2010年2月13日土曜日

【東京地検】 自殺者リスト

「長銀粉飾決算事件(日債銀不正経理)」(佐久間達哉が主任検事)
・1999年5月6日、上原隆・長銀副頭取が東京・杉並のビジネスホテルで首吊り自殺
・1999年5月17日、福田一憲・長銀大阪支店長が西宮の同行武庫川寮自室で首吊り自殺
・2000年4月27日、阿部泰治・長銀元常務(そごう副社長)が鎌倉の自宅で首吊り自殺
・2000年9月20日、本間忠世・日債銀社長が大阪・北のシティホテルで首吊り自殺(他殺説あり)
・2000年10月10日、中沢幸夫・そごう元副社長が西宮の自宅で首吊り自殺

●「福島県ダム汚職事件」(佐久間特捜部部長・当時副部長が指揮)
・2006年8月15日、河野茂典・東急建設執行役員・東北支店長が東京・中央区のホテルで飛び降り自殺
・佐藤栄佐久元福島県知事の弟の会社の総務部長と支援者、東急建設の2人の合計4人が自殺を図る。総務部長は一命を取り留めたが意識不明の重体。
・佐藤氏の妹さんは、東京地検に、連日の事情聴取を受け、倒れました。郡山の家族が上京し、地検まで駆け付けると、医者も呼ばず、病院にも連れていかれず、意識不明のまま。家族が、救急病院に連れていったときには、脱水症状で危険な状態にあったそうです。膨大な数の、佐藤元知事の関係者が、絨毯爆撃のように取り調べを受け、「嘘でもいいから、佐藤の悪口を言え」と強要されたといいます。苦しくなって、虚偽の証言をした人は、良心の呵責に耐えられず、死にたくなったと、何人の方々が告白したそうです。検事は、佐藤氏に、「金も、人も、時間も、いくらでもあるんだ」と言って脅したそうです。誰の金だ、と言いたい。(ジャーナリスト岩上安身氏がツイッターで)
参照:知事抹殺 つくられた福島県汚職事件

●「西松建設事件」(佐久間特捜部長)
・2009年2月25日、右近謙一・長野県参事(部長級)・県知事元秘書が長野市西長野の裾花川沿いで首吊り自殺(東京地検特捜部の事情聴取を受けていた)

●「利益供与事件(日興證券事件)」
・1997年6月29日、宮崎邦次・元第一勧業銀行会長 が東京の自宅で首吊り自殺
・1998年1月28日、大月 洋一・大蔵省銀行局・金融取引管理官が東京の官舎で首吊り自殺 (東京地検から出頭要請を受けていた。)
・1998年1月30日、吉田 一雄・道路施設サービス社長が首吊り自殺
・1998年2月19日、新井将敬・衆議院議員が東京・品川のホテルで首吊り自殺(衆議院議院運営委員会で逮捕許諾決議が可決されて本会議で逮捕許諾決議が採決される直前に『最後の言葉だけは聞いてください。私は潔白です』と発言した翌日、都内のホテル(ホテルパシフィック東京)で首を吊った死体として発見された。部屋にはウイスキーの空き瓶が沢山落ちていたという。自殺か他殺かには諸説があり、いまだ明らかになっていない。参照:誰が新井将敬を殺したか)
・1998年3月12・14日、杉山吉男・大蔵省銀行局中小金融課・課長補佐が自宅で首吊り自殺
・1998年5月1日、鴨志田孝之・日本銀行理事が東京・板橋の分譲団地(実家)で首吊り自殺

●「りそな疑獄事件」
・2003年4月24日、平田聡・朝日監査法人・シニアマネージャー・公認会計士が自宅マンションから飛び降り自殺(他殺説あり)参照:りそなの会計士はなぜ死んだのか

●「緑資源機構談合疑惑」(岩村修二検事)
・2007年5月28日、松岡利勝・農林水産大臣が東京・赤坂の議員宿舎で首吊り自殺。(他殺疑惑もあり)談合疑惑で検察が松岡大臣にターゲットを絞り捜査を進めてきていた。本人聴取は時間の問題だったと一部では言われている。
・2007年5月29日、山崎 進一・元森林開発公団(現・緑資源機構)理事が横浜・青葉の自宅マンションから飛び降り自殺

●「ライブドア事件」(大鶴基成特捜部長)
・2006年1月18日、野口英昭・エイチ・エス証券副社長(ライブドア元取締役)が沖縄のカプセルホテルで自殺(他殺説あり)
・大西LD投資組合社長が行方不明

●「耐震強度偽装事件」
・1級建築士姉歯秀次の妻
・2005年11月2日、森田設計事務所の森田信秀社長(ただこの自殺は他殺説があり、鎌倉の海岸で全裸で発見された、という報道とワイシャツに黒ズボンで発見されたとする報道があったり、遺書もないのに警察の自殺の断定があまりにも早いことにも不信感が出ている)
・2005年12月6日、草苅逸男一級建築士の設計事務所爆発で焼死。
・2006年2月、朝日新聞社会部次長の斎賀孝治氏が死去(自転車の転倒による脳内出血?不自然な事故死。朝日社内では自殺。大臣認定の構造計算プログラムに問題がある点を指摘していた)

●歴史を振り返ると
「造船疑獄」
・1954年3月29日、雛田英夫・運輸省海運調整部総務課・雛田英夫課長補佐が運輸省本庁舎から飛び降り自殺
・1954年4月13日、宮島利雄・石川島重工重役が世田谷の自宅で首吊り自殺

「日通事件」
・1968年2月18日、福島秀行・日本通運・資金課長(日通前社長・福島敏行の次男)が検察庁ビルから飛び降り自殺(その日参考人として検察庁で取調べを受けていた)

「ロッキード事件」
・1976年8月1日、笠原政則・田中角栄元首相私設秘書が埼玉・都畿川村の林道で排ガス自殺

「リクルート事件」(主任検事は宗像紀夫)
・1989年4月26日、青木伊平・元竹下登在東京秘書が東京・代々木の自宅で首吊り自殺

・「鈴木宗男事件」(取調べ検事:谷川恒太・現最高検検事)
子宮がんで治療を受けていた秘書を逮捕し取り調べ 
・「平成14年7月23日、私の事務所の政治資金担当者である女性秘書が逮捕された。その女性秘書はその年の4月に子宮ガンの手術をし、その後放射線治療を受けていた。それにも関わらず、検察は彼女を逮捕した。
20日間勾留されている間、治療は受けられない。検察の意図が私に不利な調書を取ることにあったのは目に見えていた。それでも私は「命が大事だ」と言い、早く20日間で出ることを 優先する様にと弁護士に話した。案の定、その女性秘書の調書は検察の思い通りのものであった。公判でその女性秘書は「検察に言わされました」と証言してくれたが、日本の裁判は調書主義で、裁判長は法廷での真実の発言、叫びは採用してくれなかった。残念なことに、その女性秘書はガンが転移、進行し、翌15年9月、亡くなってしまた。亡くなる直前に私は保釈されたが、その女性秘書との面会は禁止という検察側の条件が付いており、お墓での対面となってしまった。その女性秘書を検察は起訴できなかった。最初から起訴できないことを承知で女性を拘束し、私に不利な調書をつくり、自分達の都合の良いシナリオ、ストーリーを描いていくのが検察のやり方である。」 (2009/3/4ムネオ日記より)


警察による取り調べ後の被疑者や関係者の自殺はもっと多い

・2000年12月19日、大阪府高槻市の府立高校2年の生徒(17)がマンションから飛び降り自殺。17日に発生したひき逃げ事件の参考人とし18日に高槻署の取り調べを受けたが、関わりを否定していた。

・デパートで万引きした女子中学生が、父母の立会いも得られずに、昼食も取れない心理状態で長時間警察での取り調べを受けた上、「家裁への出頭」を告げられた。非行歴もない成績も良かった生徒は、自殺した。

●中には取り調べ中に、自殺もあった
・2008年5月13日5月11日夜、前日の深夜に灯油をかぶりライターで着火させようとしていたところを保護した45歳の無職の男性が、署内での取調べ中、全身火傷の事故に遭い、21時間後に搬送先の病院で死亡。(サンスポ)

●「戸部署事件」(取調べ中に死亡)
・1997年11月8日、柳吉夫・横浜市・金融業が神奈川県警戸部警察署内の取調室で、取り調べ中、短銃自殺。(戸部署に押収されていた証拠品の拳銃で自殺したとされていた。その後この事件に疑問を感じたフリージャーナリストが取材し、遺族を探して裁判となる。1審の横浜地裁では自殺でなく取り調べ中の巡査部長が拳銃の引き金を引いたと認定されるも、2審では1審判決は取り消され逆転敗訴となり、最高裁判所に上告するも棄却、2審判決が確定する。)

・2007年11月24日、宮崎家県旧北浦町の元助役(64)=背任罪で起訴=の妻(60)が県警から参考人として取り調べを受けた翌日に橋から飛び降り自殺。「覚えていないと云うのに調書にされました。もう疲れました」などと遺書。

・転落した女児を轢いたと思われる、最も有力な容疑者は、トラックの運転手だった。彼は取り調べを受け、その4日後に自殺した。

・車で連れ去られた少女が手錠をかけられた状態で路上に放置され、その後通りがかった車に轢かれて死亡するという事件だ。このケースでも、轢いたのはトラックの運転手だった。そして、彼もまたその後、自殺した
「Tuyano Blog.」様より

警察で飛び降り自殺
・大分・中津市の大分県警中津署で23日午前、飲酒運転の疑いで取り調べを受けたトラック運転手が屋上から飛び降り、死亡した。酔っ払い運転で警察で事情聴取をされたトラック運転手が、飛び降り自殺をした。

「志布志事件」
2003年4月13日投開票の鹿児島県議会議員選挙(統一地方選挙)の曽於郡選挙区で当選した中山信一県議会議員の陣営が曽於郡志布志町(現・志布志市)の集落で住民に焼酎や現金を配ったとして中山やその家族と住民らが公職選挙法違反容疑で逮捕された事件を巡る捜査において、鹿児島県警察が自白の強要や数ヶ月から1年以上にわたる異例の長期勾留などの違法な取り調べを行なったとされる事件の通称。
・3人もの被害者の方が自殺未遂をおこすまでに追いつめられていたわけで、最悪の場合は死者が出ても不思議ではない事件であったと思うからです。 突然、身に覚えのない容疑で警察の任意同行を受け、連日の厳しい取り調べで精神的・肉体的に追いつめられていく高齢の被告たち。
・結果、3人が自殺未遂、3人が意識不明となって倒れ、5人が救急車で運ばれた。容疑を裏付ける物証が一切無い中、警察は「自白」だけに頼って逮捕起訴するが、被告13人全員が自白は強要されたものとして無実を主張している。
・容疑者が自殺を図る為谷底に飛び込むが、助けた付近にいた人が事情聴取を受け、助けた容疑者から「何を言っても信じてもらえないから死にたい」と聞いたと話しても、調書には「死んでお詫びする」とねつ造し、抗議したところ警察は何時間にもわたり身柄を拘束し脅しをかけてウソの調書にサインさせるといった事まで行われた。

ロス疑惑事件三浦和義・元社長が自殺した
三浦和義さんは自殺か?殺されたのか?
このニュースを聞いたとき確かに違和感を覚えた。

2010年2月11日木曜日

【民主党】 中島政希(二つの禁忌)

http://nakajima-masaki.com/monthly.html
司法合理性の陥穽

〈H22/1/27UP!〉 
二つの禁忌

 今回の石川議員逮捕劇は、戦後政治史的に見て極めて異例な出来事といわなければならない。

 昨年来、検察は、政治資金規正法違反容疑で鳩山総理や小沢幹事長の側近たちへの積極的な捜査を行ってきた。総理や政権中枢の政治家を捜査の対象とすれば、当然のこととして「内閣そのものに打撃を与え、ひいては内閣を倒壊させる可能性もある」との予想が成り立つ。そうした事態が予想できるにもかかわらず、政権中枢に捜査の手を及ぼすということは、その結果、「内閣が打撃を被り、ひいては内閣が倒れてもかまわない」という政治的判断がなければなし得ないところである。では「彼ら」は何故にそのような「政治的行動」に打って出たのだろうか。

 統帥権の独立が明治憲法下の政党政治を大きく掣肘したことはよく知られている。「軍事合理性」の追求を善とする軍部は、自ら想定する危機に対応するためとして、財政的配慮を欠いた過大な軍事費を要求したり、外交的配慮を欠いた軍事行動を起こしたりする。シビリアンコントロールとは、そうした軍部による軍事合理性の追求が、武力による脅迫となって民選政府の存立を動揺させることがないようにする制度的な保障である。

 軍部同様、司法部にもつねに「司法合理性」の追求を最善とする組織本能がある。検察が、強制力を伴う捜査権を行使して犯罪を捜査することは法律が許容するところだが、その「司法合理性」の行き過ぎが民選政府を危機に陥れる可能性は古来指摘されてきたところだ。それ故、検察制度に対する民主的統制をいかに図るかは、軍部に対するシビリアンコントロールと同様に、民主主義国家にとって重要な課題なのである。しかし戦後日本政治では、このことがあまりにも等閑にされてきた。

 戦前の司法部(検察)はしばしば、「司法合理性」の追求を優先的な価値とし、政党主体の内閣を倒壊させようと図った。その最も悪しき実例が「帝人事件」による斉藤実内閣の倒閣だった。帝人事件は後に全員無罪が確定するのだが、取調べに当たった黒木検事はこう言ってのけたそうだ。

 「俺たちが天下を革正しなくては何時までたっても世の中は綺麗にはならぬのだ。腐っておらぬのは大学教授と俺等だけだ。大蔵省も腐って居る。鉄道省も腐って居る。官吏はもう頼りにならぬ。だから俺は早く検事総長になりたい。そうして早く理想を実現したい」(河合良成『帝人事件』)

 戦後においても、昭電疑獄によって芦田均内閣が倒された例がある。しかし、第五次吉田茂内閣の造船疑獄以降は、検察が時の政権首脳に疑惑を見出し、それを執拗に追及して、内閣を窮地に陥れるに至った例はない。ロッキード疑獄やリクルート疑獄は、今回の鳩山、小沢献金捜査のように、始めから直接的に政権首脳を標的にしたものではなかった。

 それは民主主義国家における司法権力の節度というものであり、検察勢力は戦後長くその禁忌を維持してきた。

 他方、戦後日本政界には、もう一つの禁忌がある。政党内閣は、検察権の独立を認め、捜査に介入しない(指揮権を発動しない)という不文律である。

 それらは、政党内閣が検察による司法合理性の追求を許容する限度についての両者の暗黙の了解事項であった。

 私の見るところ、検察勢力は今回その禁忌を、意識的にか無意識的にか、自ら破った。そしてその反動として政権政党もまた自らの側の禁忌を破ろうとしている。それが今の時点の政治状況ということになる。

造船疑獄の政治的帰結

 さて、政党と検察双方の禁忌が成立したのは、造船疑獄がきっかけだった。

 第五次吉田内閣は、昭和28年4月のいわゆるバカヤロー解散の結果、少数内閣として成立したために、厳しい政局運営を余儀なくされ、やがて与党自由党の分裂、鳩山一郎民主党内閣の成立から保守合同に至る大政局が展開する。

 この大政局を与党自由党側で指導したのが緒方竹虎副総理だった。緒方には、当時もその後も、「知力胆力兼備の逸材、保守政治家の理想像を体現する人物」との評価が定着している。もし急死することがなければ鳩山一郎の後を襲って内閣を組織するはずだった。

 造船疑獄では、有田二郎ら4名の国会議員、土光敏夫らの財界人を含め逮捕者数は71人にも及んだ。やがてその捜査は、佐藤栄作幹事長、池田勇人政調会長、石井光次郎運輸相ら吉田政権中枢の逮捕劇に発展しようとしていた。

 昭和29年4月20日、検察庁は検察首脳会議の結論として佐藤自由党幹事長の逮捕許諾を求めた。緒方副総理は、優柔不断な犬養健法相を叱咤し、検察庁法十四条の指揮権を発動させ、佐藤幹事長の逮捕請求を延期させた。佐藤は後に収賄罪ではなく政治資金規正法違反で起訴されるが、国連加盟恩赦で免訴となった。この時の緒方の果断な対応で政治生命を救われた佐藤、池田、石井らが後の自由民主党の黄金時代を築くこととなる。

 「緒方は、親しい友人の反対にもかかわらず、内閣が検察庁の意向次第で進退せざるを得なくなり、いわば検察ファツショ的風潮が台頭することを恐れるという立場から」指揮権発動を決意したのである(緒方竹虎伝記刊行会『緒方竹虎』)。

 『緒方日記』(4月21日)によれば「検察側も大体事なきようなるも,犬養法務大臣の退官を条件とするが如し」とある。検察側は、指揮権による佐藤逮捕延期を受け入れたが、法相辞任を求めた、つまり相打ちにしたかったということだろう。緒方は吉田首相と協議し「辞職させては指揮権発動は悪だったという印象を与える」として辞職させないことを決めたが、犬養は「遮二無二に辞めてしまった」(山田栄三『正伝佐藤栄作』)。

 こうして、造船疑獄は、検察の「司法合理性」の追求に箍をはめるとともに、政党内閣による指揮権発動を「悪」として封印するという政治的帰結をもたらしたのであった。

 当時政界は、いわゆる55年体制という安定した戦後政治体制確立前の揺籃期にあった。政党側は、自由党内の吉田内閣支持派と鳩山一郎ら反吉田派が、第二保守党の改進党を巻き込んでの激しい権力抗争を展開していた。他方、検察内部では、岸本(最高検次長検事)派と馬場(東京地検検事正)派とがこれまた激しい派閥抗争の渦中にあり、佐藤藤佐検事総長は全く指導力を欠き、犬養法相もまた象徴的存在に過ぎなかった。

 要するに、指揮権発動に至る政治過程は、政界と検察内部の、双方の混乱の中で勃発した。吉田内閣が盤石であれば、検察勢力はそもそも政権中枢に捜査の手を及ぼすような判断をしなかったであろうし、強固な統制力をもつ検事総長がおれば、「司法合理性」を追う現場の暴走を許さなかったのではないか。

 当時現場の若手主任検事だった伊藤栄樹(後検事総長)は「佐藤検事総長はまことに人柄の良い方であったが、強気の意見に引きずられがちであった」と回想している(伊藤栄樹『秋霜烈日』)。

司法合理性の陥穽

 安定した政治体制の欠如と検察の内部統制の弛緩。それが検察勢力が「司法合理性の陥穽」に陥る要因だったのである。

 今また日本は、新たな政治体制確立のための揺籃の時期にある。民主党による政権交代により、従来の政官業複合体が解体を強いられ、官僚組織には動揺が広がっている。しかし民主党は衆議院で絶対過半数を確保しただけで、統治システム全体への強固な支配を確立したわけではない。

 他方、樋渡検事総長の指導力不足、佐久間特捜部長の功名心を危惧するマスコミ報道も散見する。検察内部の秩序が弛緩し、造船疑獄当時にも似た「司法合理性の陥穽」に陥っているのではないか、と危惧するのは私だけではない。

 造船疑獄は「スケジュール捜査」であったと当時の捜査官が回想している。すなわち「その最終目標は、ほかでもなく『造船利子補給法案』の国会通過をめぐって、自由党幹事長佐藤栄作氏と政調会長池田勇人氏が海運業界からごっそりいいただいていた罪を問うことだった」と(読売新聞社会部『捜査』)。

 当時の検察勢力は、初めから、捜査の果てに、この二人の自由党領袖の政治生命を失わせしめることを期し、その結果吉田政権を終焉に導くこともやむなしとしていたのである。

 昨年3月以来の小沢一郎氏の周辺に対する執拗な捜査も、その帰結するところは、同氏の政治生命を失わしめるところにあると推察できる。初めに「政界からの小沢排除」という大目的があり、なんとかその目的を達するために無理をして証拠を集めようとしている。そう思われても仕方がない展開となっている。

 民主党が追求する政治主導の政策決定システムは、必然的に官僚機構の安定した階層秩序を破壊する。その行き着くところ、GHQによる戦後改革でも生き残った「検察権の独立」を侵害するに至るのではないか。そのことへの過度の警戒感が、小沢一郎氏の政治的個性と相俟って、彼らを司法合理性の罠に陥落せしめたのではないだろうか。

 国民的支持によって成立した政党内閣側の立場からいえば、これは検察勢力による飽くなき司法合理性の追求によって、民選政府の存立が危機に陥っている事態であり、看過できないという論理が成り立つのである。小沢氏のいう「民主主義の危機」とは、この意味だろう。

 もちろん小沢氏に瑕疵がないとは言わない。しかしこうしたやり方で、彼を葬り去ることは決して良いことではない。

 「今回の特捜部捜査は、小沢幹事長の旧自民党的体質、つまり手段の部分だけに光をあて、政治と社会の変革という目的の部分を意図的に無視しているようにしか見えない。いま小沢一郎という人物を追い詰めることで、検察はこの国をどうしようとしているのか」

 御厨貴東大教授が、小沢氏の幹事長辞任による事態収拾に言及しつつも、このように指摘しているのには共感するものがある(『朝日新聞』1月17日掲載)。

 「検察はこの国をどうしようとしているのか」、同じような不安は、実は造船疑獄当時にも広く存在した。それは政党側だけでなく検察内部にもあったのだ。

 「(指揮権発動で)無念の思いに混じって、ホッとする気持ちがあることも否定できなかった。佐藤栄作幹事長を逮捕した後には、池田隼人政調会長を始め、なお何人かの国会議員の逮捕が予定されており、一体この事件はどこまで発展するのだろう、日本の政治はどうなるのだろうといった漠然とした不安が胸にあった」(伊藤栄樹『秋霜烈日』)

 それにもかかわらず、捜査現場は突っ走り、上層部は振り回されたのだ。軍部が戦争を始めたら途中で止めることは至難の業だ。同じように、検察の捜査権の暴走が始まったら止めることは難しい。したがって、国家統合レベルの観点から、軍事合理性に歯止めをかける枠組みが必要なように、司法合理性にも同じ観点からの歯止めが必要なのである。

「力の政治家」の魅力と限界

 原敬は「政治は力なり」と言った。実際に彼は力の政治家であり、その力の源泉は抜群の資金力にあった。金権政治を批判する馬場恒吾に、原はこう言ってのけた。「金を欲しがらない社会を拵えて来い。そうすれば金のかからぬ政治をして見せる」(馬場『回顧と展望』)と。小沢氏も同様の心境だろう。

 政治史に大きな足跡を残した政治家は、概ね資金調達能力に優れた人物であった。星亨も原敬も加藤高明も、佐藤栄作も池田勇人も…。そして「小沢一郎」もその例外ではない。政党政治に、規模の大小はあれ腐敗や金権はつきものなのである。

 藩閥官僚派に対して政党政治の優位を確立しようとした点では、原敬は充分に改革的な政治家であり、今日その評価は定着しているといってよいだろう。

 しかし、同時に、原内閣は汚職事件にまみれた政権だった。満鉄疑獄、東京市政汚職など政治腐敗事件が次から次へと明るみに出た。

 原のライバルだった国民党の犬養毅はこう批判した。「(政友会は)党員の慾心を満足させるためにいかなる悪事をしているか。…種々雑多な利権を振りまけばこそ党員が集合しているのではないか。これまで藩閥、官僚の政府がずいぶん悪いことをいたしたが、かくの如く広く行き渡る悪事をいつしたことがあるか。ないのであります」(『犬養木堂全集』)と。

 これらの疑獄に対して原は大木法相を督励して司法部に圧力をかけ、捜査の拡大を抑圧した。衆貴両院を縦断する原の圧倒的政治力がそれを可能とした。しかし、それは抑え込まれた司法部に政党内閣への敵意を醸成し、後の検察ファッショの遠因となったのである。

 後世の評価とは異なり、当時の原内閣は「腐敗した政治家が強大な権力を維持して国政を壟断している」とのイメージでとらえられていた。原敬が凶刃に倒れたとき、ある地方では号外売りが「万歳万歳」と叫んで売って歩いたのである。

 原敬は、政党(政友会)の勢力拡大こそが、藩閥官僚政治を打破し新しい政治をつくる道だと確信していた。それ故彼は、金を集め子分を養い、衆議院で多数を占めることはもとより、その勢力を貴族院にも、内務省(警察と県庁)にも拡大していった。そしてやがては軍部にも政党勢力を及ぼそうとしていたのである。

 自己の支配範囲の拡大イコール改革の前進と自負する強固な精神、それは「力の政治家」の常というべき性であろう。一方それは、第三者からは、手段を選ばぬ飽くなき権力の追求と見られかねない危惧がある。

 原が「政治は力なり」と言ったとき、犬養毅は「政治は正義なり」と叫んだ。原が目的のために手段を選ばずと言ったときには「手段もまた選ばざる可からず」と説いた(古島一雄『一老政治家の回想』)。

 力も正義も「政治的なるもの」の本質であり、人びとを突き動かす契機なのである。それ故、「力」の政治の前には、いつの時代にも「正義」の政治を掲げる人びとが立ちはだかる。「力」において劣る勢力は、必然的に人びとの「正義」の観念に訴えかけることによってその劣勢を挽回しようと図る。大衆民主主義社会では、マスメディアがそれを後押しする。

 小沢一郎氏はすでに原敬に匹敵する足跡を日本政治史に残した。彼が原敬同様に「改革的政治家」であり、「力の政治家」であることもまた事実である。そして日本政治史は、大久保利通、星亨、原敬、田中角栄など力の政治家に、その政治生命を全うせしめない先例に満ちている。力の政治家がその力を誇示するのは当然のことだが、それは、政治に正義を期待する人たちを刺激し、必ず大きな反作用をもたらすのである。力の政治家の魅力と限界はそこにある。

 今回の検察の暴走は、「小沢一郎という力の政治家」の存在を抜きにしては考えられない。この力の政治家の台頭への恐怖感と嫌悪感こそ、検察勢力に長年の禁忌を破らせた最大の要因であろう。

司法合理性へ新たな枷を

 私は、長年日本政治史に関心を持ってきたのだが、浜口雄幸民政党内閣のロンドン軍縮条約締結に際して、政友会の犬養毅や鳩山一郎が「統帥権干犯」の理論で反対したことだけは、理解できないできた。生粋の政党政治家で鋭敏をもって謳われた鳩山が、政友会が政権を奪還した時に自らもまた統帥権の脅威にさらされることを予測できたにもかかわらず、なぜあのような愚行に走ったのか。

 先日予算委員会室で谷垣自民党総裁の質問を間近で聞いた時、この長年の疑問が一気に氷解する思いがした。彼の言っているのは、「検察の神聖な捜査権を干犯するのはけしからん」という論理だった。法務大臣からは指揮権発動せずの言質を取ろうと必死だった。政権への渇望感は、かくも政治家の理性を失わしめるものなのだと実感した。

 事態を収拾するために、小沢氏はいつの時点かで幹事長を退かなくてはならないかもしれない。それは政党の側の節度として意味あることだ。と同時にこの機会に、検察勢力の司法合理性の追求が民選政府を危機に陥れないように、もう一度箍(たが)をしめ直さなくてはならない。懸案の検察改革を断行する契機とすべきであろう。

 まず第一に、政党側の憲法上法律上の権限を再生することである。

検察の逮捕許諾請求と政党側の釈放請求は憲法五十条で、共に認められた権利であり、どの時点かで石川議員の釈放請求決議を成立させることは、検察を含む官僚機構に対する民選政府の権威を確立する上で大いに意義がある。

 伊藤栄樹は「国会議員に対する逮捕許諾請求は、捜査にとって百害あって一利なし」と言っている。「当該議員がいくら否認してもかまわないたけの証拠を集め、議員については任意捜査ですませる。これが一番よい方法だと考えている。だから、私が指揮した国会議員に対する事件は、皆この方式で起訴に持ち込んでいる」(伊藤前掲書)

 これが民主主義国家の検察の節度というものだ。国会議員を逮捕することが、出世につながるかのような弊風は糾さなければならない。

 検察庁法十四条の指揮権についても、その禁忌を解き放つときだ。この際、民選政権を意図的に崩壊させるような捜査が行われる場合は「指揮権発動もありうる」と明言すべきである。

 第二には、検察権力の正統性が、あくまでも「国民の信任」に基づくことを明確にする諸措置を講ずるべきである。

 検察庁には検事総長はじめ認証官がたくさんいるが、国民審査もなく、国会の承認もなく、強大な権力を保持している。戦前の「天皇の官吏」のままの状況であり、民主国家として極めて異例である。検事総長や高検検事長ら認証官については全員国会承認人事とすべきである。

 検事総長が検察官僚でなくても、民間人でも一向に構わないし、法務大臣の兼任にしてもよい。こんな例は先進民主主義国家ではざらにある。

 GHQの戦後改革案では、検事の選挙や国民審査も検討されていた。この時のやり取りは、「検事に対する国民審査に対する会談録」として法務省に残っていた。先年公開されたので取り寄せて読んだが、改革に抵抗して潰した当事者が当時の佐藤法務次官つまり造船疑獄の時の検事総長だった。

 第三に、取調の可視化や証拠の全面開示のための法改正を断行することである。

 民主党の取調可視化法案は、これまでに二度にわたり参議院を通過している。衆議院選挙の民主党マニフェストでも明記されている。鳩山政権成立後の千葉法務大臣の対応は、誠に不可解だ。かつては民主党可視化法案の提出責任者であったにもかかわらず、あまりに消極的であり、法務官僚に取り込まれたとしか思えない。参議院で可決した法案はそれなりに良くできている。これを直ちに衆議院に提出すべきである。不備があれば改正すればよいのだ。もし法務省が出さないなら、議員立法で成立させるべきだ。

 また、検察に、調書などの証拠書類の全面開示義務を課すよう法改正を行うべきである。証拠の全面開示は、占領下においては実行されていた。検察の透明性はその後むしろ後退しているのである。

 今回の事件を機に「司法合理性の追求」の限界をより明確化し、検察の透明性を高める改革につなげることができれば、それだけで鳩山政権は歴史的意義を持ったと言えるだろう。

 鳩山総理は辞任など絶対に考えてはならないし、いざとなれば指揮権発動も辞さない決意を持って時局に臨まなければならない。それは政党政治を守る最終責任者としての当然の覚悟であろう。そのことでなら野党やマスコミの批判を気にする必要はない。造船疑獄の時の緒方竹虎の知力胆力に倣ってほしい。

(平成22年1月26日 中島政希 記)

【財務省】 外国為替資金特別会計

 外国為替資金特別会計、略して外為特会または外為資金特会と呼ばれる特別会計があります。為替相場が円高に振れるときに財務省が為替介入して円高を防ぐための資金です。

円高を阻止するための為替介入をするときは、まず、政府が、国債の一種である政府短期証券を発行し、金融市場から円資金を借金します。そして、外国為替市場で、この円資金を売って、ドルを買います。(大量の円が売られるわけですから、円の値段は安くなります!)

政府の手元には多額のドルが貯まりますが、ドルの現金を持っていても金利はつきませんから、手元のドルでドル建ての債権、つまりアメリカ国債を購入します。

この特別会計では、政府短期証券を発行することにより借金した円資金が負債になります。そして、円を売ってドルを買い、そのドルで買ったアメリカ国債が資産になります。

具体的に例を挙げましょう。一ドル百円のときに為替介入をしたと仮定します。百円分の短期証券を発行し、手元に百円入りました。これを売って一ドルを買いました。その一ドルでアメリカ国債を一ドル分買いました(手数料などは無視します)。このとき、負債は百円、資産は一ドルです。資産の一ドルを円換算すると百円ですから、負債は百円、資産は百円です。

さて、この後、円安になり、一ドル百二十円になりました。外為特会の負債は百円、資産は一ドルです。では資産の一ドルを円換算してみましょう。百二十円になります。つまり、為替介入したときよりも円安になれば、負債よりも資産の方が大きくなります。

では反対に、円高が進み、一ドル九十円になったらどうなるのでしょうか。外為特会の負債は百円、資産は一ドル、これは変わりません。では、資産を円換算すると、九十円。負債の方が資産よりも大きくなります。

現在、円の金利よりドル金利の方が高くなっています。だから、この特別会計のために政府が発行する円建ての政府短期証券の金利、つまり日本政府が払う金利、よりも特別会計で保有しているドル建てのアメリカ国債の金利、つまり日本政府がもらう金利、の方が高いのです。毎年、この金利差で、特別会計には三兆円近くの収入があります。そして、この特別会計から一般会計に二兆円近くが繰り入れられているのです。

では、ドル債を持っているときに円高になったら、どうしますか。先ほどみたように、一ドル百円で、この特別会計は資産と債務がとんとんになります。それ以上円高になると、資産よりも負債が多くなります。つまり、手持ちのアメリカ国債を全部売却しても借金を返せなくなります。

さらに、もし、円の金利が高くなって、ドル金利が低くなって、金利が逆転したらどうしますか。一般会計から金利の差額分を支払わなければなりません。

この外為特会の出口をそろそろきちんとしておかなければなりません。

2010年2月8日月曜日

【月刊日本】 佐藤優

【佐藤優特別講演会・天皇論1二つの(小文字)国家ー政府と官僚】
【佐藤優特別講演会・天皇論2 国体の回復 GHQ第1号禁書『国体の本義』とは】
【佐藤優特別講演会・天皇論3-1鳩山由紀夫研究 吉野の後醍醐陵へ】
【佐藤優特別講演会・天皇論3-2 鳩山由紀夫研究 Stanford大学で決断学を会得】
【佐藤優特別講演会・天皇論3-3 鳩山由紀夫研究】
【佐藤優特別講演会・天皇論4-1 小沢vs検察戦争】
【佐藤優特別講演会・天皇論4-2 大政翼賛会を上回るファッショ】
【佐藤優特別講演会・天皇論4-3 小沢の恐ろしさはボルシェビズム】
【佐藤優特別講演会・天皇論5 我々にとってギリギリの選択は?】
【佐藤優特別講演会・天皇論6 国体明徴(差替え更新版)】
【佐藤優特別講演会・天皇論 山崎行太郎氏との対話1/5 プロフィール】
【佐藤優特別講演会・天皇論 山崎行太郎氏との対話 2/5】
【佐藤優特別講演会・天皇論 山崎行太郎氏との対話 3/5】
【佐藤優特別講演会・天皇論 山崎行太郎氏との対話 4/5】

2010年2月6日土曜日

【検察問題】 最高検検事・谷川恒太

2月3日は、わたし=週刊朝日編集長・山口一臣=が「東京地検から(事情聴取のための)出頭要請を受けた」という情報がネット上を駆け巡り、読者をはじめ関係者のみなさんに大変なご心配をおかけしました。

 すでにコメントを出させていただいているとおり、そのような事実はありません。多数の方からお問い合わせを受けましたが、「出頭」ではなく地方に「出張」しており(こういう軽口が誤解を招く......)、直接対応できずにすみませんでした。

 詳細は来週号でお伝えしようと思っておりましたが、東京地検が抗議書を送ったことが報道されたこともあって、その後もお問い合わせが絶えないため、とりあえず現時点でご報告できることをまとめてみたいと思います。

 その前に、編集部へいただいた電話やメール、ファックス等はほとんどが激励、応援のメッセージで本当に心強く思いました。どれだけお礼の言葉を並べても足りないくらい感激です。ありがとうございます。そして、ご心配をおかけして本当にもうしわけありませんでした。

 ことの経緯は、説明すれば「なんだ、そんなことか」で終わってしまうような話です。

 3日午前に東京地検の「タニガワ」さんという方から編集部に電話があって、わたしが出張で不在だったので、折り返し連絡がほしいということでした。

 出張先で伝言を受け取ったわたしが指定された電話番号に連絡すると、次席検事の谷川恒太氏につながりました。谷川氏は「さっそく電話いただいて、ありがとうございます」と丁寧な応対で、用件を聞くと、週刊朝日2月12日号(2月2日発売)に掲載した上杉隆さん執筆の「子ども〝人質〟に女性秘書『恫喝』10時間」という記事に、事実でないことが書かれているので抗議したいとのことでした。

 こうしたトラブルはよくあることなので、「わかりました。で、どうすればいいですか」と聞くと、「こちらに来ていただけますか?」ということでした。わたしとしては検察庁に出向くのはいっこうに構わないので、「わかりました。ただ、きょうは出張で九州にいるので、戻ってからでもいいですか?」と聞くと、「九州ですか......」と予想外の返事にちょっと絶句したようでした。

「すみません。前から決まっていたスケジュールなので。戻ったらすぐに連絡します」

「それは、きょうですか?」

「いえ、きょうは戻れないので、明日か明後日か......」

「そうですか......」

 谷川氏が困ったようすだったので、

「担当デスクが東京にいるので、デスクに行かせましょうか?」

 と水を向けると、

「いえ、編集長にということなので......」

「そうですか。では、いずれにしてもきょうは無理です」

 というようなやりとりがあり、谷川氏から、

「では、抗議書を送らせてもらいます」

 と言われたので、

「では、そうしてください。いずれにしても、また戻ったら電話します」

 ということで話は終わりました。言ってしまえば、これだけです。

 電話を切ってから、なんとなく谷川氏が急いでいるようだったことが気になり、その後のスケジュールを調整できないか編集部や関係先に何本か電話しました。そのとき「実は、東京地検から呼ばれてさ、ちょっと行かないといけないみたいだから、これからのスケジュールをキャンセルとか調整とかできるかな?」などと言ったことに「尾っぽ」や「ひれ」が付いて、どうやら「出頭要請」情報になったようです。

 お騒がせして、本当に申しわけありませんでした。

 さて、そんなわけで東京地検の谷川次席検事から送られてきたのが、別紙の「抗議書」です。ひとことで言えば、記事内容が「全くの虚偽」だと断定する内容です。

 この抗議に対する筆者の上杉さんの「反論」は来週号を見ていただくとして、現段階でわたしが言えることは、「記事は丁寧な取材を重ねたもので、自信を持っています」ということです。わたしは、上杉さんがどのような取材に基づき、この記事を書いたかよく知っています。

 記事を読んだ方はおわかりだと思いますが、あのようなディテールを「全くの虚偽」で書けるはずがありません。綿密な取材と確認作業の積み重ねによって、ようやく紡ぎだせる事実です。それは、プロの編集者が見れば一目瞭然のことなのです。そもそも「全くの虚偽」な記事が市販の雑誌に掲載されることは常識的にはあり得ません。

 一方、谷川氏の抗議書には、「真実は」として、おそらく担当検事から聞き取りをしたと思しき内容の記述があります。これには正直、驚きました。これは「真実」でなく、あくまでも「検察側の主張」ではないかと思います。わたしたちも、上杉さんの記事は丁寧な取材を重ねたもので、内容に自信を持っていますが、「真実」とは軽々に断定できないと思っています。「真実」とは、それほど重たいものなのです。そのため、わたしたちは通常であれば対立する相手方の意見を取材することになりますが、東京地検に関しては過去に何度、取材申し込みをしても、「週刊誌には、一律してお答えしないという対応を取らせていただいております」というような返事を繰り返すばかりでした。

 このような抗議をする前に、取材に応じていただければよかったのに......。

 いずれにしても、自分たちの一方的な「主張」を「真実」であるとするのは、法律家の事実認定としてあまりに乱暴ではないか、という感想を持ちました。東京地検では、日ごろからこのような事実認定が行われているのかと心配にもなりました。週刊朝日の記事が「全くの虚偽」と書いてありますが、その根拠となる証拠の提示もありません。

 話は少し横道にそれますが、4日付の複数の新聞に〈週刊朝日記事に東京地検が抗議〉という記事が出ています。通信社の配信記事だと思います。少し引用します。

〈東京地検は3日、衆院議員・石川知裕容疑者(36)らが逮捕された収支報告書虚偽記入事件を扱った週刊朝日2月12日号の記事について「まったくの虚偽だ」として、山口一臣編集長あてに抗議文を送ったことを明らかにした(以下略〉〉

 記事はこの後、筆者がジャーナリストの上杉隆さんであることを明記しています。読んでとっても違和感を覚えたのが、抗議の主体である谷川氏の名前が記事のどこにも出ていないことです。抗議はあくまでも組織として行ったものだとしても、「東京地検は3日、谷川恒太次席検事名で......」と書いたほうが正確です。もし、個々の固有名詞を出さないという方針なら、わたしや上杉さんの名前も同じように書かないほうがいいとわたしは思います。しかし、記事の基本は5W1Hで、とりわけ「誰が」という情報は重要で、責任の所在を明確にする意味でも、名前は必要だと思いました。

 さて、週刊朝日が一連の捜査に対して一貫して言っていることのひとつは、「検察は法律に則って公平・公正な捜査を行ってほしい」ということです。

 たとえば、石川知裕議員の逮捕―――

 身柄を拘束して自由を奪う行為は、国家が行使する公権力の中ではもっとも重大なものだと考えられています。それだけに、逮捕が公平・公正に行われたかのチェックはメディアにとってきわめて大切な行為です。一般に、捜査機関が人を逮捕する場合、(1)証拠隠滅の恐れがある場合と、(2)逃亡の恐れがある場合に限られます。刑事訴訟法上はさらに「諸般の事情に照らして逮捕の相当性があること」という要件もありますが、これを無制限に拡大しては法律の意味がありません。

 石川議員は、本当に証拠隠滅や逃亡の恐れがあったのか?
これは、多くの識者が指摘しているように、まずあり得ないことでしょう。石川議員はこれまで任意の事情聴取に応じてきました。近く、国会が始まろうという時期です。民主党の党大会前日に逮捕した理由は何だったのか。それこそ検察側の説明責任が問われます。

 また、2月5日号でやはり上杉さんがリポートした、捜査令状なしで石川議員の事務所を占拠した行為についても、われわれの取材したとおりの事実なら〝違法捜査〟に相当します。しかし東京地検は、この件に関してもいっさい取材に応じません(抗議書も来ていませんが)。逮捕にしろ、家宅捜索にしろ、捜査機関の強制力が法律に基づかないまま行使されることがあるとすれば、一般市民として強い恐怖を覚えます。

 そして、今回、上杉さんが書いた女性秘書に対する「騙し打ち」の事情聴取について言えば―――。

 共稼ぎで保育園に子どもを預けている親にとって、「お迎え」は何よりも大切なことだと思います。それを阻害してまで続けなければならない事情聴取があるでしょうか?
一刻も早い処罰を争うわけもない政治資金規正法違反の立件が、2人の子どもの子育てより優先されるとは思えません。子どもは国の宝です。東京地検はその捜査によって、世の中にどんなメリットをもたらしてくれるのか。税金を費消しているのですから当然、説明の義務があると思います。

 いずれにしても、当該女性秘書にウソを言って呼び出したこと、弁護士へ連絡をさせなかったこと、長時間にわたる取り調べを行ったことなど、いずれも違法・不当な行為です。法曹資格者たる検察官が法を順守しないというのは、いかがなものかと思います。

 わたしは、検察が信頼されない社会はとてもよくないと思っています。しかし、こんなことを繰り返しているようでは、市民の信頼を失うことは明らかです。

 もうひとつ指摘しておきたいのは、昨年3月以降(政権交代の可能性が具体的に見えてきてから)の捜査が明らかに「政治的に偏向している」という点です。検察当局はかたくなに否定すると思いますが、少なくともそう疑われても仕方ないでしょう。

 まず、3月の大久保隆規秘書の突然の逮捕―――。

 当時、検察OBをはじめとする多くの専門家は、「半年以内に確実に選挙があるというこの時期に、政治資金規正法違反という形式犯で野党第一党の党首の秘書を逮捕するはずがない」という理由から、「これは贈収賄やあっせん利得、あっせん収賄など実質犯への入り口だ」と解説したものです。以後、今回と同じく「談合」「天の声」「ゼネコンマネー」といった小沢氏に関する悪性報道が続きますが、結局、検察が起訴できたのは大久保秘書の政治資金規正法違反のみでした。

 しかし検察は、その捜査によって小沢一郎氏を代表の座から引き降ろすことに成功しているのです。

 今回の捜査もほとんど同じ経緯をたどりました。

 強制捜査着手前から小沢氏の悪性情報がどんどん流れ、ピークに達した時点で石川議員ら計3人が逮捕され、小沢氏本人も被疑者として2回にわたる事情聴取を受けました。ふつうに考えたら、小沢氏本人が贈収賄や脱税などの実質犯で立件されることが想定される事態ですが、これも結局は石川議員ら3人の政治資金規正法違反のみの起訴で終わっています。まるでデジャヴーを見るような思いです。

 しかし、この10カ月にわたる「小沢捜査」が小沢氏本人はもとより民主党政権にも大きなダメージを与えたことは間違いありません。検察にそういう意図があったとは思いたくありませんが、今年夏の参議院議員選挙にも間違いなく強い影響を与えることになるでしょう。うがった見方かもしれませんが、検察が証拠を見つけられず、法によって処罰できないからといって、イメージ操作で社会的な制裁を加え、政治的ダメージを与えるようなことがあったとしたら、それは先進法治国家とはいえないでしょう。

 今回、問題となった政治資金規正法違反については、「単なる形式犯」という識者もいれば、「国民を欺く重大な犯罪」という専門家もいます。わたしは、両方とも正しいと思っています。この法律はそれほど「悪質性」に幅があるということです。単なる「記入ミス」「記載漏れ」から意図的な「虚偽記載」、さらに、その意図の内容によっても悪質性が違ってきます。誰が考えても処罰の必要があると思うのは、ワイロ性が疑われるヤミ献金の受け取りです。個々の違反事例がどの程度、悪質なのかの判断は捜査当局にまかせるのでなく、わたしたち自身が国民目線でしっかり検証しなければならないと思っています。検察は、自らの捜査に正統性を与え、手柄を大きく見せるためにも、さかんに「悪質性」の宣伝をする傾向にあります。それは、検察にとってはごく一般的な手口なのです。

 石川議員らの事件に関しても、本当に起訴に相当するものなのか、処罰価値があるのか、さまざまな観点からの検証が必要でしょう。元東京地検特捜部長の宗像紀夫弁護士は2月5日付の朝日新聞(朝刊)に次のような談話を寄せています。

〈政治資金規正法は改正が繰り返されて厳罰化が進み、政党助成金が投入されるようになったことなどで、違反に対する認識が変わりつつあるのは確かだろう。だが、虚偽記載の起訴だけで捜査を終えるのなら、見通しのない捜査だったと批判されても仕方がない。同法違反で簡単に逮捕できるとなれば、検察が議員の生殺与奪を握ることにならないかも心配だ〉

 わたしは、この引用の最後の部分がとても重要だと思います。検察(官僚)が国民が選挙によって選んだ議員(政治家)の生殺与奪を握る社会がいいのかどうか。答えはおのずと明らかです。もちろん、検察にとって政治家の悪事を暴き、法に基づき適正な処罰をするのは重要な役割です。しかし、その場合は誰にも文句を言えないような犯罪事実を見つけ出し、誰にも批判されないだけの証拠を集め、正々堂々と公判請求するのが検察官としての矜持ではないかと思います。

 もちろん、わたしたちは小沢氏個人を擁護するためにこのようなことを書いているわけではありません。「小沢とカネ」に関する新たな疑惑や不正事実をつかんだら、検察より緻密な取材で批判・追及することになるでしょう。上杉さんが弊誌でたびたび指摘するように、検察が権力なら、小沢氏も権力の側の人ですから。

 今回、小沢氏に関して指摘されているさまざまな〝疑惑〟は実は、10年以上前から雑誌メディアで追及されてきたことばかりです。東北地方の談合に関する問題はジャーナリストの横田一さんらが1995年から「週刊金曜日」でキャンペーンを張ったもの、また政治資金団体による不動産購入など、いわゆる金脈問題については松田賢弥さんが主に「週刊現代」誌上でず~っと追及してきた話です。いずれにしても「小沢金脈」の全容解明は、検察ではなくジャーナリズムの仕事だとわたしは思っています。

 なぜ、小沢氏は不起訴で終わったのか。小沢氏周辺が大物検察OBを使って検察首脳と裏取引をしたという情報が、まことしやかに出回っています。もしこれが本当なら、「検察も小沢も」一蓮托生ということになりかねません。その真偽の確認もわたしたちジャーナリズムの仕事だと思います。民主党政権が今後、取り調べの可視化などを本気で進めるのか。みなさんと一緒に監視していきたいと思います。

 そんなわけで、九州出張から帰ったわたしは、東京地検の谷川氏のところへ電話を入れました。しかし、石川議員らの起訴でさすがに忙しいようでなかなか連絡が取れません。その間も、各方面から「いったいいつ『出頭』するのか」というお問い合わせをいただき、申しわけありませんでした。結局、谷川氏とは連絡が取れずじまいで、代わりに弊誌記者の新たな取材申し込みに対して広報官を通じて以下のような返事を受け取りました。

〈谷川次席から山口編集長に来庁していただきたいと連絡をさせていただきましたが、山口編集長が所用で来られないということでした。そのため、抗議の意を速やかにお伝えするために、2月3日に抗議書をFAXで送らせていただきました。抗議書はすでにお送りしていますので、現時点でご足労いただく必要はありません。また、改めての取材には応じかねます〉

 すみません、これが結末です。こちらも今週の締め切りに入ってしまったため、これ以上のツッコミはしていません。

 みなさん、お騒がせして本当に申しわけありませんでした。

 なお、来週発売号で、上杉隆さんの「東京地検の『抗議』に抗議する」を掲載します。ぜひ、ご覧ください。


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【東京地検】 谷川恒太次席検事

2月3日は、わたし=週刊朝日編集長・山口一臣=が「東京地検から(事情聴取のための)出頭要請を受けた」という情報がネット上を駆け巡り、読者をはじめ関係者のみなさんに大変なご心配をおかけしました。

 すでにコメントを出させていただいているとおり、そのような事実はありません。多数の方からお問い合わせを受けましたが、「出頭」ではなく地方に「出張」しており(こういう軽口が誤解を招く......)、直接対応できずにすみませんでした。

 詳細は来週号でお伝えしようと思っておりましたが、東京地検が抗議書を送ったことが報道されたこともあって、その後もお問い合わせが絶えないため、とりあえず現時点でご報告できることをまとめてみたいと思います。

 その前に、編集部へいただいた電話やメール、ファックス等はほとんどが激励、応援のメッセージで本当に心強く思いました。どれだけお礼の言葉を並べても足りないくらい感激です。ありがとうございます。そして、ご心配をおかけして本当にもうしわけありませんでした。

 ことの経緯は、説明すれば「なんだ、そんなことか」で終わってしまうような話です。

 3日午前に東京地検の「タニガワ」さんという方から編集部に電話があって、わたしが出張で不在だったので、折り返し連絡がほしいということでした。

 出張先で伝言を受け取ったわたしが指定された電話番号に連絡すると、次席検事の谷川恒太氏につながりました。谷川氏は「さっそく電話いただいて、ありがとうございます」と丁寧な応対で、用件を聞くと、週刊朝日2月12日号(2月2日発売)に掲載した上杉隆さん執筆の「子ども〝人質〟に女性秘書『恫喝』10時間」という記事に、事実でないことが書かれているので抗議したいとのことでした。

 こうしたトラブルはよくあることなので、「わかりました。で、どうすればいいですか」と聞くと、「こちらに来ていただけますか?」ということでした。わたしとしては検察庁に出向くのはいっこうに構わないので、「わかりました。ただ、きょうは出張で九州にいるので、戻ってからでもいいですか?」と聞くと、「九州ですか......」と予想外の返事にちょっと絶句したようでした。

「すみません。前から決まっていたスケジュールなので。戻ったらすぐに連絡します」

「それは、きょうですか?」

「いえ、きょうは戻れないので、明日か明後日か......」

「そうですか......」

 谷川氏が困ったようすだったので、

「担当デスクが東京にいるので、デスクに行かせましょうか?」

 と水を向けると、

「いえ、編集長にということなので......」

「そうですか。では、いずれにしてもきょうは無理です」

 というようなやりとりがあり、谷川氏から、

「では、抗議書を送らせてもらいます」

 と言われたので、

「では、そうしてください。いずれにしても、また戻ったら電話します」

 ということで話は終わりました。言ってしまえば、これだけです。

 電話を切ってから、なんとなく谷川氏が急いでいるようだったことが気になり、その後のスケジュールを調整できないか編集部や関係先に何本か電話しました。そのとき「実は、東京地検から呼ばれてさ、ちょっと行かないといけないみたいだから、これからのスケジュールをキャンセルとか調整とかできるかな?」などと言ったことに「尾っぽ」や「ひれ」が付いて、どうやら「出頭要請」情報になったようです。

 お騒がせして、本当に申しわけありませんでした。

 さて、そんなわけで東京地検の谷川次席検事から送られてきたのが、別紙の「抗議書」です。ひとことで言えば、記事内容が「全くの虚偽」だと断定する内容です。

 この抗議に対する筆者の上杉さんの「反論」は来週号を見ていただくとして、現段階でわたしが言えることは、「記事は丁寧な取材を重ねたもので、自信を持っています」ということです。わたしは、上杉さんがどのような取材に基づき、この記事を書いたかよく知っています。

 記事を読んだ方はおわかりだと思いますが、あのようなディテールを「全くの虚偽」で書けるはずがありません。綿密な取材と確認作業の積み重ねによって、ようやく紡ぎだせる事実です。それは、プロの編集者が見れば一目瞭然のことなのです。そもそも「全くの虚偽」な記事が市販の雑誌に掲載されることは常識的にはあり得ません。

 一方、谷川氏の抗議書には、「真実は」として、おそらく担当検事から聞き取りをしたと思しき内容の記述があります。これには正直、驚きました。これは「真実」でなく、あくまでも「検察側の主張」ではないかと思います。わたしたちも、上杉さんの記事は丁寧な取材を重ねたもので、内容に自信を持っていますが、「真実」とは軽々に断定できないと思っています。「真実」とは、それほど重たいものなのです。そのため、わたしたちは通常であれば対立する相手方の意見を取材することになりますが、東京地検に関しては過去に何度、取材申し込みをしても、「週刊誌には、一律してお答えしないという対応を取らせていただいております」というような返事を繰り返すばかりでした。

 このような抗議をする前に、取材に応じていただければよかったのに......。

 いずれにしても、自分たちの一方的な「主張」を「真実」であるとするのは、法律家の事実認定としてあまりに乱暴ではないか、という感想を持ちました。東京地検では、日ごろからこのような事実認定が行われているのかと心配にもなりました。週刊朝日の記事が「全くの虚偽」と書いてありますが、その根拠となる証拠の提示もありません。

 話は少し横道にそれますが、4日付の複数の新聞に〈週刊朝日記事に東京地検が抗議〉という記事が出ています。通信社の配信記事だと思います。少し引用します。

〈東京地検は3日、衆院議員・石川知裕容疑者(36)らが逮捕された収支報告書虚偽記入事件を扱った週刊朝日2月12日号の記事について「まったくの虚偽だ」として、山口一臣編集長あてに抗議文を送ったことを明らかにした(以下略〉〉

 記事はこの後、筆者がジャーナリストの上杉隆さんであることを明記しています。読んでとっても違和感を覚えたのが、抗議の主体である谷川氏の名前が記事のどこにも出ていないことです。抗議はあくまでも組織として行ったものだとしても、「東京地検は3日、谷川恒太次席検事名で......」と書いたほうが正確です。もし、個々の固有名詞を出さないという方針なら、わたしや上杉さんの名前も同じように書かないほうがいいとわたしは思います。しかし、記事の基本は5W1Hで、とりわけ「誰が」という情報は重要で、責任の所在を明確にする意味でも、名前は必要だと思いました。

 さて、週刊朝日が一連の捜査に対して一貫して言っていることのひとつは、「検察は法律に則って公平・公正な捜査を行ってほしい」ということです。

 たとえば、石川知裕議員の逮捕―――

 身柄を拘束して自由を奪う行為は、国家が行使する公権力の中ではもっとも重大なものだと考えられています。それだけに、逮捕が公平・公正に行われたかのチェックはメディアにとってきわめて大切な行為です。一般に、捜査機関が人を逮捕する場合、(1)証拠隠滅の恐れがある場合と、(2)逃亡の恐れがある場合に限られます。刑事訴訟法上はさらに「諸般の事情に照らして逮捕の相当性があること」という要件もありますが、これを無制限に拡大しては法律の意味がありません。

 石川議員は、本当に証拠隠滅や逃亡の恐れがあったのか?
これは、多くの識者が指摘しているように、まずあり得ないことでしょう。石川議員はこれまで任意の事情聴取に応じてきました。近く、国会が始まろうという時期です。民主党の党大会前日に逮捕した理由は何だったのか。それこそ検察側の説明責任が問われます。

 また、2月5日号でやはり上杉さんがリポートした、捜査令状なしで石川議員の事務所を占拠した行為についても、われわれの取材したとおりの事実なら〝違法捜査〟に相当します。しかし東京地検は、この件に関してもいっさい取材に応じません(抗議書も来ていませんが)。逮捕にしろ、家宅捜索にしろ、捜査機関の強制力が法律に基づかないまま行使されることがあるとすれば、一般市民として強い恐怖を覚えます。

 そして、今回、上杉さんが書いた女性秘書に対する「騙し打ち」の事情聴取について言えば―――。

 共稼ぎで保育園に子どもを預けている親にとって、「お迎え」は何よりも大切なことだと思います。それを阻害してまで続けなければならない事情聴取があるでしょうか?
一刻も早い処罰を争うわけもない政治資金規正法違反の立件が、2人の子どもの子育てより優先されるとは思えません。子どもは国の宝です。東京地検はその捜査によって、世の中にどんなメリットをもたらしてくれるのか。税金を費消しているのですから当然、説明の義務があると思います。

 いずれにしても、当該女性秘書にウソを言って呼び出したこと、弁護士へ連絡をさせなかったこと、長時間にわたる取り調べを行ったことなど、いずれも違法・不当な行為です。法曹資格者たる検察官が法を順守しないというのは、いかがなものかと思います。

 わたしは、検察が信頼されない社会はとてもよくないと思っています。しかし、こんなことを繰り返しているようでは、市民の信頼を失うことは明らかです。

 もうひとつ指摘しておきたいのは、昨年3月以降(政権交代の可能性が具体的に見えてきてから)の捜査が明らかに「政治的に偏向している」という点です。検察当局はかたくなに否定すると思いますが、少なくともそう疑われても仕方ないでしょう。

 まず、3月の大久保隆規秘書の突然の逮捕―――。

 当時、検察OBをはじめとする多くの専門家は、「半年以内に確実に選挙があるというこの時期に、政治資金規正法違反という形式犯で野党第一党の党首の秘書を逮捕するはずがない」という理由から、「これは贈収賄やあっせん利得、あっせん収賄など実質犯への入り口だ」と解説したものです。以後、今回と同じく「談合」「天の声」「ゼネコンマネー」といった小沢氏に関する悪性報道が続きますが、結局、検察が起訴できたのは大久保秘書の政治資金規正法違反のみでした。

 しかし検察は、その捜査によって小沢一郎氏を代表の座から引き降ろすことに成功しているのです。

 今回の捜査もほとんど同じ経緯をたどりました。

 強制捜査着手前から小沢氏の悪性情報がどんどん流れ、ピークに達した時点で石川議員ら計3人が逮捕され、小沢氏本人も被疑者として2回にわたる事情聴取を受けました。ふつうに考えたら、小沢氏本人が贈収賄や脱税などの実質犯で立件されることが想定される事態ですが、これも結局は石川議員ら3人の政治資金規正法違反のみの起訴で終わっています。まるでデジャヴーを見るような思いです。

 しかし、この10カ月にわたる「小沢捜査」が小沢氏本人はもとより民主党政権にも大きなダメージを与えたことは間違いありません。検察にそういう意図があったとは思いたくありませんが、今年夏の参議院議員選挙にも間違いなく強い影響を与えることになるでしょう。うがった見方かもしれませんが、検察が証拠を見つけられず、法によって処罰できないからといって、イメージ操作で社会的な制裁を加え、政治的ダメージを与えるようなことがあったとしたら、それは先進法治国家とはいえないでしょう。

 今回、問題となった政治資金規正法違反については、「単なる形式犯」という識者もいれば、「国民を欺く重大な犯罪」という専門家もいます。わたしは、両方とも正しいと思っています。この法律はそれほど「悪質性」に幅があるということです。単なる「記入ミス」「記載漏れ」から意図的な「虚偽記載」、さらに、その意図の内容によっても悪質性が違ってきます。誰が考えても処罰の必要があると思うのは、ワイロ性が疑われるヤミ献金の受け取りです。個々の違反事例がどの程度、悪質なのかの判断は捜査当局にまかせるのでなく、わたしたち自身が国民目線でしっかり検証しなければならないと思っています。検察は、自らの捜査に正統性を与え、手柄を大きく見せるためにも、さかんに「悪質性」の宣伝をする傾向にあります。それは、検察にとってはごく一般的な手口なのです。

 石川議員らの事件に関しても、本当に起訴に相当するものなのか、処罰価値があるのか、さまざまな観点からの検証が必要でしょう。元東京地検特捜部長の宗像紀夫弁護士は2月5日付の朝日新聞(朝刊)に次のような談話を寄せています。

〈政治資金規正法は改正が繰り返されて厳罰化が進み、政党助成金が投入されるようになったことなどで、違反に対する認識が変わりつつあるのは確かだろう。だが、虚偽記載の起訴だけで捜査を終えるのなら、見通しのない捜査だったと批判されても仕方がない。同法違反で簡単に逮捕できるとなれば、検察が議員の生殺与奪を握ることにならないかも心配だ〉

 わたしは、この引用の最後の部分がとても重要だと思います。検察(官僚)が国民が選挙によって選んだ議員(政治家)の生殺与奪を握る社会がいいのかどうか。答えはおのずと明らかです。もちろん、検察にとって政治家の悪事を暴き、法に基づき適正な処罰をするのは重要な役割です。しかし、その場合は誰にも文句を言えないような犯罪事実を見つけ出し、誰にも批判されないだけの証拠を集め、正々堂々と公判請求するのが検察官としての矜持ではないかと思います。

 もちろん、わたしたちは小沢氏個人を擁護するためにこのようなことを書いているわけではありません。「小沢とカネ」に関する新たな疑惑や不正事実をつかんだら、検察より緻密な取材で批判・追及することになるでしょう。上杉さんが弊誌でたびたび指摘するように、検察が権力なら、小沢氏も権力の側の人ですから。

 今回、小沢氏に関して指摘されているさまざまな〝疑惑〟は実は、10年以上前から雑誌メディアで追及されてきたことばかりです。東北地方の談合に関する問題はジャーナリストの横田一さんらが1995年から「週刊金曜日」でキャンペーンを張ったもの、また政治資金団体による不動産購入など、いわゆる金脈問題については松田賢弥さんが主に「週刊現代」誌上でず~っと追及してきた話です。いずれにしても「小沢金脈」の全容解明は、検察ではなくジャーナリズムの仕事だとわたしは思っています。

 なぜ、小沢氏は不起訴で終わったのか。小沢氏周辺が大物検察OBを使って検察首脳と裏取引をしたという情報が、まことしやかに出回っています。もしこれが本当なら、「検察も小沢も」一蓮托生ということになりかねません。その真偽の確認もわたしたちジャーナリズムの仕事だと思います。民主党政権が今後、取り調べの可視化などを本気で進めるのか。みなさんと一緒に監視していきたいと思います。

 そんなわけで、九州出張から帰ったわたしは、東京地検の谷川氏のところへ電話を入れました。しかし、石川議員らの起訴でさすがに忙しいようでなかなか連絡が取れません。その間も、各方面から「いったいいつ『出頭』するのか」というお問い合わせをいただき、申しわけありませんでした。結局、谷川氏とは連絡が取れずじまいで、代わりに弊誌記者の新たな取材申し込みに対して広報官を通じて以下のような返事を受け取りました。

〈谷川次席から山口編集長に来庁していただきたいと連絡をさせていただきましたが、山口編集長が所用で来られないということでした。そのため、抗議の意を速やかにお伝えするために、2月3日に抗議書をFAXで送らせていただきました。抗議書はすでにお送りしていますので、現時点でご足労いただく必要はありません。また、改めての取材には応じかねます〉

 すみません、これが結末です。こちらも今週の締め切りに入ってしまったため、これ以上のツッコミはしていません。

 みなさん、お騒がせして本当に申しわけありませんでした。

 なお、来週発売号で、上杉隆さんの「東京地検の『抗議』に抗議する」を掲載します。ぜひ、ご覧ください。


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2010年2月5日金曜日

【新聞記事】 産経(ほくそ笑むのはまだ早い)

【小沢氏不起訴】ほくそ笑むのはまだ早い (社会部長・近藤豊和)
2010.2.5 08:03(リンク切れというか削除)


 ロシアの劇作家、ゴーゴリの作品に『検察官』がある。田舎町を訪れた青年を検察官と思い込んだ市長や官吏らが、日ごろの自身の悪事の露見におびえ、穏便に済ませようと金品を青年に渡し、青年は市長の娘をたらしこんだりする。出版時に印刷工や校正係が笑いで作業が進まなかったという逸話が残るほどの名作だ。

 作品の検察官像や話の設定とは全く異なることは言うまでもないが、民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件をめぐって跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する周辺のさまざまな人々を見るにつけ、『検察官』に描かれた「悪事や醜事が、一種の微分子のように空中に瀰漫(びまん)し、人間生活のいたるところに跳梁して、人生を醜悪、陋劣(ろうれつ)なたえがたいものとしている」(岩波文庫、米川正夫氏の解説から)という様相がだぶってみえてきた。

 最高実力者にこびるように検察との対決を声高にする小沢氏シンパの民主党議員たち。「政治とカネ」では同じ流派なのに、これ見よがしの自民党議員ら。何の怨念(おんねん)なのか、古巣批判を執拗(しつよう)に続ける特捜OB。テレビで「検察リーク」などとしたり顔のコメンテーターたち…。

 事件周辺には「微分子」がまさにハエのようにたかっていた。

 政権奪取を主導した小沢氏を軸とした政治状況の転覆をひそかに狙う民主党内の反小沢派も、政権復帰に悲壮感漂う無力な自民党も「検察の捜査頼み」という体たらくでなんとも情けない。

 検察の捜査について、「対決」とか「全面戦争」などとすぐに主張し始め、政治的な意図を絡めて根拠も十分にないような推論が展開されるような状況を“消費”しているだけでは、「政治とカネ」の根源的問題の解決には決してつながらない。

 「政治とカネ」の問題に、政界の自浄作用を求めるのは不可能なのだろうか。「政治とカネ」にもはや食傷気味の国民ムードもある。経済が悪化し、国力が衰退すれば、「政治とカネ」よりも「明日の生活」という思いが強まるのも理解できる。こうしたムードに乗じてか、「国会での不毛な『政治とカネ』の議論。国民は経済対策を望んでいる」などとテレビで公言する民主党議員すらいる。

 金絡みによる政治権力基盤がなくても、国、国民のために身をささげる有能な政治家がよりよい政策を遂行できるような「理想」を希求し続けることは必要だ。

こうした理想を失うと、悪徳政治家の思うツボだ。「ワイロ天国」の評判高いどこかの国のようなありさまにもなってしまう。「政治とカネ」の問題に疲れてはいけない。代償はあまりに大きいのだ。

 今回の事件の捜査は、小沢氏の最側近である石川知裕衆院議員、大久保隆規公設第1秘書らが起訴され、一方で小沢氏本人の不起訴ということで、ひとまずの「到達点」を迎えた。

 しかしながら、捜査の過程で表面化した、陸山会による東京都世田谷区の土地取引に絡む不明朗な億単位の金の出し入れや融資については、腑に落ちないことが多すぎる。また、陸山会による大量の不動産取得や政党助成金の移動など総額数十億円にも上る不明朗な金の動きに至っては、「疑惑の山」であり続けている。

 小沢氏の不起訴の観測が一気に拡大した2日夜。小沢氏側関係者たちは早くも「勝利宣言」をあちこちでし始めていた。この日昼、衆院本会議場で鈴木宗男衆院議員とほくそ笑む小沢氏の姿を報道各社のカメラがとらえていた。

 「疑惑の山」への捜査は継続されることだろう。そして、国民の注視もやむことはない。ほくそ笑むのはまだ早い。