2009年8月8日土曜日

【原子力発電】 ウランからトリウム

ウランからトリウムへ―世界の核燃料戦略を読む
資源・環境ジャーナリスト=谷口 正次
http://eco.nikkeibp.co.jp/article/column/20090805/101975/?mail
原子力発電の燃料としてトリウムに注目する動きが静かに広がっている。トリウムは軍事転用が難しく、かつては原発など原子力の平和利用の本命と見なされていた元素なのだ。温暖化ガスを出さないエネルギーとして原発の増設機運が世界的に高まっている今日、トリウムをどう位置づけていくか。核拡散防止やエネルギー安全保障、資源を巡る地政学などの観点を絡めて、各国の原子力戦略が問われ始めている。

核拡散防止と放射性廃棄物削減

 トリウムはウランの従兄弟のようなもので、天然に産する放射性元素である。そのトリウムを原子力燃料としてウランの代わりに利用しようとする動きが世界で静かに広がり始めた。

 背景には地球温暖化対策として世界的に原子力発電増設の気運が高まっていることがある。その場合の大きな懸念は、核兵器の拡散と放射性廃棄物である。トリウムは核兵器の拡散防止に役立つうえに、プルトニウムを含む有害な放射性廃棄物がほとんど発生しない。

 そんな良いことずくめの技術なのに、なぜ今まで実用化されなかったのだろうか。一言でいえば、理由は第2次大戦後の冷戦構造と核兵器開発競争にある。原子力の民生利用としての原発も、軍事利用と無関係に展開されてきたわけではなかったのである。

 核兵器には原料としてウランを使うタイプと、天然にはほとんど存在しないプルトニウムを使うタイプがあるが、プルトニウム型の方が圧倒的につくりやすい。プルトニウムはウランが核分裂反応を起こして燃えるときに生成されるが、トリウムを燃やしてもプルトニウムはほとんど発生しない。したがって、トリウムを原発の燃料とすると、核兵器を効率的につくれなくなる。そのため、政治的に日の目を見ることはなかったわけだ。

 米国では1950年代から70年代にかけて、トリウム溶融塩炉と呼ばれる原子炉の技術開発を進めていた時期がある。1965年から69年までの4年間、無事故で運転した実績を持ち、基本技術は確立している。トリウムの燃料利用を想定していたこの原子炉は、核の平和利用の本命であった。

 トリウム溶融塩炉の利点は、小型化に適し、経済性が高いということだ。そして、軽水炉の使用済み燃料や解体核兵器に含まれるプルトニウムを、トリウムとともに燃やして処理ができるという点も都合がいい。トリウムそのものは核分裂しないので「火種」としてプルトニウムが使えるからだ。

 米国にはトリウム・パワー(Thorium Power Ltd)という核燃料企業もあり、日本など世界で広く使用されている軽水炉でのトリウム利用を推進している。各国では、溶融塩炉だけでなく、さまざまなタイプの原子炉でトリウムを使えるようにする研究開発が行われている。

 オバマ大統領はグリーン・ニューディ-ルを打ち出し、そして核廃絶を世界に訴えている。4月5日にはチェコ共和国の首都プラハでEU首脳との会談に先立ち、「米国は核廃絶に向けて行動する道義的責任を有する」と演説した(4月6日付け『産経新聞』)。そして、核なき世界を目指して、4年以内に兵器用核物質の拡散を防ぐ体制を構築する方針を表明した。

 そのチェコ共和国は「トリウム溶融塩炉の技術開発で世界をリードしている国の一つだ。 だとすると、オバマ大統領の演説との関係は偶然の符合とは考えにくい」と原子力工学が専門の京都大学助教、亀井敬史博士は言う。

オバマとトリウム

 すなわち、米国がトリウム原子力によって、地球温暖化対策と核廃絶のために世界のリーダシップをとるとともに、グリーン・ニューディ-ル政策の推進にも役立てようとしているのではないかと読みたくなるわけだ。ブッシュ前大統領の原子力回帰政策をオバマ大統領は踏襲しなかったが、トリウム原子力で大きな違いが出せるというものだ。亀井博士によると、今年6月には米下院で、7月には上院で通過した国防予算法案の中に、海軍においてトリウム溶融塩炉の研究を進めることが入っており、2011年2月1日までに国防委員会に報告せよとなっているそうだ。

 米国の三大ニュース誌の一つに「US.News&World Report」 という雑誌がある。 2009年4月号は、GREEN Economyの特集号だ。その中でトリウム原子力を紹介している。

 米国、チェコ共和国のほかに、トリウム溶融塩炉の技術開発に向けて動き出した国としてはカナダ、ノルウェー、オーストラリアながである。インドは60年にわたって独自に開発を進めてきた。そして、忘れてはいけないのが中国の台頭だ。

 残念ながら日本では封印された状態である。これまで、ごく少数の技術者が溶融塩炉の実用化の必要性を声高に訴えていたが、全く無視されている。何しろ、東芝、三菱重工、日立製作所といった大企業が軽水炉型の発電所ビジネスでフランスのアレバ社とともに世界にその存在感を示しているわけだから、大型タンカーのように簡単には国策の舵はきれないだろう。しかし、世界の空気を読めないでいると、日本は世界から取り残される恐れも否定できない。

 注目すべきは、中国、インドである。両国ともウラン資源が乏しいので埋蔵量世界一を誇るオーストラリア頼みである。中国は、2006年4月、温家宝首相がオーストラリアを訪問してハワード首相と会談を行った際、2010年からウランの中国向け輸出開始で合意した。

 オーストラリアはウランの輸出先に核拡散防止条約(NPT)加盟を義務づけている。中国はNPT加盟国ではあるが、軍事利用の心配があるとして、オーストラリアはそれまで中国への輸出には消極的であった。今回の輸出解禁に際し、中国はオーストラリアに対してウランを平和目的以外に利用しないという保証協定を結び、輸入したウランに関連して国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れて、オーストラリアに対して公開する義務を負った。

 原子力発電に積極的なインドもオーストラリアにウラン輸出を要請し続けていたが、NPT非加盟国であることからこれまで見送られてきた。しかし、2007年8月になって、インドへの輸出も容認することを決めた。中国と同じ条件で協定を結ぶことになった。これは、核拡散防止条約未加盟国にもかかわらず、インドが米国と原子力に関する二国間協定で合意したことを受けた例外措置だそうだ。

 米国やオーストラリアなどが原子力を軸にインドと中国に急速に接近している。ウラン資源は乏しいインドと中国だが、逆にある資源については両国とも豊富という共通点がある。モナズ石などのレアアース(希土類)を多く含む鉱物資源である。

日本に戦略はあるか

 レアアースはエレクトロニクス、IT機器、電気自動車など先端技術産業には欠かせないもので、いま、わが国の産業界でもレアメタルとともに関心が非常に高まっている重要な資源である。

 そのモナズ石の中にトリウムが含まれているのだ。とくにインドのモナズ石はトリウム含有量が約8%と非常に高い。一方、中国はレアアース(希土類)では世界の97%の生産量と31%の埋蔵量を誇る。

 現在、モナズ石などの鉱物からレアアースを抽出する際には、放射性物質であるトリウムは厄介な不純物として除去しなければならない。ただ、中国のモナズ石などの中に入っているトリウムの含有量は0.3%以下とインドに比べてはるかに少なく、レアアースを取り出すには邪魔ものが少なくて好都合と言える。

 とはいえ、なにしろレアアースの生産量世界一の国である。廃棄物としてトリウム資源が少なからず蓄積されている。これを、中国政府は将来の重要なエネルギー資源と見なしているはずだ。最近、清華大学が中心になってトリウム利用推進を訴え、IAEAと共催でトリウムに関する国際会議も開いている。

 中国では最近、国営企業2社がオーストラリアの有力なレアアース、レアメタルの探鉱・開発会社の支配権を握った。オーストラリアのモナズ石は、6%のトリウムを含んでいる。

世界の主なトリウム資源保有国の確認埋蔵量
単位:t(トリウム換算)
オ-ストラリア 300,000
インド 290,000
ノルウェー 170,000
USA 160,000
カナダ 100,000
南アフリカ 35,000
ブラジル 16,000
その他 90,000
(出所:US地質調査所 2007)

世界のウラン資源の確認埋蔵量
単位:t(ウラン換算)
オーストラリア 700,000
カザフスタン 510,000
カナダ 350,000
USA 350,000
南アフリカ 270,000
ナミビア 200,000
ニジェール 200,000
ブラジル 170,000
ロシア 130,000
その他 220,000
(出所:2006 IAEA Red Book)
 2007年12月20日。「立命館大学で、日・中・印の温暖化専門家会議が開かれ、その声明文の中で先進的な原子力としてトリウム利用を検討すべきだとの文言が盛り込まれた。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のパチャウリ議長も強く推奨した」(2008年2月28日付け『日経産業新聞』、亀井敬史博士寄稿文より)

 いまや世界の資源、エネルギー、環境政策は一連の環を形成している。その環をつなぐ両端にトリウムとレアアースがある。このことを、わが国の国家戦略を考え、政策を担う人たちがどのように受け止めているのか知りたいものだ。

 政局と内政に明け暮れ、世界の空気を読めないでいるとこの国の将来は危うい。

 唯一の核兵器使用国アメリカと唯一の核被爆国日本、いまこそ手を組んでトリウムによる核廃絶を目指す絶好のチャンスと言えないだろうか。



〈寄稿〉 飯沼和正 「核兵器 廃絶を目ざす 『トリウム原子力』の研究」(2009.05.16)
http://www.kyoto-up.org/archives/711
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ウラン核燃料サイクルとは別

「トリウム原子力」とは現行の「ウラン核燃料」とは別系統の独立した原子力(発電)技術である。核爆弾の原料であるプルトニウムの産生とは無縁か、もしくはそれの減量に大きく役立つ技術である。だがそれは久しく政治的に〝埋め殺し〟にされてきた。それを今、京都の若手研究者(たち)は気づいて、叫び声を挙げ始めている。歴史的にも京都に深くつながる研究人脈のなかで早くに提唱された。大学の外と内との研究者たちによって独自に進められ、公認されぬまま、相当に高い完成度にまで到達されてきた技術である。

米オバマ新政権の側は独自にこの技術の重要性に気がついている。昨秋、上院にはすでに「トリウム原子力法案」が提出。その一方でこの4月には旧来のウラン原子力法にもとづく重要施策、「GNEP」計画の「断念」が明らかにされている。

研究の自由が公認されている大学で、今こそ、「トリウム原子力」への本格的な取り組みを始めるべきではないか。そのことを深く、切に望みたい。

現行の原発技術体制はウラン系核燃料によって立っている。しかし、このウラン系「核燃料サイクル」には必ずプルトニウム(核爆弾の原料物質)の産生が伴なう。というよりはプルトニウムの産生と利用とを大前提として成り立っているのが、外ならぬ現行の(軽水炉による)原発技術なのである。

この産生したプルトニウムを今は未だ完成していない仮定の「増殖炉」で、燃料として利用する。それを燃やして消化しさらに発電する。そのような仮定に立った理論(「核燃料サイクル」)でもって現行の原発体制は構築されている。

ところが、この理論が、今、崩れようとしている。この「核燃料サイクル」にとって最重要で、かつ不可欠な一環である「増殖炉」の実現が、世界でも、日本でも破たんしかかっているからだ。その開発はすでに頓挫している。それが事態の現況なのである。

にもかかわらず、思慮浅き、日本のリーダーたちや、そして最近までの米国のリーダーたちは(ウラン)原発こそが地球温暖化防止の〝決め手〟だなどと、巨費を注ぎ込んできた。

炭酸ガス・ゼロでもプルトニウムのヤマが

確かに、原発は炭酸ガスこそ放出はしない。しかし「増殖炉」ナキ現行のウラン系核燃料サイクルでは、今後、プルトニウムのヤマが世界各国に厳然として残るのである。日本だけでも、すでに今、70トン程度のプルトニウムを保有している。ちなみにヒロシマ・ナガサキ級の原爆が必要とした原料物質は、プルトニウムであれば、せいぜい8キログラム~10キログラムであった。

「トリウム原子力」の最終的な姿は「熔融塩・発電炉」方式だと目されている。この方式ならば、理論的にプルトニウムはまったく産生しない。しかし、この〝本命〟にたどりつくまでには、少なくとも10年の開発期間を要するであろう(古川和男博士)。

他方、そこに至るまでの〝ツナギ〟として、より実現容易な技術もすでに提示されている。トリウムとプルトニウムとの混合燃料(棒)を新たにつくり、それを現用の発電炉(軽水炉)に装入する。いわゆる「プルサーマル」方式の〝トリウム〟版である(豊田正敏・東京電力 元原子力本部長)。

米国・上院に「トリウム原子力法案」提出

オバマ新政権に変った米国では、すでにこの「トリウム原子力」への政策転換の兆しが見えかかっている。

08年10月、上院へは民主・共和両党の議員が共同提案として「Thorium Energy Independence and Security Act of 08」(「トリウム原子力法案」と略)を提出、行政当局との折衝に入っている(「Nuclear News」誌,、08年12月)。

その折衝の結果か?。米エネルギー省(DOE)はこれまで進めてきた「GNEP」計画の「断念」を、最近、明らかにしている(朝日新聞4月21日付朝刊1面トップ)。

「GNEP」計画とは、ウラン核燃料サイクルを完結すべく、ブッシュ前政権が推し進めていた要(かなめ)の計画であった。

前出の「トリウム原子力法案」は1954年に制定された現行法「Atomic Energy Act」を大きく改変するものだ。

というよりは「ウラン原子力」を対象にした現行法体制に対して、これとは独立的な(Independence)ものとして「トリウム原子力」を対象とする新しい法的枠組みを打ち出すもの―とみられる。

この法案には今後、5年間の予算として、250億円($ 250 million)が盛り込まれている。

何故「京都の大学で…」なのか?

もともと、世界でも数の少ない「トリウム」派ではあるが、何故か、そこには京都の大学の人脈が目立つのである。

主流の権威を〝何ぞ必ずしも〟と疑う、反骨・在野の気風のせいかもしれない。

まず最初に、日本でこの灯をともしたのが、京都・京大の出であった。故・西堀栄三郎博士だ。彼は最初の南極越冬から帰国して間もなく、(旧)日本原子力研究所理事の時期に、この「トリウム原子力構想」(「TMSR」)を打ち出している。1960年ごろだった。

〝世界最初の原爆被災国・日本こそ、これに取り組むべき。経済性・安全性も高い〟―と。

彼は京大理学部の助教授を経て、若くして民間に転出。敗戦後も、原研理事としてのごく短い期間を除けば、生涯、在野の技術者だった。在野の〝大御所〟であった。最後は京都の「名誉府民」にも選ばれている。

その西堀を継承したのが古川和男(現在82歳)。彼は当時、原研の主任研究員(のちに東海大教授)だった。ふしぎな縁だが、2人とも京大理学部の同門である。2人は原研にあって、孤立無援に近かった。

古川は、米国での「熔融塩炉」実験の成果を横目に踏まえながら、これをトリウム系燃料に特化。「発電炉」として理論的にほぼ完成(「FUJI構想」)する。これは海外からも将来の有望候補と目されている(02年には文春新書『原発革命』として公刊。佐藤栄作記念国連大学協賛財団から「最優秀賞」を受けている。「核拡散防止への実効ある提言」という理由であった)。

幸いなことに、このような知的命脈は今日の京都にも引き継がれている。実験系の常置講座こそ未整備であるが、大学の内外には、「トリウム」に心を寄せる若手研究者たちが〝トグロを巻いて〟、出番を待っている。

だからこそ、京都の大学で本格的な取り組みを―と望みたいのである。それは、広島・長崎の、核廃絶を待望する市民たちとも手を組んで。



いいぬま・かずまさ  1932年生まれ。大阪大学工学部(造船学科)を経て京都大学法学部58年卒。13年間、朝日新聞記者。原子力などを担当。90年以降、独立。『模倣から創造へ』(東洋経済新報社刊)など著書15冊。「原爆密造にご用心」(77年8月『中央公論』)、「トリウム・サイクルの検討を」(77年9月『金属』)―などを発表。日本記者クラブ・元会員。横浜在住。



ウランより利点の多いトリウム原発、移行への障害は?
2005年7月12日
http://wiredvision.jp/archives/200507/2005071201.html

Amit Asaravala 2005年07月12日
 原子炉で使用する燃料をウランからトリウムに切り替えることができれば、発生する放射性廃棄物の量は約半分になり、兵器へ転用可能なプルトニウムを取り出せる量も80%ほど減る可能性がある。しかし、原子力業界がこの転換を実現するには、後押しする材料がもっと必要だと専門家らは語る。
 科学者たちは以前から、原子炉の燃料としてトリウムを利用することを考えていた。トリウムの使用には十分な理由がある――自然界に存在するトリウムは、ウランと比較して埋蔵量が豊富で、使用する際の効率や安全面でも優れている。それに加え、使用した燃料から核兵器の開発に利用可能な物質を取り出しにくいという利点もある。
 しかし、設計が難しいうえ、使用済み核燃料を原子爆弾へ転用したいという冷戦期の思惑も働き、原子力業界は主要燃料としてウランを採用した。
 各国政府が核兵器の拡散防止に目を向け、環境保護論者が世界中に存在する膨大な放射性廃棄物の削減を求めている現在、トリウムが再び注目を集めている。
 ここ数年の米国とロシアの研究によって、以前研究者を悩ませた問題のいくつかに解決策がもたらされた。そして、1月にはインド――トリウム埋蔵量はオーストラリアに次いで世界第2位――が、独自設計のトリウム原子炉の安全性テストを行なうと発表した。
 需要の増加を見込んで、未採掘の資源も含めてトリウムを可能な限り買い入れようと動き出した採掘会社もある。
 米ノバスター・リソーシズ社(本社ニューヨーク)で戦略企画室の主任を務めるセス・ショー氏は、「米国をはじめとする世界各国――もちろんインドも含む――が将来、トリウムだけを使用するようになるのは避けられないことだと、われわれは考えている」と語る。
 だが、1つ問題がある。マサチューセッツ工科大学(MIT)『先端核エネルギーシステムセンター』(CANES)のムジド・カジミ所長によれば、原子力発電業界はすでにインフラをウラン燃料用に作り上げていて、これを転換するために投資する理由がほとんどないという。
 「市場経済のなかでのことだ。トリウムへの移行が有利に働くような経済的条件が必要になる」と、カジミ所長は語る。「トリウムが魅力的に見えるほどウランの価格が高値に達するまでには、あと50年はかかるかもしれない」
 暫定的な解決策として、カジミ所長は、米政府が発電所に課している放射性廃棄物に対する負担金の算出方法を変更することを提案している。
 現在、廃棄物を出す場合に課される金額は、核燃料から生み出した電力の料金に応じて計算されている。カジミ所長の提案は、これをプルトニウムの量に応じたものに変更し、生成を抑制するというものだ。
 「現状では、燃料の廃棄物の量は問題とされていない。しかし、政府が動いて、使用済み核燃料に含まれるプルトニウムの量に応じて課金する方針を打ち出せば、トリウムを後押しすることになるだろう」とカジミ所長。
 核燃料開発を手がける米トリウム・パワー社(本社バージニア州)のセス・グレー社長は、原則的にはカジミ所長の考えを支持すると述べている。ただし、そうした変更によって課金が全体として増大するなら、それは公平ではないと釘を刺した。
 「発電所の経営者はコスト計算に基づいて原子炉を建設し、運営している。原子炉に関するルールをただ変更するというのは無理だ」と、グレー社長は語る。
 代わりにグレー社長は、官民が協力して新技術の開発に資金を投じ、トリウムの利点を具体的に示すことにより、よりよい代替手段を提供するという方法を提案する。
 たとえば、トリウム・パワー社はロシアの研究者と共同で、兵器に転用可能なプルトニウムをトリウム炉で燃焼させて処理する方法を探ってきた。米下院は3月、このプロジェクトに約500万ドルの資金を提供することを決めている。
 これだけではトリウムの採用を促進するのに十分でないとしても、電力を使う側の動向が変化を促すきっかけになり得ると、グレー社長は指摘する。規制緩和によって同じ地域で複数の電力会社が競争するようになり、利用者がどこから電力を買うかを選択できる状況が整いつつある。つまり、利用者は電気代をどこに払うかで、責任ある技術に投資した会社に投票できるというわけだ。
 この戦術には、効果をあげた前例がある。たとえば1980年代に、消費者が「イルカの安全に配慮しています」(dolphin safe)というラベルのないツナ缶の購入を拒否した結果、マグロ業界は、マグロ漁をイルカの犠牲が少なくてすむ方法に切り替えた。
 「利用者が電力供給者を選択するようになれば、非常に強大な力になる」と、グレー社長は語った。
[日本語版:緒方 亮/高森郁哉



Thorium Fuels Safer Reactor Hopes
Amit Asaravala 07.05.05

http://www.wired.com/science/discoveries/news/2005/07/68045

Fueling nuclear reactors with the element thorium instead of uranium could produce half as much radioactive waste and reduce the availability of weapons-grade plutonium by as much as 80 percent. But the nuclear power industry needs more incentives to make the switch, experts say.
Scientists have long considered using thorium as a reactor fuel -- and for good reason: The naturally occurring element is more abundant, more efficient and safer to use than uranium. Plus, thorium reactors leave behind very little plutonium, meaning that governments have access to less material for making nuclear weapons.
But design challenges and a Cold War-era interest in using nuclear waste byproducts in atomic bombs pushed the industry to use uranium as its primary fuel.
Now, as governments look to prevent the proliferation of nuclear arms and as environmentalists want to reduce the volume of nuclear waste building up around the world, thorium is again drawing attention.
Over the past several years, studies in the United States and Russia have yielded solutions to some of the issues that troubled earlier researchers. And in January, India -- which has the world's second largest reserve of thorium behind Australia --announced it would begin testing the safety of a design of its own.
The anticipated surge in demand for thorium has led at least one mining company to begin buying as many thorium deposits and stockpiles as it can.
"We feel that it's inevitable that the U.S. and other countries in the world -- India of course -- will exclusively use thorium in the future," said Novastar Director of Strategic Planning Seth Shaw.
But there's just one problem: The nuclear power industry has already built its infrastructure around uranium and has little reason to invest in changing it, according to Mujid Kazimi, director of MIT's Center for Advanced Nuclear Energy Systems.
"This is a market economy so the economics will have to be in favor for thorium to move that way," said Kazimi. "It could take another 50 years for us to reach the level where uranium prices are so high that thorium looks attractive."
As an interim solution, the United States could change the way it charges power plants for the nuclear waste that they produce, said Kazimi.
Currently, waste fees are calculated as a fraction of the cost of the electricity that is produced by the fuel. Kazimi proposes charging by the volume of plutonium instead, so as to discourage its creation.
"Right now, it doesn't matter how large the fuel waste is," said Kazimi. "But if the government comes in and says we're going to increase fees in terms of waste in proportion to plutonium content, that will push for thorium."
Seth Grae, president of nuclear fuel development firm Thorium Power, said he supported the idea in principle. But he cautioned that it wouldn't be fair if the change resulted in an overall fee increase.
"Power plant operators decided to build and run their reactors based on one cost, and you can't just change the rules on them," he said.
Grae suggested that public-private partnerships could provide a better alternative by funding the development of new technologies and showing the benefits of thorium in action.
For instance, Thorium Power has been working with Russian researchers to find ways to dispose of stockpiles of weapons-grade plutonium by burning it in thorium reactors. In March, the House voted to give $5 million to the project.
If such demonstrations aren't enough to encourage thorium use, Grae noted that the change could be driven by customers from the bottom up. As deregulation allows multiple electric providers to compete in a region, customers are increasingly getting to choose where to spend their money. This means customers can essentially use their money to vote for companies that invest in responsible technologies, said Grae.
The tactic has worked before. For instance, in the 1980s the tuna industry switched to fishing methods that killed fewer dolphins after consumers stopped buying cans missing the "dolphin safe" label.
"When customers choose who their electric provider is, that's a very powerful thing," said Grae.


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トリウム原子力と福井県

 私が日本経済新聞記者時代に支局長として赴任していた福井県のメディア向けに一本記事を書いてくれと言われて書いた記事があります。残念ながら宙に浮いてしまい、もったいないのでここに載せます。検索エンジンに引っかかって読む人は読むでしょう。

 タクシーとは直接の関係はないのですが、電気自動車へのシフトやエネルギー問題は間接的に関係があるということで、ご勘弁を。

福井は立ち尽くすのか
「トリウム原子力」の風

 日本の歴史的な転換となるであろう第45回衆議院総選挙が終わった。民主党の大勝、自民党の惨敗を受けて永田町と霞が関の景色は様変わりした。「官僚と業界を基盤とした自民党政権は永遠に続く」と考えてきた人が呆然と立ち尽くす様子を、新聞やテレビが連日のように報じている。

 原子力の世界でも同様の大転換が起こる可能性が出てきた。日本一の原発数を誇る福井県は最悪の場合、「立ち尽くす側」に回る危険がある。永久政権と思われたウラン原子力を政権交替する力を秘めた技術体系に追い風が吹いている。それがトリウム原子力である。

ウランより安くて安全
 トリウムはウランより原子番号が2つ若い元素である。これをプルトニウムとの混合酸化物(MOX)燃料にして軽水炉などに入れると燃えてくれる。プルサーマルのウラン238をトリウム232に置き換える感じである。

 結論的な話をすると、トリウムはウランに比べて安く、安定に供給でき、かつ安全である。具体的には資源量はウランの3倍ある。しかも資源の分布が偏っていない。原子炉の中で燃料を徹底的に燃やせる。そして核兵器への転用が困難で核不拡散に役立つ。

 見逃せないのが、ウラン燃料が壁に突き当たっていることである。

 ウラン燃料を燃やすとプルトニウムが生まれる。プルトニウムは長崎型原爆の原料であり、取り扱いに高度の慎重さが要求される。日本の原子力委員会はプルトニウムを殖やして使う高速増殖炉計画を進めてきた。しかし6000億円を投じて福井県敦賀市に建設した原型炉「もんじゅ」は1995年12月のナトリウム漏れ事故以来動いていない。

 日本原子力研究開発機構は同炉を来春に再稼働させる予定だ。しかし「もんじゅ」は1次系2次系、そして3次系までの配管を持ち、かつ1次系と2次系は水や空気に触れただけで発火する液体ナトリウムを回す。軽水炉に比べて極端に複雑かつ神経を使うプラントである。来春の再起動を成功させ、運転実績を積み、さらに実証炉を経てこれを商業化できると考えるのは、むしろ夢想の世界に近くなってきている。

東電元副社長の“造反”
 高速炉を旗艦とするウラン原子力体系に対しては、主に左翼系の原発反対派からこれまで多くの批判がなされてきた。これに加え最近では、原子力の現場の現場から「ウラン原子力は限界だ」という批判が出ている。

 筆者が驚いたのは、東京電力で副社長、原子力本部長を務めた豊田正敏博士が、高速炉開発計画の断念とトリウム原子力への移行を主張していることだ。昨年秋に著書『原子力発電の歴史と展望』を出版した豊田氏を訪問し話を聞くと「遺言のつもりで発言した」とのことだった。主張している人が人だけに、重いものがある。

 高速炉開発路線に関して、政府の原子力委員会と電力業界の温度はかなり違っているようだ。税金で食べている原子力委員会がウラン・プルトニウム核燃料サイクルの夢(もしくは惰性、もしくは利権)に固執しているのに対し、損益の中で生きる電力業界が「コスト的に合わないので損切りするべきだ」と考え始めた。豊田博士の主張はその流れの中にある。

オバマ政権のシフト
 海外に目を転じると、オバマ政権はウラン・プルトニウム核燃料サイクル技術の開発を目指した「国際原子力エネルギーパートナーシップ(GNEP)」を縮小し始めた。具体的には今春、使用済み核燃料再処理施設と高速炉を米国内に建設しないことを決めた。ほぼ同時に、トリウム原子炉の研究を進めるための費用を海軍の予算案に盛り込み、同案は7月に議会を通過した。内容は、トリウム用原子炉の理想形と言われるトリウム熔融塩炉の研究である。

 オバマ大統領は4月、チェコ共和国のプラハで演説し、核廃絶への道をうたった。チェコはトリウム溶融塩炉の技術開発で世界をリードしている。オバマ政権のメッセージは明確だ。日本の鳩山新政権もその性格上、核不拡散につながるトリウム原子力に舵を切る蓋然性が極めて高い。

福井の選択は?
 日本でオバマ政権の誕生を最も喜んだのが福井県小浜市(Obama City)だった。同市を中心とする嶺南地域が擁する日本最大の原子力発電施設が平和的なトリウム原子力に転換したとすると、それは運命的な選択になる(既存の原子炉をそのまま使えるので見た目には何も変わらないのだが)。

 もちろん福井県は「もんじゅ」路線を継続して成功を勝ち取る可能性もある。失敗した場合は「立ち尽くす」危険性もある。福井の将来を見据え、ここはじっくりと比較検討して欲しい。

トリウム自身は燃料にはなりませんので、トリウム-232に中性子を吸収させてウラン-233を作って燃料とします。
これがトリウム・サイクル原子炉です。

これには幾つかの問題点が残されています。
まず、ウラン-233を作る必要がありますので、既存の原子炉中にトリウムを入れてウラン-233に変換し、これを取りだして生成する必要があります。これは天然ウラン中に存在するウラン-238をプルトニウム-239に変換して使用するのに比べて遙かに手間のかかる作業になります。

また、この核変換はTh232→Pa233→U233という経路を辿りますが、途中で生成するPa233は原子炉中でさらに中性子を吸収してU234にも変換されてしまいます。U234は核燃料にはならないので燃料生成効率はあまり良くないことになります

2009年8月5日水曜日

【安全保障】 安全保障と防衛力に関する懇談会

「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書の概要
 
第一章 新しい日本の安全保障戦略
第1節 安全保障戦略の理念と目標―日本がめざす世界
(1)日本の安全と繁栄の維持:日本の安全及び海外で活動する日本人の安全確保が必要。また、開かれた国際システムの下での経済活動や移動の自由を保障されることが必要。
(2)地域と世界の安定と繁栄の維持:日本の安全及び生活基盤を守るためにも、地域と世界の安定が必要。また、市場アクセス及び海上輸送路(シーレーン)の安全確保が必要。貿易相手国の安定も不可欠。
(3)自由で開かれた国際システムの維持:自由で民主的な価値が増進され、基本的人権が守られることも重要。日本も国際機関の機能強化や規範作りに積極的役割を果たしていく必要あり。また、武力による紛争解決を否定するという了解が世界に広まることが、日本人のめざす世界。

第2節 日本をとりまく安全保障環境
(1)基本趨勢
 経済、社会のグローバル化が進展した結果、主要国間の関係は安定し、大規模戦争の蓋然性は低下。その一方で、グローバル化は脅威の拡散の原因にもなっており、国際テロ、大量破壊兵器の拡散、海賊など安全保障上の脅威を含め、国境をまたぐ(トランスナショナルな)問題が増加。新興国の台頭などにより世界のパワーバランスに変化。
(2)グローバルな課題
①破綻国家・国際テロ・国際犯罪:冷戦後に増加した内戦型紛争が破綻国家を生み、その脆弱な統治が国際テロや国際犯罪などに「聖域」を与えている。
②大量破壊兵器・弾道ミサイル拡散の脅威:大量破壊兵器、中でも核の拡散は、国際安全保障を脅かす重大な要素。核兵器の拡散が核の連鎖を引き起こすおそれや、核兵器がテロ組織に渡ることも危惧される。
③米国の影響力の変化と国際公共財の不足:米国の絶対的な優位は今後も変わらないが、軍事的負担の増大や経済危機の影響で、米国の関与が縮小するおそれ。これまで米国が主導的に提供してきた国際公共財について、米国に加えて、EU諸国や日本など主要国が共同で提供する必要。
(3)日本周辺の安全保障環境
①北朝鮮:北朝鮮は核・ミサイル開発を継続しており、世界の平和と安全に対する脅威。日本にとっては、核・ミサイルに加え、特殊部隊による破壊工作も大きな脅威。北朝鮮の体制は先行き不透明であり、体制の崩壊の可能性。
②中国:日中間では経済協力にとどまらず、「戦略的互恵関係」を確立する努力が継続。一方、中国の軍事力の急速な増強は、その意図と規模が不透明なため、地域と日本にとっての懸念材料。
③ロシア:ロシアはG8のメンバーで、アジア太平洋地域の安全保障に影響を与え得るプレーヤー。その軍事力は、冷戦時代に比べ活動水準は大幅に下がっているが、その潜在能力は高い。
④アジア太平洋地域:アジア太平洋地域では、米国を軸にした2国間同盟の束が域内の安全と秩序を担保してきたが、地域安全保障枠組は依然として弱体。

第3節 多層協力的安全保障戦略
 日本の安全保障を確保するため、①日本自身の努力、②同盟国との協力、③地域における協力、④国際社会との協力という4つのアプローチを「多層的」に用いて、重層的に問題の解決にあたり、①日本の安全の確保、②脅威の発現の防止、③国際システムの維持・構築という3つの目標を実現する「多層協力的安全保障戦略」が必要。
(1)日本の安全―日本に対する直接的な脅威・問題への対応
種類も質も異なる様々な脅威・問題が存在。平時と有事の区別がつきにくく、事態の進展が早いという特色を踏まえ、事態にシームレスに対応することが必要。
・多機能弾力的防衛力の整備
・北朝鮮の核・弾道ミサイルの脅威に対する抑止力の維持
・米国との安全保障・防衛協力の強化
・北朝鮮の核・ミサイル開発の放棄を外交的に達成するための重層的な働きかけ
・国際犯罪・国際テロを制するための取締り活動
・離島・島嶼及び領海への侵入、大規模災害等に対する統合的なアプローチ
・情報機能の強化
・文民統制の強化
(2)脅威の発現の防止
 脅威の「種」に働きかけることにより、現実の脅威になるのを防ぐことが重要。
・アジア太平洋地域における米軍再編計画の着実な実施
・アジア太平洋地域における韓国や豪州等との協調・協力
・国際平和協力活動への積極的参加
・軍備管理レジームの強化及び核不拡散体制への積極的な貢献
・防衛交流等による周辺諸国との信頼醸成
・防衛力の実効性を高めつつ、外交力、経済力、文化の魅力など、日本のさまざまなパワーを組み合わせた「総合安全保障」
(3)国際システムの維持・構築
 国際システムを支え牽引してきた米国の影響力に変化が見られる現在、日本が健全な国際システムの維持・構築に努力することが重要。
・さまざまなアプローチを重層的に進めること
・国連安保理改革を含む国連機構改革等
・アジア太平洋地域における地域安全保障枠組の構築
・米国及び意思決定の核となる数カ国(コアグループ)との協力

第二章 日本の防衛力のあり方
第1節 防衛力の役割
①日本及び日本周辺における事態の抑止・実効的対処
 今後は、防衛力の「存在による抑止」(静的抑止)に加え、平素からの活動を通じた「運用による抑止」(動的抑止)を重視。自衛隊は事態の進展にシームレスに対応せねばならず、想定し得る以下の事態に実効的に対処可能な防衛力を着実に整備する必要。
ア 弾道ミサイルへの対応:抑止が最も重要。核抑止については米国に依存。その他の打撃力による抑止は主として米国に期待しつつ日本も作戦上の協働・協力を行う必要。ミサイル防衛による対処や被害局限も抑止の一環。重層的に構成される抑止を実効的に機能させるためには、日米の連携が重要。現在計画中のミサイル防衛システムの整備を着実に進めつつ、新型迎撃ミサイルの日米共同開発を促進すべき。敵基地攻撃能力を含む抑止力の向上については日米の役割分担を踏まえ、日本として適切な装備体系、運用方法、費用対効果を検討する必要。情報収集手段については、日米で相互補完できるような機能を構築すべき。
イ 特殊部隊、テロ等への対処:北朝鮮の特殊部隊や国際テロ組織による工作活動に対しては、警察機関と協力して兆候の察知と重要施設の防護、制圧などの対処が必要。
ウ 周辺海・空域及び離島・島嶼の安全確保:常続的警戒監視の実施と作戦能力の質的優位保持が必要。島嶼部への部隊の新たな配置を検討するとともに、緊急展開能力の向上を図るべき。
エ 大規模災害への対処等を通じた国民の安全・安心の基盤の確保
オ 本格的武力攻撃への備え
②地域的な環境・秩序のいっそうの安定化
ア 平素からの情報収集・警戒監視・偵察(ISR)活動により情報優越を確立。
イ アジア太平洋地域における防衛交流・協力の充実
ウ 地域安全保障枠組みの構築につながる多国間共同訓練等を適切に支援。
③グローバルな安全保障環境の改善
ア インド洋における海上阻止活動への支援を含む国際テロに対する取り組み  
イ 破綻国家への支援・国連平和維持活動への参加等
ウ 大量破壊兵器等の拡散を防ぐための取り組みに自衛隊を積極的に活用
エ NATOや欧州諸国などとの交流・協力を積極的に推進

第2節 新たな防衛力の機能と体制
(1)防衛体制構築の指針
 今日の防衛力は、多種多様な任務に従事可能な「多機能」性を持ち、突発的な危機にも迅速・的確に対処し得る「柔軟な」運用が可能なものへと発展すべき。自衛隊の体制改革に際しては、優先順位を明確にし、効率的な経費使用を行いつつ、防衛力の役割の拡大や即応性を考慮し、必要な水準と充足率を維持すべき。
(2)防衛力の機能発揮のための共通の要請
量よりも質に配意するとともに、ソフトウェアを重視し、より費用対効果の高い防衛力を構築していくべき。
(3)統合運用の強化と更なる統合の拡大
統合運用能力をいっそう高める必要。また、統合運用に資する教育訓練や部隊編成の手法を確立すべき。さらに、統合幕僚監部が作戦面からの優先順位を判断し、防衛力整備について意見具申する権限を持つことが必要。
(4)日米同盟の強化に資する防衛力整備
日本の防衛力を構築する際、米国との役割・任務の分担や日米間の相互運用性の向上の観点から常に確認することが重要。
(5)国際平和協力活動の強化のための体制整備
大規模かつ多様化したミッションに常時複数箇所、自衛隊の部隊を派遣することが可能な態勢を確保すべき。

第3節 防衛力を支える基盤
(1)人的基盤(少子化への対応など)
 少子化への対応として、女性自衛官の積極的な採用・登用、長期安定的な雇用形態への移行が必要。自衛官の階級・年齢構成の是正のため、曹クラスから幹部への部内登用の抑制的見直しや早期退職制度の導入、曹クラスの新たな俸給体系や階級の創設を検討。
(2)物的基盤(防衛生産・技術基盤)
維持・育成すべき防衛生産・技術基盤の明確化のため、個別戦闘の勝敗を決するような要素、秘匿を要する要素及び自国に基盤を保持しなければ戦力を発揮し得ない要素に着目した国産化の基準を設定。また、国際共同開発に積極的に踏み込むことが必要。
(3)社会的基盤(国民の支持と地域との協力)
 日本の安全保障政策の様々な側面に関して、広く国民の間で議論がなされるべきであり、そのための正確な情報提供が重要。自衛隊に対する国民の理解や支持、地域住民の協力は、防衛力を構成する重要な要素であることを踏まえ、バランスの取れた部隊配置が必要。

第三章 安全保障に関する基本方針の見直し
第1節 安全保障政策に関する指針について
「国防の基本方針」は策定から50年以上修正されず。また、「防衛政策の基本」とされてきた(ア)専守防衛、(イ)他国に脅威を与えるような軍事大国にならない、(ウ)文民統制を確保する、(エ)非核三原則、の4つの方針には「歯止め」としての意義はあったものの、「日本は何をするのか」についての説明としては不十分。「文民統制」や「軍事大国にならない」との方針は、引き続き重要だが、安全保障環境の変化により、世界の現状は、従来、「専守防衛」で想定していたものではなくなっている。
「安全保障政策の基本方針」を定め、内外に示すとともに、専守防衛など、日本の基本姿勢を表す概念についても今日の視点から検証すべき。

第2節 国際平和協力活動に関する方針・制度について
(1)国連PKO参加の現状
 国連PKOは、国家間紛争に対応する伝統的なものから、大規模・多機能型のものに変化し、参加5原則に該当しないケースが増加。このため、近年の日本の参加は低調だが、他のG8諸国並みの努力が必要。
(2)参加基準の見直し
 参加5原則と現国際平和協力法を改正すべき。政策的基準としては、正統性、安全確保、日本に相応しい能力発揮について評価し、日本の国益に合致するか否かを判断。
(3)国際平和協力活動に関する恒久法の制定
 国際平和協力により積極的に取り組むため、恒久法の早期制定が必要。
(4)国際平和協力に関する法的基盤の確立
「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」報告書の結論を強く支持。今後の法制度の中で活かされるよう期待。

第3節 弾道ミサイル攻撃への対応に関する方針について
(1)日米協力の重要性
 弾道ミサイル攻撃からの防衛には、報復的抑止力について米国に依存する一方、ミサイル迎撃や被害局限など、自らの役割を果たすべき。
(2)法的基盤の確立
①米国に向かうミサイルの迎撃:北朝鮮の弾道ミサイルは日米共通の脅威であり、米国に向かうミサイルの迎撃を可能とするため、集団的自衛権に関する解釈を見直すべき。
②米艦船の防護:弾道ミサイルへの対処に際し、自衛隊艦船が米艦船を防護できるよう、集団的自衛権に関する解釈の見直しも含めた適切な法制度の整備が必要。

第4節 武器輸出三原則等について
(1)武器輸出に関する今日の課題
 欧米諸国は、国際的な分業により先進的な技術や装備品を取得しようとしており、日本がこのような枠組に参加できない場合、国際的な技術の発展から取り残されるリスクが高まっている。また、米国からライセンスを受けて国内で生産する装備品等の米国への輸出を可能とすることは、日米協力の深化にもつながる。さらに、テロ対策に資する装備などの輸出は、日本の安全のためにも必要。
(2)武器輸出三原則等の修正
 武器輸出を律するための新たな政策方針を定めることが適切。方針策定までの間、個別の課題については、従来から行われてきた一部例外化により、早急に手当てすべき。
(3)武器輸出三原則等の例外化の範囲
 以下の案件は、厳格な管理が確保できることを前提に、武器輸出三原則等によらないこととすることが適当。
・国際的な共同研究開発・生産への参画
・民間レベルの先行的な共同技術開発や民間企業による他国の装備品開発・生産プログラムへの参画
・他国との共同研究開発・生産の成果の相手国から第三国への移転
・米国から受けたライセンス生産装備品等の米国への輸出、米国から第三国への移転
・弾道ミサイル防衛以外の米国との2国間共同研究開発・生産、テロ・海賊対策等への支援に係る案件

第5節 新たな安全保障戦略の基盤について
(1)官邸機能の強化
 現行制度の範囲で実施可能な官邸の司令塔機能強化に関する施策は早期に実施。安全保障に関する閣僚級会議体を支える恒常的な事務局創設についても引き続き検討すべき。
(2)情報機能と情報保全体制の強化
 各種情報収集基盤の強化・充実と強固な情報保全枠組の速やかな整備に努めるべき。
(3)国会による文民統制の強化
 国会の論議を通じた積極的な文民統制が必要であり、国会における秘密会のあり方や秘密保護のルール化についても検討すべき。

2009年8月1日土曜日

【新聞記事】 政治部遊軍・高橋昌之(東国原&橋下)

【政治部遊軍・高橋昌之のとっておき】橋下、東国原両知事の明暗の理由 2人の行動に大きな差
2009.8.1 18:00

タレント出身で国民的な人気を誇る大阪府の橋下徹知事と、宮崎県の東国原(ひがしこくばる)英夫知事が、国政にどうかかわるかで注目を集めていますが、今回の衆院選では、橋下氏が支持政党表明に向けて活発に動いているのに対し、東国原氏は自民党からの出馬を断念し、明暗を分けました。それはこの2人がとった行動に大きな差があったためだと思っているので、今回は私なりの分析を書いてみたいと思います。

 2人とも知事という政治家になった今、国の政治を動かしたい、あるいは将来、国政で活躍してみたいという野望はあるでしょう。しかし、私はその野望が自らの虚栄心によるものなら、実現しない可能性が高いと思います。反対に、それが国のことを真剣に考えての純粋な信念に基づくものであれば、実現する可能性は高いと思います。

 2人とも今は国民的人気や注目度は抜群ですが、これまでのタレント出身政治家をみれば分かるように、自らの政治行動次第で、人気は続きもすれば、一気に凋落(ちょうらく)もします。国民の中に「熱しやすく冷めやすい」という面があるせいかもしれませんが、それだけ国民の政治家を見る目は厳しいと言えます。政治家のとるべき行動という観点から、2人を比較してみましょう。

 まず、今回の衆院選に向けた動きです。橋下氏は横浜市の中田宏前市長らと「首長連合」として行動しており、7月16日の会談では、各政党のマニフェストを(1)官僚政治の打破(2)地方分権(3)政権運営ーの3点から評価を行って宣言文を出すことで合意し、どの政党を支持するかは個人の判断に任せることとしました。

 橋下氏自身は支持政党を表明する意向で、自民、民主両党の幹部らと意見交換を続けていますが、理念、政策からみて支持するのは民主党だろうと思います。橋下氏が民主党支持を表明すれば、その人気度からいって選挙戦に大きな影響を与えるでしょう。

一方、東国原氏は6月23日に自民党の古賀誠選対委員長(当時)と会談し、今回の衆院選に自民党から出馬してほしいと要請されました。席上、東国原氏は全国知事会が策定したマニフェスト(政権公約)を自民党のマニフェストに採用することと、「自分を総裁候補の1人として総選挙を戦う」ことを、出馬の条件に挙げました。

 しかし、東国原氏の擁立自体や「総裁のイス発言」には、自民党内から強い反発が出たほか、宮崎県民からも「宮崎県を捨てるのか」などと反対の声が相次ぎ、自民党は擁立を断念、東国原氏自身も7月16日に出馬断念を表明しました。このドタバタぶりをみて、東国原氏に失望した人は宮崎県民に限らず、国民の中にもかなりいるでしょうし、結果として自民党のみならず、各党を敵に回してしまいました。

くしくも7月16日に、2人の明暗がくっきり分かれたわけですが、それまでのプロセスにおいて、2人には大きな差がありました。橋下氏があくまで「理念と政策」で国政を動かそうとしているのに対し、東国原氏は「自民党総裁のイス」を、出馬の条件に挙げてしまいました。

 東国原氏のこの「ポストありき」ととられても仕方がない発言は、たとえ建前だとしても「大義名分」が重要な政治の世界において「決して口にしてはいけない」ものです。東国原氏は師匠の北野武さんからも「オレが冗談でいったことを本当にいうヤツがいるか」と怒られたようですが…。

 ちなみに東国原氏は「新潮45」8月号に手記を寄せ、「総裁のイス」を求めた理由について「(改革の)実行へのプロセスをロードマップに示して、国民に開示できる責任ある立場につけて欲しいという条件闘争だ。そして、その責任ある立場の究極が、総理大臣なのは言うまでもない」と釈明しています。

 しかし、自民党の総裁候補になるには党内の国会議員20人以上の推薦が必要で、総裁になるには総裁選で過半数以上の票を得なければなりません。首相となれば国会議員の過半数を得なければなりません。東国原氏がそれを望むのであれば、それは自らが自民党に入ってから取り組むべきことであって、古賀氏に求めるのは筋違いです。

 この点について、東国原氏は手記で「私は『自分を総裁にして選挙を闘う』ように要求したわけではない。議席を獲ったあとに、一国会議員として総裁選にチャレンジできることを確約してもらえるなら、出馬すると言ったのである」と付け加えて説明していますが、先ほど述べたように、総裁選にチャレンジできるかどうかは、自分が党内で推薦人20人を集められるかどうかにかかっているわけで、古賀氏に「確約」を求める話ではないのです。

 第一、東国原氏が今回の衆院選に本当に出たいと思ったのなら、自民党の回答が自分の意に反した内容だった場合は、無所属でも自分のマニフェストを掲げて出馬すればよいことです。「自民党が担いでくれるなら出るが、そうでないなら出ない」というのは、「他人任せ」といわれても仕方ありません。

これらを見る限り、東国原氏はまだまだ、政治のことが分かっていないようです。また、東国原氏は手記の中で、「マスコミの報道が誤解を生んだ」とマスコミ批判もしています。マスコミが大騒ぎしすぎたのは確かだと思いますが、東国原氏がどう釈明しようと、発言そのものは「ポストが目的」ととらえられても仕方のないものです。

 政治家はいわば「言葉の職人」です。その言葉によって支持を集めることもあれば、支持を失うこともあります。時には政治生命を失うことだってあります。政治家の発言が国民に伝わる過程においては当然、マスコミがかかわります。政治家ならば、それを承知の上で発言をしなければなりません。その点で、東国原氏は「言葉の職人」である政治家として未熟といわざるをえません。

 東国原氏はこれまで、自分に都合のいい時は、マスコミをさんざん利用してきたのではないでしょうか。そういう人が都合が悪くなると、マスコミを批判するという様変わりはどうかと思います。各マスコミも東国原氏のマスコミ批判は快く思わないでしょうから今後、東国原氏へのバッシングが始まるかもしれません。その点で、マスコミも味方につけながら、依然として強い発信力を持ち続けている橋下氏の方が、一枚上手だといえるでしょう。

 一方、橋下氏について語ると、私は6月17日に産経新聞社が企画した橋下氏と中田氏との対談で司会を務め、橋下氏と初めて会いました。対談は2時間に及んだのですが、それを終えて私がまず感じたのは「橋下氏は単なるタレント知事ではないな」ということです。

 その理由は、第1に明確な理念と政治の問題の本質を見極める目を持っているということです。橋下氏は対談の冒頭、「今の政治は明治憲法以来の官僚が作り上げた官僚内閣制だ。政治がどうなろうが、公務員組織だけは安泰という仕組みを、抜本的に変えないといけない」と発言しました。まさに現在の政治の本質的な問題点と課題を指摘したものといえるでしょう。

 第2に自らの「立場」をわきまえつつも、政治家としての「腹」を持っていることです。対談では「次期衆院選では支持政党を表明する」との意向を初めて表明したのですが、この翌日から橋下氏は「首長連合」の結成に向けて一気に動き出しました。

 支持政党表明の理由について、橋下氏は対談で「ぼくら(首長)は国民からの後押しを受けていくしかない。国会議員が何を一番恐れるかといえば選挙だ。首長は選挙に影響をもてるようにならなければ、国に何をいっても聞いてもらえない」と述べました。国民の視点を大事にしながら、知事という立場で何ができるかを心得ています。

 第3に「勉強する」という姿勢を持っていることです。対談では改革派首長としては先輩である中田氏が、横浜市で行ってきた諸改革について語ったのですが、その度に橋下氏は「それ参考にさせてください。勉強します」と語りました。まだ若く、政治家としては初心者の橋下氏にとって、勉強し続ける姿勢を持つことこそ、自らのパワーになると思います。

私は対談を終えて、「橋下氏は将来、国政に進出するかもしれないな」と思い、私の著書「外交の戦略と志ー前外務事務次官 谷内正太郎は語る」(産経新聞出版)を贈呈したのですが、橋本氏は「ありがとうございます。勉強させていただきます」と笑顔で受け取ってくれました。

 私が本を贈呈したのは、国会議員になるなら、国政の根幹である外交、安全保障に見識をもっておく必要があるからです。その点でも、東国原氏は今回の衆院選にいきなり出馬しようとしましたが、外交、安全保障など国政について勉強し、見識をもっているのか、大いに疑問です。

 東国原氏とは実は、私がまだ大学生だった20年以上も前に、新宿のパブで偶然会って話したことがあります。東国原氏は確か、きれいな女性を3人連れてきていました。東国原氏との会話の内容はほとんど覚えていませんが、「お笑い芸人だけあって面白い人だな」とは思いました。それ以降は東国原氏と会ったことがないので、今の彼の本当のところはよく分かりません。

 ただ、芸能関係者によると、東国原氏は「たけし軍団」の中でも「浮いた存在」だったそうです。「たけし軍団」さえまとめられない人が、地方自治体や政党をまとめることができるでしょうか。人間は変われないわけではありませんが、自分を変えるためには相当の自己改革の努力と勉強が必要です。東国原氏がお笑い芸人から知事という政治家になって、それを心がけているのかどうか。それによって、東国原氏の今後の政治家としての運命も決まるでしょう。

 「宮崎県のセールスマン」を自称する東国原氏が知事になって、宮崎県の知名度が上がり、地域の名産品が売れているとは聞きます。それも結構なことですが、知事の仕事はそれだけではありません。しかし、東国原氏が県政で大改革をやっているようには思えません。国に対する姿勢でも、橋下氏が国の直轄事業廃止を国土交通省に求めたり、時には対決してでも改革を要求しているのに対し、東国原氏は高速道路建設の陳情など、国への依存体質が抜けていないように見えます。

ここまで、2人を比較してきましたが、東国原氏を酷評する一方、橋下氏を持ち上げすぎた感じもしないではありません。ただ、私はそれほど今回の衆院選をめぐって、2人が明暗を分けるだけの大きな差があったと思います。
 橋下氏は7月28日、民主党のマニフェストに、橋下氏らが求めてきた「国と地方の協議の場の法制化」が盛り込まれていないことに強い不満を表明しました。これを受けて、民主党の鳩山由紀夫代表は29日に先に発表したマニフェストは「正式なものではない」と、橋下氏の主張を取り入れてマニフェストを修正する考えを示しました。
 橋下氏は早速、国政に大きな影響を与えているわけです。これに対し、衆院選出馬を断念した東国原氏は、少なくとも今回の衆院選については、国政について発言する資格を失ってしまいました。「国政に注文をつけるなら、なぜ出馬しなかったのか」ということになってしまうからです。

 橋下氏も現在は強い発信力をもっていますが、初心を忘れて野望のみを追求すれば、すぐに人気を失ってしまうかもしれません。橋下、東国原両氏とも、まずは有権者に与えられた4年の任期は全うし、改革の実績をきちんと上げてから、国政を目指すなら外交、安全保障をはじめとする国政を勉強して自らの見識をもって、目指してほしいと思います。

それにしても、2人が国民的な人気を集めている背景には、タレント出身である以上に、現在の政治が理念や政策をおろそかにし、自己保身やポストに走っていることに対する国民の不満があるのではないでしょうか。2人の人気は、そうした政治の現状に風穴を開けてほしいという国民の期待の表れだと思います。

 2人に限らず今、中田氏が東京都杉並区の山田宏区長や松山市の中村時広市長らが新党結成を目指すなど、全国の改革派首長たちが、国政に大きなうねりを起こそうと動き始めています。政治において、こうした前向きな動きが出ることはいいことだと思います。既成政党はうかうかしていると、これらの動きに負けてしまうかもしれません。

 大げさに聞こえるかもしれませんが、現在の日本は明治維新以来の改革の時期を迎えていると思っています。経済も世界同時不況で100年に一度といわれる危機的状況にあります。その中にあって「真の改革者」はどんどん現れてほしいものです。そして、われわれ国民は、ムードに流されるのではなく、そうした人物の本質をしっかりと見極めていくことが求められると思います。

2009年7月31日金曜日

【反貧困】 反貧困ネット

 7月31日、お茶の水の総評会館で反貧困ネット主催の「選挙目前!私たちが望むこと」の集会があった。


午後7時開会で開場が6時半。参加者の出足がよく、6時40分に会場に着いたが、すでにほとんどの席が埋まっている盛況ぶりだった。参加者の数は350名。壇上の左手前方に各党の政治家が並び、その奥に主催者の宇都宮健児と河添誠が座っていた。湯浅誠は総合司会役で、マイクのある会場左袖で起立したままだった。雨宮処凜が来てないな思っていたら、集会が終って会場を出たときにロビーで顔を合わせた。

雨宮処凜とはよくこういう状況で鉢合わせになる。
1月15日の派遣法改正集会のときもそうだった。顔を揃えた野党の政治家は、菅直人(民主党)、大門実紀史(共産党)、亀井郁夫(国民新党)、保坂展人(社民党)。

この種の集会のレギュラーである私の論争相手の彼女は今回欠席していて、やはりいるべき人間の顔がないと物足りなさを感じる。その代わり、今回は菅直人の隣に別の女性が座っていて、彼女の登壇が昨夜の集会のハイライトだった。
自民党の森雅子、44歳。太田光のお笑い政治番組に出演したらしいが、私には記憶がない。反貧困なり派遣法改正の集会で自民党の国会議員を見たのは初めてである。驚かされた。

森雅子は菅直人と一緒に会場に入って来て、菅直人の前に挨拶をして、菅直人が挨拶した後に二人で一緒に会場を出た。私は彼女が自民党の議員だとは知らなかったから、菅直人が選挙の新人候補を連れてきて紹介するのかと思っていた。

森雅子は、短いスピーチの中で、自分の家も多重債務で苦しんだこと、中学を出た後に働いて高校と大学に進学したこと、東北大学は月2400円の学生寮があったから助かったことなどを自己紹介した。さらに、反貧困には党派の壁はないと言い、貸金業法規制の国会審議では、むしろ民主党の議員の方がグレーゾーン金利の規制に消極的だったと暴露、前原誠司を名指しして、金利を引き下げるのではなく引き上げる方向に動いていると痛罵した。

この告発は満席の観衆をどよめかせたが、私も気になったので帰宅後にネットで検索エンジンを回して調査した。すると、彼女の証言を裏付けると思われる情報があった。

前原誠司のサイトの中に今年の元旦に上げられた「直球勝負(64)-なぜ政権交代が必要なのか」の記事があり、その最後の方に、「官製不況をもたらしている、建築基準法・金融商品取引法・貸金業法を見直します」とある。

今後、国会の委員会質問で前原誠司がどのような発言を残しているか精査する必要があるが、この政策文言だけ見ても、趣旨が金利の規制緩和にあり、サラ金の利用者ではなく業者に有利な方向に法改正をしようとしている姿勢が看取される。

「政権交代」に憑かれているブログ左翼の一部では、勘違いして前原誠司は新自由主義者ではないなどと擁護論を吐く者もいるが、貸金業法改正で金利の上限規制に反対しているのは、あの新自由主義の天部衆である木村剛と竹中平蔵ではないか。

この記事で並べている前原誠司の政策主張はどれも凄まじい。
(ア) 官製不況をもたらしている、建築基準法・金融商品取引法・貸金業法を見直します。
(イ) 極めて低い水準にある、海外からの日本への投資を増やします。
(ウ) 羽田空港の24時間国際空港化を目指します。
(エ) 出来るだけ早い時期に、海外からの観光客2000万人を達成させます。
これだけを見ると、中川秀直か世耕弘成の政策目録かと見まごうほどである。
ピカピカの新自由主義政治家のマニフェストだ。

森雅子のスピーチに対しては、会場からは拍手と同時に罵声を含んだ野次も飛び、私は呆気に取られたままだった。この反貧困集会の会場で、まさか初見参の森雅子が民主党批判の舌鋒をふるうなど夢にも思わなかったのか、菅直人も不意を衝かれた感じで、自分の出番までの間ずっと他の講演者の話も聞かずに隣の森雅子に小言を言い続けていた。鮮烈なデビューを飾った森雅子。サイトにも「格差解消」や「弱者救済の市民派弁護士の志」の言葉があって興味を惹く。だが、サイトやネットの中を見ると、丸山和也や与謝野馨との親密ぶりなど、とても彼女を信用できない情報ばかりが溢れている。

森雅子が反貧困の集会に出席した事情や背景が気になってさらに調べると、岩波から出ている一冊の本(横田一著『クレジット・サラ金列島で闘う人びと』)が見つかった。著者の横田一がこう書いている。「莫大な利益を稼ぎ出していたクレジット・サラ金業界に闘いを挑んだ人たちは、挫折を乗り 越えて社会正義の実現に奔走するようになった人生遍歴がありました。弁護士から金融庁 職員を経て参院議員となった森雅子さんは、中学生の時に一家が破産、借金取りに恫喝される絶望的な日々を経て、金利規制強化の最前線に立つことになりました。

サラ金問題の第一人者として金利引き下げ運動をリードした宇都宮健児弁護士も、若き イソ弁時代に二度の弁護士事務所追放を経験していました」。どうやら、サラ金問題での宇都宮健児との関係が接点だと推測できる。だが、貧困な家庭や境遇から這い上がった人たちが全て反貧困になるとは限らない。典型的なのが折口雅博で、逆に弱者を残酷に収奪する側に回ったり、弱者の側につく素振りをしながら自分の出世のために騙して利用するだけの人間も少なくない。

森雅子はどうだろうか。この集会の参加者で挨拶もした大門実紀史は、「国会にも超党派で多重債務問題対策議員連盟というのができまして、自民党の森雅子さんが大変尽力されて、超党派でできました」と言い、森雅子を高く評価している。この議員連盟の民主党代表が枝野幸男で、東北大学法学部で森雅子と同期である。いろいろと関係の糸が繋がって面白い。

今回の集会の最大のニュースは、菅直人の挨拶の発言であり、政権獲得後の民主党政府で貧困問題の調査を必ず実行すると約束したことだろう。実は、この公約は民主党のマニフェストに盛り込まれていた。私は、前々回の記事で民主党のマニフェストの中に「貧困」の言葉がないと書いたが、「格差」の文字は一度も出ないけれど、「貧困」の文字は一度だけ小さく出てくる。21ページの「最低賃金を引き上げる」の項目の中に「貧困の実態調査を行い、対策を講じる」とある。表記は小さいが、具体的にマニフェストに入れた点が大きいのだと菅直人は言いたかったのだろう。

貧困の実態調査は、湯浅誠が政治に訴え続けてきた要求で、岩波新書の『反貧困』でも特に強調されている。どうやら、湯浅誠は、貧困の実態調査を選挙で政党に要求する政策課題として狙いを定めていた様子で、6/26の「朝まで生テレビ」の討論会でも、(1)貧困の実態把握と(2)貧困率引き下げの目標設定の2点をマニフェストで公約するよう番組に出席した政党代表者に迫っていた。このうち、(1)は民主党の公約の中に入った。(2)については民主党は何も触れていない。そして、昨夜の集会で決議採択した宣言文には、次期首相が施政方針演説で貧困調査の実行と貧困率削減目標を立てることを宣言するよう求めた。

これに対して、菅直人は挨拶の中で、「私が総理大臣になれば施政方針演説の中に入れるけれど」と濁し、この集会宣言の要求の実行については確約を避けた。

湯浅誠は、選挙後の新政権が公約に従って貧困の実態調査に踏み切り、貧困率の現実を認めるだろうと確信しているかも知れない。だが、私は疑っている。民主党は貧困の実態調査をして対策を行うと言っているが、実態調査の中身や時期については不明であり、厚労省の従来の姿勢をどれほど転換させられるか不安が拭えない。

調査をやるとなれば、結果は事前に明白だから、その後の貧困率低減のための対策も抜本的にならざるを得ない。予算や法令も小手先の対応では済まないだろう。私が不安を覚えるのは、そのプロセスを国会で監視する野党勢力がないことだ。全てが民主党政権のフリーハンドに委ねられる。

誰が厚労大臣になるかで政策は大きく左右されるし、仮に新自由主義系の右派が労働行政を差配すれば、昨夜の集会宣言が要求した政策の内実とは似ても似つかぬ「貧困実態調査」や「対策」になることは目に見えている。骨抜きされる。湯浅誠は、宣言文の中で「政府は1965年以来、貧困率の測定を行っていません。つまり私たちが求めているのは半世紀ぶりの政策転換です」と言って実態調査の意義を強調しているけれど、あの橋本龍太郎の1府12省庁の行政改革でさえ、最初は明治以来の大革命だと大騒ぎして宣伝された。実態調査と対策が先送りにされたとき、あるいは骨抜きにされたとき、湯浅誠たちはどうするのだろうか。野党となった自民党に頼んで、次の選挙のマニフェストに入れてもらうのだろうか。

ここに陥穽がある。盲点があると思う。7/18号の週刊ポストに寄せた回答にあるように、湯浅誠は「政権交代」に期待し、「政権交代」によって貧困問題が解決に向かうことを展望しているが、民主党政権が公約を裏切った場合はどうなるのか。「政権交代」に全幅の信頼を置けるのか。民主党が反貧困ネットの期待どおりに政策を遂行すると信じるのは、あまりに政治的に素朴に過ぎないか。それと、私が気になるのは、今回の集会のマスコミの報道である。テレビカメラが入っていたが、放送されたニュースの映像を見ていない。集会後、数名の新聞記者が湯浅誠を取り囲んで取材するのを見たが、記事になって出ているものは決して多くない。東京、共同、朝日、時事、毎日。半年前の派遣村の頃は読売や産経や日経も湯浅誠に密着して動きを取り上げていて、一つの出来事(発表や会見)で複数の記事が上がっていた。今回、記者が読者に知らせなくてはいけないこと(バリュー)は、自民党の国会議員が反貧困集会に出席した事実と、民主党がマニフェストで貧困実態調査を公約し、菅直人が挨拶で公約を確認したことだが、記事がそこにフォーカスされておらず、政治としてのこの集会のメッセージが有効に一般読者に届いていない。


350名の参加者数など、選挙の時期の集会としてはむしろ少ない方で、情報のインパクトとして強くない。また全般に、記事が社会部の記事になっていて、貧困問題の集会として書かれていて、政治の記事になっていないことがある。本当は、政治部の記者を呼んで記事にさせないといけない。政界面の選挙報道の関心の角度から発信させなくてはいけなかった。

それと最後に、反貧困運動も政治に働きかけるのであれば、数と勢いを積極的に追求する必要があり、もう少しネットを活用することを考えるべきだろう。集会の事前告知や結果報告にネットを活用するべきだ。採択された宣言文だけでなく、ペーパーで提出された17項目の要求(反貧困ネットの選挙マニフェスト)や当日の報告者の資料はネットに掲示して公開すべきだ。

2009年7月30日木曜日

【年金問題】 年金改竄の実態

 私は、厚生労働大臣直属の調査委員会の委員として、「年金改ざん問題」の調査に加わった。その結果分かったことは、この「年金改ざん」による社会保険庁職員への非難がほとんど根拠のないものだということだ。

 少なくとも、社保庁職員が、国民に実害を生じさせるような「犯罪行為」に関わった具体的な証拠は、調査委員会の調査結果からは何一つ得られていない(標準報酬遡及訂正事案等に関する調査委員会報告書)。

そればかりか、全国の社会保険事務所で「仕事の仕方」として定着していた「標準報酬月額の遡及訂正」というやり方は、保険加入者間の負担の不公平を防止することにもつながるものでもあった。

 なぜ、ほとんど「空中楼閣」のような「社保庁組織丸ごと犯罪者集団ストーリー」が作り上げられてしまったのか。その大きな原因が、社保庁を含む厚生労働省のトップである舛添厚労大臣が、「改ざん」の事実を確認することもなく、制度の仕組みを理解することもなく、自らの部下である社保庁職員を「犯罪者」のように決めつけて一方的にこきおろしたことにある。大臣の国民への「人気取り」のパフォーマンスがマスコミのバッシングをエスカレートさせることにつながった。

 これまでにも数々の不祥事を重ねてきた社保庁組織や職員に問題が多々あったことは否定しないし、私は、それら全体を擁護する気持ちは全くない。しかし、少なくとも、この厚生年金記録の「改ざん問題」に関しては、社保庁職員に対する非難は明らかに重大な誤解によるものだ。

 しかも、その誤解を解消しないと、今後の年金に関する業務体制の構築や運用の在り方について重大な悪影響が生じる。将来の年金給付率の低下が予測され、若年世代に年金制度への不満が高まっている現状の下ではなおさらだ。誤解に基づくバッシングのツケは、将来、厚生年金加入者全体が払うことになりかねないのだ。

「刑事告発」が目的だった大臣直属の調査委員会

 中央大学法科大学院教授で弁護士でもある野村修也氏から、いわゆる年金「改ざん」問題に関する厚労省の調査委員会の件で依頼があったのは、9月末のことだった。「従業員の給料から年金保険料の半額が天引きされているのに、社保庁職員が、標準報酬月額を不正に減額して、事業者の年金保険料の支払いを免除したり、少なくしたりしている問題について、舛添厚生労働大臣から調査の依頼を受けている。場合によっては刑事告発に至る可能性もある。そのメンバーとして加わってほしい」という話だった。

 「消された年金」「年金改ざん」などと呼ばれて、社会的にも大きな関心を集めている問題であり、刑事処罰についての適切な判断のためにも検事経験の長い私のような弁護士が関わることが必要なのだろうと考えて、私は、野村教授の依頼を受けることにした。

 その後、具体的説明を受ける機会がないまま、10月6日の夕刻、厚生労働大臣室で調査委員会の最初の会合が行われることになった。そして、その当日の朝刊には、「年金改ざん、調査チーム設置へ、舛添厚労相、刑事告発も」という見出しで、この調査についての記事が出ていた。

 「舛添要一厚生労働相は5日、茨城県龍ケ崎市で講演し、厚生年金標準報酬月額改ざん問題での社会保険庁職員の関与を調べるため、弁護士数人でつくる厚労相直属の調査チームを6日に設置する方針を明らかにした。改ざんへの関与が明らかになった場合、公文書偽造などの罪に当たるため、時効になっていないケースの刑事告発を検討する。 舛添氏は『(改ざんされた)紙が残っていれば、それを証拠に悪い職員を逮捕できる。徹底的にうみを出したい』と述べた」

調査メンバーには直接の説明もないのに、舛添大臣は、調査の目的が「改ざん」への社保庁職員の関与の解明と関与した職員の刑事告発であることを公言している。要するに、社保庁職員が「公文書偽造などの犯罪行為」を行ったことが疑われているので、その具体的事実を明らかにして刑事告発するために我々弁護士を雇ったということのようだ。

 米国での違法行為が、個人の意思で個人の利益のために行われる単発的な行為、つまり「ムシ(害虫)型」が多いのに対して、日本での違法行為の多くは、組織の利益を主たる目的にして、継続的・恒常的に行われる「カビ型」だ。ムシ型は、その個人に厳しい制裁を科すという「殺虫剤の散布」で十分だが、カビ型違法行為は、その全体像を明らかにして原因となっている構造的問題を解明する「湿気や汚れの除去」をしなければ本当の解決にはならない。

かねて、官庁・企業の不祥事についてこのように述べている私には、社保庁の組織全体で行われていた可能性がある「年金改ざん」に対しても、違法行為の全体像を解明し、その構造的な要因を明らかにするカビ型対応が不可欠だと思われた。舛添大臣の依頼の趣旨が、単に、目についたムシに殺虫剤を撒く「ムシ退治」をしてほしいということであれば受任をお断りするしかないと考えて、10月6日の大臣室での初会合に臨んだ。

 会合に先立って舛添大臣から4人の調査委員への辞令交付が予定されているとのことで、大臣室の前にはテレビカメラが待ち構えていた。しかし、まず、大臣から調査の目的と趣旨についての説明を受けなければ、受任するか否かが判断できない。他の委員の意向も同様だった。4人の委員全員の要求で辞令交付の前に大臣と会談し、「『最初に告発ありき』ではなく、まず、事案の全体像を解明し、違法行為があればその悪性の程度を評価したうえで刑事告発の要否を判断するということでなければ受任できない」と条件を提示、大臣が了承したので、調査委員会の初回会合に移行し、テレビカメラを入れての大臣発言、辞令交付が行われた。そして、調査委員会の委員長には野村教授が就任、委員4人の下に9人の若手弁護士による調査チームも組織された。

 こうして、いわゆる「年金改ざん問題」についての厚労大臣直属の調査委員会の調査が始まった。しかし、その調査の結果からは、刑事告発の対象となる事実はおろか、不正行為への社保庁職員の具体的な関与はほとんど明らかにならかった。

厚生年金については、給与や報酬の実態に応じて事業主が個々の保険加入者の標準報酬月額を申告することになっており、それを基準に毎月の保険料が決まり、将来年金を受給する権利も生じる。この標準報酬月額の「遡及訂正」、つまり遡って引き下げる手続きをしたことが問題にされている。それによって、支払うべき保険料が遡って安くなるので、保険料の滞納額が帳消しになる一方、将来受け取ることになる年金額も減少する。

 ただ、「改ざん」と言っても、事業主の申告もなしに、社保庁職員が勝手にやったというのではない。少なくとも事業主自身の申告に基づいて遡及訂正が行われている。給与から保険料を天引きされている従業員の報酬月額がその本人の知らないうちに事業主によって勝手に引き下げられて、保険料の滞納が帳消しにされたのであれば、事業主による保険料の着服・横領そのものであり、それによって従業員の将来の年金額が不当に減らされ実質的な被害が生じる。舛添大臣が「犯罪」「刑事告発」などという言葉を口にするのは、そういう事業主による保険料の着服に社保庁職員が関わっている疑いがあるという意味のはずだ。

 しかし、そのような事業主の犯罪行為が実際にどの程度行われていたのかは、明らかになっていない。従業員分の報酬月額の遡及訂正に社保庁職員が関与したと疑う根拠はほとんどない。

 一方、事業主が自分の標準報酬月額の遡及訂正の申告をするのは、将来の年金が減ることを本人が納得したうえで手続きを行っているのだから実質的な被害はない。2008年11月28日に公表された調査委員会報告書で「社会保険事務所の現場で半ば仕事として定着していた」と述べているのは、このような事業主自身の標準報酬月額の遡及訂正だ。しかし、そのような行為が多くの社会保険事務所で恒常的に行われていたことには理由がある。

厚生年金は大企業向けに作られた制度

厚生年金は事業者に雇用される労働者を対象とする公的年金で、すべての法人事業者と従業員5人以上を常時雇用している個人事業主が厚生年金への加入が義務づけられ、従業員の保険料の半分は事業主が負担することになっている。個人事業主の場合は、事業主自身は厚生年金には加入できないが、法人事業者は、経営者もその家族も、法人から報酬を受け取っている限り厚生年金の加入の対象となる。厚生年金に加入すると、給与や報酬の額に応じて事業者の申告によって設定される標準報酬月額を基準に保険料の支払い義務と将来年金を受給する権利が生じる。

 このような厚生年金の制度は、経営基盤が安定し、経営者や従業員の社内での地位や待遇も明確に決められている大企業向けのものだ。大企業の場合、従業員の給与は給与規定などの社内規則で定められていて、その支払いの事実は賃金台帳に記載され、役員の報酬も取締役会決議などで定められているので、給与・報酬の金額が客観的に明らかでそれに応じて標準報酬月額を定めることが容易だ。

 資金繰りも計画的に行われ、社会的信用を重視するので、経営状態が変化しても社会保険料を滞納することもほとんどない。あらかじめ定められた標準報酬月額に基づいて保険料と年金受給額を定めるという方法での年金制度の運用に適している。

しかし、中小零細企業の場合は、法人であっても、その実態は個人事業者に近いものが多く、事業主が代表取締役、その親族が取締役という場合が多い。経営も不安定であり、収支が悪化すると、借金返済や従業員の給与の支払いが優先され、社会保険料の滞納が生じやすい。

 しかも、いったん滞納すると、年に14.6%という“サラ金”並みの延滞金がかかるので、滞納額は雪だるま式に膨れ上がっていく。一方、事業主も、形式的には法人の取締役などの地位にあっても、その報酬が「客観的に定まっている」とは到底言い難い。経営が悪化すると、報酬を受け取るどころか、売掛金や従業員の給与の支払いを事業主の借金で賄うというような「持ち出し」になることも珍しくない。

 一方、標準報酬月額は、厚生年金加入の時点で事業者の申告によって定められ、毎年度改定することになっているが、中小零細企業の場合、改定が行われないまま放置されていることも多い。経営悪化のため保険料を滞納 している事業主の場合、標準報酬月額が実際の報酬額より高い額のまま放置されている場合が多い。

中小零細企業の場合、あらかじめ給与・報酬の実態に応じて定められた標準報酬月額に基づいて保険料と年金受給額を定めるという厚生年金制度を適用していくことが、もともと困難なのだ。

保険料を払っても払わなくても将来の年金額は変わらない

 そして、重要なことは、厚生年金の場合、加入期間の標準報酬月額に応じた年金受給権は、保険料を滞納していても、事業主の倒産などで支払い不能が確定しても、全く変わらないということだ。要するに、厚生年金は保険料を払っても払わなくても将来もらえる年金は変わらない。労働者のための公的保険で、労働者は給与から保険料を天引きされているので、事業主が保険料を払わなかったからと言って年金がもらえないのはかわいそうだというのが、その理由だ。しかし、その結果、保険料を払わなかった事業主自身も、払った場合と同額の年金が受給でき、その分は、まじめに保険料を支払っている他の年金加入者が負担することになる。

 「そんなバカな!」と思われるかもしれない。調査委員会の調査を始めた段階では、委員も調査員も誰もこのことを認識していなかった。調査の過程で、厚労省の側に説明を求め、ようやく、それが確認できたのだ。このような厚生年金制度の下では、事業主の保険料滞納を放置すると保険加入者間の負担の公平を害することになる。

徴収率を維持するために社保庁職員が行うべきことは、まずは粘り強く説得して保険料を支払ってもらう努力をすることだ。しかし、経営不振で資金繰りに苦しんでいる中小零細企業に滞納している保険料を支払わせることは容易ではない。その場合、法律が予定している正規の手続きは、調査委員会報告書でも言っているように「毅然たる態度で滞納事業者の財産の差し押さえを行うこと」だ。

 しかし、中小零細企業には差し押さえて換価処分できるような会社名義の財産などほとんどないし、事業に不可欠な設備や売掛金が入金される銀行口座を無理に差し押さえたりすればただちに倒産してしまう。実際には、財産の差し押さえで保険料の滞納を解消することは容易ではない。

遡及訂正は保険加入者間の負担の公平のための唯一の手段

 そうなると、支払い困難な中小零細企業の事業主の保険料滞納を解消する唯一の方法は、事業主の標準報酬月額を遡って引き下げて、支払うべき保険料自体を遡って減額することだ。経営不振で資金繰りに困って長期間にわたって保険料を滞納している事業主であれば、まともに自分の報酬など受け取ることすらできない場合も多い。そのような事業主の標準報酬月額を遡って引き下げるのは、基本的に報酬の実態に近づけるもので、必ずしも「不適正」とは言えない。

 保険料が支払い困難な経営状態の事業者の滞納事案を放置した場合には、その事業者が倒産して多額の滞納が確定すると、保険料を支払わなかった事業主に将来多額の年金が支給されることになり、その資金は他の保険加入者が負担するという不合理な結果になってしまう。何とかして、そのような滞納を解消しようとするのが当然であり、それを放置する社保庁職員の方がよほど無責任と言えよう。

このように考えると、中小零細企業も含めて法人事業者にはすべて厚生年金への加入を義務づけている現行制度の下では、支払い困難と思える事案について、最終的な手段として、事業主側の納得を得たうえで標準報酬月額の遡及訂正を行うことは、加入者間の負担の公平を確保しながら年金財政を維持していくためにやむを得ない措置であったと言える。

 もっとも、「法令遵守」という観点だけから考えると全く違う考え方になる。報酬の実態に応じて保険料を支払うことは事業主にとっても法的義務なのだから、事業主が、標準報酬月額を実際に受け取っている報酬額を下回る金額に引き下げること、ましてや、そこに社保庁職員が関与することは許されない。調査委員会報告書が、事業主の標準報酬月額の遡及訂正も含めて不正行為ととらえ、関与した社保庁職員を処分の対象とすべきとしていることのベースにもこの考え方がある(報告書5ページ)。

 しかし、私は、この調査委員会の多数見解には異論がある。年金に関して「報酬の実態に応じて保険料を支払う義務」というのは、「所得に応じて税金を支払う義務」つまり、納税義務とは意味が異なる。

 納税は、納税者が国に対して一方的に義務を負うが、年金については、保険料の支払い義務とともに将来の年金受給権が生じる。標準報酬月額を実際の報酬額以下に引き下げたとしても、保険料の負担だけではなく将来の年金の給付の方も低くなるのであり、脱税のように国への支払い義務だけを一方的に引き下げるものではない。

 また、そもそも、個人事業者は厚生年金への加入義務がないばかりか加入することが認められてすらいない。一方、同程度の規模でも法人事業者はすべて厚生年金加入を義務づけられているが、実際には未加入の中小零細企業が膨大な数存在している。これら個人事業者や未加入事業者との比較から言えば、厚生年金に加入している中小零細事業主の標準報酬月額が実際の報酬額を下回ったとしても、そのこと自体は実質的には大きな問題とは言えない。

 ましてや、「保険料を払わなくても将来もらえる年金が変わらない」という現行制度の下で、保険料を滞納している中小零細事業主の標準報酬月額の遡及訂正は、保険料を支払わないで将来年金をもらう「年金泥棒」のような結果を防ぐ事実上唯一の手段なのであるから、この場合にまで遡及訂正が「違法だから許されない」というのは、実態を無視した「法令遵守」の形式論理そのものと言えよう。

 このように考えると、事業主の標準報酬月額の遡及訂正は、中小零細企業の経営実態からすると、そもそも報酬の実態に反する「不適正な遡及訂正」、つまり不正行為と言えるかどうかすらはっきりしないだけでなく、形式的に「法令遵守」に反していても、実質的に非難すべき行為とは言えないの だ。

 一方、従業員の標準報酬月額の遡及訂正の方は、それを事業主が従業員本人に無断で行って給与から天引きしていた保険料を着服したとすれば、事業主による犯罪であり、それに関わった社保庁職員がいるとすれば、公務員犯罪そのものだ。全国の社保庁職員の中にそういう職員がまったくいないと断言はできないが、少なくとも、調査委員会の調査ではそれを疑う具体的な根拠は得られていない。

 このように、同じ標準報酬月額の遡及訂正でも従業員の分と事業主の分とでは全く意味が違うのに、それが丸ごと「改ざん」と言われて犯罪行為のように扱われ、社保事務所の「仕事として定着していた」などと報道されたために、社保庁職員全体が社会から大きな誤解を受けることになった。

 私の新著『思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)では、「何も考えないで、単に『決められたことは守れば良い』」という「遵守」の姿勢がもたらす弊害が、「法令違反」の問題だけではなく、「偽装」「隠蔽」「捏造」「改ざん」などの問題にまで拡大している日本社会の現実について述べている。

 これらは必ずしも「法令違反」とは限らないが、一度そのレッテルを貼られると、一切の弁解・反論が許されず、実態の検証もないまま、強烈なバッシングの対象とされる。「年金改ざん」批判は、「思考停止」の典型と言えよう。「改ざん」という言葉が何を意味するのか、それが具体的にどのような行為で、どのような被害をもたらしたのか、ということすら明らかにされないまま、社保庁職員はマスコミなどから一方的に非難されたのだ。

 このような「年金改ざん」についての社保庁職員に対するバッシングがエスカレートしてしまったのはなぜなのか、舛添厚労大臣の発言や態度がどのような影響を及ぼしたのか、そして、それが、今後、給付率低下が予想される厚生年金制度にどのような悪影響を与えるのか、明日はその点について考えてみたい。

昨日の本コラムに対して、多くの方々からの反響があった。中には、私が述べていることの前提となる基本的事項についての質問・疑問もあった。厚生年金という制度に関わる問題であるだけに、若干分かりにくい面があったのかもしれない。

 そこで、「年金改ざん」問題を考える上での重要な事項について、改めて説明しておこうと思う。

年金額は「いくら支払うべきだったか」の金額で決まる

 まず、「保険料を払っても払わなくても将来もらえる年金額が変わらない」というのは、給与・報酬の実態に応じて申告で定める標準報酬月額に基づいて、支払うべき保険料と将来の年金受給額が決まっていて、その保険料を実際には払わなくても年金受給額には影響しないということだ。保険料を実際に「いくら支払ったか」ではなくて、「いくら支払うべきだったか」の金額に応じて、将来の年金額が決まるのだ。

 もし、保険料を滞納したまま事業者が倒産した場合のように、保険料の支払不能が確定した場合でも、年金の受給額には影響しない。それどころか、厚生年金の場合は、そもそも、保険料の滞納や不払いがあっても、標準報酬月額が変わらない限り、その人の年金受給額を減らすことにはなっていないのだ。

 厚生年金に加入している事業者が支払うべき保険料を支払わなければ、その分、保険料を支払う債務が残っているわけで、社保庁職員は、それを支払うよう説得し、それでも支払ってもらえなければ滞納処分としての差押えをして強制的に取り立てるというのが法律の建て前だ。

 しかし、実際には、保険料を滞納するような中小企業の場合、会社名義の財産はほとんどなく、差押えで滞納保険料を回収することは極めて困難だ。その結果、滞納が解消できないままになってしまっても、保険料を支払わなかった事業者の将来の年金額には影響しないということになる。

 その結果、保険料を真面目に払っている年金加入者の負担が増えるという不公平を招くというので、滞納している事業主の標準報酬月額を遡って引き下げて、支払うべき保険料自体を減額して、その分、年金受給額が少なくなるようにするというのが、事業主の標準報酬月額の遡及訂正だ(従業員と事業主の険料を区別して支払うことはできないが、事業主分だけの標準報酬月額を引き下げることは可能)。

 このような遡及訂正は、保険料を滞納している経営不振の事業主の報酬の実態に必ずしも反していないし、保険加入者の負担の公平のためにはやむを得ない措置と見るべきではないかというのが私の見方だ。

合理的な事業主案件まで「年金改ざん」と呼ばれた

 一方、従業員の標準報酬月額を本人が知らない間に遡及して引き下げるのは、その分、保険料を天引きされている従業員の年金受給額が減額されることになるから、まさに実質的な被害が生じる。このような案件は徹底して調査し、それに社保庁職員が関わっている事実があれば厳しく責任追及しなければならない。

 また、その結果不利益を受けている保険加入者がいれば救済しないといけない。しかし、少なくとも、調査委員会の調査では、この従業員の標準報酬月額の遡及訂正に社保庁職員が関わった具体的な根拠は得られていない。

 問題は、現時点では具体的に明らかにはなっていないと言っても、実際に、このような実質的な被害が生じている従業員案件がどの程度あるかだ。

この点については拙著『思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)で詳述しているが、今回の調査で対象とされた6.9万件の遡及訂正事案のうち、約70%が事業主分と思える1名だけの遡及訂正で、約30%の複数の遡及訂正の事案の中にも、事業主の親族など実質的に事業主に帰属するものや何らかの事情で従業員が架空である場合などが含まれている。

 その中から、本当に従業員の標準報酬月額が不当に遡及訂正され、被害が生じている案件を絞り込んだうえ、まず事業主側を調査対象にして一つひとつ丹念に事実関係を洗い出していかなければならない。それをやってみないと、従業員案件について社保庁職員を非難できるかどうか分からないのだが、そのような調査は、社保庁職員を主たる対象とする調査委員会の調査とはまったく方向が違うものだった

 結局、実質的被害がなく、それなりの合理的な理由のある事業主案件と犯罪行為そのものと言える従業員案件とをひとまとめに「年金改ざん」と呼んで、それに社保庁職員が組織ぐるみで関与したかのように非難してきたというのが、これまでの経過なのだ。

 社保庁という1つの官庁に対して、「年金改ざん」という名の下で、さしたる根拠もないのに強烈なバッシングが行われ、組織に対する信頼が崩壊してしまったのはなぜなのか、どのような経緯でそうなったのか。そこには、官庁・企業の不祥事に対するバッシングが拡大し、その歪みが生ずる構図に共通する要因が存在している。

社保庁への信頼はなぜこれほどまでに失墜したのか

 まず、社保庁が信頼を失墜するに至るまでの経過を振り返ってみる。

 ここ数年、社保庁では、不祥事が相次いだ。2004年3月、政治家の国民年金未納問題が報道されたのをきっかけに、同年7月、約300人の職員が未納情報等の業務目的外閲覧を行っていた「年金記録のぞき見問題」が発覚した。そして、同年9月には、カワグチ技研事件で社保庁の幹部職員が収賄罪で逮捕され、通常国会における年金改正法案の審議やマスコミの報道等で強い批判を受けた。

 2006年5月、全国各地の社会保険事務所が、国民年金保険料の不正免除を行っていたのが発覚した。2007年5月には、年金記録をオンライン化した際のコンピューター入力のミスや基礎年金番号に未統合のままの年金番号など5000万件強の「宙に浮いた年金記録」の問題が表面化し、年金記録のずさんな管理が批判された。そして、その確認作業が行われる中で、社保庁職員による年金保険料の横領事案が過去に50件あることが明らかになり、国民の激しい怒りを買い、既に被害弁償、懲戒処分済みのものも含めて27件が刑事告発された。

 そして、2008年4月、東京と大阪の両社会保険事務局において、確認されただけで計29人が組合活動に「ヤミ専従」をし、本来は支払う必要のない給与が約8億円支払われていたことが明らかになった。

 このような不正行為・犯罪の相次ぐ表面化で、社保庁という組織は、国民から「最低最悪の官庁」と決めつけられ、国民は「社保庁の職員ならどんな悪事を働いていても不思議ではない」という認識を持つに至った。そのような中で表面化したのが、今回の「年金改ざん問題」だった。

 前回詳しく述べたように、この問題については社保庁職員が厚生年金記録の「改ざん」という不正行為を行ったとして非難する根拠はほとんどない。しかし、国民は、それまでの社保庁に対するイメージから、この問題を、「社保庁職員が組織の都合や個人的な動機から組織ぐるみで行った不正行為」と決めつけ、「年金改ざん」という呼び方も定着した。その伏線となったのが国民年金不正免除問題だった。

国民年金不正免除問題が伏線に

 この問題は、収入が少ない人に対して申請をすることで保険料を免除・猶予する救済制度である国民年金保険料の免除・猶予の手続きを、本人からの申請がないままに行っていたというものだ。

 2004年の国民年金法の改正で、2005年度以降、市町村から所得情報を入手し免除・猶予の該当者を把握できるようになった。このため社保庁職員が、免除・猶予の事由の該当者に働きかけて免除・猶予の申請を出させようとしたが、戸別訪問しても不在だったり、文書を何度送っても反応がなかったりというような接触困難なケースが多かったので、本人からの申請を受けることなく免除・猶予の手続きを行ったという事案だ。これが全国で発生していたことが明らかになった。

 この免除制度というのは、免除の手続きをすることで、保険料を支払わなくても、老齢年金、障害年金、遺族年金の一部を受給できるという制度だ。保険料が支払えない低所得者に対して、老後の最低限の年金を確保させようとするところに目的がある。

 「不正免除」の多くは、せっかくこのような制度があるのに、それを知らないために免除申請をしていない該当者の利益のために行われた。それは社保庁職員の側の「悪事」と単純に切り捨ててよいとは必ずしも言えない。形式的には「違法」であっても、実質的に見て、被害や損害を与える行為ではない。

しかし、マスコミは、この不正免除問題でも一方的に社保庁を叩いた。実質的に、免除事由該当者の利益を図る面があったことなどはすべて無視され、社保庁職員が、年金の納付率を向上させて成績を良くしたいという動機だけで不正を行ったように単純化された。

「年金改ざん」が「組織ぐるみ」とされるまで

 このように「国民年金不正免除」が、「納付率」の向上という社保庁側の事情による不正行為と単純にとらえられたことが、「社保庁職員は、自分たちの都合のために何でもやりかねない人間」という印象を与えた。「年金改ざん」という問題が表面化した際にも、「徴収率」の向上のために他人の年金記録を勝手に改ざんしたというように受け取られたことは否定できない。

 当初、この「年金改ざん」が問題とされ始めた時、そのような行為に、社保庁職員の側がどのように関わっていたのかは全く不明だったが、多くの国民は、社保庁職員が組織ぐるみで徴収率向上のために不正行為を行ったのではないか、という疑いを持った。そこには「国民年金不正免除」問題からの連想が働いていたはずだ。

 その疑いを決定的にしたのが、滋賀県の大津社会保険事務所の元徴収課長の「社会保険事務所では徴収率向上のために組織的に年金記録の『改ざん』が行われていた」という証言だった。

 社会保険事務所で組織的に行われていたのは事業主の標準報酬月額の遡及訂正だったはずだが、この元徴収課長は、この2つを区別しないで、「改ざん」という不正行為が社会保険事務所の現場で組織的に行われていたように証言した。これによって、それまでは「疑い」であった「社保庁の組織ぐるみの改ざん」が、ほとんど確定的な事実のように扱われるようになった。

 そして、そのような見方を決定的にしたのが、舛添要一厚生労働大臣が、「年金改ざん」問題について、国会で「組織的関与があったであろうと思う。限りなくクロに近いだろう」と答弁し、これが「厚生労働大臣が社保庁の改ざんへの組織的関与を認めた」と報道されたことだ。

 そして、舛添大臣が、社保庁職員の関与者を刑事告発するために弁護士中心の調査委員会に事実関係を調査させると息巻いて立ち上げたのが、私も委員として加わった「標準報酬遡及訂正事案等に関する調査委員会」だった。

「法令遵守」的な不祥事対応は事態を一層悪化させる

 このようにして社保庁に対する信頼が崩壊し、組織全体が「犯罪者集団」のように見られることになってしまったことには2つのポイントがある。

 1つは、社保庁の一連の不祥事に対する対策が、単純な「法令遵守」に偏り過ぎていたことだ。社保庁の幹部が収賄で逮捕されたカワグチ技研事件に関連して、厚生労働省は省内に信頼回復対策推進チームを立ち上げたが、ここでの再発防止対策の柱は、法令遵守委員会の設置と内部通報制度の整備という単純な「法令遵守」のための措置だった。それらの対策が、それ以降の社保庁の不祥事の多発に対して全く効果がなかったことは明らかだ。

 そして、国民年金不正免除問題に関して、社保庁は、3次にわたって調査委員会を立ち上げ、事実関係の解明と原因の究明を行ったが、そこで書かれている原因分析は、法令遵守の観点から社保庁の組織や職員を批判しているだけで、多くの職員の不正行為の動機が「国民年金保険料の免除制度の恩恵を少しでも多くの人に受けさせたいという気持ちであったこと、それがこの問題の本質であること」は一切書かれていない。

 このように糾弾されるたびに、一方的に謝罪し、法令遵守の徹底を呼び掛けている間に、社保庁の組織は、どんどん追い込まれ、結局、組織自体が解体されるという事態に至った。

こういった「法令違反」や「偽装」「改ざん」「隠ぺい」「捏造」などで、いったん批判されると、一切の弁解・反論ができないまま、一方的に叩かれ、それが、新たな問題にまで波及し、事態が一層深刻化していく、という最近の官庁・企業の不祥事に共通する構図は、「水戸黄門の印籠を示された途端にその場にひれ伏す人々の姿」、すなわち、「遵守」による思考停止状態そのものだ。

信頼失墜を決定的にした舛添大臣のパフォーマンス

 もう1つ、社保庁の組織や職員にとって決定的な打撃になったのが、舛添大臣の発言と態度だ。舛添大臣は、社保庁を含む厚生労働省の組織のトップでありながら、その部下である社保庁職員をこき下ろし、事実を確認する前から部下の組織や職員の刑事責任にまで言及した。「改ざん」とはどういう意味で使われているのか、標準報酬月額の遡及訂正とどういう関係なのか、従業員の遡及訂正と事業主の分のみの訂正とどう違うのかなど、この問題を考えるに当たっての基本的な事項すら十分に理解していたとは思えない。

 せめて、「調査委員会を立ち上げるので、その調査結果を踏まえて適正に対応したい」と冷静な発言を行い、調査委員会の調査が終わった時点で、各委員から十分に話を聞いたうえで、問題の本質を、国民に分かりやすく説明する努力をしていたら、社保庁職員に対する誤った批判・非難がここまでエスカレートすることはなかったはずだ。

 組織内の不祥事が表面化した場合のトップの対応は様々だ。末端に責任を押しつけて自らは責任を問おうとしないトップもいれば、全責任は自分にあると言って引責辞任するトップもいる。しかし、事実関係を確認することもなく、当事者の弁解・反論を聞くこともなく、一方的に当該部門全体を「犯罪者扱い」するトップというのは、企業の世界ではあまり聞いたことがない。

 私は、社保庁という組織の体質自体に重大な問題があることは否定しないし、その組織がこれまで起こしてきた不祥事、トラブル全体を擁護するつもりはない。しかし、それにしても、今回の「年金改ざん」問題に対する世の中の認識は誤っており、批判・非難の行われ方は明らかに異常だ。

 社保庁やその職員にとっては、それも「自業自得」だという見方もできなくはない。しかし、問題はそれだけで済むものではない。この問題の本質を見極めることなく、このままの論調で「年金改ざん」を単純に社保庁の組織や職員の「悪事」のように決めつけて対応していけば、次に述べるように、厚生年金という制度とその運用に重大な支障を生じさせ、国民全体に大きな不利益をもたらすことになりかねない。
 

産業の二重構造と年金制度をどう調和させていくのか

 「標準報酬月額の遡及訂正」という行為自体が「年金改ざん」などと言われて丸ごと不正のように扱われると、社保庁側では、とにかく遡及訂正だけはやらないようにしようということになるであろう。

 中小零細事業者の事業主の保険料の滞納を解消する唯一の手段であったこの「標準報酬月額の遡及訂正」が行われなくなれば、保険料滞納が長期間にわたって放置されて徴収率が下がることになる。それは、将来、まじめに保険料を支払っている厚生年金加入者の負担で、滞納した事業主自身が高額の年金を受給できることにつながる。

 それを防止するために正規の手段は、調査委員会の報告書で言っているように、「毅然と差し押さえを行う」という方法しかないが、それによって中小零細事業者の滞納保険料を徴収することが困難だということは前回のこのコラムで述べた通りだ。

 では、遡及訂正の恒常化の背景となった「保険料を納めなくても年金がもらえる仕組み」という制度の枠組みそのものを改めればよいのかと言えば、それだけで解決できるような単純な問題ではない。

 厚生年金は、基本的には、多数の従業員を雇用する事業者が従業員の給与から保険料を天引きし、自らの負担分と合わせて保険料を支払うことを前提にしている労働者のための年金制度だ。

事業者が保険料を支払わなかった場合や倒産などで支払い不能となった場合に、年金を天引きされていた従業員が不利益を受けないようにするためには、厚生年金に加入している限り、実際の支払いの有無にかかわらず標準報酬月額に応じた年金の受給権が発生するという制度自体はやむを得ない面がある。

 そのような本来は労働者のための厚生年金が、中小零細事業者の実質的な事業主である代表者にまで適用されることに問題があることは確かだ。しかし、法人の代表取締役は、形式上は会社に雇われている立場であり、それが実質的に「事業主」と言えるかどうかの線引きは容易ではない。

 そう考えると、実態が個人事業者と変わらないような小規模な「法人事業者」をなくしていくこと、人的組織の面でも財産的にも法人としての十分な実体がある場合に限って法人としての会社の設立と存続を認める方向を目指すこと以外には根本的な解決はあり得ないように思える。

 しかし、実際には日本の会社法制は全く逆の方向に向かっている。2006年に商法から独立して定められた会社法では、株式会社の最低資本金の定めがなくなり、会社設立手続きも大幅に簡素化された。誰でも自由に簡単に株式会社が設立できるというのが現在の会社法だ。

「法令遵守」では解決できない日本の中小企業の実態

 極端な事例を考えた場合、1円の資本金で株式会社を設立し、定款で代表取締役の報酬額を定めておいて厚生年金に加入し高額の標準報酬月額を設定してしまえば、その後、保険料を何年間滞納し続けていようが、その報酬月額に見合う将来の年金受給権を得ることができることになる。会社の実体がなければ会社財産の差し押さえによって滞納保険料を徴収することもできない。その場合の年金の財源も、真面目に保険料を支払っている厚生年金加入者の負担になってしまう。

 小規模会社に関する会社法制の在り方は、社会保険制度や運用の問題と密接に関連する問題である。両者の整合性を考えながら制度改正を行わなければならないのに、日本では会社法の問題と社会保険制度の問題を全くバラバラに考えてきた。それが、制度の重大な矛盾を生じさせてしまった。

 この問題の背景には、法律の建て前通りにはいかない、つまり「法令遵守」では決して解決できない日本の中小企業の実態がある。その中小企業が、これまで戦後の日本経済の一翼を担ってきたのだ。

 日本の産業構造の二重性の下で、中小零細企業の経営の実態に適合した年金制度と運用の在り方を抜本的に検討する必要がある。それは、経済危機の深刻化に伴って中小零細企業の経営が急激に悪化し、社会保険料の負担が困難になりつつある現状においては、何はさておいても取り組まなければならない緊急の課題と言えよう。

 そのためには、実態も問題の所在も理解しようとせず、自らがトップを務める厚生労働省の一員である社保庁職員を一方的にこき下ろす「人気取りパフォーマンス」ばかり続けてきた舛添大臣が、まず、これまでの軽率な対応を謙虚に反省し、問題の本質に目を向けた対応を行うことが不可欠であろう。

 人気取りのためのパフォーマンスは、この「年金改ざん」問題に限らない。前に述べた社保庁の「ヤミ専従問題」でも同じだ。

 厚労省が事実関係の調査と処分の検討のために設置した第三者による調査委員会が、組織的、構造的な問題だという事案の性格や全額被害弁償済みであることなどを考慮して刑事告発については慎重に対処すべきとの見解を示していたのに、舛添大臣は、それを無視して40人もの社保庁職員を告発するよう指示し、結果的には全員不起訴(起訴猶予)となった。官公庁があえて刑事処罰を求めて告発した事件が全員不起訴になるというのは異例のことである。そのようなことに膨大な労力をかけるより、他に重要な問題が山ほどあるはずである。

 しかし、舛添大臣も含め「人気取りパフォーマンス」で目立っている政治家の名前ばかりが、人気崩壊の麻生首相に代わる「次の総理候補」として急浮上しているというのが、今の日本の政治の悲しい状況なのである。

 では、この問題について、今後何をすべきなのか、制度とその運用をどのように改めていったらよいのか。次回は、その点についての私の考え方を述べて、「年金改ざん」問題についての連載の締めくくりとしたい。

前々回と前回のこのコラムで述べてきたように、「年金改ざん」問題は、厚労省や社会保険庁組織が「法令遵守」に偏った対応ばかり行ってきたことや、組織のトップである舛添厚労大臣が、事実を確認もせず、問題の本質を理解することもなく、社保庁職員が犯罪者であるかのようにこき下ろしたことなどで、マスコミや世の中から、社保庁の職員が組織ぐるみで行った単なる「悪事」であるように決めつけられてしまい、問題が矮小化されている。

 では、この問題に対して、今後、どう対応したらよいのか、制度の在り方やその運用はどのように改めていったらよいのか。私なりの考え方を示しておきたい。

「年金改ざん」を巡る誤解の解消が急務

 何はさておいても、まず行わないといけないことは、この問題に関する国民の誤解を解消するために、「年金改ざん」と言われている問題を整理し、何が問題の本質なのかということを、分かりやすく国民に説明することだ。そのためには、厚労省トップとしての舛添大臣が、この問題の本質を理解し、自ら説明を行うべきだ。

 「年金改ざん」問題というのは、経営の不安定な中小企業に厚生年金という制度を適用したことで発生した問題で、大企業のサラリーマン、役員や公務員などには基本的に無関係だということをすべての国民に分かってもらうことが必要だ。「年金改ざん」と言われる「標準報酬月額の遡及訂正」が行われるのは何カ月にもわたる保険料の滞納が発生した場合であるが、大企業が社会保険料を長期にわたって滞納することはほとんどあり得ない。

 しかし、このような、ある意味では当然のことすら、新聞、テレビなどでは明確に伝えられてはいない。「『年金改ざん』は100万件以上に上る、その闇はどこまで広がっているのか分からない」というような報道もあり、多くの国民は、社保庁職員が組織ぐるみで行った「年金改ざん」のために自分たちも被害を受けた可能性があるような誤解をしているのが現状だ。

 次に、標準報酬月額の遡及訂正は、基本的に、事業者の申告によって行われたものだということを説明する必要がある。申告書自体を社保庁職員が偽造したというのであれば別だが、さすがにそのような話は、これまで全く出ていないし、そこまでして遡及訂正の訂正を行うほどの動機が社保庁職員の側には考えられない。調査委員会が設置したホットラインには全国から多数の情報が寄せられたが、その中でも、事業者の申告もしていないのに、勝手に年金が引き下げられたという情報提供はなかった。

 もっとも、前々回のこのコラムへのコメントの中に、「私は約35年間会社を経営し、現役を引退して5年後、社会保険事務所から連絡があり、給料が8万円に減額されているので確認したいと言う事でした。当時私の給料は75万円で一度も保険料の滞納はなく、引退するまで赤字決済はなく、もちろん給料減額はありませんし、減額されていた事等、私は全然知らない事であります」というものがあった。

 これが、事業主の標準報酬月額が本人の知らない間に遡及訂正されたということを意味するのであれば、調査委員会も、社保庁も認識していない事案である。

 標準報酬月額の遡及訂正は基本的に事業者自身の申告で行われているものであり、申告もなしに勝手に引き下げられている社保庁職員側の一方的な「改ざん」の事案は、現時点では全く見つかっていないが、万が一にもそういう事案があるのであれば徹底解明するということも明確にしておくべきであろう。

「事業主案件」と「従業員案件」の明確な区別を

 そして、重要なことは、同じ標準報酬月額の遡及訂正でも、事業主分の訂正(事業主案件)と従業員分の訂正(従業員案件)とは全く意味が異なること、現在把握されている遡及訂正の大部分は事業主案件(生計を同一にしている親族など分を含む)であることを国民に分かりやすく説明し、この2つを明確に区別した対応を行うことだ。

従業員案件は、保険料を天引きされていた従業員の標準報酬月額が本人の知らない間に遡って引き下げられ、その分、従業員の将来の年金受給額が減額される一方、事業主側が天引きしていた保険料を着服することになるのであるから、まさに実質的な被害が生じる犯罪そのものだ。このような案件は徹底して調査し、それに社保庁職員が関わっている事実があれば厳しく責任追及しなければならないのは当然だ。

 一方、事業主案件は、中小零細企業に厚生年金を適用することに伴って不可避的に発生する保険料の滞納に対して、それが「保険料を払っても払わなくても将来もらえる年金が変わらない仕組み」(前回のこのコラム1ページ参照)の下で、保険料を払わなかった事業主自身が将来多額の年金をもらうことになるという保険加入者間の負担と給付の不公平が生じることを防止するためには、やむを得ない面もある措置であった。滞納事業主に、保険料を払うよう説得し、差し押さえのための財産調査を行うなどの正規の手続きに向けての努力を全く行わず、安易に遡及訂正を行ったとすれば、そこに社保庁職員としての義務を尽くしていないと批判されるのもやむを得ない。しかし、この問題の根本には、厚生年金制度が中小企業の経営実態に適合していないという根本的な問題があり、重要なことは制度や運用の改善を行うことであって、社保庁職員の責任追及を行うことだけでは問題は解決しない。

 この事業主案件を、基本的に責任追及の対象から切り離し、その分の労力とコストを従業員案件についての調査に費やすのが合理的だ。従業員案件を徹底して解明するためには、調査委員会が対象とした6.9万件(社保庁が「長期間にわたる大幅な遡及訂正が行われ、直後に厚生年金資格喪失手続きが行われているもの」を不適正な遡及訂正が行われている可能性があるとして抽出した案件)だけを対象にしたのでは不十分である。

 長期間又は大幅な遡及訂正が行われている案件の中から、従業員が対象となっている案件を抽出し、その一つひとつについて事業主からの事情聴取を行い、給与の実態に反して不正に訂正されていないかどうかを確認し、そのうえで、社保庁職員の関与の有無を明らかにするという地道な調査を丹念に行っていく必要がある。調査委員会報告書でそのような方向性が示せなかったのは、その調査の中で確認できた事業主案件を「社保庁職員の組織ぐるみの不正」と評価し、従業員案件と明確に区別することなく、今後の調査の在り方を論じたところに原因がある。

事業主案件の背景にある構造的問題の解決の道筋

 では、事業主案件が社保庁の現場で広く行われ、「仕事の仕方」として定着していたことに対しては、どう対処すべきか。

 そのような行為は、中小企業に対する厚生年金の適用の現場で、やむを得ない面があったことは確かだが、問題は、それが不透明な非公式なやり方として定着していたことにある。

 そこで、当面の対応として考えられるのは、これまで非公式な方法として、現場で非公式に行ってきた標準報酬月額の遡及訂正を、要件を定めたうえで、制度化するか、あるいは、その運用方法として明確化することである。そのためには、報酬・給与の実態を確認する方法について何らかの基準を設けることや、遡及訂正によって将来の年金額が減額されることについて保険加入者側の承諾を得る手続きについても定めることが必要になる。

 しかし、それだけでは、前回の本コラム5ページで指摘した、年金受給権を確保するために、実体のない会社を設立して厚生年金に加入し高額の標準報酬月額を設定するというような確信犯的なやり方には対応できない。一定の規模以下の会社には一定の期間を「仮加入期間」として設定し、保険料支払いの実績を確認したうえで正式の加入を認めるというような方法も検討する必要がある。

 そして、最終的には、中小企業の実態に即した公的年金制度を創設すること以外にこの問題の根本的な解決はあり得ない。

事業者に社会保険料の半分を負担させることで公的年金による労働者の老後の保障を充実させようという趣旨の厚生年金制度が、企業の規模を問わずすべての法人事業者に一律に適用されるのが現行の厚生年金制度だ。その趣旨は尊重されるべきだが、日本の中小企業の実態は、そのような負担が可能な事業者ばかりではない。保険料負担が、14.6%という高額の延滞金と相まって中小企業の経営を圧迫する要因になることは避けがたい。

 そう考えた場合、基礎年金制度に下支えされた(厚生年金は国民年金の「上乗せ」の制度であり、加入している限り標準報酬月額が最低水準でも国民年金加入者の年金額を上回る)厚生年金の事業者の負担率を、大企業向けと中小企業向けとで区別するという方法もあり得るのではないか。

 法人事業者であっても、会社法などの法律が予定しているような組織や経営の実態ではない中小企業を巡る問題は、「法令遵守」だけでは絶対に解決できない問題である。法令による建前論ではなく、実態を把握し、現実を直視して解決策を考えていくほかない。

「遵守」を超えて「真の法治社会」を

 2年余り前に出した『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)では、実態と乖離した法令を、そのまま単純に遵守すればよいという考え方が、日本社会に大きな弊害をもたらしていることを指摘した。先日公刊した『思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)では、「何も考えないで、単に『決められたことは守ればよい』」という「遵守」の姿勢がもたらす弊害が、「法令違反」の問題だけではなく、「偽装」「隠蔽」「ねつ造」「改ざん」などの問題にまで拡大している日本社会の現状について述べている。

 「法令違反」か否かとは関係なく、一度「偽装」などのレッテルを貼られると、一切の弁解・反論が許されず、実態の検証もないまま、強烈なバッシングの対象とされる。「年金改ざん」問題はその典型だ。

 「改ざん」という言葉が何を意味するのか、それが具体的にどのような行為で、どのような被害をもたらしたのか、ということすら明らかにされないまま、社保庁職員はマスコミなどから一方的に非難された。

 その一方で、この問題の本質が大企業向けの厚生年金制度を中小企業に適用することにあることも、この問題を放置すると、経済危機の深刻化、中小企業の経営悪化の下で厚生年金の徴収の現場が一層混乱し、回復不可能な状態になりかねないことも、ほとんど知らされていない。

 その構図は、多くの官庁・企業の不祥事に共通する。何か問題を起こすと、全く反論も弁解もできず、反省・謝罪をひたすら繰り返すばかりの官庁・企業の姿は、水戸黄門の印籠の前に、ただただひれ伏しているのと同様だ。

 その「遵守」の印籠の効果を高めているのが、国民への人気取りしか考えない政治家、責任回避の行政、問題を単純化するマスコミという「思考停止のトライアングル」だ。こうした中で、国民は、今この国で起きていることについて真相を知らされず、重大な誤解をさせられたまま、有権者、消費者、納税者などとして様々な選択を行わされている。

 同書では、この「年金改ざん」の問題をはじめ、食品を巡る偽装・隠ぺい、検査データねつ造、経済司法の貧困、裁判員制度、マスメディアの歪みなど様々な分野の問題を通して、そのような日本社会の現状を明らかにし、最後に、「遵守」による思考停止から脱却して「真の法治社会」を作っていく道筋を示している。

 我々は、まず、誰かに制裁を科して物事の決着をつけてしまおうとする単純な「悪玉」論を乗り越えて、少しでも多くの国民に、今起きていることの現実を知ってもらう努力をしなければならない。

 そして、そのうえで、どのような方向で解決したらよいのかを考えるコラボレーションの環を拡大していくことだ。多くの国民の利害に関わるこの厚生年金の問題への対応が、日本社会が日本人固有の知恵を取り戻せるかどうかのカギを握っている。

2009年7月29日水曜日

【自民党政権】 2009年衆議院選公約

自民公約案(1)…財源と成長・「民主に対抗」鮮明

閣議に臨む麻生首相(28日)=田中成浩撮影
 28日明らかになった自民党の衆院選政権公約(マニフェスト)案は「責任政党」を強調し、地方選連勝や政党支持率上昇で勢い付く民主党への危機感と対抗意識が鮮明になっているのが特徴だ。

 昨年9月の発足以来、景気対策に傾注してきた麻生内閣としての自負ものぞかせた。ただ、27日に政権公約を発表した民主党を意識してか、似通った政策も散見された。

 「日本の『力』が発揮され、すべての人に魅力ある国へ。それを実現する『責任』があります」

 麻生首相(自民党総裁)は政権公約案に寄せたあいさつで強調した。

 自民党は衆院選の論戦で消費税率引き上げや憲法改正など賛否両論ある分野にあえて言及して、民主党の政権公約が財源確保策や外交・安全保障政策などであいまいさを残した点を突く構えだ。政権公約案もその点に力を入れたという。

 「民主党はばらまきだけで、財源収入として入ってくるものがない。自民党は成長戦略で財源をつくり出し、それを分配する。そこが違いだ」

 首相は27日夜、東京都内のレストランで自民党の菅義偉選挙対策副委員長と会談し、民主党の政権公約に経済成長戦略と財政再建への取り組みが欠けているとの見方で一致した。

 自民党の政権公約案では「4度にわたって経済対策を矢継ぎ早に実施」と麻生内閣の取り組みを強調。〈1〉2010年後半に経済成長率2%を実現する〈2〉11年までに経済成長率や失業率などを07年の水準に戻す〈3〉12年以降、安定成長に乗せる――を掲げ、「あと2年間は経済対策に全力を尽くす決意だ」と訴えている。

 一方、財政再建では国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)に関し「今後10年以内に確実な黒字化を」と目標を設定。消費税率引き上げを巡っても「消費税を含む税制抜本改革を11年度から実施できるよう法制上の措置を講じる」とした税制改革の「中期プログラム」に沿って、「経済回復後に見直す準備を進める」と明記、民主党との差を強調した。

自民公約案(2)…自衛隊の海外派遣「当たり前」

 外交・安全保障政策では自衛隊を海外派遣するための恒久法制定を目指す考えを強調、「こんな『当たり前』(なこと)すら躊躇(ちゅうちょ)し、意見集約できない党に、日本の安全を任せられない」と民主党を非難した。

 というのも、民主党の政権公約では、旧社会党出身者らを抱えて自衛隊の海外派遣に慎重論が根強い党内事情を受け、自衛隊について言及がない。自民党は集団的自衛権行使を禁じた政府の憲法解釈の見直しや憲法改正の早期実現も盛り込み、「憲法に足らざる点があれば補う」などの表現にとどめた民主党との違いをここでも明確にした。

自民公約案(3)…世襲・子育て、民主と競い合う
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/news1/20090729-OYT1T00059.htm

一方で、自民党の政権公約案には、民主党と競い合う政策も少なくない。

 政治改革の柱となる「世襲」候補の立候補制限を巡っては、世襲議員の多い自民党内では反対論が根強かったが、民主党は既に国会議員の子や配偶者ら3親等以内の親族が同一選挙区から続けて出馬することを禁止する方針を決めている。このため、対抗上、一転して次々回から民主党と同様の制限を行うこととした。

 国会議員定数の削減についても、民主党が衆院比例定数(180)の80削減を打ち出したのに対し、自民党は「次々回から衆院議員定数(480)の1割以上削減、10年後には衆参議員定数(計722)の3割以上削減」を掲げて対抗した。

 子育て支援などでは、両党とも負担軽減策を次々と打ち出している。

 民主党が月額2万6000円の「子ども手当」創設を目玉とした一方で、自民党は今後4年間で、3~5歳児への教育の無償化を唱える。

 授業料などの軽減に関しては、民主党は公立高校生のいる世帯への授業料相当額の助成を盛り込んだのに対し、自民党は高校や大学で低所得者に限った授業料の無償化や、返還義務のない給付型奨学金制度の創設を盛り込んだ。

 自民党の石原伸晃幹事長代理は28日、都内での街頭演説で、政権公約案について、「国民の皆様方が『足りない』というところは十分補っていく。伸ばすべき分野はもっと伸ばしていく」と強調した。

 ただ、自民党の政権公約に最終的に、政策実行にかかる費用や財源が盛り込まれるかどうかは不透明だ。政府の概算によると、幼稚園・保育園の幼児教育の無償化に約7900億円、低所得者の授業料無償化には約229億円(私立高校で年収250万円未満は全額、同350万円未満は半額補助の場合)が必要となる。

 負担軽減策を次々と繰り出せば「ばらまき」批判がつきまとうのは必至だけに、こうした批判をどう払拭していくかが、問われる。(政治部 村尾新一)

2009年7月27日月曜日

【鳩山内閣】 鳩山政権の政権構想

7月27日 ロイター

<鳩山政権の政権構想>

●5原則

1.官僚丸投げの政治から、政権党が責任を持つ政治家主導の政治へ。

2.政府と与党を使い分ける二元体制から、内閣の下の政策決定に一元化へ。 

3.各省の縦割りの省益から、官邸主導の国益へ。 

4.タテ型の利権社会から、ヨコ型の絆(きずな)の社会へ。

5.中央集権から、地域主権へ。

●5策

1.政府に大臣、副大臣、政務官(以上、政務3役)、大臣補佐官など国会議員約100人を配置し、政務3役を中心に政治主導で政策を立案、調整、決定する。 

2.各大臣は、各省の長としての役割と同時に、内閣の一員としての役割を重視する。「閣僚委員会」の活用により、閣僚を先頭に政治家自ら困難な課題を調整する。事務次官会議は廃止し、意思決定は政治家が行う。 

3.官邸機能を強化し、首相直属の「国家戦略局」を設置し、官民の優秀な人材を結集して、新時代の国家ビジョンを創り、政治主導で予算の骨格を策定する。 

4.事務次官・局長などの幹部人事は、政治主導の下で業績の評価に基づく新たな幹部人事制度を確立する。政府の幹部職員の行動規範を定める。 

5.天下り、渡りのあっせんを全面的に禁止する。国民的な観点から、行政全般を見直す「行政刷新会議」を設置し、全ての予算や制度の精査を行い、無駄や不正を排除する。官・民、中央・地方の役割分担の見直し、整理を行う。国家行政組織法を改正し、省庁編成を機動的に行える体制を構築する。


03マニフェストの内閣財政局、05マニフェストの国家経済会議、09マニフェストの国家戦略局。これらは基本的に同一の機能を担うとされてきたもの。少なくとも三つにかかわった自分から見れば名称は異なれど予算編成など税財政骨格編成を官邸主導で行う部局。記者会見だけでは見えてこない。