西松事件が起き、民主党が第三者委員会を作った。
その、第三者委員会の最終報告会が行われたときに、神保氏が飯尾氏に対して質問をし結果、検察・警察と司法記者クラブとの力関係が顕になり記者会見の主導権を誰が握っているのかが問われる。
記者クラブが今まで言ってきたことが官僚によって覆された瞬間でもある。
「論」も愉しとは、故筑紫哲也氏の言葉である。 近ごろ「論」が浅くなっていると思いませんか。 その良し悪し、是非、正しいか違っているかを問う前に。 そうやってひとつの「論」の専制が起きる時、 失なわれるのは自由の気風。 そうならないために、もっと「論」を愉しみませんか。 ・・・・「論」を愉しむためには、いろいろな事を知っていた方が良いと自分は考える。沢山引き出しを持っていた方が、人生を愉しめるような気がする。
2009年6月1日月曜日
【国内メディア】 「輿論」(Public Opinion)と「世論」(Popular Sentiments)
元毎日新聞記者の池田 龍夫氏が、日刊ベリタに寄稿をしている。彼、池田氏は、に沖縄返還密約訴訟でもよく知られていて自分も彼の記事を楽しみにしている読者の一人である。
西山事件で、西山氏がどのような人生を歩む結果になったのか、また毎日新聞がどのようにたたかれたかれたのか。その経験が、彼の記事を見ていて伝わってくる思いである。
「小沢問題」と報道の責任 過剰な世論調査、物足りぬ背景分析 池田龍夫
2009年06月01日09時12分 メディア展望
小沢一郎氏が47歳で自民党幹事長に就任(1989年)してから20年、日本の政治地図が大きく塗り替えられてきたのに、小沢氏は〝政界の戦略家〟であり続けた。その小沢氏が、野党・民主党代表となって3年を経た2009年5月11日、突然「代表辞任」を表明して世間を驚かせた。
東京地検特捜部が3月3日、小沢氏の公設第一秘書・大久保隆規容疑者を政治資金規正法違反(政治資金収支報告書の虚偽記載)の疑いで逮捕してから、民主党に対する世間の〝風当たり〟が高まり、テンヤワンヤの騒動となった。
「衆院解散・総選挙近し」と観測されていた時期に、野党第一党代表に照準を合わせたような強制捜査が果たして公正と言い切れるだろうか……。小沢氏は「この捜査は、政治的、法律的に不公正な国家権力の行使だ」(各紙3・4夕刊)と激しく反発した。大久保容疑者起訴(3・24)を経て、「検察vs小沢」の構図がさらに鮮明となり、民主党は窮地に追い込まれていった。
「西松建設事件」は昨年春の〝内部告発〟が端緒で、海外事業を利用して裏金を作った外為法違反事件だった。捜査の過程で政治献金に流用された疑惑が浮上した事件である。大久保容疑者の起訴状によると、「大久保秘書は2003年から4年間で西松建設から計3500万円の献金を受け取ったのに同社OBが代表を務める政治団体からの献金と偽って政治資金収支報告書に記載した」との疑いだ。
その間、マスコミの世論調査すべてが、小沢代表に不利な調査結果を報じており、小沢氏が「代表を続けることは、近づく総選挙にマイナス」と判断したに違いない。大久保逮捕から2カ月余の政局混迷に辟易していた国民は多く、「小沢代表辞意」を伝えた新聞各紙(5・12朝刊)は「遅すぎる決断」と論評し、「今後は政策で競うべきだ」と、一様に伝えていた。ただ、小沢民主党側の「政治献金の処理」が不透明だったにしても、これでもか…これでもかの〝世論のバッシング〟は一方的で、行き過ぎの印象を否めなかった。
そこで、検察・小沢側双方の説明責任不足や世論調査などへの疑問点・問題点を洗ってみた。
▽〝小沢バッシング〟のような報道ぶり
1946年に当用漢字が公布される以前、「輿論」(Public Opinion)と「世論」(Popular Sentiments)には区別があり、輿論は「多数意見」、「世論」は「全体の気分」を意味する言葉だった。佐藤卓己・京大准教授はこの違いを重視し、輿論は「理性的討議による市民の合意」、世論を「情緒的な参加による大衆の共感」と定義している。
今回の「検察vs小沢」で特に際立ったのが、マスコミの「世論調査」報道だった。学問的定義はともかく、「世論調査」データ(数字)に基づいて記事を作成、紙面制作や放送に利用する傾向が、ますます顕著になってきた。「面接調査」から「電話調査」へ調査方法が時代とともに変貌して、作業は容易になった。
従来の「面接調査」は、手間とコストがかかり過ぎたうえ、家族形態の変化も調査方法転換の理由になった。「電話調査」にも試行錯誤はあったが、現在はRDD(ランダム・デジット・ダイヤリング)が主流。コンピューターがランダムに発生させる番号に電話して質問する方式だが、携帯電話普及によって調査対象者の年齢構成に支障を来す難題も生じている。
3月3日の「小沢代表の公設秘書逮捕」の衝撃を受け、メディア界は世論調査合戦の様相を呈した。各社が毎月実施している調査では、内閣支持率・政党支持率がメインテーマだが、3、4月の調査は「小沢代表と政治資金疑惑」に重点を移した調査方法だった。中でも『朝日』『読売』が3月に2回も全国調査した(いずれも一面トップ)のは異例で、一連の報道を検証すると……。
[朝日3・9朝刊]「小沢代表辞任を57%/民主支持は小幅減」の大見出し。麻生内閣については「支持しますか。支持しませんか」の質問(支持14%・不支持70%)だが、小沢氏に関する質問は長ったらしく、誘導的な印象を感じたので具体例を一部引用して参考に供したい。
▽質問①「民主党の小沢代表の秘書が、西松建設の違法な政治献金問題で逮捕されました。小沢代表は『企業からの献金と認識していなかった。やましいことはない』と弁明しています。小沢代表の説明に納得できますか」
回答=納得できる12%、納得できない77%
▽質問②「小沢さんは、民主党の代表を続ける方がよいと思いますか。辞めた方がよいと思いますか」
回答=続ける方がよい26%、辞める方がよい57%
▽質問③「小沢代表の政治献金をめぐる問題で、あなたの民主党に対する印象はよくなりましたか、悪くなりましたか」
回答=よくなった1%、悪くなった40%、変わらない56%
[朝日3・30朝刊]「小沢代表辞任を63%/比例投票先、民・自が接近」の大見出し。小沢氏に関する項目は更に多い(質問は要約)。
▽質問①「比例区の投票先は何党か」
回答=自27%(前回24)民31%(36)
▽質問②「小沢さんの説明をどう感じたか」
回答=十分だ7%、不十分だ86%
▽質問③「小沢さんは代表を続けるべきか」
回答=続けよ24%(26)辞めろ63%(57)
▽質問④民主党への印象は?」
回答=よくなった1%、悪くなった46%
▽質問⑤「小沢さんの検察批判を納得できるか」
回答=納得できる22%、納得できない65%
[読売3・9朝刊]「小沢代表辞任を53%/説明納得できず8割」の大見出し。
▽質問①「西松事件に関する小沢氏の説明は?」
回答=納得11・5%、納得せず80・8%
▽質問②「小沢氏は代表を辞任すべきか」
回答=辞任を53・1%、不必要36・1%
[読売3・27朝刊]「小沢氏続投に納得せず68%/首相に相応しい麻生氏が逆転」の大見出し。
▽質問①「首相に相応しい人は?」
回答=麻生氏32・2%、小沢氏23・2%
▽質問②「小沢氏の代表続行は?」
回答=続行を22・4%、納得せず67・8%
▽質問③「小沢氏の説明に納得したか」
回答=納得した7・9%、納得せず83・5%
▽検察側の説明責任も厳しく問うべき
『読売』が5・11朝刊一面トップで「小沢氏続投『納得せず』7割/内閣支持率上昇29%」と報じた当日午後、小沢氏は代表辞任を表明しており、〝引導を渡した〟ような印象を受けた。
一連の「小沢報道」を振り返って、小沢代表に説明責任を求める過剰報道に比較して、検察側強制捜査に対する説明責任の追究が足りなかった。
政治資金の虚偽記載は形式犯に過ぎないのに、突然逮捕に踏み切った理由は何か? 検察ОBを含む有識者多数から説明を求める声が噴出したが、検察幹部は「政治的意図など全くなく、厳正に捜査した結果だ。我々の責任は裁判できっちり説明すること」と述べるに留まっており、却って検察独善の批判を招いている。この点に関するメディア側の追究は甘く、国民の「知る権利」に応えていたとは思えない。
メディアの矛先は専ら、政局に注がれ、小沢氏の〝金銭疑惑〟洗い出しに取材対象を絞ったようにも勘繰れる。メディアが「世論」をどう捕らえ、報じるかはジャーナリズム永遠の課題であることを再認識し、今回の「小沢報道」を真摯に検証するよう要望したい。
世論調査の在り方を論じた『朝日』オピニオン面(4・24朝刊)で、元世論調査センター長が「最近の世論調査は、対象者が知らないことを、しかも突然質問することが多い。そのため質問の前に長々と説明をする。そこに、誘導的な言葉が入り込む危険はないだろうか。説明の仕方次第で調査数字がかなり左右されてしまう可能性がある」と問題を提起。
これを受けて宮崎哲哉氏(評論家)が「極端に言えば、メディアがある方向に予めバイアスのかかった世論調査を設計してしまえば、結論をも操作できるということになってしまう。…大胆な提起だが、内閣支持率を一面トップで取り上げるのを止めるという指針を示したらどうか。他のメディアにも世論調査の扱い方に関し慎重さを求めるいい機会になる」と強調していた。
一見科学的に映る世論調査数字に依拠し過ぎた報道に警鐘を鳴らす指摘だと思う。
民主党は5月16日の両院議員総会で鳩山由紀夫氏を新代表に選出。全党結束して態勢立て直しに全力を挙げ、〝政権選択〟総選挙に命運を賭けることになった。
2009年5月30日土曜日
【自民党政権】 集団的自衛権
【政治部遊軍・高橋昌之のとっておき】(上)麻生首相が腹を固めた!集団的自衛権の憲法解釈見直し
2009.5.30 13:00
今回で3回目のブログになります。おかげさまで2回目のブログ(上)「小沢氏辞任の裏側」、(下)「鳩山代表選出の裏側」も、予想を大きく上回るアクセスをいただきましてありがとうございます。今後とも、「とっておき」の情報をお届けしていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
また、4月20日に発売した私の初の著書「外交の戦略と志-前外務事務次官 谷内正太郎は語る」(産経新聞出版、1200円+税)も、引き続き売れ行き好調で、某有名書店の週間ランキングで11位になりました。ご購入いただいた方には重ねて感謝申し上げます。
今回のテーマは、私がずっと日本の安全保障の懸案だと考えてきた「集団的自衛権の憲法解釈の見直し」についてです。この問題は日本の国際貢献が問われた平成2(1990)年の湾岸危機(後に戦争)以来、クローズアップされ、国会でも自衛隊を海外に派遣するための法案が審議される度に、大議論が行われてきました。しかし、戦後60年経過して国際情勢が変わっても、「集団的自衛権は保有しているが、行使は許されない」との政府の憲法解釈は変わっていないのです。
ところが、その憲法解釈がようやく、見直されそうな状況になってきました。というのも、麻生太郎首相(自民党総裁)が9月までに行われる次期衆院選の党のマニフェスト(政権公約)に「集団的自衛権の憲法解釈の見直し」を盛り込む腹を固めたようなのです。次期衆院選では民主党もマニフェスト(政権公約)に、現行憲法解釈を見直して、国連を中心とした国際平和協力活動に積極参加することを打ち出す見通しです。
自民、民主両党が次期衆院選で、憲法9条の解釈見直しを打ち出せば、大きな争点になるでしょうし、選挙後は政権がどちらになるにせよ、自民、民主の2大政党が一致点を見いだせば、長年の懸案である憲法解釈の見直しが実現する可能性が高いのです。
ある自民党幹部から得た「とっておきの情報」を披露すると、その幹部が麻生首相と会った際、首相は「安倍(晋三元首相)さんは教育改革をやった。オレは集団的自衛権の憲法解釈見直しをやる。オレの腹は固まっている」と、決意を表明したそうです。
首相は4月23日、安倍首相当時に設置された「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)で座長を務めた柳井俊二元駐米大使と会談し、集団的自衛権の現行憲法解釈見直しに前向きな考えを示しました。また、首相は前日の22日には安倍氏と会談、安倍氏から、集団的自衛権の憲法解釈見直しを次期衆院選のマニフェストに盛り込むよう促されていました。そうした経緯の中で、首相は「腹を固めた」ようです。
ただ、実際に「集団的自衛権の憲法解釈見直し」をマニフェストに盛り込むとなると、自民党の中には「社会党か」と言いたくなるような左寄りの議員も少なくないので、そういう議員らが強く反対するかもしれません。しかし、自民党の大勢は賛成するでしょう。麻生首相が本当に腹を固めたのであれば、最後は多数決をしてでもマニフェストに盛り込んでもらいたいと思います。
現時点で次期衆院選の情勢は、有権者の間に政権交代願望が強いことから、「民主党が優勢」と言われています。世論調査を分析すると、民主党が支持されているというよりは、「自民党はダメになった。一度政権を代えた方がいい」と思っている有権者が多いようなのです。
その一つの原因は自民党が「保守政党らしさ」を失って、保守層が自民党離れを起こしていることです。その離れた保守層を引き戻すためにも「集団的自衛権の憲法解釈の見直し」をマニフェストに盛り込むべきでしょう。もし、マニフェストに憲法解釈の見直しを盛り込まなかったら、自民党は今の憲法解釈を守り続けることになり、これからどうやって国際平和協力をしていくのかという議論になったら、民主党に勝つことはできないと思います。
集団的自衛権」についてはご存じない方もおられるでしょうから、分かりやすく説明したいと思います。集団的自衛権は「他国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていなくても、自国への攻撃とみなして実力で阻止する権利」のことです。国連憲章では主権国家の「固有の権利」と明確に規定されており、もちろん行使も認められています。しかし、日本政府の憲法9条の憲法解釈は、集団的自衛権について「保有しているが、行使は許されない」という、世界中の国とは全く異なる奇妙な解釈をしているのです。
【政治部遊軍・高橋昌之のとっておき】(下)国際常識とかけはなれた憲法解釈
こうした日本政府の集団的自衛権の憲法解釈は、国会では古くから問題として議論されてきました。ただ、冷戦時代は米ソ超大国による力の均衡で世界の安全保障が支配されていたため、日本がこれに加わらなくても許されていたので、解釈を見直さなくても済まされてきました。
しかし、湾岸危機以降は、日本に対して世界の安全保障に「カネ」だけではなく、「人」の貢献も求められるようになりました。湾岸危機の際、政府・自民党内では集団的自衛権の憲法解釈見直しが検討されましたが、内閣法制局などの反対で結局、見直しは行われませんでした。そして、見直しを行わないまま、自衛隊などを多国籍軍の後方支援のために派遣する「国連平和協力法案」が提出されましたが、国会論議ではまさに憲法解釈と法案の矛盾が露呈して、廃案となりました。
この結果、日本は多国籍軍への人的貢献は行わず、130億ドルものカネを出しましたが、国際的には「日本はカネだけで汗は流さない」と厳しい批判を浴びました。その反省から、「国連平和維持活動(PKO)協力法」が作られ、自衛隊が海外に派遣されるようになりました。さらに、2001(平成13)年の米同時多発テロでは、テロ対策特別措置法が作られてインド洋に、2003(平成15年)のイラク戦争では、イラク復興支援特別措置法が作られてイラクなどに、それぞれ自衛隊が派遣されました。
ただ、これらの法律はすべて「集団的自衛権は行使できない」とする憲法解釈に基づいて作られているため、これに少しでも抵触する活動は一切禁止されています。たとえば、自衛隊が派遣された地域では、日本の部隊は他国の軍隊に守ってもらっていますが、他国の軍隊が攻撃を受けた場合は、日本の部隊は駆けつけて援護すると集団的自衛権に抵触してしまうため、できないのです。こうした国際的常識に合わない問題は山ほどあるのですが、その矛盾は派遣される自衛官に背負わされています。
これを一般世間に例えて説明しましょう。ある地域で不審者が度々出没して、このままではだれかが襲われるかもしれないという状況が起きたとします。そこで、自治会ではみんなで話し合った結果、大人の男性が複数で夜の見回りをやることになりました。しかし、「日本さん」は「うちの家訓では『人と争ってはいけない』ということになっていて、争い事はできませんから」と言って見回りへの参加を断るか、参加したとしても「だれかが不審者に襲われても私は何もできません」と宣言します。
これを他の人はどう思うでしょうか。間違いなく、「日本さん」は自治会の中で批判の的になって、だれからも相手にされなくなるでしょう。もし「日本さん」が普段の生活で困ったことが起きたとしても、だれも助けてくれないでしょう。国際社会も同じで、これが日本の現実なのです。
憲法解釈の見直しというと、昔は左翼の人々が大反対してなかなかできませんでしたが、今は世論も大きく変わったと思います。政府や政党がきちんと論理立てて説明すれば、多くの国民は理解してくれると思います。もはや実態とかけ離れた憲法解釈を引きずり続ける時代は終わりました。自衛隊を海外に派遣するたびに、国際社会の現実とかけ離れた法律を作るのではなく、憲法解釈をきちんと見直して、自衛隊を海外に派遣するための恒久法を作るべきです。
本来は憲法9条を改正すべきですが、日本の憲法を改正するには、衆参両院国会議員の3分の2以上の賛成で発議し、国民投票で過半数の賛成を得なければなりません。世界の中でも極めて改正が難しい憲法で、これを改正するには相当の年数がかかると思われます。その前に憲法の趣旨をゆがめない範囲で、時の社会情勢に合わせて解釈を見直すことはまさに「法の知恵」と言えます。そしてこれによって、日本は憲法前文にうたっている「国際社会において名誉ある地位」を得ることができます。
私の著書「外交の戦略と志」の中でも、谷内氏は「現在の政府の憲法9条の解釈は日本の安全保障政策、国際平和協力に大きな支障になっている」と指摘し、「この問題を政府部内や与野党間で真剣に議論していくべきだ」と、議論を呼びかけています。同書の第6章「安全保障」では、谷内氏が詳しく、論理的にこの問題を解説していますので、よろしければご一読ください。
自民党も民主党など各政党も、そして政府も、国家国民のため、次期衆院選を機に、勇気をもって憲法解釈の見直しに取り組んでほしいと思います。
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集団的自衛権とは?
小泉氏の拡大解釈
「日米が一緒に行動していて、米軍が攻撃を受けた場合、日本がなにもしないということが果たして本当にできるのか」といい、集団的自衛権の行使について検討すると表明しています。この発言に示されるように、集団的自衛権の行使とは、日本が外国から侵略や攻撃を受けたときの「自衛」の話ではなく、軍事同盟を結んでいる相手の国が戦争をする時に共同で戦争行為に参加することです。
憲法九条は、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と規定しています。そのため政府も、集団的自衛権の行使は憲法上許されないとのべてきました。
ガイドライン法の規制
一九九九年、小渕内閣の時、憲法の戦争放棄の規定を踏みにじって、アメリカの軍事介入に自衛隊を参加させるガイドライン法=戦争法が作られました。しかし同法も憲法九条があるため、自衛隊の活動は「後方地域支援」に限るとされています。この制約を取り払い、自衛隊が海外で米軍と共同で武力行使ができるようにしたいというのが、いまの集団的自衛権論のねらいであり、実際、この議論は、九条の明文改憲論と一体のものとして出されています。
小泉解釈の裏側
集団的自衛権発言の背景には、憲法上の制約をとり払って自衛隊が米軍の軍事力行使に共同で参加できるように集団的自衛権を採用すべきだというアメリカの圧力があります。これまでアメリカは、「自国の死活的な利益」を守るため、必要な場合、一方的な軍事力行使をすることを公式の戦略にし、九九年のユーゴ空爆をはじめ、一方的な武力行使をくり返してきました。集団的自衛権の行使は、無法なアメリカの侵略と武力干渉に日本が共同して参加するという危険な「集団的軍事介入」の道だとも考えられる。
PS.高橋氏の記事には、重要な見落としがある。
法解釈をしたのは、時の政府であり国民の総意であったものなのか?
まず、改憲をするべきという設定の上で書かれた記事のように思えてならない。
拡大解釈の限界に近づいた。故の改憲という話しは、乱暴すぎる。
2009年5月29日金曜日
【海外メディア】 日本のメディアは検察庁が流す情報を丸投げ
http://www.nytimes.com/2009/05/29/world/asia/29japan.html?scp=1&sq=In%20Reporting%20a%20Scandal,%20the%20Media%20Are%20Accused%20of%20Just%20Listening&st=cse
日本のことを日本のメディアからではなく、外国の新聞から学ばねばならないことは残念である。今日(5月29日)のニューヨーク・タイムズは「日本のメディアは検察庁が流す情報を丸投げ」という記事を書いていたがこれもその一つだ。
記事は西松建設からの政治献金問題で小沢前民主党代表の公設秘書が逮捕された件について、検察庁の政治的意図と検察ベッタリの大手メディアの報道を批判する。記者のFackler氏は保守論壇の中西輝政京大教授の意見から述べはじめる。曰く「マスメディアは国民にとって何が重要かということを告げることに失敗している。日本は政府を変えて、政治的マヒ状態から脱却するチャンスを失おうとしている。国民がそのことを知らない内に」
実際のところ公設秘書逮捕以来落ちていた民主党の支持率は、鳩山代表選出後若干反発している。だが選挙見通しが混沌としていることに変わりはない。
記事によると日本のジャーナリストは小沢前代表に厳しく、全般的に検察寄りであることを認めているが「メディアは単に検察の発表を繰り返しているだけだ」という批判には怒りを示している。ニューヨーク・タイムズはこの点について朝日新聞に質問したところ、朝日からは「朝日は検察のリークだけをもとネタに記事を発表することは決してなかった」と書面で反論してきた。
だが日本のジャーナリスト達は彼らの報道が日本の新聞の独立性に疑問を起こさせることを認めている。上智大学の田島康彦教授は「ニュース・メディアは権力の監視者であるべきだが、彼らは権力の番犬のように振舞っている」と述べる。原文ではThe news media should be watchdogs on authority, but they act more like authority's guard dogs. Wachdogもguard dogも「番犬」だが向いている方向が逆だ。国民のために権力を監視するのがwatchdogで、国民の眼から権力を守るのはguard dogという訳だ。
日本のメディアが検察庁の意向にそった報道しかできない理由は「記者クラブ」制にある。検察の意向に逆らうと「記者クラブ」出入り禁止となって記事が書けなくなるからだ。ニューヨーク・タイムズによると全国紙より積極的な東京新聞は自民党の西松建設政治献金問題を報道したため、3週間の記者クラブ出入り禁止となった。何故なら検察庁はこの件を公(おおやけ)にすることを望んでいなかったからだ。
社会民主党の衆院議員・保坂展人氏は「小沢氏がターゲットとなったのは、民主党が検察庁を含む官僚機構の簡素化をスローガンに掲げていたからだ」と信じていると述べたとニューヨーク・タイムズは伸べている。
☆ ☆ ☆
ニューヨーク・タイムズは「米国であれどこであれ、ニュース・メディアは政府に近過ぎるという同様の批判を受けているが、日本はより問題が大きい」と述べている。特に日本は「記者クラブ」という仕組みで、大手メディアに政府報道鵜呑みの記事を書かせていることが批判の対象になっている。
我々は時々海外のメディアにも眼を通して、日本丸の位置確認をしておく必要があるということだろう。
In Reporting a Scandal, the Media Are Accused of Just Listening
TOKYO — When Tokyo prosecutors arrested an aide to a prominent opposition political leader in March, they touched off a damaging scandal just as the entrenched Liberal Democratic Party seemed to face defeat in coming elections. Many Japanese cried foul, but you would not know that from the coverage by Japan’s big newspapers and television networks.
Instead, they mostly reported at face value a stream of anonymous allegations, some of them thinly veiled leaks from within the investigation, of illegal campaign donations from a construction company to the opposition leader, Ichiro Ozawa. This month, after weeks of such negative publicity, Mr. Ozawa resigned as head of the opposition Democratic Party.
The resignation, too, provoked a rare outpouring of criticism aimed at the powerful prosecutors by Japanese across the political spectrum, and even from some former prosecutors, who seldom criticize their own in public. The complaints range from accusations of political meddling to concerns that the prosecutors may have simply been insensitive to the arrest’s timing.
But just as alarming, say scholars and former prosecutors, has been the failure of the news media to press the prosecutors for answers, particularly at a crucial moment in Japan’s democracy, when the nation may be on the verge of replacing a half-century of Liberal Democratic rule with more competitive two-party politics.
“The mass media are failing to tell the people what is at stake,” said Terumasa Nakanishi, a conservative scholar who teaches international politics at Kyoto University. “Japan could be about to lose its best chance to change governments and break its political paralysis, and the people don’t even know it.”
The arrest seemed to confirm fears among voters that Mr. Ozawa, a veteran political boss, was no cleaner than the Liberal Democrats he was seeking to replace. It also seemed to at least temporarily derail the opposition Democrats ahead of the elections, which must be called by early September. The party’s lead in opinion polls was eroded, though its ratings rebounded slightly after the selection this month of a new leader, Yukio Hatoyama, a Stanford-educated engineer.
Japanese journalists acknowledge that their coverage so far has been harsh on Mr. Ozawa and generally positive toward the investigation, though newspapers have run opinion pieces criticizing the prosecutors. But they bridle at the suggestion that they are just following the prosecutors’ lead, or just repeating information leaked to them.
“The Asahi Shimbun has never run an article based solely on a leak from prosecutors,” the newspaper, one of Japan’s biggest dailies, said in a written reply to questions from The New York Times.
Still, journalists admit that their coverage could raise questions about the Japanese news media’s independence, and not for the first time. Big news organizations here have long been accused of being too cozy with centers of power.
Indeed, scholars say coverage of the Ozawa affair echoes the positive coverage given to earlier arrests of others who dared to challenge the establishment, like the iconoclastic Internet entrepreneur Takafumi Horie.
“The news media should be watchdogs on authority,” said Yasuhiko Tajima, a journalism professor at Sophia University in Tokyo, “but they act more like authority’s guard dogs.”
While news media in the United States and elsewhere face similar criticisms of being too close to government, the problem is more entrenched here. Cozy ties with government agencies are institutionalized in Japan’s so-called press clubs, cartel-like arrangements that give exclusive access to members, usually large domestic news outlets.
Critics have long said this system leads to bland reporting that adheres to the official line. Journalists say they maintain their independence despite the press clubs. But they also say government officials sometimes try to force them to toe the line with threats of losing access to information.
Last month, the Tokyo Shimbun, a smaller daily known for coverage that is often feistier than that in Japan’s large national newspapers, was banned from talking with Tokyo prosecutors for three weeks after printing an investigative story about a governing-party lawmaker who had received donations from the same company linked to Mr. Ozawa.
The newspaper said it was punished simply for reporting something the prosecutors did not want made public. “Crossing the prosecutors is one of the last media taboos,” said Haruyoshi Seguchi, the paper’s chief reporter in the Tokyo prosecutors’ press club.
The news media’s failure to act as a check has allowed prosecutors to act freely without explaining themselves to the public, said Nobuto Hosaka, a member of Parliament for the opposition Social Democratic Party, who has written extensively about the investigation on his blog.
He said he believed Mr. Ozawa was singled out because of the Democratic Party’s campaign pledges to curtail Japan’s powerful bureaucrats, including the prosecutors. (The Tokyo prosecutors office turned down an interview request for this story because The Times is not in its press club.)
Japanese journalists defended their focus on the allegations against Mr. Ozawa, arguing that the public needed to know about a man who at the time was likely to become Japan’s next prime minister. They also say they have written more about Mr. Ozawa because of a pack-like charge among reporters to get scoops on those who are the focus of an investigation.
“There’s a competitive rush to write as much as we can about a scandal,” said Takashi Ichida, who covers the Tokyo prosecutors office for the Asahi Shimbun. But that does not explain why in this case so few Japanese reporters delved deeply into allegations that the company also sent money to Liberal Democratic lawmakers.
The answer, as most Japanese reporters will acknowledge, is that following the prosecutors’ lead was easier than risking their wrath by doing original reporting.
The news media can seem so unrelentingly supportive in their reporting on investigations like that into Mr. Ozawa that even some former prosecutors, who once benefited from such favorable coverage, have begun criticizing them.
“It felt great when I was a prosecutor,” said Norio Munakata, a retired, 36-year veteran Tokyo prosecutor. “But now as a private citizen, I have to say that I feel cheated.”
東京から
東京地検特捜部が3月に最大野党党首の公設秘書を逮捕したとき、ちょうど強固な自由民主党が次の選挙における敗北に直面しているように思えたように、彼らは、ダメージが大きいスキャンダルを誘発しました。 多くの日本人が不正に泣きましたが、あなたは日本の著名な新聞とテレビ放送網で適用範囲からそれを知らないでしょう。
代わりに、彼らはほとんど匿名の主張の流れを額面通りに報告しました。(それらのいくつかが主張のための建設会社から野党党首(小沢一郎)までの不法なキャンペーン寄付の調査からの薄くベールで覆われた漏出) 今月、そのような何週間ものマイナスの評判の後に、小沢さんは、反対民主党の代表を辞職しました。
また、辞職は日本語がめったに公然とそれら自身のを批評しない何人かの元検察官からさえ政界諸派の向こう側に強力な検察官を対象にした批評のまれなほとばしりを引き起こしました。 苦情は政治上のお節介の罪名から検察官が単に逮捕のタイミングに鈍感であったかもしれないという関心まで及びます。
しかし、ちょうど同じくらい驚くべきであることで、学者と元検察官がニュースメディアが答えのために検察官を押さないことであると言ってください、特に日本の民主主義における1回の危機に。(その時、自由党員の民主党の規則の半世紀をより競争の激しい2政党政治に取り替えることの間際に国があるかもしれません)。
「マスメディアは、何が危機にひんしているかを人々に言っていません。」と、Terumasa中西(京都大学で国際政治を教える保守的な学者)は言いました。 「日本は政府を変えて、政治停滞を壊す絶好のチャンスを失おうとしている場合がありました、そして、人々はそれを知ってさえいません。」
逮捕は小沢さん(ベテランの政治上のボス)が彼が取り替えようとしていた自由民主党員よりすっかりノーであったという有権者の中の恐れを確認するように思えました。 また、それは選挙の前に反対民主党員を少なくとも一時脱線させるように思えました。9月前半までに選挙を呼ばなければなりません。 世論調査におけるパーティーのリードは浸食されました、格付けが今月の新しいリーダーの鳩山由紀夫の選択のわずかに後に跳ね返りましたが、スタンフォードによって教育を授けられた技術者。
日本人のジャーナリストは、今までのところの彼らの適用範囲が小沢さんで厳しくて、一般に、調査に向かって積極的であると認めます、新聞には検察官を批判する走行論評がありますが。 しかし、彼らがただ検察官のリードに続いているという提案を憤慨するか、またはちょうど繰り返している情報はそれらに漏れました。
「朝日新聞は検察官からの唯一漏出に基づく記事を一度も走らせたことがありません。」と、新聞(日本の最も大きい日刊誌の1つ)はニューヨークタイムズから回答書で質問に言いました。
それでも、ジャーナリストは、彼らの適用範囲が初めてではなく日本のマスコミの独立に関する疑問を挙げるかもしれないことを認めます。 パワーのセンターと共に居ごこちがよ過ぎるので、ここでのスクープ組織は長い間、起訴されています。
本当に、学者は、小沢事の適用範囲があえて設立に挑戦した他のものの以前の逮捕に与えられた積極的な適用範囲を反響すると言います、偶像破壊のインターネット企業家堀江貴文のように。
「ニュースメディアは権威の番犬であるべきです、しかし、さらに権威の番犬のように、行動します。」と、Yasuhiko田島、上智大学のジャーナリズム教授は東京で言いました。
合衆国と存在についても同様の批評が政府に閉じる表面、問題が、より多いほかの場所のニュースメディアはここで強固ですが。 政府機関がある癒着関係は日本のいわゆるプレス・クラブ、通常大きい国内ニュースアウトレットのメンバーへの排他的アクセスを与えるカルテルのようなアレンジメントで制度化されます。
評論家は、長い間、このシステムが公式の方針を固く守るおっとりとした報告に通じると言っています。 ジャーナリストは、プレス・クラブにもかかわらず、彼らが自分達の独立を維持すると言います。 しかし、また、彼らは、役人に歩調を情報入手を失う脅威で時々合わせさせようとすると言います。
先月、東京新聞(日本の大きい全国紙のそれよりしばしば攻撃的な適用範囲に知られているさらに小さい日刊誌)は同じである小沢さんにリンクされた会社のから寄付を受けた政権与党の議員に関する調査の話を印刷した後の3週間東京検察官と話すのが禁止されました。
新聞は、それが単に検察官が欲しくなかったものが公表されたと報告するために罰せられたと言いました。 「検察官に交差するのは、最後のメディアタブーの1つです。」と、Haruyoshi Seguchi(東京検察官のプレス・クラブの紙の主要なレポーター)は言いました。
自分たちについて公衆に説明せずに、検察官はニュースメディアがチェックとして機能しないことで自由に行動しました、とNobuto Hosaka、反対社会民主党全国連合の下院議院は言いました。(社会民主党全国連合は、彼のブログに調査に関して手広く書きました)。
彼は、小沢さんが民主党の選挙公約のため日本の有力官僚を縮小するために選び抜かれると信じていたと言いました、検察官を含んでいます。 (タイムズがプレス・クラブになかったので、東京検察庁はこの話に関するインタビュー要求を拒否しました。)
日本人のジャーナリストは小沢さんに対して主張の彼らの焦点を防御しました、公衆が、当時、日本の次期首相になりそうだった男性に関して知る必要だったと主張して。 また、彼らは、調査の焦点である人に関するスクープを得るためにパックのような料金のためレポーターの中に小沢さんに関してもう少し書いたと言います。
「書く競争の激しい突進がスキャンダルに関して私たちがいることができるくらいあります。」と、Takashi Ichida(朝日新聞のために東京検察庁を覆う)は言いました。 しかし、それは、また、この場合とてもわずかな日本人のレポーターしか主張に深く探求しなかったので、会社がなぜ自由党員の民主党の議員に送金したかと説明しません。
答えは、ほとんどの日本人のレポーターが承認するように、検察官のリードに続くのがオリジナルの報告をすることによって彼らの復讐を危険にさらすより簡単であったということです。
ニュースメディアはたゆみなく小沢さんへのそのような調査のそれらの報告で何人かの元検察官(一度そのような好ましい適用範囲の利益を得ました)さえ彼らを批判し始めたほど支持しているように見えることができます。
「私が検察官であったときに、それはすばらしく感じられました。」と、Norio宗像、退職して、36年のベテランの東京検察官は言いました。 「しかし、現在、一般市民として、私は、だまされると感じると言わなければなりません。」
【自民党政権】 党首討論
この日の党首討論を、自分は国会のビデオライブラリーで、帰宅後見て驚いた。それから翌日に郷原氏が下記の記事をアップをしていたのであるが、一国の総理としてはいかがなものなのか、流石に考えてしまった。
西松事件が、もし無罪という形で終わったなら、日本の憲政史上もっとも憲法を考えないで発言をした総理という事になるであろう。
首相が「罪を犯す意思がない行為でも逮捕される」と公言する国
名城大学教授・弁護士 郷原信郎
5月27日の党首討論の中で、麻生首相の口から、耳を疑うような言葉が発せられた。
「本人が正しいと思ったことであっても、少なくともは間違った場合は逮捕される」
鳩山民主党代表が、企業団体献金の廃止の問題に言及したのに対して、麻生首相は、小沢前代表の秘書の事件とそれに関する説明責任の問題を持ち出した。そして、鳩山代表が、「小沢前代表は第三者委員会の場で説明責任を果たした」と述べた上で、企業団体献金を廃止すべきとする理由について、「正しいことをやっていた、全部オープンにしていた。
でもそのことによっても逮捕されてしまった。ならばその元を絶たなければいけない」と述べたことに対して、麻生首相は、次のように発言した。
麻生いろいろご意見があるようですけども、まず最初に、先ほどのお話をうかがって、一つだけどうしても気になったことがありますんで、ここだけ再確認させていただきたいのですが、正しいことをやったのに秘書が逮捕されたといわれたんですか鳩山本人としては、政治資金規正法にのっとってすべて行ったにもかかわらずと。これは本人が昨日、保釈をされました。そのときの弁であります。麻生基本的にご本人の話であって、正しいと思ってやったけれども、法を違反していたという話はよくある話ですから。少なくとも、それをもって国策捜査のごとき話にすり替えられるのは、本人が正しいと思ったというお話ですけれども、本人が正しいと思ったことであっても、少なくとも間違った場合は逮捕されるということは、十分にある。それは国策捜査ということには当たらないのではないかと私どもは基本的にそう思っております。
麻生首相は、政治資金の処理に関して、本人は正しいと思っていても間違っていた場合、つまり、「正当だと思って行った処理が結果的に虚偽だったことが判明した場合」には逮捕される、と述べた。
今回の小沢氏の秘書の事件に関して「本人が正しいと思ったこと」というのは、「政治資金収支報告書の記載が正しいと思っていた」ということであり、要するに「虚偽だとは認識していなかった」ということである。その場合でも、間違った記載をした場合は逮捕されると言い放ったのだ。
一国の総理が、国会の党首討論の場で、「罪を犯す意思がない行為」でも、結果的に間違った記載をしたら逮捕されると堂々と公言したというのは、信じられないことだ。
刑法38条1項に「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。」と規定され、犯意が存在することが刑事処罰の大原則であることは、刑法の基本中の基本である。検察庁を含む行政組織全体のトップである麻生首相が、その基本原則に反する発言をしたのだ。
西松建設関連の政治団体から小沢氏の資金管理団体「陸山会」に対して行われた寄附が政治資金収支報告書の虚偽記入に当たるとされて秘書が逮捕・起訴された事件については、そもそも、寄附者を政治団体と記載したことが虚偽記入に該当するのかどうかに重大な疑問がある。
つまり、資金の拠出者の記載を求めていない現行の政治資金規正法の下では、実質的な資金の拠出者が西松建設であっても、寄附者として記載すべきは、自らの名義で寄附という行為を行った政治団体ではないか、という点、つまり収支報告書の記載が客観的に虚偽と言えるかどうかが問題となる。そして、仮に、客観的に虚偽だと認められた場合でも、逮捕された会計責任者の側が、収支報告書作成の段階で虚偽だと認識していなければ犯罪は成立しない。
そして、重要なことは、小沢氏側にだけに犯罪が成立し、同じ政治団体から寄附を受け取っていた自民党議員側には成立しないとすれば、その理由は、「客観的には虚偽であるが、虚偽だとの認識、つまり犯意がない」ということしかあり得ない。鳩山代表が、小沢氏の側だけが逮捕され、自民党議員側は何もおとがめなしだということを問題にし、その際、漆間官房副長官の「自民党議員には捜査は及ばない」という発言を取り上げているが、この漆間氏の発言を正当化する余地があるとすれば、その唯一の理屈は「自民党議員側は犯意が立証できない」ということのはずだ。
ところが、そこで、鳩山代表に対する反論として麻生首相が持ち出したのが、「犯意がなくても逮捕される」という話なのである。これは、自民党議員に捜査が及ばないことを正当化する理屈をすべてぶち壊す発言でもある。この考え方に基づいて、検察が捜査をするとすれば、西松建設の関連団体から政治献金を受けていた自民党議員側もすべて逮捕しなければいけないことになる。ところが、ここで、麻生首相は「国策捜査」という言葉を自ら持ち出しているが、虚偽の認識がなくても収支報告書の記載が誤っていただけで逮捕できるというのであれば、自民党議員側に捜査が及ばない理屈をすべてぶち壊しているに等しい。
このような討論が、国会の党首討論の場で、真面目な顔で行われているという現実には到底ついていけない。こういうことは、麻生首相がお好きな、マンガかギャグの世界でしかありえないはずだ。しかし、現実に国会で首相がそういう発言をしたのであり、しかも、信じられないことに、党首討論について報じる新聞に、この「犯意がなくても客観的に誤っていたら逮捕される」という麻生発言を問題にする論調は見あたらない。法治国家においては絶対に容認できない国会の場での首相の発言が、何事もなかったように見過ごされているのである。
これは、単なる「間違い」とか「無知」というレベルで片付けられることではない。犯意がなくても逮捕できる、首相が公言し、それが許容される。戦前の治安維持法の世界を思わせるような恐ろしいことがこの国に起きている、という現実に、我々は向き合わなければならない。
2009年5月28日木曜日
【検察問題】 秋霜烈日と小沢辞任
2009年5月11日に、民主党の小沢代表が辞任をした。
それから、約半月後に毎日新聞に次のような記事が出ていた。
西松建設裏金:早い話が:秋霜烈日は上を向け=金子秀敏
検察官のバッジは「秋霜烈日章」と呼ばれる。白い菊の花と赤い旭日(きょくじつ)を組み合わせたデザインだが、菊花が霜の結晶のように見えるからだ。
だが、その説明では足りない。秋の霜のように厳しく夏の太陽のように烈(はげ)しいという「秋霜烈日」が、正義を追求する検察官の理想だからでもある。伊藤栄樹元検事総長の回想録「秋霜烈日」には、バッジのかたちと、厳正という検事の理想像とが重なり合ったものだと書いてある。
では「秋霜烈日」という言葉はどこからきたのか。中国・南宋時代の詩人、辛棄疾(しんきしつ)の「永遇楽・烈日秋霜」に「烈日秋霜、忠の肝(こころ)、義の胆(こころ)」という句がある。忠誠心の強さの形容だ。
注釈によるとこの「烈日秋霜」という表現は「新唐書」の段秀実列伝を踏まえている。段は唐の時代の武人。節度判官という地位にいたことがある。検察官の先祖かもしれない。新唐書は「たとえ千年五百年たっても、彼の英烈なる言葉は、、厳霜烈日のごとく畏(おそ)れ仰ぐべし」とたたえている。
8世紀の半ば、唐の大軍と、勃興(ぼっこう)するイスラム帝国アッバース朝の大軍が中央アジアで激突した。有名なタラスの戦いである。唐軍の主将は高句麗の貴族、高仙芝。副将が李嗣業、別将が段秀実という陣容だった。
唐軍は大敗する。高将軍は逃げ出した。夜中、異変を察知した段は上役の副将を責めた。「自分だけ逃げて多数の兵を危険に陥れるとは仁にもとる行為だ」。李は恥じて敗残兵を収容しながら退却した。
その後も段はしばしば上司の非を責めた。783年、ついに段は上司に殺害される。上司からクーデター計画に参加するよう誘われた。段は上司の顔につばを吐き「狂賊め、はりつけにしてやる」と言い、上司の手から象牙の笏(しゃく)を奪ってなぐりつけた。上司は満面血に染まった。
ことほど左様に、烈しく上司の非をただす気迫が秋霜烈日という言葉の真面目なのだ。
西松建設の政治献金事件で、検察は野党民主党の小沢一郎氏秘書を逮捕したが、与党議員の摘発はない。民主党は次の総選挙で与党になる可能性が高い。同じ秘書を逮捕するにしても、それまで待てば与党議員の秘書の摘発になった。検察の矛先が自民であれ民主であれ与党に向かっていたら検察批判は起きなかったろう。野党では秋霜烈日は役不足だ。(専門編集委員)
2009年5月28日
2007年7月1日に日テレの辛坊が、この時期云々と。
「マスコミは政権交代を視野に入れているので、民主党を叩くのを控えているが、この件は酷すぎるので報道されている。しかし、毎日新聞はほとんど報じていない。」
民主支持や小沢氏秘書逮捕に不自然さを感じた人間は、読売系とフジサンケイGから離れるのは当然の結果であろう。
讀賣テレビ放送(ytv)報道局次長(局長待遇)・報道局解説副委員長・芦屋大学客員教授。
2009年5月27日水曜日
【小沢一郎】 江藤淳
「心身の不自由が進み、病苦が堪え難し。去る六月十日、脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は、形骸に過ぎず、自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よ、これを諒とせられよ。平成十一年七月二十一日 江藤淳」
西松事件が発生し、産経新聞は江藤淳氏の「帰去来」を引用し、小沢一郎氏に引退を勧めるような記事を書いている。しかし、江藤淳氏の小沢一郎氏に対する「帰去来」の想いは、最後まで人間としての正しい生き方を続ける彼・小沢一郎への応援歌であり、政治家として原点を「田園生活の中で農民」つまり民衆の中の政治家であり続けよという事だと自分は考える。
それが、唯一小沢一郎の生きる道だと江藤氏は考えていたのではないだろうか。ゆえに、江藤氏が、病で形骸と化した自身の身の処し方を示したように思えてならない。
帰去来辞 作/ 陶 潜
帰去来兮 田園将蕪胡不帰 既自以心為形役 奚惆悵而独悲 悟已往之不諌 知来者之可追 実迷塗其未遠 覚今是而昨非 舟揺揺以軽揚 風飄飄而吹衣 問征夫以前路 恨晨光之熹微
帰去来(かえり)なん いざ
田園 将(まさ)に蕪(あ)れんとす胡(な)んぞ 帰らざる
既に自ら心を以て 形(かたち)の役(えき)と為す
奚(なん)ぞ惆悵(チュウチョウ)として 独り悲しまん
已往(いおう)の 諌(いさ)められざるを悟り
来者の 追うべきを知る
実に 塗(みち)に迷うこと 其れいまだ遠からず
今は是(ぜ)にして 昨(さく)の非なるを覚る
舟は 揺揺として 以て軽く揚がり
風は 飄飄(ひょうひょう)として 衣を吹く
征夫(せいふ)に問うに 前路を以てし
晨光(しんこう)の熹微(かび)なるを恨む
さあ、故郷へ帰ろう。
わが田園は荒れ果てようとしている。
これまで、生活のために仕官の道につき、
自らの心を犠牲にしてきたことを、恨みがましく悲しむまい。
過ぎ去った人生を後悔してもしかたがないと悟り、
これからの在り方を考えよう。
道に迷ったことも、それほど長くはなかった。
役人をやめて家に戻ると決心したことは間違ってはいない。
故郷に向かう舟は軽やかで、風は衣服をひらひらと翻す。
何と快いではないか。
気が急いて、旅人に道のりを聞いてみたりするが、
明けきらぬ薄明かりがなんとももどかしい。
陶潜は役人生活が性格的にしっくりせず、 たまたま妹が死んでその喪に行くことを契機として、 役人をやめ故郷に戻る決心をしたという。 当時四十一歳である。
人生を否定し隠遁生活をするのでなく、田園生活の中で農民と ともに生き、最後まで人間としての正しい生き方を追い求めた 姿に、人々は強く惹きつけられるのでしょう。
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