153847-storytopic-11.html

 県民の願いに、誠実に応える柔軟性や展望はあるのか。岡田克也外相の言動は、疑問だらけだった。
 「住民との対話」を掲げ就任後2度目の来県をした外相だが、米軍普天間飛行場問題について、行く先々で県内移設合意の不履行による「日米同盟の危機」を強調した。聞き役ではなく、まるで官僚に操られた“危機煽(あお)り役”だ。

 県民は戦後64年間の基地とのかかわりの中で、何が現実的で、何が非現実的かを理解している。

 公共事業など基地がもたらす恩恵は限定かつ一時的であるが、基地被害などの不利益は広範かつ長期に及び、基地は固定化する。

 米軍が兵士の綱紀粛正、騒音防止措置など住民生活への配慮を徹底すると言っても、米軍絡みの犯罪や被害はなくならない。

 国の天然記念物ジュゴンなど希少生物や豊かな自然をはぐくむ辺野古の海への新基地建設に、国内外の環境保護団体が異議を唱え、国際世論も辺野古移設を許さない。

 「辺野古合意が最善」との考えには根拠がない。日米両政府は沖縄の戦略的重要性を誇張し、米海兵隊の駐留に執着するあまり、日米関係が深化ではなく劣化しかねない現実こそ直視すべきだ。

 鳩山由紀夫首相は自民政権と官僚が営々と築いてきた対米追従外交に風穴を開けるべく、まずは閣内の意思統一を図るべきだ。普天間撤去こそが現実的で、日米関係への信頼を改善し、日米両政権の価値を高める道だ。

 岡田外相は衆院沖縄4区の議員懇談で、米側が辺野古にこだわる理由について「オバマ大統領が米国内で支持率が下がっている中、議会から対日交渉で弱腰だとの批判を避けたいのではないか」と推察した。国民よりも米国の意向に顔が向いた情けない発言だ。

 米政府高官は普天間問題の越年について「懸念は伝えたが、日米関係は成熟している。日本は最も重要な同盟国の一つだ」とし、国務省のケリー報道官も「米国は日本政府の見直し作業を喜んで手助けする」と述べた。日本の官僚が民主党の「県外・国外移設」方針に待ったをかけ、執拗(しつよう)に「日米同盟の危機」を煽る姿とは大違いだ。

 鳩山内閣は普天間撤去へ向け、政治主導の真価を発揮する時だ。鳩山、オバマ両首脳が特使を派遣し、政治主導で打開を探るぐらいの強い指導力が必要だ。