2011年2月10日木曜日

小沢氏記者会見 2011.2.10

10日の夜に、小沢氏の記者会見が行われている。これは自由報道協会(仮)が行ったもので小沢氏の登場は二度目となる。

文字起こしをしようかと考えていたのだが、すぐに産経新聞が記事として配信をしてきた。内容が正しいかどうかは、一字一句見直す必要があるのだが、現状では他紙よりも正確だと思える。

しかし、タイトルがどうもよろしくない「「現状のまま活動する」と離党を否定」・・・産経新聞らしい。


110210小沢一郎氏 from iwakamiyasumi on Vimeo.




「現状のまま活動する」と離党を否定 
2011.2.10 20:04
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110210/stt11021020060016-n1.htm


 民主党の小沢一郎元代表は10日夕、東京・永田町の憲政記念館で開かれた「自由報道協会」(仮)主催の記者会見で、「現状のままで活動する」と述べ、自発的離党を否定した。司会は同協会暫定代表のフリージャーナリスト、上杉隆氏。詳細は以下の通り。

 --(上杉氏)一兵卒の、日本史上最強の一兵卒の会見ということで、やりたい。そこで、まず冒頭、私の方から2、3質問させていただき、その後、挙手のうえで皆さんからの質問を受けます。最強の一兵卒として小沢さんは先ほど菅(直人)総理と会談したということだが、ずっと取材している立場からすると、きっと、09年マニフェスト(政権公約)について何らかの形でお話しされたんじゃないかという期待があるが、そのあたりはどうですか

 「マニフェストの話はありませんでしたね」

 --(上杉氏)基本的には、昨今いわれているような国会への招致ということだけで終わったんでしょうか

 「そうです。政倫審(衆院政治倫理審査会)、あるいは野党は証人喚問を要求しているというお話で、僕の、報道に若干あるようだが、裁判が済むまで党を離れてくれないかというお話。その2点でしたね」

 --(上杉氏)一昨日になるが、愛知県知事選、名古屋市長選でともに当選した大村秀章さん、河村たかし市長が小沢さんの方に表敬訪問というか、あいさつに来た。長い間の地方からの改革、権限委譲という形での政策を訴えている小沢さんと河村さんたちが会ったということは、何らかの政策的な話し合いがあったと思うが

 「河村君、河村市長は、ずっと前からよく知っている仲です。大村新知事は直接は存じ上げなかったですけども、2人とも面白いキャラの持ち主でして、何かとにかく、あいさつに来たいということで、それを断る理由もありませんし、また、現代の面白い友人でもありますから、お会いして、ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ1時間ぐらいしゃべってましたねえ」

 --(上杉氏)半ば尾張の乱のような感じも受けたが、民主党は県連を含めて選挙で応援しなかったわけだが、選挙上の観点から、民主党の対応はどうか

 「民主党の対応うんぬんよりもね、民意は河村君だったんだと思うけど、彼は1つは非常に日常活動で、まさに一般の皆さんの中に入って一生懸命やっています。その一般市民との対話、意思疎通が相当できているんじゃないかというふうに思います。それからもう一つは政策面だが、自分の減税の話と一口では言っているが、自分の主張をかたくなまでに曲げずに推し進めているということが、非常に県民、市民の共感を得たのではないでしょうかね。まあ、そういう意味では、彼とあの2人、県民、市民との認識、理解の度合いが、はるかに政党うんぬんよりも強かったということでしょうね」

 --(上杉氏)昨日、党首討論が行われた。そもそも党首討論は小沢さんがその設立にかかわったというふうにうかがっている。谷垣禎一自民党総裁、山口那津男公明党代表ともに小沢さんの名前を出し、証人喚問に出せといったが、いかがか

 「私はどんな場であっても、どんな機会であってもすべて包み隠さず申し上げておりますから、国会の場でもメディアの皆さんの前でも言うことは同じですから、その意味では一向に構わないのですが、ただ、今、私の場合は検察審査会で強制起訴、起訴という同じ言葉で呼ばれちゃいますので同じだといわれがちなんですが、指定弁護人の言葉を借りれば制度として、そういうものがあるので、そうしたんだということがあることがありますが、国会はもちろんみんなが見ているのですが、公判廷は全くすべて公開の場ですので、そこの場で事実関係が明らかにされると。それからもう一つは、筋論として三権の分立という憲法の理念があります。もう一つは同じ憲法理念に基本的人権の尊重ということがあります。ですから、同じような類の問題で、司法は法廷の場でやっていることを同時並行的に立法府がやることはいかがなものかという筋論の議論は、私もそう考えています。一般論としては、私はどんな場でも一向に何も隠すことありませんので構わない。一般論としてはそういうことです」

 --(上杉氏)党首討論の制度は小沢さんが考えたのか

 「そうです。自由党のときに。新聞・テレビから、からかわれながらも必死になってその制度を作ったということです。もう一つは官僚支配を国会の場からなくしていこうということで、政府委員制度の廃止をやったんですが、その後、自民党政権の中で換骨奪胎ということで、昔と同じこと、名前だけ変わって昔と同じようになってしまったのが現状でも続いているということですが、まあ、なかなかイギリスだって何百年経って民主主義がようやく成熟してきたんで、急に様変わりになるというわけにはいきませんけれども、一つずつ前進していけばいいなと思います」

 --(上杉氏)あと20問ぐらい私が質問しようと思ったが、批判がくるので、会場の皆さんから質問を受け付けます

 --明日2月11日は石川知裕代議士が民主党を離党してちょうど1年になる。石川代議士は検察の起訴を理由に離党したが、小沢さんは検察審査会の議決による強制起訴ということで、推定無罪の原則からいけば違いはないと思うのですけれども、なぜ、石川さんが離党するときに小沢さんは引きとめずに、今回、小沢さんは党の中で留まっているのか。親分としてちょっと格好悪いのではないか

 「一昨年の3月に突然、強制捜査が開始され、その意味では非常に異例の捜査でした。その中でまた昨年、石川議員はじめ、今、お話の通り起訴されたわけですけれども、彼は無実、無罪を主張し続けてきておりますけれども、一応、捜査当局、検察当局による起訴ということを重くみて、そういう措置をとったんだろうと思います。私の場合は1年余の強制捜査の中で、結果として何も不正はなしということで不起訴になっておるわけであります。検察審査会の仕組みがあって、それは司法か行政かどこに属するのかよく分かんないのですけれども、全く秘密のベールの中で、捜査がされたわけでもないし、どういう判断基準かも、よく誰もわからないですが、一応、指定弁護士さんの言葉じゃないですが、制度があるから起訴したんだという言葉に象徴されますように、その意味では捜査当局では全く起訴なしということになりましたので、同じ起訴という言葉だから起訴は起訴じゃないかという話になるが、それは本質的に違うもののではないかと思っております」

 --(上杉氏)ちなみに強制起訴は、弁護士の郷原(信郎)さんは「アマチュア起訴」と言っていました

 --小沢さんは相当、政策通であることは、この間、記者会見で「政治とカネ」の問題しか聞かれていないので知られていないと思うが、今の日本を立て直すために、どういった政策が一番大事と思うか。どういう政策が今の日本のためになるのか

 「個別政策うんぬんというよりもその背景にある、どうしたらいいかということだと思うが、基本的には自立した日本人、日本人自身が自ら自立した個人にならないとこの問題は解決しないだろうと思っております。国家や社会は、自立した個人のその意思によっていろいろ活動する。できる限り自由に、できる限り個人の活動をエンカレッジする、サポートする、そういう仕組みを基本的に作ってやるというのが国家と社会の仕事だろうと思います。ただ、あくまでも自立した個人というのが前提にないと、それは成り立たない。そして民主主義が成熟しないという結果になってしまう。これに関連すればケネディ大統領の演説が有名ですが、国家が国民諸君に何を成すべきかということではなくて、国民諸君が国家や社会に何ができるか、という有名な演説がありますが、そういう自立心を養う。日本人の性格からいうと自立心と、創造力でしょうかね。模倣ではなくてね。それがほぼイコールだと思います」

 「一つは広い意味の教育でしょうね。家庭教育、社会教育、学校教育と分ければありますが、やはり一番大きいのは家庭教育だと思いますがね。親自身がきちんと自立していないと子供も育てられないのだから、そういう意味で、私はそういう考えを前提にして社会や国家の仕組みをそれぞれの人たちが活動しやすい、能力を発揮しやすい仕組みを作っていく。それと同時に自由な行動ですが、社会の大勢の人が集まった社会ですから当然、社会全体のセーフティーネットというものを考えるということも、自立社会と同時にそれがないと全くのイコール競争社会万能という話になっちゃいますので、大きな多くの社会で多くの人をセーフティーネットで支えながら、個人の努力と能力によって自立した個人の活動が営まれていくということが、非常に抽象的ですが、そう思います。煎じ詰めれば教育なんですかね。人づくりというか教育というか、そこから一歩から始めるということですかね」

 --(上杉氏)今、共同通信、時事通信の速報が入った。小沢元代表は記者会見で、菅首相から「裁判がすむまで党を離れてくれないか」と言われたという速報がありました。お知らせします。無意味な報告でした

 --政策の話ではなくて非常に恐縮ですが、石川氏の裁判の初公判を傍聴してきた。検察は冒頭陳述で水谷建設との関係をいろいろ述べて、胆沢ダムの建設に関連したお金があったということを言っていた。胆沢ダムについて、水谷建設から何か陳情を受けたことがあるのか。その前後に1億円の献金をいただく話はあったのか。それ以外に水谷建設との関係はどのようなものだったのか

 「日産建設? 水谷建設?」

 --水谷建設との関係。胆沢ダムにからんで献金があったか。ダムと関係なく水谷建設とどういう関係だったのか

 「僕? 今の挙げられた事実は全くないと思います。私はゼネコンであれ他の企業であれ、そういう企業の事業に関連して、経営者やオーナーと会うことは全くありません」

 --視聴者の質問を代読します。選挙についてうかがう。4月の統一地方選は現政権についてどういう意味を持つのか。それと、統一地方選にあたっての小沢さん自身の行動計画があれば。小沢さんであればこそうかがいたいのだが、民主党が統一地方選を制するためには何が必要か

 「最初の質問については選挙というものをどう見るか、どう位置付けるかによって全く違うと思います。選挙なんか大したことないと思えば、ただの選挙かということになる。私の場合は民主主義のシステムをとる以上、民主主義社会は選挙というのは最も基本的なものであり、最も大事なものだと思っております。なぜならば、主権者たる国民が自らの意思を表明するのは選挙しかないわけでございます。ですから、この選挙を軽んじるということは民主主義そのものに対する冒涜(ぼうとく)だと思っておりまして、この点についても新聞、テレビの皆さんと意見は食い違いますけれども、ですから私は非常に大事なものだと思って従来からも取り組んでおります」

 「地方選挙もまさに直接、地域の人たちと行政を預かったり、議会を預かったりする人たちの選挙です。より具体的、より密接な住民との、主権者とのかかわり合いがありますので、そういう意味ではいわゆる全国規模の政党としても、非常に大事なものであり、本来の政党の基盤はその上に立っていくものであろうと思うので、大変大事だと思っております。最後に、どうすればということになるが、それはもうさっきの名古屋と愛知のことで申し上げた通り、一般国民の皆さんの心を的確にとらえる日常活動と政策を打ち出していくということに尽きると思います」

 --石川代議士について起訴後の取り調べ自体異例だが、異例の取り調べの中で行われた内容を石川さんがICレコーダーで取っていたため開示されることになった。驚くべき内容が出ている。まず逮捕時の供述を維持するように誘導していた。また、小沢さんと関係あることだが、石川さんの問題は小沢さんと密接に関わりがあり、小沢さんのまだ捜査段階だったわけだが、小沢さんは検察は起訴しない。しかしその後、検察審査会に持っていくというストーリーを1年前に録音されたものの中で語っている。ご存じないですか

 「そこまでは僕も聞いていませんけど」

 --そういう内容を一検事が語りながら、石川さんの供述を誘導していった。圧力をかけた。小沢さんも当事者であり、一連の捜査、起訴、検察審査会に持っていくというストーリーが検事の頭の中にあったという点について、この検察の捜査、検察審査会のあり方について正当なものであるのか、政治的な思惑がかけられた不当捜査であるかどうかという点について、小沢さんはいつも「公正な捜査により」とおっしゃいますが、本音ではどう考えるのか

 「今のことについてはほとんど裁判上の証拠の開示された情報であってもほとんど正確にみておりませんので、今、そのことについては初めて知りました。それがどうこうという論評は別として一昨年の3月、うちの大久保(隆規)が何ら事前の事情聴取もなしに逮捕され、そして即強制捜査になったという意味では異例な形での捜査だったように思います。そういうことを今聞いて初めて知ったが、やはり基本的人権にかかわることですので、僕であれ誰であれ、公正な捜査というものが常に確保できるような社会にしておかないと、本当に民主主義というのはいつまでたっても、日本に根付かないということになってしまうのではないかということを私自身としては危惧しております」

 --(上杉氏)この会は「自由報道協会」(仮)主催でやっておりまして、設営から運営から会場のお金も払ったり、スタッフが何日も前から打ち合わせをしてくれたということで、今、当たったのはその主たるメンバーであり、そちらを優先していただいた。ただ、この会は自由に入れるということを標榜(ひょうぼう)しているので、記者クラブの皆さんもいろいろな質問を挙手のうえしていただければと思います

 --(インターネット放送を)見ている方からの質問です。離党勧告、除名を党から宣告されたら、新党を作る可能性はあるのか

 「(笑いながら)あの、私は、総理にも申し上げたが、私一個人の問題ではないと。日本の民主主義が、より良い形でわれわれの社会の中で定着させるということが、一番の私の政治家としての使命であり、希望であります。そういう意味において、今の自分の、さっきから言っている、検察審査会の仕組みの中で法廷で争うということになりましたけども、その下で、私が党を離れるとか、あるいは党が何らかの形で処分をするというような、仮に、それが多数の皆様のご意見であるとすれば仕方ないですけれども、これは健全な政党政治と民主主義の発展にとって私は妥当ではない、よろしくないというふうに思っておりまして、その意味で私は、現状のままで活動しようという結論に達しているということです」

 --アフガニスタンで誘拐されておりましたフリーランスの常岡(浩介氏)です

 「それはそれはご苦労さんでした」

 --外交問題について尋ねるが、世界でここ2週間くらいの最大の話題はエジプトの政変、あるいは2、3年の話題はアフガニスタンでのアメリカの苦境になっていると思います。前原誠司外相はエジプトの問題で「ムバラク大統領の続投が望ましい」とされた。小沢さんも同じ考えか。アフガニスタンに関して日本は50億ドル、450億円ですかの支援を決めているわけですが、内容がいまだにはっきり出てこない。鳩山由紀夫前首相のときには、具体的にこういうことをやるというのが出てきていたが、今の政権になって消えてしまったようで、民主党のウェブサイトからアフガニスタンの民主党の和平案に関するPDFファイルも削除されている。一体どうなっているのか

 「アフガンでは本当にご苦労さんでした。両方に共通するのは、貧困、所得の格差といわゆる貧困の問題だろうと思います。ですから、その意味でエジプトも、僕はムバラク大統領とは一回しか会っていないからよく分かりませんが、長年の権力の中でそうした一般の国民の生活、『国民の生活が第一』というスローガンをややもすれば忘れた結果ではないかと思っておりまして、それは国民の皆さんのそういったことに対する不満、不信が高まってくるのは当然だろうと思いますし、私は国民の多数の意思に従う政権が誕生するということが、今のムバラクさんが多数の支持を得られるのなら別ですが、国民の多数の帰趨(きすう)によって決めるということが当然ではないか」

 「アフガンも、僕はこれは、アメリカ大使との話のときも言ったが、オバマ(米大統領)さんになって、3万とか4万とか増派するということになりましたね。軍隊をね。何万、何十万、アメリカが兵を送っても絶対、戦でいえば勝てない。アフガンの国民を治めることは武力ではできないという話を私はしました。日本のアフガンへの支援の在り方は、やはりアフガン国民の生活を安定させるということを第一にして考えないといけない。その意味では、多少のリスクがあっても、国民皆さんの生活のために、日本人が汗を流すということだろうと思いますね。アフガンは自給率9割くらいだったと思いますが、今、4割切っていると。日本とくしくも同じですが、この現状を変えない限り、いくら軍隊を投入しても絶対、アフガンに平和も安定も来ないと私はそう思っておりますので、そのことを強く言った経過があります」

 --国民が多くの方が思っていることを率直にうかがう。山口二郎さんは、検察の暴走ということもあるが、説明責任があるということも強調されている。多くの方が思っている点は、金権体質といわれていた自民党の幹事長をやっておられた。それからいろんな政党を作って政党助成金の財務処理の問題が出ている。それから企業献金がよくないといっていたのに、民主党が一部再開してしまった。国民の疑問と思われていることについてお話いただきたい

 「僕は企業献金はやめるべきだと最初から言っておりません。企業献金が悪だという前提に立てばそれは止める以外ない。私は献金については誰からもらったっていいと。それから何に支出しようが、極論を言えば、いいと。しかしそれを全部オープンにすべきだ。誰からもらって、何に使ったのかということを国民がはっきりと分かるようにすべきだと。それがよろしくないというのなら次の選挙で投票しなければいい。私はそういう意味でのオープンな、政治資金だけでなく、もう少しオープンな社会にしなくちゃいけない。行政の中身も、たぶんあなた方がいくら頑張っても分からないでしょ、限界があるでしょ? その情報は。一般の会社だってそうですよ。みんなクローズドな仕組みになっているんですよ。だからそれをオープンにすることがアメリカほどオープンにする必要はないと僕は思いますが、少なくともヨーロッパくらいのオープンな社会にはしなくちゃいけないという風に思っております」

 「それから山口二郎さんの話を引用されましたが、政治とカネ、政治とカネ。よく意味が分からないんですよね。何をもって政治とカネといって、何をもって問題なのか。私は誰よりも全部公開しておりますし、何もやましいことはありません。それは今回の捜査でおわかりの通りです。国会とか何とかではないですから。捜査機関の強制捜査によって全部、捜査した結果ですから。それで、何も不正がないということになっているわけでして。政治とカネ、小沢一郎は金権で悪い奴だというイメージというか、レッテルというか。僕の政治とカネのどこの何が問題なのかという指摘は一向にない。ただ、政治とカネ、小沢一郎は悪い奴だというパターンの批判ではないかと思っております。私は皆さんを含めて全員に私の収支報告書を公開しております。事務所費も公開しておりますし、全部、領収書からみんな見てもらっています。そういう意味で私は可能な限り1円から公開ということになると、1円の領収書、おまえ全部あるかというと、そこまではちょっと、事務的にどこまでやっているかは言い切れないかもしれないが、僕はこの問題があって特に、1円から領収書をそろえてきちんと報告するように、間違えないようにということだけは担当の秘書には言っています」

 「今度は法廷での事実関係を明らかにせよという検審のあれですから、法廷はどなたでも傍聴できますし、全て公開になるわけでありますので、私の冠のように付けられた政治とカネというのがどこが問題で、何が疑問なのかということは改めて法廷の場で明らかになると思いますので、ぜひ皆さんにも目をこらして、耳をきちんとあれして法廷を観察していただければと思います」

 --(上杉氏)政治とカネというのは、具体的には国民の税金の使われ方のことです。ぜひとも官房機密費を追及を記者クラブの皆さんもやっていただいて、本当の政治とカネというのを一緒に追及しましょう





その他、各誌に関しては
http://fpaj.exblog.jp/14193441/

2011年1月31日月曜日

石川議員と検察のやり取り

石川議員再聴取やりとり詳報 

 東京地検特捜部の検事が衆院議員石川知裕被告を再聴取した際の主なやりとりの詳報は次の通り。

 検事「石川さん、録音機持っていない?」

 議員「大丈夫です」

 検事「この前もさ、そういうこと言っててとってたやつがいてさ。大丈夫? 下着の中とかに入っていない?」

 議員「大丈夫です」

 検事「(一部報道にあった別件の疑惑で)『しかるべき時期に議員辞職します』みたいな内容の調書があったじゃない」

 議員「はい」

 検事「そりゃもうそんなの出したら大騒ぎだからね。まあ現状でいく限りね、(上司は)そんなもの世に出そうなんていう気はないと思うけど、これがまた変な方向へね、鈴木宗男(元衆院議員)みたいに徹底抗戦みたいになっちゃうとさ、『やれるものはやれ』と」

 議員「私に今日できることって何ですかね」

 検事「無難なのはさ、従前の供述を維持するのが一番無難だって。検審の、うちの方針もそうだけど、石川さんが今までの話を維持している限り、(小沢一郎民主党元代表は)起訴にはならないんだろうと思うんだよ」

 議員「今日の調書は検審も見るんですよね」

 検事「見るよ。そのために取るんだから。見せて、検審が(小沢氏は)絶対権力者であるというところにどれだけ疑問を持つかっていうかさ。絶対権力者とか何とか言われてるけれど、きちんと話をして、逮捕されている時と同じ話をして」

 議員「圧力はかかってません。今日も自分の思いを、やっぱり変えようと思う部分を、変えられたらいいってことだけです」

 検事「今度の判断は重いからね。強制起訴までは不要と検審の4人が言ってくれれば、不起訴不当で終わるわけだから」

 議員「先に(議決を)出した5人の人がまだ残っているんでしたっけ? その人たちも変えてくれればいいですけどね」

 検事「だから最初に言ったように、ここで全部否定することは火に油を注ぐことになるよね。ここで維持することが彼ら(審査員)の気持ちをどう動かすかだよね」

 議員「今回(再聴取に)応じないっていう線もあったんですよね、選択として」

 検事「あった。あったけど、それは一番最悪だよね、検審に対して。うち(検察)にとっても」

 議員「小沢さんが起訴になったら、それはそれで複雑ですよね、私も。いや、検察内でですよ」

 検事「検察が起訴した場合、いや、しないよ。石川さんが供述を維持する限りそれはできない」

 検事「陸山会の2004年分収支報告書への不記載、虚偽記入の理由ですが、『私(議員)は深沢8丁目の土地を購入するに当たり、小沢先生から提供を受けた4億円につき、小沢先生が政治活動の中で何らかの形で蓄えた簿外の資金であり、表に出せない資金であると思ったため、これを04年分の収入として収支報告書に記載しませんでした』」

 議員「いや、購入した不動産が明るみに、公表されるのをずらすということが一番の主眼点で、4億円が明るみに出るのを避けるためっていうのは、今でもやっぱり、そんなことはありませんとしか言えないんですよ」

 検事「だったらこうしようか。今まで通りの供述をした上で、最後のところで調書を読み聞かせした後、最後にその4億円についてね」

 議員「4億円を隠したいがためっていうのがね、どうしても引っ掛かるんですよ。土地登記の公表をずらすことが主眼で経理操作したっていうのが実際の話なんで」

 検事「修正できるところはするけど、ただ、趣旨を、要するに隠そうとは思っていないというのはまずいと思うから。だからそこをうまく、まず4億円ありきではないんです、という風に修正していくしかないよね」

 議員「4億円がいかがわしいお金だなんて、実際どう作られたかなんて私には分かりません」

 検事「そこは4億円不記載には関係ないよね。不記載で起訴されているから、もうしょうがない。不記載にした理由は何なのってなった時に、みんなはゼネコンからの裏金に決まってると思っていて、だから書けないんだってなる」

 議員「そういう意識はない。汚いお金だから4億円を何が何でも露見したくないっていうのは今でも違うと言いたい」

 検事「汚い金だっていうのは、検察が勝手に言ってるだけで、別に水掛け論になるから相手にしなくていいんだよ。証拠ないんだから」

 議員「そういう疑問を持ったことがないんで」

 検事「俺はそこ責められてるの。上が『本当にこんなこと言ってんのか』って言うわけ」

 検事「例えば、(小沢氏に)報告、了承してませんというふうになったら、強制起訴の可能性が高くなるよね」


2011年1月16日日曜日

2011年・民主党党大会

<ビデオ>
◆開会~大会実行委員長挨拶/江田五月最高顧問

◆ご来賓挨拶/亀井国民新党代表・福島社会民主党党首・米倉日本経済団体連合会長・古賀連合会長・熊谷千葉市長

◆菅直人代表(総理)挨拶

◆大会議案報告・提案・議案採択

◆地方自治体議員表彰・統一地方自治体選挙アピール・閉会



岩上氏の民主党の党大会後の森議員へのぶら下がりのUstと発言趣旨
http://vimeo.com/18774008

110113森ゆうこ議員ぶらさがり from iwakamiyasumi on Vimeo.



■岩上「党大会はどうでしたか?」
■森議員「寒い、大会も寒くて心が凍りついた」
■岩上「途中、紛糾した。活動方針を発表せずに突然、拍手で承認してくれと。議事進行上、驚いたが」
■森議員「冒頭、議長のほうで質問は受け付けないとかいう話があれば別だが、もしそういう事があればそこで異議申し立てようと思っていたが、言わなかった。議長が事前に私のところに来て色々話したが、それには触れなかった」
■岩上「発言が認められず、具体的に問題が幾つかあったという事だが何が問題だったのか?」
■森議員「昨日の総会では時間の制約があり、質疑応答は十分ではなかった。私の質問にも答えはなかった。他の同僚議員の何人もから、先ず第一に昨年の参議院選の大敗である消費税増税と言う菅総理自身の発言、本人がそれを選挙の大敗の原因であると認めた。それが大会議案書から削除されていた。結局きちんと総括し、反省をしないと同じ過ちを繰り返す。だからまた、統一地方選を前に、社会保障改革が進んでいないのに増税発言をしている」
■岩上「消費税隠しのように疑われますね。有権者から見れば、とりあえず隠しといて後出しするのではと」
■森議員「更に、与謝野さんが今日離党され、明日の入閣の準備をされているという事で、重要閣僚として入閣するという事が報道の通りなら与謝野さんというのは自民党の市場原理万能主義、財政健全化至上主義、増税派ですから、しかも埋蔵金はないと言っていた人だから、その人を民主党の重要閣僚に入れるということはもはやその内閣は民主党の内閣ではない。もしそうであるなら今日の党大会で質問を受け付けて、もし本当にそうしたいのであればきちんと説明するべき。党大会は党の最高の議決機関ですから、党大会の軽視ではないか?それをきちんと正したかった。挙党一致は良いが、昨日の岡田幹事長、菅総理の挙党一致というのはとにかく、菅さんを選んだのだから菅さんの言うことに従え、という、それはおかしい。納得をすればそれに従うが、何の議論もなく、質問に対する答弁もなく、それでただ従えと言われても、それは民主的な党の運営ではない。そして、本当に皆さんこれでいいんですか?これで。統一地方選挙に向かって頑張ろうと言ってもそれでは勝てない。大増税路線に進むのであれば、国民の生活が第一と約束してその事を信じて政権交代を実現させてくださった国民の皆さんに対する裏切り」
■岩上「与謝野さんは自民党で増税をずっと主張してきた方、財政再建至上主義、埋蔵金が無いと明言してきたが、そう言ってる間に見つかった埋蔵金も多々ある。森さんご自身も見つけたと昨日仰っていた。要するに仰っていたことに必ず信用性があるわけではない。どちらかと言えば財務省の代弁者だと。という事はこれまで長い間民主党が八頭司時代から主張してきたことが崩れてしまう」
■森議員「というか、国民の生活が第一というマニフェストと全く正反対の政策をやりますという事だと思う。これは完全に本当に国民に対する裏切り。これは許されない。菅さんを9月に支持された方もおそらくそんな事で支持した訳ではないだろう。もっともあの時も積極的に菅さんを支持した方はいなかった。ころころ代えてはいけないという理由しか聞いてない。どちらにしても、全く民主党政権ではなくなる。それだけはやはり黙っていられなかった。発言すべきだったし、それを認めて頂くのが“オープン”な民主党」
■岩上「あの場面、他の先生方も多く手を上げて発言されてた。もしくは大きな声を出していた」
■森議員「そうですね。私の発言を認めろという事を皆さんが仰ってくださった。さきほど色んな先生方から聞いたら“辞めろ、黙れ、座れ”というような声は誰一人発しなかったそうです」
■岩上「会場が広いので後方の記者席まで良く聞こえなかった。民主党らしからぬ、発言を認めないというのは残念」
■森議員「慣例的に党大会の場で発言はないという事だろうが、それにしても昨日の総会では議論噴出、しかし時間的制約でみんな自粛した。幹事長会議を遅らす訳にはいかないという良識的判断で。昨日もこれで意見発表は終わりという話はなかった。恐らく今日もう一回発言の機会があると皆さんそう思っていた。仮に慣例で今まで党大会では認めてこなかったとしても、これだけ大変な問題があるのだから認めるべき」
■岩上「こうなると、支持者、コアな支持者、非常に歯痒いという人たちがたくさん出てくると思うが、どうすればいいのかという方たちがいるとしたら、この後、意見表明の場があるとすれば、昨日のぶら下がりで川内議員に聞いたところ、昨日の総会は川内さんたちが集めた署名による総会ではないという事でした。残ってるとしたら、その川内さんたちが集めている両院議員総会の場で議題を執行部のこうした在り方に対しての責任を問う、という形で開くという事でしかないような気がするが」
■森議員「そうですね。いずれにせよ、党の役員人事、新内閣の顔ぶれがはっきりした時点で、やはり両院議員総会を開いてきちんと説明を受け、了承を受けるという事になってくる。特に党の役員人事。内閣は総理の専権事項なので、党の役員人事は総会の承認を受けるということになっているので、または党大会と言うことになっているので、もう一回開かざるを得ないと思う。今日、訳のわからない内に“一任”と言ってた事を盾にそれを開かないということであれば、こちらから開催を要求して、そしてそこで今度こそ皆さんに、黙っている人たちに本当にいいのか?という事できちんと発言し、今の方向をしっかりと正す。まずは今の方向性をきちんと正して、国民生活第一、先ずは無駄の徹底的な削減、そしてその仕組み自体を変えるということに全力を尽くすという方向に変えてもらう。変えなさいという事」
■岩上「官房長官が仙谷さんから枝野さんに代わるという事も今日ほぼ明らかになり、同時に幹事長もひょっとしたら代わるかもという話もあるが」
■森議員「岡田さん続投という、誰も求めてないが、どんなやり方でもいいが55年体制(野党に対する根回し)を否定されるのであれば、きちんと大きな枠組みを作ってほしい。岡田さんが否定しようが現に交渉は私たちが現場でやらなければいけない。苦しい思いでやっと臨時国会で整ったものを岡田さんの一言で壊されたという事は一回や二回じゃない。皆言わないが、だから幹事長続投は誰も望んでない。しかしそれも代表の人事権だから仕方ない。ただ、枝野さんが本当に官房長官になるとしたら、昨年の参議院選の大敗の一番責任ある人間が何故出世するのか?責任もとらないまま」
■岩上「オリジナル民主と言われる人達の中だけで人事がたらい回しされてる」
■森議員「おかしい。結果を出して、能力があると皆が認めているのであればいいが、そもそも仙谷さんを更迭するのは問責決議のせいではないという総理の発言は耳を疑った。参議院の席では皆がええ~!?と」
■岩上「参議院の問責だから、参議院を軽視していると」
■森議員「軽視というか、参議院の権威を著しく傷つける発言。これは野党も認めないと思う。西岡議長も大変お怒りになると思う。我々参議院議員としては黙っているわけにはいかない。それから、尖閣問題について抽象的な批判しか受けていないと。あの時も皆がええ~!?という。それでいて何も変わっていないと。実効支配しているのは我が国で、我が国の領土に変わりなはない、なんて当り前でしょ。変わってたら大変でしょ。そのことについてもおかしいじゃないですかと言いたかった。それと唐突にIMF の話も。もう、IMFにお金出してるの日本だよって。うちの経済専門家、財政金融の専門家がもうのけぞっていた。だからもう、参議院議員の席ではみんな“聞くの止めて帰ろうよ”って。いわゆるマスコミが色分けしているグループとかそういう事じゃなく、前内閣の閣僚だった人たちも“森さん、これなんか言わんとあかんやろ”とか私のところに言ってくるから“先生、言ってくださいよ”と色んな先生方とやり取りがちょっとあったり」
■岩上「(笑)やっぱり口火切るのは男前の森さんじゃないと(笑)」
■森議員「まぁ、そういう意味で“発言させろ”とも皆さんが仰ってくださった。私ひょっとして『黙れ、ひっこめ、座れ』とか言われるのかと、そうではなくて『発言させろ』と。衆議院のほうは良く分からないけど、衆議院のほうでもそういう発言はなかったという風にさっきお聞きした。やっぱりこれはおかしいんだという事を今日言っておかないと、この後の議論をする機会が無くなるから、皆でシャンシャンで全員で認めたという事で全てOKとする事には絶対させたくなかった」
■岩上「USTなどを見た人はダメな企業のダメな株主総会の典型的な例だという風に言ってたので、かなり落胆していたと思う。ですから、あの一言があった事は大きかったと思う。異議ありと言う声が」
■森議員「これが広がる事を願いつつ、皆さん本当は思っていると思うので、事なかれにせずに皆で声に出していこうと。間違った方向を変えるのが私たちの責任だから、この事をこれからみんなに訴えていきたい。色々ご心配かけてすいません。ありがとうございました」

2011年1月12日水曜日

鈴木宗男氏の〝獄中記〟

東スポからの転載です。

鈴木宗夫氏が喜連川に収監されてからの情報が中々伝わってこなかったのだが、東スポが伝えてくれた。これから後も伝えてくれるだろと思われる。この記事に追記で載せていこうと思う。


宗男氏の〝獄中記〟

2011年01月11日
ムネオ氏の獄中年賀メッセージを大公開——。あっせん収賄、受託収賄罪などで昨年9月に上告棄却で実刑が確定し、食道がん手術後の同年12月に収監された前衆院議員で新党大地代表の鈴木宗男氏(62)が関係者などに向けて入所前後の近況を獄中でしたためた手紙を本紙が入手した。独占初公開となる“獄中記”では高校生以来となる丸刈りや刑務作業の紙袋作りなど独房での受刑生活を明らかにすれば、日本ハムの斎藤佑樹投手(22)への思い、盟友で歌手の松山千春(55)との涙の別れを激白。“生涯政治家宣言”していた通り、塀の中でも悲嘆に暮れることなくムネオ節を炸裂させていた。


【年賀挨拶】
あけましておめでとうございます。鈴木宗男です。私は平成22年12月6日に東京高等検察庁に出頭し、同日、東京・小菅の東京拘置所に収監されました。同月16日には栃木県さくら市にある喜連川(きつれがわ)社会復帰促進センターへ移送され、受刑生活を送っております。

 何度も繰り返しているように私は政治家として、決してやましいことはしていません。しかし、日本は法治国家ですから国民の一人として、その決定には従わなければなりません。私はこれからも間違った権力とは断固、闘ってまいります。いかなる立場、状況にあってもメッセージを発信していく所存であります。

 今年は私の原点である「政治は弱い人のためにある」「声なき声を代弁する」をしっかり勉強し直そうと思います。どこの国にも権力闘争、政治犯はあります。南アフリカのマンデラ大統領は27年間、ナイジェリアのオバサンジョ大統領は長年にわたって、囚われの身でした。中国の鄧小平は3回も逮捕・拘束されております。皆、死線を命がけで生き、復活しました。私はこの1年をマンデラ大統領らの百分の一、いや千分の一、いや万分の一の経験をしながら将来に備えたいと心しております。宿命に生まれ、運命に挑み、使命に燃えてきた鈴木宗男の生き様をいつの日か問いただす日をつくる平成23年にしたいと考えます。皆さん、今年も良い年でありますように心から祈念してやみません。

【平成22年12月12日、東京拘置所にて】
刑務所での1日がどのようになっているかを紹介します。午前6時40分に起床し、朝食は7時からです。7時40分からは刑務作業を行います。私はデパートなどで使う小物入れの紙袋作りで、途中10分の休憩を挟み、11時30分まで行います。昼食は11時30分から45分間で12時15分からは再び作業です。16時過ぎまで10分の休憩を挟み、続きます。夕食は16時30分からで17時から消灯の21時までは余暇時間になります。

 入浴は週2回で各15分間で、運動は週5日、各30分間となります。休憩時間はストレッチ体操がラジオから流れますので体を動かし、余暇時間は読書や新聞を丹念に読んでいます。昼間は上下グレーの居室服、夜はパジャマが支給されています。なんとパジャマは“シマウマ模様”です。北海道の熊がシマウマを着ている姿を想像してください。7日には丸刈りになりました。高校生以来、44年ぶりの坊主頭です。昔と違うのは毛がないことです。食事は米麦7対3のご飯におかずは朝が「梅干1個、かつおの佃煮、ふのり味噌汁」や「納豆、焼き海苔、味噌汁」などです。昼は「豚肉のステーキ、野菜煮物」「かれい煮物、なすの煮物」などが出て、夜は「しょうゆ風豚汁、かぼちゃ、牛乳200㏄」「牛肉入り野菜炒め、シチュー、バナナ1本」「おでん、野菜炒め、みかん1個」などでした。子どものころは麦ご飯で朝昼は味噌汁と漬物に佃煮、夕食だけは何か煮物があったくらいでしたので、ここの方が恵まれています。ものは考えようだとつくづく思います。居室は畳1枚分が洗面台とトイレで3枚分が生活空間です。学生時代は4畳半で生活していましたので、そのころを思い出し、毎日キレイに掃除しています。

 私が最近、気になった話題は日ハムドラフト1位の斎藤佑樹投手。彼が札幌市内のホテルで入団会見を行った際、チームメートになる先輩の稲葉選手、田中選手からのビデオメッセージに涙したそうですが、正直な好青年という印象を持ちました。うれし涙、感激の涙、達成の涙、悲し涙、悔し涙、無念の涙など私は涙が人間の最高の表現だと思う。私も涙もろいほうなので、家内からバカにされたりするが、私は涙が似合っている男でいたい。同時に(感動で)人に涙を流される生き方をしたいとつくづく思う。

 収監直前の4日に松山千春さんから電話が入りました。千春さんは涙ながらに「ムネオさん、胸を張って正々堂々と行ってください。みんな信じていますから。ムネオさんのいない間、ちゃんと新党大地、後援会は守ります。何かあったら何でもしますから言ってください。同じ足寄なんですから最後まで一緒です。体にだけは気をつけて…」。最後は言葉にならない電話口に私もただただ涙が流れた。隣に座っていた家内も涙している。同じ足寄に生まれ育った縁に感謝しながら、千春さんの男気、人情、やさしさ、そして“心友の男の涙”を私は生涯忘れることはありません。

【平成22年12月19日、喜連川にて】
喜連川社会復帰促進センターに来て、故郷の北海道・大誉地を思い出しております。車の音が聞こえないとにかく静かな所ですが、何より寒いです。朝は氷点下で日中も一桁の前半です。ただ寒いといっても私の故郷は冬には氷点下30度以下が1週間、20度以下が2か月も続くところですから比較になりませんが故郷を離れて42年、この歳ですから、やはり身にこたえます。それでも少年時代にランプ生活、電気が通っていなかった部屋の中で自分の吐く息で布団が凍り、その襟に目をぶつけて起きるという毎日を思い出せばまだここは条件が良いです。食事は独居房で独りぼっちですが、家族・仲間の名前を呼びながら“私は一人ではない、帰るところがあるんだ”と言い聞かせながら毎日を送っています。

※坊主頭 男性受刑者は通称「ガリ」と呼ばれる理髪により、丸刈りもしくはそれに近い髪形にされる。出所が近づくと、「蓄髪願箋」(ちくはつがんせん)を出し、スポーツ刈りなど一定程度まで伸ばすことが許される。そのため、髪が伸びた受刑者は出所間近であることが周囲にも分かる

※ムネオ事件 外務省関連の国際機関「支援委員会」が発注した国後島「友好の家」(通称ムネオハウス)の入札をめぐる偽計業務妨害容疑で東京地検特捜部が2002年、鈴木氏の元秘書らを逮捕。これを機に鈴木氏の受託収賄やあっせん収賄、ムネオハウスや国後島のディーゼル発電施設をめぐる入札妨害など7事件で12人を起訴した。権力の中枢にいた鈴木氏や側近で元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏らをパージする“国策捜査”といわれた。

※喜連川社会復帰促進センター 鈴木氏が受刑生活を送る喜連川センターは栃木・さくら市で3年前から官民協働で運用されている刑務所。東京ドーム9個分の敷地に収容定員は2000人。収容対象者は犯罪傾向の進んでいない男子で運営には民間が参入し、警備業務も民間警備会社が担当するなどしている。KSD事件で受託収賄罪に問われた自民党の村上正邦元参院会長(78)が同所を一昨年に出所。防衛省の装備品納入をめぐる汚職事件で収賄罪などに問われた守屋武昌元防衛事務次官(66)が収監されている。



2011年02月10日
民主党の小沢一郎元代表(68)が、政治資金規正法違反で強制起訴となった1月31日までに、獄中にいる新党大地代表の鈴木宗男氏(63)から関係者あてに手紙が届いていた。そこには、小沢被告へ送る「ムネオ節エール」がしたためられていた。
〝国策捜査〟の末、投獄されてもなお潔白を訴え続ける鈴木氏が、窮地に立たされた小沢被告に飛ばした熱いゲキを独占公開する。

昨年12月に東京拘置所から栃木にある喜連川社会復帰促進センターへ移送され、はや2か月がたちました。これまでの刑務作業は紙袋作りなどを行っていましたが、1月に入ってからは本格的作業に従事しております。

センター内にある病棟の衛生係で朝、昼、夕食の配食や食事後の回収作業などをしています。食事がない日はありませんから365日、毎日になります。出来上がったおかずを手際よく公平に皿へ分けるのですが、ここが気を遣うところです。ほかにも毎日、仕上がった洗濯物を各室へ届け、平日は週2回、施設にある本 (官本)の貸し出しの役目もあります。今、まさに修行中の身といった具合です。

陸山会の土地購入をめぐる政治資金規正法違反事件について、私は小沢一郎先生の強制起訴は一貫して、おかしいと言い続けていました。事実でない情報がリークされ、間違ったイメージや虚像が独り歩きした結果、真実ではない姿や形で小沢先生が起訴されることには誠に違和感を覚えます。

捜査のプロ中のプロといわれる東京地検特捜部が立件できなかったものであり、しかもメディアの報道が本当に真実かどうか分からない中で一般の人が〝シロだ、クロだ〟と判断するのは、ある種、民主主義の危機だと思います。それは9年前に私自身が体験しています。「ムネオハウス、三井物産の北方領土支援、アフリカODAで鈴木は捕まる」と連日メディアは報じ立て、国民も〝そんな悪い鈴木なら早く逮捕しろ〟という世論がつくられました。
世論誘導で私は政倫審や参考人招致、証人喚問に応じ、最終的には離党も余儀なくされました。さらに本件とは本質的に全く別問題だった証人喚問での発言で偽証罪にも問われました。何もしてなくても〝やった〟と言わない限りは、世論は納得しない雰囲気が作られるというまさにメディアスクラムでした。

小沢先生には私と同じ轍(てつ)を踏まないでほしい。正々堂々と司法の場で真実、真相を語っていただければ何も問題がないと思います。起訴されたらやれ離党だ、証人喚問だと面白おかしく興味本位の話が出てくると思いますが、誰でも狙われたら明日は我が身だと考え、冷静に推移を見守ることが大事ではないでしょうか。

ここは小沢先生が胆力を発揮し、男の勝負をすべきです。混迷する日本の政治に必要なのは強いリーダーです。今の政界を見渡してみて、小沢先生以上の方はいません。よく小沢先生は壊し屋といわれますが、日本のため、国民のため、夢と希望を持てる壊し屋なら大歓迎です。負けるな小沢一郎先生。

2011年1月10日月曜日

検察審査会の一番大きな問題点

 この備忘録を書いている2011年1月10日にデモが行われている。デモの趣旨は”国民の生活が第一!”というものであった。

しかし、デモの様子をUstで見る限りでは”小沢一郎を守ろう”というものであった。



デモのことは日を改めて備忘録にまとめようと思う。その前にどうしても今小沢氏を貶めようとしているとも取れる検察審査会のあり方についてまとめておこうと思う。

ちょうど自分が東北へ引っ越そうと準備を始めていた時分の平成22年7月3日の朝日新聞朝刊17面「オピニオン 耕論」に元裁判官・秋山賢三氏と元検察官・高井康行氏の両氏が寄稿をしている。まずは両名の記事を残そうと思う。

◆審査会は冤罪を防ぐために――秋山賢三(あきやま・けんぞう)さん 元裁判官

 私は、司法手続きに司法が参加すること自体は、大変意義のあることだと思いますが、それは市民の英知を活用して、無実の人を処罰しないため、つまり、冤罪を生まないためにこそ行われるべきだと思います。

 その意味で、刑事法のプロである検察官が有罪にできないと判断し不起訴処分にした事件を強制的に起訴する権限を、くじ引きで選ばれた、法律知識のない市民に簡単に与える現行制度には反対です。

 日本では、起訴された被告の99.9%が有罪になるという実態があり、社会は「起訴=有罪」と受け止める傾向が強いのです。公務員は起訴されると休職となり、給料は4割カットされるし、民間会社員は起訴されると解雇されるケースも多い。物心両面の負担は言うまでもありません。

 だからこそ、起訴の判断は慎重さが求められるのです。まして、検察審査会に持ち込まれる告訴・告発事件の場合、容疑者とされる人が容疑事実を否認しているケースがほとんどですから、起訴の判断にはより一層の慎重さが求められます。

 検察という組織は、有罪にできると判断すれば必ず起訴します。その検察官が起訴しない事件について一般市民に起訴できる権限を与えるわけですから、冤罪を生む危険性が大きくなったと思います。

 理由は
<1>審査員が一般に法律に詳しくない
<2>限られた審査時間の中ですべての証拠を精査できるかどうか疑問
<3>事前にメディア報道を見聞きして、予断と偏見を持って審議に臨む可能性が高い
<4>被害者感情に短絡的に同調する可能性が高い、などです。

 例えば、明石歩道橋事故のような大規模事故の場合、業務上過失致死罪の適用が問題になります。こうした過失犯では、結果を予見できたか、回避できたかどうかが有罪・無罪の判断を分けますが、長年積み重ねられた多くの判例を知らなければ、正しい判断はできません。

 実際過去には、検察審査会が不起訴相当の議決を出したため、再捜査して起訴したものの、結果的に無罪判決が確定した事件は「甲山(かぶとやま)事件」「岡山遊技場放火事件」など、数多くあるのです。

 検察審査会の議決には強制力のない時代ですらそうだったのですから、議決に強制力が付与された現在の制度の下では、冤罪が生まれる可能性はかなり高まると思います。

 こうした危険性を回避するため、検察審査会の議決に強制力を付与する条件として、以下のことを提案したい。

 <1>「起訴相当」の議決をするためには、現在11人の委員中8人以上の賛成でいいとされているが、これを全員一致の賛成が必要とする<2>現行法では「起訴相当」の議決2回で強制起訴となっているが、これを3回(または4回)とする<3>捜査資料の公開を徹底する、という三つです。

 検察官は起訴の権限を独占し、しかも起訴するかどうかに関して大きな裁量権を認められており、それに対する市民からの監視とチェック機能は必要です。しかし、検察審査会のように、検察官が起訴しない事件を起訴させる方向に市民が関与するのではなく、検察官が起訴すべきでない事件を起訴させないためのチェック機能こそ市民に求められていると思います。 (聞き手・山口英二)

ほぼ同様の内容なのだが東京新聞10月6日朝刊にも 秋山賢三氏が検察審査会制度に対する意見を寄稿をしている。

『冤罪避ける仕組みを』
 法律のプロである検察官が確実には有罪にできないと判断した不起訴処分について、くじ引きで選ばれた法律知識のない市民に容疑者を強制的に起訴する権限を与えた検察審査会制度には反対だ。

 検察官による起訴は、人権を侵害する行為。起訴されれば、公務員なら休職、民間企業なら解雇されるなど社会的制裁を受け、裁判が長期化すれば負担も大きい。日本では「起訴イコール有罪」と受け止められる傾向も強く、検察官は法と証拠に基づき、慎重に検討している。

 小沢氏の場合もそうだが、検察審査会が審査する事件の多くは容疑者が否認しており、起訴もより慎重な判断が必要となる。こうした事件で、市民に起訴権限を与えることは、冤罪を生む可能性を高くする。

 裁判となる以上、過去の判例を踏まえなければならないが、法律の素人である審査員には限界がある。また、審査時間は限られており、すべての証拠を精査できない。報道が審査に予断と偏見を与えるかもしれず、被害者の感情に同調する可能性も見逃せない。

 「裁判で黒白をつける」とする発想は危険。過去、検察審査会の不起訴不当議決を受けて検察が起訴し、無罪が確定した事件は、「甲山事件」など少なからずあることを、忘れるべきではない。

 強制起訴を維持するのなら、①「起訴相当」議決には審査全員一致の賛成を必要とする②現行では、二度の「起訴相当」で強制起訴となるが、議決を三回か四回必要とする③非公開の審査過程の透明化-など、冤罪回避のために条件を厳しくすべきだ。

 司法への市民参加は大変意義があるが、市民の英知は冤罪を生まないために活用されるべきだ。市民が起訴の権限を持つよりも、検察官による起訴を監視し、チェックする機能こそが必要だ。
ここで秋山賢三氏が書かれている法律の素人である審査員には限界がある。この言葉と同様の言葉を実は小沢氏もテレビ朝日の番組の中で話をしていて、新聞の記事にもなっている。
結果、検察審査会の審査対象のあり方について考えを述べることは、「検察審査会への圧力として作用することは明らかである」との新聞・テレビ等の既存の大手マスコミに集中砲火を浴びている。

論点は明確で”証拠不十分での不起訴は検察審査会の対象から除外すべき”というのが小沢氏の発言(考え)である。これに対しマスコミは検察審査会への圧力だと言い出したのである。

東京新聞平成22年9月3日(夕刊)
 
小沢氏は、検察審査会について「強制力を持った捜査当局が不起訴と言ったことについて、いわば素人が良い、悪いと言う今の仕組みが果たしていいのか、という議論は出てくる」と指摘した。」


しかし、秋山賢三氏の論旨からも小沢氏の考えが不当なものであるとはどうしても思えない。そればかりか秋山弁護士は、市民に起訴権限を与えることは、冤罪を生む可能性を高くする。とさえ言っているのである。

秋山賢三弁護士は、「検察審査会のように、検察官が起訴しない事件を起訴させる方向に市民が関与するのではなく、検察官が起訴すべきでない事件を起訴させないためのチェック機能こそ市民に求められている」との考えで、不当な不起訴か否かを是正する検察審査会自体に否定的な見解と取れる。つまり、法律知識のない素人の市民が、安易に強制起訴ができるようになった現行検察審査会法は妥当でないとしているのである。

また仮に検察審査会を肯定したとしても、「刑事法のプロである検察官が有罪にできないと判断し不起訴処分にした事件を強制的に起訴する権限を、くじ引きで選ばれた、法律知識のない市民に簡単に与える現行制度には反対」と批判的な意見ととれる。

要するに、「法律知識のない素人の市民が、安易に強制起訴ができるようになった現行検察審査会法は妥当でない」との考えは、検察審査会の権限を限定するべきとする点で、小沢氏の見解と共通しているのである。

しかし朝日新聞は、このオピニオンの記事が出た翌日(4日)に小沢氏の発言に対して、”「不見識だ」驚く法曹界”という見出しの記事を書いているのである。不見識なのはどちらで驚いたのはどちらであろうか。

冤罪事件問題に取り組む秋山賢三氏のYouTobeです。


次は元検察官であり司法制度改革推進本部で裁判員制度・刑事検討会の委員を務めた高井康行弁護士の考えである。高井氏はテレビ等でもよく見かけるのでご存知な方も多いと思う。

◆嫌疑不十分は対象から外せ――高井康行(たかい・やすゆき)さん 元検察官

 私は今回の制度改正を議論した裁判員制度・刑事検討会に委員として参加しました。その中で、私は同じ検察の不起訴処分でも、嫌疑不十分と起訴猶予は分けて考えるべきだと主張しました。

 起訴猶予は証拠もあって有罪は間違いないものの、被害者との示談が成立しているなどの様々な事情を考慮して起訴しないと検察官が判断したものです。だから、「市民感情に照らして、不起訴処分は社会正義に反する」と審査員が判断して起訴相当と議決することは間違いないでしょう。

 しかし、嫌疑不十分は捜査と証拠評価の専門家である検察官が、有罪とするだけの証拠がないとしたものです。検察審査会が「市民目線で見れば証拠はある」「有罪の疑いがある以上、国民の前で有罪か無罪か明らかにすべきだ」として起訴するようになれば、社会的反響の大きい事件は、たとえ有罪の確証が薄くてもどんどん起訴され、裁判でようやく無罪になるということになりかねません。

 民主党の小沢一郎前幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地取引事件などは、このような懸念が当たっていると感じます。この事件は、東京地検が嫌疑不十分と判断したのに対し、検察審査会が起訴相当と議決しましたが、地検は再び不起訴としました。審査会が今度も起訴相当の議決をすると、強制起訴されます。起訴は本来、人権を侵害する行為ですから、証拠の有無は慎重に判断されねばなりません。安易に起訴されるようになると、とんでもない人権侵害につながりかねません。

 制度改正以前の検察審査会の議決は強制力を持ちませんでしたが、実はそれなりに機能していました。最高裁の統計によると、1948年の制度開始以後、審査会が起訴相当、不起訴相当と議決した事件のうち、約20%が起訴されています。

 審査会から起訴相当、不起訴相当の議決が出ることを、担当した検察官は嫌がるものです。戻ってきた事件は、先輩もしくは上司が再捜査する。再び不起訴とする場合には、私の在任中は高検の検事長決裁まで受けなければならず、それなりに重い負担になっていました。そのため不起訴にする場合には被害者に対し丁寧に説明し、説得し、納得してもらいました。ある意味、事件処理に民意を反映してきたし、そうした作業が国民の検察官に対する信頼を築いてきたと言えるでしょう。

 今回の制度改正は、検察官にどんな影響を与えるでしょうか。ある検察官は、強制起訴されて裁判で有罪になったらみっともないから、これまでなら不起訴にする事件でも起訴してしまえ、と考えるかもしれません。また、ある検察官は「処分に不満があるなら、審査会へ行ってください」と、被害者への丁寧な説明をしないまま不起訴にするかもしれません。このようなことになったら逆効果です。

 起訴されれば、物心ともに大きな負担がかかり、社会的な制裁も受ける。だから、検察官は捜査を重ね、証拠を吟味し、有罪の確証を得た上で起訴してきた。それが検察官の職業倫理でもあります。今後も抑制的に、正しく公訴権が運用されるのか。私は、不適切な方向に振れていくのではないかと懸念しています。 (聞き手・秋山惣一郎)

司法制度改革推進本部の裁判員制度・刑事検討会では、起訴猶予と嫌疑不十分を分けて考える必要性が指摘されたようである。

検察が「証拠があるが起訴しない」と判断した起訴猶予の場合、国民目線で起訴すべきかどうかを考え直す意味はある。しかし、嫌疑不十分は証拠の有無の問題。法律家が「証拠はない」と判断したのに、国民目線で見たら「証拠はある」というのはおかしい。と高井康行弁護士は言っているのである。

平成22年4月28日の朝日新聞に高井弁護士は次のような記事を書いている。
小沢氏を共犯者に問う直接的な証拠は、石川知裕衆院議員と池田光智元秘書の供述しかないが、議決書を読んでも、2人の供述内容がどの程度の具体性を持つのかわからないので、証拠価値の判断ができない。

 仮に小沢氏が強制的に起訴されることになれば、政治的な意味も大きい。検察審査会は「これなら、検察審査会が起訴すべきだと判断するのも仕方がない」とわかるような具体的な説明をする必要があるのではないか。」

検察官が「証拠」がないと判断して不起訴にしたのにも関わらず、「市民目線で見れば証拠はある」と証拠を作り出してしまうことは、「証拠裁判主義」から極端に言えば「感情裁判・思い込み裁判」にハードルを下げたということで裁判そのもののが変質したということになる。怖い話である。

名城大学コンプライアンス研究センター長 郷原 信郎氏
2010.10.05第102回定例記者レク

 昨日、東京第5検察審査会で小沢氏に対する政治資金規制法違反事件についての2回目の起訴相当議決が出たわけですが、この議決にはいろいろな面で重大な問題があると思います。

 まず第1に、形式論、手続き面の問題です。私は、この事件については、第1回の起訴相当議決についても起訴相当とすべき被疑事実のことがきちんと報じられていない、そこをしっかり認識しなければいけないということをずっと言ってきました。要するに、不動産の取得時期と代金の支払いの時期についての虚偽記入が第1回目の起訴相当議決で起訴相当とされただけであって、この事件の検察の操作の過程でいろいろ報道され、問題にされていた小沢氏からの4億円の現金の収入のこと、収入面の問題は、まったくこの議決の対象になっていないということをずっと強調していたわけです。

 それで、昨日、議決書を最初に見た段階で、最初、被疑事実の要旨のところだけを見て、同じ被疑事実だったので、同じような内容についてもう1回起訴相当議決が出たのだと早合点してしまいましたが、今朝になってよく見てみると、起訴すべき事実については、別紙犯罪事実というのが付いていて、この犯罪事実の中身は、被疑事実の要旨と違います。

 被疑事実の要旨は検察が2回目の不起訴処分を行った際に対象とした事実だと思いますが、それは、先ほど言ったような不動産の取得時期と、代金の支払時期の問題だけなのに、起訴すべきであるとこの議決で言っている別紙犯罪事実では、収入のことも含めて書かれています。ですから、小沢氏からの現金4億円が提供されたという、不動産の取得代金の原資となった収入のことも含めて虚偽記入の犯罪事実としてここで書かれています。

これをどう見るかですが、私の基本的な理解は、検察審査会の起訴強制という制度はあくまで検察の不起訴処分の不当性を審査するために設けられた制度で、かつては、検察審査会が不起訴不当だと言っても、起訴相当だとっても、もう1回検察が不起訴だと言ってしまえば終わりだったんですが、それを検察限りでは終わらせないで、検察が不起訴と
した事実について、検察審査会が起訴相当だという判断を2回目の判断を議決で出したときには、その事実を強制起訴の対象にするという制度だと私は理解してきました。そういう観点からすると、もともとの告発、審査申立の対象になっているわけでその事実が、不動産の取得時期と代金の支払い時期の問題だけが問題にされ、第1回の起訴相当議決では、その範囲について起訴相当という判断が行われ、その事実についての不起訴処分が行われているだけなのに、その範囲を超えた、そこを逸脱した事実を起訴相当とするというのは検察審査会の起訴強制手続きの趣旨からしても明らかにおかしいと思います。

そこの部分は、検察官の公訴権の独占の例外として認められた、検察審査会で1回まず起訴相当議決が出て、そして、検察官がさらに不起訴にして、それでさらに検察審査会が2回目の起訴相当議決を出したときに強制起訴という手続きがとられるという趣旨からいっておかしいということになると思います。ですから私は、今回のような検察審査会の起訴相当議決による強制起訴はできないのではないかと考えています。

ただ問題は、それが検察審査会法による強制起訴の制度の趣旨から言っておかしい、こういうことは認められるべきではないと言っても、それでは、実際に不起訴の対象となった事実を逸脱した事実について起訴相当という判断が現に行われてしまった今回のような場合にどうなるのかということですが、そこは非常に難しい問題です。そもそも外形的に見て、事実の範囲が違っていて、逸脱している議決というのは外形的に適法な起訴議決の要件を満たさない、だから、それに基づいて強制起訴はできないんだと考えるとすると、裁判所から指定された指定弁護人が、起訴相当議決では強制起訴ができないということで、強制起訴手続を取らないという判断をして、検察審査会で、改めて有効な議決をしてもらうことにする、ということになるのではないかと思います。

ただ、そこの点、検察審査会法の解釈として、そういったことを行う判断権が指定弁護士に与えられているのかどうか。もうちょっとそこの点を慎重に検討する必要がありますが、基本的には指定弁護士も要件を満たさない強制起訴手続を行わせるのはおかしいわけですから、明文にはなくても、そういう判断権があると考える余地もあるのではないか思います。 そしてもし、仮にそういう判断を経て指定弁護士がそれでも起訴する、強制起訴手続を取ったときにどうなるか。あるいはその手続を取ろうとするのに対して、何らかのそれをさせないという法的な措置が可能なのかどうかということですが、これは具体的な規定がありませんし、指定弁護士の職務の性格をどういうものと考えるかによっても違ってきます。少なくとも、そういった場面での被疑者側のアクションとして、指定弁護士に対して、この検察審査会の議決によって強制起訴手続が行われるべきではないという要請を行うというアクション自体は可能ではないか。ただそれを、裁判所に判断してもらうような、例えば仮処分とか、それを差し止めるという手続が可能かどうかというと、これは、指定弁護士の職務が検察官と同じような職務の性格だとすると、検察官が不当な起訴をしようとしているのに対して、それを差し止めるという仮処分ができないのと同じよう
に、ちょっと難しいのかなという感じもします。

そうなると、指定代理人の起訴による強制起訴という手続きが行われて、裁判所の手に渡ったときに、裁判所に対して、この強制起訴手続は違法なものであり、無効なものであるということで直ちに公訴棄却の判決を行うように求める。もともとそもそも要件が満たされていないから、この起訴手続による公訴は無効にすべきだと。取り消されるべきであって、棄却されるべきなんだという主張を裁判所に対して行うということになるのかなという気がします。

いずれにしても、検察審査会の手続き、こういったところに関して非常に具体的に手続きがきちんと整備されていない。こういう議決の射程というか、議決できる被疑事実の範囲の問題については、今回の件については明らかに逸脱していると私は思いますが、とは言っても、ちょっとした日時の違いとか、ちょっとした金額がずれるという程度の違いが許されないのか、検察官が不起訴にした事実と完全に厳密に同じじゃないといけないのかというと、ちょっとそれもあまりに硬直的過ぎる気もするので、そのあたりをどう考えていったらいいのかは結構難しい問題だという気がします。

そのあたりの考え方について、一罪であれば一罪の範囲内であれば、公訴事実の同一性の範囲であればどういうふうにでも拡張していいという考え方に立ってもあり得るかもしれません。ひょっとすると、今回の検察審査会の議決が行われたのかも知れません。収入の問題も、支出の問題も、不動産の取得時期の問題も、結局、1つの政治資金収支報告書の記載の問題だから、一罪、1つの犯罪であることは違いないから、だから、起訴の対象にできるという見解に立つとすると、1つの収支報告書でカバーされる犯罪事実の範囲は無限に広がっていきます。

例えば、水谷建設の5000万円だって、もし陸山会あての寄付だということを水谷元会長が言っていたとしたら、その犯罪事実も公訴事実の同一性の範囲内ということになるので、検察審査会が、水谷建設の裏献金も認められる判断したときには、偽記入だ、不記載だ、ということで起訴相当議決ができることになってしまいます。2回目の起訴相当の事実の中に、突然のその事実、起訴相当議決を行うことも可能になり、それだけで強制起訴されるということもあり得るということになってしまいます。それがいかに不当かは明らかだと思います。そういう面でも、手続規定はもっときちんと整備されなければいけないのかなという気がします。

公訴権を検察官が独占していることの例外として、この強制起訴という手続きを認めるのであれば、その実態要件としての犯罪告発事実、審査申立事実とどういう関係でなければいけないのか。その途中で事実関係が変わってきた場合どこまでの変更であれば許されるのかというところが全然実務的にきちんと固まっていないところに、大きな問題があるような気がします。それが手続面、形式面の問題です。

次に中身の問題です。昨日、ツイッターとか、ラジオのインタビューなどでもお話ししたし、今朝のある局のテレビのインタビューでも簡単に触れましたが、私は、この起訴相当議決で前提にしている政治資金規正法の解釈論がまずおかしいと思います。以前から言っているように、政治資金収支報告書の記載の正確性について責任を負っているのが会計責任者です。ですから、基本的には会計責任者が正確に正しく収支報告書に記載すべきところを虚偽の記入をしたというところが一次的な虚偽記入罪の守備範囲だと思います。そこに、会計責任者以外の者がかかわって、それが共犯だと言うとすると、それはやはり何らかの積極的な関与、指示とか、働きかけとか、そういうことがなければならないというのが少なくともこれまで刑事の実務で前提とされてきたところだろうと思います。

検察の2回にわたる不起訴処分というのはその政治資金規正法の解釈を前提にしていますから、議決書で書かれているような報告をしたとか、了承を求めたとかいう程度の断片的な供述では到底、会計者以外の、とりわけこの場合、政治団体の代表の共謀というのは認定できない、というのが刑事司法の実務だったのです。ところが、今回の議決ではそこのところが前提とされていない。報告とか了承というのが抽象的に何か調書の内容になっていれば、その抽象的な供述が信用できれば、直ちに共謀が認められるかのような言い方になっています。これは、政治資金規正法の罰則の解釈としておかしいのではないかと思います。

次に供述の信用性についてですが、この間の村木判決のことを聞きかじりして書いたのかと思われるような書き方が行われています。ずいぶん昔のことだから具体的、迫真的な供述がなされている方がむしろ作為性を感じ、違和感を覚えることになるというのは、訳の分からない理屈です。一般的な証拠の信用性評価を完全に無視しているという感じがします。市民の感覚、素人の感覚と言っても、常識ある人はこんな見方はしないと思います。

迫真性があって具体的だから信用できるというこれまでの裁判所の検察官調書に対する信用性の判断には問題があると、私も思います。村木さんの無罪判決でも具体性とか迫真性というのは後から作ることができる、というふうに言っていますが、それがどういうことかと言うと、具体性があって迫真性があるからと言って、それで直ちに供述が信用できるということにはならないということです。具体的で迫真性がある供述でも信用できない場合があるということを言っているわけです。

それを逆に、昔のことだから具体的、迫真的であるとかえって信用できない。逆に言うと、具体性も迫真性も何もなくて、ふわふわっと書いてある供述の方が信用できるというのは、まったく論理があべこべです。めちゃくちゃだと思います。市民とか素人だということであれば、供述の信用性についても、基本的な考え方をきちんと補助弁護士が説明し常識にかなった認定をしてもらうようにすべきじゃないかと思います。結果がものすごく重大な政治的な影響を持つわけですから、それだけに、こういうピントはずれの判断が書かれているのは問題です。ということで、この議決の実態的な判断、供述の信用性等についての判断、共謀が認められるかどうかについての判断は、まったく私はおかしいと思いますし、こういう判断によって有罪の可能性があるとか高いとか言っているのはおよそ理由になっていないと思います。

ただ、最後のまとめの中で書いてあることの中の「国民は裁判所によって本当に無罪なのか、それとも有罪なのかを判断してもらう権利があるという考え方に基づくものである」という部分は、は、検審の議決の受け止め方、議決の効果を社会がどう受け止めるかということについては、ある意味では正しい考え方だと思います。

検審の起訴相当議決というのは、検察官の処分には納得できない、それだけで終わらせるべきではないという趣旨での議決です。これは何も、検察審査会の人たちが有罪だという決め付けをということではない。検察官の処分だけで終わらせるべきではない。裁判所に判断を求める権利があるという趣旨です。そこのところはこの議決の趣旨を正しく理解しておくべきではないかと思います。ということで、私は、この議決に対しては非常に大きな問題がある、重大な問題が多々あると言わざるを得ないわけですが、もう昨日から、この議決の結論、起訴相当という結論を受けて世の中がまた大きく動いているわけです。政治的にも社会的にも重大な影響が生じているわけです。先ほど言った、議決書の最後のところを、これはあくまで裁判所に最後に最終的な判断を求めている趣旨に過ぎないと言っている部分を重く受け止めて、現時点ではこういう議決が出たから、だから政治的に責任を取るべきだとか、議員辞職すべきだとか、党として除名すべきだというような、およそ検察審査会制度の趣旨にも、議決の趣旨にも合わないようなことを言うべきではないと思いますし、そういうことを言って
いる人は、見識が、あるいは法的なセンスが疑われると思います。

一昨日というか、昨日のお昼くらいまでは、炎上している検察の方のことでいっぱいいっぱいだったわけですが、今度はまたこの問題で検察審査会の方からいろいろな火が燃え広がって、ますます訳の分からないことになっているわけです。この議決が9月14日、まだ大阪地検の問題が表面化する前だというところには非常に大きな意味があると思います。ああいう問題を起こした検察だという認識がないまま、村木さんに対する無罪判決は出てはいたけれども、一応、検察が収集した証拠、検察が立証に使おうとする証拠は正しいもので、間違っても不正な改ざんなどが行われたり、供述をねじ曲げるようなことが行われたりしないという前提で、検察審査会の判断、議決が行われているとすると、その後、大阪地検の問題が表面化したことで前提がまったく違ったものになってしまっているわけです。

議決書が公表されるまでの20日の間にあまりに大きく検察をめぐって世の中が動いたものですから、まったく過去の検察に対する評価を前提とした判断のように見ざるを得ないというところに、非常に大きな問題があると思います。こういった判断が、大きな政治的な影響を生じさせていく一方、検察を炎上させている火がどう燃え広がっていくのか。

*第1回の起訴相当議決についても起訴相当とすべき被疑事実のことがきちんと報じられていないのがおかしい。

*検察審査会の起訴強制手続きの趣旨からしても明らかにおかしい。

*基本的には指定弁護士も要件を満たさない強制起訴手続を行わせるのはおかしい。

*途中で事実関係が変わってきた場合どこまでの変更であれば許されるのかというところが全然実務的にきちんと固まっていないところに、大きな問題がある。

*政治資金規正法の解釈論がまずおかしい。

*抽象的な供述が信用できれば、直ちに共謀が認められるかのような言い方になっていて政治資金規正法の罰則の解釈としておかしい。

*市民の感覚、素人の感覚と言っても、常識ある人はこんな見方はしないと思います。

*昔のことだから具体的、迫真的であるとかえって信用できない。具体性も迫真性も何もなくて、ふわふわっと書いてある供述の方が信用できるというのは、まったく論理があべこべでめちゃくちゃ。

郷原氏も疑問を呈する部分が多すぎてあきれ返るような検察審査会の二度目の議決のようなのだが、当初からマスコミがこのような議決がなされ作文が書かれることを知っていたような報道内容であった。

証券取引等監視委・佐渡委員長
asahi.com 法と経済のジャーナル(2010年8月11日)

検察の不調の原因は? 検察は法執行機関の要として構造的、組織的な犯罪摘発のコーディネーターになるべき

■検察審査会と検察捜査

 ――さて、検察審査会の問題です。明石歩道橋事故、JR西日本福知山線事故で相次いで検察審査会の強制起訴が発動されました。小沢事件でも1回目の起訴議決があった。検審の強制起訴は、裁判員裁判と同じ「司法への国民参加」の思想で導入されました。しかし、いざ導入してみたらその破壊力はすさまじい。JR事故では、歴代3社長が刑事被告人になりましたが、従来の検察の訴追の判断基準ではあり得なかったことです。小沢事件でも1回目の起訴相当が出ただけで政界に激震が走った。インパクトは裁判員裁判の比ではない。制度改革にかかわった多くの人たちにとっても、想定外だったのではないでしょうか

 「JR西日本の事故では、検審の前に、神戸地検が、事故の8年前に安全担当部長だった山崎正夫社長(当時)を業務上過失致死傷罪で起訴した。歴代社長はその共犯に問われた。8年間、列車は毎日走り続けていて事故は起きなかった。その間、危険を認識しながら放置していたといえるのだろうか。事故の直接の原因は運転手の重大な過失であることが明白だから、検察としても公訴の維持は相当の困難が予想されるね」


 ――あの事件は、2008年暮れまで最高検では間違いなく消極意見が有力でした。現場の神戸地検を管轄する大阪高検が「あれだけの大事故なのに誰も刑事責任を問わないのは理不尽だ」と訴追に積極的で、最高検を説得して強制捜査に踏み切り山崎氏を訴追した。検察部内では非公式ではあるが、いまだに「あれは無理な起訴だったのではないか」との声がある。検審の強制起訴の前提になった山崎事件でさえそういう状況ですから、検審起訴事件の方も、検事役の弁護士さんは公判維持に苦労するのではないでしょうか。

 「裁判員制度も検察審査会の強制起訴も、部分、部分でその改革の方向は間違っていない。しかし、刑事司法全体で見ると、おかしな方向に向かっている。従来の刑事司法の根幹部分を壊しているように思う。そのつけは大きいよ」

 「検察が不起訴にする。その処分に国民の不満がたまる。不満は検察審査会に向かう。検審が起訴議決し、指定弁護士が公判維持する。そういうケースが増えてくると検察審査会は検察にとって代わってどんどん大きな存在になるかもしれない。それだからといって、検察が起訴・不起訴の判断基準を変えるわけにはいかないだろう」

 「ただ、起訴猶予の運用は、これまでに比べ確実に硬直化するだろうね。公訴権の運用が二分されるような事態だ。いずれにしても、強制起訴された事件にどのような判決が出るのか、見ものだ。その時、方向が決まる」


 ――小沢事件は、検審の審査員11人全員が起訴に票を投じたと一部で報道されました。事実なら、検察に対し「政治的判断で不起訴にした」との疑いを突きつけた形です。反対に、村木事件は、起訴してはいけないものを起訴した疑いが指摘されている。検察に対する国民の不信が高まると、不起訴に対する審査だけでなく、いっそ起訴判断そのものに、国民に参加してもらった方がいいのではないか、という話になりかねない。米国の大陪審のようなシステムですね。しかし、大陪審のルーツの英国では、大陪審ではうまくないというので1940年代に廃止され、米国でも採用する州が減っているらしい。歴史的にみると成功した制度とはいえないという意見もあります。

 「どういうものになるかは別にして、検察はどんどん公判専従的になっていく。ただ、政治腐敗や経済秩序にかかわるような大事件は常に起きるから、特捜検察的な機能を備えた捜査機関は必要だ。特別な目的の捜査機関をつくろうということになるのではないか。そういう形で特捜がやってきたものを補完することになる。検事出身者としては、そうなる前に捜査部門の人材拡充を図り、国民の期待に応える特捜検察を維持し、さらに飛躍してもらいたい」


 ――特別目的の捜査機関というと、政官界やマフィアの組織的な不正を摘発する米・FBIのタスクフォース・チームのようなイメージですか。

 「スキームの作り方はいろいろあるだろう。いずれにしろ、検察がいまのような構造にはまり込むと、これまでやってきた特捜機能は果たせないことは間違いないのではないか」
読み解くと、市民の意思(目線)を尊重しようという改革の目的そのものは妥当であり必要だが、検察審査会の強制起訴などの法改正によって、刑事司法の根幹部分が壊れた(る)との考えであろうか。高井弁護士同様「証拠裁判主義」から極端に言えば「感情裁判・思い込み裁判」の方向へ進んでしまっている事への危惧なのだろう。

おそらく、「証拠裁判主義」から「感情裁判・思い込み裁判」へこれが今回の検察審査会議決の一番大きな問題点ということになる。

2010年11月27日土曜日

安倍貞任・宗任の墓

安倍貞任・宗任の墓


京都清水の舞台真下の桜樹のなかにアテルイの記念碑が建立をされている。これは、近年建立された新しいものであるが同じ蝦夷であった安倍貞任・宗任の墓の言い伝えが同じ京都でも京北町に残されている。


今から約950年前の後冷泉天皇の時代 に行われた源頼義による奥州討伐・厨川の戦い(前九年の役)で敗れた安倍貞任・宗任の墓の存在が京北町下宇津に存在すると言い伝えられている。


安倍貞任・宗任や厨川の戦いに関しては高橋克彦氏の”炎立つ”を読まれた方は概略はご存知であろうと思う。東北(岩手県)出身の高橋氏の小説と京北町の言い伝えが微妙に違うのはご愛嬌としておこう。


過去に京都新聞社が刊行した書籍の中でもこの安倍貞任・宗任の墓に関して書かれていたような記憶があるが書籍のタイトルを忘れてしまい思い出せないでいる。


言い伝えでは、次の2点がポイントとなっている。1点目は、何ゆえに京北町の下宇津周辺なのかということである。話によれば、単に処刑をせず極刑(トゲのある柚の木で打殺し)に処し死体をバラバラに切断し近くの山へ埋葬をせよ。なお、埋葬地は、東西南北に流れる川の近くがいいというのが陰陽師のみたてであった。その条件にあった場所として選ばれたのが嵐山を流れる桂川の上流域である上桂川・下宇津周辺が選ばれた理由である。


地図でいえば栗生谷山のすそを東西に流れている上桂川が下宇津で南北に流れを変える。遺体を切り分けた場所が、宇津字弓槻の”切り畑”とされ現在も地名として残っているようである。近くは何度も通っていそうなのだが、明確にはわからない。


下宇津から日吉町中世木へ通じる峠を人尾峠とよぶ。この人尾峠から日吉町天若へ通ずる道を地元の方は貞任峠とよぶ。貞任峠の道端にあるという祠(気がつかなかった)は貞任の首塚と言い伝えられ人尾峠には安倍貞任の足を埋葬したとされ、頂上にはお地蔵さんがまつられていると聞く。


さて、では安倍貞任の胴体と安倍宗任の遺体はどこに埋められたのであろうか。残念ながら安倍貞任の胴体と安倍宗任の遺体に関しての言い伝えは聞いた記憶も文献・書籍も目にした記憶も自分にはない。


2点目は柚の話である。

厨川の戦いで安倍貞任は討ち死にをしたのであるが遺体は生きて捕らわれた安倍宗任と共に京に送られ極刑(トゲのある柚の木で打殺し)に処されている。安倍宗任は柚の木の鞭で打殺されるのであるが宗任は死ぬ間際に”宇津の川上ユウ(柚)を成らさぬ”と言い絶命したとされている。それ以来、上桂川の宇津から川上(上流)には柚が育たないという。


この柚の言い伝えを聞くまで自分は気にも留めないでいたのだが、上桂川は自分が鮎つりを覚えた川でもあり”そういえば、柚の樹は見た記憶がない”と気がつく。上桂川から深見峠を越えると美山川となり由良川の上流部となり日本海に注ぐ。この美山では小粒のみかんを食べた記憶がある。


みかんと柚では違うではあろうが同じ柑橘類と考えた場合、みかんが育つのであるから柚も・・・と考えれるのは素人の浅はかな考であろうか?


”安倍貞任・宗任の墓が京北町に存在する”という話を前は時折ブログ等で見うけられるのであるが、最近はとんと見かけなくなってしまった。自分も京都に戻ったら探してみようと思っているがようやくそれが叶いそうである。早ければこの秋、紅葉の季節には実現しそうである。


2010年11月15日月曜日

最高裁のウラ金問題 生田暉雄

 検察の裏金問題は、三井環氏が公表をしかなりの方が、検察に裏金が存在していた事実を知ることが出来た。しかし、最高裁の裏金問題は一部でウワサになり出ては消え。ししてまた消えては出ての状態が続いていた。



最高裁のウラ金

-正常な司法なくして、正常な社会の発展は無い-

2010年11月10目

〒760-0020             
香川県高松市錦町2丁目4-21
生田ビル2F 生田法律事務所  
  TEL(087)822-0550 
  FAX(087)822-0552 
弁 護 士   生 田 暉 雄





目次


序 裁判官統制と、最高裁ウラ金のしくみの解明


第1章 裁判が主権者の主権実現の手段となることを拒んだGHQと為政者

 第1節 裁判は主権実現の手段である

 第2節 陪審制度を採用しなかったGHQ

 第3節 憲法裁判所制度を採用させなかったGHQ

 第4節 権力統制機能を有する行政裁判の活性化をおそれたGHQや為政者

 第5節 民事裁判を公的法的サービスに徹底させないGHQや為政者

 第6節 検察の思い通りの結果になる刑事裁判を容認したGHQ
     - 気に食わない政治家の排除、闘う労働組合の弾圧も思いのままの
       人権後進国日本 -

 第7節 国連の個人通報制度の未批准


第2章 最高裁による裁判官の統制
     - 憲法違反、犯罪行為を犯してでも裁判官を統制する最高裁 -

 第1節 なぜ最高裁は裁判官の統制をしたがるのか

 第2節 裁判官統制の内容 反主権者的裁判の原因

 第3節 最高裁の顔色をうかがうヒラメ裁判官

 第4節 裁判が主権実現の手段から遠ざかる


第3章 最高裁のウラ金
     - 裁判官統制と一石二鳥でウラ金を作り、最高裁擁護環境に気息えん
       えんの最高裁 -

 第1節 最高裁のウラ金の内容

 第2節 最高裁擁護環境に気息えんえんの最高裁

 第3節 国の将来の展望を持たない最高裁


第4章 ウラ金作りのため、行政権力とウラ取引も厭わない最高裁
     - 日本の官僚の横暴は最高裁の保護下にある -

 第1節 ウラ取引の内容

 第2節 官僚の統制は主権者の手でなければ統制できない


第5章 社会の進展は裁判の発展をともなう
     - 訴訟社会と揶揄して裁判の発展を阻止する日本国家 -

 第1節 政治教育を拒否する日本

 第2節 人と違うことをおそれる日本

 第3節 日本国力の著しい低下

 第4節 世界的な政治意識の覚醒とデモクラシーの深化

 第5節 態度表明社会の到来


第6章 公文書公開による最高裁の裁判官統制、最高裁のウラ金の暴露

 第1節 公文書公開

 第2節 公文書公開の裁判

 第3節 民主国家において、公文書公開は最大の主権者の武器である


第7章 裁判が主権者の主権実現手段として定着する

 第1節 住民訴訟

 第2節 国民訴訟


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本文
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序 裁判官統制と、最高裁ウラ金のしくみの解明

 皆さんは、労働組合が警察によって不当な弾圧を受け、これを跳ね返す刑事裁判で、なぜ裁判官が不当性を理解出来ないのかと不思議に思うことが、一方ならずあったことと思います。
 また、多発する冤罪事件について、なぜ不当な自白を見抜けないのかと、不思議にお思いのことと思います。
 少なくとも、不当弾圧や冤罪を大勢の第三者に説明するに当たり、不当性を理解しない裁判官自体の問題性を説明することに困難を感じたこともおありでしょう。
 しかし、答えはいたって簡単です。裁判官自身が最高裁の複雑な統制を受けていて、初めから、公正な裁判をやる気がないのです。
 このような不公正な裁判しか出来ず、裁判官の独立も保障されていない本来裁判といえない「裁判」を、日本社会では、裁判であると思い込まされています。
 最高裁は、裁判官を給料や任地を「えさ」に、統制しています。
 裁判官を統制することは、裁判官の身分を保障した憲法76条3項に反して違法です。
 そればかりか、最高裁は、裁判官20年目で裁判官の俸給3号になる4号の裁判官全員分の予算を取りながら、そのうちの3分の1ぐらいしか3号にはならせず、その残りの3分の2の予算をウラ金にしています。
 これは、詐欺、背任、横領罪等の犯罪に該当します。最高裁は憲法違反をやり、犯罪を行っているのです。
 われわれ国民は、犯罪者による裁判を永年受けているのです。
 給料と任地による統制について、どのような要件が3号になるために必要な要件か、最高裁は一切明らかにしません。
 また任地についても、転勤の要件はどのようなものか、要件を明らかにしません。
 そこで、裁判官は、最高裁に気に入られるよう、少なくとも嫌われないよう、最高裁の顔色を非常に気にします。これが上ばかり見るということで揶揄されるヒラメ裁判官です。そこで、判決も最高裁に嫌われないよう最大の気を使っています。
 裁判官の俸給3号以上にならないと裁判長にもなれないので、裁判官の立場は切実です。
 1号以上にならないと所長にもなれません。
 大都市と地方の任地では、事件の種類もガラッと違います。
 裁判官が大都市でマスコミの耳目を集める事件をしたいと思うのは、人情として当然のことです。
 このような裁判官の統制の結果が、刑事裁判では冤罪を多発し、民事・行政裁判では市民側の敗訴(行政事件の市民側の勝訴率10%) となっています。また違憲判決は極少数です。
2、なぜこのように、憲法違反である裁判官の統制が、いとも簡単にされているのでしょうか。
 裁判官の独立の保障も無く、日本国民は、三権分立という近代社会の恩恵さえ受けない後進国に住んでいるのです。
 第二次大戦敗戦直後の裁判所の司法改革に湖って根本的に検討する必要が今明らかとなってきています。主権者は、裁判の本質が主権実現の手段であることなど、裁判の本質に思いを致し、日本の裁判がなぜこのようにおかしな裁判であるのかについて、その根本原因をさぐる必要があるのではないでしょうか。
 遅ればせながら、その解明を実現する時期に来ています。
 本稿は、そのささやかな試みです。


第1章 裁判が主権者の主権実現の手段となることを拒んだGHQと為政者
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第1節 裁判は主権実現の手段である

1、 戦後の司法改革
(1) 1945年8月14日ポツダム宣言受諾後、GHQは、1945年10月4日人権指令発布、同月11日五大改革指令発布と、治安維持法等の弾圧立法の廃止、秘密的弾圧機構の廃止と、矢継ぎ早に旧治安弾圧機構の廃止を行いました。
 GHQの司法改革は、旧治安弾圧機構の廃止までで、新たな民主的司法機構の構築に殆ど尽力していません。
 しかし、司法改革の核心は民主的な司法機構の構築にあったはずです。
 ポツダム宣言でも、民主的傾向の復活、強化が謳われています。
 司法の民主化を構築しなかったのは、日本を共産主義のとりでにするため、民主化よりも経済的再建と自立を優先させるべきとするG2と民主化を強調する民生局の対立を背景として、民主的司法機構の構築が遅れていたところへ、いわゆる逆コースが重なったことと考えられます。
 日本側元官僚の委員は、旧制度の維持を基本に臨んでいました。
 司法制度が、政治経済の制度に比較して改革されなかった状況は、本レジュメの巻末に添付の「戦後改革資料」から明らかです。
 その結果、1947年(昭和22年)4月16日公布の裁判所法に至っています。
 裁判所法及びその後の刑事訴訟法等は官僚的司法制度の成立を許したもので、民主的なものではありません。

(2) 裁判の機能は、第1に、民事・刑事の裁判に典型的な紛争の法的解決、第2に、行政裁判に典型的な権力の統制機能、第3に、違憲立法審査権に典型的な法令等の憲法的抑制機能です。

 この裁判の本質は、国政等の選挙や、直接民主主義的表現の自由とともに主権の実現手段であるのです。
 GHQのうちのG2や逆コース、さらには日本の官僚委員は、日本の主権者が裁判を手段として民主主義的方法を取ることを嫌い、主権者が、裁判を民主主義実現の手段として立ち上がるのを阻止するため民主主義的には利用出来にくい裁判制度にしたのです。
 戦後、裁判が民主主義的闘争の有力な手段となることは、憲法の平和主義と安保体制の矛盾、アジア的規模で予想される戦後補償請求、不当行政に対する各種行政訴訟を考えただけでも明らかです。
 以下では、戦後司法改革の反主権者性及び不徹底さについて見ていくことにしましょう。

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第2節 陪審制度を採用しなかったGHQ

 陪審制は、社会を支える草の根民主主義と市民参加意識とに密接にかかわっている裁判における民主制度であり、単なる法制度ではなく、政治制度としても重要なものであります。
 日本では、1923年(大正12年)4月28日法律第50号で日本陪審制が制定され、1928年(昭和3年)から施行され、1943年(昭和18年) 4月1日に戦争終了後に再開するという約束で停止されたままになっている陪審法があります。
 ところが、GHQは、この陪審法の改良・復活について何ら言及せず、もちろん、官僚の日本委員も言及せず、陪審法の改良・復活はなりませんでした。

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第3節 憲法裁判所制度を採用させなかったGHQ

 憲法裁判所制度は、通常の司法と異なり、事件性を必要としません。
 その分、国民の国政の参加、即ち、法律や行政の憲法違反の主張が容易になります。
 第二次世界大戦後、憲法を改正、制定した国の多くは、憲法裁判所制度をとりました。
 オーストリア(1945年)、イタリア(1948年)、ドイツ連邦共和国(1949年)、トルコ(1961年)、ユーゴスラヴィア(1963年)、フランス(1959年)、ポルトガル、スペイン、ギリシャ、ベルギー等。
 ところが、GHQは、憲法裁判所制度ではなく、憲法違反の裁判について、アメリカ型の司法制度(憲法81条)を採用しました。
 司法の違憲審査制について、大きな進歩であると一時期もてはやされましたが、憲法裁判所制度を採用しなかった点において、世界的動向に無知な当時の日本人は、GHQに騙されたといえるのではないでしょうか。
 その典型は、警察予備隊違憲訴訟(昭27.10.8)です。
 アメリカ型では、事件性を要するだけでなく、違憲訴訟の提起に対しては、高度の政治問題には司法は立ち入らない(統治行為論)とか、司法消極主義等、種々の憲法判断回避の手段を弄して、憲法判断を避けます。
 このように、違憲機能の制限は、憲法の存在意義の低下を招き、ひいては国民の法意識の低下となり、国民が国政や社会において主体性をもって活動することの低下となり、低成長社会、情報化社会で国全体が方向性に苦しむ事態となるのです。
 GHQは、国民の憲法の平和主義を根拠とする憲法裁判所制度の利用をおそれ、また、アジア規模での戦後補償の裁判をおそれてアメリカ型の司法制度にしたものとしか考えられません。

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第4節 権力統制機能を有する行政裁判の活性化をおそれたGHQ

1、 行政裁判は、権力の行使によって、市民の権利や自由が侵害された場合に、市民の側から提起する裁判です。
 このように行政裁判は行政権力を統制する機能を有します。
 このような行政裁判について、行政訴訟という特別の類型ではなく、民事裁判ですることが出来れば、市民にとって非常に便利です。アメリカではそのようになっています。
 ところが、GHQは、日本では行政裁判制度にしました。
 行政の不正や権力の違法な行使をチエックする行政訴訟は、日本では年問1800件程度です。
 ドイツでは年間50万件で、人口比で日本はドイツの500分の1です。
 人口比で、日本は台湾の80分の1、韓国の28分の1です。
 その上、日本では、約20パーセントが門前払いで、市民の勝訴率は約10パーセントです(日弁連第24回〈2010年9月11目〉司法シンポジウム基調報告書59頁)。
 同じような経済体制のドイツの500分の1の行政訴訟で、どうして日本はやっていけるのでしょうか。
 これが、日本の公務員の不正、行政の違法、税金の無駄遣いが多い理由でもあるのです。
 日本の主権者は、もっと公務員の不正や行政の違法、税金の無駄遣いに、行政訴訟を起こす必要があります。
 公務員の監督、統治は、主権者が行政訴訟ですべきなのです。
2、日本で行政訴訟が極端に少ないのは、行政訴訟を起こしてもほとんど絶対に勝てないからです。
 アメリカなどでは、訴訟を起こすと、相手方(行政側) は、手持ちの全証拠を開示しなければならないことになっています(証拠開示、ディスカバリー、ディスクロージャー) 。
 ドイツでも、公務員は記録を取る義務があるとされており、訴訟が起こされると、この記録を全て提出する義務があるとされています。
 市民が行政に不服がある場合は、口頭やはがきの殴り書きでも受け付けてくれます(「よくなるドイツ、悪くなる日本①」関口博之著、地湧社)。
 これが500倍の実態です。ヒットラーの政権に対する反省から、行政に厳しく市民の意思を尊重するのがドイツです。
 ところが日本では、この証拠開示の義務が、行政庁・公務員側にはありません。
 そこで、市民は裁判を起こしても行政庁側の証拠を利用出来ないので、必ず負けます。
 このように常識的に考えても、行政庁公務員側にある証拠開示をさせずに行政訴訟が起こせるはずのないことは明らかです。
 このようにわかりきったことを、為政者はあえてしないのです。
 これは主権者に行政訴訟を活用させないためです。
 主権者に対する重大な裏切り行為です。日本における訴訟は正に鎖国政策です。
 さらに日本では、行政訴訟を起こす資格である原告適格、どの行政庁が被告となるかの被告適格、行政庁がどのような処分をしたため行政訴訟の対象となるかといった処分行為、市民に行政訴訟を起こす時に既に具体的な紛争が現存するか、行政訴訟を起こすことによって得られる法的利益である訴の利益等の要件を極めて厳密にして、これらの要件が認められなければ訴訟の内容には入らずに、いわゆる門前払いとします。年間1800件しかない行政事件ですが、その20パーセントはさらに、内容に入った裁判ではなく門前払いとなっているのです。
 前記のドイツの、口頭やはがきの殴り書きでも受け付けることとの差は甚大です。
 このような行政訴訟をあえて起こそうとする主権者はきわめて少数であることをお解りいただけると思います。500分の1の差になっているのです。
 諸外国では、主権の実現手段としての裁判を十分に利用しています。
 このように、権力統制機能の制限は、官僚の横暴を招き、官僚の肥大化、選挙による代表者の政治家による政治ではなく、官僚政治の横行となるのです。主権者は、官僚政治の弊害を呼ぶだけでなく、それを是正する行政訴訟の活用にも注目すべきです。

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第5節 民事裁判を公的法的サービスに徹底させないGHQや為政者

1、民事裁判(損害賠償裁判、貸金返還裁判等)は、紛争の法的解決であり、公的・法的サービス機能の実現です。ところが日本では、権力作用のような間違った捉え方をしているようです。

2、司法の容量を小さくする
 日本は世界の中で訴訟回避国として有名です(「民事訴訟の比較歴史分析(一)(二)」クリスチャン・ヴォルシュレーガー、大阪市立大学法学雑誌48巻2号、3号)。先進国の中で訴訟件数が極端に少なく、裁判官の数も極端に少ないのです。
 この理由は、日本の裁判・司法は、江戸時代の鎖国政策に例えるのが適切です。江戸幕府は、長崎の出島だけに門戸を開き、オランダ・中国・朝鮮とだけ開国を許し、大船禁止令を出して、海外に渡航可能な船の建造を禁止し、日本人の海外渡航を禁止していました。
 これと全く似た状態にあるのが、現在の司法・裁判なのです。
 裁判は主権者の主権実現の手段でもあるのですが、為政者は陰に陽に主権者が裁判を利用しないようにしています。つまり、主権の行使をさせないようにしているのです。
 正に、鎖国によって、諸外国の事を国民に知らせないことと同じです。
 裁判から主権者を遠ざけようと必死なのです。
 まず、日本の司法の実態を見てみましょう。
 司法は三権分立の一つですが、司法の年間予算約3276億円で国の予算約84兆円の0.394パーセントです(「日本の司法をダメにする最高裁事務総局の正体」西島博之、プレイボーイ2009年10月12日号)。
 年間予算額から見ると、国家権力の三権の一翼どころでは全くありません。また裁判官の数も先進国の約10分の1です(「裁判が日本を変える」生田暉雄著、日本評論社)。
 これに反して、アメリカを含むヨーロッパ諸国では、大々的に主権者による裁判の利用がされています。アメリカが訴訟社会であることは有名です。中国も訴訟社会に入りつつあるといわれています。
 ドイツと日本は、法や近代化、経済制度について多くの共通点をもっています。
 しかし、ドイツの訴訟率は日本の16倍です(前出、大阪市立大学法学雑誌48巻2,3号)。
 日本がドイツと同率の訴訟になれば、日本の裁判所は今の16倍の数、裁判官(今は2500人)も、16倍に裁判官(4万人)が必要ということになるのです。
 そうなれば、今日の日本のように、裁判官を特別視して身分視をすることもなく、必要以上に市民が裁判官を崇めることがなくなると思われます。裁判官も単なる一つの職業に過ぎなくなるのです。
 このように司法の容量を制限する手段として、為政者は「裁判沙汰」といって、裁判を嫌う意識を国民に植え付けました。横並びの日本社会ではこのような宣伝は非常に効果的で、裁判は主権者から嫌われています。
 このように小司法容量による裁判の制限は主権実現の制約でもあります。これは主権者の主権の行使に対する無関心を引き起こし、各種の国政選挙の投票率の低下となり、国政に対する無関心層の増大の遠因ともなるのです。
 裁判の多さと国政投票率の増加は比例します。裁判の多いヨーロッパ各国は、国政の投票率も高いのです。市民は主権の行使を当然視しているのです。

3、諸外国に比較して極端に少ない法律扶助
 訴訟を起こす費用のない人を援助する法律扶助も日本は諸外国に比較して極端に少ないのです。
 イギリスの法律扶助の事業費は年間約1610億円(うち国庫負担約1146億円) ですが、日本の年間事業費は約18億円(うち国庫負担約4億円)で、イギリスの90分の1です。
4、その他、訴状の印紙代は、アメリカは一律100ドル(1万円)ですが、日本は訴額の1000万円で5万円、1億円で32万円と累進制になっており高額です。印紙代さえ負担できない人がたくさんいます。

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第6節 検察の思い通りの結果になる刑事裁判を容認したGHQ
    - 気に食わない政治家の排除、闘う労働組合の弾圧も思いのままの
      人権後進国 日本 -

1、人権後進国と国連から種々の改良を求められる日本の刑事裁判

(一) 捜査段階の問題点

① 予審の欠如
  予審の欠如は捜査に対するチェック機能の欠如を意味します。

② 捜査機関(特に警察)のチェック制度の欠如
  捜査それ自体の中にチェック機能がありません。
  ・捜査の3段階の欠如
  ・自白偏重捜査

③ 取調べの可視化の欠如
  ヨーロッパ諸国では当然視されている取調べの可視化が目本では全くありません。
  ・弁護人の立会ナシ
  ・ビデオ、録音ナシ

④ 異常に長い勾留期間
  ヨーロッパ諸外国では3日、日本では23日という長い勾留。

⑤ 代監一自白偏重
  取調べの警察の手元に身柄を勾留しないというのはヨーロッパでは常識ですが、日本では全く逆です。

⑥ 調書の問題点
  ・戦前の刑訴法は、警察官、検察官には原則として尋問権が無く、尋問調書は作り得ない(ただし、聴き取り書の脱法行為の横行)。
  ・一問一答ではなく、物語風で、取調官の心証を被疑者がしゃべった形になっています。

(二) 公判段階の問題点

① 自白の偏重

② 共犯者、第三者の検面調書を独立証拠とできる。
  ・アメリカは検面調書を独立の証拠とすることは出来ず、弾劾証拠とすることが出来るだけです。
  ・特信性があると日本では独立の証拠となり、殆どの検面調書はヒラメ裁判官により特信性ありとされます。
  ・鈴木宗男の裁判と村木厚子元厚労省局長の裁判

③ 証人裁判ではなく調書裁判

④ ヒラメ裁判官による裁判

⑤ 99.9%の有罪率

2、遅れた刑事裁判制度の改革はどのようにすれば可能になるのでしょうか。

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第7節 国連の個人通報制度の未批准

 個人通報制度とは、自由権規約において認められた権利を侵害された個人が、国際機関(規約人権委員会といいます)にそれを直接訴えることができるというものです。つまり、個人が規約人権委員会に直接通報することによって、自分自身が受けた人権侵害を国際的な場で取り上げられるという制度のことです。
 人権侵害を受けた個人は、その国において利用できるあらゆる国内救済措置(その事案により異なりますが、裁判、不服申立など)を尽くした後であれば、誰でも規約人権委員会に直接通報することができます。その通報が受理され、審議された後、規約人権委員会はその事件に対する「見解」を出します。これは裁判の判決とは違って拘束力はありませんが、国際国内世論を高めることによって、通報された国にかなりのプレッシャーを与えることができます。実際、規約人権委員会の出した見解によって、通報された国が自国の国内法を改正するにいたった例は少なくありません。
 つまり、規約人権委員会が、どのように人権を保障すべきかを当該国に具体的に提案することができるのです。報告制度や国家通報制度と異なり、個人通報制度は通報者と訴えられた国の双方に対して発言や反論する機会を設けているので、公平さ、信頼性を期待できます。
 1998年1月末現在、自由権規約締約国140カ国中、個人通報制度に加入している(つまり選択議定書に入っている)のは93カ国です。自由権規約を批准している国々の中でも半数以上の国が個人通報制度を受け入れているわけですが、残念ながら日本はその中に入っていません。
 日本が選択議定書を批准すれば、通報をすることで私たち市民が個人通報制度を利用できるようになるのです。日本国内の人権問題が国際的な場で話し合われることになるのはもちろんのこと、規約人権委員会から見解が示されれば、日本はそれらの問題に対して何らかの改善や措置を求められることになります。
 このような有効な個人通報制度を、日本国は、国連中心主義を謳いながら、なかなか批准さえしないのです。


第2章 最高裁による裁判官統制
    - 憲法違反、犯罪行為を犯してでも裁判官を統制する最高裁 -
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第1節 なぜ最高裁は裁判官の統制をしたがるのか

 司法本来の役割を果たしていなくても、裁判官が最高裁と違う判断をするのではないかとおそれる最高裁は、以上のような司法に対する種々の制約だけでは安心せず、さらに強力に、裁判官を給料と転勤をエサにして統制しています。
 そのため裁判官は最高裁の顔色ばかりを気にするので、上ばかり見るということでヒラメ裁判官といわれています。
 裁判官は、憲法上、司法権の独立、裁判官の独立が保障されている(憲法76条)、最高裁による裁判官の統制は憲法違反です。
 戦後、裁判所は、戦前の司法省(行政機関)の統制を受けていたことに懲りて、最高裁判所を頂点とする自律的司法行政機構を形成することになりました。
 この結果、司法行政について、行政権力からの干渉は制度的には完全に遮断されることになりました。
 しかし問題は、主権者からの正当な干渉からも殆ど完全に遮断されることになったことです。
 最高裁判所を頂点とする自律的司法行政機構を形成する以上、主権者たる国民の正当な干渉を十分にするための諸制度を導入する必要がありますが、最高裁はそのような事を全くしないため、戦後は司法省に代わって最高裁の独裁が司法権に横行することになったのです。

最高裁の独裁を排する7条件
 最高裁の独裁を排するためには、(一)裁判官の任用に、国民の参加を認めること、(二)最高裁判官任用、高裁長官任用、地家裁所長裁判官の任用の法定用件を定めること、(三)裁判官の給料表に定員人数を法定すること、(四)裁判官の給料表の昇級要件を法定すること、(五)裁判官の転勤の要件を法定すること、(六)以上(一)ないし(五)に対し、最高裁の説明責任を明記すること、(七)以上(一)ないし(六)の公文書開示を義務づけること、以上です。
 ところが、最高裁は、以上(一)ないし(七)を全く定めず、行政権力や国民一般からの干渉から完全に遮断され、最高裁の思い通りに裁判官を統制するようになったのです。
 驚くばかりの、主権者から独立した官僚機構が最高裁なのです。
 1959年(昭和34年)3月30日、東京地裁(伊達判決)は、日本に駐留する米軍は、憲法9条上、その存在を許されない、としました。
 このような駐留米軍が憲法9条の戦力にあたるか、さらには安保条約自体の問題点を含めて、国側は、伊達判決に対して、高裁の判断を飛ばして、最高裁に跳躍上告をし、最高裁は1959年(昭和34年)12月16日、合憲の判断をしました。
 この伊達判決から憲法体制と安保体制の矛盾から引き起こされる安保体制をめぐる種々の違憲訴訟の続出を予想し、最高裁は下級裁判所及び裁判官の統制の必要性を痛感したと考えられます。
 このような違憲訴訟だけでなく、行政訴訟自体についても主権者が活用することも何とか制限しようとしたと思われます。

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第2節 裁判官統制の内容 反主権者的裁判の原因

 それでは、最高裁の裁判官統制について述べましょう。

 裁判官の統制
 裁判官になると10年間は判事補といわれます。再任を経て判事となり、給料は8号から順次上昇します。
 裁判官になって20年目(俸給4号)までは、皆平等に昇給します。
 ところが、21年目以降、俸給判事3号以上に昇給する裁判官としない裁判官に分けられます。
 3号の報酬月額は106万9000円ですが、4号では90万6000円です(西川伸一著「日本司法の逆説」五月書房、200頁以下)、(生田暉雄著「裁判が日本を変える」日本評論社、107頁以下)。月額差は、16万3000円、年間にして200万円近くの差で、これはボーナスや調整手当やらの差が加わり、年収500万円以上の差になります。これが以後、少なくとも15年以上続き、退職金にも大きな差となります。
 3号以上にならないと裁判長にもなれません。
 4号から3号(3号から2号へ、2号から1号へも同じ)になる要件、期間は、最高裁から示されないので、裁判官は順当に3号になろうと、最高裁の意向を最大限注意します。少しでも最高裁に嫌われることをしないよう、判決内容から平素の行動まで注意を払います。
 このように、最高裁といった上の方ばかりに注意を払うので、ヒラメ裁判官といわれます。
 俸給だけでなく、大都市居座りや大都市転勤も裁判官に対する利益誘導に役立っています。
 最高裁は、国家公務員法に反して、俸給表だけを明示し、昇格、昇給の要件、期間を明らかにしません。また、国家公務員法に反して、3号、2号、1号の級別定数(その級の定数)も明らかにしません。さらには、転勤の要件、期間も一切明らかにしません。
 そこで最高裁は極めて恣意的に最高裁の思い通りに裁判官を3号、2号、1号にし、大都市だけの転勤にすることが出来ます。

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第3節 最高裁の顔色をうかがう裁判官

 裁判官はそのような有利な地位に就こうと、最高裁に気に入られるよう率先して競争をします(国を負かす判決や、無罪判決をしない)。
 これが、最高裁の行っている裁判官の統制政策です。
 憲法上、裁判官には裁判及び裁判官の独立が保障されています(憲76条)。
 人間としての生存権を脅かす利益誘導による裁判官の統制は憲法違反です。
 それだけでなく、3号ないし1号の級別定数が無いので、当然に昇級できるのに昇級させないことは私権を侵すことであり犯罪でもあります。

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第4節 裁判が主権実現の手段から遠ざかる

 主権者は、裁判官を主権実現のため管理・監督する義務があるとさえいえます。
 これは、公務員の統制の一内容でもあります。
 何よりも、前述した最高裁の独裁を排する7条件を即刻実現する体制を整えるべきです。


第3章 最高裁のウラ金
    - 裁判官統制と一石二鳥でウラ金を作り、最高裁擁護環境に気息えん
      えんの最高裁 -
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第1節 ウラ金の内容

 最高裁はその年分として、3号該当者全員分、2号該当者全員分、1号該当者全員分の予算を獲得し、4号のうちの3分の1を3号にし、3号のうちの3分の1を2号にし、2号のうちの3分の1を1号にしているようです。
 そうすると、獲得した予算のうち、3号分3分の2、2号分3分の2、1号分3分の2が余ります。
 最高裁はこれをウラ金とします。
 このウラ金は年間どんなに少なく見積もっても年間10億円は下らないでしょう(戦後、昭和25年からでも600億円を下らないウラ金を最高裁は取得している)。
 このようにウラ金が潤沢なので、裁判員裁判のタウンミーティングに27億円(魚住昭「官僚とメディア」)、学者を最高裁寄に批判的な意見を書かないよう学者の囲い込み、お気に入りの裁判官の外国旅行等、使い放題なのです。
 誰が見てもおかしな日本の司法制度、ヒラメ裁判官の存在、不十分な日本の行政訴訟に、真正面から異議を主張しない法学者が皆無である一事をとっても、最高裁による学者の囲い込みの成功は明らかです。
 このようにウラ金を使って最高裁の安泰をはかっているのです。
 最近の流行の言葉でいえば、裁判所はガラパゴス化しつつあるのです。
 このように明らかに使用しない予算を獲得することは、虚偽公文書作成、詐欺、横領、背任罪になります。
 日本の主権者は、犯罪人による裁判を受けているのです。
 これが、当然排除しなければならない虚偽の自白調書を採用して、無実の者を有罪にした再審事件が多発するなどおかしな判決が出る根本原因です。
 裁判官は、虚偽の自白調書であるとして証拠から排除して無罪にすると、最高裁から、自分が反権力者意識を有する裁判官であると思われるのではないかと、そのことを虞れて、虚偽の自白調書だと認定はしないで有罪とするのです。それが何十年か後に再審無罪となっているのが実態です。
 行政事件でも、裁判官は、行政側に厳しい判決をすると、自分が反権力意識の裁判官であると最高裁から疑われるのを虞れて、行政側を負かせる判決をしないのです。
 このような実態は、もはや裁判とはいえないことを意味しています。
 最高裁は、憲法違反の裁判官の統制をし、それで浮いた金をウラ金としているのです。
 そして、利益誘導された裁判官は反主権者的裁判をしているのです。
 公正・公平な裁判を期待する主権者は何に目を向けるべきか、もうそろそろ目覚めても良いのではないでしょうか。
 犯罪人が裁判所を乗っ取って裁判をしている現状を、主権者はいつまで許し続けるのでしょうか。


第4章 ウラ金作りのため、行政権力とウラ取引も厭わない最高裁
    - 日本の官僚の横暴は最高裁の保護下にある -
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第1節 ウラ取引の内容

1、弁護士生田暉雄は、平成21年7月16日付で会計検査院に対して、「最高裁判所の裏金、裁判官のヒラメ化の原因である裁判官3号報酬に関して実施した会計検査の結果が分かる行政文書の開示」を求めました。
 しかし、会計検査院は、平成21年7月31日付で、「開示請求に係る行政文書を作成・取得しておらず、保有していない」との理由で、不開示決定通知書を送付してきました。
 戦後60年以上にわたって、裁判官3号報酬に関して会計検査がされていないことなどは考えられないことです。
 このことは、あえて会計検査をしないということを意味し、最高裁と会計検査院が馴れ合っていると理解されても止むを得ないものといわなければなりません。
2、最高裁は学説や下級審の判決に反し、違法・不正をした公務員の大元の監督責任は国家賠償責任の対象になるが、個人としての公務員は国家賠償、民事賠償の責任を負わないとする。その理由は公務員が個人責任を負うとすると公務が畏縮するとするのです。
 しかし、最高裁の理由は必ずしも合理性を有せず、最高裁による裁判官3号報酬の制限及びウラ金を知っている行政庁とのウラ取引であると見るのが相当でしょう。
 最高裁と行政庁はお互いに馴れ合って不正をかばいあっているのです。

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第2節 官僚の統制は主権者の手でなければ統制できない

 官僚の統制は主権者の手でなければ統制できない。しかし、最高裁が官僚の横暴を黙認しており、これでは官僚の統制が出来るわけがありません。
 日本の主権者は、近代社会の恩恵である三権分立の国家制度にも浴せず、最高裁の横暴のままの社会に生活している。このような社会が永続的に発展するとは考えられない。
 日本では2008年からGDPが世界3位から23位、IMP国際競争力順位が90年の第1位から2008年には22位へ転落しているのも無理のないことであると思われます。
 正常な司法なくして、正常な社会の発展は無いのです。


第5章 社会の進展は、裁判の発展をともなう
    - 訴訟社会と揶揄して裁判の発展を阻止する日本国家 -
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第1節 政治教育を拒否する日本

 ドイツでは、公民教育は、20世紀初頭、国家による「国民教化」として始まった。戦後、市民一人ひとりの「政治的判断力・行動力」の獲得を促す政治教育へと変貌した。「人々の非政治的態度がナチズムを生んだ」という反省から、歴史認識や右翼急進主義、マスメディアによる世論操作など、現実社会が抱える問題を、多様な視点から学ぶ取組がなされてきたのである。そして現在も、東西ドイツ間の政治意識・歴史認識の壁を乗り越えるための教育が模索されている。現実を直視し、生徒の「政治的成熟」を目指すその教育実践は、「中立性」という名のもとに政治を忌避しがちな日本の教育にも、重要な示唆を与えるといわれている(近藤孝弘著「ドイツの政治教育-成熟した民主社会への課題」岩波書店)。

『 戦後の(西)ドイツにおいては、民主主義の発展のためにはそれに相応しい政治教育が不可欠と考えられ、その努力が多くの資源を投入して実際に進められてきた。それを一種の政治的な心理操作であるかのように受け止めがちな日本とは好対照をなしている。
 なお、念のために確認すれば、日本でも政治教育という言葉が肯定的な意味で用いられる場合もある。なんといっても教育基本法(旧法8条、新法14条)には次のように書かれている。

第8条(政治教育)良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。
② 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。

 第1項が示すように、政治教育は尊重されなければならないのである。少なくとも旧文部省が教科書『民主主義』上・下(1949年)を著し、国民に民主主義を学ぶように訴えていた頃には、政治教育の重要性についての理解がその一部に存在していたと考えてよいだろう。
 しかし、その後の展開は、冷戦下の保革対立の中で第2項が拡大解釈され、現実の政治的問題を意識的に扱うような政治教育は、学校から排除されていくことになった。そして民主主義に基づく社会秩序の代わりに、日の丸君が代といった文化的シンボルを介した民族主義的な愛国心による体制維持が図られて今日に至っている。政治教育や民主主義教育という言葉に左翼的あるいは少なくとも古めかしい響きが漂っているのは、日本の社会が多少の揺れを見せながらも基本的には、国民の政治離れをバネとしながら保守化あるいは右傾化の道をたどってきた結果にほかならない。』
(同7頁)

 何よりも、政治教育が徹底すれば、日本の遅れた裁判制度、最高裁による裁判官統制、最高裁のウラ金は一溜りもないでしょう。
 あるべき政治教育を切望するものです。

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第2節 人と違うことをおそれる日本

 日本人は人と違うのが怖い国民性を有するといわれています(田原、猪瀬、財部、花岡著「壊れゆく国-なぜ日本は三流国に堕ちたのか-」日経BP社)。
 この点を逆手に取るのが為政者です。
 個々の主権者が、裁判がおかしいと思っても行動にまでは起こせないのです。
 そこを逆手に取って、為政者は訴訟国家になってはいけないと国民を教育するのです。

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第3節 日本の国力の著しい低下

 日本の一人当たりのGDPは2000年の世界第3位から10年に27位まで落ち込んだ。IMD 国際競争力順位も、90年の1位が08年に22位に落ちてしまった(榊原英資、竹中平蔵著「絶対こうなる日本経済」アスコム社)(前壊れゆく国)。
 これは、司法の後進国性と大いに関連があるのではないでしょうか。
 社会に民主主義性がなく、官僚、企業の努力だけで経済を高めることの限界があるのではないでしょうか。

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第4節 世界的な政治意識の覚醒とデモクラシーの深化

 ところが、21世紀になり、世界的な政治意識の覚醒とデモクラシーの深化がいわれるようになってきました。
 かつてカーター政権の国家安全保障問題担当大統領補佐官をつとめたアメリカの政治学者ズビグニュー・ブレジンスキーは、グローバルな政治覚醒ということを盛んに主張し、世界中で政治的意識の覚醒が見られると指摘しています。
 日本においても、不平等意識はかってない高まりを示しており、「格差社会」が盛んに論じられるようになりました。
 教育における不平等、社会・経済的な階層に基づく不平等について論じられるようになってきたのです。
 そのことから、従来、良きにつけ悪しきにつけ個人を包み込んでいた集団は現在、急速に弱体化しています(宇野重規著「(私)時代のデモクラシー」岩波新書)。
 この点からも最高裁の裁判官統制やウラ金が主権者に知れ渡らずに済むことはないでしょう。
 最高裁の不正の暴露は時間の問題です。

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第5節 態度表明社会

『世界同時不況から1年余。生活者は生き方の抜本的な見直しを迫られています。長引く不況への対応、「温室効果ガス排出量の25%削減」への取組、少子高齢化やグローバル化といった激変する社会環境への対応など、多くのマクロ課題が生活者の暮らしにダイレクトに降りかかっています。それらを常に受け止めて耐え続けてきたのが、バブル崩壊以後の生活者だったのかもしれません。ところが事態はいよいよ深刻です。明るい兆しは一向に見えません。「自らが率先して変わらなければ続かない」そんな危機意識が生活者だけでなく、企業にも、政府にも、自治体にも着実に広がっています。自分たちを取り巻く閉塞感を打破しなければ、出口はない。漫然とこれまでの体制に乗っていては、沈没してしまう。ゼロベースから生き方そのものをリブート(再起動)しよう。そう、日本は今、一億総リブート時代を迎えているのです。
 こうした時代環境に対し、生活者も新しい行動を始めています。リスクを背負ってでも起こすこの動きは、これまでとは違う社会像を生み出そうとしているのです。それが今回の生活動力のテーマ「態度表明社会」です。これまで日本人は、自分の立場をはっきりと表明するのをどちらかといえば苦手としてきました。しかし、この危機的状況に及んではそうもいってはいられません。人々は積極的に自らの考えや行動を公に明示してきています。日常的な事柄から、企業や政府や自治体に対してまで、生活者の態度表明は今後もあらゆる領域に広がっていくでしょう。それは他者に対しても態度表明を迫ることを意味します。企業も生活者に対して前向きに態度表明していかなければならないでしょう。例えばこうして生まれた生活者と企業の態度表明の交換が、互いのゼロベース発想を触発し、現在の不透明な状況を打破する革新的な動きを生み出すかもしれないのです。』(生活動力2010「態度表明社会」博報堂生活総合研究所)といわれています。
 このように、個々人が態度表明を明らかにするようになれば、裁判に対するこれまでの統制はひとたまりもなく打破されるでしょう。
 最近、日本の若者に覇気がないとよく言われるが、その理由は、米国の崩壊感が強まって、対米従属を続けることが難しくなっているのに、官僚組織やマスコミが主導して無理矢理に対米従属を続けているので、国民の精神が抑圧されているからだ(田中宇著「米中逆転」角川Oneテーマ21)といわれています。
 そうすると、憲法の平和主義による裁判統制の必要性も無くなってくるでしょう。


第6章 公文書公開による最高裁の裁判官統制、最高裁のウラ金の暴露
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第1節 公文書公開

1、平成21年4月28日、弁護士生田暉雄は最高裁に以下の司法行政文書の開示を求めました(平成22年(行ウ)第32号公文書公開拒否処分取消請求事件。第1回 平成22年3月24日、第2回 平成22年5月21日、第3回 平成22年11月12日)。
 その内容は以下のとおりです。

『第1、裁判官の人事管理に関する法令について、以下のものを明らかに
    されたい。
  1、裁判官の人事評価に関する法律、命令、規則、運用規則、運用マニュアル
  2、裁判官の報酬に関する法律、命令、規則、運用規則、運用マニュアル
  3、裁判官の転勤に関する法律、命令、規則、運用規則、運用マニュアル

 第2、裁判官の人事評価について以下のことを明らかにされたい。
  1、裁判官の人事評価に関する規則(平成16年最高裁判所規則第1号)
    の運用規則並びに運用マニュアルを明らかにされたい。
  2、平成16年以前の裁判官の人事評価は何に基づいてしていたか、規
    則、運用マニュアル等を明らかにされたい。

 第3、以下のことを明らかにされたい。
  1、最高裁判所が裁判官を最高裁判所判事に推薦する基準
  2、最高裁判所が高等裁判所長官を任命する基準
  3、最高裁判所が地方裁判所、家庭裁判所所長を任命する基準
  4、裁判官の転勤に関する規則、基準、運用マニュアル
  5、司法修習生のうち、裁判官に採用する修習生の採用要件を定めた根
    拠規定及びその根拠規定に該当するか否かの判断は、誰が、いつ判断
    するのか、及びその運用を定めた根拠規定及び運用マニュアル。
  6、裁判官に採用した司法修習生の最初の任地をどこにするかについて
    定めた根拠規定及び運用マニュアル。

 第4、裁判官の報酬の予算について
  1、(1) 平成20年度の裁判所の全予算額はいくらか。
    (2) 平成20年度の全裁判官用の報酬の予算額はいくらか。
       その内訳を明らかにされたい。
    (3) 第何号報酬用にいくらかといった予算の決め方をしているのか。
    (4) 平成20年度の裁判官用の報酬予算額のうち、報酬に使った
       残りの額はいくらか。
    (5) (4)の残りの額が生じた理由は何か。何号報酬用から残りの額が
       生じたか。

  2、(1) 平成19年度、20年度の裁判官報酬の予算中、平成19、2
       0年度において裁判官3号報酬に使用した各額はいくらか。
       3号報酬用の予算中、平成19、20年度で残った額はいくらか。
       その額はどのようにして保管しているか。
    (2) 平成19、20年度中の裁判官用の予算の中、平成各19、2
       0年度において、裁判官の報酬に使った額はいくらか。その残り
       はどのようにしているか。

 第5、裁判官の報酬に関して
  1、裁判官の報酬の根拠規定とともに、運用の根拠規定、運用マニュアル
    を明らかにされたい。
  2、裁判官が当該報酬に該当するか否かは、だれが、どのような規定に
    基づいて判定するのか、その運用マニュアルも明らかにされたい。
  3、裁判官の報酬について、報酬が上がる要件を定めた規定及びその運用
    マニュアルを明らかにされたい。

 第6、裁判官3号報酬に関して、以下について根拠規定と運用の根拠規定
    を明らかにされたい。
  1、裁判官が3号報酬になる時期は、裁判官任官後何年を経た何年何月
    から支給されるのか。
  2、(1) 3号報酬に最初に支給される年月に、その期の裁判官全員が支
       給されるのか。
    (2) 全員でないとすれば、その期の何パーセントが支給されるのか。
    (3) その期の残りの裁判官はいつ3号報酬になるのか。
    (4) 3号報酬に裁判官在官中にならない裁判官はその期の何パーセ
       ントか。
  3、平成20年に3号報酬になった最初の期は、何期で何人か。
  4、平成20年に3号報酬になった期別の人数を明らかにされたい。
  5、平成20年に2号報酬になった期別の人数を明らかにされたい。
  6、平成20画に1号報酬になった期別の人数を明らかにされたい。

 第7、
  1、裁判官の任地に関する法律、規則、運用マニュアルについて、明ら
    かにされたい。
  2、裁判官の転勤サイクルに関する法律、規則、運用マニュアルについ
    て明らかにされたい。
  3、当該裁判官が当該任地に勤務することになるためには、だれが、ど
    こで、どのような規定に基づいて決定するのか。そして、何年間その
    任地で勤務するかについては、どのような規定ないしどのような規則
    又は、誰の判断等で決まるのか。その運用マニュアルも明らかにされ
    たい。                           』

2、最高裁は、平成21年6月1日開示の延期を、平成21年6月30目再度開
  示の延期を通知してきて、平成21年7月29日、同年8月18日、以下のと
  おり一部を開示しました。

(1) 開示されたもの

 ① 平成20年度の裁判所の全予算額が分かる文書
    327,580,849(千円)
 ② 平成20年度の全裁判官用の予算額のわかる文書
    28,867,503(千円)
 ③ 開示する司法行政文書の名称
    (ⅰ) 裁判官の人事評価に関する規則(平成16年最高裁判所規則第
       1号)(片面で3枚)
    (ⅱ) 平成16年3月26目付け最高裁人任 E 第421号最高裁判所事
       務総長依命通達「裁判官の人事評価に関する規則の運用につ
       いて」(片面で6枚)
    (ⅲ) 平成16年3月26日付け最高裁人任 E 第422号最高裁判所事
       務総局人事局長通達「裁判官の人事評価の実施等について」
       (片面で8枚)
    (ⅳ) 平成16年3月26日付け最高裁人任 E 第423号最高裁判所事
       務総局人事局長通達「裁判官の人事評価に係る評価書の保管
       等について」(片面で3枚)
    (ⅴ) 平成16年3月26日付け最高裁人任 E 第424号最高裁判所事
       務総局人事局長通達「裁判官の人事評価に係る評価書の保管
       等について」(片面で2枚)

(2) 開示しないこととした司法行政文書の名称

 ① 裁判官の人事管理に関する法令について
   ア 裁判官の報酬に関する命令、規則、運用規則及び運用マニュアル
   イ 裁判官の転勤に関する命令、規則、運用規則及び運用マニュアル
 ② 裁判官の人事評価について
   平成16年以前の裁判官の人事評価は何に基づいてしていたかが記載
   された規則及び運用マニュアル
 ③ 次の事項に関する司法行政文書
   ア 最高裁判所が裁判官を最高裁判所判事に推薦する基準
   イ 最高裁判所が高等裁判所長官を任命する基準
   ウ 最高裁判所が地方裁判所、家庭裁判所所長を任命する基準
   工 裁判官の転勤に関する規則、基準及び運用マニュアル
   オ 司法修習生のうち、裁判官に採用する修習生の採用要件を定めた
     根拠規定並びにその根拠規定に該当するか否かの判断は、だれが、
     いつ判断するのか、及びその運用を定めた根拠規定及び運用マニュ
     アル
   力 裁判官に採用した司法修習生の最初の任地をどこにするかについ
     て定めた根拠規定
 ④ 裁判官の報酬の予算について
   ア 平成20年度の全裁判官用の報酬の予算額及びその内訳が分かる文
     書
   イ 裁判官の報酬の予算は第何号報酬用にいくらかといった予算の決
     め方をしているかどうかが分かる文書
   ウ 平成20年度の裁判官用の報酬予算額のうち報酬に使った残りの額
     が分かる文書
   エ ウの残りの額が生じた理由及び何号報酬用から残りの額が生じた
     かが分かる文書
   オ 平成19年度、20年度の裁判官報酬の予算中、平成19,20年度に
     おいて裁判官3号報酬に使用した各額が分かる文書。3号報酬用の
     予算中、平成19,20年度で残った額が分かる文書及びその額をどの
     ようにして保管しているかが分かる文書
   力 平成19, 20年度中の裁判官用の予算の中、平成各19, 20年度に
     おいて裁判官の報酬に使った額が分かる文書及びその残りをどのよ
     うにしているかが分かる文書
 ⑤ 裁判官の報酬に関して
   ア 裁判官の報酬の根拠規定並びに運用の根拠規定及び運用マニュアル
   イ 裁判官が当該報酬に該当するか否かは、だれが、そのような規定
     に基づいて判定するのかが記載された司法行政文書及び運用マニュ
     アル
   ウ 裁判官の報酬について、報酬が上がる要件を定めた規定及びその
     運用マニュアル
 ⑥ 裁判官3号報酬に関する根拠規定と運用の根拠規定について
   ア 裁判官が3号報酬になる時期は、裁判官任官後何年を経た何年何
     月から支給されるのかについて定めた根拠規定及び運用の根拠規定
   イ 3号報酬に最初に支給される年月に、その期の裁判官全員が支給
     されるのかが明らかになる根拠規定及び運用の根拠規定
   ウ 3号報酬に最初に支給される年月に、その期の裁判官全員が支給
     されるのではないとすれば、その期の何パーセントが支給されるの
     かが明らかになる根拠規定及び運用の根拠規定
   エ 3号報酬に最初に支給される年月に、その期の裁判官全員が支給
     されるのではないとすれば、その期の残りの裁判官はいつ3号報酬
     になるのかが明らかになる根拠規定及び運用の根拠規定
   オ 3号報酬に裁判官在官中にならない裁判官はその期の何パーセン
     トかが明らかになる根拠規定及び運用の根拠規定
 ⑦ 次の事項に関する司法行政文書
   ア 裁判官の任地に関する規則、運用マニュアル
   イ 裁判官の転勤サイクルに関する規則、運用マニュアル
   ウ 裁判官が各任地に勤務することになるためには、だれが、どこで、
     どのような規定に基づいて決定するのかが記載されたもの並びに裁
     判官が何年間その任地で勤務するのかについて定められた規定、規
     則、運用マニュアル及びそれがだれの判断等で決まるのかが記載さ
     れたもの

(3) 開示しないこととした理由

   (2)の④のアのうち、平成20年度の全裁判官用の報酬の予算額が分かる
  文書として、国立印刷局刊行の予算書が考えられるところ、この予算書
  は、情報公開法第2条第2項ただし書第1号にいう行政文書から除外さ
  れる書籍に相当し、司法行政文書開示の対象とはならない。
   その他のものについては、いずれもそのような文書は存在しない。

(4) 未開示のもの

 ① 平成20年に3号報酬になった最初の期は、白血で何人かが記載され
   た司法行政文書
 ② 平成20年に3号報酬になった期別の人数が記載された司法行政文書
 ③ 平成20年に2号報酬になった抄出の人数が記載された司法行政文書
 ④ 平成20年に1号報酬になった期別の人数が記載された司法行政文書

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第2節 公文書公開の裁判

1、1999年5月14日「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」が制定公布されました。
 この情報公開法は、2001年4月1日から施行されました。
 この情報公開法にいう行政庁に、裁判所は含まれないことから、最高裁は別途「最高裁判所の保有する司法行政文書の開示に関する事務の取扱要綱」「裁判所の保有する司法行政文書の開示に関する事務の基本的取扱いについて」を平成13年(2001年) 4月1日から実施しています。
 最高裁判所の保有する司法行政文書の開示申出については、①法令に別段の定めがあるとき、②開示を求められた情報が、情報公開法5条に定める不開示情報に相当するもの(裁判事務の性質上、公にすることにより、その適正な執行に支障を及ぼすおそれのある情報を含む) であるときを除き、司法行政文書を開示するものとしています。
 情報公開法の趣旨、情報公開法に則って、裁判所の独自性を加味して定められた「最高裁判所の保有する司法行政文書の開示等に関する事務の取扱要綱」の規定の内容、公開の趣旨、その他の規定から、本件司法行政文書の開示請求に対しては、当然に公開すべきです。

2、そこで、弁護士生田暉雄は、平成22年1月28日、不開示処分の取消を求めて、東京地裁に提訴し、現在裁判中(第3回口頭弁論期日は、平成22年11月12日)です。

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第3節 民主国家において、公文書公開は最大の主権者の武器

 お上を信じる日本人。それがメンタリティとなっている日本。それを良いことに、裁判の機能を萎縮させ、憲法違反の裁判官の統制をし、挙句の果ては裁判官の統制で浮いたウラ金で、自分たちが潤う官僚最高裁。
 このようなことが民主主義国家で許されるはずがありません。
 情報公開法で主権者の知る権利は当然に充たされるべきものです。
 行政透明化(司法行政も同じ)の要請から、情報公開法は更に深化した改正が準備されつつあります(「自由と正義」2010年9月号)。
 まず、目的規定に「国民の知る権利」の保障の観点を明示すべきことを提案すること。
 第2のポイントは情報公開法5条の不開示情報の縮減、即ち、公務員氏名の原則開示、国の安全、公共の安全情報に係る裁量尊重規定の削除、審議・検討情報に係る不開示事項の縮減等です。
 第3のポイントは、行政機関の長等による不開示決定を内閣総理大臣に報告するものとした上で、必要があると認める場合に、内閣総理大臣が措置要求をすることができるという新しい仕組みを提案することです。
 その他、2~3の提案が準備されつつあります。
 この情報公開法の改正案からみても、本件訴は、当然に開示の方向で認められるべきです。


第7章 裁判が主権者の主権実現手段として定着する
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第1節 住民訴訟

  地方自治法242条1項による違法・不当な公金の支出等に対し、監査請求し、監査の結果に対して住民訴訟が提起できるものです。
 公金の支出等の違法だけでなく、原因行為の違法性も問題に出来るもので、市民オンブズパーソンの最大の武器です。

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第2節 国民訴訟

 地方公共団体による違法な公金の支出だけでなく、国に対しても同様の訴訟が出来なければなりません。
 これがないことから国や行政機関の違法・不当な公金の支出を主権者たる市民が問題に出来ません。住民訴訟の国家版である国民訴訟が待望されています。
 日弁連において法改正を準備中です。

以上


リンク
「最高裁のウラ金」 生田暉雄 元裁判官

http://www.saikousai.info/saikousainouragane.pdf