2009年11月1日日曜日

【北方領土】 鈴木宗男vs櫻井よしこ

【櫻井よしこ 鳩山首相に申す】国益のための領土交渉
2009.10.8 02:58

 発足以来、新機軸を打ち出し続ける鳩山政権に対しては、期待と懸念が相半ばする。

 期待は、省益や個人益の追求に傾いた官僚制度を、本来の国益追求に向かわせるための立て直しである。懸念は、外交、国防政策全般に及ぶ。とりわけ、鳩山由紀夫首相が強い思い入れを抱くロシア外交と北方領土問題への取り組みでは、歴史を踏まえて誤りのないようにしてほしいと願いつつも、強い懸念を抱かざるを得ない。

 まず、総選挙で大勝して以降、鳩山氏が披瀝(ひれき)した北方領土問題に関する発言をたどってみる。
 選挙直後の8月31日未明の記者会見で、氏は「祖父一郎がロシアとの間で共同宣言を樹立した」「私も同じように、ロシアの、例えば北方領土問題の解決などに力を入れて参りたい」と述べた。

 9月17日、ロシアのメドベージェフ大統領との電話協議後、領土問題について「できれば半年で国民の皆さんの期待に応えたい」と述べた(「日経ネット」)。

 23日には、ニューヨークでメドベージェフ大統領と会談し、1956年の日ソ共同宣言に触れ、「われわれの世代で最終的に解決し、平和条約が締結されるよう大統領のリーダーシップに期待したい」(9月24日『毎日新聞』夕刊)と述べた。

 熱意と意欲は大いに買おう。しかし、祖父一郎氏の「功績」や56年の日ソ共同宣言の厳密な分析なしに、「半年間で」、あるいは「われわれの世代で」と、領土交渉の期限を切るのは外交の下策である。期限を切ることは、交渉相手を不必要に有利にし、自らの立場を弱めるからだ。

 また、政権が交代しても指導者が交代しても、4島返還という日本外交の基本方針は変えてはならない。だが後述するように、一郎氏はそうした外交の基本を守らなかった。結果、日本の立場を損ねたのが日ソ共同宣言である。首相には、むしろ、祖父を反面教師として取り組む覚悟が必要である。

 発足直後の清新な政権に、なぜ、厳しい注文をつけなければならないか。それはこれまで日ソ・日露間で合意された複数の文書を調べれば明らかだ。そのなかで注目すべきは、日ソ共同宣言の20日前に交換された「松本・グロムイコ書簡」である。

 これは日本側の全権代表で当時の民主党代議士、松本俊一と、ソ連第1外務次官のグロムイコの間で交換された。そこには北方領土問題に関して日ソ両国政府が「正常な外交関係が再開された後、領土問題をも含む平和条約締結に関する交渉を継続することに同意する」と、明記されていた。

 ここで重要なのは、平和条約締結に向けての交渉の中に領土問題が含まれていると、日ソ双方が明確に合意した点だ。

 さて同書簡交換後の10月12日、鳩山一郎首相らはモスクワに到着、日ソ交渉が開始された。実際の交渉に当たったのは農相、河野一郎とソ連最高会議幹部、フルシチョフ。両者、そして鳩山首相も承認した共同宣言では、平和条約締結後の歯舞、色丹両島の日本への引き渡しは明記されたが、その余についてはこう書かれていた。

 「両国間に正常な外交関係が回復された後、平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する」
 「領土問題をも含む」の字句が見事に削除されている。

 平和条約は2国間の紛争や戦争に、最終的な決着をつける性質のものだ。平和条約によって、戦争に起因するすべての責任は果たされたことになる。だからこそ、日ソ両国は、平和条約締結に当たっては戦争終結後に生じた不法な北方領土占拠についても、正しい解決を導き出さなければならない。

 北方領土はソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄して攻め入り、不法に占拠したものだ。だが、ソ連は北方領土に関する自らの不法性を決して認めない。これは93年の東京宣言でロシアが明記した「法と正義」の精神にもとり、日本にとっては受けいれ難い立場だ。北方領土問題はなによりもソ連の国際法違反に端を発するという事実を、日本は冷静に主張し続けなければならないだろう。

 しかし、56年当時も現在も、鳩山2代の政権を含めて、日本側からそのような主張はなされてこなかった。

 『日本外交史』29巻(鹿島研究所出版会)で、外交の権威といえる吉澤清次郎氏が56年当時の経緯を詳述している。河野が歯舞、色丹の「即時返還」を求め、将来、米国が沖縄、小笠原を日本に返すときに、ソ連も国後、択捉を日本に引き渡すようにと要求すると、ソ連側はいま歯舞、色丹を持ち出すことは、平和条約締結時には領土問題は再び起こらないと解釈してよいのか、とただしている。

 交渉の最終段階で河野がまたもや平和条約締結後の歯舞、色丹の返還とともに、国交正常化後も「領土問題を含む」平和条約締結のための交渉を提案した。

 するとフルシチョフは、「領土問題を含む」の7文字を削らなければ、「歯舞、色丹を引き渡すことによって、領土問題は一切解決済みと書いてもよい」とすごんだ。

 ソ連側が、小さな2島を返還した上で、日ソ間でいったん合意された「領土問題を含む」の字句を、国後、択捉は返さないとの明確な意図をもって削除させたのは明らかだった。国交樹立を悲願として臨んだ同交渉では、7文字を削除するくらいなら、成果なしでも帰国するとの考えは生まれ得なかったのであろう。こうして、日本側は「領土問題を含む」の削除に同意した。

 一郎首相は後に、右の字句を削っても「『平和条約締結のため引き続き交渉を継続する』と言えば、そのため残る問題は、事実上、択捉、国後の領土問題以外にないのだから、当然領土問題は含まれることになる」と説明した。

 だが、ソ連側の意図からも明らかなように、日本側が日ソ共同宣言を北方領土問題解決の出発点として重視すれば、それを段階的返還論と言おうが何と言おうが、「北方領土問題は2島で終わり」のロシア路線に引き込まれる危険を伴うのである。

 だからこそ、鳩山首相に訴えたい。「祖父の功績」という私情を離れて、国益のための交渉をしてほしいと。56年の日ソ共同宣言で日本は後退を迫られたが、松本・グロムイコ書簡が日ソ間で消し去られたわけではない。日本の立場の後退もその後、一歩一歩挽回(ばんかい)されてきた。91年の海部・ゴルバチョフ両氏による日ソ共同声明、93年の細川・エリツィン両氏による東京宣言では、四島の固有名詞が書き入れられた。これら日本外交の歩みを踏まえて、迷路に入り込むことなく、取り組んでほしい。

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 2日のムネオ日記で櫻井よしこ氏について触れたが、櫻井氏のことで想い出したことがある。「『BRIO』という雑誌の2005年12月号に掲載されている作家で大学教授の島田雅彦氏との対談記事のことだ。次のくだりである。

櫻井 私は東京裁判という国際法を無視した法廷で作られた“A級戦犯”は、戦争犯罪人ではないと思っています。でもそれとは別に、どうして我々はあんな間違いをしてしまったのか、国家としてどうしてあんなところに落ちていったのか、ということを日本人が自ら分析して、責任を取る人を探し出していくことも必要だと思うのです。それを日本人の手でやるべきでした。私たちに今そんなことができるかどうか。あまりにも時間が経ちすぎていて難しい作業ではありますけれども、残されている膨大な記録を検証していくしかないと思っています。それをすれば“A級戦犯”の人たちも、あの戦争ゆえに亡くなったことは確かなのだから祀ってもいいという結論に達するはず。そして、突き詰めていけば、閣僚や軍人とともに、天皇陛下にも責任があったと私は考えています。だから昭和天皇には敗戦のとき、退位をしていただきたかったですね。
(82~83頁)


 櫻井氏は、先の大戦における敗戦には昭和天皇に責任があると明言している。それだけではなく、退位すべきであったとまで言っている。

 先の大戦を天皇陛下の責任とする櫻井氏に唖然としたものだ。しかも、「退位をしていただきたかった」と、そこまで言う櫻井氏に憤りを感じたものである。

 1964年に出版されたマッカーサー回想記の中で、昭和天皇のお言葉が載っている。

 私は、国民が戦争遂行にあたって、政治、軍事両面で行った全ての決定と行動に対する、全責任を負うものとして、私自身をあなたの代表する諸国の裁決にゆだねるためにおたずねした。

 これに対し、マッカーサーは次の様に述べている。

 私は、大きい感動にゆすぶられた。死を伴うほどの責任、それも私の知り尽くしている諸事実に照らして、明らかに天皇に帰すべきではない責任を引き受けようとする。この勇気に満ちた態度は、私の骨の髄までも揺り動かした。私はその瞬間、私の前にいる天皇が、個人の資格においても、日本の最上の紳士である事を感じ取ったのである。

 このことを知り、当時私は大きな感動を覚えたものである。櫻井氏はこの昭和天皇とマッカーサーとのやりとりをどう受け止めるのであろうかお聞かせ戴きたいものである。

 また2日の日記で取り上げた『正論』10月号の論文についても触れておきたい。

 論文の中で櫻井氏は、故末次一郎氏と私とのやり取りについて次の様に書いている。

 〈もうひとつの出来事は、故末次一郎氏に対する面罵である。

 末次氏は「ミスター北方領土」と呼ばれるほど、日ソ・日露関係に深く長く関わってきた。一貫して「四島一括返還」を唱える一方で、ロシアに太い人脈を有する専門家である。

 その末次氏を、鈴木氏は2000年8月8日、日ロ友好議員連盟の通常総会の席で怒鳴りつけたのだ。前出の「虚実…」より引用する。

 〈「末次先生、この際、はっきり言わせてもらいます。(四島一括返還という)原則論ばっかり言って、何が進んだんですか。進まなかった責任はだれが取るんですか」

 マイクを通じた鈴木の面罵する声が部屋中に鳴り響いた〉、〈末次が「今の対ロ交渉はロシア側の計略にまんまと引っ掛かっている(略)」と反論すれば、鈴木は「原則論で外交は動かない」などと大声で口をはさみ反論を許さない。司会者があわてて進行を打ち切るほど、二人の応酬は激しかった〉、〈その末次は鈴木との応酬を終えた後、こう漏らした。「(駐日ロシア大使の)パノフさんの前で、あそこまで言うのか。鈴木君は本当におかしくなったぞ」。直後、同じホールで記者団に取り囲まれた鈴木は「末次先生の時代は終わったんです」と声を張り上げた〉〉

 公衆の面前で私と末次さんが激しい議論を交わしたことは事実であるが、それもお互い日本の国益を考えての、大人の議論である。

 私は末次先生を怒鳴りつけたことはない。「末次先生の時代は終わった」という発言をしたこともない。「司会者があわてて進行を打ち切るほど、二人の応酬は激しかった」という事実もない。末次先生は「鈴木君よりも私の方がソ連よりも長く相対してきた」と述べられ、それに対して私が「長くやられてきたことは存じ上げておりますが、それで何か結果が出たでしょうか」ということを言ったのだ。

 櫻井氏も、引用するのならば正しい事実を書いたものを引用して戴きたい。2日の日記でも触れたが、北海道新聞のコラム「虚実『鈴木宗男』を追う」は当時のメディアバッシングの中で書かれたものであり、その内容はまさに「虚実」なのだ。私の批判をするのなら、櫻井氏自身の言葉でして戴きたい。

 事実、議論の後も私と末次氏の信頼関係は消えていなかった。その後も末次氏は資金面で私のところに相談に来られている。それは末次氏が亡くなられるまで続いた。

 このことは、末次氏の側にいた吹浦忠正氏が一番良く知っている。櫻井氏も、「虚実『鈴木宗男』を追う」を鵜呑みにし、正確でない、事実でないまさに虚実の記事を引用するのはやめて戴きたい。その場にいた出席者はじめ、当時の経緯を良く知る人物に直接聞き、このコラムが正しいか否かを検証してみるべきだろう。そうして初めて引用すべきでないか。

 7時40分羽田発で釧路へ向かう。11時から釧路港国際コンテナターミナル供用開始式に出席し、テープカットをする。

 12時から内外ニュースの月例会で講師を務められる清宮龍先生にご挨拶に伺う。
 15時05分釧路発で丘珠へ。16時50分から北海道税理士政治連盟第43回定期大会懇親会に出席し、挨拶の機会を得る。

 各会合で気がつくことだが、応援して下さった人は喜んで近づいてくれるが、逆の人は何となくかしこまっている感じである。人の動きは見事に自分の立場を表している。
 大変勉強になるものである。



 昨日発売された月刊『正論』10月号に、「北方領土問題であなたは本当に国益を害しませんでしたか 鈴木宗男氏の批判に答える」との題の、櫻井よしこ氏による論文が掲載されている。これまで何度もこのムネオ日記で取り上げてきたが、事の発端は、櫻井氏が5月14日付の産経新聞上で、

 〈いま、4島返還論の側に立つかのような印象を与える鈴木宗男氏は「4島一括返還」という言葉自体を「時計の針を逆に戻すもの」と批判した。いわゆる段階的返還論を論ずることで、鈴木氏もまた、日本側が2島返還でとりあえず、問題決着をはかる用意があるかのような印象を、ロシア側に与えたのであり、責任は重大だ〉

 と、私は一貫して四島返還論者であるのに、あたかもかつてはそうでなかったとの印象を与えかねない論文を発表したことである。

 私はこれまで何度も櫻井氏に内容証明文書で質問状を送付し、同氏の真意を問うてきた。それに対する回答が、今月号の正論における論文ということの様だ。

 その内容を読んで感じたことは、櫻井氏自身の言葉で語られていないということである。全て他人の話、論文を引用したものだ。しかも、2002年の新聞記事、雑誌である。更に言うと、2002年に外務官僚が流した情報操作や共産党の国会質問に依拠した強弁で、噴飯物の内容だ。

 あの時の異常なメディアスクラムによるムネオバッシングによる報道が正しかったのかどうかを検証もせずにただ引用しているところに、櫻井氏の基礎体力のなさが感じられる。もっとも、櫻井氏がジャーナリストを名乗るにもかかわらず、真実を追求する姿勢に欠ける政治扇動家のような態度をとっていることは、櫻井氏の人間性を知る上ではそれなりに参考にはなる。

 まずはじめに一点、指摘しておきたいことがある。「四島一括返還」の定義に関する櫻井氏の考えである。
 129頁において、櫻井氏は次の様な主張をしている。

 〈ここで重要なのは、「四島一括返還」の定義である。私は中山氏、もしくは日本政府が「四島一括返還」の「一括」をどのような意味で用いているのかを質した。氏が答えた。

 「一括は、一括りという意味で、必ずしも同時返還ではありません。最終目標として四島返還に辿りつけばよいのであって、島々の返還の時期や方法は違っていてもよいという考えです。しかし、あくまでも、二島で終わり、ではない。当時も二島返還論はありましたが、日本政府はあくまでも四島返還の基本を確保し、あとは柔軟にということです」

 これが私の言う「四島一括返還」の定義でもある。頑なに同時返還を言っているのではない。〉

 ここで櫻井氏が言っている「四島一括返還」は、まさに私が主張してきた「段階的返還論」、そして外務省が発行している『われらの北方領土』にある「我が国固有の領土である北方四島の帰属の問題を解決してロシア連邦との間で平和条約を締結するという基本的方針を堅持しつつ、北方四島の我が国への帰属が確認されれば、実際の返還の時期、様態及び条件については柔軟に対応する」の記述と意味が同じではないか。
 私は過去から現在に至るまで、一度たりとも歯舞、色丹、国後、択捉の四島を最終的に日本に取り戻すことを諦めたことはない。また、四島のうちの何島かの返還をもって、北方領土問題の最終的解決を図ろうと考えたこともない。最終的には四島全てを返してもらう。この点で私は一切ぶれない。

 櫻井氏がかねてから主張してきた「四島一括返還」が、四島全ての同時返還にこだわるものではないのなら、なぜ私が言う段階的返還論を批判してきたのだろうか。櫻井氏は議論をすり替えているのではないだろうか。四島一括返還の定義が、初め私を批判して時と変わっているのではないだろうか。この点、櫻井氏の真意を是非ともお聞きしたいものである。
 更に櫻井氏は134頁で次の様に書いている。

 〈さて、私が、鈴木氏は「二島返還」を目指していると疑ったもうひとつの情報がある。それは2002年3月11日の参院予算委員会で、民主党が明らかにした外務省内部文書だった。1995年6月、当時の西田恒夫欧亜局参事官が鈴木氏を訪れ、色丹島での診療所建設問題を説明した際のやりとりの記録である。

 同資料は外務省で「秘 無期限」と分類されていたが民主党の情報開示要請によって外務省が秘密私邸を解除したものだ。全文が開示された文書には次のような鈴木発言が記されている。

 〈そもそも、北方領土問題というのは、国のメンツから領土返還を主張しているに過ぎず、実際には島が返還されても国として何の利益にもならない。そうであれば、戦後50年もたって返還されないという事実を踏まえ、わが国は領土返還要求を打ち切って、四島との経済交流を進めていくべきと考える。領土返還運動に十時している人たちはたいへんな被害にあっているので、自分と同じような意見をもった者がいる〉

 なんと、島が返されても「何の利益にもならない」「領土返還要求を打ち切」り、「経済交流を進めていく」と語ったというのだ。〉

 この件については、後段に櫻井氏自身が書いているように、国後島を目前に望む北海道根室管内羅臼町では、この様な意見を持っている人がいるということを述べたものである。私自身がこの様な考えを有しているのではない。

 この時、福島正則という外務事務官が西田氏と話していた私の発言をメモ取りしていたのだが、私はかなりの早口である。福島氏が正確に私の発言を書き取って作成された報告書ではない。

 また、私の発言を元にして報告書をつくるのなら、事前に私に確認を取れば良い話だ。それをせずに一方的な報告書をつくり、それが事実だと言い切る外務省。そして、それを鵜呑みにする櫻井氏。悪意に満ちた負の連鎖が続いている。

 この点について、櫻井氏はプロのジャーナリストとして、どの様な認識を持っているのか。ノンフィクション作家としての櫻井氏の水準が問われる。

 もう一つ指摘したいのは、既に触れたが、櫻井氏の論文の情報元である。論文には随所に、北海道新聞のコラム「虚実『鈴木宗男』を追う」が引用されている。また、2002年当時の『正論』における齋藤勉氏の論文等、日本国民全てが“反ムネオ”状態にあったとも言える、当時のマスコミの論調が元にされている。

 櫻井氏に問いたい。これらの報道は正しかったのか。櫻井氏自ら、北海道新聞そして齋藤氏に対し、当時の報道が公平、公正であったのか否か、確認をしているのか。ある情報が正しいか否かの裏づけ作業もせず、ただそれを鵜呑みにして文書を作ることなどは、大学生の卒業論文ですら許されることではない。
 また櫻井氏は127頁から128頁にかけ、次の様に書いている。

 〈2001年3月25日、森喜朗首相はイルクーツクでプーチン大統領と首脳会談を行った。その約ひと月前の2月、鈴木氏(自民党総務局長)が、元首相で沖縄及び北方対策担当相の橋本龍太郎氏の発言をやり玉にあげた。(中略)

 橋本氏は、首相在任中に、クラスノヤルスクや川奈などでエリツィン大統領との首脳会談をこなし、北方領土問題に取り組み、日ロ関係をそれなりに深めた人物である。しかもこの時、橋本氏は北方領土担当大臣である。加えて鈴木氏の属する橋本派の長である。その上下関係が、北方領土問題においては完全に逆転し、現職の担当大臣、かつ、派閥の長に、「四島一括返還」の発言を訂正させた。鈴木氏が北方領土政策を、全力で変えようとしていたことを見せつける出来事だった。〉

 私が橋本元総理に直言したことは事実である。それは全て日本の国益を考えてのことだ。事実、真実を指摘する際、派閥の領袖、大臣等、相手の肩書きを見て判断することは逆に誠実ではない。国民の負託を受けた国会議員として、相手が誰であろうと、正しいことは臆することなく主張しなくてはならない。

 また橋本元総理は、私の指摘を受け、自らの発言を訂正するコメントを出している。このことを櫻井氏は承知しているだろうか。また、橋本元総理がご健在のうちに、直接ご本人に話を聞く等の確認作業をしたことはあるのか。この点も、櫻井氏の主張は根拠が曖昧だ。

 詳細な反論は、私も然るべき場において改めてさせて戴きたいと考えている。読者の皆さんも、櫻井氏の主張が公正、公平なものか、冷静に判断して戴きたいと思う。

 また、論文中で櫻井氏がその名を挙げている末次一郎氏にしても、元外務官僚の新井弘一氏にしても、私はそれぞれ興味深い話を知っている。いずれ公(おおやけ)にしていきたい。

 終日議員会館でたまった手紙や書類等の整理をする。一か月留守にすると、やはり大変な量である。
 量と言えば、落選し、議員会館を出るはめになった議員の部屋からの膨大な書類等が廊下に溢れている。本など、「捨てるのはもったいない」と目につくものもある。

 部屋を明け渡さざるを得ない人に同情を禁じ得ない。勝負の世界は何においても厳しいものである。


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2009年7月9日(木)

択捉島の今朝は強い風とそれに伴う高波で、艀(はしけ)が出せない。午前中内岡港で待機したが、10時半(日本時間12時半)、事務局と団長、副団長、顧問団で協議し、上陸を諦める決定をし、13時、内岡(なおか)港を出発。国後の古釜布に向かう。

 一日だけの択捉島だったが、昨日は好天で、直近の択捉島の様子を見ることが出来て良かった。特に外交的でないラズミシキン・クリル地区長にはっきりモノを言う機会があったことに満足する。

 内岡(なおか)はオホーツク海側に面し、天気に左右されやすいところだ。7日の国後、8日の択捉と、二日間の好天に感謝したい。

 国後も択捉も港整備は予定どおり進んでいるという。択捉の空港も工事が続けられており、世界経済が低迷する中でも、ロシア政府による「クリール諸島社会経済発展計画」に今のところ変化は見られない。

 商店に行っても、肉も野菜、果物、雑貨等、品物は豊富であった。日本の物で目についたのは、アサヒの缶ビールだった。これもウラジオストック経由で入ったものだという。

 港、空港の整備に日本の技術力を活用し、商品にしても日本の安心、安全な物を提供していくことが、日本に対する理解を深め、信頼関係を高めることになると考える。外務官僚の「不法占拠されているところに日本人が立ち入るべきではない」「四島での仕事に参入、参加することは認められない」という、冷戦時代の頭作りで事態が推移していくなら、もう日本の出番はなくなる。振り返ったら中国、韓国の企業が進出し、「日本の出る幕はありません」では、何も得られるものはない。

 北方四島は係争地域、未解決の地域であり、話し合いで解決することで日ロの最高首脳は合意している。外交は政府間の交渉でしっかりやり、それ以外の、例えば文化の面では、北方四島の先住民族であるアイヌ民族の歴史的位置づけを、経済面では、日ロの協力、連携を重層的に考え、進めていくことが大事ではないか。3年前の色丹、昨年の択捉、今回の国後、択捉を訪問しながら、つくづく思うものである。

 船が揺れるので、今日はこの辺でお許し戴きたい。
 明日、根室で14時から「フォーラム神保町 in根室 緊急集会」が根室商工会館で開催される。ジャーナリストの魚住昭さん、作家の宮崎学さん、元外務省主任分析官で大宅壮一賞作家の佐藤優さんが根室に来られてのフォーラムである。

 これだけのメンバーが根室に揃うのは滅多にないことである。私も参加して、北方領土の最新の情報をお伝えしたい。元島民の方々はじめ、関心のある方は是非とも足を運んで戴きたい。

 19時前にイタリア・ラクイラでの日ロ首脳会談で、北方領土問題については進展がなかったという電話連絡を受ける。麻生首相が今おかれている状況、あるいは3・5島論、北特法(北方領土問題等の解決の促進のための特別措置に関する法律)の改正等、様々な出来事を考える時、当然の結果である。
 やはり、政権交代をして、過去の約束事に基づいて現実的解決を図るしかないと考える。
 今、国後島の爺爺(ちゃちゃ)岳が目に入る。かつて私が第一線で領土問題に取り組んでいた時、近くなった北方四島が、小泉政権以後、段々と離れていった。夕日に染まる爺爺(ちゃちゃ)岳を見ながら、政権交代により、何としても日本に引き戻す、近づけると決意を新たにするものである。



2009年6月23日(火)
 5月14日付の産経新聞に掲載されている櫻井よしこさんの記事の中に、「いま、4島返還論の側に立つかのような印象を与える鈴木宗男氏」と、私について根拠のない批判がなされていることについては、5月14日と18日のムネオ日記で既に触れている。
 この櫻井氏の記事について、私は5月18日付で、櫻井氏に質問状を送付した。その内容については18日のムネオ日記に全文を掲載しているが、その後櫻井氏からの回答を含め、何度か書簡のやり取りがあったので、これまでの経緯を改めて読者の皆様にお知らせしたい。
 5月18日に最初の質問状を送付した後、しばらく櫻井氏からの回答がなかったので、6月10日、私から再度以下の質問状を内容証明郵便で送付した。

 拝啓 初夏の候、櫻井様におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
 本年5月14日付産経新聞(以下「産経記事」とする。)に掲載されている「麻生首相に申す 領土問題1ミリも譲るな」と題する櫻井様の文書に関する質問状を、同月18日付で郵送させて戴きましたが、お手元に届いておりますでしょうか。
 櫻井様は産経記事の中で「さらに、これらの発言より数年前に、いま、4島返還論の側に立つかのような印象を与える鈴木宗男氏は『4島一括返還』という言葉自体を『時計の針を逆に戻すもの』と批判した。いわゆる段階的返還論を論ずることで、鈴木氏もまた、日本側が2島返還でとりあえず、問題決着をはかる用意があるかのような印象を、ロシア側に与えたのであり、責任は重大だ。」と述べられておりますが、既に述べた様に、右の記述には客観的、具体的な根拠が欠落しており、当方の北方領土交渉に対する姿勢を不当に貶め、国会議員としての、ひいては一個人としての当方の名誉を傷つけるものであります。
 6月10日時点で未だご回答を戴いておりませんので、以下2点につき、再度質問させて戴きます。

1. 産経記事には「これらの発言より数年前に、いま、4島返還論の側に立つかのような印象を与える鈴木宗男氏は」、「いわゆる段階的返還論を論ずることで、鈴木氏もまた、日本側が2島返還でとりあえず、問題決着をはかる用意があるかのような印象を、ロシア側に与えたのであり、責任は重大だ。」とありますが、私はこれまで一度たりとも四島返還という考えを変えたこともなく、四島返還という政府方針から逸脱してロシアとの交渉に当たったこともありません。櫻井様が、過去に当方が歯舞、色丹、国後、択捉の4島よりも少ない、例えば歯舞・色丹の二島のみの返還によって北方領土交渉に決着をつけることを目指していたとする、具体的、客観的根拠は何か、明確に示されることを求めます。
2. 産経記事には「鈴木宗男氏は『4島一括返還』という言葉自体を『時計の針を逆に戻すもの』と批判した。」とありますが、日本政府は当時の中山太郎外務大臣がモスクワを訪問し、当時のゴルバチョフ・ソ連大統領、エリツィン・ロシア大統領などと公式に会談した1991年10月以降、北方領土交渉において、「四島一括返還」という主張をしておりません。今更「四島一括返還」という言葉を持って交渉にあたることは、自由と民主のロシアではなく、共産主義のソ連を交渉相手としていた時代に戻ることを指すという意味で、私は「時計の針を逆に戻す」旨主張したものです。北方領土交渉に当たる政府方針の変化等を含め、この様な経緯を櫻井様は承知されておりましたでしょうか。

 先に述べた様に、産経記事にある櫻井様の主張は、私の政治家としての過去の行動や、私に対する評価を不公平にねじ曲げるものであります。誤った認識、客観的ではないことに基づき、勘違い以外の何物でもない主張をされては、私としては迷惑千万であります。また何よりも、国民に間違った判断材料を提供し、国益を損ねることになります。
 ご多忙の中恐縮ですが、本書簡を受け取られてから72時間以内を目処に、右の二つの問いに対し、櫻井様が明確な回答をされることを再度強く求めます。
 敬具
 平成21年6月10日
 新党大地代表 衆議院議員
 鈴木宗男


その後、15日にようやく櫻井氏から回答が届いた。中身は、

《政治家であり、公人であり、メディアでも活躍中の言論人でもあるにもかかわらず、配達証明や内容証明を送りつけるとはどういうことでしょうか。公人であり、言論人であれば、このような姑息な証明郵便を用いるのではなく、堂々と議論を挑まれるのが筋ではありませんか。鈴木議員が毎月送って下さっている『月刊自由』でも、その他如何なるメディアでも、私は議論を受けて立ちたいと思います。》

 というものだった。
 櫻井氏は何ら私の質問に答えていない。それどころか、正確を期すために私が配達証明、内容証明郵便で質問状を送付したことを「姑息」であるとまで言い切っている。

 また私は、櫻井氏に『月刊自由』なる雑誌を送ったことはない。私が毎月送付させて戴いているのは『月刊日本』という雑誌である。単なる言い間違いであるとは思うが、この様な細かな点を間違うだけでも、櫻井氏の日ごろの主張のいい加減さが窺い知れるのではないか。

 公の場での議論は、勿論私も大いに望むところである。しかし、議論を行う以前に、ある前提条件を満たす必要がある。それは、議論のテーマとするものについて、双方が自身の主張に客観的、具体的な根拠を有し、正確な事実関係を把握していることである。

 櫻井氏は、過去に私が歯舞、色丹、国後、択捉の4島よりも少ない、例えば歯舞・色丹の二島のみの返還によって北方領土交渉に決着をつけることを目指していたとする具体的根拠を示していない。また、1991年後半以降、北方領土交渉において我が国のスタンスが変わり、四島一括返還という言い方はしなくなったということを理解していたのかどうかについても、何の回答もしていない。

 櫻井氏がただの勘違い、思いこみで物を言うのならば、そもそも議論を行う土台ができていないということであり、建設的な議論を行うことは無理である。私は事実に基づいて客観的な主張をしているのに、もう一方は主観的な思いこみによる主張をする。こんな議論を何時間したところで、話はかみ合わず、何の生産性もない。

 だから私は櫻井氏に対して、5月14日付の産経新聞でご自身が述べていることに関して私が問うたことにまずは答えてほしいと訴えているのである。
 6月16日、私は再度質問状を送った。内容は以下の通りである。


 前略 櫻井様
 6月15日、櫻井様のご回答を拝受致しました。

 櫻井様は「政治家であり、公人であり、メディアでも活躍中の言論人でもあるにもかかわらず、配達証明や内容証明を送りつけるとはどういうことでしょうか。公人であり、言論人であれば、このようなこそくな証明郵便を用いるのではなく、堂々と議論を挑まれるのが筋ではありませんか。」と憤っておられます。

 御指摘の通り、最初に私は配達証明付きの郵便で質問状を送付させて戴きました。公開の場での議論は、私も大いに望むところでありますが、それを行う前提として、櫻井様が5月14日付の産経新聞(以下「産経新聞」とする。)に書かれたことに関し、まずはその真意を確認させて戴く必要があると考え、更に正確を期すために配達証明付の郵便で郵送したものであります。仮に櫻井様の主張に具体的、客観的な根拠がなく、事実誤認をされているのなら、議論そのものが成り立たないからです。それに対する回答を戴けなかったことから、内容証明付きで再度質問状を送付させて戴きました。

 配達証明も内容証明も、我が国における正式な郵便制度の手段であります。公の議論を行う前段階における事実確認にこれらの制度を用いることは、何ら姑息な手段ではなく、櫻井様が「配達証明や内容証明を送りつけるとはどういうことでしょうか」と憤られる筋のものでもないと私は考えます。繰り返しますが、櫻井様からご回答を戴けなかったため、より正確を期すために内容証明付きで再度質問状を郵送させて戴いた、それだけのことです。

 また櫻井様は、私が毎月「月刊自由」を送っている旨述べられていますが、私が毎月送らせて戴いているのは「月刊日本」であり、「月刊自由」ではありません。単なる勘違いかどうかは私の与り知らぬところでありますが、この様な細かな点で不正確であることをとっても、櫻井様が私に対し、如何に事実、真実に基づいた主張をされていないか、その証左ではありませんか。

 櫻井様御指摘の通り、私は選挙という手続きを経て国民から選ばれた公人であります。櫻井様が提案される堂々とした議論に、私は喜んで応じたいと考えております。しかし、事実誤認に基づいた主張についてまで、議論に応じる義務はないと考えます。櫻井様も言論活動に従事されている言論人のお一人であると承知します。そうであるならば、堂々とした議論を行うための前提として、産経新聞におけるご自身の主張に対する私の2つの質問に、まずはお答え戴きたいと存じます。
 念のため、質問事項を再度お伝え致します。


1. 産経新聞で櫻井様は「これらの発言より数年前に、いま、4島返還論の側に立つかのような印象を与える鈴木宗男氏は」、「いわゆる段階的返還論を論ずることで、鈴木氏もまた、日本側が2島返還でとりあえず、問題決着をはかる用意があるかのような印象を、ロシア側に与えたのであり、責任は重大だ。」と主張されておりますが、私はこれまで一度たりとも四島返還という考えを変えたこともなく、四島返還という政府方針から逸脱してロシアとの交渉に当たったこともありません。櫻井様が、過去に私が歯舞、色丹、国後、択捉の4島よりも少ない、例えば歯舞・色丹の二島のみの返還によって北方領土交渉に決着をつけることを目指していたと主張される具体的、客観的根拠は何か、明確に示されることを求めます。

2. 産経新聞で櫻井様は「鈴木宗男氏は『4島一括返還』という言葉自体を『時計の針を逆に戻すもの』と批判した。」と書かれておりますが、日本政府は当時の中山太郎外務大臣がモスクワを訪問し、当時のゴルバチョフ・ソ連大統領、エリツィン・ロシア大統領などと公式に会談した1991年10月以降、北方領土交渉において、「四島一括返還」という主張をしておりません。今更「四島一括返還」という言葉を用いて交渉にあたることは、自由と民主のロシアではなく、共産主義のソ連を交渉相手としていた時代に戻ることを指すという意味で、私は「時計の針を逆に戻す」旨主張したものです。北方領土交渉に当たる政府方針の変化等を含め、この様な経緯を櫻井様は承知されておりましたでしょうか。


 これらの質問にご回答下さり、ご自身の主張の具体的、客観的根拠を明確に示して下さるのならば、私は如何なる場でも、正々堂々と、櫻井様との議論に応じさせて戴きます。

 ご多忙のこととお察し致しますが、本書簡を受け取られてから早急にご回答下さいます様、強く求める次第です。
草々

平成21年6月16日
新党大地代表 衆議院議員
 鈴木宗男

 

 これに対し、本日22日、櫻井氏より書簡が届いた。中身は
 
《私は鈴木議員も論じた「いわゆる段階的返還論」がロシア側に「日本側が、二島返還でとりあえず、問題決着をはかる用意があるかのような印象」を与えたと明記しています。

 この記述のどこが「事実誤認」なのか、むしろ、私は、鈴木議員の説明をこそ、ききたいと思います。
 「四島一括返還」に関する記述も、事実そのものです。この事実を指摘したことに関してお尋ねの点については、私信よりもきちんと公の場で議論をするべきことであると考えています。》
 
 というものであった。櫻井氏はここでも私の質問に答えようとせず、論点を微妙にすり替えようとしている。櫻井氏ほどの人物がこんな回答をするとは、正直驚きである。

 まず断っておくが、私は櫻井氏に対して「私信」を出しているつもりはない。5月18日、このムネオ日記上で私の質問状を掲載している時点で、これは櫻井氏と私という個人的な枠組みを超え、公の目に晒されるものであるとの覚悟を決めている。まして議論のテーマは、北方領土問題という、鈴木宗男という一政治家、一個人に留まらず、日本国家、日本民族の名誉と尊厳に関わる問題である。櫻井氏と私のやり取りは、単なる私信のやり取りではない。

 右の回答において櫻井氏は「私信よりもきちんと公の場で議論をするべきことであると考えています。」と言っている。櫻井氏は、これまでやり取りしてきた書簡はあくまでも私信であるとしたい様だが、言葉、つまり文書を扱うことを生業とする言論人がこの様な態度をとることは、果たして妥当であろうか。
 櫻井氏は再三、書簡のやり取りではなく公の場で議論をすべきと主張している。既に触れたが、櫻井氏の回答を再度ここで引用したい。

《「私は鈴木議員も論じた「いわゆる段階的返還論」がロシア側に「日本側が、二島返還でとりあえず、問題決着をはかる用意があるかのような印象」を与えたと明記しています。

 この記述のどこが「事実誤認」なのか、むしろ、私は、鈴木議員の説明をこそ、ききたいと思います。」》

 とんでもない議論のすり替えである。先に掲載した私の質問状をご覧戴きたい。私の質問はこうだ。

〈産経記事には「これらの発言より数年前に、いま、4島返還論の側に立つかのような印象を与える鈴木宗男氏は」、「いわゆる段階的返還論を論ずることで、鈴木氏もまた、日本側が2島返還でとりあえず、問題決着をはかる用意があるかのような印象を、ロシア側に与えたのであり、責任は重大だ。」とありますが、私はこれまで一度たりとも四島返還という考えを変えたこともなく、四島返還という政府方針から逸脱してロシアとの交渉に当たったこともありません。櫻井様が、過去に私が歯舞、色丹、国後、択捉の4島よりも少ない、例えば歯舞・色丹の二島のみの返還によって北方領土交渉に決着をつけることを目指していたとする、具体的、客観的根拠は何か、明確に示されることを求めます。〉

 櫻井氏は5月14日の産経新聞に「いま、4島返還論の側に立つかのような印象を与える鈴木宗男氏は」と書いている。ということは、裏を返せば、「かつて鈴木宗男は4島返還論の側に立っていなかった」ということである。これは簡単な話であり、賢明な読者の皆さんは勿論、櫻井氏も当然御理解されていることと思う。

 私が問うているのは、櫻井氏が何を根拠に「かつて鈴木宗男は4島返還論の側に立っていなかった」と主張しているのか、という点である。

 私は一貫して四島返還論者である。四島より少ない数の島の返還をもって、ロシアと平和条約を締結し、北方領土問題の最終的解決とすることなど、一度も考えたことはないし、ロシアとの交渉の場でその様な話をしたことは一度たりともない。

 私は、櫻井氏の好む「四島一括返還論」を今後何百回、何千回、何万回繰り返したところで、島は一つも日本に返ってこないし、一ミリも日本に近づくことはないと考えている。それよりは、現実的に四島を取り戻すにはどうすれば良いかを考えるべきだと主張したい。

 四島が同時に全て返ってくることがないのなら、例えば56年宣言に基づき、歯舞、色丹については具体的な返還の時期を決める。国後、択捉については、日本への帰属を認めさせるべく、ロシアと交渉を続ける。この様ないわゆる「段階的返還論」が、最終的に四島を取り戻す上で最も現実的であると考えた。勿論これは、私や東郷和彦氏、佐藤優氏の独断では決してなく、当時の日本政府の方針であったのだ。
 私が問うているのは、櫻井氏がすり替えている、この「段階的返還論」が「ロシア側に『日本側が、二島返還でとりあえず、問題決着をはかる用意があるかのような印象』を与えた」か否か、ということではない。櫻井氏においては、質問のポイントをずらすことのないよう、切に求めたい。

 結局櫻井氏は、「印象論」で物事を語っているとしか思えない。印象のみを持って物事を語るのは容易い。何の裏づけ作業も事実関係の検証も必要なく、ただ自分の思いこみ、印象に基づいた主張をすれば良いのだから。

 しかし同時に、「印象論」は実に危険でもある。印象は往々にして一方的な思いこみ、勘違いにより、具体的、客観的な根拠に欠けることが多い。櫻井氏の様な、広く公となる出版物において言論活動をし、社会に大きな影響力を持っている言論人が、「印象論」に基づいて批評活動を行うのなら、それは世論をミスリードし、国益を損ねることになりかねない。

 また櫻井氏は、私の二つめの質問についてこう答えている。

《「四島一括返還」に関する記述も、事実そのものです。この事実を指摘したことに関してお尋ねの点については、私信よりもきちんと公の場で議論をするべきことであると考えています。》

 私の二つめの質問とは次のものだ。

〈産経新聞で櫻井様は「鈴木宗男氏は『4島一括返還』という言葉自体を『時計の針を逆に戻すもの』と批判した。」と書かれておりますが、日本政府は当時の中山太郎外務大臣がモスクワを訪問し、当時のゴルバチョフ・ソ連大統領、エリツィン・ロシア大統領などと公式に会談した1991年10月以降、北方領土交渉において、「四島一括返還」という主張をしておりません。今更「四島一括返還」という言葉を用いて交渉にあたることは、自由と民主のロシアではなく、共産主義のソ連を交渉相手としていた時代に戻ることを指すという意味で、私は「時計の針を逆に戻す」旨主張したものです。北方領土交渉に当たる政府方針の変化等を含め、この様な経緯を櫻井様は承知されておりましたでしょうか。〉

 かつて私が、「四島一括返還」という言葉は時計の針を逆に戻すものであるとの批判をしたことは事実である。その真意は右に述べた通りであり、ここで繰り返すことはしない。

 私が問うているのは、櫻井氏が北方領土交渉に当たる政府方針や当時の国際情勢の変化等、北方領土問題に係る一連の経緯を承知していたか否かという点である。なぜ櫻井氏はこれに答えず、「私信よりもきちんと公の場で議論をするべきことであると考えています。」と逃げるのだろうか。答えは「知っていた」、「知らなかった」のどちらかしかないではないか。

 更にもう一点、指摘したいことがある。それは櫻井氏が6月14日付で送付された一つめの回答文において、『月刊自由』なる雑誌名を挙げていることだ。

 私が櫻井氏に毎月送付しているのは『月刊日本』である。この点に関する指摘についても、櫻井氏は何も答えていない。

 これは単なる言い間違いかもしれない。間違いは誰にでもある。しかし間違えたのなら、それをきちんと訂正すべきである。

 この様な細かな事実関係すら正確に記すことができずして、また、自らのミスを改めることもできずして、どうして櫻井氏が声高に主張する「公の場での議論」ができようか。一時を疎かにする人間に、大事を語れるとは到底思えない。

 櫻井氏に再度訴える。まずは私の質問に正確に答えることだ。その上であなたの望む公の場での議論を正々堂々と行おうではないか。先に私を撃ってきたのはあなたであり、質問に答える義務があなたにはあるのではないか。

 櫻井氏のご返事を待ちたい。

 議員会館で仕事をし、14時から千代田プレスクラブで講演。政局と選挙についてお話しさせて戴く。
 マスコミ関係者の集まりであるが、意見交換もでき、良い会であった。

 18時半から釧路出身の東洋スーパーミドル級チャンピオンの清田祐三選手の激励会に出席。地元釧路からチャンピオンが出たのは嬉しい限りである。益々のご活躍を期待してやまない。



2009年5月21日(木)
 今日の参議院予算委員会に谷内正太郎政府代表は政府参考人として出席し、毎日新聞のインタビューで述べた北方領土3・5島返還について「3・5島でもいいのではないかという類の発言は一切していない。全体の流れの中で誤解を与える部分もあったかもしれず、深く遺憾に思っている。私の基本的立場は政府方針どおりだ」と答弁している。

 一ヶ月も経ってから釈明しているだけでもおかしい。政府代表として官邸に自分の部屋を持ちながら、どうしてもっと早くに国民に説明責任を果たさなかったのか不思議でならない。このことは外務官僚にも言えることである。

 ソ連時代、日本政府は「四島一括返還」と、ソ連に対し強硬に言った。更に「領土問題は存在しない」というソ連に、「即時」という言葉を付け、「即時四島一括返還」とまで言ってきた。

 ところが1991年12月、ソ連が崩壊し、自由と民主、自由経済のロシアになってから、四島一括という考えを政府は変えた。外務省広報誌の「われらの北方領土」にある様に、

〈交渉にあたり、我が国は、ロシア側が九一年後半以降示してきた新たなアプローチを踏まえ、北方四島に居住するロシア国民の人権、利益及び希望は返還後も十分に尊重していくこと、また、四島の日本への帰属が確認されれば、実際の返還の時期、態様及び条件については柔軟に対応する考えであることを明示しつつ、柔軟かつ理性的な対応を取りました。〉

 となったのである。
 この変化を、外務省は国民にきちんと説明していない。政治家の中でも不勉強な者には、未だに四島一括という言い方をする人がいる。然るべき立場にある人は、返還運動ではなく、返還交渉をするのである。今日の谷内氏の答弁を聞きながら、外務官僚の不作為をつくづく感じるものだ。

 私は政府の方針に沿って、時には総理の特使として北方領土返還、平和条約締結交渉にタッチしてきた。二島先行返還論だとか段階的解決論だとか、ひどい時には「鈴木は二島ポッキリだ」などと言われたが、私は四島の旗を降ろしたことはただの一度もない。四島を現実的に返してもらうにはどの様なアプローチがあるのかと考えたのである。

 国賊扱いされた7、8年前を想い出す時、今回の3・5島返還論の谷内発言で話が付くのなら、とっくの昔に二島が返還され、残り二島も具体的に日本に返還される道筋を作れていたと、内心忸怩じくじたるものを感じる。

 私の騒動は権力闘争の一面もあり、政治の世界、まさに一寸先は闇である。ここは政権交代をして、外交もダイナミックに変えなくてはいけない。いや、変える必要がある。

 そのためにも選挙に勝つことである。新党大地は「北の大地 北海道からチェンジ!」を訴え、実現してゆく。

2009年5月18日(月)

 今月14日木曜日のムネオ日記で既に触れたが、14日付の産経新聞に掲載されている櫻井よしこさんの記事の中に、私に関する箇所がある。そのことについて、本日配達証明郵便で、櫻井さんに対して質問状を出した。以下、全文をご紹介するので、目を通して戴きたい。

 拝啓 櫻井様におかれては、益々健勝にご活躍のこととお慶び申し上げます。日頃精力的にご活動されていることに、心から敬意を表します。

 さて、本年5月14日付産経新聞の1面、2面に、「麻生首相に申す 領土問題1ミリも譲るな」と題する、櫻井様の文章が掲載されております。その中に、以下の様な記述があります。

 〈谷内正太郎前外務次官も、4月17日、面積で2分する「3・5島論でもいいのではないか」と発言したと報じられた。日本側が自らの交渉の土台を切り崩しているのである。

 さらに、これらの発言より数年前に、いま、4島返還論の側に立つかのような印象を与える鈴木宗男氏は「4島一括返還」という言葉自体を「時計の針を逆に戻すもの」と批判した。いわゆる段階的返還論を論ずることで、鈴木氏もまた、日本側が2島返還でとりあえず、問題決着をはかる用意があるかのような印象を、ロシア側に与えたのであり、責任は重大だ。〉

 櫻井様は「これらの発言より数年前に、いま、4島返還論の側に立つかのような印象を与える鈴木宗男氏は」、「いわゆる段階的返還論を論ずることで、鈴木氏もまた、日本側が2島返還でとりあえず、問題決着をはかる用意があるかのような印象を、ロシア側に与えたのであり、責任は重大だ。」と主張されております。右の記述は、過去に私が歯舞、色丹、国後、択捉の4島よりも少ない、例えば歯舞・色丹の二島のみの返還によって、北方領土交渉に決着をつけることを目指していたことがあたかも事実であるかの印象を、産経新聞の読者及び世間一般に与えかねないものでありますが、これはどの様な根拠に基づいての認識であるのでしょうか。

 明確に申し上げます。私は、4島返還の旗を降ろしたことは一度もありません。歯舞、色丹、国後、択捉は我が国固有の領土であり、私はこれを譲ったことはないのです。

 7年前、私がバッシングを受け、逮捕された時期、新聞等の一部マスコミより、「鈴木宗男は二島返還論者だ」との批判がなされたことはありました。しかし私は、あくまで、最終的に四島を取り戻すにはどの様なアプローチがあるかを考え、当時の橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗内閣総理大臣の指示、日本政府の方針に従って行動しただけであります。

 櫻井様が、私がかつて二島返還で北方領土交渉を決着させようとしていた一方で、今は、四島返還論の側に立っているかの様な印象を与えていると考えておられるならば、その具体的、客観的根拠を示される様、強く求めます。

 また櫻井氏は「鈴木宗男氏は『4島一括返還』という言葉自体を『時計の針を逆に戻すもの』と批判した。」と書かれております。「四島一括返還」という言葉が、日ロ関係の時計の針を逆に戻すものという指摘は、事実に基づいた正しいものであると私は認識しております。なぜなら日本政府は、中山太郎外務大臣(当時)がモスクワを訪問し、ゴルバチョフ・ソ連大統領(当時)、エリツィン・ロシア大統領などと公式に会談した1991年10月以降、北方領土交渉において、「四島一括返還」という主張をしていないからです。

 櫻井様もご存じのことと思いますが、「領土問題は存在しない」と主張するソビエト社会主義共和国連邦時代、日本政府は四島一括返還の上に「即時」という言葉を付けていました。しかし、ソ連が崩壊し、自由と民主のロシア連邦共和国になってから、日本政府は次の様な対処方針を採用したのです。

 〈交渉にあたり、我が国は、ロシア側が九一年後半以降示してきた新たなアプローチを踏まえ、北方四島に居住するロシア国民の人権、利益及び希望は返還後も十分に尊重していくこと、また、四島の日本への帰属が確認されれば、実際の返還の時期、態様及び条件については柔軟に対応する考えであることを明示しつつ、柔軟かつ理性的な対応を取りました。〉

 外務省が発行している広報誌「われらの北方領土」には、1993年版から(2004年版を除く)この記述がなされています。この様に、日本政府として、ソ連崩壊後、北方四島の一括返還という方針を転換していることがきちんと述べられております。

 今更「四島一括返還」という言葉を持って交渉にあたることは、自由と民主のロシアではなく、共産主義のソ連を交渉相手としていた時代に戻ることを指すという意味で、私は「時計の針を逆に戻す」旨主張したものです。この点を櫻井様は承知されておりましたでしょうか。

 今回、櫻井様が5月14日付産経新聞においてされた主張は、私の政治家としての過去の行動や、私に対する評価を不公平にねじ曲げるものであります。誤った認識、客観的ではないことに基づき、とんでもない勘違いをした主張をされては、私としては迷惑千万であり、また何よりも、国民に間違った判断材料を提供することになります。

 右の二つの問いに対し、櫻井様が明確な回答をされることを、ここに強く求めます。

 敬具

平成21年5月18日
新党大地代表・衆議院議員
鈴木宗男

2009年5月14日(木)
 
 今日の産経新聞1・2面に櫻井よしこさんの「麻生首相に申す」というコーナー記事の一部に、私の名前が出ている。
 読者の皆さんにその部分をご紹介し、私の考えを述べさせて戴く。

 谷内正太郎前外務次官も、4月17日、面積で2分する「3・5島論でもいいのではないか」と発言したと報じられた。日本側が自らの交渉の土台を切り崩しているのである。

 さらに、これらの発言より数年前に、いま、4島返還論の側に立つかのような印象を与える鈴木宗男氏は「4島一括返還」という言葉自体を「時計の針を逆に戻すもの」と批判した。いわゆる段階的返還論を論ずることで、鈴木氏もまた、日本側が2島返還でとりあえず、問題決着をはかる用意があるかのような印象を、ロシア側に与えたのであり、責任は重大だ。

 櫻井さんのとんでもない勘違いである。私は、四島の帰属の問題を解決するという旗を降ろしたことは一度もない。

 ソ連時代、領土問題はないというソ連に対し、日本は「一括返還」を訴え、その上に更に「即時」という言葉を使っていた。しかし、平成3(1991)年12月、ソ連が崩壊し、自由と民主のロシアになってから、日本政府は「四島一括」、況(いわん)や「即時」という考えを変えたのである。

 交渉にあたり、我が国は、ロシア側が九一年後半以降示してきた新たなアプローチを踏まえ、北方四島に居住するロシア国民の人権、利益及び希望は返還後も十分に尊重していくこと、また、四島の日本への帰属が確認されれば、実際の返還の時期、態様及び条件については柔軟に対応する考えであることを明示しつつ、柔軟かつ理性的な対応を取りました。
(外務省広報誌『われらの北方領土』より)

 これが日本政府の、ロシアになってからの、北方領土問題解決に向けての方針、考えなのである。
 自由と民主のロシアになってから、日ロ両国は、4つの島の名前を挙げ、北方四島は日ロ間の係争地域であるとし、スターリンの残滓を取り除くべく、法と正義、並びに過去の宣言、協定、声明等で約束したことに基づいて解決を目指すと合意している。私は日本政府の方針、判断の中で行動してきた。日本政府は段階的解決論で領土交渉を進めてきたのである。
 櫻井さんともあろう方が、何を根拠に「いま、4島返還論の側に立つかのような印象を与える鈴木宗男氏」と言っているのか。正確を期して戴きたい。
 少なくとも櫻井さんより私の方が、北方領土をより身近に感じ、より真剣に、返還運動ではなく返還交渉をしてきたと自負している。櫻井さんのお返事を戴きたいものである。


【櫻井よしこ 麻生首相に申す】領土問題1ミリも譲るな
2009.5.14 03:25

 麻生太郎首相のロシア外交は、危ういこと限りない。このままでは手痛い失敗を喫し、日本の国益は損ねられるだろう。

 プーチン首相の来日をめぐる報道で実感するのは、日露交渉での日本側の顕著な劣勢である。北方領土の4島返還という言葉が出てこない。ほとんどの新聞が“3・5島論”を取り上げ、交渉の大前提が、日本政府の対ソ連・ロシア外交の基本であったはずの4島返還から3・5島へと大後退したかのようだ。この状況を招いた直接の責任は麻生首相、谷内正太郎前外務次官らにある。

 今回、麻生首相は実態の裏づけのない期待に踊らされ、結果を確かめて然(しか)る後、初めて与えるべき種々の経済的譲歩をロシアに与えてしまった。エネルギー開発、省エネ技術の移転、輸送インフラの整備、原子力協定の締結、原子力施設関連の技術移転など、多くのプロジェクトだ。

 昨年秋の金融経済危機で、ロシアの外貨準備は大幅に減り、1バレル95ドルを基本に計算して組みたてた国家予算は、原油価格の大幅下落で、根本的な見直しを求められている。プーチン政権を批判するジャーナリストや言論人が殺害され続ける強権国家において、デモが起こるほど国民の不満は高まっている。だからこそ、プーチン首相は、いま、日本の経済協力と技術協力を是が非でも得たいのだ。領土問題で期待を膨らませる麻生首相に明確な拒絶の姿勢を見せないのは、そのためだ。

 プーチン首相と握手し破顔大笑する麻生首相。ロシア外交の場で、このように曇りのない笑顔を見せてよいものだろうかと、私は考える。領土問題以前に、首相は、祖父、吉田茂が1951年に国連総会議長にあてた訴えを読んだであろうか。シベリアに強制抑留した日本軍兵士を、旧ソ連がどれほどむごい拷問で責めたて、どれほど多くを死なせたか。彼らの国際法違反の蛮行の決着はまだ、ついていないのである。

 首相が言及した、北方領土の面積による2分案について、ロシア側の発言は冷水をかけるものだ。
 昨年12月9日に、来日したロシア大統領府ナルイシキン長官は、「双方が極端な立場から離れ、受け入れ可能な解決策を探ることが重要」と、麻生首相に述べた。

 それより少し前の11月22日、メドベージェフ大統領は、ペルーでの首脳会談で「スタンダードではないアプローチ」と語った。

 「極端な立場から離れ」た、「スタンダードではない」アプローチについて、ロシア外交が専門の青山学院大学教授の袴田茂樹氏は、「ロシア側が言う両極端とは4島論かゼロ島論を指します。日本で語られているような4島か2島かではありません」と語る。

 だが、麻生首相は、「4島か2島か」だと思い込んだのであろう。そのうえで、それでは「話が進まない」として、面積2分論を口にしたのだ。2006年12月の外相時代の右の発言は、無原則に譲っているにもかかわらず、当のロシア側からは、「問題の本質を知らない人物の発言」(クナーゼ元外務次官)と突き放された。

                   ◇

 谷内正太郎前外務次官も、4月17日、面積で2分する「3・5島論でもいいのではないか」と発言したと報じられた。日本側が自らの交渉の土台を切り崩しているのである。

 さらに、これらの発言より数年前に、いま、4島返還論の側に立つかのような印象を与える鈴木宗男氏は「4島一括返還」という言葉自体を「時計の針を逆に戻すもの」と批判した。いわゆる段階的返還論を論ずることで、鈴木氏もまた、日本側が2島返還でとりあえず、問題決着をはかる用意があるかのような印象を、ロシア側に与えたのであり、責任は重大だ。

 一方プーチン大統領は、強硬であり続けた。07年6月、「『係争中の島々』に議論の余地はない」と発言、北方領土は「第二次大戦の結果として形成され、国際法によって固定されている」と述べた。平和条約締結後の2島返還を定めた1956年の日ソ共同宣言を拒否したのは他ならぬ日本だとして、日本側を非難した。今回、首相として来日したプーチン氏は、今回も同案に言及した。4島の中の小さな2つの島々、歯舞と色丹の返還を定めた56年の日ソ共同宣言を交渉の出発点とする2001年の「イルクーツク声明」について「動かしたくない」と森喜朗元首相に語った旨、『読売』が13日付朝刊で報じている。麻生首相との首脳会談でも、プーチン首相は同宣言に触れたそうだ。

 恐らくそれが本音であろう。また、先述のような経済的行き詰まりでロシア国民の不満が高まるなか、領土問題で日本に譲ることも、プーチン首相にはできないであろう。だからこそ、日本が焦って譲歩するのは愚策なのだ。

 歴史を振りかえると、ロシアの日本接近は、必ず、ロシアが閉塞(へいそく)状況に陥ったときになされている。

 73年、田中角栄首相との会談でブレジネフ書記長は、初めて、日ソ間には未解決の「問題」があると認めた。ニクソン外交で米中両国が接近し、ソ連が国際的孤立を恐れたからだ。

 93年、エリツィン大統領が来日し、4島は歯舞、色丹、国後、択捉だと固有名詞で領土問題を語り、問題解決をはかるとしたのは、ベルリンの壁が崩壊し、旧ソ連が消滅し、ロシア経済が破綻(はたん)し、日本の援助が必要だったからだ。

 今回も同じ構図である。日本の資本と技術を必要とするロシアが、それらを手に入れるために日本に接近したにすぎない。7月のメドベージェフ大統領との会談で、3・5島論も含めてあらゆるオプションを論ずるというが、ならば、経済協力は具体的成果を見てからでよい。領土問題を経済の多寡ではかってはならない。日本が国家なら、主権にかかわる領土に関して、原則は1ミリも譲ってはならない。

2009年10月30日金曜日

【沖縄基地問題】 辺野古案に大義はあるか(東京新聞)

「普天間移設 辺野古案に大義はあるか」
東京新聞10月30日の『特報』

 辺野古案に大義はあるか 混迷する米軍普天間飛行場移設問題。鳩山由紀夫首相は「最後の決断は私が下す」というが、実は普天間返還合意ができた一九九六年当時、米軍側はごく小さな代替施設を求めていたが、土建利権を求めた地元の要望で大規模滑走路計画に変更されたという証言がある。本当であれば、辺野古問題は外交問題である以前に、「ムダな公共事業」の問題となる。この計画に日本を守る大義はあるか。 (岩岡千景、出田阿生)


 研究成果をネット上で公開する、琉球大学の「学術リポジトリ」。この中に、「下河辺淳氏オーラルヒストリー(口述の史実記録)」と題された文献がある。元国土庁事務次官で長年、日本の国土政策に携わった下河辺淳氏(86)が二〇〇三年、早稲田大大学院の江上能義教授(政治学)に、九六年の沖縄・米軍普天間飛行場返還合意の背景などを語り残した記録だ。

下河辺淳氏オーラルヒストリー

 返還合意は九五年、沖縄で起きた米兵による少女暴行事件で、高揚した反基地世論を抑える米側からの提案とされてきた。だが下河辺氏の証言をたどると、普天間飛行場移設は
「軍事技術上の必要から」、事件以前に既定路線としてあった計画だったという。

 「近代化のために移転するということで、住民との関係で普天間を返してもらう運動に合意したなんていうことは一切ない」「(米兵が少女に)暴行したから、移転しますなんてことにはなんない」-。下河辺氏は、そう証言している。

 江上教授によると、米軍は既に六〇年代から、沖縄県内の複数の候補地を検討して飛行場の新設計画を立てていた。「米軍は市街地にあり、損傷もしている普天間の問題を意識していたのだろう。機動力があり、情報戦にも対応できる新たな飛行場を検討していた」と江上教授。

 この事実は沖縄の建築家、真喜志好一氏らによっても裏付けられているという。普天間返還合意の背景を調べる研究会を立ち上げた真喜志氏は、九七年に米国防総省がまとめた辺野古沖空港計画案に「滑走路の方位は六六年の計画に基づく」と記されているのを指摘。米軍がベトナム戦争中の六五年、新たな飛行場建設の適地を調査。辺野古沖海上はその時に既に候補に挙げられ、長年の計画だと明らかにした。

 さらに、下河辺証言によると、普天間に代わる飛行場に対し、米軍側が要求していたのは、面積は四分の一。滑走路も、ヘリコプターの発着に必要な四十メートルほどだったという。

 ただ江上教授は、「当時は反基地世論が強かった。その中で米軍はまず、機動力を上げるのに必要な最新鋭の垂直離陸機オスプレイ配置を確保する移設計画をつなぎ、タイミングを見て施設を拡大していくつもりだったのだろう」とみる。

 「そこに地元側の要望で軍民共用飛行場で千メートル規模の滑走路を造る、という流れになった。工事で地元に金を落とせ、という建設利権が背景にあるが、V字滑走路という計画が出てきた背景には米側の思惑も見え隠れし、最終的には米軍の手の上で踊らされている」

 外務省と防衛省は、証言の信ぴょう性を問う本紙の取材に対し、いずれも「答える立場にない」と回答した。     

 江上教授は、こうした構図を「要するに、自民党のバラマキ政治の産物。日本政府は建設業者に利益誘導し、資金をばらまいてきた。だが基地移設が宙に浮く中で、建設業者は相次いで倒産。名護市全体の地域経済は沈滞してしまった」と指摘。「土建業者優先で、生活再建を怠ってきたツケが今、出ている。一方で利益誘導に伴う圧力で、名護市は一般の人々は物が言えない、意見がすくい上げられない構図になってしまっている」と話す。
さらに、こう提言する。「生活再建のために基地を建設するやり方には限界がある。少女暴行事件はたびたび起き、沖縄だけが犠牲にされてきたという民衆感情も根強い。基地のない生活再建と、県外移設の議論が必要だ」

 ◆

 証言は、環境保全に取り組む人々にも複雑な思いを抱かせる。

 「当初の代替地案は小規模なヘリポートだったという証言は、今提案されている環境破壊をする大滑走路が不要ということを示している」と話すのは自然保護団体「ジュゴンネットワーク沖縄」の土田武信事務局長。

 「普天間飛行場はハーグ条約に反して米軍が戦後につくった基地。移設の前にまずは返還するべきだ」と指摘する。「県外だろうが海外だろうが、ダメなものはどこに持って行ってもダメ。この計画を撤回しなくては」

 また沖縄国際大の佐藤学教授(地方自治・米国政治)は「普天間返還の問題は、本来、米軍再編とは別に考えた方がいい。沖縄の人権と環境を守るため、すぐに閉鎖、返還するべきだ」と話す。

 「移設の本質は、民主党がやめると宣言した無駄な公共事業そのもの。小規模なヘリポート新設で十分だという当初案から、公共事業を受注したい地元業者の要望が後押しとなって、計画の規模が大きくなっていった」

 特別措置法で、公共工事に手厚い国の補助が出る沖縄。メガフロート(大きな艀(はしけ))や、くい打ちの上に滑走路を造成する案などが浮上しては消え、現在のV字滑走路案に落ち着いた。「軍民共用空港にし、十五年後に民間移譲」という稲嶺恵一前知事の提案も、本格的交渉に至らなかった。

 佐藤教授は「米軍にとり、普天間飛行場は代替地が必要なほど重要な基地ではない。そうでなければ、米軍が移設問題を十年以上ほったらかしておくわけがない」と指摘する。国際情勢は変わり、米中は急接近。尖閣諸島の領有権や北朝鮮のミサイル問題が残るが、「沖縄の海兵隊や飛行場新設とは関係ない」。

 佐藤教授は「日米安保の維持はしなければならないが、米軍も重要視していない飛行場を新設する必要はない。新政権は再交渉を始めるべきだ」と提言する。「フランスはイラク攻撃に反対したが、その後米仏関係は悪化していない。日本政府は何を怖がっているのか。対等な日米関係を築くためにも、米国の利益にすらならないような追従はするべきではない」

◆普天間移設問題の経緯
1995年9月 米兵による少女暴行事件
10月 抗議の県民総決起大会
96年4月 日米首脳会談 普天間返還で合意
97年1月 海上ヘリ基地、辺野古沖で日米基本合意
99年12月 名護市長、移設受け入れを発表。辺野古移設閣議決定
2002年12月 在日米軍再編協議始まる
04年9月 辺野古沖ボーリング調査開始 阻止行動激化
06年5月 在日米軍再編合意

<デスクメモ>
 外国では引退した老政治家が回顧録で“秘史”を暴露する。日本で珍しいのは、二世が後ろに控えているせいか。代わりに、「実は密約が…」などと漏らすのは官僚のトップであった事務次官ばかりだ。守秘義務から離れ、けた外れの退職金を得た彼らに後顧の憂いはない。どんどん暴露してほしい。 (充)


2009年10月28日水曜日

【メモ】 青い薔薇

最近多くの記事が配信をされ、消されていく。魚拓という方法もあるのだが、気がつくと消されている場合もある。
記事を長く残そうとする気が新聞社にはないようだ。


不可能覆し青いバラ 最先端バイオで実現、新たな一ページ

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20091028dde012040006000c.html

 この世に存在しなかった「青いバラ」が最先端のバイオ技術で開発され、来月3日から生花店に並ぶ。英語で「ブルー・ローズ」は「不可能」を意味する。自然界にない色だからこそ、人間は作りたがるのか。【鈴木梢】

 トラックの花売りが青いバラを荷台に積む。東京・銀座の夜の街角。真っ青なインクを吸わせた人工着色だが、仮初めの恋のイメージからか、酒場に欠かせないという。

 バラの品種がいくつあるのか、誰にも分からない。2万5000超とする専門書もあるが、世界で次々に新品種が誕生して把握しきれない。

 青いバラは、古くはギリシャ神話に登場する。「千一夜物語」では夢見る恋人の持つ花として用いられ、禁断のイメージを持つ。夢の花を現実に咲かせる試みは、1944年に青系品種「グレイパール」が発表されて熱を帯びた。戦後、青いバラの交配ブームがあり、「開発者のロマン」として全世界が挑んだ。青い色素がないバラは、赤い色素を極限まで薄めるしかない。そのため、どの花も藤色やラベンダー色と表現された。

 約30年前に確立した遺伝子操作技術が、新たな可能性を開いた。各国のベンチャー企業などは一獲千金のためこぞって開発競争に参入した。世界初の青いバラを誕生させたのはサントリーだ。90年から遺伝子組み換えの特許を多く有する豪企業と共同で開発してきた。パンジーの青い色素の遺伝子をバラに組み入れ、04年に開発に成功、5年かけて国の承認を得て販売にこぎつけた。

 サントリーはキクとカーネーションを青くする事業にも成功している。サントリー植物科学研究所の田中良和所長は「なぜかバラだけが騒がれる」と話す。田中所長は約20年研究を続けた原動力を、「だれもやれなかったことを成し遂げたい」という科学者の気概だという。首元で結んだ青い小バラ模様のネクタイが誇らしさを物語る。

秋はバラの季節でもある。千葉県佐倉市の「草ぶえの丘バラ園」は、現代バラの起源となる原種の保存に力を注ぐ。園内を歩くと品種改良の系譜が分かる。高貴な花とばかり思っていたが、一重咲きもある野生種の素朴さに驚かされた。現代のバラは人間が品種改良を繰り返し、洗練させたものだった。

 そもそも、花びらが色鮮やかなのは、花粉を運ぶ虫を引き寄せるためで、人間の観賞眼に応えるためではない。バラに青がないのは、「必要がない」からではないか--。

 「花が色素を作るのは、虫に見えやすくするため。鳥の目には赤がよく見える一方、ハチやハナアブには青や白が見えやすい。バラは虫にアピールするため、何らかの理由で白の色素を作るのに全力を尽くしたということでしょう」。バラ園を案内してくれた千葉県立中央博物館でバラ専門の上席研究員の御巫(みかなぎ)由紀さんが、滑らかに説明してくれた。

 バラと言えば深紅、という印象が付きまとう。だが、御巫さんは「本来、野生の赤いバラは多くはない。交通信号でも分かるように、人間は赤に反応しやすい。人間が育種して、赤いバラを集めた結果です。イネのように風が花粉を運ぶ風媒花や、虫媒花という言葉がありますが、バラは『人媒花』ともいわれる。人間はバラを求め、バラは人間を必要としてきた」という。

 確かに、バラと人間の付き合いは深く長い。栽培の始まりは紀元前とされ、古代エジプトの女王クレオパトラは寝室の床一面にバラを敷き詰めた逸話を残す。

 「羽衣」「万葉」など品種を集めた庭が見えた。「ミスター・ローズ」とたたえられた育種家、故・鈴木省三さんの作品という。バラを愛好した鳩山一郎元首相とも交友があり、元首相の妻の名にちなんで「薫子」という品種を生み出した。「青空」というほのかな紫色の品種は、鈴木さんも青いバラを狙っていたことを示している。

 青--。群青、エメラルドブルー、濃紺、淡い水色、と思い浮かぶ色は一様ではない。文星芸術大学の小町谷朝生教授(色彩学)は、江戸時代に藍(あい)染めの「ジャパン・ブルー」を世界で流行させた日本は、色の濃淡を味わう豊かな色彩文化があるという。さらに、「海に囲まれた島国の日本は海洋民族で、基底には水の文化がある」と青に親しむ地理的な条件を挙げ、「外国人の青い目に比べ、日本人の茶色の目は青に対して感度が高く、細かく識別できる」と感受性の強さを指摘する。

 サントリーは世界で初めて、青い色素デルフィニジンをバラに取り入れることに成功した。しかし見た目は、青みを帯びた薄紫色。花弁の青い色素は95%に達したが、含有率が高いから濃い青になるとは限らないのが生物の神秘だ。御巫さんは「自然界では絶対に起き得ないことを可能にし、どんなにほめても足りない。ただ、まだ美しさで評価できるレベルではない。青色色素が入った可能性を広げ、未来につなげてほしい」と期待を寄せる。

 一方、小町谷教授は異議を唱える。「白と黒ほどではないにしても、このバラと青はそれに匹敵するほど違う。海や空の青ができたら、素晴らしいでしょう」

 小町谷教授はさらに、人が赤いバラを集めてきた理由を時代と重ね合わせる。「我々は温血動物なので、血の赤を温かいと感じる。赤は太陽の光の領域で活動的、青は陰の領域で非生産的です。赤が注目されたのは18世紀からで、現代の都市生活は赤に傾いていった。人間だけ集めて社会という集団を作っているためで、この現象は先進国ほど顕著です」

「青いバラ」という本がある。ノンフィクションライターの最相葉月さんが世界の育種家の壮大なドラマを01年にまとめた。最相さんが取材を始めた97年、クローン羊のドリーや遺伝子組み換え食品が世間を騒がせており、「時代の転換期、青いバラは象徴的な存在だと思った」と振り返る。最相さんは今、発売を前に感慨を深める。「作り手にとっては、果てしない旅での大きな一歩です。受け止める側には、その時間と途方もなさを知っておいてほしい」

 加速度的に進む遺伝子研究。佐倉のバラ園を開いたバラ文化研究所の前原克彦理事長は「青いバラを作った技術に敬意を表しますが、神の領域を侵しているとは思う。医療分野と違い、バラは命にかかわるものではない。だからこそ普通の人間の感覚が問われるのではないか」。世に出る花の真価を問うのは、人間の美意識にほかならない。

 「バラ色の人生」。その色を「青」と連想する人はいないだろう。だからこそ人間は不可能に挑み、ロマンを追い求める。

 ◇理想はヒマラヤの青いケシ
 あなたは世界初の「青いバラ」を見て、どんな色を思い浮かべますか。バラにゆかりのある人たちは、「ヒマラヤの青いケシ」が理想と口をそろえる。「幻の花」とされ、花びらは透けるように薄く、澄み切ったブルーは海や空を思わせる。サントリーの「青いバラ」は薄青紫色。香りは花の女王らしく優雅で華やか、緑のすがすがしさが鼻腔(びこう)に残る。価格は1本2000~3000円。青を極める研究は続く。

【東京地検特捜部】 鳩山偽装献金

鳩山首相の偽装政治献金事件をどうみるか。関係者の討論の結果である。

A ≪鳩山総理の偽装献金事件とはどのような内容か≫

B 【報道されている偽装問題は次の2つである】

① 一つは資金管理団体「友愛政経懇話会」の05~08年分の収支報告書では、故人など約90人の名前を使った計約2177万円の虚偽記載の件である。これは今年の6月に鳩山議員は虚偽であったと認めている。

②もうひとつは、04~08年分の政治資金収支報告書に記載された計約1億7717万円に上る小口の匿名献金の大半が、鳩山家の資産管理会社「六幸商会」(東京都港区)の管理資金だったという虚偽記載の内容である。(10月25日朝日新聞朝刊)5万以下の献金が総額を記載すればよく、各人の寄付金額氏名などを記載しなくも良いので、その条文を使ったという報道である。

A ≪何故鳩山総理はそのような馬鹿なことをしたのか?故人を記載すれば、いずれその事実が明らかになるのに!≫

B そうですね。それが普通の感覚。総理の説明によると、上記①の事実は、秘書に預けていたカネを秘書が個人献金が少ないでの、あたかも個人献金が多数なされているかのごとく偽装したというのである。秘書が勝手に行ったので、その秘書を解雇したと公表した。

上記②の行為については鳩山総理の説明はない。しかし当然に予想された内容。故人の献金を偽装する位なら、氏名を記載しなくても良い5万円以下に偽装があるのは当然の話だろう。

しかしこのような処理は、政治的には、お粗末そのもの】

A ≪偽装行為が政治資金規正法のどの条文に違反するのか?≫

C 【上記①の件については、故人名義の寄付は本当は鳩山議員の寄付であるから法22条の6の「他人名義の寄付」に該当する。寄付した鳩山は、他人名義の寄付を自己の政治団体に寄付する故意を有すれば、法23条3項違反になる。総理の釈明通り、預けたカネを秘書が故人献金として処理したなら罪には問いにくい。しかし実際は釈明通りかどうかは疑問だ】

A ≪秘書はどのような罪に問われるか≫

C 【鳩山総理の記者会見のとおりとすれば、秘書は鳩山議員個人のカネであることを承知して、寄付を受けたのであるから法22条の6、第2項違反になる。その上、故人からあたかも寄付があったかのごとく、収支報告書に虚偽の記載をした罪=法12条に違反する法25条1項の虚偽記載罪(5年以下の禁固又は100万円以下の罰金)の罪に該当する。

A ≪鳩山家が5万以下の献金の大半を献金していた場合は鳩山家は罪に問われるか≫

C 【上記②の寄付の件は鳩山家の誰かが匿名献金をしていたとすれば、その寄付者は「匿名」であることを承知して寄付をしておれば、故意が存在し、その家族は法22条の6の「匿名献金」の罪になる。

普通は収支報告書に顕名か匿名かは会計責任者がその寄付者の意向を聞かずに匿名にすることはあり得ない。税金の控除は不要と言っておれば、一般的には会計責任者にお任せとなるから、故意を問うのは困難だ。鳩山家の家族が大金持だから、そのような寄付金控除などはさらさら考えていなかったと言われると、秘書との共謀の立証は困難。

A ≪年間1000万円を超える罪には家族は問われるのではないか≫

C 【家族が一人あたり、年間1000万円を超えて寄付しておれば法21条の3.3項 「個人のする政治活動に関する寄附で政党及び政治資金団体以外の者に対してされるものは、各年中において、1000万円を超えることができない」に違反する。

ただ、鳩山家全体で1000万円を超えていても、鳩山家族の個人、個人の寄付額が1人あたり1000万円以下ならこの条文に違反しない。

B ≪5年間で、1億7千7百万円であるから、1年間で約3500万円余。4人が寄付しておれば、法21条の3には違反しないことになるか≫

C 【その場合は1000万円を超える罪には問えない】

B ≪資産管理会社「六幸商会」が寄付した場合はどうか≫

C 【この管理会社が法人だとすれば、法人及びその代表者らも自然人と同じ条文の罪に違反するが、実際は家族より、もっと追及は難しくなるだろう】

A ≪これらの時効は何年か≫

C 【匿名寄付、第3者寄付の罪の時効は3年である。寄付したときが時効の起算点となる。よって、寄付日時は不明だが、今直ちに起訴すると仮定すれば2006年10月26日以前の寄付分は時効になっている。12条違反の虚偽記載罪の時効は5年だから、2005年3月に収支報告書を総務大臣に提出した以降の分は問えることになる】

B ≪一時新聞報道で、鳩山議員や鳩山一族の税金対策に悪用されているという疑いがあったが、これはどうか≫

D 【この点、各社からよく問い合わせもあったが、鳩山一族の税金の控除に使われている可能性は全くない。国会議員の主催する政治団体に寄付をすると、税の控除を受けることができる。税の控除をうけようとすれば、総務省か各地の選管が発行する「寄付金控除証明書」の交付を受けて税務署に申告しなければならない。ところが、第3者の「寄付金控除証明書」を貰っても、収支報告書に記載のある本人しか利用できない。「匿名」献金の場合はそもそも匿名だから、「寄付金控除証明書」は発行されない。よって、寄付金控除を悪用することは法律を知らない記者が書く記事】

A ≪実際この事件を東京地検は起訴するのか≫

C 【上記①の故人献金の件は総理、秘書が認めているが故に証拠がある。この事件だけなら、秘書が事実をみとめかつ反省もしているので、起訴猶予にし、鳩山総理を嫌疑不十分とする可能性がある。時の政権政党の総理自身を政治資金規正法違反で起訴して、辞任に追い込むことなることは検察も選択しないだろう。証拠の有無にかかわらずだ。

今回の虚偽記載の金額が2005年から2008年まで2177万円、2009年3月届け出分も含めるともっと増えても同じであろう。

しかし上記②の5万円以下の虚偽記載の分がどれだけ増えるかか不透明だが、これが相当な金額になれば秘書を略式起訴か在宅正式起訴かは問わず、起訴しないわけにはいかないのではないか。

もし秘書を起訴猶予にすると、時の総理大臣の元秘書だから、今度は時の権力に迎合したと検察が批判されるからだ】

D ≪鳩山の虚偽記載は小沢議員や二階議員のケースと違い、ダーテイな面が見えない。根本的に違うのでないか≫

C 【政治資金規正法は、一番重要な点はカネの「入」「出」の透明性の確保である。これが家族だから許すという論理は規正法の趣旨にはない。

しかし、家族が寄付し、利権と無関係だと、ダーテイな面がない。検察も起訴しにくい面はある。国民感情として家族間の寄付なら良いではないかと思い、それを許すという側面もある。

政治資金オンブズマンとしても告発しなかったのもこの点にあった。

同時に、総選挙という国民の「裁判」を受け、国民は鳩山の故人献金偽装を知りながら、鳩山総理を選んだ点は検察も考慮せざるを得ない。検察の判断や裁判官の判決より、より重い、いわば国民の「判決」があったからだ。

5万以下の件は総選挙当時には明らかでなかったが、これも寄付者が家族で利権が背後になければ多くの国民が改革に期待しこれを許すだろうね】

A ≪二階議員を告発した事件はどうなっているのか≫

C 【それが、今なお処分されない。一説によると鳩山と同時に処分するのでないかと言われている。

鳩山の秘書も起訴するから、二階の秘書も起訴する。鳩山の秘書も不起訴にするから、二階の秘書も不起訴にするというバランス論である。

これでやっかいな事件は検察批判にならずに終了できると。

二階議員の秘書を不起訴にし、鳩山議員の秘書を起訴するとなると、政権交代をして、鳩山総理に対して、改革を期待している多くの国民がいる中で、このような「不公平」な処分がでると、検察批判がでることは確実である】

A≪鳩山総理は秘書だけの処分で終わると、検察に証拠=弱みを握られ、強く検察官僚批判ができなくなる点を心配するが杞憂か??≫

C【検察はこの際、仮に鳩山総理や一族の者が関与していた可能性があってもあまり深く追求せず、秘書の弁明=鳩山総理のストーリー通り処分する可能性が高いのでないか。その心配は杞憂ではない】

D 【鳩山のカネ問題も重要だが、今一番重要なことは、民主党がマニフェストで国民に約束した企業・団体献金禁止法を通常国会に早急に提出することではないか。そうすれば、鳩山の秘書が起訴され、野党やマスコミが鳩山総理辞任を騒いでも、多くの国民は、鳩山辞めるな、コールが起こり、鳩山を支持することになるのでないか】

ABC共通 【政治とカネを追及してきた政治資金オンブズマンのメンバーでさえその意見には、賛同する。

企業団体献金禁止のチャンスはこの時期を除いてない。鳩山辞任で混乱するより、企業・団体献金禁止にピリオドを打つことこそ、鳩山総理に期待する内容であるからだ。

しかし鳩山総理が、企業団体献金禁止のマニフェストをうやむやにするなら、今度は鳩山政権は政治とカネに熱心な政党でないと批判活動を展開することになろう】

2009年10月27日火曜日

【鳩山内閣】 所信表明

所信表明演説全文

 あの暑い夏の総選挙の日から、すでに2か月がたとうとしています。また、私が内閣総理大臣の指名を受け、民主党、社会民主党、国民新党の3党連立政策合意の下に、新たな内閣を発足させてから、40日がたとうとしています。

 総選挙において、国民の皆さまは政権交代を選択されました。これは日本に民主主義が定着してから、実質的に初めてのことです。

 長年続いた政治家と官僚のもたれ合いの関係、しがらみや既得権益によって機能しなくなった政治、年金や医療への心配、そして将来への不安など、「今の日本の政治をなんとかしてくれないと困る」という国民の声が、この政権交代をもたらしたのだと私は認識しております。その意味において、あの夏の総選挙の勝利者は国民一人ひとりです。その、一人ひとりの強い意思と熱い期待に応えるべく、私たちは「今こそ日本の歴史を変える」との意気込みで、国政の変革に取り組んでまいります。

 この間、私たちは、新しい政権づくり、新しい政治の枠組みづくりに必死に取り組んでまいりました。その過程において、国民の皆さまの変革への期待を感ずる一方、「本当に変革なんてできるのだろうか」という疑いや、「政治なんて変わらない」「政治が変わっても、自分たちの生活は変わらない」というあきらめの感情が、いまだ強く国民の中にあることを痛感させられました。

 ここまでの政治不信、国民の間に広がるあきらめの感情の責任は、必ずしも従来の与党だけにあったとは思っておりません。野党であった私たち自身も、自らの責任を自覚しながら問題の解決に取り組まなければならないと考えております。

 ここに集まられた議員の皆さん。

 私たちが全力を振り絞ってお互いに闘ったあの暑い夏の日々を思い出してください。皆さんが、全国の町や村、街頭や路地裏、山や海、学校や病院で、国民の皆さまから直接聞いた声を思い出してください。

 議員の皆さん、皆さんが受け止めた、国民一人ひとりの願いを、互いにかみしめ、しっかりと、一緒に、実現していこうではありませんか。政党や政治家のためではなく、選挙のためでももちろんなく、真に国民のためになる議論を、力の限り、この国会でぶつけ合っていこうではありませんか。

 変革の本番はまさにこれからです。今日を、その新たな出発の日としようではありませんか。

 ◆戦後行政の大掃除◆

 私は、政治と行政に対する国民の信頼を回復するために、行政の無駄や因習を改め、まずは政治家が率先して汗をかくことが重要だと考えております。

 このために、鳩山内閣は、これまでの官僚依存の仕組みを排し、政治主導・国民主導の新しい政治へと百八十度転換させようとしています。各省庁における政策の決定は、官僚を介さず、大臣、副大臣、大臣政務官からなる「政務三役会議」が担うとともに、政府としての意思決定を内閣に一元化しました。また、事務次官等会議を廃止し、国民の審判を受けた政治家が自ら率先して政策の調整や決定を行うようにいたしました。重要な政策については、各閣僚委員会において徹底的に議論を重ねた上で結論を出すことにいたしました。

 この新たな体制の下、まず行うべきことは「戦後行政の大掃除」です。特に二つの面で、大きな変革を断行しなければなりません。

 ひとつめは「組織や事業の大掃除」です。

 私が主宰する行政刷新会議は、政府のすべての予算や事務・事業、さらには規制のあり方を見直していきます。税金の無駄遣いを徹底して排除するとともに、行政内部の密約や省庁間の覚書も世の中に明らかにしてまいります。すでに、本年度補正予算を見直した結果、約3兆円にも相当する不要不急の事業を停止させることができました。この3兆円は、国民の皆さまからお預かりした大事な予算として、国民の皆さまの生活を支援し、景気回復に役立つ使い途へと振り向けさせていただきます。今後も継続して、さらに徹底的に税金の無駄遣いを洗い出し、私たちから見て意味のわからない事業については、国民の皆さまに率直にその旨をお伝えすることによって、行政の奥深くまで入り込んだしがらみや既得権益を一掃してまいります。また、右肩上がりの成長期に作られた中央集権・護送船団方式の法制度を見直し、地域主権型の法制度へと抜本的に変えてまいります。加えて、国家公務員の天下りや渡りのあっせんについてもこれを全面的に禁止し、労働基本権のあり方を含めて、国家公務員制度の抜本的な改革を進めてまいります。

 情報面におきましても、行政情報の公開・提供を積極的に進め、国民と情報を共有するとともに、国民からの政策提案を募り、国民の参加によるオープンな政策決定を推進します。

 もうひとつの「大掃除」は、税金の使い途と予算の編成のあり方を徹底的に見直すことです。

 国民の利益の視点、さらには地球全体の利益の視点に立って、縦割り行政の垣根を排し、戦略的に税財政の骨格や経済運営の基本方針を立案していかなければなりません。私たちは、国民に見えるかたちで複数年度を視野に入れたトップダウン型の予算編成を行うとともに、個々の予算事業がどのような政策目標を掲げ、またそれがどのように達成されたのかが、納税者に十分に説明できるように事業を執行するよう、予算編成と執行のあり方を大きく改めてまいります。すでに、これまでは作ることを前提に考えられてきたダムや道路、空港や港などの大規模な公共事業について、国民にとって本当に必要なものかどうかを、もう一度見極めることからやり直すという発想に転換いたしました。今後もまた、私と菅副総理のもと、国家戦略室において財政のあり方を根本から見直し、「コンクリートから人へ」の理念に沿ったかたちで、硬直化した財政構造を転換してまいります。国民の暮らしを守るための財政のあるべき姿を明確にした上で、長く大きな視野に立った財政再建の道筋を検討してまいります。

 政治もまた、国民の信頼を取り戻さなければなりません。政治資金をめぐる国民の皆さまのご批判を真摯(しんし)に受け止め、政治家一人ひとりが襟を正し、透明性を確保することはもちろん、しがらみや既得権益といったものを根本から断ち切る政治を目指さなければなりません。私の政治資金の問題によって、政治への不信を持たれ、国民の皆さまにご迷惑をおかけしたことを、誠に申し訳なく思っております。今後、政治への信頼を取り戻せるよう、捜査に全面的に協力してまいります。

 ◆友愛政治の原点◆

 私もまた、この夏の選挙戦では、日本列島を北から南まで訪ね、多くの国民の皆さまの期待と悲痛な叫びを耳にしてきました。

 青森県に遊説に参った際、大勢の方々と握手させていただいた中で、私の手を離そうとしない、一人のおばあさんがいらっしゃいました。息子さんが職に就けず、自らのいのちを断つしか途がなかった、その哀しみを、そのおばあさんは私に対して切々と訴えられたのです。毎年3万人以上の方々のいのちが、絶望の中で断たれているのに、私も含め、政治にはその実感が乏しかったのではないか。おばあさんのその手の感触。その眼の中の悲しみ。私には忘れることができませんし、断じて忘れてはならない。社会の中に自らのささやかな「居場所」すら見つけることができず、いのちを断つ人が後を絶たない、しかも政治も行政もそのことに全く鈍感になっている、そのことの異常を正し、支え合いという日本の伝統を現代にふさわしいかたちで立て直すことが、私の第一の任務です。

 かつて、多くの政治家は、「政治は弱者のためにある」と断言してまいりました。大きな政府とか小さな政府とか申し上げるその前に、政治には弱い立場の人々、少数の人々の視点が尊重されなければならない。そのことだけは、私の友愛政治の原点として、ここに宣言させていただきます。

 今回の選挙の結果は、このような「もっとも大切なこと」をおろそかにし続けてきた政治と行政に対する痛烈な批判であり、私どもはその声に謙虚に耳を傾け、真摯に取り組まなければならないと、決意を新たにしております。

 ◆国民のいのちと生活を守る政治◆

 本当の意味での「国民主権」の国づくりをするために必要なのは、まず、何よりも、人のいのちを大切にし、国民の生活を守る政治です。

 かつて、高度経済成長の原動力となったのは、貧困から抜けだし、自らの生活や家族を守り、より安定した暮らしを実現したいという、国民の切実な思いでした。ところが、国民皆年金や国民皆保険の導入から約50年がたった今、生活の安心、そして将来への安心が再び大きく揺らいでいます。これを早急に正さなければなりません。

 年金については、今後2年間、「国家プロジェクト」として、年金記録問題について集中的な取り組みを行い、一日も早く国民の信頼を取り戻せるよう、最大限の努力を行ってまいります。そして、公平・透明で、かつ、将来にわたって安心できる新たな年金制度の創設に向けて、着実に取り組んでまいります。もとより、制度としての正確性を求めることは重要ですが、国民の生活様式の多様化に基づいた、柔軟性のある、ミスが起こってもそれを隠さずに改めていける、新しい時代の制度改革を目指します。

 医療、介護についても必死に取り組みます。新型インフルエンザ対策について万全の準備と対応を尽くすことはもちろん、財政のみの視点から医療費や介護費をひたすら抑制してきたこれまでの方針を転換し、質の高い医療・介護サービスを効率的かつ安定的に供給できる体制づくりに着手します。優れた人材を確保するとともに、地域医療や、救急、産科、小児科などの医療提供体制を再建していかなければなりません。高齢者の方々を年齢で差別する後期高齢者医療制度については、廃止に向けて新たな制度の検討を進めてまいります。

 子育てや教育は、もはや個人の問題ではなく、未来への投資として、社会全体が助け合い負担するという発想が必要です。人間らしい社会とは、本来、子どもやお年寄りなどの弱い立場の方々を社会全体で支え合うものであるはずです。子どもを産み育てることを経済的な理由であきらめることのない国、子育てや介護のために仕事をあきらめなくてもよい国、そして、すべての意志ある人が質の高い教育を受けられる国を目指していこうではありませんか。このために、財源をきちんと確保しながら、子ども手当の創設、高校の実質無償化、奨学金の大幅な拡充などを進めていきたいと思っております。

 さらに、生活保護の母子加算を年内に復活させるとともに、障害者自立支援法については早期の廃止に向け検討を進めます。また、職場や子育てなど、あらゆる面での男女共同参画を進め、すべての人々が偏見から解放され、分け隔てなく参加できる社会、先住民族であるアイヌの方々の歴史や文化を尊重するなど、多文化が共生し、誰もが尊厳をもって、生き生きと暮らせる社会を実現することが、私の進める友愛政治の目標となります。

◆人の笑顔がわが歓び◆

 先日、訪問させていただいたあるチョーク工場のお話を申し上げます。

 創業者である社長は、昭和34年の秋に、近所の養護学校の先生から頼まれて2人の卒業生を仮採用しました。毎日昼食のベルが鳴っても仕事をやめない2人に、女性工員たちは「彼女たちは私たちの娘みたいなもの。私たちが面倒みるから就職させてやってください」と懇願したそうです。そして、次の年も、また次の年も、養護学校からの採用が続きました。

 ある年、とある会でお寺のご住職が、その社長の隣に座られました。

 社長はご住職に質問しました。

 「文字も数も読めない子どもたちです。施設にいた方がきっと幸せなのに、なぜ満員電車に揺られながら毎日遅れもせずに来て、一生懸命働くのでしょう?」

 ご住職はこうおっしゃったそうです。

 「ものやお金があれば幸せだと思いますか」。続いて、「人間の究極の幸せは四つです。愛されること、ほめられること、役に立つこと、必要とされること。働くことによって愛以外の三つの幸せが得られるのです」

 「その愛も一生懸命働くことによって得られるものだと思う」、これは社長の実体験を踏まえた感想です。

 このチョーク工場は、従業員のうち7割が「障がい」という「試練」を与えられた、いわば「チャレンジド」の方々によって構成されていますが、粉の飛びにくい、いわゆるダストレスチョークでは、全国的に有名なリーディングカンパニーになっているそうです。障がいを持った方たちも、あるいは高齢者も、難病の患者さんも、人間は、人に評価され、感謝され、必要とされてこそ幸せを感じるということを、この逸話は物語っているのではないでしょうか。

 私が尊敬するアインシュタイン博士も、次のように述べています。

 「人は他人のために存在する。何よりもまず、その人の笑顔や喜びがそのまま自分の幸せである人たちのために。そして、共感という絆(きずな)で結ばれている無数にいる見知らぬ人たちのために」

 ◆地域の「絆」◆

 ここ10年余り、日本の地域は急速に疲弊しつつあります。経済的な意味での疲弊や格差の拡大だけでなく、これまで日本の社会を支えてきた地域の「絆」が、今やずたずたに切り裂かれつつあるのです。しかし、昔を懐かしんでいるだけでは地域社会を再生することはできません。

 かつての「誰もが誰もを知っている」という地縁・血縁型の地域共同体は、もはや失われつつあります。そこで、次に私たちが目指すべきは、単純に昔ながらの共同体に戻るのではない、新しい共同体のあり方です。スポーツや芸術文化活動、子育て、介護などのボランティア活動、環境保護運動、地域防災、そしてインターネットでのつながりなどを活用して、「誰かが誰かを知っている」という信頼の市民ネットワークを編みなおすことです。「あのおじいさんは、一見偏屈そうだけど、ボランティアになると笑顔が素敵なんだ」とか「あのブラジル人は、無口だけど、ホントはやさしくて子どもにサッカー教えるのもうまいんだよ」とかいった、それぞれの価値を共有することでつながっていく、新しい「絆」をつくりたいと考えています。

 幸い、現在、全国各地で、子育て、介護、教育、街づくりなど、自分たちに身近な問題をまずは自分たちの手で解決してみようという動きが、市民やNPOなどを中心に広がっています。子育ての不安を抱えて孤独になりがちな親たちを応援するために、地域で親子教室を開催し、本音で話せる「居場所」を提供している方々もいらっしゃいます。また、こうした活動を通じて支えられた親たちの中には、逆に、支援する側として活動に参加し、自らの経験を活かした新たな「出番」を見いだす方々もいらっしゃいます。

 ◆「新しい公共」◆

 働くこと、生活の糧を得ることは容易なことではありません。しかし、同時に、働くことによって人を支え、人の役に立つことは、人間にとって大きな喜びとなります。

 私が目指したいのは、人と人が支え合い、役に立ち合う「新しい公共」の概念です。「新しい公共」とは、人を支えるという役割を、「官」と言われる人たちだけが担うのではなく、教育や子育て、街づくり、防犯や防災、医療や福祉などに地域でかかわっておられる方々一人ひとりにも参加していただき、それを社会全体として応援しようという新しい価値観です。

 国民生活の現場において、実は政治の役割は、それほど大きくないのかもしれません。政治ができることは、市民の皆さんやNPOが活発な活動を始めたときに、それを邪魔するような余分な規制、役所の仕事と予算を増やすためだけの規制を取り払うことだけかもしれません。しかし、そうやって市民やNPOの活動を側面から支援していくことこそが、21世紀の政治の役割だと私は考えています。

 新たな国づくりは、決して誰かに与えられるものではありません。政治や行政が予算を増やしさえすれば、すべての問題が解決するというものでもありません。国民一人ひとりが「自立と共生」の理念を育み発展させてこそ、社会の「絆」を再生し、人と人との信頼関係を取り戻すことができるのです。

 私は、国、地方、そして国民が一体となり、すべての人々が互いの存在をかけがえのないものだと感じあえる日本を実現するために、また、一人ひとりが「居場所と出番」を見いだすことのできる「支え合って生きていく日本」を実現するために、その先頭に立って、全力で取り組んでまいります。

◆人間のための経済へ◆

 市場における自由な経済活動が、社会の活力を生み出し、国民生活を豊かにするのは自明のことです。しかし、市場にすべてを任せ、強い者だけが生き残ればよいという発想や、国民の暮らしを犠牲にしても、経済合理性を追求するという発想がもはや成り立たないことも明らかです。

 私は、「人間のための経済」への転換を提唱したいと思います。それは、経済合理性や経済成長率に偏った評価軸で経済をとらえるのをやめようということです。経済面での自由な競争は促しつつも、雇用や人材育成といった面でのセーフティーネットを整備し、食品の安全や治安の確保、消費者の視点を重視するといった、国民の暮らしの豊かさに力点を置いた経済、そして社会へ転換させなければなりません。

 ◆経済・雇用危機の克服と安定した経済成長◆

 先の金融・経済危機は、経済や雇用に深刻な影響を及ぼし、今なお予断を許さない状況にあります。私自身、全国各地で、地域の中小企業の方々とお会いし、地域経済の疲弊や経済危機の荒波の中で、歯を食いしばって必死に努力されている中小企業主の皆さんの生の声をお伺いしてまいりました。まさにこうした方々が日本経済の底力であり、その方々を応援するのが政治の責務にほかなりません。経済の動向を注意深く見守りつつ、雇用情勢の一層の悪化や消費の腰折れ、地域経済や中小企業の資金繰りの厳しさなどの課題に対応して、日本経済を自律的な民需による回復軌道に乗せるとともに、国際的な政策協調にも留意しつつ持続的な成長を確保することは、鳩山内閣の最も重要な課題となります。

 私たちは、今国会に、金融機関の中小企業への貸し渋り、貸しはがしを是正するための法案を提出いたします。また、政府が一丸となって雇用対策に取り組むため、先般、緊急雇用対策本部を立ち上げ、職を失い生活に困窮されている方々への支援、新卒・未就職の方々への対応、中小企業者への配慮、雇用創造への本格的な取り組みなど、細やかで機動的な緊急雇用対策を政府として決定したところです。このような時にこそ、地方公共団体や企業、労働組合、NPOの方々を含め、社会全体が、支え合いの精神で雇用確保に向けた努力を行っていくべきだと考えます。

 年金、医療、介護など社会保障制度への不信感からくる、将来への漠然とした不安をぬぐい去ると同時に、子ども手当の創設、ガソリン税の暫定税率の廃止、さらには高速道路の原則無料化など、家計を直接応援することによって、国民が安心して暮らせる「人間のための経済」への転換を図っていきます。そして物心両面から個人消費の拡大を目指してまいります。

 同時に、内需を中心とした安定的な成長を実現することが極めて重要となります。世界最高の低炭素型産業、「緑の産業」を成長の柱として育てあげ、国民生活のあらゆる場面における情報通信技術の利活用の促進や、先端分野における研究開発、人材育成の強化などにより、科学技術の力で世界をリードするとともに、今一度、規制のあり方を全面的に見直し、新たな需要サイクルを創出してまいります。また、公共事業依存型の産業構造を「コンクリートから人へ」という基本方針に基づき、転換してまいります。暮らしの安心を支える医療や介護、未来への投資である子育てや教育、地域を支える農業、林業、観光などの分野で、しっかりとした産業を育て、新しい雇用と需要を生み出してまいります。さらに、わが国の空港や港を、世界、そしてアジアの国際拠点とするため、羽田の24時間国際拠点空港化など、真に必要なインフラ整備を戦略的に進めるとともに、環境分野をはじめとする成長産業を通じて、アジアの成長を強力に後押しし、わが国を含めたアジア全体の活力ある発展を促してまいります。

 ◆「地域主権」改革の断行◆

 「人間のための経済」を実現するために、私は、地域のことは地域に住む住民が決める、活気に満ちた地域社会をつくるための「地域主権」改革を断行します。

 いかなる政策にどれだけの予算を投入し、どのような地域を目指すのか、これは、本来、地域の住民自身が考え、決めるべきことです。中央集権の金太郎あめのような国家をつくるのではなく、国の縛りを極力少なくすることによって、地域で頑張っておられる住民が主役となりうる、そんな新しい国づくりに向けて全力で取り組んでまいります。そのための第一歩として、地方の自主財源の充実、強化に努めます。

 国と地方の関係も変えなければなりません。国が地方に優越する上下関係から、対等の立場で対話していける新たなパートナーシップ関係への根本的な転換です。それと同時に、国と地方が対等に協議する場の法制化を実現しなければなりません。こうした改革の土台には、地域に住む住民の皆さんに、自らの暮らす町や村の未来に対する責任を持っていただくという、住民主体の新しい発想があります。

 同時に、活気に満ちた地域社会をつくるため、国が担うべき役割は率先して果たします。戸別所得補償制度の創設を含めて農林漁業を立て直し、活力ある農山漁村を再生するとともに、生活の利便性を確保し、地域社会を活性化するため、郵便局ネットワークを地域の拠点として位置付けるなど、郵政事業の抜本的な見直しに向けて取り組んでまいります。

日本は、経済だけでなく、環境、平和、文化、科学技術など、多くの面で経験と実力を兼ね備える国です。だからこそ、国連総会で申し上げたように、ほかでもない日本が、地球温暖化や核拡散問題、アフリカをはじめとする貧困の問題など、地球規模の課題の克服に向けて立ち上がり、東洋と西洋、先進国と途上国、多様な文明の間の「架け橋」とならなければなりません。こうした役割を積極的に果たしていくことこそ、すべての国民が日本人であることに希望と誇りを持てる国になり、そして、世界の「架け橋」として国際社会から信頼される国になる第一歩となるはずです。


 世界は、今、地球温暖化という、人類の生存にかかわる脅威に直面しています。本年12月のコペンハーゲンにおけるCOP15に向けて、地球温暖化という大きな脅威に対して立ち向かっていますが、このことは、決して生易しいことではありません。

 しかし、私は確信しております。資源小国・日本が、これまで石油危機や公害問題を乗り越える中で培ってきた技術にさらに磨きをかけ、世界の先頭に立って走ることで、必ずや解決に向けた道筋を切り拓くことができると。そして、同時にそれが、日本経済にとっての大きなチャンスであることも、過去の歴史が示しております。

 私は、すべての主要国による公平かつ実効性ある国際的枠組みの構築や意欲的な目標の合意を前提として、2020年に、温室効果ガスを、1990年比で25%削減するとの目標を掲げ、国際交渉を主導してまいります。

 また、途上国支援のための「鳩山イニシアティブ」を実行することで、先進国と途上国との「架け橋」としての役割を積極的に果たし、世界規模での「環境と経済の両立」の実現、「低炭素型社会」への転換に貢献してまいります。そのため、地球と日本の環境を守り、未来の子どもたちに引き継いでいくための行動を、「チャレンジ25」と名付け、国民の皆さまと一緒に、私の政治的リーダーシップのもと、あらゆる政策を総動員し、推進してまいります。

 人類の生存の上で、核兵器の存在や核の拡散ほど深刻な問題はありません。私は、オバマ大統領が勇気を持って打ち出した「核のない世界」という提案に深く共感し、これを強く支持します。しかし、そのことは、米国のみが核廃絶に向けた責任を負うということではありません。むしろ、すべての国が責任を自覚し、行動を起こすことが求められているのです。唯一の被爆国として核廃絶を主張し、また、非核三原則を堅持してきた日本ほど、「核のない世界」の実現を説得力をもって世界に訴えることのできる国はありません。私は、世界の「架け橋」として、核軍縮や核不拡散に大きく貢献し、未来の子どもたちに「核のない世界」を残す重要な一歩を踏み出せるよう、不退転の決意で取り組みを進めてまいります。

 日本はまた、アジア太平洋地域に位置する海洋国家です。古来諸外国との交流や交易の中で、豊かな日本文化が育まれてまいりました。二度と再び日本を取り巻く海を「争いの海」にしてはいけません。友好と連帯の「実りの海」であり続けるための努力を続けることが大切です。このことは、日本のみならず、アジア太平洋地域、そして世界全体の利益だと考えます。その基盤となるのは、緊密かつ対等な日米同盟であります。ここで言う対等とは、日米両国の同盟関係が世界の平和と安全に果たせる役割や具体的な行動指針を、日本の側からも積極的に提言し、協力していけるような関係です。私は、日米の2国間関係はもとより、アジア太平洋地域の平和と繁栄、さらには、地球温暖化や「核のない世界」など、グローバルな課題の克服といった面でも、日本と米国とが連携し、協力し合う、重層的な日米同盟を深化させてまいります。また、こうした信頼関係の中で、両国間の懸案についても率直に話し合ってまいります。とりわけ、在日米軍再編につきましては、安全保障上の観点も踏まえつつ、過去の日米合意などの経緯も慎重に検証した上で、沖縄の方々が背負ってこられた負担、苦しみや悲しみに十分に思いをいたし、地元の皆さまの思いをしっかりと受け止めながら、真剣に取り組んでまいります。

 また、現在、国際社会全体が対処している最重要課題のひとつがアフガニスタン及びパキスタン支援の問題です。とりわけ、アフガニスタンは今、テロの脅威に対処しつつ、国家を再建し、社会の平和と安定を目指しています。日本としては、本当に必要とされている支援のあり方について検討の上、農業支援、元兵士に対する職業訓練、警察機能の強化等の日本の得意とする分野や方法で積極的な支援を行ってまいります。この関連では、インド洋における補給支援活動について、単純な延長は行わず、アフガニスタン支援の大きな文脈の中で、対処していく所存です。

 北朝鮮をめぐる問題に関しては、拉致、核、ミサイルといった諸懸案について包括的に解決し、その上で国交正常化を図るべく、関係国とも緊密に連携しつつ対処してまいります。核問題については、累次の国連安全保障理事会決議に基づく措置を厳格に履行しつつ、6者会合を通じて非核化を実現する努力を続けます。拉致問題については、考え得るあらゆる方策を使い、一日も早い解決を目指します。

 日露関係については、政治と経済を車の両輪として進めつつ、最大の懸案である北方領土問題を最終的に解決して平和条約を締結すべく精力的に取り組んでまいります。また、ロシアをアジア太平洋地域におけるパートナーと位置付けて協力関係を強化してまいります。

 先日来、私はアジア各国の首脳と率直かつ真摯な意見交換を重ねてまいりました。韓国、中国、さらには東南アジアなどの近隣諸国との関係については、多様な価値観を相互に尊重しつつ、共通する点や協力できる点を積極的に見いだしていくことで、真の信頼関係を築き、協力を進めてまいります。

 アジア太平洋地域は、その長い歴史の中で、地震や水害など多くの自然災害に悩まされ続けてまいりました。最近でもスマトラ沖の地震災害において、日本の国際緊急援助隊が諸外国の先陣を切って被災地に到着し、救助や医療に貢献しました。世界最先端レベルと言われる日本の防災技術や救援・復興についての知識・経験、さらには非常に活発な防災・災害対策ボランティアのネットワークを、この地域全体に役立てることが今後、より必要とされてくると思っております。

 東アジア地域は、保健衛生面でいまだに大きな課題を抱えるとともに、新型インフルエンザをはじめとした新たな感染症・疾病対策の充実が急務です。この分野でも、日本の医療技術や保健所を含めた社会システム全体の貢献など、日本が果たすべき役割は極めて重要です。

 文化面での協力、交流関係の強化も重要です。

 東アジアは、多様な文化が入り交じりながら、しかし、歴史的にも、文化的にも、共通点が多くあります。政治経済の分野で厳しい交渉をすることがあっても、またイデオロギーや政治体制の違いはあっても、民衆間で、相互の文化への理解や共感を深め合っていくことが、どれほど各国間の信頼関係の醸成につながっているか、あらためて申すまでもありません。

 今後、さらに国民の間での文化交流事業を活性化させ、特に次世代の若者が、国境を越えて教育・文化・ボランティアなどの面で交流を深めることは、東アジア地域の相互の信頼関係を深化させるためにも極めて有効なものと考えております。このため、留学生の受け入れと派遣を大幅に拡充し、域内の各国言語・文化の専門家を飛躍的に増加させること、そして、日中韓で大学どうしの単位の互換制度を拡充することなどにより、30年後の東アジアやアジア太平洋協力を支える人材の育成に、長期的な視野で取り組んでまいります。

 貿易や経済連携、経済協力や環境などの分野に加えて、以上申し述べましたとおり、「人間のための経済」の一環として、「いのちと文化」の領域での協力を充実させ、他の地域に開かれた、透明性の高い協力体としての東アジア共同体構想を推進してまいりたいと考えます。

地震列島、災害列島といわれる日本列島に私たちは暮らしています。大きな自然災害が日本を見舞うときのために万全の備えをするのが政治の第一の役割であります。

 また、同時に、その際、世界中の人々が、特にアジア近隣諸国の人々が、日本をなんとか救おう、日本に暮らす人々を助けよう、日本の文化を守ろうと、友愛の精神を持って日本に駆けつけてくれるような、そんな魅力にあふれる、諸国民から愛され、信頼される日本をつくりたい。これは私の偽らざる思いであります。

 日本は、140年前、明治維新という一大変革を成し遂げた国であります。現在、鳩山内閣が取り組んでいることは、言わば、「無血の平成維新」です。

 今日の維新は、官僚依存から、国民への大政奉還であり、中央集権から地域・現場主権へ、島国から開かれた海洋国家への、国のかたちの変革の試みです。

 新しい国づくりは、誰かに与えられるものではありません。現在の日本は、黒船という外圧もなければ、敗戦による焼け野原が眼前に広がるわけでもありません。そのような中で、変革を断行することは、先人の苦労に勝るとも劣らない大きな挑戦であります。

 つまずくこともあるでしょう。頭を打つこともあるやもしれません。しかし、後世の歴史家から「21世紀の最初の10年が過ぎようとしていたあの時期に、30年後、50年後の日本を見据えた改革が断行された」と評価されるような、強く大きな志を持った政権を目指したいと思っています。

 今なら間に合います。

 これまで量的な成長を追い求めてきた日本が、従来の発想のまま成熟から衰退への路をたどるのか、それとも、新たな志と構想力をもって、成熟の先の新たなる飛躍と充実の路を見いだしていくのか、今、その選択の岐路に立っているのです。

 私は、日本が正しい路を歩んでいけるよう、自らが先頭に立ち、国民の暮らしを守るための新たな政策を推し進めてまいります。

 私は、国民の積極的な政治や行政への参加を得て、国民とともに、本当の意味で歴史を変え、日本を飛躍へと導くために、全力を尽くしてまいります。

 国民の皆さま、議員の皆さま、私たちの変革の挑戦にお力をお貸しください。

 是非とも一緒に、新しい日本をつくっていこうではありませんか。

2009年10月18日日曜日

【配信記事】 報道・記事執筆の基本

1 <報道・記事執筆の基本>
2 正確さとスピード
3 誰のために書くのか
4 <見出し>
5 1. スナップ、見出しに使う記号
6 2.見出しの注意点
7 3.ニュースソースの表示方法
8 4.見出しの具体例
9 <記事本文(クオートなど)>
10 <引用文と意訳文>
11 <句読点と修飾語>
12 <接続詞、受身、繰り返し>
13 <用語ルール>
14 <マーケット記事について>
15 <記事の署名>
16 <インタビュー>
17 <調査記事のルール>
18 <スナップからUPDATEまで>

<報道・記事執筆の基本>

正確さとスピード

正確さをスピードのために犠牲にしてはならない。
もしロイターが正確な報道機関としての評価を失うことがあれば、全てを失うことになる。
記事の訂正に正直であるというロイターのポリシーは、正確さを期するという読者へのコミットメントである。
固有名詞や数字など典型的な訂正が出る場所を二重にチェックすること。記事は公平でバランスがとれているか、また記事の構成(書き方)も公平でバランスのとれたものになっているかを出稿する前に確認しなければならない。

記事の正確性とは、正しい事実をつかむことだけではなく、信頼できるソースによる事実の解説(意味付け)のバックアップが必要である。


誰のために書くのか

記事を実際に書くときはもちろん、取材のときも読者のことを考えなくてはならない。ロイターの読者とは、複数のメディアを使ってニュースをみている金融の専門家や、教育水準が高く、世界の情報や金融や政治に関心ある読者のことである。

スナップはターゲットとなる読者を念頭に配信するべきであるし、一部の記事は特定分野の読者向けだけに書かれるかもしれない。しかし、ロイターの記事は特定のマーケットや国を超えて読まれることがあると認識しなくてはならない。高いレベルの意味付けや背景を記事に入れることが必要になる場合がある。

読者が当該記事に関する話題に詳しいと想定して記事を書いてはならない。原則的にテクニカルな専門・業界用語は文中で説明することが必要である。

望ましい記事構成
I. 見出し:ニュースで最重要な情報、ソース
II. リード:全文の要約
III. サポート:リードを補完する詳細な情報
IV. クオート:ゴールデンクオートを追求。2行程度
V. コンテクスト:意味づけ(今後や他方面への影響、見通し、課題なども)
VI. バックグラウンド:追加的な情報

文章構成・各論

<見出し>

見出しは記事の内容全てを凝縮して伝える。最良の見出しを提供できれば、読者はその後記事を読む必要がないといっても過言ではない。32文字以内という制約の中で、要点を端的に表現するものでなければならないが、短ければ短いほど良いというものではなく、32文字を最大限に活用し、そのスペースに最大量の情報を盛り込む。


1. スナップ、見出しに使う記号
=  主語やニュースソースの明示  
─  ソースを2つ入れる場合(新聞の引用など)例:利上げする─FRB議長=新聞 「 」 抜き出して伝えることで意味付けを図るような場合カッコでくくる。製品名なども。( ) 統計のスナップで事前予想や過去の数字を入れる場合などに使う。 : 「こうみる」のほか、訂正、参照、ワッペンなどの場合のみ “ ”  原則として使わない。

2.見出しの注意点

見出しの数字は原則として半角、「GDP2次速報」や「M2+CD」といった数字も半角。但しG7など固有名詞は例外。見出しのアルファベットは全角。

長文は避ける。句点「、」を入れることで読みやすさを工夫する。「、」は一回のみの使用とする。

時期を明示している場合や将来に関することと明確にわかる場合には「へ」を付けない。

統計ニュースなどは数字を入れるのが基本。 例:×外国人保有比率が過去最高(半数なのか4分の一なのか程度がわからない)   ○外国人保有比率、最高の23.7%に

市場が注目している要人の発言はできるだけ正確に発言を伝えるようにする。ただし、わかりにくい言い回しや、言い換えたほうが発言趣旨を正しく使えることができる場合は記者が判断し言い換える。

感情的な表現や過剰な修飾語は使わない。 例:利益が劇的に上昇 「劇的」は感情移入が強すぎ、かつあいまいな表現。何を示すのか不明。劇的な上昇とはどのような上昇か、明確に示すことが必要。

主観的な形容詞は避ける。

利益など量は増加/減少、指数などは上昇/低下。   原則32文字(64バイト)以内、但しタグ([外為マーケットアイ]など)や固有名詞が長い場合は最大40文字(80バイト)までとする。


3.ニュースソースの表示方法

基本型 1)ニュースソースは必ず明示する。 2)ソースの位置は、情報源であれば見出しの末尾に置く。 例:経済は良好=官房長官 2)主語と情報源が同じ場合は見出しの冒頭におく。 例:トヨタ、設備投資を増額

ニュースソースもしくは主語はできるだけ、文頭に置く。特に本文やUPDATEの見出しではスナップの形にとらわれず、主語を冒頭におく構成を考える。

例:  ☓ 来年1月以降の国内線の運賃値上げを検討=原油高でJAL   ○ JAL、原油高受け来年1月以降の国内線運賃値上げ検討

企業の社長発言は、社長の発言=会社の計画というのが明らかなので「=社長」を除いてもよい。しかし「量的緩和解除を歓迎する=トヨタ社長」という場合は、社長の意見とも言えるので「トヨタ、量的緩和解除を歓迎」とするのは避ける。ケースごとに適切に判断する。

ニュースソースの表示として、「関係筋」「関係者」「市場関係者」は多用しない。特に「複数の市場関係者」という表現は大げさなので控えたい。複数のソースに確認することは原則として前提であり、あえて言う必要はない。

原則として「=」はソースを表示する。ただ、主語とソースが一致し、かつ複数の情報を見出しに盛り込む必要がある場合は、区切りとして=を使い、情報を加えることもできる。

ニュースソースについては、主語と同一の場合(企業の発表もの)、誰が(何が)ソースが明白な場合、常識的に判断できる場合は省略してよい。たとえば、官房長官の公式発表は政府の発表なので、その場合はソースを明示しなくてもいい。 例: ○ 首相、補正予算編成を指示 ☓ 補正予算編成を指示した─首相=官房長官

与党議員やぶら下がりでの発言はソースを入れる。 ○首相が補正予算編成を指示=公明党代表   同様に広報が発表した会社の正式コメントであり、=広報担当者とする必要はない。

テレビなど他のメディアのピックアップについては、発言がライブで放送されていれば見出しに出典を入れる必要はない。本文のなかではもちろん出典の言及は必要。ニュース番組などで生の発言ではなく、原稿で読み上げられた場合や、局の判断が含まれているような場合はソースを入れる。 翻訳物の場合、原文(速報含む)の見出しにTV、PAPERなどのソースがなければ翻訳記事の見出しには入れない。

[焦点]など分析記事や特集記事の場合はソースの表示に=をつかってはならない。

4.見出しの具体例

例えば、以下の例では主語がないため見出しだけでは理解不能。見出しを見ただけでも、その記事の内容・主旨がわかるように努める。

悪い見出し例:[焦点]外国人の買いで先物が午後急騰、景気底入れを確認         (どこの市場のこと?株?債券?)

ニュースソースと主語が一緒の場合は文の前に出すほうがすっきりする。特に企業ものでは、主語とソースが同一である場合がほとんどであり、主語は見出しの一番前にもってくるのが原則。

☓ 第3四半期ライセンス収入は予想上回る、通期予想も引き上げ=独BOBSAP ○ 独BOBSAPの第3四半期ライセンス収入は予想上回る、通期予想も引き上げ

ただし、そうでない場合もある。以下の場合では主語=ソースは後ろに持ってくるほうが望ましい事例。

☓ 財務相、為替介入を実施したと表明 ○ 為替介入を実施した=財務相

この場合ソースの明示よりも為替介入を実施したことが重要。見出しで何を前に出すかはケースバイケースで考えるべきである。原則はより重要な情報を前に持ってくるということ。

下の見出しは、文の主語ではないソースを前に持ってきた結果、意味が混乱したケース。「見通し示す」という述語を入れたため、冗長さも増した。   ☓ 訪朝した米州知事、北朝鮮が11月初めに6カ国協議に復帰との見通し示す ○ 北朝鮮、11月初めに6カ国協議に復帰の見通し=訪朝した米州知事

「・・・で」はなるだけ使わない。「で」を使うと、見出しの内容を理解するために再び文頭に戻らなくてはならない。できるだけ避けるべきである

☓ 振れないリーダーシップ、覚悟と決意もった人=首相後継像で自民幹事長 ○ 次期首相像、振れないリーダーシップや覚悟と決意もった人=自民幹事長   ただし、以下のような例では、「で」を使った方がわかりやすい。

○ 為替はファンダメンタルズを反映し安定的に推移することが望ましい=円安で財務相 ☓ 円安、為替はファンダメンタルズを反映し安定的に推移することが望ましい=財務相

大原則は、より重要な情報を前に持ってくること。

☓ 衆院特別委で政治改革法案が与党の賛成多数により可決、きょう衆院通過の見通し ○ 政治改革法案を与党の賛成多数で可決=衆院特別委 ○ 政治改革法案を衆院特別委で可決、きょう衆院通過の見通し

上記の場合、重要度は、政治改革法案(何が)→可決(どうした)→衆院特別委(どこで)→きょう衆院通過の見通し(今後は)→与党の賛成多数(その他の情報)の順になる。

スナップ(見出し)は正確さとスピード優先。早く出すべきなので、内容を必要最小限にとどめる。

衆院を解散=小泉首相

これ以上の情報は最初のスナップ見出しには必要ない。ただしUPDATEでは記事内容だけでなく、見出しにも情報を追加する。

例:UPDATE1: 首相が衆院を解散、総選挙の投開票は9月11日

分析や企画記事など長文の記事には小見出しを入れる。単語を入れるのではなく、その段落の要点を簡潔な見出しとして記す。

<前文(リード)>

前文には、記事の主要構成要素を全て盛り込むことが原則。見出しにした内容は必ず入れる。前文の長さは、記事の種類にもよるが、一行40文字で、3─5行程度が望ましい。長すぎる前文はニュースのポイントが不明確になる。言い換えれば、何が重要なニュースで、何を率先して伝えるべきかをしっかり決めた上で前文を書く。

前文に入れるべき要素とは「5W1H」。すなわち、

• 主語  (WHO) • 出来事 (WHAT) • 時間  (WHEN) • 場所  (WHERE) • 理由  (WHY)    • 方法・手段(HOW)

前文には、必ずそのニュースが重要性あるいは意味合いを示す表現を入れること。過去最大、戦後初、三年ぶり、など。そのためには当該ニュースに関連する過去の数字や動きなどをチェックしておくことが必要。ただし、経済指標や決算数字を羅列すると読みにくいので、これは避ける。

閣僚発言などを報じる場合は、前文に直接クオートを入れることも可能。これによって、それに続く本文で引用が重複することを避ける。特に、為替など金融市場に関する発言で、実際の言葉遣いが相場に影響を与える可能性がある場合は、前文に「 」で直接引用する。ただし、その場合は、発言の意味するところを簡潔に地の文で示す努力を怠ってはならない。UPDATEでは、そのダイレクトクオートが意味するところを地の文でできるだけ示す。

ニュース分析や企画記事などは、ニュースの第一報を繰り返すことはできるだけ避け、書くべき要点を前文でしっかりと表現する。文章も、読者がそれに続く本文を読みたくなるよう、冗長にせず、表現を練ること。


<記事本文(クオートなど)>

無意味なダイレクトクオート、5行以上もあるような「・・・」は避けて、「Golden Quote(最も価値のある言葉)」を引用する。コメントの引用は正確に行う。これは曲げられない原則だが、引用が長すぎると、記事は冗長になり、読者に与える印象は悪くなる。日銀総裁など市場に大きな影響を与え、その微妙なニュアンスまで伝えることが必要な人物の発言は別として、エコノミストやアナリストの引用は、簡潔に、重要な部分だけを取り出し、他は地の文で書いたほうが読みやすい。

*クオートの羅列は避ける 例:○○は「・・・・・・」と述べた。また××は「・・・・・・」と語った。一方△△は「・・・・・」との見方を示した。

これは読みにくい。この場合は、全体の状況、つまり意見がどのように分かれているか簡潔にまとめた上で、引用の数を最小限にとどめる、などの構成が必要。

引用すべき内容は、その人物の意見や判断を示す言葉であって、指標がどうだった、というような単なる事実関係は引用としては書かない。事実関係は地の文で、理由や裏側、判断や見通しの部分をクオートにするという原則を頭に入れる。しかし、事実関係であっても、その人物しか知りえない内容や一般には公表されていない事実であれば、クオートにいれてもかまわない。

長すぎるクオートは避ける(最大でも3行程度)

<引用文と意訳文>

一般的にいって情報源が事実関係について述べている場合には意訳文がふさわしく、情報源が理由を述べたり、感情を表していたり、判断を下しているような場合には引用文が適切である。
☓ 「選挙で勝利を収めた党の党首らを招集し、連立政権設立に向けての話し合いを月曜日にも始めたい」とABC党のウイニング党首は述べ、ABC党の圧勝は彼らが掲げる反移民政策が国民に指示されたことの証であるとした。

○ 「今回の圧勝は国民がわれわれの反移民政策を支持していることの証である」とABC党のウイニング党首は述べ、選挙で勝利を収めた党の党首らを招集し連立政権設立に向けての話し合いを月曜日にも始める意向を示した。


<句読点と修飾語>

必要のない句読点は、文章の意味を変えてしまう場合があるので、避けなければならない。

語句の列記や箇条書きには読点を打つ。   例:名誉も、地位も、家庭も捨てるつもりか。   例:日本は1)3カ月の参入延期、2)通信販売解禁、3)保険自由化の拡大──などの譲歩案を示した。

誤読、難読を避けるため読点を使う。   例:晴れた夜、空を仰ぐと・・・   例:衆議院農林水産委員、長谷川四郎氏は・・・(漢字やひらがなが続く場合)      例:☓ ECBは利下げ議論、必要ない=オランダ中銀総裁   例:○ ECB、利下げを議論する必要ない=オランダ中銀総裁

「」前の助詞や動詞の後    例:小泉首相は15日の閣議で「次回サミットは・・・」と述べ・・      =「閣議で」と「次回サミット」の間にテンは不要     ☓ 首相は、「・・・」と述べた。     ○ 首相は「・・・」と述べた。     ☓ 市場参加者によると、「相場は相当に強い」、という。     ○ 市場参加者によると「相場は相当に強い」という。     ☓ 市場参加者によると、相場は相当強い、という。 ○ 市場参加者によると、相場は相当強いという。

ひとつの文章で形容詞・節を2つ以上つけるときは、意味合いに注意する。

悪い例:白い夕日で染まる花 白い夕日なのか、白い花が夕日で染まっているのかわからない。 長い形容詞・節は先に持ってくるというのが原則 改善例:夕日で染まる白い花

「・・・したもの」という表現は原則使わない。他メディアでもほとんど死語。

「豪華なスペース」「やすらぎのある空間」など過剰な修飾語は使わない(特に新製品発表のような記事で)。どうしても必要と思われるような場合は、地の文ではなく「」に入れ、あくまでも当事者(企業など)が、そう主張していることをハッキリさせる。  

<接続詞、受身、繰り返し>

接続詞はできるだけ使わない。 使用禁止:「こうしたことから」「ここにきて」 使わない努力を:「そのうえで」「このため」「これについて」「これに関し」「このように」 最小限に:「また」「さらに」「ただ」「もっとも」

前置きと繰り返しに注意。 「・・・とするなか、」=背景説明が付くことで文章が長くなる 「・・・と述べた。・・・と述べた。・・・と述べた」=繰り返しは読みにくい。 「・・・という。・・・という。・・・という」=間接話法の多様は避ける。


受身的表現は避ける。客観性を担保しようとして受身表現を多用すると、文章が冗長になるだけでなく、文意が婉曲的、間接的になり、報道責任を回避している、あるいは記者が逃げ腰になっている、という悪いイメージにつながりかねない。

☓ 10月10・11日に行われた金融政策決定会合では・・・・ ○ 10月10・11日の金融政策決定会合では・・・・ ☓ 「・・・と強く懸念されていた」 ○ 「・・・との強い懸念が出ていた」   ☓ 「・・・との指摘が聞かれている」 ○ 「・・・との指摘があった」「・・・との指摘が出ていた」   ☓ 「・・・といった売り物も観測されたという」 ○ 「・・・といった売り物もあったという」   ☓ 「・・が強まる可能性が指摘されている」 ○ 「・・が強まるとの見方が出ている」   ☓ 「・・・との声が聞かれた」 ○ 「・・・との声が出ていた」「・・・との声があった」


<用語ルール>

時間・期間 • 年は西暦(2005年)、元号(昭和・平成)は使わない。 (ヒント)平成12年=2000年が基本。 平成年から12を引くと西暦になる。 例:平成17年=05年 昭和は25を足すと西暦になる。   例:昭和60年=1985年

決算の中間期は上期・下期。(注)共同ハンドブックでは上半期・下半期となっているが、上期・下期に統一する。(意味は同じで1文字分のスペースを節約)

• 四半期決算は「第1・四半期」と中黒「・」を入れて表示。ただし見出しでは字数節約のため「第1四半期」と中黒を除く。

• 前年の同じ期間と比較するときは「前年同期比(もしくは前年比)」、直前の期と比較するときは「前期比」。

• 時間の表現:原則記事中は、午前/午後で表示。30分は「半」。24時は午前零時、12時は午後零時。昼の12時00分は正午。マーケットアイや行事予定は24時間表記とする。

• 記事の文中では日付表記が原則。前日、前月などは使ってよい。「きょう」「あす」「先週」「先々週」などは使用禁止。先週末ではなく前週末とする。

• 見出しでは「きょう」と「あす」をできるだけ使用する。これらが使える場合、日付は使わない。しかし、「おととい」「あさって」「しあさって」は使用禁止。

• 見出しについて、日時を示す表現がある場合は未来形を示す「~へ」は使用しない。 例: 首相あす衆院解散 (衆院解散へ、とはしない)


増減の表現 • 量が変化するものは増減、比率が変化するものは上昇・低下。

• 数字の変化については、見出しは「+-」、本文中は「プラス・マイナスもしくは増減・上昇/低下」で表示。

• マイナス記号「-」の見出しは全角ハイフン。本文中は減少/低下と表すが、1─3月期のような場合は、「よこ」と打って出る記号を使用。それ以外は文字化けするので注意。

その他の注意 • 送り仮名などは「共同記者ハンドブック」に準拠。   • 翻訳略語は()内に英語の翻訳略語を入れる。 例:「国内総生産(GDP)」、「政府短期証券(FB)」  例外:GDPデフレーター 国内総生産(GDP)デフレーター、とはしない。 • 「○ヶ月、○ヶ国」ではなく、「○カ月、○カ国」。「カ」はカタカナ大文字。 • 「“”」は使用不可。「」内にもうひとつ「」を使いたい場合は『』(二重カッコ)を使う。 • 空欄は原則記事内に使わない。「・」中黒を使用するようにする(例:HD・DVD)。ただし、「こうみる」の見出しで会社名と名前の間だけは空ける。また会社名で空欄がある場合はそのまま使用する。例:ジャパン インターナショナル  例:日銀こうみる:利上げ確実=ロイター証券 山田氏

• 「総理」ではなく「首相」。「財務大臣」ではなく「財務相」(他の閣僚も同じ)。

• 「イギリス」ではなく「英国」。

• 氏名の表記は、記事中で最初に言及する場合、日本人、外国人ともフルネーム表記を原則とし、二回目以降の言及は苗字だけとする。日本企業の外国人社長などの氏名も日本人名と同様にフルネーム表記とする。

• 例外として、市場リポートでの表記は日本人、外国人とも同様に苗字と肩書きのみでも可。外国人名は、特定できる立場、肩書きのある人で慣例としてフルネームにしてない人についても、苗字のみで可とする。(例:ブッシュ大統領、ブレア首相など。) ただし、外国人でも、中国、台湾、韓国人など氏名が漢字表記の場合はフルネーム表記とする。

• アルファベット(GDPなど)は見出し、本文ともに全角。ただし、翻訳などで、読み方がわからない外国の人名や地名、社名を原文表記のまま使うは半角とする。全角表記はスペースをとるため。

• 「その上」ではなく「そのうえ」。「その中」ではなく「そのなか」。ただし「そのうえで」はできるだけ使わない。

• 為替の表示:「ドル/円」とすればドルが主語。ドルの対円レートになる。

• 経済指標などの表示:原則は、年・月→国→当該指標 例:5月の中国CPI、例:5月全国消費者物価指数・・=総務省

• 金利の変化の表示については、誤解を招かないような場合(FRBの利上げとか)には0.25%の引き上げとしてよい。ただし報道頻度が比較的少ない(政策)金利などについては0.25%ポイントもしくは25ベーシスポイントとする。

• FRB:米連邦準備理事会(FRB)と表示。「制度」は入れない。FEDも使わない。

• 非上場企業の場合、原則として本社所在地を()のなかに入れる。 

• 「○名」ではなく「○人」。

• 銀行の融資先を数える表現などに使われる「…先」という言葉は、基本的に「…社」もしくは「…企業・機関」に言い換える。

• 大台乗せ、水準割れなどを書く場合は、数字を丸めないで正確に表現する。「49.9%」を「50%達成」、「9999億円」を「1兆円乗せ」などとしてはならない。   • 国債入札時における応札倍率:1)原則は小数点第3位を四捨五入し、小数点第2位までを表記、2)四捨五入によって1の位の数字が変わってしまう場合には、特例として大台が変わらない範囲まで小数点以下の数字を並べてもいい(大台が変わることで、イメージ上、誤解を受けやすくなる懸念があるため)。 例:4.9972ならば、4.997倍 例:4.9999972ならば、4.999997倍


<マーケット記事について>

マーケット記事は、市場参加者のプロフェッショナルなニーズに応える専門性を維持する一方で、当該市場以外の金融市場参加者や一般読者にとっても読みやすく、わかりやすくなるよう、できるだけ平易な文章と用語を使うよう心がける。

専門的な情報が盛り込まれた記事と、読みやすい平易な表現の記事は両立する。専門用語と業界用語は区別し、業界用語はできるだけ使わない。

オプション市場やスワップ市場、クレジット市場など専門性の強いマーケットのレポートにおいても、専門用語に枕詞やカッコを使って説明を付けたり、その言葉・文章が意味する相場の動向を付け加え、よりわかりやすくする。

コメントを直接引用する場合、そのままの表現でわかりにくい場合は、書き方を工夫し、必要に応じて説明を付ける。

言い換え事例 (以下は実際にあったケース) • 「ストップ・ハンティング」→「ストップロスをつけに行く動き」 • 「ユーロ/ドルが前日海外市場安値(1.2064ドル)を割り込む形でギブンされ」→「~を割り込む形で売り込まれ」 • 「ビッド地合い」→「買われやすい地合い」 • 「こうした動きが散見され」→「こうした動きが一部にみられ」 • 「1月31日エンドのXXで0.009%ヒゲ」(クレジット市場)→「1月31日期限のXXで0.009%台程度」。 • 「103.65円付近の安値を示現した」→「103.65円付近の安値を付けた」 • 「年越えについても、次第にプレミアムがはげ落ちていく」→「プレミアム分が縮小していく」 • 「イールドカーブは5─7年ゾーンでへこみ気味で推移」→「・・ゾーンでやや低下して推移」 • 「135円を割り込んで午後寄りした」→「午後の9月限は135円を割り込んで寄り付いた」 • 「ビッド水準から一段甘くなっている」、マーケットでよく出てくる用語「甘く」。その対象により、上昇を意味したり、拡大を意味したりする曖昧な表現なので、使用の際には注意する。 • 商い薄→薄商い • 「ヘッジ売りが踏まされた」→「ヘッジ売りをしていた向きの買い戻しを誘った」 • 「余資つぶしの・・・」→「余資運用の・・・」 • 「平準バイヤー」→「定期的に買いを入れる平準バイヤー」 • 「輪番オペ」→「国債買い切りオペ」


<記事の署名>

記事署名スタイル ※(ロイター日本語サービス 山田太郎 ロイターメッセージング:taro.yamada.reuters.com@reuters.net Eメール:taro.yamada@reuters.com 電話:03-5x73-3741)

上記のスタイルで冒頭の表と本文の間にバイラインを入れる。文末にも名前と連絡先をつける。「インタビュー」「BOJウォッチャー」「兜町ウォッチャー」「永田町ウォッチャー」「情報BOX」には冒頭のバイラインはなし。文末には名前と連絡先を入れる。

複数記者の合作の場合は、中心となる記者ひとりを上記のとおりとし、文末に名前と連絡先を入れる。企画に関与した記者名は取材協力あるいは編集協力として名前だけをつける。中心の記者が特定できない場合は、冒頭のバイラインはいれず、文末に名前を並べる。

翻訳記事は、従来どおり原文筆者と翻訳者(場合によっては編集者)の名前と連絡先を文末にいれる。

SLOTが署名するケース • 焦点、アングル、検証などのフィーチャー記事には、スロットの名前を入れる。 • スポット記事のUPDATEでも、記事に大きく編集を加えた場合は入れる。 • 市場レポートには原則入れないが、SLOTが大きく手を入れた場合は入れる。

例:※(ロイター日本語ニュース 山田太郎 編集協力:鈴木一郎 ロイターメッセージング:taro.yamada.reuters.com@reuters.net Eメール:taro.yamada@reuters.com 電話:03-5x73-3741 編集:田中誠)


<インタビュー>

質問は分の冒頭を一字空け、──を付けて書く。棒線は“ヨコ”と入力し変換、2つ続ける。最後はマル、改行して一段落空ける。答えは一字あけてカギカッコでくくる。 <例> ──量的緩和の解除時期は。 「わかりません」 ──量的緩和は効いたのか。 「市場の安定を図った効果はあった。お金が当座預金残高にジャブジャブになることで、デフォルトリスクは消滅し、金融システムへの不安を和らげる効果はあったのではないか」

<調査記事のルール>

• 回答数が10以下の場合は「POLL」(ロイター調査)は付けない。 • 回答数100以下の場合はパーセンテージを使わず、実数を書く。 • 100以上の場合はパーセンテージを優先する。実数は必要に応じて入れる。票には必ず実数を入れる。

補足ルール 1) 100以下の回答でも50以上であれば、まず実数を書き、その後にカッコでパーセンテージを入れる。 2)50未満は実数のみで、パーセンテージをいれない。

よくある質問 1、ロイター企業調査は回答数が質問によって50を割れる可能性もあるが、以下の場合どう対応するのか?

例: 回答企業80社のうち、42社がゼロ金利解除は年内にあると回答、38社が年内にはないと回答。解除が年内にあると答えた42社のうち、3社が6月中に、24社が7-9月に、15社が10-12月にあると予想した。

回答:このケースでは、全体の回答数が50を上回っており、日本語ニュースの補足ルールのうち、1)が適用される。以下は記事例。 

記事: ロイター企業調査によると、ゼロ金利解除について解答をよせた80社のうち、42社(52.5%)がゼロ金利は年内に解除されると予想、38社(47.5%)が年内解除はないと予想した。年内の解除を予想した42社のうち、3社が6月中、24社が7-9月期、15社が10-12月期の解除を予想した。 

2、回答数が100以下の調査で、かつ50以上の場合、速報では%は使えないのか?

 例: 有効回答数が合計65で、望ましい首相は誰かとの回答が以下の通りだった場合。安倍晋三氏45、福田康夫氏18、麻生太郎氏1、その他1

回答:日本語ニュースの補足ルールは記事本文に適用されるルールで、速報もしくは見出しでは、ロイタールールが適用される

 例: 安倍氏が65人中45人、福田氏が18人

 なお、回答数が50未満の場合は、本文も実数のみの表記となる。

3、GDPや短観等の最重要指標発表前は、新聞に先がけて民間調査機関の予測を数社程度でまとめるが、その場合[ロイター調査]や[指標予測](いずれも英語で[POLL])のワッペンをつけてよいのか。

回答:10以下であればロイタールールが適用され、[ロイター調査]や[指標予測](いすれも英語で[POLL])のワッペンをつけず、ストレートニュースの形式で記事化する。

4、外資系証券などのリポートによくあるケースですが、回答数が50未満の調査に対しても、ヘッドラインや本文で%表示が付いている調査リポートがほとんど。このケースでの記事のスタイルにもロイタールールを適用するべきか。

回答:ロイタールールは、ロイターの調査が対象となる。外資系のリポートを記事化する場合は、リポートに書いてある通りに記事化する。


<スナップからUPDATEまで>

スナップ 文字数は見出しと同じく原則32文字、最大40字。ソースは原則入れる(定例の会社発表など自明な場合は不要)。企業のスナップにはカンパニーIDを付ける。一回のスナップでチェーン化して打てるのは19本まで。

スナップの目的は読者に最重要な情報を入れた事実(FACT)をいち早く伝えること。そのニュースが1)市場を動かす、2)顧客の判断に影響を与える、3)国際的な関係に重要な意味がある──と記者が判断できるときスナップを打つ。重要な情報が複数ある場合はチェーン化して複数本スナップを打つ。

スナップはニュースジャッジメントの質が問われる。あとでなぜスナップを打ったかという理由が付けられないような事実・情報はスナップすべきではない。スラングやJARGON(業界用語など)は、それを使うことが意味のある場合を除いて使用してはならない(入れる場合はカッコにくくる)。

ニューズブレーク スナップを打った後は、速やかにニューズブレークを付けてスナップの情報を補完しなくてはならない。ニューズブレークはスピードが命。スナップを打ってから5分以内に付けるのが原則。最大でも10分以内には付けること。

スナップと同じストーリーナンバーを付けること(原則SLOTが行う)。メッセージタイプはS(Rだと上書きされスナップが消えてしまう)。企業ニュースはヘッダーにカンパニーIDを入れる。持ち株会社の傘下の企業などについては、記事検索できるよう親会社のリックを「隠れリック」として入れる。

市場に大きな影響のあるようなニュースはUPDATEでフォローする。ニュースが予期されていないような突発的な場合は2パラグラフ以内におさめる(早く出稿するということ)。非常に複雑なニュースでバックグラウンドの記述が必要であったり、重要なクオートがあったりする場合は3パラグラフになってもよい。可能であれば事前にバックグラウンドを準備しておいて、スナップギャップを短くすること。

ニュースの状況説明がニューズブレークの目的。5W1Hをおさえ、マーケットに大きく影響しそうな情報は全て入れる。重要な情報がニューズブレークに入れられていれば、チェーン化して打ったスナップの情報全てをニューズブレークに必ずしも入れなくてもよい。その際はUPDATEでフォローする。


UPDATE

見出しの冒頭にはUPDATE1: とつける(全て半角、:の後は半角スペース)。UPDATE1はニューズブレークから30分以内が原則。マーケットリポートでもファーストテイクから30分以上経過した場合はUPDATEにするのが基本。

内容には1)意味づけ2)クオート、フォワードルッキングな切り口などを盛り込む。UPDATE2以降は新たな情報を入れて更新する。

2009年10月7日水曜日

【八ッ場ダム関連】 メモ:雑感

 以前私は自分が発行するメールマガジンで姉歯事件を取り上げた際、建設省(現国交省)のキャリア官僚と喧嘩して仕事を失ったいきさつを書きましたが、そのときの仕事、実は八ッ場ダムに関連する仕事でした。

 ダムで水没することになる、観光業を営む住民の移転先として候補に上がっていたスキー場が、生活を支えるのに足る観光的ポテンシャルを持っているかどうかの調査だったのです。

 国交省の仕事であるにもかかわらず候補地が国有林の中にあったので、今いろいろ物議をかもしている林野庁傘下の特殊法人を経由して私の友人の元に仕事が来ました。

 つまりその仕事は国交省から特殊法人に出され、そこから友人の会社に丸投げされたわけです。

 友人を含んだ我々(実働は5人)は視察ということで日本全国のスキー場でスキーをし、温泉に入り、おいしい食事を楽しみ、それなりの報告書を作成して常識を上回る報酬(元請段階で数千万円)を手にしました。

 一言で言えば、文字通りおいしい仕事だったわけです。

 その仕事で調査をしている最中には、来年度は海外のスキー場の視察を申請しよう、という話で盛り上がり、特殊法人の幹部職員達はその際には俺達も一緒に行くと宣言していました。観光地の視察だからラスベガスも入れよう、などとまで話していたのです。

 もちろん特殊法人の面々は調査の仕事には一切かかわりません。

 翌年の仕事は前述の私の不始末で消えてしまったのですが、テーマが何であれしかるべきスジを介して申請すればそのまま通り、請求どおりの巨額な調査費が入る、という雰囲気でした。

 無駄をなくせば財源は出ると民主党が言うと、麻生元首相は「自民党も削れるところはとことんまで削った。無駄などない」と語っていましたが、それを聞くたびに笑っていました。これを無駄と言わずに何が無駄なのでしょう。

 国交省とすれば、ダム建設反対の住民運動などは痛くも痒くもありません。運動が盛り上がれば盛り上がるほど多くの住民対策費が入るのですから。

 ダムを完成させることより、国の金をより多く使うことを使命とする官僚にとって、57年という長きに渡って多額の予算を国の財布から引っぱり出し続けた八ッ場ダムはまさに金の卵を産むガチョウだったことでしょう。

 さて、移転先の可能性調査などというローカルな仕事(我々は移転先として問題はないと言う結論を出しましたが、立ち消えになりました。最初からその土地への移転希望者などなく、調査のためだけの調査だった可能性さえあります)に多額の予算を使った国交省が、さまざまな理由で直接であれ間接であれ住民に配った額がどれほどになるかは普通の感覚を持った人なら容易に類推ができます。

 それこそ折につけては手厚く扱ってきたことでしょう。その最後の厚遇がダムの竣工まで続くはずでした。

 一方、ダム建設中止に反対している住民の言いたいこと、今ひとつピンと来ないと思っているのは私だけでしょうか。先祖の墓まで移設したなどと語っていますが、それと完成させて欲しいという主張とはどうつながるのでしょう。道路も完成し、新しい家も作ることが出来て、しかもふるさとの自然が残るのならご先祖様も納得すると思うのですが。

 何度も足を運んだ吾妻渓谷はすばらしい景観を持っています。ふるさとではなくても残したいと思います。ましてそれがふるさとである人たちが、ダムの底に沈めてもらいたいなどと思うでしょうか。

 前原国交大臣の視察に際し、中止ありきの視察なら会う必要がない、と言って住民側は話し合いの場への出席を拒否しました。

 ダムの建設反対で使い続けてきた戦術でしょう。話し合いを拒否するたびに何らかの成果を勝ち取ってきた歴史があるのかもしれません。

 しかしそれは建設反対と言う立場で初めて意味を持ちます。建設中止に反対の立場で話し合いを拒否しても、話はぴたりと止まってしまい、何の進展も望めません。まして話し合いを拒否することによって建設が始まるはずがありません。

 止める立場で有効だった戦術が推進する立場では自らの首を絞めることになるのです。

 建設中止の立場にある住民が今やるべきことは、建設中止が前提であろうとなかろうと大臣を話し合いの場に引っ張り出し自分の主張をぶつけることではないでしょうか。

 そんな当たり前のことも分からなくなるくらい、これまで厚遇されてきたのではないか、と私は思ってしまいます。
 もちろん住民の方々を悪く言う気はありません。明らかに被害者だからです。

 先祖から受け継いできた土地で営んできた観光が、ダムの建設問題で揺れ動き、振り回されて観光どころではなくなり、気がつけば建設省の援助がなければ暮らしさえもおぼつかなくなるところまで追い込まれた結果が、ダム建設中止反対なのです。

 逆側から見れば、住民を脅し、賺(すか)し、追い詰めて生活そのものを破壊した後に援助の手を差し伸べ、援助なしでは生きて行けなくしたうえで掌中に抱き込もうとするのが彼らの手です。

 悪いのは反対運動でさえ予算獲得の材料にし、住民をもてあそんだ国交省の官僚とかつての長期政権です。

 友人に頼まれ軽い気持ちで手伝ってしまいましたが、八ッ場ダムの報道を見るにつけ、複雑な気持ちになります。