2010年2月6日土曜日

【東京地検】 谷川恒太次席検事

2月3日は、わたし=週刊朝日編集長・山口一臣=が「東京地検から(事情聴取のための)出頭要請を受けた」という情報がネット上を駆け巡り、読者をはじめ関係者のみなさんに大変なご心配をおかけしました。

 すでにコメントを出させていただいているとおり、そのような事実はありません。多数の方からお問い合わせを受けましたが、「出頭」ではなく地方に「出張」しており(こういう軽口が誤解を招く......)、直接対応できずにすみませんでした。

 詳細は来週号でお伝えしようと思っておりましたが、東京地検が抗議書を送ったことが報道されたこともあって、その後もお問い合わせが絶えないため、とりあえず現時点でご報告できることをまとめてみたいと思います。

 その前に、編集部へいただいた電話やメール、ファックス等はほとんどが激励、応援のメッセージで本当に心強く思いました。どれだけお礼の言葉を並べても足りないくらい感激です。ありがとうございます。そして、ご心配をおかけして本当にもうしわけありませんでした。

 ことの経緯は、説明すれば「なんだ、そんなことか」で終わってしまうような話です。

 3日午前に東京地検の「タニガワ」さんという方から編集部に電話があって、わたしが出張で不在だったので、折り返し連絡がほしいということでした。

 出張先で伝言を受け取ったわたしが指定された電話番号に連絡すると、次席検事の谷川恒太氏につながりました。谷川氏は「さっそく電話いただいて、ありがとうございます」と丁寧な応対で、用件を聞くと、週刊朝日2月12日号(2月2日発売)に掲載した上杉隆さん執筆の「子ども〝人質〟に女性秘書『恫喝』10時間」という記事に、事実でないことが書かれているので抗議したいとのことでした。

 こうしたトラブルはよくあることなので、「わかりました。で、どうすればいいですか」と聞くと、「こちらに来ていただけますか?」ということでした。わたしとしては検察庁に出向くのはいっこうに構わないので、「わかりました。ただ、きょうは出張で九州にいるので、戻ってからでもいいですか?」と聞くと、「九州ですか......」と予想外の返事にちょっと絶句したようでした。

「すみません。前から決まっていたスケジュールなので。戻ったらすぐに連絡します」

「それは、きょうですか?」

「いえ、きょうは戻れないので、明日か明後日か......」

「そうですか......」

 谷川氏が困ったようすだったので、

「担当デスクが東京にいるので、デスクに行かせましょうか?」

 と水を向けると、

「いえ、編集長にということなので......」

「そうですか。では、いずれにしてもきょうは無理です」

 というようなやりとりがあり、谷川氏から、

「では、抗議書を送らせてもらいます」

 と言われたので、

「では、そうしてください。いずれにしても、また戻ったら電話します」

 ということで話は終わりました。言ってしまえば、これだけです。

 電話を切ってから、なんとなく谷川氏が急いでいるようだったことが気になり、その後のスケジュールを調整できないか編集部や関係先に何本か電話しました。そのとき「実は、東京地検から呼ばれてさ、ちょっと行かないといけないみたいだから、これからのスケジュールをキャンセルとか調整とかできるかな?」などと言ったことに「尾っぽ」や「ひれ」が付いて、どうやら「出頭要請」情報になったようです。

 お騒がせして、本当に申しわけありませんでした。

 さて、そんなわけで東京地検の谷川次席検事から送られてきたのが、別紙の「抗議書」です。ひとことで言えば、記事内容が「全くの虚偽」だと断定する内容です。

 この抗議に対する筆者の上杉さんの「反論」は来週号を見ていただくとして、現段階でわたしが言えることは、「記事は丁寧な取材を重ねたもので、自信を持っています」ということです。わたしは、上杉さんがどのような取材に基づき、この記事を書いたかよく知っています。

 記事を読んだ方はおわかりだと思いますが、あのようなディテールを「全くの虚偽」で書けるはずがありません。綿密な取材と確認作業の積み重ねによって、ようやく紡ぎだせる事実です。それは、プロの編集者が見れば一目瞭然のことなのです。そもそも「全くの虚偽」な記事が市販の雑誌に掲載されることは常識的にはあり得ません。

 一方、谷川氏の抗議書には、「真実は」として、おそらく担当検事から聞き取りをしたと思しき内容の記述があります。これには正直、驚きました。これは「真実」でなく、あくまでも「検察側の主張」ではないかと思います。わたしたちも、上杉さんの記事は丁寧な取材を重ねたもので、内容に自信を持っていますが、「真実」とは軽々に断定できないと思っています。「真実」とは、それほど重たいものなのです。そのため、わたしたちは通常であれば対立する相手方の意見を取材することになりますが、東京地検に関しては過去に何度、取材申し込みをしても、「週刊誌には、一律してお答えしないという対応を取らせていただいております」というような返事を繰り返すばかりでした。

 このような抗議をする前に、取材に応じていただければよかったのに......。

 いずれにしても、自分たちの一方的な「主張」を「真実」であるとするのは、法律家の事実認定としてあまりに乱暴ではないか、という感想を持ちました。東京地検では、日ごろからこのような事実認定が行われているのかと心配にもなりました。週刊朝日の記事が「全くの虚偽」と書いてありますが、その根拠となる証拠の提示もありません。

 話は少し横道にそれますが、4日付の複数の新聞に〈週刊朝日記事に東京地検が抗議〉という記事が出ています。通信社の配信記事だと思います。少し引用します。

〈東京地検は3日、衆院議員・石川知裕容疑者(36)らが逮捕された収支報告書虚偽記入事件を扱った週刊朝日2月12日号の記事について「まったくの虚偽だ」として、山口一臣編集長あてに抗議文を送ったことを明らかにした(以下略〉〉

 記事はこの後、筆者がジャーナリストの上杉隆さんであることを明記しています。読んでとっても違和感を覚えたのが、抗議の主体である谷川氏の名前が記事のどこにも出ていないことです。抗議はあくまでも組織として行ったものだとしても、「東京地検は3日、谷川恒太次席検事名で......」と書いたほうが正確です。もし、個々の固有名詞を出さないという方針なら、わたしや上杉さんの名前も同じように書かないほうがいいとわたしは思います。しかし、記事の基本は5W1Hで、とりわけ「誰が」という情報は重要で、責任の所在を明確にする意味でも、名前は必要だと思いました。

 さて、週刊朝日が一連の捜査に対して一貫して言っていることのひとつは、「検察は法律に則って公平・公正な捜査を行ってほしい」ということです。

 たとえば、石川知裕議員の逮捕―――

 身柄を拘束して自由を奪う行為は、国家が行使する公権力の中ではもっとも重大なものだと考えられています。それだけに、逮捕が公平・公正に行われたかのチェックはメディアにとってきわめて大切な行為です。一般に、捜査機関が人を逮捕する場合、(1)証拠隠滅の恐れがある場合と、(2)逃亡の恐れがある場合に限られます。刑事訴訟法上はさらに「諸般の事情に照らして逮捕の相当性があること」という要件もありますが、これを無制限に拡大しては法律の意味がありません。

 石川議員は、本当に証拠隠滅や逃亡の恐れがあったのか?
これは、多くの識者が指摘しているように、まずあり得ないことでしょう。石川議員はこれまで任意の事情聴取に応じてきました。近く、国会が始まろうという時期です。民主党の党大会前日に逮捕した理由は何だったのか。それこそ検察側の説明責任が問われます。

 また、2月5日号でやはり上杉さんがリポートした、捜査令状なしで石川議員の事務所を占拠した行為についても、われわれの取材したとおりの事実なら〝違法捜査〟に相当します。しかし東京地検は、この件に関してもいっさい取材に応じません(抗議書も来ていませんが)。逮捕にしろ、家宅捜索にしろ、捜査機関の強制力が法律に基づかないまま行使されることがあるとすれば、一般市民として強い恐怖を覚えます。

 そして、今回、上杉さんが書いた女性秘書に対する「騙し打ち」の事情聴取について言えば―――。

 共稼ぎで保育園に子どもを預けている親にとって、「お迎え」は何よりも大切なことだと思います。それを阻害してまで続けなければならない事情聴取があるでしょうか?
一刻も早い処罰を争うわけもない政治資金規正法違反の立件が、2人の子どもの子育てより優先されるとは思えません。子どもは国の宝です。東京地検はその捜査によって、世の中にどんなメリットをもたらしてくれるのか。税金を費消しているのですから当然、説明の義務があると思います。

 いずれにしても、当該女性秘書にウソを言って呼び出したこと、弁護士へ連絡をさせなかったこと、長時間にわたる取り調べを行ったことなど、いずれも違法・不当な行為です。法曹資格者たる検察官が法を順守しないというのは、いかがなものかと思います。

 わたしは、検察が信頼されない社会はとてもよくないと思っています。しかし、こんなことを繰り返しているようでは、市民の信頼を失うことは明らかです。

 もうひとつ指摘しておきたいのは、昨年3月以降(政権交代の可能性が具体的に見えてきてから)の捜査が明らかに「政治的に偏向している」という点です。検察当局はかたくなに否定すると思いますが、少なくともそう疑われても仕方ないでしょう。

 まず、3月の大久保隆規秘書の突然の逮捕―――。

 当時、検察OBをはじめとする多くの専門家は、「半年以内に確実に選挙があるというこの時期に、政治資金規正法違反という形式犯で野党第一党の党首の秘書を逮捕するはずがない」という理由から、「これは贈収賄やあっせん利得、あっせん収賄など実質犯への入り口だ」と解説したものです。以後、今回と同じく「談合」「天の声」「ゼネコンマネー」といった小沢氏に関する悪性報道が続きますが、結局、検察が起訴できたのは大久保秘書の政治資金規正法違反のみでした。

 しかし検察は、その捜査によって小沢一郎氏を代表の座から引き降ろすことに成功しているのです。

 今回の捜査もほとんど同じ経緯をたどりました。

 強制捜査着手前から小沢氏の悪性情報がどんどん流れ、ピークに達した時点で石川議員ら計3人が逮捕され、小沢氏本人も被疑者として2回にわたる事情聴取を受けました。ふつうに考えたら、小沢氏本人が贈収賄や脱税などの実質犯で立件されることが想定される事態ですが、これも結局は石川議員ら3人の政治資金規正法違反のみの起訴で終わっています。まるでデジャヴーを見るような思いです。

 しかし、この10カ月にわたる「小沢捜査」が小沢氏本人はもとより民主党政権にも大きなダメージを与えたことは間違いありません。検察にそういう意図があったとは思いたくありませんが、今年夏の参議院議員選挙にも間違いなく強い影響を与えることになるでしょう。うがった見方かもしれませんが、検察が証拠を見つけられず、法によって処罰できないからといって、イメージ操作で社会的な制裁を加え、政治的ダメージを与えるようなことがあったとしたら、それは先進法治国家とはいえないでしょう。

 今回、問題となった政治資金規正法違反については、「単なる形式犯」という識者もいれば、「国民を欺く重大な犯罪」という専門家もいます。わたしは、両方とも正しいと思っています。この法律はそれほど「悪質性」に幅があるということです。単なる「記入ミス」「記載漏れ」から意図的な「虚偽記載」、さらに、その意図の内容によっても悪質性が違ってきます。誰が考えても処罰の必要があると思うのは、ワイロ性が疑われるヤミ献金の受け取りです。個々の違反事例がどの程度、悪質なのかの判断は捜査当局にまかせるのでなく、わたしたち自身が国民目線でしっかり検証しなければならないと思っています。検察は、自らの捜査に正統性を与え、手柄を大きく見せるためにも、さかんに「悪質性」の宣伝をする傾向にあります。それは、検察にとってはごく一般的な手口なのです。

 石川議員らの事件に関しても、本当に起訴に相当するものなのか、処罰価値があるのか、さまざまな観点からの検証が必要でしょう。元東京地検特捜部長の宗像紀夫弁護士は2月5日付の朝日新聞(朝刊)に次のような談話を寄せています。

〈政治資金規正法は改正が繰り返されて厳罰化が進み、政党助成金が投入されるようになったことなどで、違反に対する認識が変わりつつあるのは確かだろう。だが、虚偽記載の起訴だけで捜査を終えるのなら、見通しのない捜査だったと批判されても仕方がない。同法違反で簡単に逮捕できるとなれば、検察が議員の生殺与奪を握ることにならないかも心配だ〉

 わたしは、この引用の最後の部分がとても重要だと思います。検察(官僚)が国民が選挙によって選んだ議員(政治家)の生殺与奪を握る社会がいいのかどうか。答えはおのずと明らかです。もちろん、検察にとって政治家の悪事を暴き、法に基づき適正な処罰をするのは重要な役割です。しかし、その場合は誰にも文句を言えないような犯罪事実を見つけ出し、誰にも批判されないだけの証拠を集め、正々堂々と公判請求するのが検察官としての矜持ではないかと思います。

 もちろん、わたしたちは小沢氏個人を擁護するためにこのようなことを書いているわけではありません。「小沢とカネ」に関する新たな疑惑や不正事実をつかんだら、検察より緻密な取材で批判・追及することになるでしょう。上杉さんが弊誌でたびたび指摘するように、検察が権力なら、小沢氏も権力の側の人ですから。

 今回、小沢氏に関して指摘されているさまざまな〝疑惑〟は実は、10年以上前から雑誌メディアで追及されてきたことばかりです。東北地方の談合に関する問題はジャーナリストの横田一さんらが1995年から「週刊金曜日」でキャンペーンを張ったもの、また政治資金団体による不動産購入など、いわゆる金脈問題については松田賢弥さんが主に「週刊現代」誌上でず~っと追及してきた話です。いずれにしても「小沢金脈」の全容解明は、検察ではなくジャーナリズムの仕事だとわたしは思っています。

 なぜ、小沢氏は不起訴で終わったのか。小沢氏周辺が大物検察OBを使って検察首脳と裏取引をしたという情報が、まことしやかに出回っています。もしこれが本当なら、「検察も小沢も」一蓮托生ということになりかねません。その真偽の確認もわたしたちジャーナリズムの仕事だと思います。民主党政権が今後、取り調べの可視化などを本気で進めるのか。みなさんと一緒に監視していきたいと思います。

 そんなわけで、九州出張から帰ったわたしは、東京地検の谷川氏のところへ電話を入れました。しかし、石川議員らの起訴でさすがに忙しいようでなかなか連絡が取れません。その間も、各方面から「いったいいつ『出頭』するのか」というお問い合わせをいただき、申しわけありませんでした。結局、谷川氏とは連絡が取れずじまいで、代わりに弊誌記者の新たな取材申し込みに対して広報官を通じて以下のような返事を受け取りました。

〈谷川次席から山口編集長に来庁していただきたいと連絡をさせていただきましたが、山口編集長が所用で来られないということでした。そのため、抗議の意を速やかにお伝えするために、2月3日に抗議書をFAXで送らせていただきました。抗議書はすでにお送りしていますので、現時点でご足労いただく必要はありません。また、改めての取材には応じかねます〉

 すみません、これが結末です。こちらも今週の締め切りに入ってしまったため、これ以上のツッコミはしていません。

 みなさん、お騒がせして本当に申しわけありませんでした。

 なお、来週発売号で、上杉隆さんの「東京地検の『抗議』に抗議する」を掲載します。ぜひ、ご覧ください。


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2010年2月5日金曜日

【新聞記事】 産経(ほくそ笑むのはまだ早い)

【小沢氏不起訴】ほくそ笑むのはまだ早い (社会部長・近藤豊和)
2010.2.5 08:03(リンク切れというか削除)


 ロシアの劇作家、ゴーゴリの作品に『検察官』がある。田舎町を訪れた青年を検察官と思い込んだ市長や官吏らが、日ごろの自身の悪事の露見におびえ、穏便に済ませようと金品を青年に渡し、青年は市長の娘をたらしこんだりする。出版時に印刷工や校正係が笑いで作業が進まなかったという逸話が残るほどの名作だ。

 作品の検察官像や話の設定とは全く異なることは言うまでもないが、民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件をめぐって跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する周辺のさまざまな人々を見るにつけ、『検察官』に描かれた「悪事や醜事が、一種の微分子のように空中に瀰漫(びまん)し、人間生活のいたるところに跳梁して、人生を醜悪、陋劣(ろうれつ)なたえがたいものとしている」(岩波文庫、米川正夫氏の解説から)という様相がだぶってみえてきた。

 最高実力者にこびるように検察との対決を声高にする小沢氏シンパの民主党議員たち。「政治とカネ」では同じ流派なのに、これ見よがしの自民党議員ら。何の怨念(おんねん)なのか、古巣批判を執拗(しつよう)に続ける特捜OB。テレビで「検察リーク」などとしたり顔のコメンテーターたち…。

 事件周辺には「微分子」がまさにハエのようにたかっていた。

 政権奪取を主導した小沢氏を軸とした政治状況の転覆をひそかに狙う民主党内の反小沢派も、政権復帰に悲壮感漂う無力な自民党も「検察の捜査頼み」という体たらくでなんとも情けない。

 検察の捜査について、「対決」とか「全面戦争」などとすぐに主張し始め、政治的な意図を絡めて根拠も十分にないような推論が展開されるような状況を“消費”しているだけでは、「政治とカネ」の根源的問題の解決には決してつながらない。

 「政治とカネ」の問題に、政界の自浄作用を求めるのは不可能なのだろうか。「政治とカネ」にもはや食傷気味の国民ムードもある。経済が悪化し、国力が衰退すれば、「政治とカネ」よりも「明日の生活」という思いが強まるのも理解できる。こうしたムードに乗じてか、「国会での不毛な『政治とカネ』の議論。国民は経済対策を望んでいる」などとテレビで公言する民主党議員すらいる。

 金絡みによる政治権力基盤がなくても、国、国民のために身をささげる有能な政治家がよりよい政策を遂行できるような「理想」を希求し続けることは必要だ。

こうした理想を失うと、悪徳政治家の思うツボだ。「ワイロ天国」の評判高いどこかの国のようなありさまにもなってしまう。「政治とカネ」の問題に疲れてはいけない。代償はあまりに大きいのだ。

 今回の事件の捜査は、小沢氏の最側近である石川知裕衆院議員、大久保隆規公設第1秘書らが起訴され、一方で小沢氏本人の不起訴ということで、ひとまずの「到達点」を迎えた。

 しかしながら、捜査の過程で表面化した、陸山会による東京都世田谷区の土地取引に絡む不明朗な億単位の金の出し入れや融資については、腑に落ちないことが多すぎる。また、陸山会による大量の不動産取得や政党助成金の移動など総額数十億円にも上る不明朗な金の動きに至っては、「疑惑の山」であり続けている。

 小沢氏の不起訴の観測が一気に拡大した2日夜。小沢氏側関係者たちは早くも「勝利宣言」をあちこちでし始めていた。この日昼、衆院本会議場で鈴木宗男衆院議員とほくそ笑む小沢氏の姿を報道各社のカメラがとらえていた。

 「疑惑の山」への捜査は継続されることだろう。そして、国民の注視もやむことはない。ほくそ笑むのはまだ早い。

【小沢一郎】 平野貞夫氏からみた小沢一郎

小沢一郎と田中・金丸・竹下の関係 』
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多くのマスコミは小沢一郎を田中角栄元首相、竹下登元首相、金丸信元自民党副総裁の政治的後継者とし、政治手法もそれを発展させたと報道している。これは誤ったものだ。たしかに田中元首相に目をかけられていたし、金丸元副総裁は猫かわいがりしていた。竹下元首相とは縁戚関係であったが、感性が合わず、両方から私に調整をしばしば頼まれていた。

かく申す私は衆院事務局に勤務していたことで、田中・金丸・竹下の三政治家とは、小沢さんより10年近く古くからの付合いだった。第一次佐藤栄作内閣の頃、竹下内閣官房副長官、金丸議運理事とは国会運営でアドバイスを求められたりした。特に園田直衆院副議長秘書時代、竹下・金丸両氏とは毎日会っていた。田中さんは園田副議長の使いで行くと、よく説教をされた。

私が小沢一郎という政治家と仕事を超えた人間関係となったのは、ロッキード事件の後政治倫理制度をつくる時代である。小沢議院運営委員長に就任してからだ。よく政治家としてのあり方を聞かれたが、「マスコミに迎合していては、良い政治はできない」と私の人生の師である故前尾繁三郎衆院議長の考えを伝えたことがある。その後の小沢さんの政治活動をみると、かなり影響を与えたようだ。


ロッキード事件の田中元首相の裁判を全部傍聴したことで知られている。これについて2つの見方がある。1つは被告の田中元首相と同じ発想で、検察憎しという姿勢だ。もう1つは点取り虫で良く思われたいからだろうというものであった。いずれも誤った見方である。

私には「総理までやった人間が、苦境に立ったとき、どのような生き様をするのか、これを学んで おきたかった 」と、語ってくれたことがある。朝日新聞のコメンテータをやっている早野透氏は、政治部記者で活躍している頃、「小沢一郎は田中角栄の内在的批判者だ」と論じたことがあるが、これが正しい見方である。


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『 小沢一郎の政治資金に不正なものがない 』
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自民党単独政権で、47歳で幹事長まで登りつめた小沢一郎について、世間では「さぞかし汚れた資金に手を染めているだろう」との風評がある。これが根本的に間違っている。田中角栄、金丸信、竹下登の3人については、問題のある政治資金に手を汚していたことについて、私も否定はしない。小沢一郎については、それがないことを私は証明できる。

私は国会運営の裏側で、さまざまな仕事にかかわり、昭和40年代から平成初期までの田中・金丸・竹下の3人は、小沢一郎を大事にしすぎて、問題のある政治資金について関わらせていなかったのだ。政治資金について苦労をさせていないのである。もっぱら、政治資金の透明化と政治倫理制度の確立について、衆院事務局職員の私と共に制度づくりの仕事に励んでいたのだ。

そのことを証明する話だが、私が参院議員となり平成5年6月、宮沢内閣不信任案を可決し、衆院総選挙となる。羽田・小沢グループは「新生党」を結成する。綱領と基本政策の政策を担当した私は、念のため羽田・小沢両氏の政治活動での資金問題を、法務検察首脳に調査してもらった。回答は自民党時代の2人の政治資金について、問題なし二重丸だとの返事であった。私はこれで真の政治改革ができると確信した。自民党離党した後の小沢一郎の政治資金に不正なものがないことは、私がもっとも知っている。

2010年2月3日水曜日

【官僚支配】 内閣法制局 ①

 内閣法制局は、本来法制的な部分で内閣を直接補佐する機関として設置され明治憲法発布より早い。

法律問題に関し内閣並びに内閣総理大臣及び各省大臣に対し意見を述べるという事務(いわゆる意見事務)、閣議に付される法律案、政令案及び条約案を審査するという事務(いわゆる審査事務)を主な業務としています(内閣法制局HP。なお、厳密には内閣法制局設置法第3条)。

 通俗的な(あるいは護憲派的な)理解では、内閣法制局は行政府における「法の番人」であり、時の内閣が恣意的に憲法の運用を行わないようチェックする機関とされている。ゆえに護憲派といわれる方々の意見の中には、小沢氏の国会での官僚答弁禁止に対し反対意見が多いのは納得ができるのではあるが、現実には、政府・行政府内の憲法解釈について最終的な決定を行う権限を有するのは、あくまでも内閣ですが、その決定に際しては、法の専門家・プロフェッショナルとしての内閣法制局の意見が最大限尊重されるべきであるという慣行あるいは(実質的な意味での)憲法的慣習が成立していると見るべきでしょう。

 内閣法制局長官の国会答弁も、このような文脈で捉えられるべきです。政党間の力と力がぶつかり合う国会審議の場において、内閣法制局長官が与党とも野党ともある程度の距離を置き、法の専門家・プロフェッショナルとして法制的な観点から客観的な見解を述べることは意義のあることであり、国会の側からそのような意見を求めることも、国会のひとつの見識として評価されるべきでしょう。しかし、本当にそうであった場合の話ではあるが。



内閣法制局長官 鳩山政権で役割変質か
2010.2.3 07:46
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100203/plc1002030747003-n1.htm

 「法の番人」とも呼ばれた内閣法制局長官の役割が今年から変わった。鳩山政権が今国会から官僚答弁を原則禁止し、憲法解釈に関する答弁も政治家が行うことになったからだ。官房長官らによる答弁には稚拙さが目立つが、内閣法制局による憲法解釈の独占には批判も根強かった。首相でも容易に手を出せなかった「聖域」は、選挙で選ばれた政治家の手に渡りつつあるのか。(杉本康士)

                   ◇ 

 「法制局長官は法的見地から内閣に助言する立場だ。『法の番人』という認識は少し違う」。平野博文官房長官は1月14日の記者会見でこう力説した。

 本来、政府の憲法解釈権は首相を長とする内閣が持っており、内閣法制局は法律問題に関する「意見を述べる」(設置法)役割が与えられているにすぎない。しかし、高度の専門性や歴代内閣の一貫性を重視する立場から、これまでは内閣法制局が事実上、有権解釈権を握ってきた。このため、国会審議では内閣法制局長官が憲法解釈答弁にあたってきた経緯がある。

 一方、鳩山政権は官僚答弁を禁止する国会審議活性化関連法案を今国会に提出した。政府は法案成立を待たず、国会答弁ができる「政府特別補佐人」から内閣法制局長官を除外した。こうした動きには、各府省庁から「法制局の解釈は絵空事が多かった。憲法解釈は首相が総合判断する立場なんだから、現政権の判断は正しい」(外務省筋)と歓迎する見方も多い。

 内閣法制局はこれまで、同盟国に対する攻撃を自国への攻撃とみなし反撃する集団的自衛権を「保有するが行使はできない」と矛盾した解釈を打ち出し、政府の政策判断を縛ってきた。とはいえ、憲法には集団的自衛権を禁止する明文規定はなく、日米安保条約や国連憲章51条では固有の権利として認められている。

 政治家による憲法解釈が定着すれば、批判を受け続けた憲法解釈が見直される可能性も生まれる。だが、道のりは必ずしも平坦(へいたん)ではない。

 1月21日の衆院予算委員会では、天皇陛下の国事行為と公的行為の違いを聞かれ、平野氏はメモの助けを受け取るまで「後刻答える」と立ち往生した。また、政府・民主党は永住外国人に地方参政権(選挙権)を付与する法案の提出を検討中だが、これに関しても「参政権付与は憲法違反との指摘が強いので、政権に都合のいい憲法解釈をするために法制局長官の答弁を禁止したのでは」(公明党関係者)との見方もある。
                   ◇

 ■安倍元首相も説得に腐心
 「ここはアンタッチャブル。近寄りがたいよね」

 鳩山内閣発足直後、官僚出身のある副大臣は、東京・霞が関の合同庁舎4号館にある内閣法制局長官室の前でこうつぶやいた。

 内閣法制局は各府省庁がまとめた法案を審査する役割も担う。憲法を含む他の法律と矛盾しないとお墨付きをもらわない限り、閣議決定までたどりつけない。

 自衛隊の海外派遣に関する法律を担当したある官僚は、内閣法制局側の見解とことごとく意見がぶつかり、一時、出入り禁止を申し渡されたという。

 内閣法制局の定員は77人。大半が全府省庁から出向してきた法律に詳しい官僚で、その頂点に立つのが内閣法制局長官だ。天皇陛下の認証が必要となる認証官ではないのに閣議に出席できるのは内閣法制局長官のみ。戦後5人の長官OBが最高裁判所判事を務めている。

 安倍晋三元首相は集団的自衛権の行使を検討する懇談会を設置する際、宮崎礼壹長官(当時)を3回にわたり首相官邸で説得するなど、配慮に腐心した。集団的自衛権に関する政府解釈を見直したい安倍氏に対し、法制局側は長官以下幹部らの辞任もほのめかして抵抗したとされる。

【主張】通常国会召集 疑惑解明に国政調査権を
2010.1.18 03:01
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100118/stt1001180301000-n1.htm

 平野博文官房長官は法改正を待たず、内閣法制局長官に答弁させない方針をとった。集団的自衛権の行使の問題など国益にかかわる政策の憲法判断を、内閣法制局に任せていたことを改めようというものだ。
 日米同盟の強化につながる集団的自衛権の行使容認に向け、行使を阻んできた法制局長官答弁の枠を離れた議論を歓迎したい。

 「通年国会」への転換が与党の改革案に入っていないのは不十分だ。会期を決めた後は、政策の中身より法案審議の日程闘争に重きが置かれる従来のやり方から、早急に脱しなければならない。



“法の番人”不在に 内閣法制局長官の答弁を禁止 通常国会冒頭から
2010.1.14 16:18
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100114/plc1001141618009-n1.htm

 平野博文官房長官は14日の記者会見で、18日召集の通常国会から、内閣法制局長官には国会答弁をさせないことを明らかにした。官僚答弁を禁止する国会審議活性化関連法案の成立を待たずに、法制局長官を国会答弁ができる「政府特別補佐人」から除外する。憲法解釈に関する答弁は各閣僚が質問に応じて行う。

 法制局長官は自民党政権下で憲法解釈権を事実上握り、「法の番人」と呼ばれたが、平野氏はこのような考え方を「法制局長官は法的見地から内閣に助言する立場だ。法の番人という認識は少し違う」と退けた。
 政府が永住外国人に対する地方参政権(選挙権)付与法案を国会へ提出した場合、憲法論議は必至のため、法制局長官の答弁禁止は審議に影響を与えそうだ。



民主党国会改革の内部資料が判明 法制局から「憲法解釈権」剥奪
2009/12/10 01:46
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/334073/

 民主党政治改革推進本部(本部長・小沢一郎幹事長)が作成した官僚答弁の禁止など国会改革の詳細を記した内部資料が9日、明らかになった。資料は国会法など国会審議活性化関連法案の骨子と想定問答集。想定問答集は、内閣法制局長官について「憲法解釈を確立する権限はない。その任にあるのは内閣だ」とし、自民党政権下で内閣法制局が事実上握ってきた「憲法解釈権」を認めない立場を強調している。

 さらに「内閣の付属機関である内閣法制局長官が憲法解釈を含む政府統一見解を示してきたことが問題で、本来権限のある内閣が行えるよう整備するのが目的」と明記した。法制局長官の国会答弁を認めないことを通じ、憲法の解釈権は国会議員の閣僚が過半数を占める内閣が実際上も行使する方針を示したものだ。

 ただし「憲法解釈の変更を目的にして、今回の改正があるわけではない」と、憲法9条の解釈変更への道を開くとして警戒する社民党への配慮も示した。

 法案骨子は(1)国会で答弁する政府特別補佐人から法制局長官を除く(2)内閣府設置法と国家行政組織法を改正し副大臣、政務官の定数を増やす(3)衆参両院の規則を改正し政府参考人制度を廃止(4)国会の委員会に法制局長官を含む行政機関の職員や学識経験者、利害関係者からの意見聴取会を開く-の4点を挙げた。

 民主党政治改革推進本部は9日の役員会で骨子案を大筋で了承した。来週にも与党幹事長会談を開き、合意を得たい考えだ。

与党3党 官僚答弁禁止の法改正で合意
2009.12.7 12:19
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091207/stt0912071119001-n1.htm

 民主、社民、国民新党の与党3党は7日午前、国会内で幹事長・国対委員長会談を開き、官僚答弁を原則禁止する国会法改正など国会改革の進め方について、与党間で国会改革関連法案の法案策定作業に着手し、来年1月召集の通常国会冒頭で法案を提出することで合意した。平成21年度第2次補正予算案とともに成立を図る考えだ。

 社民党はこれまで、内閣法制局長官の答弁制限によって「憲法解釈が変更されかねない」として慎重姿勢を取っていた。このため、民主党は「新たな場」を設けて官僚から意思表示をさせて議事録に残すなどの妥協案を提示。社民党はこの案を受け入れることを基本的に了承した。国民新党は改正に賛成している。国会改革については、民主党の小沢一郎幹事長が強い意欲を示してきた。


新政権、憲法どこへ 小沢幹事長「法の番人」封じ
朝日新聞(2009年11月3日)

 日本国憲法が1946年に公布されてから、3日で63年。改憲問題をめぐる民主党の対応に注目が集まるなか、小沢一郎幹事長が唱える「官僚答弁の禁止」が論議に悪影響を及ぼしかねないと心配する人たちがいる。ただ、目の前の課題や党内事情もあって、新政権にとって改憲は「後回し」の状態だ。

 「これは官僚批判の名を借りて、憲法の解釈を変えてしまおうという思惑では」

 神戸学院大法科大学院の上脇博之教授(憲法学)は、ニュースで見かけた民主党の動きを気にかけている。

 発端は先月7日の小沢一郎幹事長の記者会見。「法制局長官も官僚でしょ。官僚は(答弁に)入らない」と語り、国会法を改正して内閣法制局長官の国会答弁を封じる意向を示した。

 内閣法制局は「法の番人」とも呼ばれる。法理を駆使して、ときの政府の意向をかなえる知恵袋の役を果たす一方で、例えば海外での武力行使をめぐって「憲法9条の下ではできない」との見解を守り続け、憲法解釈に一定の歯止めをかけてきた。

 一方、小沢氏はかねて「国連決議があれば海外での武力行使も可能」と主張し、何度も法制局とぶつかってきた。新進党首だった97年には、日米ガイドラインの憲法解釈をめぐって橋本首相に代わって答弁した法制局長官を「僭越(せんえつ)だ」と国会で批判。03年には自由党首として「内閣法制局廃止法案」を提出した。

 こうした過去の言動を見れば、憲法解釈も政治家が行うというのが、小沢氏の隠れた真意だと上脇教授は見る。

 「もしそうなれば……」。ある元法制局幹部の頭によぎるのは、05年まで衆参両院で開かれていた憲法調査会の議論だ。「きめの粗い感情的な憲法論に終始し、国政が混乱する」と元幹部は懸念する。

 「法制局なしでやってみたらお分かりになると突き放したいところですが、憲法上できないことを『できる』と政治家が言い張って、被害を受けるのは国民。その被害が、二度と回復できないものだったら、どうしますか」

 04年までの2年間、長官をつとめた秋山収さん(68)は、小沢氏の狙いを「9条の解釈が気にくわないという、その一点でしょう」と言い切る。

 内閣が変わるたびに、法制局は、長年積み重ねた国会答弁をもとに「戦争放棄」の9条や「政教分離」の20条など憲法の課題を新首相にレクチャーする。議員が提出する質問主意書の政府答弁にもすべて目を通す。

 秋山さんは、そうした後ろ支えがなければ、政治家の「脱線答弁」が頻発し、それが定着してしまうという。国の基本的なあり方は、憲法改正という民意を問う手続きを経るべきだと秋山さんは考える。「その時々の多数政党の力で9条の解釈が揺れ動くのは憂慮すべき事態だ」

【外交問題】 小沢一郎の中国観

単なる親中派にあらず 小沢一郎「中国観」の本音
2010年02月03日(Wed) 城山英巳
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/760

 民主党の小沢一郎幹事長が、自身の資金管理団体「陸山会」をめぐる土地取引事件で検察当局と攻防を展開、中国共産党・政府も注視している。小沢氏は2009年12月、民主党所属国会議員140人以上を含む総勢640人もの大訪中団を引き連れて北京で胡錦濤国家主席と会談。さらに来日する習近平国家副主席と天皇陛下との会見を望んだ中国の崔天凱駐日大使の要請を受け、「特例会見」実現に向けて官邸サイドに働き掛けるなど、今や中国が最も頼りにする「親中派」大物議員だ。それだけに日中関係も、検察捜査を受けた小沢氏の影響力次第という見方が強い。

本稿では中国が小沢氏をどう見ているのか、そして「親中派」と見られる小沢氏は、実際に中国をどう捉えているのかその本音を探りたい。

「鳩山ではなく小沢」

 「小沢さんの捜査次第で民主党もどうなるか分からないでしょう」。これは中国政府幹部の偽らざる率直な感想だ。中国紙も今回の捜査の行方や「小沢像」について一定の程度で報じている。

 「鳩山(由紀夫首相)がいなくても民主党政権はまだ存在できるが、小沢がいなければ民主党政権は恐らく持続は難しいだろう。理由は非常に簡単だ。小沢が『選挙の神様』であると誰もが認識しているからである」。こう報じたのは、国営新華社通信発行の『参考消息』(1月21日付)だ。

 「片や日本最強の反汚職検察機関、片や日本政界で最強権力を持つ政治家。この両雄決闘は一体、いずれに軍配が上がるのか、日本人を釘付けにしている」。こう紹介した『第一財経日報』(同18日付)は現在の「5大懸念」についてこう指摘する。

(1)検察機関は有力な証拠を発見できなかったらどう幕を引くのか
(2)小沢がもし逮捕されれば民主党はどうするか
(3)民主党が検察機関を報復するならば、この闘争はどこに向かうのか
(4)自民党はこの機に今夏の参院選で捲土重来を図れるか
(5)日本のような国家で、検察機関の「暴走」を抑える制度はあるのか

 1月26日付『法制日報』は、「小沢は、田中角栄(元首相)を師としており、東京地検が最も湧き立ったロッキード事件で田中は有罪となったが、小沢と東京地検の恩と仇はこの時から始まった」と解説する。

 多くの論調が、小沢について日本政界を牛耳る「大物」ととらえ、田中角栄と重ね合わせていることが特徴だ。小沢の「中国原点」は田中である。昨年末に訪中した際、小沢は記者団にこう漏らしている。「最初に中国を訪問したのは初当選した40年近く前だったかなあ。私の政治の師匠である田中先生の大英断によって日中国交正常化ができ上がったわけだが、その意味でことさら感慨深い」。

 胡錦濤指導部に対日政策を提言している中国の日本研究者は09年末、北京で筆者にこう解説した。「われわれは今や民主党と鳩山政権を分けて考えている」。民主党政権はある程度長期化するが、鳩山内閣は長続きしないとの見方だ。そしてこう付け加えた。「中国国内では小沢氏の株が上がっている」。

 「大訪中団」と「天皇特例会見」を受けて胡指導部は、小沢の絶大な権力と影響力を見せ付けられたからだ。

 筆者は『文藝春秋』2月号に「中国共産党『小沢抱き込み工作』」と題するリポートを寄稿したが、中国が小沢を見る上で興味深い視点を拙稿の中から紹介したい。

 「中国政府関係者も、鳩山内閣を支配する小沢一郎について、最高実力者として時の総書記の上に立った『鄧小平』になぞらえる」。

 「鳩山ではなく、やはり小沢だ」。指導部は、日中間で懸案が持ち上がった際、最高実力者・小沢を「窓口」にすれば、「政治主導」で解決を図れると見込み、対日工作を強めようとした。その矢先の「陸山会」をめぐる土地取引事件だった。

米長官に「危うい中国」説く

 米軍普天間飛行場移設問題をめぐり日米同盟への亀裂が深刻化する最中の「小沢大訪中団」に対し、オバマ米政権からは、極端な対中接近に警戒論が噴出した。「小沢は一貫して民主党における対中交流の核心人物」と断言する社会科学院日本研究所の高洪研究員は、共産党機関紙・人民日報系の国際問題紙『環球時報』(09年12月11日付)に対してこう冷静に分析している。

 「小沢は対中友好を主張しているが、同時に日本が『大国路線』を歩み、日本の利益を保護する戦略という点では非常に強硬的な政治家である。国家戦略上で『日本は中国とは切っても切り離せない』とはっきりと認識しているにすぎない」。

 確かに小沢は、中国高官を前にした時の親中的発言と、それ以外の場で語る独自の「中国論」では大きく内容が違うことに注意を払う必要があろう。

 例えば、民主党が政権を取る前の09年2月。小沢は同党代表として来日した中国の王家瑞共産党対外連絡部部長と会談した際、当然ながら「親中派」の顔を前面に出した。「中国もアメリカも、ともに大事な国であり、(日中間と日米間が同じ長さの)二等辺三角形であり、トライアングルであることはその通りだ。中国は隣の国だし、長い歴史もあり、文化的にも交流が深い。そういう意味でどっちが大切とか、そういうことではなく、中国に対する特別な親近感を持っているし、当然、両国のより良い関係を発展させたい」。

 しかし実はこの1週間前、クリントン米国務長官が来日した際、打って変わって同長官に厳しい「中国論」を展開しているのだ。

 「中国問題がより大きな問題だと思う。中国のこれからの状態を非常に心配している。鄧小平さんが文化大革命の失敗を償うために市場主義を取り入れたのは大きな成果だったが、それは両刃の剣で市場主義と共産主義は相容れない。必ずこの矛盾が表面化するだろう。従って日米にとって世界にとって最大の問題は『中国問題』だろう」。

 この頃、講演会ではもっと過激な「中国論」を披露している。「中国はバブルが崩壊して共産党の腐敗は極度に進行している。軍部も非常に強くなっている。そういう中国で今、景気後退で大量の失業者が出ており、各地でものすごい暴動が起きていると聞いている。抑えているけど、共産党政権というのはその基盤が揺らいでいると思っている。中国は非常に危ういと思う」。

 「危うい中国」が小沢の本音だろう。与党・自由党党首だった1999年、新しい日米防衛協力のための指針(ガイドライン)関連法案の「周辺事態の範囲」をめぐって「中国、台湾も入る」と発言して中国を激怒させたことがあった。もともと中国の小沢観は「米国重視」「台湾寄り」「タカ派」「改憲論者」だったが、小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝問題を受けた06年、最大野党代表・小沢は中国と「反小泉」で思惑が一致、「共同戦線」を組むようになったのである。

 さらに興味を引くのは、小沢が「最大の問題は中国」という言い方ではなく、わざわざ「中国問題」と言っていることだ。近く世界第2の経済大国になる中国の台頭という世界情勢の変化を見て、米中が「G2」として連携を強化すれば、日本はつまみ出されるという危機感が対中接近につながっているという側面は確かにある。しかしそれだけではなく、中国が抱える内部矛盾、つまり腐敗、格差、暴動などに代表される「危うい中国」も見抜き、日本としてどう向き合うかを説いているのだ。

 ある日中関係者は「小沢氏は中国を好きか嫌いかの感情論ではなく、必要か必要ではないかの観点からとらえている」と解説する。

「脱亜入欧」からの脱却

 小沢がなぜ「中国問題」にこだわるのだろうか。ヒントとなる発言がある。

 「自民党を出て13年がたった。幕末にペリーが黒船で来航(1853年)してから明治維新(1868年)まで15年。私に残された時間はあと2年だ」。06年に訪中した小沢は、古くからの友人、李淑錚元共産党対外連絡部部長に漏らした。

 あと2年間で政権を奪取する決意を語ったものであり、3年後にその決意は実際に実るわけだが、小沢は09年9月の自民党から民主党への政権交代を、明治維新以来の大改革の時と位置付けている。

 「小沢氏は歴史的観点を持っている」との見方を示すのは「日本通」の中国人研究者だ。

 「明治時代以来、日本は『脱亜入欧』を強め、欧米の基準に合わせてきた。しかし近代以来、日本の問題というのは結局、隣の大国である中国とどう向き合うかという『中国問題』だった。現在、中国が台頭する中で、小沢氏は単に『米国重視』から『中国重視』に転換したのではなく、複雑化する『中国問題』がどれだけ重要かという近代以来のテーマに日本人としてどう取り組むべきか問題提起しているのではないか」。

 日本は近代以降、欧米、特に戦後は米国を通じて中国やアジアの問題に取り組んできた。対中政策は常に、米国の顔色をうかがいながら決めてきた。しかし小沢は今、「脱亜入欧」を脱却し、「米国は米国」「中国は中国」としてそれぞれ正面から取り組む必要性を訴えているのではないか、というのがこの研究者の視点である。これが日米中「二等辺三角形論」というわけだ。

 ここで近代以降の日中関係を振り返っておこう。ちょうど、1月31日に発表された『日中歴史共同研究報告書』で、日本側座長・北岡伸一東大教授による「近代日中関係の発端」と題する論文が掲載されているので一部を引用したい。

 「西洋の衝撃なしには、東アジアの変容はありえなかった」。

 『報告書』の「近現代史総論」は、「西欧との遭遇の重要性という一点については、(日中)双方は共通の認識に達している」と指摘。「西洋の衝撃」に関して「中国においてはアヘン戦争、日本においてはペリー来航と明治維新を始点にしている」と記した。

北岡氏は、「西洋の衝撃」に対して「中国は西洋が持ち込もうとした近代国家システムにうまく適応することができず、多くを失った。これに対して日本は、相対的にこの課題を大きな失敗なしに乗り切っていった」としているが、注で「一般的に言って、ある課題における成功の条件は、次の課題における失敗を引き起こすことが少なくない」と付け加えている。

 前述の中国人研究者は、「日本は近代以降、中国との付き合い方が分からず、失敗を重ねてきた」と解説する。まさに満州問題をはじめとする「中国問題」への対応の失敗が開戦と敗戦への道につながったと、この研究者は分析している。『報告書』では中国側研究者も、「脱亜入欧」が「対外拡張主義や武力至上論の道具になった」として、日本の近代対中政策の過程を否定的に見ている。

 「西洋の衝撃」の契機となったペリー来航・明治維新を、今回の政権交代と重ね合わせる小沢は、今まさに「光」と「陰」の両面において国際社会で存在感を高める中国の台頭を「中国の衝撃」ととらえ、近代以降の「脱亜入欧」の転換点として「中国問題」を正面から考える時期に来ていると考えているのではないか。

 小沢側近の民主党衆院議員は「今(民主党と中国共産党で)やっている交流は『政治主導』の戦略対話の土壌づくりだ」と言い切り、何でも言い合える関係づくりを目指していると強調したが、それが実現するかどうかは検察の捜査を受けた小沢の影響力如何に懸かっているのだ。

2010年2月1日月曜日

【縄密約沖】 米軍再編

2010年02月01日21時19分
政治

「非核三原則」守り抜く覚悟 「核の傘」偏重の冷戦構造を見直せ 


  「世界の指導者に、ぜひ広島・長崎を訪れ核兵器の悲惨さを心に刻んでほしい。日本には核開発の潜在能力があるのに、なぜ非核の道を歩んだか。日本は核の攻撃を受けた唯一の国家だ。我々は核軍拡の連鎖を断ち切る道を選んだ。唯一の被爆国として果たすべき道義的な責任と信じたからだ。近隣国家が核開発を進めるたびに『日本の核保有』を疑う声が出るが、それは、我々の強い意志を知らないがゆえの話だ。日本が非核三原則を堅持することを改めて誓う」――鳩山由紀夫首相は国連安全保障理事会(2009・9・24)で力強く表明した。「日本は核廃絶の先頭に立たねばならない」と全世界に向けて宣言した姿勢を高く評価するが、従来の核政策を見直し、具体策を実行する覚悟が求められている。

 一方、オバマ米大統領が「プラハ演説」(09・4・5)で、核兵器を使用した道義的責任を米大統領として初めて言及、「核のない世界」を目指す姿勢を鮮明にしたことは、核の脅威から地球を救う強烈なメッセージだった。さらに米大統領自らが国連安保理首脳会議を主催したことは初めてで、核問題に絞った論議を深め、「核兵器のない世界に向けた条件構築を決意、▽核不拡散防止条約(NPT)非加盟国に加盟を要求、▽核実験全面禁止条約(CTBT)の早期批准に向け、署名、批准を要請、▽兵器用核分裂性物質生産禁止条約(カットオフ条約)の交渉促進を要請」などの決議を全会一致で採択した意義は大きい。オバマ大統領は同会合で、特に北朝鮮・イランに対し「安保理決議の順守」を求めており、核軍縮→核廃絶へのウネリを感じさせる国際会議だった。

 米国のブッシュ共和党政権からオバマ民主党政権へのチェンジ、自民党長期政権終焉と鳩山民主党政権誕生が、世界平和の架け橋、牽引車役を果たす両輪になることを期待する声は強い。

 今年は「日米安全保障条約改定」50周年の節目。国際環境の急激な変化を見据えた日米安保再構築の動きが年初から高まっており、「安保条約」と「非核三原則」についての考察を試みたい。

▽踏みにじられた、安保条約「極東条項」

 1999年の日米防衛協力指針(新ガイドライン)関連法成立によって「日米安保条約」は著しく変質し、自衛隊の行動範囲が拡大、日米軍事一体化を強化する方向へ舵を切った。さらに2001年の「9・11テロ」以降の国際的緊張に呼応し、小泉純一郎政権がイラク・サマワへの陸上自衛隊派遣のほか、クウエートへ空自輸送機、インド洋には海自の給油艦派遣に踏み込んだことは、日本の安保・防衛政策の大転換。日米安保条約に規定された「極東条項」(第六条=基地の供与)や事前協議(交換公文)から逸脱しているだけでなく、憲法に違反する暴挙だった。2006年5月、日米安全保障委員会で決まった「在日米軍再編最終報告」は、米国のトランスフォーメーション(米軍再編)に基づく新戦略に〝同盟国〟日本を引き込み、共通の戦略目標の下に日米軍事協力を推進しようとの意図が明らかだ。

▽「非核政策」を訴え、発言権を強めよ

 冒頭に紹介した鳩山首相の「非核三原則堅持」の理念に共感するが、「核の傘」に依存している現実との矛盾・混乱をどう打開するか、その道筋を鮮明にすることこそ政策転換の試金石となる。

「オバマ政権が核不拡散の強化を打ち出した今、日本でも、これまでより核に頼らないアジアの安全保障の議論がしやすくなった。広島、長崎というシンボルを訴えるだけでなく、具体的な政策に移すチャンスだ。北朝鮮の核問題をめぐる六カ国協議で重要なことは、米露中など核保有国中心の交渉に、日本が割り込むことだった。日本政府は、核保有国でないと核問題の交渉ができないとあきらめているが、それは間違いだ。日本が核兵器の主導権をとったらいい。核保有国が主導する核軍縮交渉には必ず限界がある。自分が減らしたくないのに、相手に減らせとは言えないから。互いに減らし合っていくためには、非核保有国が軍縮交渉で発言権を強めることが必要だ。被爆体験を持つ国として主張することに対し、他国が、『きれいごとを言いやがって』とは簡単に文句が言えないはずだ」と、藤原帰一・東大教授の指摘(『毎日』09・7・29朝刊)は、「外交観念変える好機」と捉えた、示唆に富む論稿と言えよう。政権交代を予見したような問題提起を真剣に受け止め、新外交戦略に臨むべきで、その要諦は「非核三原則」堅持に他ならない。

▽「密約文書」を隠匿していた佐藤栄作首相

 昨年6月以降、元外務省高官らの「核持ち込み密約」証言が相次いでいたが、故佐藤栄作首相邸から昨年暮、「核密約」を証明する日米覚書が見つかったことに大きな衝撃を受けた。『読売』09・12・22夕刊特ダネで、沖縄返還交渉に当たった故佐藤首相の私邸に隠されていたことを、佐藤氏の次男・信二氏(元通産相)がマスコミ各社に明らかにした。

 「一九六九年十一月二十一日発表のニクソン米大統領と日本の佐藤首相による共同声明に関する議事録」と題した最高機密文書の実物が〝発掘〟されたのだ。有事の際沖縄への核再持ち込みを裏付ける文書であり、岡田克也外相の下で「密約」検証作業に当たっている有識者委員会(座長・北岡伸一東大教授)はもちろん、「密約」の事実が国民に大きな波紋を巻き起こしている。

 もう一つの密約といわれる「沖縄返還交渉・密約文書開示訴訟」(東京地裁12・1)で、交渉当事者だった吉野文六・元外務省アメリカ局長が「沖縄返還に伴う米軍基地復元補償費を日本側が肩代わりする密約があった」と証言しており、隠し続けてきた「密約」のベールが次々剥がされている。

 ここで警戒しなければならないことは、「非核三原則」の一つ『持ち込ませず』の虚構が暴かれたことを逆手にとって、「非核二原則」または「二・五原則」への〝現実的修正〟をたくらむ超保守勢力の動きだ。「密約証言」が急に飛び出してきた時代背景が気がかりだが、その防波堤として鳩山首相の国連総会での、「非核三原則堅持」表明の意義は大きく、尊重しなければならない。

▽「核の傘」でなく、核兵器の国際管理を

 第二の重要課題として、「非核三原則」と「米国の核の傘」に頼る二律背反の実態を打開するために外交政策転換が肝要だ。20年前のソ連邦崩壊後、東西冷戦構造が劇的に変化してきた国際環境を冷静に分析して「核の傘」にすがる外交を見直し、新たな針路構築を急がなければならない。

 「米国は日本の核兵器を懸念し、日米安全保障の取引で、日本に攻撃能力を発展させないことを含めたのである。米国が日本を守る姿勢を示すことは、第一義的には米国の国益のためである。…では、米国の核の傘の下で安全か。これも万全ではない。核戦略の中で、核の傘は実は極めて危うい存在である。米国が日本に核を提供することによって、米国の都市が攻撃を受ける可能性がある場合、米国の核の傘は、ほぼ機能しない。日本が完全な核の傘の下にいないことを前提に安全保障政策を考えねばならない」――外務省国際情報局長などを歴任した評論家、孫崎享氏の著書「日米同盟の正体」(講談社現代新書)が指摘した『核の傘論』のほんの一部を引用したが、これこそ国益を賭してせめぎ合う外交の実態であろう。それだけに、「非核三原則」を国是とする日本の〝立ち位置〟は極めて難しい現状だが、日本の国益のために軌道修正することに躊躇してはならない。

 「米同時多発テロを経て核兵器の存在の相対化が進んでいるように思う。オバマ大統領のプラハ演説では、多元化・相対化が強く意識された。『全廃論』への道義的責任と、核兵器が存在する限り核抑止を維持すること、さらに核テロの脅威に対する関心、核関連技術の防止という目標が、複合的に追求されている。従来の軍縮派と抑止派による議論だけではなくて、第三の派として、世界の核兵器及び核関連物質の管理をどうするかという新しい柱が、明確に立ち上がろうとしている。核テロ、ずさんな核管理や核流出といった問題だ。それがより意識されるのが、三月(2010年)の核安全保障サミットだと思う」という神保謙・慶大准教授の指摘(『朝日』(09・7・17)は、現在の核状況を的確に捉えた分析である。

 現段階で核問題解決の処方箋を、誰も書くことはできないが、「核兵器は地球を破滅させる」との認識を共有できる国際的な枠組づくりを目指すべきで、日本が世界に示す旗印は、「平和憲法九条」と「非核三原則」であることを再確認しておきたい。      


2010年01月01日15時19分

一方的、感情的な本土メディアの「普天間」報道 「日米合意」の問題点を検証せよ 


  日米安全保障条約改定から50年、沖縄米軍・普天間基地移設と米海兵隊8千人のグアム移転計画の行方が、2010新春早々の外交課題として急浮上してきた。昨年〝チェンジ〟を合言葉に誕生した、日米「民主党政権」の〝手綱さばき〟が注目されているが、年末の日米交渉では解決への糸口も見出せないまま越年、鳩山由紀夫政権の力量が問われる厳しい政治状況である。この問題は1996年(橋本龍太郎政権)以来、もめ続けてきた〝沖縄のトゲ〟とも言われる難題中の難題。政権発足から4カ月にも満たない鳩山政権が苦悩するのは当たり前で、「急いては事を仕損じる」…慎重に対処してほしいと願うばかりだ。

▽「世界一危険な海兵隊基地」を13年も放置

 本論に入る前に、鳩山民主党政権誕生の跡を振り返っておきたい。4カ月前の昨年8月30日に行なわれた第45回衆議院選挙は、自民党による「55体制」を瓦解させる歴史的選挙だった。民主党が308議席(公示前は115)で圧勝、自民党は119議席(300)と予想外の大敗北。国民の多くが〝驕れる自民党〟に愛想を尽かし、政治変革を切望した結果である。

 「敵失(自民の失政)に助けられただけ」と冷笑する向きもあるが、民主国家における「民意の重さ」を正面から受け止め、従来の政治姿勢を徹底的に検証し、平和で住みやすい社会の構築を目指す民主党の理念が支持されたと受け取るのは当然なこと。鳩山首相の所信表明演説(10・26)にも共感できる点が多く、要は大胆な政策を早期に国民に提示し、実行に移すことだ。新政権約4カ月の流れを見て、紆余曲折の混乱が見受けられるものの、果断な政策実行を期待しているのが、大多数の「民意」と考えられる。

 そもそも、普天間飛行場代替地として「辺野古(名護市)への移設」を決めたのは1969年だったが、地元との調整が難航して10年間放置されていた。その後、2006年の「米軍再編協議」によって辺野古沖への移設修正案で決着するかに見えたが、新たな難題が浮上したまま3年間もたなざらし状態。96年以来13年もの歳月が流れ、「世界一危険な普天間飛行場」の地元・宜野湾市民の恐怖はいまなお続いている。

 東西冷戦終結(1989年)から20年、国際情勢の変貌は著しい。徐々にではあるが、軍事優先の時代から脱皮し、軍縮へ向かうウネリが高まってきている。米軍再編と普天間問題もまた、時代の流れに沿って検証作業を推進し、「基地・沖縄」の負担軽減に全力を尽くすことこそ日米両政府の政治責任である。

 まず「在日米軍再編『最終報告書』」(06・5・1)の「兵力削減とグアムへの移転」の項に「約8000人の第3海兵機動部隊の要員と、その家族約9000人は、部隊の一体性を維持するような形で2014年までに沖縄からグアムに移転する。移転する部隊は、第3海兵機動展開部隊の指揮部隊、第3海兵師団司令部、第3海兵後方群司令部、第1海兵航空団司令部及び第12海兵連隊司令部を含む。……沖縄に残る米海兵隊の兵力は、司令部、陸上、航空、戦闘支援及び基地支援能力といった海兵空地任務部隊の要素から構成される」と明記されていることを確認しておく。

 米国側が国際環境の変化に即応するため、沖縄駐留米海兵隊の実戦部隊をグアムに移す新軍事再編計画にギアチェンジしたことは明らかだ。米軍側からすれば、軍事戦略上の変更に過ぎず、「沖縄基地を維持し続ける必要性が薄れた」と、ドライに判断した結果に違いない。

▽核心を衝いた「伊波・宜野湾市長文書」

 伊波洋一・宜野湾市長は11月26日、鳩山首相をはじめ与党国会議員に文書を提出して、基地撤去を訴えた。「普天間基地のグアム移転の可能性について」と題した克明な調査報告であり、実証的で実に優れた文書である。沖縄県紙を除いては、大多数の新聞が取り上げなかった(報じた新聞もベタ扱い)のは、メディア側の問題意識の欠如を物語るものだ。そこで、この文書が指摘していた一部をピックアップして、普天間移設のもつれた原因の一端を探ってみたい。

 伊波文書によると、グアム移転問題は05年10月の日米安保協議委員会(2プラス2)で提起され、翌06年5月の「再編実施のための日米ロードマップ」で合意したもので、概要は先に示した通りである。

 伊波市長はグアムなどの現地を見て回って「普天間基地撤去」を訴える傍ら、米公文書などをキメ細かく収集・分析に努めているだけに、説得力があり、実に参考になった。中でも「日米ロードマップ」が公表された直後の06年7月「米太平洋軍司令部は『グアム統合軍事開発計画』を策定し、同年9月にホームページに公開した。その中で『海兵隊航空部隊と伴に移転してくる最大67機の回転翼機と9機の特別作戦機CⅤ―22航空機用格納庫の建設、ヘリコプターのランプスペースと離着陸用パッドの建設』の記述。すなわち普天間飛行場の海兵隊ヘリ部隊はグアムに移転するとされた」と明記されていたことを初めて知った。

 「伊波文書」の末尾に衆院外務委員会(09・4・8)での証言も記録されている。「グアム調査(07・7)の際、グアム統合計画室とアンダーセン基地の二カ所の説明で、沖縄からの海兵隊のグアム移転は、米軍のアジアを含む軍事的抑止力の強化につながることも強調していました。……最新のものとしては08年9月15日に、下院軍事委に提出した、国防総省グアム軍事報告書があります」と具体的に証言し、「ロードマップでも、8千名の部隊は一体的にグアムに移転するとされていることから、私は、普天間基地の航空部隊は、KC130部隊関連を除いて、グアムに移転するものと考えてきました」と明快に述べている。

 米海兵隊司令官コンウェイ大将は上院軍事委(09・6・4)で「計画の要の一つである普天間代替施設は、完全な能力を備えた代替施設であるべきですが、沖縄では得られそうもありません。グアム移転は即応能力を備えて前方展開態勢を実現し、今後50年にわたって太平洋における米国の国益に貢献することになる」と明言したと、『週刊朝日』(09・12・11号)が報じていたが、米軍再編のシナリオを率直に示したものだ。

▽危機を増幅させる時代錯誤の新聞・テレビ

 以上、事実関係を考察した結果、「普天間基地の米海兵隊グアム移転」は米軍再編計画の一環と思えるが、「辺野古への移設ができなければ、日米同盟に重大な支障」と騒ぎ、世論を煽り過ぎた気がする。日米両政府の不手際が混乱を招いた主因だが、メディア側の過剰報道が危機を増幅させてしまった、と指摘せざるを得ない。

 13年間も問題を先送りしてきた日米両政府の責任は重大だ。前政権の〝負の遺産〟を引き継いだ鳩山、オバマ新政権が過去の取り決めを徹底検証し、手直しに努力することこそ、「日米同盟」深化につながる外交姿勢ではないか。ところが、沖縄県紙を除く本土の新聞・テレビは「伊波文書」どころか、十年余の交渉経過をきちんと総括せず、「辺野古移転を推進しないと、日米関係が悪化する」との大報道に走ったのは、さながら〝鳩山政権バッシング〟の様相だった。

 さらに、米紙の厳しい論調や知日派米国人のコメントに傾斜した報道も異常過ぎる。米国の一部の意見や国内保守派論客の見方を引用して「国益か、日米同盟か」と二者択一を迫り、「普天間問題にいらだつ米国…〝鳩山首相の先送り発言〟は無責任」など、一方的・感情的と思える報道は納得できない。

 前段で指摘したように、沖縄・米軍基地の今後について検討・見直し作業を日米両新政権が協議することは大事なはずなのに、目先の案件処理の不手際を追及するだけで、激動する国際情勢を分析して新聞社独自の主張を展開しないようでは、権力を監視するジャーナリズムの資格はなく、単なるリポーターと批判されても仕方あるまい。

 「冷戦思考と対米従属根性を引き摺ったままの日本の外交・防衛官僚は、米軍が削減・撤退すれば日米同盟が弱まるという時代錯誤の危機感に囚われて、むしろ『思いやり予算』や『辺野古に基地を作りますから』と言って、何とかして米軍を引き留めようとしている。…鳩山政権としては、あくまで海兵隊のグアムへの全面撤退を主張し、それが直ちに実現できない場合の『県外』もしくは『県内』移設の方策を見出すべきである」との指摘(高野孟ブログ09・12・4)に共感する。

 とにかく、鳩山政権は検証作業を急ぎ、対案を示して抜本的打開策を打ち出すべきである。

2010年1月28日木曜日

【政治資金規正法】 江田憲司の言い訳

 陸山会の不動産による政治資金の運用であるが、現実には散々「小沢一郎」ただ一人と言いながら、総務省分だけでも10名以上。地方の選挙管理委員会へ届けを出し、見なくしたものが約120名もいたと言う話のオチまで付いている。

近頃では、「政治資金で不動産を」などとはマスコミも言わなくなった。

政治資金で秘書の寮を建てたとして散々たたいていたのであるが、小沢氏は秘書数も多く中長期的に考えた場合、賃貸よりは購入をしたほうが政治資金を効率よく使える。

なによりも、賃貸であれば支払えば消えてなくなるが、土地であれば選挙の場合に担保で銀行からお金も借りやすい。

さて、江田憲司氏であるが、彼のブログには「この建物が、江田や家族、親族の私物になることは決してないように手当てをしました。」とある。有権者には本当か嘘かはまったく見えないしどのような手当てをしたのであろうか。

また「賃料も保証料(何百万円)もバカ高く、中長期的にみれば新築した方が安上がりという判断でした。」とも書かれているのだが、小沢氏の言い分とどこが違うのであろうか。

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 いやあ、えらい迷惑ですよ。例の小沢さんの不動産による政治資金の運用問題。10物件以上10億円以上の「運用」と、私の、たった一つしかない地元の事務所の建物が同一視されて、あれこれ言われる(まだ一部ブログの段階ですが)。

 この件では、どこに出てもどこを突つかれても一切問題はないと胸を張れるので、しっかり「説明責任」を果たしますよ! いいですか?

 くだんの物件は、先ほどもふれた私の地元の唯一の事務所(青葉台)。そこで現に私も秘書も日々働いている。支援者もひっきりなしに出入りしているし、多くのメディアの人も取材にくる。まさに江田の「政治資金管理団体」の事務所なのだから、そのお金でプレハブを建てるのは、献金の目的にも沿っているし、法的道義的にも当時、何ら問題はありませんでした。

 このプレハブは、選挙区変更に伴い、2003年に駐車場跡の土地を借りて新しく建てました(費用840万円・収支報告で公開済)。借りることも当然考えたのですが、地元青葉台商店街には適当な空き店舗がなく、賃料も保証料(何百万円)もバカ高く、中長期的にみれば新築した方が安上がりという判断でした。

 当時は(最近まで)無所属だったので、他の議員のように政党支部ももちろんなく(だから支部所有というわけにもいかず)、かといって、政治活動に使うのだから江田個人の「私有」というのもおかしい。「政治資金管理団体」の所有というのは、至極当然の処理だったわけです。

 それが、例の小沢問題の不動産問題発覚(07年)で、その後、法律で「政治資金管理団体」による不動産取得が禁止された。ただ、江田のような場合は、法的に継続所有が許されたわけです。(そりゃそうでしょう、許されなければせっかく建てたプレハブは壊さなければならないし、他に譲渡といっても誰にするんですか。政治家の事務所として現に政治活動に使っているんですよ)。

 ですから、当時も今も適法で何ら問題ないのですが、ただ、その時に、私も微塵も疑われたくなかったので、公私の峻別を対外的に明らかにするため、政治資金管理団体(憲政研究会)の規約で、解散する時は取り壊すか、第三者(江田本人や家族、親族を除く。)に譲渡することにして、この建物が、江田や家族、親族の私物になることは決してないように手当てをしました。

 昨年、「みんなの党」を結成し、私もはれて(?)政党支部を設置できるようになったため、そこにこの建物を譲渡することも一案とは思いますが(そうすれば私だけが政治資金管理団体所有ということで目立つということはなくなりますが)、現状で何ら問題のない案件でわざわざそういった操作をするのも、これまた、何か疑われてもいやだということで、今までどおりとしてきました。 

 私はこれまでの4回の選挙戦で、企業団体献金は一円も受け取らない、選挙の時にどの業界、どの労組の支援もうけないという立場を堅持してきました。自慢じゃありませんが、全国会議員で一番貧乏な政治家ですよ。それが、小沢さんのような何億円というカネを、しかも公共事業利権(ゼネコン)から集めて多くの不動産で運用している政治家と同一視されて批判される。極々一部の人からの意図的な批判だとは思いますが、政治家をやっていてつくづく悲しいことだと思います。

(参考)憲政研究会 規約 抜粋

(10 所有不動産)  本会を解散する時は、その所有する不動産は、取り壊すか、江田憲司氏以外の第三者(江田憲司氏の家族、親族を除く。)に譲渡しなければならない。