2009年8月19日水曜日

【地方分権】 冷泉 彰彦

 各州に刑法もあれば民法もあり、その上に憲法もあるのがアメリカの地方自治です。その結果として各州の独立採算があり、それは州の下の郡、市町村に至るまで徹底しています。仮に財政破綻ともなれば、その自治体を誰も助けてくれません。公教育は市町村レベルの教育委員会が責任を持っており、そのコストは基本的にほぼ100%が市町村税で賄われます。こうした地方自治を支えているのが、政治による意志決定システムで、大きな政府論の民主党イデオロギーと、小さな政府論の共和党イデオロギーが、市町村のレベルに至るまで決定の軸になっています。

 更に国の成り立ちと発展過程のおかげで、アメリカでは一極集中が回避されています。政治の中心はワシントンDCですが、株と国際金融はニューヨーク、商品や債券の市場はシカゴ、ハイテクは西海岸のシリコンバレーや東のボストン地区、ジャーナリズムはNYでもエンターテインメントはLAと、様々な産業が全米に分散しています。

 歴史的経緯もそうです。まず各植民地があり、その植民地連合が英国の徴税権と闘って勝利し、その後に賛否両論がせめぎ合う中で中央政府が設置されたという独立のプロセス、地方自治の理念はここから来ています。州の中には、政治的な立場を分かったために分裂したとか(バージニア、ウェストバージニア)、弾圧された宗教がたどり着いた安住の地がやがて州になったとか(ユタ)、一旦は独立国としてメキシコの支配を脱して後に合衆国に加盟したとか(テキサス)、とにかく「地方の独立」という理念が様々な形で記憶されているのです。勿論、連邦からの集団離脱と復帰(南北戦争)という負の歴史もそこには含まれます。

 そんなアメリカから見ていますと、まずもって日本の一極集中現象は異様に見えますし、これを解消しようという地方分権論議も、生ぬるくて全く実感に乏しく感じられます。まずもって、地方分権をして予算と権限を奪い取るのは「地方自身が主体となって産業振興を進める」ためだと思うのですが、その産業振興の方針が見えてこないのです。また予算と権限を奪い取るといっても、全国法の制定を中央政党に「お願いする」という姿勢から何が出てくるのでしょうか?

 そもそも徴税権というのは闘って奪うものだと思うのです。例えば「ふるさと納税」という制度があります。ですが、地方が育てた人材がどんどん都市に流出して教育コストが回収できないとか、労働人口が減って税収が減り引退した世代への公共サービスのコストが負担できないとして、その財源を都市に住む地方出身者の支払い能力から引っぱってくるとしたら、それは制度的な強制力を持つべきだと思うのです。地方が中央の法律を離脱して、出身者への強制徴税権を行使するとか、地方出身者の都市における地方税のうち高齢者を支えるコストの部分は強制的に地方に吐き出させるとか、徹底的に闘って税収を奪い取る気概がなくてはダメだと思うのです。

 例えば、地方分権とか道州制というスローガンはあっても、中央の政治が変わって中央の法が変わり「地方でなく国の政策として」分権が進んだとして、一体それは何なのでしょう。例えば道州制が導入されたとして、それが「国の政策として」一斉に施行されたら、全国一律の「地方分権記念日」でもできるのでしょうか? 分権とか自立というのはそういうことではないと思うのです。ある地域の何県かが州を結成したとしたら、それはその州の独立した成果であり、その州として中央から権限を奪い取り、州の産業振興の計画を立て、州の法人格を確立した日が「その州の成立の記念日」になるはずで、それは各州に独自のものになる、それが自然でしょう。

 とにかく「上から」の「一斉」というのは、その時点で自治ではないのです。二段階方式とか「廃県置藩」とか言うのでも、例えば一つの県で各市町村が立ち上がって県を「ぶっ壊して」自立したら、それぞれの市町村が主体としての「自立」がバラバラに順次起きていくのが当然であり、一斉に自立ということはあり得ないと思うのです。まして、全国一斉に「廃県」などというのは、それ自体がまだまだ一極集中の発想に縛られていると言えます。

 どうして分権を進めなくてはならないのか? それは各地方が産業の将来像を描いて、自分たちで「食べてゆく」ようになること、これが地方の活性化の目的であり、そのようにして地方が活性化しなくては日本全体の経済の成長もあり得ないし、日本に生きる人々の幸福感の向上も期待できないからではないかと思うのです。であるならば、各地方は「独自産業の将来像」を描くことが先決で、例えば国からカネとか権限を「奪い取る」というのはその新産業振興の手段に過ぎないとも言えます。

 新産業振興というと、大昔の高度成長・安定成長時代の「新産業都市」であるとか「日本列島改造」などの、トップダウン形式の青写真が思い出されます。ですが、こうしたアプローチはあくまで中央の発想で、一つの国として全体像を考え、その各機能を各地方に分散しただけのものです。交通網に関しても、地方を中央と結びつけるという発想だけでした。ですが、分権というのは違うはずです。地方が自立して「食べてゆく」ための「飯のタネ」を立ち上げる、つまり独り立ちして「食ってゆく」ことを考えなくてはなりません。

 どんなイメージになるのでしょうか? 例えば、ある州は「厳しい環境規制」「自然の景観保護」「高付加価値の農林水産業」「クオリティの高い観光サービス業」「外国人観光客への利便性を徹底提供」「高付加価値な伝統工芸の育成」というような組み合わせで観光立国を目指すのです。イメージとしては、群馬+長野+岐阜+富山+石川+福井+山梨などという組み合わせなどが考えられます。農学部や観光業のMBAなどでは全国一の教育体制を敷くだけでなく、例えば日本の古典文学や伝統工芸などの学習を高校レベルでも必修にするなど、州の性格に見合った人材を育成することが大事でしょう。

 場合によっては、新幹線の碓氷峠を遮断したり、リニア新幹線を通過させるだけで駅を設置しないなどの対策により東京や中京の「規模の経済」とは距離を置く、と同時に「日帰り観光」を不可能にすることも必要かもしれません。文芸出版社とか、能狂言、クラシック音楽などの文化もこの州がイニシアティブを取っても良いのではと思います。外交としては、オーストリア、スイス、スロベニア、ポルトガル、チリ、フィンランド、アイルランドなどと「業務提携」をしてはと思います。

 逆に東京圏から中京圏に加えて、東北の太平洋沿岸に至る太平洋岸は先端産業、金融とグローバリゼーションの地域を宣言、「陸上輸送機器」「半導体」「バイオ」「製薬」「ナノ」「素材」「原子力エネルギー」などで最先端の国際競争力を何が何でも維持するようにします。具体的には、静岡+神奈川+埼玉+千葉+東京多摩地区+栃木+茨城+福島+宮城+岩手を一括りとして「太平洋州」ということにするのです。公用語は日本語と英語、アメリカとの関係を重視し完全なFTAに加えて相互に無制限な労働許可、アメリカの大学とは無制限に単位交換が可能、恐らくは小さな政府で低税率、その代わり福祉は抑え気味という社会になるのかもしれません。

 新潟から山形、秋田、青森、北海道は一括りとして「規模の水産業」と「規模の農林業」を追及しつつ、ロシアの沿海州や中国東北部などと共通の経済圏を築く方向に進む、そんな可能性もあると思います。一方で、京都から鳥取、島根、山口、福岡、長崎は韓国との経済関係を密接として、精密機械工業や食品加工業、素材産業などで世界一の競争力を追及することにする、また温暖な和歌山+高知+愛媛+広島+徳島+宮崎+熊本は「規模の農業」「規模の水産業」を追及しつつ、「太平洋州」に準じた先端産業の生産拠点という機能も担うのです。中型の民生用ジェットを含む、宇宙航空産業を大規模に展開する、これをこの地区に持ってくるのも面白いと思います。

 残りの愛知+三重+大阪+奈良+滋賀+兵庫+香川+岡山はある意味で、中国モデルの「中付加価値大量生産」のビジネスで中国との協業もあり、また何よりも中国の生産性と競うようにしてはどうでしょう。この「中国との関係」を意識したエリアに、飛び地として鹿児島と沖縄を加えて中国に対して「相手を知りつつ、相手を抑える」役割をしていくという考え方も面白いと思います。ちなみに、東京の23区は金融とメディアの情報センターという機能に徹して効率化する、つまり居住には高コスト、ビジネスに関しては規制緩和という特殊なエリアにするのです。国全体の首都機能は、やはり大自然の中の全く新しい土地に遷都するのが良いのではと思います。

 以上は全くのホラ話に近いアイディアですし、こうした構想を描くこと自体、「中央から」の目線が入ってしまっているのも事実です。ですが、仮に地方から「中央への反旗」をひるがえすとしても、こうした大胆な「事業計画」がなくては、単に予算をヨコに動かし、組織や州境をいじるだけの形式的なものに終わる可能性があると思います。とにかく、どんな産業を柱にするのか、そのためには世界のどこと関係を強化するのか、どんな人材を育てればいいのかということがなくては、自立した地方というのはかけ声に終わってしまうでしょう。

 何よりもカギを握るのは人材育成です。とにかく主要な大学が東京圏と、関西圏に集中しているという現象をまず是正しなくてはなりません。例えば、英米の場合ですが、オクスフォード、ケンブリッジなど英国の大学が郊外型キャンパスであるのは勿論、アメリカでもアイビーリーグ加盟の伝統校の約半数が郊外型ですし、ペンシルベニア州立大学のメイン・キャンパスに至っては主要都市までクルマで最低二時間はかかる山間部に独立しています。

 日本の場合は青山学院大学の厚木キャンパスが失敗したように、郊外型キャンパスというのは不人気です。というのも、特に文科系学部の場合は、学生も先生も「大学本来の活動に関わっていない」時間が多くあり、そのために都市型の生活空間を必要としているという構造があるからです。大学が学問の場でないということは、その大学で行われている「学問」が実学ではないということにも裏打ちされてねじれた正当化がされていますが、さすがに国際競争力の点で追う立場になればそんな「のんきな」ことは言っていられなくなるのではと思います。

 それはともかく、大学は人材育成の核であり、大学が育てた人材が新産業で活躍することで地域が活性化するという効果を真剣に考えるべきでしょう。例えばバイオで世界有数、ナノで世界有数、環境工学で世界有数、臨床医育成で日本有数、初等教育の専門家育成で日本有数といった大学が、大都市圏に集中しているのはおかしいのであって、少なくとも州の中核都市には、何らかの分野で日本一の大学があり、更に自然の中で24時間教育研究に没頭するような空間があって良いと思います。そして、その地域特性に見合った生産性の高い人材が育ち、その人材が地域の産業を支えてゆく中で、地域の特性が益々磨かれてゆく、そうしたサイクルを作り上げるべきだと思います。

 そんなに地域特性を深めて地域を自立させては、日本がバラバラになってしまうとか、天皇制の破壊を狙っているのではという批判もあるようです。ですが、長い日本の歴史の中で、明治以降の「緊急避難的な首都一極集中」というのは例外に属するのであって、奥州藤原氏にしても、戦国の各大名にしても、いや江戸期の幕藩制度にしてももっと緩やかな連合体であったように思うのです。仮に憲法レベルまで独自性を持った地域が生まれてくるとなれば、これは近代の考え方からすれば「連邦国家」ということになりますが、その場合も同君連合という法律論も可能ですし、そもそも日本国憲法の効力が停止された地域でも、自然法としての立憲君主制が効力を持っているという法理も可能だと思います。

 いずれにしても、人口維持と持続的な付加価値創出に赤信号がともった現在の日本を、一刻も早く上昇のサイクルに乗せてゆくには、地方の自立が欠かせないと思います。答が一つではないポストモダンの世界で、更に付加価値を創造してゆくには、価値観と感性が産業に結びつく繊細さが要求されます。そのためにも、明治以来の中央集権を一旦は壊して、地域の自立を計る中で日本列島の隅々まで「付加価値創造の精神」そして「採算性」と「成長」の論理が浸透してゆく、そのプロセスが必要のように思います。思えば、戦国時代の混乱というのも、元寇と南北朝の戦乱に疲弊した列島が、分権の中でそれぞれに力を蓄えてゆく、再生の時代であったのではないでしょうか。戦国に芽生えた地方の自立性が、江戸期の幕藩制度の中でうまく機能したとすれば、明治以降はその自立性を摩耗してゆく過程だったように思います。その歴史をひっくり返すのです。

 いずれにしても、中央政界に付随した議論で道州制とか地方分権などを語っていてもダメだと思います。個別の市町村が、個別の地域がまず立ち上がって「何をするのか」「何で食ってゆくとするのか」を鮮明にしつつ、中央集権から離脱してゆく、そうしたエネルギーがないのであれば、議論のための議論に終わるに違いありません。

2009年8月14日金曜日

【道州制】 大前 研一

 47都道府県という現在の制度では、当たり前だが47人の知事がいる。このうち道州制に賛成しているのは3人程度だ。それ以外は反対派である。ところが、よく考えてみると、道州制導入後は、知事の席は11しか必要ないのだ。つまり、自分達のポストが4分の1以下に減ってしまう。自分の地位を守りたい知事の多くが反対するのは、簡単に予想がつく。

 知事の中にはまだ1期目の人もいる。そういう知事は内心で「あと3期はできる」と思っているかもしれない。それがまもなく道州制に移行して県知事の席がなくなるとなったらどうだろう。命がけで反対するに決まっている。それに、現在の県知事の中には、「自分は道州の知事という器ではない。選挙をしても落選するだろう」と、志の低い人もいる。せめて「ステップアップして、道州の知事になってやろう」と意欲を持っている人ならいいのだが。

 役所も絶対に反対するだろう。何しろ役所にとっては道州制になって得することがない。天下り先が47から10前後になるのだから。今の都道府県の役所に行ってみれば分かるが、助役とか副知事とか局長のレベルで、いかに中央の人がはまり込んでいるか、もう驚きを通り越してあきれるばかりだ。ところが道州制が実現したら、彼らのポストが減るから要らなくなるわけだ。総務省がかたくなに反対するのは明らかだ。

 だからこそ、わたしは抜き打ちでもいいから、やってしまう人が出てこないと実現はできないと言っているのである。議論していては駄目だ。議論よりも、道州制の意義を信じきって、やりとげる真の政治家が必要なのだ。道州制が日本を救うという信念を持つ識者の人たちの力にかかっているのである。

 反対するのは県知事や役所の人間だけではない。マスコミが反対派に回るのも確実だ。なぜなら、地方のマスコミ、つまりテレビ局や新聞社も県単位で利権を持っているからだ。例えば、山形第4の民放である山形さくらんぼテレビのような後発のテレビ局は、道州制が導入されたらどうなってしまうのだろうか。彼らのようなテレビ局が存在できたのは、“さくらんぼ”という名前が示しているように「県」という限られた範囲があったからだ。道州制への流れが本格的に起こったら、既得権益を失いかねない新聞社やテレビ局などが一斉に反対することだろう。

 するとマスコミでは「道州制に反対か賛成か」という議論が始まって、「反対派が99、賛成が1」などという結果が出るのだ。マスコミを支配している人たちは、自分の利権を考えて反対派に回り、賛成派に立つのは日本の将来と発展を考えてという立場の人だけ。それは1くらいということになる。そうなれば当然、マスコミも99の意見に乗せられて話が進み、議論をすればするほどわけが分からないことになる。挙句の果てに、中途半端な道州制になってしまう可能性もある。

 もっともテレビ局に関しては、インターネットがもっと普及したら、番組もネットを通じて視聴するスタイルに切り替わってしまい、現在の都道府県別のテレビ局の利権など関係なくなる。現在必死でしがみついているその利権も、いずれ価値がなくなるに違いない。だから、わたしには、守るべき価値のない利権にしか見えないのだが。

3ステップで道州制に移行するのがよい

 さきほど「中途半端な道州制」という言葉を使った。中途半端とはどういうことか。これは、府県連合みたいなものをイメージしてもらえば分かりやすい。

 東北地方は「東北道」という一つの州になるが、山形県や宮城県など現在の県も依然として残り、それぞれに県知事もいるような感じだ。こうして出来上がるのは、それぞれの県が連合して「州」を形成するという程度の道州制で、それでは結局、オブリーク(間接的)な統治機構じゃないかということになる。もちろん屋上屋では経費がかさみ、行政の透明性も後退することになる。

 そんなことにならないためには、道州制に移行するまでの流れを明確にしておくことが大事だ。だから、わたしは移行するための3ステップを提案している。

 まず第1段階では、地方にある国の出先機関を統合する。第2段階では、府県連合を作る。例えば九州なら、知事が集まり、九州全体の議会を一つにする。そして、これまで国が握っていた立法や行政の権限も府県連合に移譲する。

 そして第3段階で、道州知事を直接選挙で選ぶ。道州知事は、対外的にはプレジデント(大統領)みたいな存在だ。このようにして、地方での行政権と立法権を確立していくのである。道州制を実現するには、こういう三つのステップを明確に決めていかないといけない。このアイデアは、わたしが1995年の文芸春秋に書いたことだ。

本来のメリットは長期衰退の日本を救うこと

 わたしには一つ気がかりがある。推進派でも、道州制の本当のメリットを理解していない人があまりにも多いことだ。わたし自身は昔から道州制推進派の人たちに何度も、そのメリット、意義を説明している。しかし、こういっては語弊もあろうが、彼らは理解力に乏しいと感じることしきりだ。

 彼らには、道州制を「市町村合併の延長」としてとらえている人が非常に多い。「市町村合併が終わったから、次は都道府県の合併だ。それが自然の流れだな」なんてことを言う人もいる。何度も説明しているのに、返ってくる言葉がそんなだと、わたしもがくぜんとして、もう説明する気がなくなってしまうのだ。

 強調しておくが、道州制は市町村合併とはまったく異なる次元の話だ。決して市町村合併の延長ではない。道州制の本当のメリットとは、繁栄を世界から持ってくることだ。納税者のお金を使わずに、世界中に余っているお金を呼び込む単位、産業基盤を確立する単位、としての道州制なのである。現在の推進派でもそのイメージを持っている人は少ない。何しろ道州制にして発展した姿を頭に描くことができないのだから。

 だが、世界で起こっていることをよく考えてほしい。中国がなぜ今、これだけ発展しているのかを。それに対してロシアがダメなままなのはどうしてなのかを。

 ロシアはいまだに連邦中央政府の強いコントロール下にある地域が多い。それに対して中国は権力を地方に譲渡し、地方は世界中から企業や投資資金を呼び込んでいる。だから中国には勢いがある。中国の現在の姿を見れば、道州制が世界からお金を呼び込むための単位であり、外資などに対する特別優遇措置などを定める単位であり、自立経済の単位である、ということが分かるはずだ。

 では、なぜ日本が世界からお金を呼び込む必要があるのか。

 実は日本は、すべてのピークを1990年代に迎えて、現在は長期衰退の道を歩み始めているのだ。近ごろ、中国特需やリストラの成果などで若干、景気が上向きになり、法人所得も史上最高の50兆円となっているものの、長期的には衰退しつつあることは間違いない。それは人口でも給料でも、すべての統計を見れば分かることだ。

そして長期衰退から脱却するための手段が、統治機構を変えることなのだ。日本は、もはや中央集権国家としては終わってしまった国だ。これからは地域ごとに統治機関を持ち繁栄を競争するようにならないと新たな活力は出てこない。そして北海道や九州など、地域ごとに違うリズム、違う方針を打ち出していく必要がある。

 北海道はおそらく極東ロシア開発の前線基地となるだろう。先進国の企業がそこに集結してくる。第二外国語はロシア語、ということも考えられる。逆に九州では東アジアの繁栄の真っただ中で黄海経済圏のハブの一つとなるだろう。第二外国語は中国語、そして多くの人が小学校から韓国語を学ぶことも考えられる。全国一律に英語を、という状況でなくていいのだ。

 航空ネットワークも、金融市場も、東京中心ではなくそれぞれの道州が決めていく問題となる。かなりの立法権および徴税権を道州に渡し、繁栄の方程式を自立的に作っていくことができるようにしなくてはいけない。世界中から資本、企業、技術、人材、情報を呼び込む競争が始まる。そして繁栄に取り残されたところは、逆に癒やしを求めるバケーション客とか高齢者のリタイアメントタウンなどで生計を立てることになる。米国で言えばモンタナ州とかバーモント州、ということになる。

 道州ごとに経済を膨らませるプランを立て、それをベースに繁栄を競うことになる。納税者の税金で景気を刺激するのではなく、世界に有り余る資金を吸引して繁栄する。それがわたしの提唱する「地域国家論」に基づく道州制というものだ。

日本が進むべき道は複数あっていい

 もし道州制に移行しないでこのまま中央集権で凝り固まって大きな変革ができずに今までの延長線上の道を進んだらどうなるか。

 米国は年間何百万人という規模の移民を受け入れて、ついに人口は3億人を突破した。それに対して日本は人口減少と高齢化に悩まされている。これまでは米国と日本は、一人あたりGDPはほぼ同じで、経済規模も2対1の関係だったが、今後その差は広がる一方だ。2050年には4対1くらいになっていると推定される。このまま日本の力が弱まれば、インド、中国、EUとの力関係も変わってくる。今のところ世界の経済の10%を日本が担っているが、維持できずに5%前後まで落ち込む可能性が高い。

 そういう危機感が、国民にも政府にも役人にも足りない。「まだ景気が回復するかもしれない」「デフレ回復宣言をしないといけない」などと言っている場合ではないのだ。長期衰退の道からどうやって脱却するか。今、統治機構の抜本的変革をてこに、新しい浮揚力を付ける道を真剣に考えなくてはいけない。

 そのためには21世紀の日本の進むべき道は一つではない、複数のアプローチがあっていいのだ。それを人口1000万人くらいの広域地域(他国なら十分な国の大きさ)ごとにトライする。そして、そうした必死の努力の結果、うまく行くところ、行かないところがでてくる。地方が中央の施策を待っているのではなく、世界から直接投資という形での「成績表」を突きつけてもらう。そうした死にものぐるいの努力の中から、日本全体が進むべき道が見えてくるのだ。

 机上の議論をいくらやっても少子高齢化を脱却する抜本策は出てこない。戦後60年間でたまったあかを落とすのも容易ではない。ガラガラぽん、とわたしが「平成維新」や「新国富論」を書いたころから本質は何も変わっていない。いやそうした著書で指摘した中央集権の弊害はむしろ広がっている。だからこそ、既得権益者や中央政府の役人達がどんなに反対しても、この振り子は今までと反対方向に振らなくてはいけない。

 安倍政権にはその長期ビジョンを持ち、信念を持って決断してもらいたい。2010年に工程表を作る、というのではいかにも遅すぎる。“その頃には実行に移す”、と是非言ってもらいたい。またそのくらいのスピードで進まなければBRIC'sやその他の新興国の追い上げもあり、日本の地盤沈下は加速するだけである。

2009年8月12日水曜日

【道州制】 地方分権

慶応義塾大学 片山善博教授
核心インタビュー
「エセ地方分権的“道州制”では、日本は変わらない!」

衆議院選が迫り、各党のマニフェスト(政権公約)も出揃った中、地方分権への議論が活発化している。特に、各党と知事会による道州制の議論は注目の的だ。地方分権の要として重要視されている道州制は、本当に地方分権を実現できる手段なのだろうか。そして、自民党、または民主党が政権を獲得した場合、地方分権政策はどのように進むのだろうか。鳥取県知事時代に「改革派」として絶大な支持率を誇った慶応義塾大学・片山善博教授に、総選挙後の道州制の行方から地方自治のあるべき姿までを語ってもらった。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 林 恭子)

霞が関主導の“道州制”なら地方分権は後退する
http://diamond.jp/series/dol_report/10014/

――究極の地方分権の形として“道州制”が提案されているのは、なぜか?
 中央政府は本来、外交や防衛、マクロ経済、金融などに専念すべきだ。しかし、現在は市町村がやるべきことまで中央政府が引き受けているため、我が国の中央集権体制は手詰まりになり、純化・解体再編が必要視されている。

 そこで解体再編を行なうとなれば、膨大な事務と権限が放出されるため、それをどこで処理するかが問題となる。それを現在の47都道府県で行なうことは難しいため、「受け皿として、広域で強力な権限や力量を持った道や州を作るべきだ」というのが、本来あるべき「分権型の道州制論」だ。

 ところが、そういう問題意識を持たないまま道州制を唱えている人たちがいる。

 特に霞が関の人々は、多少の手直しをするにしても、基本的な構造を変るつもりはない。地方を47ブロックから10~11ブロックに再編して、チープガバメント(政府支出を必要最小限に抑えた政府)を作る「行政整理型」の“道州制”を考えているようだ。

 つまり、“道州制”といってもタイプが2通りあり、それが混同されたまま道州制が議論されている。そんな状況のまま道州制の是非を問うことは、非常に問題だ。

――政権公約によると、「自民党は民主党よりも道州制に積極的」というイメージが強いが、「分権型」と「行政整理型」のどちらの道州制を考えているのか。

道州制という文言をつきつめなければ、「自民党は民主党よりも先行して推進しようとしている」と言えるだろう。しかし、自民党の道州制は、とにかく区域を拡大するだけのものであり、それが中央政府の解体再編の延長線上にあるとは言えない。

 なぜならば、自民党の政権公約を見ると、「道州制推進のために法案を作る」と書いている一方で、その先行モデルとして挙げているのが、北海道道州制特区だからだ。

 実は北海道道州制特区は、何のインパクトもなく、何も変化しない、ごくシャビーな権限委譲に留まっているケースだ。ということは、今の北海道が何も変わらないように、「ただ区域が広がり、国のあり方も新しい道や州の権能・権限も変わらない」ことになる。これは地方分権にはつながらない「行政整理型」の“道州制”だ。

 道州制の議論をすること自体は、今の日本の状況に適っているため、大いに意味がある。ところが、最初の問題意識がないままだと、単に区域が広大化するだけで、周辺部の住民にとってはむしろ不便になってしまう。これまでの市町村合併の延長になるだけだ。

 実際、市町村合併で一極集中が加速し、周辺部の過疎化や行政サービスの劣化が起きている。「行政整理型」の道州制が導入されれば、これが一層加速するだろう。

 今でさえ住民にとって縁遠い自治体が、さらに縁遠くなる。そのような道州制なら、むしろ何もしない方がよい。

 仮に自民党政権になったとしても、今までとほとんど変化はないだろう。政権公約に「新地方分権一括法案や道州制基本法の制定を目指す」と書いているが、それは規定路線に過ぎない。結局は、「『安心してください、何も変わりませんから』と言っているだけ」という印象だろうか。

 つまり、“道州制”という文言が入っているだけで、地方分権につながるというイメージを持ってはいけないのだ。

民主党は“中央集権的エセ地方分権”から“草の根型地方分権”へ

―― 一方の民主党は、地方分権改革についてどのように考えているのか?

 今の自民党と同様に、従来民主党は、「自治体を300にする」といった『上から目線』の手法による自治体再編・権限委譲を発想していた。

 ところが、今回の選挙からその考え方を転換している。『インデックス2009』という政権公約では、「自治体が自発的・自主的に成長するのを支援し、自然に規模が大きくなる際に、その延長として道州制も考えたらいいのではないか」という意図を読み取ることができる。

 これは、上から強引に再編の音頭をとるのではなく、草の根から自治体を支え、自治体が自立的に成長するよう支援する、「本来の地方自治や地方分権」に根ざした発想だ。

たとえば、「住民投票法の制定」だ。これは、議会がもっと機能するよう、定数などを自由に決められ、柔軟で多様な選択肢のある議会制度を目指すものだ。地味だが、「草の根から地方自治を発展させよう」とする姿勢がみられる。

 民主党は、“中央集権的エセ地方分権”から“草の根型地方分権”へ転換したと言ってもよい。

 彼らのマニフェストに「道州制や自治体再編という文言が入っていないから評価できない」という人がいれば、「地方分権を理解していない」と言わざるを得ないだろう。

 未知数ではあるが、民主党政権が成立すれば、場合によっては地方自治のあり方が大きく変化するかもしれない。民主党は霞が関改革を謳っており、それが実現できれば、国と地方の関係も変化する。

 そうなれば、国が上から自治体を再編しようとするのではなく、住民が自発的に自治を行なう地方分権スタイルになるのではないか。

 本当の地方自治というのは、「必要なものを自分たちで日々選択して行くこと」である。そういう選択ができる仕組みを整備していくのが、真の地方分権改革と言えよう。

「道州制導入」は知事会の総意ではない

――現在の知事会は、道州制に対してどういう認識なのか。

 実は、知事会の道州制への認識は一枚岩ではない。

 本当に中央政府の純化・解体再編から発想して、「その受け皿として道州制が必要だ」と考えている人もいないわけではないが、必ずしも多くはないようだ。

 むしろ、「大くくりにして強力な権限を持った“道”や“州”を作って、できれば自分のところに道都や州都を……」という思惑の人も多い。

 こういった首長は、政令指定都市を持つ都道府県に多く見られる。我田引水的で、非常に軽薄な道州制推進論者だと思う。

 一方で、兵庫、福井、富山、滋賀の知事など、反対派の知事も多い。今のまま道州制を進めたら、きっと霞が関の官僚たちにとって都合のよい、「霞が関流の道州制」になるに違いないと懸念し、反対しているのではないだろうか。私も、これを懸念している。

 本来、道州制は霞が関を解体再編することから始めるべきなのに、終わってみたら「霞が関は無傷で、地方だけが大くくりになって自治が後退した」などという、分権とは対極の状況になってしまう恐れさえあるのだ。
「住民自治」を無視した知事会の意向は
住民の意思ではない

――道州制以外で、地方分権の仕組みとして考えられるものはあるのか?

 現在の47都道府県・約1700の市町村を前提としても、地方分権を行なうことはできる。

 究極の地方分権とは、住民の政治参加機会の拡大、つまり住民の意向・意識ができるだけ自治体行政に反映される仕組み作りであり、再編をすることではないからだ。それを実現させるためのポイントが2つある。

 1つは、自治体へ権限を委譲し、霞が関の関与を廃止することだ。遥か遠方の霞が関に権限があるよりは、自治体にあったほうが住民の意向は反映し易い。

 もう1つは、住民にとって意向が反映され易い体質の自治体にすることだ。国と自治体との関係だけでなく、自治体内部の問題としてもそういう仕組みが必要である。

 たとえば、巨額の資金を使ったハコモノ建設は住民投票で決めるようにするなど、議会や首長を正し、場合によっては引きずり下ろせる仕組みだ。

 1点目の権限委譲を「団体自治」、2点目の住民の意思を反映し易くすることを「住民自治」という。その2つを進めるのは、今でも可能である。

 しかし、今知事会が騒いでいる“地方分権”とは、前者の「団体自治」だけだ。要するに、国と自治体との関係だけで「自治体を自由にせよ、権限と金をよこせ」というのが「知事会的な地方分権」だ。

 ということは、団体自治の根本がずれていたら、住民にとってはなんの意味もない。だからこそ、自治体を正せる住民投票や、議会へのチェック能力を高めるような改革が必要であろう。その両方があって、初めて地方分権と言える。

 道州制や地方分権の議論について、「知事会の言っていることが“是”であり、住民の総意だ」という印象を与える報道も多い。しかし前述のように、それは間違いであり、「住民に誤解を与えるのではないか」と懸念している。

 というのも、知事会の一番の悲願は、「消費税の税率を上げ、その分け前である地方消費税をもらうこと」だからだ。それは住民にとってありがたいことだろうか。「そんな増税をするくらいなら、もっと無駄をなくして身軽になり、行革をしろ」というのが、住民のホンネだろう。

 現在、知事会は各党のマニフェストを採点しているが、それは決して国民のためではなく、彼らのための採点基準に過ぎないのだ。増税論などをはじめ、知事会の地方分権は、住民と利害がバッティングすることが多い。名付けて「知事会の知事会による知事会のための地方分権」と言えるだろう。

――では、本当の地方自治とは、どういうものか?

 地方自治とは、本来非効率なものである。安上がりにしようと思ったら、地方自治などやめた方がよい。全国一律にすれば、それが一番安上がりだが、それでは住民の満足度は、低くなってしまう。だから、多少非効率でも、「自分たちのことは自分たちで決められる満足度の高い状態を」作ることこそ、地方自治の原理なのだ。

 しかし、小さければ小さい方がよいというわけでもない。ある程度のまとまりがなければ本当に非効率になってしまい、質の高い行政ができない。だから、ある程度の規模もなければいけない。その兼ね合いをどこにするかを決めるのも、地方自治と言えるだろう。

松沢
http://member.diamond.jp/series/dol_report/10012/?page=2
7月2日、私は経済三団体を回り、道州制実現をマニフェストに盛り込むよう政党に対して働き掛けをするよう要請した。これを受けて7月6日には、経団連が各政党に対して道州制を含む政策の実現をマニフェストに盛り込むよう求める提言を発表した。これは経団連としては初めてのことであるという。

この提言を各政党は重く受け止めるべきである。
 7月14日、三重県で開催された全国知事会議において、全国の知事にも「地方からの共同行動」を呼び掛けた。賛否両論、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が1時間以上にわたって繰り広げられた。知事会では久々の激論であった。その結果、北海道から沖縄県までの13人の知事が私の提案に共鳴し、7月16日には、自民、民主、公明の各党に対して「提案」活動を行った。

地方分権改革への本気度を各党に問う
地方分権委員会の審議を踏まえ、すみやかに実行すべきだ
2009年8月11日
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090811/173802/

全国知事会は8日、自民、公明、民主3党の総選挙マニフェスト(政権公約)のうち地方分権にかかわる政策を採点し、その結果を発表した。合計点は、公明党が66.2点、自民党が60.6点、民主党が58.3点となった(採点結果http://www.nga.gr.jp/news/saisyuu090808.pdf)。

 こうした結果の発表に至るまで、僕はテレビ番組や全国知事会主催の公開討論会で地方分権の議論に参加した。それらをとおして感じたのは、分権改革の中身が問われているにもかかわらず、本質をわかっていない議論が多すぎるということである。

地方分権改革と道州制の議論を混同するな

 最近とくに目につくのは、分権改革と道州制を混同した議論だ。自民党が「道州制基本法を早期に制定し、2017年までに移行」とマニフェストに入れたことをきっかけに、道州制が分権改革と関連づけられるようになっている。

 しかし、霞が関の権限や財源を地方に移すのが分権で、道州制という「入れ物」ばかりを強調すれば、国の出先機関がそのまま道州組織になるだけだ。出先機関を温存した国主導の行政体制になる危険性が高い。

 僕は2日の「サンデープロジェクト」(テレビ朝日系列)に出張先の静岡県浜松市から中継で出演し、道州制論議の危うさを指摘しておいた。同番組では、橋下徹・大阪府知事、中田宏・横浜市長、河村たかし・名古屋市長、そして司会の田原総一朗氏とともに、「地方分権で日本を変える!」をテーマに議論を交わした。
田原氏 猪瀬さん、地方分権にはどういうメリットがあるんですか。

猪瀬 
霞が関の権限が地方に移ると、財源も移ります。そうすると、自治体が経営体として自主性をもつことができるようになる。そこが一番大事だと思うんですね。小泉内閣では道路公団の民営化をやりました。株式会社にしたら決算が重視されますから、そこでガバナンスが働きます。それから郵政を民営化して、60万人いた国家公務員を33万人に減らした。27万人は、株式会社のガバナンスの世界に移ったわけです。残る33万人のうち21万人が国の出先機関という形で地方にいる。県や市と二重行政になっているこの21万人を、税財源と一緒に地方に移せば、地方がひとつの経営体としてガバナンスが働くことになります。

田原氏 
橋下さん、大阪は地方分権はいいんだけど、大阪府と大阪市は仲が良くない。

橋下知事 
今まではそうでした。これからは道州制を目指しますので、10年後に大阪府を解消するというビジョンでいまどんどん整理をしています。

中田市長 
道州制の前に、基礎自治体に権限を移していった方がいいと思うんですね。一番国民に近いのは基礎自治体ですから。

猪瀬 
まず、霞が関の権限を都道府県に移し、都道府県の権限を市町村に移すことです。いきなり道州にして移すと、道州が国の出先機関になって終わってしまう。地道に具体的に権限を移していくことが大切です。最近の議論はどうしても道州に偏りすぎている。地方分権改革推進委員会の具体的な権限移譲の項目をまず片づけてから、道州制の話をしないとだめですよ。

政党との公開討論会で政策の中身を見極める

 地方分権改革は、道州制のような「入れ物」ではなく、具体的な権限移譲が盛り込まれているかどうかが重要だ。ただ、マニフェストに書かれている抽象的な内容だけでは、その点を評価することは難しい。公開討論会で各党に直接疑問点をぶつけることで、政策の中身が具体的に見えてくる。

 7日には、東京・永田町の憲政記念館で、全国知事会主催の「地方分権改革に関する公開討論会」が開かれた。自民党、民主党、公明党のマニフェストを採点するために、各党の代表者、知事、市長など、総勢200人以上が出席した。報道関係者も多数訪れた。

 壇上には、各党から、菅義偉・自民党選挙対策副委員長、山口那津男・公明党政務調査会長、玄葉光一郎・民主党分権調査会長、知事会の政権公約評価特別委員会から、古川康・佐賀県知事、山田啓二・京都府知事、橋下徹・大阪府知事、さらに、全国知事会会長の麻生渡・福岡県知事、全国市長会会長の森民夫・長岡市長がならんだ。

民主党は地方分権委員会の審議を踏まえてやってほしい

 まず壇上の出席者との間で討論が行われたあと、フロアにいる知事、市長から各党に対して質疑が行われた。フロアからはトップバッターとして僕が立ち、次のような議論を交わした。

猪瀬 
地方分権改革推進委員会で勧告したことについて、きちんとやっていただければ問題はないんです。そこで、少し自民党の菅さんには反省してもらいたい。勧告で明記した3万5000人の出先機関の削減がまったく進まず、工程表に載せられなかった。今回はどうするのか、明らかにしてほしい。

菅・自民党選挙対策副委員長 
今回は正式にマニフェストに書いた。たとえば、義務づけ・枠づけの見直しについても、勧告に沿った4076項目という数字を具体的に入れている。地方分権一括法を2009年度中に国会に提出し、成立するとまで書いています。すべてそこはしっかりやらせてもらう。

猪瀬 
玄葉さん、民主党は「行政刷新会議」をつくると書いていますが、地方分権改革推進委員会は2年間いろいろと審議して、80回250時間くらいやっている。そういうものをきちっと踏まえてもらえば、問題の解決の仕方はあるんです。その蓄積をどういうふうに判断してもらえるのかお聞きしたい。

玄葉・民主党分権調査会長 
地方分権改革推進委員会の勧告以上のことをやりたいと思っています。地方分権改革推進委員会の方々には、本当に心から敬意を表したいですが、いろんな抵抗があって後退しているんじゃないかというのが基本的な私の認識です。いままでの議論の蓄積はさまざまな形で生かしますし、義務づけ・枠づけの見直しのように象徴的な事例については、政権獲得後速やかに勧告を待たずにやりたいとすら思っています。ただ、地方分権改革推進委員会をそのままの形で残していくのが、さらに深堀りしたい私たちにとって本当に良いかどうかは考えなければならない。決して地方分権改革推進委員会の議論をおろそかにするという意味ではないが、より政治主導の体制をつくりあげなければならないと考えています。

猪瀬 
地方分権改革推進委員会の委員は国会同意人事で、民主党も賛成して決まっています。地方分権改革推進委員会の審議を踏まえてやってほしい。それから、遅くなるのだけは困るんです。新しく見直したりして、いろいろやっていくうちに来年再来年にならないようにしてもらいたい。少なくとも地方分権一括法は、来年3月までに成立させることになっている。その締め切りが遅れていくようなことになれば、結局喜ぶのは霞が関の官僚ですよ。

「行政刷新会議」をつくれば改革が進むというのは幻想だ

 自民党はマニフェストで権限財源の移譲を書いているけれども、実際の自公政権では、国道河川の移管はほとんど「ゼロ回答」で進まなかった。政権与党として、菅さんから反省の言葉は聞かれなかった。反省なくして、本当の地方分権はありえない。

 一方の民主党は、マニフェストに「出先機関全廃」などと簡単に書いているが、地方分権改革推進委員会の勧告を実現する方が先だ。「行政刷新会議」や「国家戦略局」という組織をつくれば改革が進むというのは幻想である。マジックのように出先機関が消えるわけではないのだから、地方分権改革推進委員会と霞が関との真剣勝負の議論を踏まえてほしい。

 総選挙では、本当に分権改革が実現できるか、その本気度が問われている。知事会によるマニフェスト採点結果に甘んずることなく、各党には地方分権政策をブラッシュアップしてもらいたい。空疎な言葉だけで、信用しない。

第2名神の「凍結解除」はちょっと待った
直轄負担金が生じないから「つくってくれ」では安易すぎる
2009年4月28日
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090428/149767/

大阪府の橋下徹知事が、「猪瀬さんを論破してこい」と府の職員を送り込んできた。道路公団改革で実現した第2名神高速道路の凍結区間について、大阪府は凍結解除を要求している。

「猪瀬が反対しているからつくれない」

 第2名神高速道路は、三重・四日市市と神戸市を結ぶ高速道路である。凍結区間は、大津JCT(滋賀県大津市)~城陽JCT(京都府城陽市)の25キロと、八幡JCT(京都府八幡市)~高槻JCT(大阪府高槻市)の10キロの、あわせて35キロとなっている。

 なお、城陽JCT~八幡JCTの4キロについては、京奈和自動車道と第2京阪道路をつなぐ道路ということで、建設は凍結されていない。

凍結区間と並行して、名神高速道路の瀬田東ICから大山崎JCTまで、京滋バイパスという有料の国道が通っている。この京滋バイパスが、実質的な「第2名神」だ。「第3名神は要らない」と僕が言ったら、建設推進派は「新名神」なんて名をつけた。

 4月20日、橋下知事は「新名神」の凍結区間について、金子一義国土交通相に早期着工を陳情した。21日には、大阪府都市整備部の技監や交通道路室道路整備課長ら4人の職員が、僕のもとを訪れた。

説明は受けたが、太田房江前知事の頃から大阪府は「つくれつくれ」と言ってきた。今回も同じ話の繰り返しである。
 太田前知事は「猪瀬さんが凍結だと言っているが、あれは勝手な言い分」と言っていた。橋下知事も「猪瀬さんの主張を封じ込めるように頑張っていきたい」と同じ言い方をしている。

 大阪府の職員から「猪瀬が勝手に反対しているからつくれない」と吹き込まれているのではないか。第2名神高速道路の凍結区間が決められた経緯を知らない橋下知事が、それを信じてしまった可能性もある。
国交省から引き出した「着工しない」という文言

 1987年に国会の全会一致で決められた高速道路の最終的な予定路線は1万1520キロである。3~4年ごとに開かれる国幹会議(国土開発幹線自動車道建設会議)で、高速道路の目標値は、1万1520キロを目指して段階的に引き上げられてきた。高速道路の区間、工事費用、車線数、設計速度などは、国幹会議で決められる。

 1999年には、目標値が9342キロになった。また、9342キロのうち未開通の2000キロを作るのには、20兆円かかるとされていた。第2名神高速道路の凍結区間35キロの建設費は、この時点で1兆600億円だった。
 道路公団改革は、費用対効果の観点から高速道路計画を見直し、コストをできるだけ削減して、無駄な道路はつくらないことを目指していた。

 2003年12月に、政府与党枠組み合意によって、高速道路の「抜本的見直し区間」が設定された。小泉首相は「9342キロ全部はつくらない」ということを繰り返し発言した。

 道路1本1本についてコスト計算をして、無駄をなくし、20兆円の建設費を10.5兆円にまで削減することができた。また、第2名神高速道路の35キロについては、36%のコストカットをして、建設費が6800億円になった。これは改革の成果である。

 ただ、コストカットをしても、そもそも必要のない道路をつくるわけにはいかない。35キロの凍結は、2006年2月7日に開かれた国幹会議で決定された。「主要な周辺ネットワークの供用後における交通状況等を見て、改めて事業の着工について判断することとし、それまでは着工しない」という文言を国交省から引き出した。

 役所が決めた仕事で「着工しない」という文言が出たのは初めてのことである。留保条件をつけてあっても、結論に「着工しない」という文言が入っていることが重要だ。そういう文言が入っていれば、諫早湾の干拓事業だって、あのように無理矢理実施されることはなかった。

 にもかかわらず、国幹会議の翌朝の新聞は、「民営化骨抜き」(朝日新聞)「道路公団改革骨抜き」(読売新聞)「改革形骸化」(日経新聞)「改革、中途半端」(毎日新聞)と、型通りの見出しが打たれた。全国紙にとっては、地方の高速道路は所詮他人事だから、言葉が軽いのである。

 一方、ひとつひとつの情報が生活とかかわり合う地元紙は、正確に伝えようとしていた。本当に第2名神高速道路がつくられるのか、つくられないのか、見きわめる情報が地元では求められる。京都新聞は、「第2名神判断先送り」「猪瀬氏 造らないと解釈」「京滋の知事『残念』」と、いく通りも見出しを打って、実像に迫ろうとしていた。

実際に車で走って、混雑していないことを確かめた

 第2名神高速道路の全面着工を望む関西経済界からは、「猪瀬さんは現場を見ていない」(当時の秋山喜久・関西経済連合会会長)と言われた。当時の太田知事も、高槻JCTの東側にある天王山トンネルについて「混み合っちゃう」と指摘して、「京滋バイパスも満杯なんです」と言っていた。地元自治体も、天王山トンネルを渋滞の名所として挙げていた。

 そこで、僕はテレビ局と協力して、実際に高速道路を走って交通量の調査を行った。2006年4月29日の読売テレビ「ウェークアップ」で、その模様が放映された。この番組のビデオを、先日、副知事室を訪問した大阪府の職員にも見せた。

 番組では、水曜日の昼過ぎに、高槻JCTから天王山トンネル、大山崎JCT、そして京滋バイパスを実際に走ってみた。

 まず、天王山トンネルでは、当日は雨が降っていたにもかかわらず、渋滞は発生していなかった。上下8車線になっているので、非常にスムーズに流れている。日本の高速道路でも、ここが一番広い区間である。

 総工費130億円の大山崎JCTは、実際に走ってみるとその巨大さはまるでSF映画のセットのように空中に孤を描いており、圧倒される。ここまで大げさにつくる必要はない。明らかにお金をかけすぎている。こういうところにも、コスト意識のなさが表れている。

 京滋バイパスもガラガラだった。スタジオでも、「京滋バイパスは盆・正月の一番混んでいるときでも空いている」という話が出ていた。大阪府知事も関西経済界も、ここをちゃんと走って確かめたのだろうか。

 建設推進派は、瀬田東ICから草津JCTのあいだも渋滞するから、第2名神高速道路が必要だと主張する。しかし、片側5車線になっていて、その区間もボトルネックにはならない。

住民は借金の早期返済と料金値下げを期待している

 2010年3月には、京滋バイパスから枝分かれして大阪・神戸方面へ抜ける、上下6車線の第2京阪が開通する。さらにネットワークはスムーズになる。

 これだけスムーズに流れているところへ第2名神高速道路をつくっても、交通量が増えるとは思えない。大阪府職員は「費用対効果が高く、つくる価値がある」と主張するが、京滋バイパスや第2京阪がある以上、もう1本つくることによる便益はほとんどないとしか考えられない。

 第2名神高速道路は民間会社(西日本高速道路株式会社)の事業なので、直轄負担金は発生しない。高速道路の利用者からの料金収入で、建設費をまかなっていくことになる。

 高速道路には直轄負担金が発生しないから、第2名神高速道路をつくってくれと言っているのだとしたら、あまりにも安易である。そういう安易な発想で、これまでも腕力の強い有力政治家の地元に高速道路がたくさんつくられてきた。四国と本州を結ぶ橋が3本もあるのもそのためだ。

 現在、直轄負担金を廃止すべきだという流れが強まっている。たしかに直轄負担金に明細がないのは問題だが、直轄負担金があることで、道路をつくる場合に自己責任原則が働いてきた側面もある。

 地元の自民党議員、民主党議員、府知事、関西経済界は、第2名神高速道路の全面着工を要求してきた。しかし、彼らは住民目線ではない。声なき声は、新たな投資よりも借金の早期返済と料金値下げを期待している。

 無理に着工せず、浮いた6800億円を借金返済や料金値下げに回せばいい。利用者である国民が得をすることが最大の便益なのだ。この場合は、直轄負担金があるかないかではなく、費用対効果を考えて判断したほうがわかりやすい。

2009年8月11日火曜日

【原子力発電】 原発ルネサンス

原発ルネサンスで拡大狙う東芝、日立、三菱重工への懸念
http://diamond.jp/series/closeup/09_08_15_001/

世界的な原子力発電回帰を受け、メーカー間の受注競争が本格化している。だが、早期立ち上がりが期待された米国市場拡大の遅れが懸念されるほか、欧州の原子力大手、仏アレバが海外案件の失敗で収益を悪化させるなど、リスクも顕在化してきた。東芝、日立製作所、三菱重工業の日系メーカーも、決して例外ではない。
 世界的原子炉メーカー、仏アレバの資本引受先が、原子力発電関係者のあいだで話題となっている。
 2008年度、同社原子炉部門の業績は、売上高30.4億ユーロに対して▲6.9億ユーロと3期連続の営業赤字に沈んだ。

 6月末に、アレバは構造改革の実施を表明した。年度内に最大15%まで、戦略的パートナーから出資を仰ぐという。約20億ユーロを調達する見込みだ。出資の候補として、アレバと包括提携を結ぶ三菱重工業の名も挙がっている。さらにアレバは、営業利益率11%を誇る成長中の“虎の子”送配電事業の放出まで思い切る。

 一連の改革の背景には、「2つの理由がある」と関係者は指摘する。

 第一に、アレバが03年に32億ユーロで受注したフィンランド・オルキルオト3号機の建設遅延によるコストの増大だ。最新鋭大型炉として開発したEPR(欧州型加圧水型軽水炉)初号基の建設だけに、アレバの意気込みは大きかった。だが品質や工程管理のトラブルが続き、約3年遅延して追加コストが発生。発注元の電力会社から、逸失利益も含め20億ユーロ以上の賠償請求を起こされたのである。

 第二に、原子炉部門に34%出資していた独シーメンスが資本関係解消を決めたため、その持ち株分を買い取る資金が必要となった。

 一方でアレバは、ウラン鉱山開発、濃縮工場建設、原子炉建設などを進めるため、12年までに100億ユーロ規模の投資を計画している。資本金や手元資金を厚くする必要に迫られているのだ。

 この欧州の雄、アレバの苦境は、日系原子炉メーカーにとって、決して対岸の火事ではない。国内原発需要が頭打ちで、東芝、日立製作所、三菱重工は海外展開を迫られており、同様のリスクにさらされかねないからだ。

 各社は海外展開を視野に、世界的メーカーとの連携を加速させてきた。06年の東芝による米ウエスチングハウス(WEC)買収をはじめ、日立は米ゼネラル・エレクトリック(GE)と戦略提携を締結、三菱重工はアレバと中型炉開発や燃料分野で包括提携した。

皆、強気の売上高目標を掲げる。東芝‐WEC連合が20年度に今より倍増の1兆円、日立が15年度にやはり1.5倍の3000億円、三菱重工が19年度に倍増の6000億円としている。

これら3陣営を軸に、世界中で受注競争は熱を帯びているが、市場の成長性に見込み違いも生じ始めた。また、仮に受注にこぎ着けても、一基の工程管理の失敗で収益を悪化させるリスクの大きさは、アレバの事例が証明している。日系メーカーは果実を手にできるか。

手痛い米国市場の立ち遅れ
ターゲットは原発新興国

 30年までの原発需要は「現在の発電量に占める原発比率15%が変わらず、廃炉がないと仮定すれば、100万キロワット級で約180基の増設が期待される」(服部拓也・日本原子力産業協会理事長)との見方が平均的である。

特に成長性が高いのは、米国、ロシア、中国、インド、スウェーデンなど欧州の一部、中東・アジアの一部である。日系メーカーの照準は、国産炉導入を狙うロシアと中国などを除き、短期的には米国、将来的には中東・アジアといった原発新興国に絞られよう。

 だがここへきて、大きく2つの懸念が顕在化してきた。

第一に、建設リスクの大きさである。これは、フルタンキーではないが、EPC(設計、調達、建設)契約を結んだ米サウステキサス・プロジェクトに乗り出す東芝が抱える問題だ。東芝にとって、初めての海外大型原発案件である。

 原発建設に不慣れな建設国で、異なる品質基準、労働者の募集・管理の慣習に応じて工程を進められなければ、たちまち工期が遅れて追加コストが発生する。電力会社が音頭を取る日本国内での建設とは勝手が違う。かつて日立も、米国の火力発電建設で、数百億円もの赤字を出した。

 また、建設だけでも最低四年、計画時から考えれば10年ほどを要する足の長い商売だけに、資材の確保やそのコスト管理も難しい。

 もっとも、サウステキサス・プロジェクトで採用される炉型はABWR(改良型沸騰水型軽水炉)で、国内や台湾で建設実績がある。この点は冒頭のアレバとは異なる。東芝は製品の信頼性が高い日本のサプライヤーに機器納入を呼びかけ、できるだけ日本と同条件での建設を目指している。

 また「資材の一部などを除き、3年後の建設直前に納入価格を決める契約にして、単価の変動リスクを回避する」(五十嵐安治・東芝上席常務)と柔軟な対応を強調する。だが、日立の二の舞いにならないとは言い切れない。

 東芝もアレバの“一気通貫”モデル──燃料供給からプラント建設、再処理など上流から下流まで──と似た道を模索している。アレバの場合は幸い、原子炉以外の燃料製造、再処理、送配電の三部門の収益性が営業利益率11~15%と高く、連結での赤字は免れた。東芝も燃料・保全サービスの充実を目指しているが、まずは新規建設による売り上げ増が先行する。プラント建設以外の部門も、収益の増大が急がれる。


 第二に、海外市場開拓に対する意欲後退がある。原因は、海外での苦戦と、国内の瞬間的需要によるリソース不足である。この点は特に、日立と三菱重工が際立つ。

 両社は、早期の立ち上がりが期待された米国市場で出遅れた。共に、米国の新設計画において、最初の数基のみが得られる融資保証の候補からはずれたのだ。

 依然正式決定ではないし「今後、新エネルギーとして新たに融資枠が設けられる可能性もある」(三菱重工)。だが政府保証がない場合、一基6000億円と、3年前より倍増した巨資を投じる必要がある。資金が集まりにくい金融情勢が続くなか、建設計画を延期・中止する電力会社も出てきた。また米国の実績は将来の受注競争で有利に働くため、逃した魚は大きい。

 さらにGE‐日立連合の場合、米ドミニオンなど複数の電力会社で、新型炉ESBWR(次世代型沸騰水型軽水炉)の採用中止が相次いだ。建設実績があり米国でも認められた炉型ABWRの売り込みに切り替えると見られるが、決断の遅れは否めない。そもそも世界的に、GE‐日立の推すBWR(沸騰水型軽水炉)系は、アレバや三菱重工のPWR(加圧水型軽水炉)系より劣勢にある。

 ただ日立の場合は、国内需要が瞬間的にわき、人手も設備もフル稼働の状況だ。もともと海外はGE主体という役割分担で「海外開拓への切実感は薄い」(日立幹部)。

 三菱重工も元来、「国内市場が基軸」と言い切っている。だが海外市場開拓の必要性に変わりはない。
 両社にとって米国や中国は機器供給が中心となろう。一括契約を狙うなら、建築実績が重視される、原発回帰国・新興国だろう。英国など欧州の一部や、成長性の高いアラブ首長国連邦など中東、次いで将来的には、ベトナム、インドネシアといったアジアである。

 特にアジアは政情不安などで計画が見通しにくいのが難点だが成長性は大きい。フランス、韓国に対抗し、官民連合で売り込むため、メーカー同士や各提携先、電力会社などとの利害調整がカギを握る。

GEは日立から三菱へ!?
三菱はアレバに出資か

 現在の原子炉メーカーの提携関係も、依然流動的だ。
 日立と原発分野で提携するGEは、火力発電部門で三菱重工と手を組んだ。この提携が、原発分野にも及ぶとの見方は根強い。

「GE側が事故の続いた日立の技術力を不安視して、新たな機器調達先として三菱重工に目をつけた」(商社関係者)というのだ。

 両社の炉型は異なるため連携するメリットを疑問視する向きもあるが、逆に電力会社のニーズに合わせ補完もできる。三菱重工としても、日米のほか中東やインドに根を張るGEの営業力は魅力だろう。三菱重工にとってアレバへの出資は考えどころである。

2009年8月8日土曜日

【原子力発電】 ウランからトリウム

ウランからトリウムへ―世界の核燃料戦略を読む
資源・環境ジャーナリスト=谷口 正次
http://eco.nikkeibp.co.jp/article/column/20090805/101975/?mail
原子力発電の燃料としてトリウムに注目する動きが静かに広がっている。トリウムは軍事転用が難しく、かつては原発など原子力の平和利用の本命と見なされていた元素なのだ。温暖化ガスを出さないエネルギーとして原発の増設機運が世界的に高まっている今日、トリウムをどう位置づけていくか。核拡散防止やエネルギー安全保障、資源を巡る地政学などの観点を絡めて、各国の原子力戦略が問われ始めている。

核拡散防止と放射性廃棄物削減

 トリウムはウランの従兄弟のようなもので、天然に産する放射性元素である。そのトリウムを原子力燃料としてウランの代わりに利用しようとする動きが世界で静かに広がり始めた。

 背景には地球温暖化対策として世界的に原子力発電増設の気運が高まっていることがある。その場合の大きな懸念は、核兵器の拡散と放射性廃棄物である。トリウムは核兵器の拡散防止に役立つうえに、プルトニウムを含む有害な放射性廃棄物がほとんど発生しない。

 そんな良いことずくめの技術なのに、なぜ今まで実用化されなかったのだろうか。一言でいえば、理由は第2次大戦後の冷戦構造と核兵器開発競争にある。原子力の民生利用としての原発も、軍事利用と無関係に展開されてきたわけではなかったのである。

 核兵器には原料としてウランを使うタイプと、天然にはほとんど存在しないプルトニウムを使うタイプがあるが、プルトニウム型の方が圧倒的につくりやすい。プルトニウムはウランが核分裂反応を起こして燃えるときに生成されるが、トリウムを燃やしてもプルトニウムはほとんど発生しない。したがって、トリウムを原発の燃料とすると、核兵器を効率的につくれなくなる。そのため、政治的に日の目を見ることはなかったわけだ。

 米国では1950年代から70年代にかけて、トリウム溶融塩炉と呼ばれる原子炉の技術開発を進めていた時期がある。1965年から69年までの4年間、無事故で運転した実績を持ち、基本技術は確立している。トリウムの燃料利用を想定していたこの原子炉は、核の平和利用の本命であった。

 トリウム溶融塩炉の利点は、小型化に適し、経済性が高いということだ。そして、軽水炉の使用済み燃料や解体核兵器に含まれるプルトニウムを、トリウムとともに燃やして処理ができるという点も都合がいい。トリウムそのものは核分裂しないので「火種」としてプルトニウムが使えるからだ。

 米国にはトリウム・パワー(Thorium Power Ltd)という核燃料企業もあり、日本など世界で広く使用されている軽水炉でのトリウム利用を推進している。各国では、溶融塩炉だけでなく、さまざまなタイプの原子炉でトリウムを使えるようにする研究開発が行われている。

 オバマ大統領はグリーン・ニューディ-ルを打ち出し、そして核廃絶を世界に訴えている。4月5日にはチェコ共和国の首都プラハでEU首脳との会談に先立ち、「米国は核廃絶に向けて行動する道義的責任を有する」と演説した(4月6日付け『産経新聞』)。そして、核なき世界を目指して、4年以内に兵器用核物質の拡散を防ぐ体制を構築する方針を表明した。

 そのチェコ共和国は「トリウム溶融塩炉の技術開発で世界をリードしている国の一つだ。 だとすると、オバマ大統領の演説との関係は偶然の符合とは考えにくい」と原子力工学が専門の京都大学助教、亀井敬史博士は言う。

オバマとトリウム

 すなわち、米国がトリウム原子力によって、地球温暖化対策と核廃絶のために世界のリーダシップをとるとともに、グリーン・ニューディ-ル政策の推進にも役立てようとしているのではないかと読みたくなるわけだ。ブッシュ前大統領の原子力回帰政策をオバマ大統領は踏襲しなかったが、トリウム原子力で大きな違いが出せるというものだ。亀井博士によると、今年6月には米下院で、7月には上院で通過した国防予算法案の中に、海軍においてトリウム溶融塩炉の研究を進めることが入っており、2011年2月1日までに国防委員会に報告せよとなっているそうだ。

 米国の三大ニュース誌の一つに「US.News&World Report」 という雑誌がある。 2009年4月号は、GREEN Economyの特集号だ。その中でトリウム原子力を紹介している。

 米国、チェコ共和国のほかに、トリウム溶融塩炉の技術開発に向けて動き出した国としてはカナダ、ノルウェー、オーストラリアながである。インドは60年にわたって独自に開発を進めてきた。そして、忘れてはいけないのが中国の台頭だ。

 残念ながら日本では封印された状態である。これまで、ごく少数の技術者が溶融塩炉の実用化の必要性を声高に訴えていたが、全く無視されている。何しろ、東芝、三菱重工、日立製作所といった大企業が軽水炉型の発電所ビジネスでフランスのアレバ社とともに世界にその存在感を示しているわけだから、大型タンカーのように簡単には国策の舵はきれないだろう。しかし、世界の空気を読めないでいると、日本は世界から取り残される恐れも否定できない。

 注目すべきは、中国、インドである。両国ともウラン資源が乏しいので埋蔵量世界一を誇るオーストラリア頼みである。中国は、2006年4月、温家宝首相がオーストラリアを訪問してハワード首相と会談を行った際、2010年からウランの中国向け輸出開始で合意した。

 オーストラリアはウランの輸出先に核拡散防止条約(NPT)加盟を義務づけている。中国はNPT加盟国ではあるが、軍事利用の心配があるとして、オーストラリアはそれまで中国への輸出には消極的であった。今回の輸出解禁に際し、中国はオーストラリアに対してウランを平和目的以外に利用しないという保証協定を結び、輸入したウランに関連して国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れて、オーストラリアに対して公開する義務を負った。

 原子力発電に積極的なインドもオーストラリアにウラン輸出を要請し続けていたが、NPT非加盟国であることからこれまで見送られてきた。しかし、2007年8月になって、インドへの輸出も容認することを決めた。中国と同じ条件で協定を結ぶことになった。これは、核拡散防止条約未加盟国にもかかわらず、インドが米国と原子力に関する二国間協定で合意したことを受けた例外措置だそうだ。

 米国やオーストラリアなどが原子力を軸にインドと中国に急速に接近している。ウラン資源は乏しいインドと中国だが、逆にある資源については両国とも豊富という共通点がある。モナズ石などのレアアース(希土類)を多く含む鉱物資源である。

日本に戦略はあるか

 レアアースはエレクトロニクス、IT機器、電気自動車など先端技術産業には欠かせないもので、いま、わが国の産業界でもレアメタルとともに関心が非常に高まっている重要な資源である。

 そのモナズ石の中にトリウムが含まれているのだ。とくにインドのモナズ石はトリウム含有量が約8%と非常に高い。一方、中国はレアアース(希土類)では世界の97%の生産量と31%の埋蔵量を誇る。

 現在、モナズ石などの鉱物からレアアースを抽出する際には、放射性物質であるトリウムは厄介な不純物として除去しなければならない。ただ、中国のモナズ石などの中に入っているトリウムの含有量は0.3%以下とインドに比べてはるかに少なく、レアアースを取り出すには邪魔ものが少なくて好都合と言える。

 とはいえ、なにしろレアアースの生産量世界一の国である。廃棄物としてトリウム資源が少なからず蓄積されている。これを、中国政府は将来の重要なエネルギー資源と見なしているはずだ。最近、清華大学が中心になってトリウム利用推進を訴え、IAEAと共催でトリウムに関する国際会議も開いている。

 中国では最近、国営企業2社がオーストラリアの有力なレアアース、レアメタルの探鉱・開発会社の支配権を握った。オーストラリアのモナズ石は、6%のトリウムを含んでいる。

世界の主なトリウム資源保有国の確認埋蔵量
単位:t(トリウム換算)
オ-ストラリア 300,000
インド 290,000
ノルウェー 170,000
USA 160,000
カナダ 100,000
南アフリカ 35,000
ブラジル 16,000
その他 90,000
(出所:US地質調査所 2007)

世界のウラン資源の確認埋蔵量
単位:t(ウラン換算)
オーストラリア 700,000
カザフスタン 510,000
カナダ 350,000
USA 350,000
南アフリカ 270,000
ナミビア 200,000
ニジェール 200,000
ブラジル 170,000
ロシア 130,000
その他 220,000
(出所:2006 IAEA Red Book)
 2007年12月20日。「立命館大学で、日・中・印の温暖化専門家会議が開かれ、その声明文の中で先進的な原子力としてトリウム利用を検討すべきだとの文言が盛り込まれた。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のパチャウリ議長も強く推奨した」(2008年2月28日付け『日経産業新聞』、亀井敬史博士寄稿文より)

 いまや世界の資源、エネルギー、環境政策は一連の環を形成している。その環をつなぐ両端にトリウムとレアアースがある。このことを、わが国の国家戦略を考え、政策を担う人たちがどのように受け止めているのか知りたいものだ。

 政局と内政に明け暮れ、世界の空気を読めないでいるとこの国の将来は危うい。

 唯一の核兵器使用国アメリカと唯一の核被爆国日本、いまこそ手を組んでトリウムによる核廃絶を目指す絶好のチャンスと言えないだろうか。



〈寄稿〉 飯沼和正 「核兵器 廃絶を目ざす 『トリウム原子力』の研究」(2009.05.16)
http://www.kyoto-up.org/archives/711
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ウラン核燃料サイクルとは別

「トリウム原子力」とは現行の「ウラン核燃料」とは別系統の独立した原子力(発電)技術である。核爆弾の原料であるプルトニウムの産生とは無縁か、もしくはそれの減量に大きく役立つ技術である。だがそれは久しく政治的に〝埋め殺し〟にされてきた。それを今、京都の若手研究者(たち)は気づいて、叫び声を挙げ始めている。歴史的にも京都に深くつながる研究人脈のなかで早くに提唱された。大学の外と内との研究者たちによって独自に進められ、公認されぬまま、相当に高い完成度にまで到達されてきた技術である。

米オバマ新政権の側は独自にこの技術の重要性に気がついている。昨秋、上院にはすでに「トリウム原子力法案」が提出。その一方でこの4月には旧来のウラン原子力法にもとづく重要施策、「GNEP」計画の「断念」が明らかにされている。

研究の自由が公認されている大学で、今こそ、「トリウム原子力」への本格的な取り組みを始めるべきではないか。そのことを深く、切に望みたい。

現行の原発技術体制はウラン系核燃料によって立っている。しかし、このウラン系「核燃料サイクル」には必ずプルトニウム(核爆弾の原料物質)の産生が伴なう。というよりはプルトニウムの産生と利用とを大前提として成り立っているのが、外ならぬ現行の(軽水炉による)原発技術なのである。

この産生したプルトニウムを今は未だ完成していない仮定の「増殖炉」で、燃料として利用する。それを燃やして消化しさらに発電する。そのような仮定に立った理論(「核燃料サイクル」)でもって現行の原発体制は構築されている。

ところが、この理論が、今、崩れようとしている。この「核燃料サイクル」にとって最重要で、かつ不可欠な一環である「増殖炉」の実現が、世界でも、日本でも破たんしかかっているからだ。その開発はすでに頓挫している。それが事態の現況なのである。

にもかかわらず、思慮浅き、日本のリーダーたちや、そして最近までの米国のリーダーたちは(ウラン)原発こそが地球温暖化防止の〝決め手〟だなどと、巨費を注ぎ込んできた。

炭酸ガス・ゼロでもプルトニウムのヤマが

確かに、原発は炭酸ガスこそ放出はしない。しかし「増殖炉」ナキ現行のウラン系核燃料サイクルでは、今後、プルトニウムのヤマが世界各国に厳然として残るのである。日本だけでも、すでに今、70トン程度のプルトニウムを保有している。ちなみにヒロシマ・ナガサキ級の原爆が必要とした原料物質は、プルトニウムであれば、せいぜい8キログラム~10キログラムであった。

「トリウム原子力」の最終的な姿は「熔融塩・発電炉」方式だと目されている。この方式ならば、理論的にプルトニウムはまったく産生しない。しかし、この〝本命〟にたどりつくまでには、少なくとも10年の開発期間を要するであろう(古川和男博士)。

他方、そこに至るまでの〝ツナギ〟として、より実現容易な技術もすでに提示されている。トリウムとプルトニウムとの混合燃料(棒)を新たにつくり、それを現用の発電炉(軽水炉)に装入する。いわゆる「プルサーマル」方式の〝トリウム〟版である(豊田正敏・東京電力 元原子力本部長)。

米国・上院に「トリウム原子力法案」提出

オバマ新政権に変った米国では、すでにこの「トリウム原子力」への政策転換の兆しが見えかかっている。

08年10月、上院へは民主・共和両党の議員が共同提案として「Thorium Energy Independence and Security Act of 08」(「トリウム原子力法案」と略)を提出、行政当局との折衝に入っている(「Nuclear News」誌,、08年12月)。

その折衝の結果か?。米エネルギー省(DOE)はこれまで進めてきた「GNEP」計画の「断念」を、最近、明らかにしている(朝日新聞4月21日付朝刊1面トップ)。

「GNEP」計画とは、ウラン核燃料サイクルを完結すべく、ブッシュ前政権が推し進めていた要(かなめ)の計画であった。

前出の「トリウム原子力法案」は1954年に制定された現行法「Atomic Energy Act」を大きく改変するものだ。

というよりは「ウラン原子力」を対象にした現行法体制に対して、これとは独立的な(Independence)ものとして「トリウム原子力」を対象とする新しい法的枠組みを打ち出すもの―とみられる。

この法案には今後、5年間の予算として、250億円($ 250 million)が盛り込まれている。

何故「京都の大学で…」なのか?

もともと、世界でも数の少ない「トリウム」派ではあるが、何故か、そこには京都の大学の人脈が目立つのである。

主流の権威を〝何ぞ必ずしも〟と疑う、反骨・在野の気風のせいかもしれない。

まず最初に、日本でこの灯をともしたのが、京都・京大の出であった。故・西堀栄三郎博士だ。彼は最初の南極越冬から帰国して間もなく、(旧)日本原子力研究所理事の時期に、この「トリウム原子力構想」(「TMSR」)を打ち出している。1960年ごろだった。

〝世界最初の原爆被災国・日本こそ、これに取り組むべき。経済性・安全性も高い〟―と。

彼は京大理学部の助教授を経て、若くして民間に転出。敗戦後も、原研理事としてのごく短い期間を除けば、生涯、在野の技術者だった。在野の〝大御所〟であった。最後は京都の「名誉府民」にも選ばれている。

その西堀を継承したのが古川和男(現在82歳)。彼は当時、原研の主任研究員(のちに東海大教授)だった。ふしぎな縁だが、2人とも京大理学部の同門である。2人は原研にあって、孤立無援に近かった。

古川は、米国での「熔融塩炉」実験の成果を横目に踏まえながら、これをトリウム系燃料に特化。「発電炉」として理論的にほぼ完成(「FUJI構想」)する。これは海外からも将来の有望候補と目されている(02年には文春新書『原発革命』として公刊。佐藤栄作記念国連大学協賛財団から「最優秀賞」を受けている。「核拡散防止への実効ある提言」という理由であった)。

幸いなことに、このような知的命脈は今日の京都にも引き継がれている。実験系の常置講座こそ未整備であるが、大学の内外には、「トリウム」に心を寄せる若手研究者たちが〝トグロを巻いて〟、出番を待っている。

だからこそ、京都の大学で本格的な取り組みを―と望みたいのである。それは、広島・長崎の、核廃絶を待望する市民たちとも手を組んで。



いいぬま・かずまさ  1932年生まれ。大阪大学工学部(造船学科)を経て京都大学法学部58年卒。13年間、朝日新聞記者。原子力などを担当。90年以降、独立。『模倣から創造へ』(東洋経済新報社刊)など著書15冊。「原爆密造にご用心」(77年8月『中央公論』)、「トリウム・サイクルの検討を」(77年9月『金属』)―などを発表。日本記者クラブ・元会員。横浜在住。



ウランより利点の多いトリウム原発、移行への障害は?
2005年7月12日
http://wiredvision.jp/archives/200507/2005071201.html

Amit Asaravala 2005年07月12日
 原子炉で使用する燃料をウランからトリウムに切り替えることができれば、発生する放射性廃棄物の量は約半分になり、兵器へ転用可能なプルトニウムを取り出せる量も80%ほど減る可能性がある。しかし、原子力業界がこの転換を実現するには、後押しする材料がもっと必要だと専門家らは語る。
 科学者たちは以前から、原子炉の燃料としてトリウムを利用することを考えていた。トリウムの使用には十分な理由がある――自然界に存在するトリウムは、ウランと比較して埋蔵量が豊富で、使用する際の効率や安全面でも優れている。それに加え、使用した燃料から核兵器の開発に利用可能な物質を取り出しにくいという利点もある。
 しかし、設計が難しいうえ、使用済み核燃料を原子爆弾へ転用したいという冷戦期の思惑も働き、原子力業界は主要燃料としてウランを採用した。
 各国政府が核兵器の拡散防止に目を向け、環境保護論者が世界中に存在する膨大な放射性廃棄物の削減を求めている現在、トリウムが再び注目を集めている。
 ここ数年の米国とロシアの研究によって、以前研究者を悩ませた問題のいくつかに解決策がもたらされた。そして、1月にはインド――トリウム埋蔵量はオーストラリアに次いで世界第2位――が、独自設計のトリウム原子炉の安全性テストを行なうと発表した。
 需要の増加を見込んで、未採掘の資源も含めてトリウムを可能な限り買い入れようと動き出した採掘会社もある。
 米ノバスター・リソーシズ社(本社ニューヨーク)で戦略企画室の主任を務めるセス・ショー氏は、「米国をはじめとする世界各国――もちろんインドも含む――が将来、トリウムだけを使用するようになるのは避けられないことだと、われわれは考えている」と語る。
 だが、1つ問題がある。マサチューセッツ工科大学(MIT)『先端核エネルギーシステムセンター』(CANES)のムジド・カジミ所長によれば、原子力発電業界はすでにインフラをウラン燃料用に作り上げていて、これを転換するために投資する理由がほとんどないという。
 「市場経済のなかでのことだ。トリウムへの移行が有利に働くような経済的条件が必要になる」と、カジミ所長は語る。「トリウムが魅力的に見えるほどウランの価格が高値に達するまでには、あと50年はかかるかもしれない」
 暫定的な解決策として、カジミ所長は、米政府が発電所に課している放射性廃棄物に対する負担金の算出方法を変更することを提案している。
 現在、廃棄物を出す場合に課される金額は、核燃料から生み出した電力の料金に応じて計算されている。カジミ所長の提案は、これをプルトニウムの量に応じたものに変更し、生成を抑制するというものだ。
 「現状では、燃料の廃棄物の量は問題とされていない。しかし、政府が動いて、使用済み核燃料に含まれるプルトニウムの量に応じて課金する方針を打ち出せば、トリウムを後押しすることになるだろう」とカジミ所長。
 核燃料開発を手がける米トリウム・パワー社(本社バージニア州)のセス・グレー社長は、原則的にはカジミ所長の考えを支持すると述べている。ただし、そうした変更によって課金が全体として増大するなら、それは公平ではないと釘を刺した。
 「発電所の経営者はコスト計算に基づいて原子炉を建設し、運営している。原子炉に関するルールをただ変更するというのは無理だ」と、グレー社長は語る。
 代わりにグレー社長は、官民が協力して新技術の開発に資金を投じ、トリウムの利点を具体的に示すことにより、よりよい代替手段を提供するという方法を提案する。
 たとえば、トリウム・パワー社はロシアの研究者と共同で、兵器に転用可能なプルトニウムをトリウム炉で燃焼させて処理する方法を探ってきた。米下院は3月、このプロジェクトに約500万ドルの資金を提供することを決めている。
 これだけではトリウムの採用を促進するのに十分でないとしても、電力を使う側の動向が変化を促すきっかけになり得ると、グレー社長は指摘する。規制緩和によって同じ地域で複数の電力会社が競争するようになり、利用者がどこから電力を買うかを選択できる状況が整いつつある。つまり、利用者は電気代をどこに払うかで、責任ある技術に投資した会社に投票できるというわけだ。
 この戦術には、効果をあげた前例がある。たとえば1980年代に、消費者が「イルカの安全に配慮しています」(dolphin safe)というラベルのないツナ缶の購入を拒否した結果、マグロ業界は、マグロ漁をイルカの犠牲が少なくてすむ方法に切り替えた。
 「利用者が電力供給者を選択するようになれば、非常に強大な力になる」と、グレー社長は語った。
[日本語版:緒方 亮/高森郁哉



Thorium Fuels Safer Reactor Hopes
Amit Asaravala 07.05.05

http://www.wired.com/science/discoveries/news/2005/07/68045

Fueling nuclear reactors with the element thorium instead of uranium could produce half as much radioactive waste and reduce the availability of weapons-grade plutonium by as much as 80 percent. But the nuclear power industry needs more incentives to make the switch, experts say.
Scientists have long considered using thorium as a reactor fuel -- and for good reason: The naturally occurring element is more abundant, more efficient and safer to use than uranium. Plus, thorium reactors leave behind very little plutonium, meaning that governments have access to less material for making nuclear weapons.
But design challenges and a Cold War-era interest in using nuclear waste byproducts in atomic bombs pushed the industry to use uranium as its primary fuel.
Now, as governments look to prevent the proliferation of nuclear arms and as environmentalists want to reduce the volume of nuclear waste building up around the world, thorium is again drawing attention.
Over the past several years, studies in the United States and Russia have yielded solutions to some of the issues that troubled earlier researchers. And in January, India -- which has the world's second largest reserve of thorium behind Australia --announced it would begin testing the safety of a design of its own.
The anticipated surge in demand for thorium has led at least one mining company to begin buying as many thorium deposits and stockpiles as it can.
"We feel that it's inevitable that the U.S. and other countries in the world -- India of course -- will exclusively use thorium in the future," said Novastar Director of Strategic Planning Seth Shaw.
But there's just one problem: The nuclear power industry has already built its infrastructure around uranium and has little reason to invest in changing it, according to Mujid Kazimi, director of MIT's Center for Advanced Nuclear Energy Systems.
"This is a market economy so the economics will have to be in favor for thorium to move that way," said Kazimi. "It could take another 50 years for us to reach the level where uranium prices are so high that thorium looks attractive."
As an interim solution, the United States could change the way it charges power plants for the nuclear waste that they produce, said Kazimi.
Currently, waste fees are calculated as a fraction of the cost of the electricity that is produced by the fuel. Kazimi proposes charging by the volume of plutonium instead, so as to discourage its creation.
"Right now, it doesn't matter how large the fuel waste is," said Kazimi. "But if the government comes in and says we're going to increase fees in terms of waste in proportion to plutonium content, that will push for thorium."
Seth Grae, president of nuclear fuel development firm Thorium Power, said he supported the idea in principle. But he cautioned that it wouldn't be fair if the change resulted in an overall fee increase.
"Power plant operators decided to build and run their reactors based on one cost, and you can't just change the rules on them," he said.
Grae suggested that public-private partnerships could provide a better alternative by funding the development of new technologies and showing the benefits of thorium in action.
For instance, Thorium Power has been working with Russian researchers to find ways to dispose of stockpiles of weapons-grade plutonium by burning it in thorium reactors. In March, the House voted to give $5 million to the project.
If such demonstrations aren't enough to encourage thorium use, Grae noted that the change could be driven by customers from the bottom up. As deregulation allows multiple electric providers to compete in a region, customers are increasingly getting to choose where to spend their money. This means customers can essentially use their money to vote for companies that invest in responsible technologies, said Grae.
The tactic has worked before. For instance, in the 1980s the tuna industry switched to fishing methods that killed fewer dolphins after consumers stopped buying cans missing the "dolphin safe" label.
"When customers choose who their electric provider is, that's a very powerful thing," said Grae.


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トリウム原子力と福井県

 私が日本経済新聞記者時代に支局長として赴任していた福井県のメディア向けに一本記事を書いてくれと言われて書いた記事があります。残念ながら宙に浮いてしまい、もったいないのでここに載せます。検索エンジンに引っかかって読む人は読むでしょう。

 タクシーとは直接の関係はないのですが、電気自動車へのシフトやエネルギー問題は間接的に関係があるということで、ご勘弁を。

福井は立ち尽くすのか
「トリウム原子力」の風

 日本の歴史的な転換となるであろう第45回衆議院総選挙が終わった。民主党の大勝、自民党の惨敗を受けて永田町と霞が関の景色は様変わりした。「官僚と業界を基盤とした自民党政権は永遠に続く」と考えてきた人が呆然と立ち尽くす様子を、新聞やテレビが連日のように報じている。

 原子力の世界でも同様の大転換が起こる可能性が出てきた。日本一の原発数を誇る福井県は最悪の場合、「立ち尽くす側」に回る危険がある。永久政権と思われたウラン原子力を政権交替する力を秘めた技術体系に追い風が吹いている。それがトリウム原子力である。

ウランより安くて安全
 トリウムはウランより原子番号が2つ若い元素である。これをプルトニウムとの混合酸化物(MOX)燃料にして軽水炉などに入れると燃えてくれる。プルサーマルのウラン238をトリウム232に置き換える感じである。

 結論的な話をすると、トリウムはウランに比べて安く、安定に供給でき、かつ安全である。具体的には資源量はウランの3倍ある。しかも資源の分布が偏っていない。原子炉の中で燃料を徹底的に燃やせる。そして核兵器への転用が困難で核不拡散に役立つ。

 見逃せないのが、ウラン燃料が壁に突き当たっていることである。

 ウラン燃料を燃やすとプルトニウムが生まれる。プルトニウムは長崎型原爆の原料であり、取り扱いに高度の慎重さが要求される。日本の原子力委員会はプルトニウムを殖やして使う高速増殖炉計画を進めてきた。しかし6000億円を投じて福井県敦賀市に建設した原型炉「もんじゅ」は1995年12月のナトリウム漏れ事故以来動いていない。

 日本原子力研究開発機構は同炉を来春に再稼働させる予定だ。しかし「もんじゅ」は1次系2次系、そして3次系までの配管を持ち、かつ1次系と2次系は水や空気に触れただけで発火する液体ナトリウムを回す。軽水炉に比べて極端に複雑かつ神経を使うプラントである。来春の再起動を成功させ、運転実績を積み、さらに実証炉を経てこれを商業化できると考えるのは、むしろ夢想の世界に近くなってきている。

東電元副社長の“造反”
 高速炉を旗艦とするウラン原子力体系に対しては、主に左翼系の原発反対派からこれまで多くの批判がなされてきた。これに加え最近では、原子力の現場の現場から「ウラン原子力は限界だ」という批判が出ている。

 筆者が驚いたのは、東京電力で副社長、原子力本部長を務めた豊田正敏博士が、高速炉開発計画の断念とトリウム原子力への移行を主張していることだ。昨年秋に著書『原子力発電の歴史と展望』を出版した豊田氏を訪問し話を聞くと「遺言のつもりで発言した」とのことだった。主張している人が人だけに、重いものがある。

 高速炉開発路線に関して、政府の原子力委員会と電力業界の温度はかなり違っているようだ。税金で食べている原子力委員会がウラン・プルトニウム核燃料サイクルの夢(もしくは惰性、もしくは利権)に固執しているのに対し、損益の中で生きる電力業界が「コスト的に合わないので損切りするべきだ」と考え始めた。豊田博士の主張はその流れの中にある。

オバマ政権のシフト
 海外に目を転じると、オバマ政権はウラン・プルトニウム核燃料サイクル技術の開発を目指した「国際原子力エネルギーパートナーシップ(GNEP)」を縮小し始めた。具体的には今春、使用済み核燃料再処理施設と高速炉を米国内に建設しないことを決めた。ほぼ同時に、トリウム原子炉の研究を進めるための費用を海軍の予算案に盛り込み、同案は7月に議会を通過した。内容は、トリウム用原子炉の理想形と言われるトリウム熔融塩炉の研究である。

 オバマ大統領は4月、チェコ共和国のプラハで演説し、核廃絶への道をうたった。チェコはトリウム溶融塩炉の技術開発で世界をリードしている。オバマ政権のメッセージは明確だ。日本の鳩山新政権もその性格上、核不拡散につながるトリウム原子力に舵を切る蓋然性が極めて高い。

福井の選択は?
 日本でオバマ政権の誕生を最も喜んだのが福井県小浜市(Obama City)だった。同市を中心とする嶺南地域が擁する日本最大の原子力発電施設が平和的なトリウム原子力に転換したとすると、それは運命的な選択になる(既存の原子炉をそのまま使えるので見た目には何も変わらないのだが)。

 もちろん福井県は「もんじゅ」路線を継続して成功を勝ち取る可能性もある。失敗した場合は「立ち尽くす」危険性もある。福井の将来を見据え、ここはじっくりと比較検討して欲しい。

トリウム自身は燃料にはなりませんので、トリウム-232に中性子を吸収させてウラン-233を作って燃料とします。
これがトリウム・サイクル原子炉です。

これには幾つかの問題点が残されています。
まず、ウラン-233を作る必要がありますので、既存の原子炉中にトリウムを入れてウラン-233に変換し、これを取りだして生成する必要があります。これは天然ウラン中に存在するウラン-238をプルトニウム-239に変換して使用するのに比べて遙かに手間のかかる作業になります。

また、この核変換はTh232→Pa233→U233という経路を辿りますが、途中で生成するPa233は原子炉中でさらに中性子を吸収してU234にも変換されてしまいます。U234は核燃料にはならないので燃料生成効率はあまり良くないことになります

2009年8月5日水曜日

【安全保障】 安全保障と防衛力に関する懇談会

「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書の概要
 
第一章 新しい日本の安全保障戦略
第1節 安全保障戦略の理念と目標―日本がめざす世界
(1)日本の安全と繁栄の維持:日本の安全及び海外で活動する日本人の安全確保が必要。また、開かれた国際システムの下での経済活動や移動の自由を保障されることが必要。
(2)地域と世界の安定と繁栄の維持:日本の安全及び生活基盤を守るためにも、地域と世界の安定が必要。また、市場アクセス及び海上輸送路(シーレーン)の安全確保が必要。貿易相手国の安定も不可欠。
(3)自由で開かれた国際システムの維持:自由で民主的な価値が増進され、基本的人権が守られることも重要。日本も国際機関の機能強化や規範作りに積極的役割を果たしていく必要あり。また、武力による紛争解決を否定するという了解が世界に広まることが、日本人のめざす世界。

第2節 日本をとりまく安全保障環境
(1)基本趨勢
 経済、社会のグローバル化が進展した結果、主要国間の関係は安定し、大規模戦争の蓋然性は低下。その一方で、グローバル化は脅威の拡散の原因にもなっており、国際テロ、大量破壊兵器の拡散、海賊など安全保障上の脅威を含め、国境をまたぐ(トランスナショナルな)問題が増加。新興国の台頭などにより世界のパワーバランスに変化。
(2)グローバルな課題
①破綻国家・国際テロ・国際犯罪:冷戦後に増加した内戦型紛争が破綻国家を生み、その脆弱な統治が国際テロや国際犯罪などに「聖域」を与えている。
②大量破壊兵器・弾道ミサイル拡散の脅威:大量破壊兵器、中でも核の拡散は、国際安全保障を脅かす重大な要素。核兵器の拡散が核の連鎖を引き起こすおそれや、核兵器がテロ組織に渡ることも危惧される。
③米国の影響力の変化と国際公共財の不足:米国の絶対的な優位は今後も変わらないが、軍事的負担の増大や経済危機の影響で、米国の関与が縮小するおそれ。これまで米国が主導的に提供してきた国際公共財について、米国に加えて、EU諸国や日本など主要国が共同で提供する必要。
(3)日本周辺の安全保障環境
①北朝鮮:北朝鮮は核・ミサイル開発を継続しており、世界の平和と安全に対する脅威。日本にとっては、核・ミサイルに加え、特殊部隊による破壊工作も大きな脅威。北朝鮮の体制は先行き不透明であり、体制の崩壊の可能性。
②中国:日中間では経済協力にとどまらず、「戦略的互恵関係」を確立する努力が継続。一方、中国の軍事力の急速な増強は、その意図と規模が不透明なため、地域と日本にとっての懸念材料。
③ロシア:ロシアはG8のメンバーで、アジア太平洋地域の安全保障に影響を与え得るプレーヤー。その軍事力は、冷戦時代に比べ活動水準は大幅に下がっているが、その潜在能力は高い。
④アジア太平洋地域:アジア太平洋地域では、米国を軸にした2国間同盟の束が域内の安全と秩序を担保してきたが、地域安全保障枠組は依然として弱体。

第3節 多層協力的安全保障戦略
 日本の安全保障を確保するため、①日本自身の努力、②同盟国との協力、③地域における協力、④国際社会との協力という4つのアプローチを「多層的」に用いて、重層的に問題の解決にあたり、①日本の安全の確保、②脅威の発現の防止、③国際システムの維持・構築という3つの目標を実現する「多層協力的安全保障戦略」が必要。
(1)日本の安全―日本に対する直接的な脅威・問題への対応
種類も質も異なる様々な脅威・問題が存在。平時と有事の区別がつきにくく、事態の進展が早いという特色を踏まえ、事態にシームレスに対応することが必要。
・多機能弾力的防衛力の整備
・北朝鮮の核・弾道ミサイルの脅威に対する抑止力の維持
・米国との安全保障・防衛協力の強化
・北朝鮮の核・ミサイル開発の放棄を外交的に達成するための重層的な働きかけ
・国際犯罪・国際テロを制するための取締り活動
・離島・島嶼及び領海への侵入、大規模災害等に対する統合的なアプローチ
・情報機能の強化
・文民統制の強化
(2)脅威の発現の防止
 脅威の「種」に働きかけることにより、現実の脅威になるのを防ぐことが重要。
・アジア太平洋地域における米軍再編計画の着実な実施
・アジア太平洋地域における韓国や豪州等との協調・協力
・国際平和協力活動への積極的参加
・軍備管理レジームの強化及び核不拡散体制への積極的な貢献
・防衛交流等による周辺諸国との信頼醸成
・防衛力の実効性を高めつつ、外交力、経済力、文化の魅力など、日本のさまざまなパワーを組み合わせた「総合安全保障」
(3)国際システムの維持・構築
 国際システムを支え牽引してきた米国の影響力に変化が見られる現在、日本が健全な国際システムの維持・構築に努力することが重要。
・さまざまなアプローチを重層的に進めること
・国連安保理改革を含む国連機構改革等
・アジア太平洋地域における地域安全保障枠組の構築
・米国及び意思決定の核となる数カ国(コアグループ)との協力

第二章 日本の防衛力のあり方
第1節 防衛力の役割
①日本及び日本周辺における事態の抑止・実効的対処
 今後は、防衛力の「存在による抑止」(静的抑止)に加え、平素からの活動を通じた「運用による抑止」(動的抑止)を重視。自衛隊は事態の進展にシームレスに対応せねばならず、想定し得る以下の事態に実効的に対処可能な防衛力を着実に整備する必要。
ア 弾道ミサイルへの対応:抑止が最も重要。核抑止については米国に依存。その他の打撃力による抑止は主として米国に期待しつつ日本も作戦上の協働・協力を行う必要。ミサイル防衛による対処や被害局限も抑止の一環。重層的に構成される抑止を実効的に機能させるためには、日米の連携が重要。現在計画中のミサイル防衛システムの整備を着実に進めつつ、新型迎撃ミサイルの日米共同開発を促進すべき。敵基地攻撃能力を含む抑止力の向上については日米の役割分担を踏まえ、日本として適切な装備体系、運用方法、費用対効果を検討する必要。情報収集手段については、日米で相互補完できるような機能を構築すべき。
イ 特殊部隊、テロ等への対処:北朝鮮の特殊部隊や国際テロ組織による工作活動に対しては、警察機関と協力して兆候の察知と重要施設の防護、制圧などの対処が必要。
ウ 周辺海・空域及び離島・島嶼の安全確保:常続的警戒監視の実施と作戦能力の質的優位保持が必要。島嶼部への部隊の新たな配置を検討するとともに、緊急展開能力の向上を図るべき。
エ 大規模災害への対処等を通じた国民の安全・安心の基盤の確保
オ 本格的武力攻撃への備え
②地域的な環境・秩序のいっそうの安定化
ア 平素からの情報収集・警戒監視・偵察(ISR)活動により情報優越を確立。
イ アジア太平洋地域における防衛交流・協力の充実
ウ 地域安全保障枠組みの構築につながる多国間共同訓練等を適切に支援。
③グローバルな安全保障環境の改善
ア インド洋における海上阻止活動への支援を含む国際テロに対する取り組み  
イ 破綻国家への支援・国連平和維持活動への参加等
ウ 大量破壊兵器等の拡散を防ぐための取り組みに自衛隊を積極的に活用
エ NATOや欧州諸国などとの交流・協力を積極的に推進

第2節 新たな防衛力の機能と体制
(1)防衛体制構築の指針
 今日の防衛力は、多種多様な任務に従事可能な「多機能」性を持ち、突発的な危機にも迅速・的確に対処し得る「柔軟な」運用が可能なものへと発展すべき。自衛隊の体制改革に際しては、優先順位を明確にし、効率的な経費使用を行いつつ、防衛力の役割の拡大や即応性を考慮し、必要な水準と充足率を維持すべき。
(2)防衛力の機能発揮のための共通の要請
量よりも質に配意するとともに、ソフトウェアを重視し、より費用対効果の高い防衛力を構築していくべき。
(3)統合運用の強化と更なる統合の拡大
統合運用能力をいっそう高める必要。また、統合運用に資する教育訓練や部隊編成の手法を確立すべき。さらに、統合幕僚監部が作戦面からの優先順位を判断し、防衛力整備について意見具申する権限を持つことが必要。
(4)日米同盟の強化に資する防衛力整備
日本の防衛力を構築する際、米国との役割・任務の分担や日米間の相互運用性の向上の観点から常に確認することが重要。
(5)国際平和協力活動の強化のための体制整備
大規模かつ多様化したミッションに常時複数箇所、自衛隊の部隊を派遣することが可能な態勢を確保すべき。

第3節 防衛力を支える基盤
(1)人的基盤(少子化への対応など)
 少子化への対応として、女性自衛官の積極的な採用・登用、長期安定的な雇用形態への移行が必要。自衛官の階級・年齢構成の是正のため、曹クラスから幹部への部内登用の抑制的見直しや早期退職制度の導入、曹クラスの新たな俸給体系や階級の創設を検討。
(2)物的基盤(防衛生産・技術基盤)
維持・育成すべき防衛生産・技術基盤の明確化のため、個別戦闘の勝敗を決するような要素、秘匿を要する要素及び自国に基盤を保持しなければ戦力を発揮し得ない要素に着目した国産化の基準を設定。また、国際共同開発に積極的に踏み込むことが必要。
(3)社会的基盤(国民の支持と地域との協力)
 日本の安全保障政策の様々な側面に関して、広く国民の間で議論がなされるべきであり、そのための正確な情報提供が重要。自衛隊に対する国民の理解や支持、地域住民の協力は、防衛力を構成する重要な要素であることを踏まえ、バランスの取れた部隊配置が必要。

第三章 安全保障に関する基本方針の見直し
第1節 安全保障政策に関する指針について
「国防の基本方針」は策定から50年以上修正されず。また、「防衛政策の基本」とされてきた(ア)専守防衛、(イ)他国に脅威を与えるような軍事大国にならない、(ウ)文民統制を確保する、(エ)非核三原則、の4つの方針には「歯止め」としての意義はあったものの、「日本は何をするのか」についての説明としては不十分。「文民統制」や「軍事大国にならない」との方針は、引き続き重要だが、安全保障環境の変化により、世界の現状は、従来、「専守防衛」で想定していたものではなくなっている。
「安全保障政策の基本方針」を定め、内外に示すとともに、専守防衛など、日本の基本姿勢を表す概念についても今日の視点から検証すべき。

第2節 国際平和協力活動に関する方針・制度について
(1)国連PKO参加の現状
 国連PKOは、国家間紛争に対応する伝統的なものから、大規模・多機能型のものに変化し、参加5原則に該当しないケースが増加。このため、近年の日本の参加は低調だが、他のG8諸国並みの努力が必要。
(2)参加基準の見直し
 参加5原則と現国際平和協力法を改正すべき。政策的基準としては、正統性、安全確保、日本に相応しい能力発揮について評価し、日本の国益に合致するか否かを判断。
(3)国際平和協力活動に関する恒久法の制定
 国際平和協力により積極的に取り組むため、恒久法の早期制定が必要。
(4)国際平和協力に関する法的基盤の確立
「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」報告書の結論を強く支持。今後の法制度の中で活かされるよう期待。

第3節 弾道ミサイル攻撃への対応に関する方針について
(1)日米協力の重要性
 弾道ミサイル攻撃からの防衛には、報復的抑止力について米国に依存する一方、ミサイル迎撃や被害局限など、自らの役割を果たすべき。
(2)法的基盤の確立
①米国に向かうミサイルの迎撃:北朝鮮の弾道ミサイルは日米共通の脅威であり、米国に向かうミサイルの迎撃を可能とするため、集団的自衛権に関する解釈を見直すべき。
②米艦船の防護:弾道ミサイルへの対処に際し、自衛隊艦船が米艦船を防護できるよう、集団的自衛権に関する解釈の見直しも含めた適切な法制度の整備が必要。

第4節 武器輸出三原則等について
(1)武器輸出に関する今日の課題
 欧米諸国は、国際的な分業により先進的な技術や装備品を取得しようとしており、日本がこのような枠組に参加できない場合、国際的な技術の発展から取り残されるリスクが高まっている。また、米国からライセンスを受けて国内で生産する装備品等の米国への輸出を可能とすることは、日米協力の深化にもつながる。さらに、テロ対策に資する装備などの輸出は、日本の安全のためにも必要。
(2)武器輸出三原則等の修正
 武器輸出を律するための新たな政策方針を定めることが適切。方針策定までの間、個別の課題については、従来から行われてきた一部例外化により、早急に手当てすべき。
(3)武器輸出三原則等の例外化の範囲
 以下の案件は、厳格な管理が確保できることを前提に、武器輸出三原則等によらないこととすることが適当。
・国際的な共同研究開発・生産への参画
・民間レベルの先行的な共同技術開発や民間企業による他国の装備品開発・生産プログラムへの参画
・他国との共同研究開発・生産の成果の相手国から第三国への移転
・米国から受けたライセンス生産装備品等の米国への輸出、米国から第三国への移転
・弾道ミサイル防衛以外の米国との2国間共同研究開発・生産、テロ・海賊対策等への支援に係る案件

第5節 新たな安全保障戦略の基盤について
(1)官邸機能の強化
 現行制度の範囲で実施可能な官邸の司令塔機能強化に関する施策は早期に実施。安全保障に関する閣僚級会議体を支える恒常的な事務局創設についても引き続き検討すべき。
(2)情報機能と情報保全体制の強化
 各種情報収集基盤の強化・充実と強固な情報保全枠組の速やかな整備に努めるべき。
(3)国会による文民統制の強化
 国会の論議を通じた積極的な文民統制が必要であり、国会における秘密会のあり方や秘密保護のルール化についても検討すべき。

2009年8月1日土曜日

【新聞記事】 政治部遊軍・高橋昌之(東国原&橋下)

【政治部遊軍・高橋昌之のとっておき】橋下、東国原両知事の明暗の理由 2人の行動に大きな差
2009.8.1 18:00

タレント出身で国民的な人気を誇る大阪府の橋下徹知事と、宮崎県の東国原(ひがしこくばる)英夫知事が、国政にどうかかわるかで注目を集めていますが、今回の衆院選では、橋下氏が支持政党表明に向けて活発に動いているのに対し、東国原氏は自民党からの出馬を断念し、明暗を分けました。それはこの2人がとった行動に大きな差があったためだと思っているので、今回は私なりの分析を書いてみたいと思います。

 2人とも知事という政治家になった今、国の政治を動かしたい、あるいは将来、国政で活躍してみたいという野望はあるでしょう。しかし、私はその野望が自らの虚栄心によるものなら、実現しない可能性が高いと思います。反対に、それが国のことを真剣に考えての純粋な信念に基づくものであれば、実現する可能性は高いと思います。

 2人とも今は国民的人気や注目度は抜群ですが、これまでのタレント出身政治家をみれば分かるように、自らの政治行動次第で、人気は続きもすれば、一気に凋落(ちょうらく)もします。国民の中に「熱しやすく冷めやすい」という面があるせいかもしれませんが、それだけ国民の政治家を見る目は厳しいと言えます。政治家のとるべき行動という観点から、2人を比較してみましょう。

 まず、今回の衆院選に向けた動きです。橋下氏は横浜市の中田宏前市長らと「首長連合」として行動しており、7月16日の会談では、各政党のマニフェストを(1)官僚政治の打破(2)地方分権(3)政権運営ーの3点から評価を行って宣言文を出すことで合意し、どの政党を支持するかは個人の判断に任せることとしました。

 橋下氏自身は支持政党を表明する意向で、自民、民主両党の幹部らと意見交換を続けていますが、理念、政策からみて支持するのは民主党だろうと思います。橋下氏が民主党支持を表明すれば、その人気度からいって選挙戦に大きな影響を与えるでしょう。

一方、東国原氏は6月23日に自民党の古賀誠選対委員長(当時)と会談し、今回の衆院選に自民党から出馬してほしいと要請されました。席上、東国原氏は全国知事会が策定したマニフェスト(政権公約)を自民党のマニフェストに採用することと、「自分を総裁候補の1人として総選挙を戦う」ことを、出馬の条件に挙げました。

 しかし、東国原氏の擁立自体や「総裁のイス発言」には、自民党内から強い反発が出たほか、宮崎県民からも「宮崎県を捨てるのか」などと反対の声が相次ぎ、自民党は擁立を断念、東国原氏自身も7月16日に出馬断念を表明しました。このドタバタぶりをみて、東国原氏に失望した人は宮崎県民に限らず、国民の中にもかなりいるでしょうし、結果として自民党のみならず、各党を敵に回してしまいました。

くしくも7月16日に、2人の明暗がくっきり分かれたわけですが、それまでのプロセスにおいて、2人には大きな差がありました。橋下氏があくまで「理念と政策」で国政を動かそうとしているのに対し、東国原氏は「自民党総裁のイス」を、出馬の条件に挙げてしまいました。

 東国原氏のこの「ポストありき」ととられても仕方がない発言は、たとえ建前だとしても「大義名分」が重要な政治の世界において「決して口にしてはいけない」ものです。東国原氏は師匠の北野武さんからも「オレが冗談でいったことを本当にいうヤツがいるか」と怒られたようですが…。

 ちなみに東国原氏は「新潮45」8月号に手記を寄せ、「総裁のイス」を求めた理由について「(改革の)実行へのプロセスをロードマップに示して、国民に開示できる責任ある立場につけて欲しいという条件闘争だ。そして、その責任ある立場の究極が、総理大臣なのは言うまでもない」と釈明しています。

 しかし、自民党の総裁候補になるには党内の国会議員20人以上の推薦が必要で、総裁になるには総裁選で過半数以上の票を得なければなりません。首相となれば国会議員の過半数を得なければなりません。東国原氏がそれを望むのであれば、それは自らが自民党に入ってから取り組むべきことであって、古賀氏に求めるのは筋違いです。

 この点について、東国原氏は手記で「私は『自分を総裁にして選挙を闘う』ように要求したわけではない。議席を獲ったあとに、一国会議員として総裁選にチャレンジできることを確約してもらえるなら、出馬すると言ったのである」と付け加えて説明していますが、先ほど述べたように、総裁選にチャレンジできるかどうかは、自分が党内で推薦人20人を集められるかどうかにかかっているわけで、古賀氏に「確約」を求める話ではないのです。

 第一、東国原氏が今回の衆院選に本当に出たいと思ったのなら、自民党の回答が自分の意に反した内容だった場合は、無所属でも自分のマニフェストを掲げて出馬すればよいことです。「自民党が担いでくれるなら出るが、そうでないなら出ない」というのは、「他人任せ」といわれても仕方ありません。

これらを見る限り、東国原氏はまだまだ、政治のことが分かっていないようです。また、東国原氏は手記の中で、「マスコミの報道が誤解を生んだ」とマスコミ批判もしています。マスコミが大騒ぎしすぎたのは確かだと思いますが、東国原氏がどう釈明しようと、発言そのものは「ポストが目的」ととらえられても仕方のないものです。

 政治家はいわば「言葉の職人」です。その言葉によって支持を集めることもあれば、支持を失うこともあります。時には政治生命を失うことだってあります。政治家の発言が国民に伝わる過程においては当然、マスコミがかかわります。政治家ならば、それを承知の上で発言をしなければなりません。その点で、東国原氏は「言葉の職人」である政治家として未熟といわざるをえません。

 東国原氏はこれまで、自分に都合のいい時は、マスコミをさんざん利用してきたのではないでしょうか。そういう人が都合が悪くなると、マスコミを批判するという様変わりはどうかと思います。各マスコミも東国原氏のマスコミ批判は快く思わないでしょうから今後、東国原氏へのバッシングが始まるかもしれません。その点で、マスコミも味方につけながら、依然として強い発信力を持ち続けている橋下氏の方が、一枚上手だといえるでしょう。

 一方、橋下氏について語ると、私は6月17日に産経新聞社が企画した橋下氏と中田氏との対談で司会を務め、橋下氏と初めて会いました。対談は2時間に及んだのですが、それを終えて私がまず感じたのは「橋下氏は単なるタレント知事ではないな」ということです。

 その理由は、第1に明確な理念と政治の問題の本質を見極める目を持っているということです。橋下氏は対談の冒頭、「今の政治は明治憲法以来の官僚が作り上げた官僚内閣制だ。政治がどうなろうが、公務員組織だけは安泰という仕組みを、抜本的に変えないといけない」と発言しました。まさに現在の政治の本質的な問題点と課題を指摘したものといえるでしょう。

 第2に自らの「立場」をわきまえつつも、政治家としての「腹」を持っていることです。対談では「次期衆院選では支持政党を表明する」との意向を初めて表明したのですが、この翌日から橋下氏は「首長連合」の結成に向けて一気に動き出しました。

 支持政党表明の理由について、橋下氏は対談で「ぼくら(首長)は国民からの後押しを受けていくしかない。国会議員が何を一番恐れるかといえば選挙だ。首長は選挙に影響をもてるようにならなければ、国に何をいっても聞いてもらえない」と述べました。国民の視点を大事にしながら、知事という立場で何ができるかを心得ています。

 第3に「勉強する」という姿勢を持っていることです。対談では改革派首長としては先輩である中田氏が、横浜市で行ってきた諸改革について語ったのですが、その度に橋下氏は「それ参考にさせてください。勉強します」と語りました。まだ若く、政治家としては初心者の橋下氏にとって、勉強し続ける姿勢を持つことこそ、自らのパワーになると思います。

私は対談を終えて、「橋下氏は将来、国政に進出するかもしれないな」と思い、私の著書「外交の戦略と志ー前外務事務次官 谷内正太郎は語る」(産経新聞出版)を贈呈したのですが、橋本氏は「ありがとうございます。勉強させていただきます」と笑顔で受け取ってくれました。

 私が本を贈呈したのは、国会議員になるなら、国政の根幹である外交、安全保障に見識をもっておく必要があるからです。その点でも、東国原氏は今回の衆院選にいきなり出馬しようとしましたが、外交、安全保障など国政について勉強し、見識をもっているのか、大いに疑問です。

 東国原氏とは実は、私がまだ大学生だった20年以上も前に、新宿のパブで偶然会って話したことがあります。東国原氏は確か、きれいな女性を3人連れてきていました。東国原氏との会話の内容はほとんど覚えていませんが、「お笑い芸人だけあって面白い人だな」とは思いました。それ以降は東国原氏と会ったことがないので、今の彼の本当のところはよく分かりません。

 ただ、芸能関係者によると、東国原氏は「たけし軍団」の中でも「浮いた存在」だったそうです。「たけし軍団」さえまとめられない人が、地方自治体や政党をまとめることができるでしょうか。人間は変われないわけではありませんが、自分を変えるためには相当の自己改革の努力と勉強が必要です。東国原氏がお笑い芸人から知事という政治家になって、それを心がけているのかどうか。それによって、東国原氏の今後の政治家としての運命も決まるでしょう。

 「宮崎県のセールスマン」を自称する東国原氏が知事になって、宮崎県の知名度が上がり、地域の名産品が売れているとは聞きます。それも結構なことですが、知事の仕事はそれだけではありません。しかし、東国原氏が県政で大改革をやっているようには思えません。国に対する姿勢でも、橋下氏が国の直轄事業廃止を国土交通省に求めたり、時には対決してでも改革を要求しているのに対し、東国原氏は高速道路建設の陳情など、国への依存体質が抜けていないように見えます。

ここまで、2人を比較してきましたが、東国原氏を酷評する一方、橋下氏を持ち上げすぎた感じもしないではありません。ただ、私はそれほど今回の衆院選をめぐって、2人が明暗を分けるだけの大きな差があったと思います。
 橋下氏は7月28日、民主党のマニフェストに、橋下氏らが求めてきた「国と地方の協議の場の法制化」が盛り込まれていないことに強い不満を表明しました。これを受けて、民主党の鳩山由紀夫代表は29日に先に発表したマニフェストは「正式なものではない」と、橋下氏の主張を取り入れてマニフェストを修正する考えを示しました。
 橋下氏は早速、国政に大きな影響を与えているわけです。これに対し、衆院選出馬を断念した東国原氏は、少なくとも今回の衆院選については、国政について発言する資格を失ってしまいました。「国政に注文をつけるなら、なぜ出馬しなかったのか」ということになってしまうからです。

 橋下氏も現在は強い発信力をもっていますが、初心を忘れて野望のみを追求すれば、すぐに人気を失ってしまうかもしれません。橋下、東国原両氏とも、まずは有権者に与えられた4年の任期は全うし、改革の実績をきちんと上げてから、国政を目指すなら外交、安全保障をはじめとする国政を勉強して自らの見識をもって、目指してほしいと思います。

それにしても、2人が国民的な人気を集めている背景には、タレント出身である以上に、現在の政治が理念や政策をおろそかにし、自己保身やポストに走っていることに対する国民の不満があるのではないでしょうか。2人の人気は、そうした政治の現状に風穴を開けてほしいという国民の期待の表れだと思います。

 2人に限らず今、中田氏が東京都杉並区の山田宏区長や松山市の中村時広市長らが新党結成を目指すなど、全国の改革派首長たちが、国政に大きなうねりを起こそうと動き始めています。政治において、こうした前向きな動きが出ることはいいことだと思います。既成政党はうかうかしていると、これらの動きに負けてしまうかもしれません。

 大げさに聞こえるかもしれませんが、現在の日本は明治維新以来の改革の時期を迎えていると思っています。経済も世界同時不況で100年に一度といわれる危機的状況にあります。その中にあって「真の改革者」はどんどん現れてほしいものです。そして、われわれ国民は、ムードに流されるのではなく、そうした人物の本質をしっかりと見極めていくことが求められると思います。